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( 業火戦場 )

(見通しがわるいなぁ……)


 評議国領内に入ってからこっち、森林地帯が多く、いつ死角から襲撃されても反撃しづらい場所ばかりが続いた。

 もちろんカオリ達に限っては、万全の索敵方法で襲撃には細心の注意を払っているが、見落としが絶対にないとは言えない。

 領地としては緑豊かな恵まれた土地なのだろうが、今だけはカオリにとってはうらめしい道中である。


 評議国の正規兵であるアレン達の小隊が護衛のために同道してくれてはいるが、カオリは彼等を戦力とみなしてはいない、ともすれば襲撃に加担していることをも予想していた。

 カオリ達のというよりも、コルレオーネを筆頭にアイリーンやロゼッタの身分を知ってから、彼等がカオリ達に自分から話しかけて来ることがないので、彼ら正規兵達の素姓や人柄を知ることは出来なかったのも疑いを深くする要因となってはいるのだが。


 装備は皆が一見して革鎧のようだが、流石に国を興してわずか一月で、末端まで装備を一新することは出来なかったのだろう。

 またササキの話ではこの大陸のほとんどの国家では、板金製の全身鎧が下級の兵士にまでいき渡ることはないらしく、あっても手足や胸甲が精々だと云う。

 もちろん兜だけは標準装備だ。流石に頭部を無防備にはしないだろう。

 冒険者の感覚としては、強靭な肉体に爪や牙をもつ魔物を相手に、彼ら兵士の装備は実に心許なく映る。


 誰よりも軽装で太股を晒すカオリが言っても説得力はないが、新人でない限り、冒険者は彼ら兵士と比べれば、よほど重装備に見える。

 それほど魔物との戦闘は危険を伴うと云うことなのだろうが、人を相手取る彼等兵士の装備は、単純に予算事情のためだろうか。

 短槍や直剣と云った武器も、魔物を相手にするには少々小ぶりである。


 だからだろうか、馬車の中から【遠見の鏡】で周囲に不審な影がないかを見ていたカオリは、それを発見してすぐに御者席に移動する。


「アイリーンさん、この人達の装備ってどんな仕事の人達なんですか?」


 【遠見の鏡】越しに指し示す人影に、アイリーンは覗き込んでたしかめる。


「どう見ても傭兵だね。使い古した不揃いの板金鎧に、獲物も複数もっているようだし、魔物相手に振り回すには小ぶりさね。正規の兵士でも冒険者でもない所属不明の戦士と云やあ傭兵しかいないね」

「野盗と云う線はありません?」


 一応の確認のために他の可能性を問う。


「それなら装備が充実し過ぎだね。まあ傭兵と野盗がどう違うのかと云う論にもなるだろうけど、ここは戦地までの最短の街道さね。当然軍が行き来する関係上、野盗が稼ぎ場にするには向かないね」


 だが、とカオリは考える。


「謎の勢力の手勢にしては、ちょっと違うように見えますけど……」


 これに関してはアイリーンもやや考える。


「ん~、傭兵だから雇われた連中なんだろうけど、あの暗殺娘の組織が、わざわざ信用出来ないごろつきを差し向けるとは、たしかに考えづらいねぇ……」


 目標の地点までは半里はある。

 この距離で危険を察知出来るものはほぼいないだろう、傭兵達もまさかすでに待ち伏せが察知されているとは思うまい。


「目標地点の前で私とアキだけ別れて襲撃します。アイリーンさんはロゼと共に殿下の護衛をしながら、止まらずに予測地点まで直進してください、評議国の正規兵やアレンさん達が裏切った場合は、容赦せずに無力化を」


 真顔でそう指示するカオリに、アイリーンは不敵な笑みを浮かべる。


「そこまで織り込み済みってかい、いいねぇそうこなくちゃ」


 そう言って首を回す彼女は、すでに戦闘準備が万端の様子である。

 この街道は進軍経路と云うこともあり、魔物も掃討されているようだ。カオリ達はそのままアレン達に気取られぬように、そのまま前進する。

 目標地点手前四百メートルで、カオリは静かに一行から離脱する。ちょうど街道の曲がり角を過ぎる瞬間を狙ったので、アレン達にすら気付かれずに離れることが出来た。これも高い隠密スキルの賜物である。


 森の中まで入り、カオリは全速力で疾走する。カオリの走行速度であれば、たとえ森の中であっても二分ほどの距離である。

 アイリーン達はわざと少し遅く進むようにしてもらっているので、合流までには十分な時間もある。

 【遠見の鏡】で敵の正確な位置を確認し、カオリは静かに接近する。

 敵の距離まで数メートルと云うところまで接近し、話し声に耳を澄ませる。


「遅いな……」

「だがここを通るのは確実だ」

「団長の話しじゃあ正規兵もいるらしいが?」

「平和呆けした兵士なんて、俺達の相手じゃねぇよ、気をつけるのは女冒険者の方だ」

「そこまで脅威か? 所詮女だろ?」


 正規兵ではなくカオリ達を警戒している様子から、カオリ達一行の正確な情報を掴んでいることが分かる。

 傭兵の総数はおよそ四十人、カオリは大きく息を吐く、全員を生かしたまま無力化するのは難しいだろう、つまり、一人づつ、殺すことになる。

 カオリは表情を消して脇差に手を添える。


 スキルの補助も駆使して音を消し、後ろから抱き抱えるように左手で口と鼻を塞ぎ、右手の脇差で喉をかき切る。

 隣でアキも裸締めの要領で首を絞め、そのまま気絶させ、首を捻り折る。

 街道を包囲するように展開する傭兵達は、外側を二人一組で伏せている。一応外からの魔物や不確定要素の介入を警戒しているようだが、隠密のスキル保持者であるカオリや、獣人でもともとの素養のあるアキには対応出来なかったようだ。


 一人、また一人と確実に始末していく、敵も作戦間近とあって、指示伝達のために動くことがなかったのため、カオリ達の襲撃を察知されることもなかった。

 アイリーン達が目視出来る距離まで来たところで、街道を挟んで反対側で動きがあった。

 カオリ達のいる森に伏せていた傭兵は、すでに全員始末し終えている。ここで街道を見付からずに渡るのは難しいだろう、このまま敵が襲撃を開始するまで、カオリとアキは息を潜めて様子を伺うことにした。

 先頭のアレン達が目前まで近付いた距離で、ついに傭兵達が動き出した。


「止まれっ、武器を捨てて腹這いになれ」

「何者だ貴様らっ!」


 傭兵達の指揮者と思しき男が、森から武器を抜いた状態で躍り出て、降伏を促すが、アレンは険しい表情で誰何する。


「見ての通りの雇われだ。怨みはねぇがそちらの馬車には、ここで行方不明になってもらう必要がある」

「それに我々が大人しく従うとでも?」

「いんや? お前ら仕事だっ!」


 男が飛び出した森から、残りの男達が這い出て来る。数人だけまだ森に残っているのは、弓などで隠れて援護するためなのだろう。しかし――。


「ん、おい……、向こうの奴等はどうした? おいっ、お前らも速く出て来ねぇかっ!」

「いや……、聞こえてねぇはずは……」


 もちろん応えるものはいない、全てカオリの手によってすでにこの世にはいないのだから。

 代わりにカオリが堂々と姿を現す。


「な! お前はたしか護衛の女冒険者っ、まさかあいつらはやられたのか!」


 驚愕する男を見ることなく、カオリは真顔で傭兵達の人数を数える。


「街道に十六人、森に四人か……」

「おうカオリ、反対側の連中はどうしたんだい?」

「ああ、アイリーンさん、全員殺しました」

「なにっ!」


 当たり前のように会話するカオリとアイリーンのやりとりに、男は驚愕の表情で後ずさる。


「くそっ、冒険者をなめてたっ、野郎共なりふりかまわず撤退だっ!」

「逃がすかっ!」


 街道を挟撃するように立つカオリの下に、傭兵達が殺到する。兵達が塞ぐ道よりも、カオリとアキ二人の方が突破しやすいと判断したようだ。


「死ねっ!」


 カオリ目掛けて男の剣が振り降ろされる。

 カオリはそれを左手の甲で叩いて軌道を逸らし、右足で男の腹に前蹴りを喰らわせる。

 走って剣を振り降ろした勢いも加わり、強烈な衝撃が男の甲冑をも破壊して、内臓に深刻な損傷を与える。

 声を出すどころか息も出来ずに、男は仰向けで悶絶する。あまりの衝撃に脊髄まで痛めたのか、立ち上がることも出来ない様子だ。


「馬鹿なっ」

「団長っ」


 男が一撃でやられた事実に動揺し、思わず足を止めてしまったところに、アレン達が追撃を加える。

 何人かは森の中に逃げ込もうとするが、アキの弓でもれなく射殺される。

 和弓であるアキの弓であれば、薄い鉄板くらいなら貫通するだろう、背に矢を受けて肺を貫かれた傭兵は、血反吐を撒き散らして絶命する。


 カオリも一人に追いすがり、後ろから頸動脈を刺し貫き、続けざまにもう一人の首を刎ねた。

 アレンも雄叫びを上げながら馬上から剣を振り下ろす。流石に一撃めは剣で受け止めたようだが、他の騎兵に横腹から槍を突き入れられ転倒し、そのまま絶命する。

 この時には軽装の兵士の方が、走るのに有利であったようだ。傭兵達は混乱からの重装備によってほどなく追いつかれ、とうとう全員が倒されることとなった。

 唯一の生き残りである団長と呼ばれた男は、今もカオリからの一撃から回復出来ずに、倒れたままであったが、腕を動かす程度のことは出来たようで、懐から魔道具を取り出した。


「くそったれがっ、こうなりゃ道連れだっ」


 魔道具を起動して地面に叩きつければ、光とともに魔法陣が展開する。


「お、召喚魔法陣だ」


 魔法陣の明滅によって大きな姿が形作られていけば、それが件の召喚獣【人工合成獣】であることがすぐに分かった。


「こいつは一匹で軍隊も退けるぞ、てめえら全員喰われちまえっ!」


 腹這いのまま強がる団長に、カオリは冷たい視線を送るが、そこにアイリーンが意気揚々と躍り出る。


「そう云うのを待ってたんだっ、逃げ出す雑魚だけでどうしようかと思ったさね!」


 両腰からそれぞれ手斧と戦鎚を取り出し、仁王立ちで召喚獣が完全に形成されるのをまち、アイリーンは迷うことなく駆け出した。


「巻き込まれたらあれなんで、団長さんはこっちに避難しましょうね~」

「な、放せこのやろうっ」


 後ろからカオリに足首を掴んで引き摺られ、せめてもの抵抗をと蹴りつけるのを、カオリはしかめっ面で躱し、しょうがないので掴んでいる方の足が伸びたところを逆間接から蹴り折った。


「ぐっ、あがぁ……」


 反対の足を掴んでまた引き摺る。


「さあさあさあっ、勝負だよ化物っ」


 闘気を漲らせて召喚獣が咆哮を上げるが、アイリーンは怯むどころか自分も雄叫びを上げて突貫し、その勢いのまま頭蓋に強烈な一撃を加える。


「ギャンッ」


 戦鎚の重い一撃が頭皮を裂き、頭蓋骨にもヒビを入れたのだろう、召喚獣は悲痛の声を上げるが、すぐに前足で反撃を繰りだす。


「どうしたどうしたっ、そんなもんかいっ」


 だがアイリーンは一歩も退くことなく、片腕で前足を受け止め、横っ面に手斧を叩き込む。

 下顎に手斧が食い込み、そのまま顔面の皮膚ごと削ぎ落せば、数本の牙も折れて飛び散る。

 流石の凶暴な召喚獣も、アイリーンを脅威ととったのか後ろに飛び退き、即座に口から火炎を吐く。

 アイリーンはそれでもなお、一歩も退かない。

 顔を腕で庇いながら、火をも恐れずに接近すれば、最初に入れた打撃箇所に、駄目押しの戦鎚を振り下ろした。

 ガシュッ、という嫌な音を立てて、召喚獣の頭蓋骨を砕き、脳を叩き潰した。

 召喚獣は口を開け、口から僅かに炎を零したまま、絶命した。


「ば、化物か、あの女……」

「アラルド人とはこれほどの……」


 満身創痍の団長と、返り血をつけたアレンが、同時に驚愕の声を上げる。

 沈黙した召喚獣を無造作に解体し始めたアイリーンの様子を、周囲のもの達は畏れから一定の距離をとった。

 ただカオリやアキはとくに気にすることなく、死体の片付けを近くの兵士に指示し、口を開けたまま固まる団長の前にしゃがむ。


「で? 依頼主って教えてもらえるんですか?」

「……」


 カオリの呑気な口調に、黙りこむ団長だが、カオリの容赦のなさや、アイリーンの強さを目の当たりにし、逃走や誤魔化しは通じないと理解はしている様子である。


「どうせ黒幕なんて知らないでしょう? ただあの召喚魔道具の入手方法くらいは答えられるんじゃないかしら」


 馬車から優雅に降りて来たロゼッタが、冷めた視線を団長に向ける。


「じゃあやっぱりリジェネちゃんの組織経由での依頼で、王子や私達の排除を命じられた感じかな?」

「私達の戦力を知らなかったようだから、精々が使い捨て要員だろうね」


 アイリーンも召喚獣から魔石だけを抜き取って、カオリ達と合流する。

 アイリーンが目の前に現れたことで、完全に委縮する団長は、震える口で言葉を絞り出す。


「【オールアロ】だっ、奴らから渡された魔道具だっ」

「【オールアロ】?」


 カオリは団長の言葉を復唱する。


「そりゃ厄介な名前が出たね……」


 やや眉を釣り上げてアイリーンが腕を組む。


「自由傭兵団の【オールアロ】戦場じゃあ有名な精鋭揃いの傭兵団さね」

「自由傭兵団って云うのは?」


 気になる呼称にカオリは質問する。


「冒険者組合と同様に、傭兵にも組合があってね。冒険者組合ほど厳正な規則はないないし、都市ごとで個別の組織体型なんだが、それでも仕事の斡旋とか身分証明とかの保証を担う組織さ、あたしも帝国の傭兵組合で最前線の作戦に参加した口さね」


 腰に手をあてて空いた方の手で顎をさするアイリーンは、団長を見降ろしながら続ける。


「ただ自由傭兵ってのはどこの組合にも所属せず、どんな依頼でも引き受けて、各地を転々とする連中のことさね」

「雇い主が犯罪紛いの仕事に手を染めていても、国に隠れて民を苦しめようと、構わず汚れたお金で雇われるってことですか?」


 カオリの理解にアイリーンは肯定を示す。


「その中でも【オールアロ】は大陸で一二を争う大手さね。殺しや誘拐はもちろん、傭兵派遣や密輸業までこなし、独自の武器開発やその販路までもつって云われている。……そう巨大組織なのさ」


(なにそのア○ターヘ○ン……)


 某潜入ゲームに登場する傭兵派遣会社を連想したカオリは、敵がただの荒くれもの達ではないことに身震いする。


「この傭兵達はそこの所属なのかしら?」


 ロゼッタが地に伏せる団長を顎で示す。


「こいつは違うだろうね。カオリが相手とは云え錬度がいまいちだし、奴らは仲間を使い捨てにはしない……」

「随分詳しいですね」


 カオリの言葉にアイリーンは口の端を釣り上げる。


「父上が昔戦場でかち合ったことがあったらしい、密輸に手を染めた地方領主の輸送経路を抑える作戦中だったらしいが、まんまと逃げられた上に、証拠品も持ち去られて、結局作戦は失敗、多数の犠牲も出た散々な結果だったんだとよ」


 自家の失敗談のわりに、どこか楽しげな様子である。


「そのことがあったから、ウチでも随分と調べ上げたんだが、噂程度のことしか結局分からなかったけどね。情報の大半も件の領主から吐かせたもので、足取りを掴めるような証拠は何一つ残ってなかったよ」


 どうやら相当に厄介な相手だと云うことしか分からない様子のため、カオリは盛大に溜息を吐いた。


「つまり入手経路の不明な魔道具を、居場所の不明な傭兵団から依頼と一緒に渡された。使い捨て要員が、この人達ってことですか……」

「つまりそう云うことさね。まあそんなもんだよ、今回の作戦でそうそう本丸の情報に迫れるなんてあるわけないさね。奴らにしたって主義もなにもない、金で雇われるだけの所詮傭兵団、当然そのさらに上に雇い主がいるわけだから、構成員を捕まえて吐かせるなんてほぼ不可能さね」


 やれやれと掌を見せるアイリーンを、カオリは恨めしげに見上げる。


「とりあえずこの人を尋問して、塒の位置を聞き出せば、残党と他にも魔道具をもっているかも知れないから、それだけはやってしまいましょう」


 ロゼッタがそう締め括り、カオリ達はこの場にて野営の準備を始める。

 その結果、聞き出した塒で留守番をしていた残党を片付け、まだ保有していた召喚魔道具を回収した。

 アレン達正規兵をまだ信用しきれていないカオリは、塒の位置も【遠見の鏡】で調べ、アイリーンとアキの二人を派遣して、これら事後処理も済ませてしまう。


 これらの手際のよさに、アレン達は終始唖然としていたのは無理のないことだろう。

 たった二人で傭兵団の半数を殲滅し、団長のみを生かして無力化、切り札であろう召喚獣も一人で退治し、塒の発見と制圧、物資の回収までもほぼカオリ達だけでこなしてしまったのだ。


「これが、王国の誇る冒険者の実力なのか……」


 その声が聞こえたカオリは、なんとも言えない表情で、アレンに視線を向ける。


(いや別に王国のってわけじゃないんだけどね~……)


 今回の作戦参加によって、おそらくカオリ達は完全にミカルド王国寄りの冒険者と考えられるようになるだろう、それ自体は王立魔法学園に通うことになった時点で覚悟はしていたが、王家の関わる作戦に寄与した実績は、確実にカオリ達の名を各地に轟かせる結果になるだろう。

 それこそ現在のササキのように、王家の懐刀として、国家規模の問題に駆り出される機会が増えるかと思うと、カオリは憂鬱な気分にさせられる。

 死体から流れ出た血が染み込んだ街道を振り返り、カオリは大きく深呼吸をした。




 出発してから数日かけ、カオリ達はようやく大きな領都に到着し、ここで評議国でそれなりの地位に就く要人と会える算段となった。

 交渉の内容は当初、王家襲撃を企てた勢力への評議国の関与の追及と、戦地での召喚獣発見地点より調査領域を拡大する許可を求めるものであったが、ここまでの道中で襲撃をして来た傭兵達、そして彼らへ召喚魔道具と襲撃依頼をした依頼主である。自由傭兵団【オールアロ】への調査協力も加わった。


 しかし道中の宿場町でカオリ達がさらに尋問したことにより、件の団長が村を襲撃した下手人であると白状したことで、これ以上の追及や調査を続けても、有力な情報はおろか、証拠一つも得られないだろうと考えられる。

 アイリーンの談では、【オールアロ】の追跡は、国であっても困難であり、仮に尻尾を掴んだところで、下手に手を出せば多数の犠牲者を覚悟しなければならないと聞かされ、少なくとも今回の作戦で彼等を捕捉、あるいは彼らと接触した黒幕を見付けることは、ほぼ不可能であると諦観を滲ませた。


 領主館にて要人と交渉を担ったコルレオーネも、王位継承が確定していない第二王子と云うこともあり、これ以上上位の要人への面会は難しいとし、表面上は粘ったようだが、評議国から重要な情報や協力を得ることは妥協したものの、調査範囲の拡大に関しては、紛争地帯全域の騎士団派遣だけはもぎ取ることに成功した。

 評議国領内で王子自身が襲撃に遭ったことが、多少有利に働いた結果である。


「僕の命への謝意にしては、随分と安い報酬だけどね」


 許可証をひらひらと振りながら、カオリに苦笑を送るコルレオーネに、カオリはこの時ばかりは心からの同情の笑みで返した。


「評議国は確実になにかを隠しています」


 各領境や領主館での交渉で奔走したレイアも、ようやく合流したが、疲れも見えない無表情でそう口にする。


「本当にエルフって云うのは腹芸が得意な種族だね。やっぱり長命だから身につく年の功なのかな?」


 コルレオーネが軽口を叩くが、レイアはまったく相手にしないつもりのようだ。


「今回交渉した相手は、中央委員会と云う元老院の下位組織から派遣された委員長だそうよ、つまり元老院の決定や元老院議員の指示を受けて、実際の政策の公布や子細検討をおこなう組織の纏め役ということね。それなりの権限はもっているけれど、意思決定を下せる立場ではないのは、残念ながら殿下と同様と云えるわ」


 難しい言葉の羅列に目が回る思いだが、カオリは今回の交渉の結果が、すでに評議国が上で決定したことを、自分達に伝えただけだと理解した。


「つまりここまでが評議国の筋書き通りってわけかい、いけ好かないねぇ」


 ことエルフの絡む話題では毒舌のアイリーンは、今回の交渉の席には顔を見せないことにした。

 カオリも難しい交渉の席で、神経をすり減らすのを避けるため、領主館内や周辺の警備に加わった。

 折角の異国の都市ではあるが、観光をする気力などなく、丘の上から見下ろせる。緑豊かな街並みを眺めるに留めた。


「ただ多少は収穫はあったね。評議国の意思決定機関である元老院と、統治体制、またそれら関連機関の構成人員の比率は、現在人種が三割で、エルフがほとんどだって話だよ、つまり元エリス国の下位貴族はほぼ締め出しを喰らったってことさ、残ったものは文官か軍に所属を変えて、ただ世襲しただけの無能な輩は、一級市民、つまり平民に堕とされたって話だ」


 頬杖をついて杯をかたむけるコルレオーネに、カオリはふむふむと相槌を打つ。


「気になるのは奴隷制の復活よ、現状犯罪奴隷以外で奴隷はいないそうだけど、帝国ほど制度が整備されているとは思えないわ、不当な逮捕からの奴隷堕ちや、他国の民に対する扱いには、周辺国の反発が予想されると思うわ」


 ロゼッタの懸念にカオリも眉を潜ませる。


「ほほう、これで評議国周辺での奴隷狩りで、買い手が出来たわけだね。こりゃあしばらくは周辺国で野盗の類が活発化するだろうね」


 アイリーンが不敵な笑みで壁にもたれかかる。


「西大陸では今まで奴隷制は表向きは違法として条約に盛り込んで来た。これはつまり評議国は【太陽協定】に加盟しないという意思表示にもとれるだろうね」


 コルレオーネは表情こそ柔和な笑みを浮かべているが、声音は真剣なものであった。

 やはり王族として、西大陸の混迷は無視出来るものではなかったようだ。

 現状高い軍事力を誇る評議国の協定離脱は、これまで対帝国と西大陸の協調として一枚岩であった西大陸に、多くの混乱を呼び寄せるだろう。


「ただ幸いなのが、ナバンアルド帝国は、絶対にエルスウェア評議国と手を結ばないってところね。これまで帝国対連合国だった構図が、仮に評議国が覇権に乗り出せば、人種対エルフにすり替わるのだから……」


 口にするほど容易い状況ではないのは理解しているのか、ロゼッタは目を伏せながらそう言った。


「そうさね。帝国民としては百年の因縁よりも、千年の憎悪が勝るさね。エルフ共が台頭するぐらいなら、即刻王国と和平条約を結ぶのも、そう難しい話しじゃないとあたしは思うよ」


 組んだ腕の上で指をとんとんと打つアイリーン。


「本当に君達は普通の令嬢とは雲泥の差だね。まるでここが諸国会議場みたいだ。父上や母上が君達に目をかける理由がよくわかる」


 これまで王子という肩書に寄って来た。夢見るお嬢様しか相手にして来なかったコルレオーネにとって、カオリ達の世間話の水準の高さは、鮮明に映ったようだ。


「そう言ってお褒めいただいても、私達は殿下の私兵にはなりませんよ、こんな規模の戦いには、今後絶対に巻き込まれたくありませんから」


 はっきりと言い切るカオリに、コルレオーネは肩を竦めてみせる。


「それが無理な勧誘なのは、ここ数日ですっかり理解したよ、君達は困難を跳ね除ける武力も、回避する情報収集能力も、十分に備えているのが明白だからね」


 本音を語るコルレオーネに、カオリは胡乱気な視線を送る。

 ここにはカオリの無礼を咎める人間はいない、どうやらコルレオーネは女性に囲まれているだけで、ご機嫌になれる性癖のようだと、カオリは内心で呆れた。


「なんにせよここで出来ることはもうないよ、ついでに云えば僕がこの作戦に残る理由もなくなった。僕の囮としての価値も、薄いだろうからね」

「今後の行動は如何いたしましょう?」


 コルレオーネの自虐気味な言葉を受けて、ロゼッタが指示を仰ぐ形で質問する。


「そうだねぇ……、君達を連れて侯爵の協定軍に陣中見舞いをしてから、大人しく帰国することにしようか」

「ロゼのお父さんのもとにですか」


 カオリの相槌にコルレオーネがうなづけば、ロゼッタが小さく息を吐いた。




 紛争地帯まではアレンも引き続き護衛をするとのことで、来た時と同様の面子で帰り支度をする。

 たった数日の滞在ではあるが、カオリにこの国への未練はなかった。

 交渉役であった委員長と名乗るエルフの男性が、簡易な見送りとして出て来たのを遠目に認め、カオリはなんとはなしに鑑定を発動する。


 レベルが読み取れなかったことから、確実にカオリより上位の実力者であることが伺える。

 長命種であると云うからには、鍛える期間は人間の数倍もあったのだろう、もし彼等が完全武装し、戦場を跋扈するようなことがあれば、人種との戦闘は熾烈を極めることになるだろう、そうなる前にレベルをより上げて、火の粉を払いのける最低限の戦力を身につけなければと、カオリは静かに決意を固める。

 数日を要して、カオリ達はようやく調査地点である村へ帰りつく。

 帰りをまっていたわけではないだろうが、ササキが帰還後すぐにカオリ達の天幕を訪れた。


「予定通りと云ったところか」

「そうですね~、……収穫がたいしてないことも含めて、予定通りって感じです」


 正直な感想を述べるカオリに、ササキは小さく苦笑する。


「少しいいかね?」


 親指で外を指し示すササキに、カオリは彼が【北の塔の王】としての立場で話しがあることを察する。

 天幕の外、人気のないかがり火に腰を下ろしたササキは、カオリにも着席を促す。ついでに音を遮断する結界魔法を隠蔽つきで展開もしておく、ササキの北塔王としての情報は最重要極秘事項である。


「私の隠密部隊が情報を上げて来た。闇夜に乗じて評議国領内を抜ける武装集団だ。積荷の一部を調べた結果、【オールアロ】の構成員と予想された。目的地はおそらくブラムドシェイド公国……、奴らは悠々と戦場を泳ぎ回っている」


 真剣な様子で語るササキから、いやササキからですら、彼等が一筋縄ではいかない組織であることが伺えた。

 遠話魔法によりカオリ達が得た情報は逐一ササキと共有している。当然件の傭兵団、【オールアロ】の存在も報告済みである。


「積荷の中身はわかりますか?」


 カオリが懸念するのは、魔物による民への無差別攻撃だ。

 魔物は自然繁殖を必要としない、魔力によって生じる害生物である。

 自然の摂理を容易く崩壊させ、人類の営みを無慈悲に蹂躙する災害に他ならない、ゆえに打倒することを躊躇ってならない、人類はこの災害に断固として立ち向かわなければならない。

 そして今回の【人工合成獣】が引き起こした紛争地帯の村落の虐殺は、人間の悪意によってもたらされた悲劇である。

 人間が魔物を兵器として利用することなど、断じて許してはならいのだ。


「強力な隠蔽魔法がかけられていたが、私の配下であれば、並みの魔法であろうと隠し切ることは不可能だ。……中身だが、件の召喚魔道具以外に、強力な魔導兵器が確認出来た」

「魔導兵器?」


 聞き慣れない名称を、カオリは口にする。


「恐らくだが特定の魔法を封じ込めた魔石の加工品で、簡単に云えば強力な、爆弾だ」


 ササキの言葉に、カオリは息を飲む。


「鹵獲ですか? することは出来なかったんですか?」


 そこまでわかっていながら、見逃した風に述べるササキに、カオリはやや非難の目を向ける。


「勘違いしてはいけないカオリ君、我々は情報収集こそすれども、情勢に直接介入することはない、少なくとも直接的に攻撃を受けない以上はな、それに彼らの活動はこの世界では必ずしも違法ではない。召喚魔獣による無差別的計画的攻撃はともかく、兵器や武器による特定勢力への武力介入は咎められる行為ではない、……彼らは傭兵なのだからね」

「……」


 もっともな意見に、カオリは反論が出来なかった。

 国際法なぞ存在しないこの世界では、如何に人道に反したおこないが横行しようとも、法の下に国際社会が裁きを下す仕組みなどありはしないのだから。


「一応いつでも追跡が出来るように手配はしているが、彼らの活動による結果が表沙汰にならない限り、私は、冒険者ササキとしては動くことは出来ん、それは情報を得ただけの君も同様だ」


 冷たいもの言いに聞こえるが、その言葉には過度に戦争に介入しないようにと云う、カオリへの優しさが含まれているのを感じとり、カオリは大きく息を吐く。

 情報は世を渡る上で重要な武器足り得ても、入手経路も含め、知り過ぎることが危険視される要素とも云える。

 普通では知り得ない情報を掴んでいると知られれば、それだけで警戒されるのが世の常である。


「彼らの目的がなにか、ササキさんはわかりますか?」


 冷静さを取り戻したカオリは、努めて平静に情報を聞き出す。


「戦争がなければ生きることが出来ない連中の考えることは一つ、市場の拡大と安定、つまりは戦線の拡大と長期化だと予想される。強力な兵器や武器がいき渡れば、今まで鬱屈していた小規模な勢力でも、大規模な武装勢力になり得る」

「戦争経済ってやつですか、召喚魔道具もその一商品に過ぎない、と……」


 頭の痛くなる話しに、カオリは頭を抱える。

 人を無差別に襲う魔物を呼び出す兵器、そしてその悪意を広げる勢力の存在に、一女子高生でしかなかったカオリには、あまりに荷が重すぎる案件である。


「またこれは私の予想に過ぎないが、これら魔道具を開発したのは彼ら【オールアロ】ではないと思われる」

「それってつまり……」


 その可能性を示され、カオリはある少女の顔を思い浮かべる。


「これほどの悪意ある強力な魔道具の開発をするような闇組織は限られる。以前にも話した。【アルクリード魔術結社】だ。そしてあの不死身の少女、リジェネレータは、恐らくだがその結社の所属だ」

「どうしてそう思うんですか?」


 カオリの質問にササキは答える。


「かの結社は秘密裏に人体実験にも手を染める組織であるとされている。彼女の不死身の肉体は、ただの魔術では得ることは出来ない、少なくとも私の魔法の知識にはないものだ。その彼女が使用したのがあの召喚魔道具である以上、彼女の不死身もあわせて考えれば、彼女が結社によって創られた人造兵器の可能性が高い」


 目を見開くカオリの胸に去来したのは、死ねない身体でただただ闘争に明け暮れる哀しい少女の姿、血に染まり狂喜に笑うリジェネレータの笑顔であった。


「魔術結社の目的は不明だが、彼女を使って【オールアロ】へ件の魔道具や兵器を売り、彼らがその悪意を大陸に拡散させる。これは一つの流れを創り出している。――血の大河をな」


 言葉にならない嘆きを浮かべ、カオリは息をするのも忘れて固まる。


「カオリ君、極めて用心し、備えるんだ」


 大きな戦いの、嵐の前に。




 その夜、カオリは眠れない夜を過ごした。

 思い浮かべるのはササキによってもたらされた情報の数々である。

 先の交渉によってカオリ達はロゼッタの父である侯爵のところに立ち寄った後、そのまま帰国するだけとなる。

 カオリ達の戦争への介入はこれで終了となるのだ。


 しかしササキからもたらされた情報は、それで自分達が無関係なままでいられるとは思えない予感を、カオリに抱かせた。

 カオリの不安な様子に真っ先に気付いたのはロゼッタであった。

 しかしササキとの会話の後だったこともあり、表沙汰に出来ない内容の可能性を察して、声をかけずにおく代わりに、アキに夜間警備の交代をしないように計らった。

 なんとか数時間は眠ることが出来たカオリが謝罪するも、アキはいつもの調子でカオリを労わったので、カオリもその優しさに甘えることにした。


 コルレオーネが軍議にて隊長達から報告および、コルレオーネからの指示を出せば、すぐに帰国の準備へと移った。

 帰国には最低限の人数で王子を護衛となる。近衛騎士団の二小隊と魔導騎士の女騎士の二人も加え、カオリ達も同行する予定である。来た時と違って、ササキは現地調査のためにまだ残ることになったので、転移魔法が使えないという表向きの理由からである。


 本当は転移系の上位魔法である【―転移門(ゲート)―】が使用出来るササキであれば、カオリ達だけを送り返すことも可能なのだが、これを公開することは危険が伴うため、使用を控えた結果である。

 昼に出発した一行は、戦線を迂回するように公国側の前線後方、アルトバイエ侯爵率いる協定軍の陣に向かった。


 戦線から戦線へ、カオリ達も相当に戦場を泳ぐことになる。

 出発から三日、公国側に近付けば近付くほど、凄惨な状態の村や集落を見ることになった。

 それが軍によるものか、召喚獣によるものかは、今後の騎士団の調査によってわかることだ。

 途中に点在する公国側の軍が駐留する砦を経由し、だが一度も立ち止まることなくカオリ達は協定軍の陣に到着した。


 本格的な戦闘は避け、難民の受け入れや非難誘導に徹していた協定軍には、まだ交戦による戦死者や負傷者がいないため、公国軍の砦のような殺伐とした雰囲気はない。

 そこにミカルド王家の乗る馬車と騎士団が到着すると、兵士達は皆一様に喜びの声を上げた。

 陣内を真っ直ぐに進み、カオリ達は協定軍を率いる総指揮官、アルトバイエ侯爵のいる天幕を目指した。


「殿下、ご足労感謝いたします」

「うん、侯爵も今回は大義だよ」


 一応戦場であるため、礼式は簡易にすませる。


「色々報告もあるけど、まずは戦場で再会する親子を優先した方がいいんじゃないかな? 僕はまずは休憩させてもらうね。なにせここまでの道中、どこも殺気だってて気の休まる暇がなかったからね」

「それは……」


 果たしてコルレオーネが回した気が、余計なお世話であったのかは、この時点では誰もわからない。

 アイリーンだけがそのままコルレオーネについていき、その場に残ったのはカオリ達だけだ。


「お父様……」


 全面的にコルレオーネに振り回された結果ではあったが、あれほど衝突した父と娘が、こうして戦場で再会するなど、なかなかないであろう状況で、どうするのかと見守っていたカオリである。まさか戦場でまで口論を始めるのではと若干心配にはなったが、幸い杞憂となった。

 しっかりした足取りで父であるカルヴィンに近寄ったロゼッタは、そっとカルヴィンの手を両手で持ち、その手を胸の前に優しく抱き寄せた。


「ごめんなさいお父様、あんなことを言って出ていった身で、こんなことを言う資格はないかもしれませんが、それでも、娘として父を案じる気持ちに嘘はありません、お怪我がない様子で安心いたしました」


 やや目を潤ませて、上目遣いで父を案じ謝罪の言葉を口にするロゼッタに、カルヴィンは目を見開いてうろたえる。


「ロ、ロゼ、わ、私の方こそすまなかった。戦場に赴くことになり、私もずいぶんと混乱していたのだ。先の勝手を許しておくれ、私はけっっしてっ、お前を政略の駒などと考えてはいない、ただお前が心配で……」


 コルレオーネとの縁談を勝手に進めたこと、また間接的にカオリ達の活動を妨害したことも含めてか、慌てて弁明をするカルヴィンに、ロゼッタは微笑みを向ける。


「なにも仰らないでくださいませ、私を案じてくださるお父様の気持ちは、私も十分に理解しておりますわ、つい、子供の我儘を通してしまいましたが、こうしてご無事な姿を直接目にすることが出来て、今日ほど冒険者になってよかったと思った日はございません」

「そ、そうだな、普通の令嬢なら家で帰りを待つものだが、お前はこんな危険な場所であっても、会いに来てくれるのだ。私はこれを幸福に思わなければならんな」

「そうだわお父様、お母様からお手紙を預かっておりますの、私がお読みして差し上げますから、天幕に参りましょう? 茶器も一式持参しておりますから、私がお父様のためだけにご領地の茶を淹れてさしあげます。今だけは戦場のことを忘れて、ご休憩なさってくださいませ」

「おお、おおっ、そうかっ、私は本当に果報者だなっ、殿下もしばし休まれることだし、私もずいぶんと気を張っていたからな、お言葉に甘えようじゃないか、はっはっは!」


 そう云って、二人は実に仲睦まじく腕を組んで歩いていくのを、カオリはなんとも言えない表情で見送った。


「あれはどこのどなたでしょう?」

「しっ、可愛い娘を演じてなし崩し的に色々なかったことにする高等技術なんだから、ここは笑顔で見守るのが正解なの」


 無表情で揶揄するアキにすかさず注意するカオリ、女は怖いと思わせるその手管に、この世の恐怖を味わったしだいである。

 それからしばらくして、満面の笑みを浮かべる侯爵は、やや引き気味のコルレオーネと情報交換の席を設けて、それぞれ意見交換をすませる。


「なにか言いたいことがあるなら、どうぞ」

「いえいえ、なんにもございませんとも、ロゼッタお譲様」


 カオリ達も護衛の任務から一時解放され、久々に四人で食事をとる。

 カルヴィンは食事中も娘に隣にいてほしそうな態度ではあったが、居並ぶ上級軍人や寄子貴族連中の前で、だらしのない姿を晒すわけにはいかないとロゼッタに窘められては、仕方なくコルレオーネを歓待する席に戻っていった。

 カオリ達は一応王子の護衛でしかないため、同席する資格をもっていないのも理由の一つである。


「面と向かってはあまり強く出られないお父様ですもの、状況的にああすれば不満を忘れさせることが出来るのだから、これで面倒にカオリ達を巻き込むことはないはずよ」


 さきほどとは打って変わってすまし顔のロゼッタを、アイリーンはニヤニヤと眺める。


「なにをしたか知らないが、娘に甘い父親ってのは本当に度し難いねぇ、あたしも昔は父上に色々と甘えたもんさね」

「……にわかに信じがたいわね」


 ロゼッタは直接バンデル家当主の人となりを知らないため、どうにもアイリーンが親に甘える光景を想像出来なかった。

 王子の天幕にほど近い場所に天幕を張ったカオリ達だが、協定軍の兵達からも見える位置のため、遠巻きにカオリ達を眺める兵達の姿が見える。

 どう見ても屈強な戦士にしか見えないアイリーンはさておいて、カオリやロゼッタはさぞ見目麗しい女の子に映ることだろう、男だけの戦場にあって、カオリ達の存在はふって咲いた花である。彼らの劣情も理解出来るだろう。

 彼ら下級兵士達からの視線に気付きつつも、カオリは見て見ぬふりで雑談に興じる。


「戦場で女性って珍しいんですか?」

「そうさねぇ、帝国じゃあそれほどでもないけど、西大陸じゃあそこそこ珍しいんじゃないかい?」

「貴族の子女で前線に出る令嬢はあまり聞かないし、平民で兵士に志願する女性はいないわけではないはずだけれど、珍しいのは間違いないわ」


 カオリの疑問に答えるそれぞれの貴族令嬢の二人。


「協定軍の兵の割合ってどんな感じですか?」


 今回の協定軍は貴族の従士団や領兵および、王領軍の混成軍である。指揮系統の複雑さもさることながら、カオリが気になるのは彼らの錬度である。


「私の実家の従士団とは別に、お父様は軍全体の旗印としてのお役目を、今回の作戦では仰せつかっているわ、だから従士団は領兵を指揮して軍全体の補佐的な役割を担うことになるから、今回の作戦で直接戦闘に駆り出されることはないはずよ、その代わりに軍の兵が前線に出ることになるから、戦力としては下級兵が主力となるわ」


 危険な紛争への介入と云えども、公国側について全面協力の姿勢をとることはせず。あくまで戦場の拡大抑止や難民の保護に徹する協定軍の位置付けは、王国がこの紛争において体面以上の意義を感じていない証左である。

 評議国が表だって西方諸王国と対立せず。どこまでも国交を制限しながらも、武力を推し量るように投入するのだから、警戒はしても干渉はせずと云う王国の姿勢は理解出来る。

 現状この紛争に躍起になっているのは公国のみである。

 自国を裏切った一領地を取り戻すと云う大義が、これまで鬱屈していた公国を混乱に向かわせた結果である。


「これまで王国を挟んで大規模な戦争とは無縁だったはずなのに、公国の保有する兵数ってわりかし多いと思うんだけど?」

「う~ん? そう云われればそうさね。実際の戦力はともかく、数だけで云えば小国で考えられる最大規模に匹敵するさね」


 カオリがこれまで集めた情報から、純粋に思ったことへの疑問をぶつければ、アイリーンは視線も上に首をかしげた。


「……民族浄化の件も合わせて考えれば、公国が予てから戦争準備を進めていた。とカオリは考えているのね?」

「そうそう、領地同士の小競り合いとか、国境沿いで睨み合いが続いていたのは、最近勉強して知ってたけど、隣国とここまで本格的に戦争出来るほど、数を揃えていたのって、もうそれ以外に考えられないじゃん?」


 足を延ばして弛緩した姿勢のままのカオリだが、口から出る言葉は極めて険しい事態予測である。


 しかし自身で発した言葉に、違和感を覚えたカオリは、一瞬の沈黙の後――。


「あ、やば」

「え?」


 不意にカオリの中で点と線が繋がった瞬間に漏れた声によって、その場の空気が固まった。

 カオリは唐突に立ち上がり、努めて冷静に、しかしやや焦燥を滲ませて指示を口にする。


「今すぐ殿下とロゼのお父さんを避難させて! アキ、遠見の鏡で可能な限り広範囲で協定軍陣内の索敵を始めて!」

「了解!」

「え、え? どういうことなの」

「いくよロゼっ」


 カオリの指示に三人は内心はどうあれ即座に行動を開始する。




 時刻は夜、陣内では部隊ごとに食事や休憩を交代でとる時間帯であり、多くの兵士達が警戒を緩める瞬間である。

 そんな中をカオリ達だけは言葉に出来ない焦りのままに疾走する。


「評議国の発足に、公国領の宗旨替え、内紛への発展に、裏組織の暗躍、どれもこれも千年の因縁を抱えるエルフ達を警戒して注目してたけど、もっと身近に野心とか怨みを抱えた勢力がいることを忘れてるじゃん!」

「どう云うことなのカオリ!」


 駆けるカオリに必死で追いつきながら、ロゼッタが声を上げて問えば、カオリは振り返ることなく答える。


「一族きっての覇者の野望を潰えさせられて、百年も停滞を余儀なくされた野心ある国家こそ、このブラムドシェイド公国なんだよ! ミカルド王家を狙う理由があるのはエルフ達だけじゃない! 公国もなの!」


 カオリの絶叫じみた答えに、ロゼッタは絶句する。


「前方に隠蔽魔法の反応! 本陣天幕に高速接近中!」


 アキが遠見の鏡を片手に、同時に鑑定魔法を発動しながら周囲を警戒中に、一つの魔法反応を感知したことを告げた。


「しぃっ!」


 カオリは足に活を入れて踏み込みから全速力で駆け出し、アキが指し示した方向に向かう。

 カオリ達の剣幕を遠目に見て動揺する兵達を無視して、カオリは神経を研ぎ澄ませて自らも気配を探し、わずかな魔力の残滓へ最高速度の抜刀を放つ。

 ザンッ。

 手応えを追い越し、そのまま距離をとるように離れた直後、夜の陣内に突如紅蓮の炎が炸裂する。


「なにごとなの!」


 ただただ混乱するロゼッタは、突如周囲を赤く照らし出した火柱を前に、慌てて顔を腕で庇う。


「敵襲っ! 敵襲だよ! ボンクラ共戦闘準備をしなっ!」


 アイリーンが怒号の如く周囲の兵士へ危機的状況を端的に伝播してようやく、その場にいたもの達に状況を認識させた。

 しかし事態はそれよりも速く悪化を見せる。


 ボンッ、ボンッ、と立て続けに爆音が響けば、協定軍陣内のあちこちで同様の火柱が立ち上る。

 それに呼応するようにいくつもの悲鳴が上がり、闇夜に乗じて異常な事態が広まっていった。

 カオリはだがそれらを無視して天幕へ突入し、中にいた軍上層部およびコルレオーネやカルヴィンに向けて事態の上告を叫ぶ。


「陣内に敵勢力の魔術的攻撃ありっ! 被害拡大中につき、速やかな避難を!」


 少女の、しかし無視出来ないほどの剣幕で言葉少なに告げられた内容に、その場にいた人間達は顔を青ざめさせた。


「馬鹿な! 陣内に伏兵だと!」

「いったいどこの勢力が!」


 慌てて状況の真偽を問う声を、カオリはあえて無視して、コルレオーネへと目配せを送る。

 言葉がなくとも心意を汲み取ったコルレオーネはカルヴィンにも声をかけ、彼と共に天幕から避難を開始した。

 しかしそれに反して、まるで事態を飲み込めない軍上層部や貴族達は、みっともなく慌てるばかりで、誰もその場から動けずにいたのだった。


「カオリっ、謎の爆炎魔法以外にも、なにかが兵士達を襲っているわ! 今から統制を図るのは不可能よっ、陣はすでに機能を失っている。避難も容易には!」

「なら可能な限りこの天幕を死守するように指示をっ! もう戦争どころじゃない、魔導隊や魔導騎士に結界を張らせて、簡易の防御陣形を組むようにも要請して!」

「混乱した兵士がここへ殺到してくるよ! 近衛騎士団を借りて可能な限り封鎖するから、その間にそこの木偶の坊どもを叩き起こしておきなよ!」


 カオリに向けて状況の説明と要請を送るロゼッタとアイリーンへ、カオリは考えうる最善の手段を模索する。


「貴様ら! 冒険者の小娘の分際でなにを勝手に指示を出している!」


 一人の軍人が声を荒げてカオリを非難するが、カオリは憎悪すらも浮かべて睨み返す。


「ならとっとと役目に戻ってくださいよ! こうしている間にも兵士達が被害にあってるんです。せめて手足を動かして!」


 カオリの剣幕に、軍人だけでなく他の面々も面食らって動揺するが、ややあってようやく天幕から出て状況を自分の目で確かめる気になったらしく、慌てて外へ駆けて行く。

 カオリもそれに続いて外へ出れば、そこは、地獄と化していた。


「確認! 件の【人工合成獣】が無数に陣内の兵を無差別に攻撃中、爆炎魔法の正体は未だ不明なれど、魔力反応が今も移動していることが見えます」


 アキの報告にカオリは奥歯噛みする。


「なに? 自立歩行型爆弾でもあるの? しかも隠蔽魔法までかけて、陣内を歩き回ってるとか最悪じゃん!」


 地団太を踏んで悪態を吐くカオリは、今なお炎上する最初の爆心地を睨む。

 爆炎の規模は熱量にして地球の手榴弾の数倍の威力があった。そんなものが誰にも気付かれずに自由に移動し、なんの前触れもなく爆発するのだから、その脅威度は想像に難くない。

 カオリ自身は目標であったであろう天幕を目前に勘だけで阻止出来たが、それもアキという高性能探知能力の補助があってのものである。


 斬った感触から生物に近いものであることは推し量れども、証拠も残さず爆発四散してしまったために、それがどう云ったものかを今この場で突き止めることは絶望的である。

 周囲では上官や貴族が自分の部下に必死に指示を出しているが、誰もが混乱の最中で最善の動きを望めずにいる様子だ。


 自身の率いるべき部隊や従士団が入り乱れて逃走をする混乱状態で、どうやって統制をとればいいのか分からないのだった。

 ただそれでも腐っても指揮官達である。可能な限り使える手駒に指示を出し、あるものは召喚獣の討伐に向かわせるもの、あるものは逃走した兵を一旦再編成すべく向かわせるものと、それぞれで考えつくあらゆる手段を講じていく。


「本陣天幕周辺への結界構築は完了したわっ、少なくとも魔法や魔力構成体は接近出来ないはずよ」

「それってどれくらい効果のあるもの?」


 魔導隊や魔導騎士団へ発破をかけたロゼッタが報告するのに対し、カオリは率直な質問をする。


「自立移動する魔法的物体みたいだから、魔導兵器を搭載した魔物と仮定したの、あの人工合成獣と同種だけれどそれよりも小型で、使い捨てに出来るものをと考えるならばそれがもっとも妥当だから、ならば多くの魔物と同様に魔力で構成された肉体をもつ生物を遮断する結界にすれば、結界内での魔法の行使を考慮しつつ、結界内への干渉をある程度防げるはずよ」


 淀みなく説明するロゼッタにカオリは感心する。三人の中で一番状況についていけなかったロゼッタであるが、それでも状況を冷静に分析し、的確に対処してみせたその手腕に、素直な称賛を贈る。


「流石はロゼ!」

「でも鎮魂騒動の時みたいに、質量で圧されれば流石に結界も破られるから、あの人工合成獣には是非とも近付いてほしくないわね」


 ただし物理的質量までは防ぎ切れないと結界魔法の欠点を上げる彼女に、カオリは理解を示して次の一手を考える。


「あれに関してはもう普通に対処するしかないから、可能ならアイリーンさんに活躍してもらいたいけど……」


 四人の中でもっとも件の魔物に抗し得る戦力であるアイリーンではあるが、今は混乱して安全であろうこの本陣に殺到する下級兵達を圧し留める役目を負っている。

 許容範囲を超えた人数が圧しかければ、それに紛れてまた魔物爆弾がここでその威力を発揮し兼ねないと危惧し、カオリ溜息を吐く。


「ロゼは結界でさらに殿下を守りつつ、お父さんの指示を仰いで欲しい、アキも索敵をしつつ殿下の護衛について! レイア先生も二人についてくださいっ」

「了解!」

「了解しました」


 いくらこの混乱の中、いや火中であるからこそ、護衛対象を孤立させるわけにはいかない、カオリとアイリーンが迎撃に出ている以上、三人にはなんとしてでも護衛対象を守り切ってもらう。


 だが、悪意が歩を止めることは、決してない。


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