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( 戦場事情 )

 村を中心にして、騎士団は四方に展開して現地調査を開始した。


 探るのは主に戦火とは関係のなさそうななんらかの痕跡、召喚獣の足跡や襲撃の跡などである。

 また仮に生存者などがいれば、有力な証言が得られることも考慮して、なるべく広範囲を探る必要もある。

 しかし評議国側の要求により、前線はもとい評議国の領土には足を踏み入れられないこともあり、この調査では決定的な情報を得られるとは誰も考えてはいない。

 そもそもとして、村の惨状と王国の諜報部隊の持ち帰った目撃証言から、この場所に件の勢力とその召喚獣が出現したことはほぼ事実であるという前提で動いているので、いまさらこの場所で得られる情報などたかが知れていると思われたからだ。


 そのため今回の作戦の肝となるのは、謎の勢力と評議国とが繋がりがあるのかどうか、公国とはどう云った関係があるのか、もしくはないのかを調査すること、そしてあわよくばコルレオーネ第二王子を囮として、下手人をおびき出せないかである。


「公国側はアルトバイエ侯爵の協力を得て調べれば、事実を明らかにすることも難しくはないでしょうが、問題は評議国ですな、今以上に追及を強め、もっと上位のものと交渉出来るよう手配すべきかと」

「しかし現段階で評議国側を下手に刺激するのは危険が伴う、いっそ殿下に直接交渉していただければ、向こうも相応の上位者で対応せざるを得なくなるはず」

「だが最初から殿下を、敵かも知れぬ国の領内に向かわせるなど言語道断、ここまで入り込んだだけでも危険極まりない状況で、その交渉の席には慎重を期すべきか……」


 様々な意見が飛び交う作戦会議室で、朝から議論を交わす隊長格の中、カオリはロゼッタと共に会議を見守っていた。

 コルレオーネはその会議には参加せず。今は自身にあてがわれた天幕で大人しくしているのだが。

 それなりに方針が決まれば呼んでほしいと指示を受けたカオリは、その報告業務をなぜ冒険者の自分がしなければならないのか、……恐らくカオリとの接触の機会を増やしたいがための姑息な手段なのだろうが、やや納得出来ぬまま会議を傍観している。


「仮に殿下が評議国側の領地に出向いても、国の暗部に関わる情報を握っているような責任者と会うことって出来るのかな?」


 退屈を紛らわす意味もあり、カオリはロゼッタに話題を振る。


「どうかしら……、紛争が起きている以上、国境の近くにはそれなりの責任者は出向いて来ているはずだけれど、その人物がどれほどの情報を握る人物かは未知数よ、そもそも国家形態が私達とはだいぶんと違うはずだから予想も出来ないもの」


 【エルスウェア評議国】なる新たな国が、はたしてどのような形態で司法や軍事をとりまとめ、またどのような治世を進めていくつもりなのかすら不明な現段階では、やはり外交一つとっても慎重にならざるをえないというのが、ロゼッタの素直な感想である。


「正直王国貴族の常識的には、例え紛争地帯であっても、いえ紛争地帯であるからこそ、周辺国は大国の王子の来訪を蔑にはしないはずよ、王族を襲った勢力の調査の名目で王子自らが訪れたのならば、いっそ自国内に招いて、それなりに捜査協力を申し出るくらいは当たり前なのに、評議国はそう云った動きをまったく見せないのだから、今の時点からして、私には状況が理解出来ないもの」


 不満と困惑の表情でそう述べるロゼッタは、王国貴族の常識から、評議国の考えが理解出来なかったようだ。


「あ~、だから隊長さん達も評議国を不審がってるんだね。捜査はしてもいいけど、領土には入ってほしくないし、協力もしないって云うんじゃあ、裏で繋がってるって云ってるも同然に思えるもんね」

「そういうことよ」


 ロゼッタの予想では、今回の作戦で決定的な証拠どころか、なにかしらの有力な情報を掴むことすら難しいのではと考えている。

 ましてや下手人がこんなあからさまな囮作戦に、ほいほいと姿を見せるなど考えにくい。

 となれば最悪なんの成果もなく時間だけを浪費し、それに付き合わされたカオリ達はせっかくの学園生活を邪魔された結果しか残らない。


「いっそササキさんと私達だけで、評議国に乗り込んじゃ駄目なの? 冒険者なら入国許可なしで通行税だけ払えば自由に出入り出来るじゃん?」

「それじゃあ評議国側の上位者と渡りをつけることなんて無理よ、一介の冒険者では誰も会ってくれないもの、……ササキ様の名声を利用すれば可能性はなくはないでしょうけど、ササキ様や私達の方針として、一国に過度な協力をするのはよくないわ」


 カオリの提案に、だがロゼッタは難しい表情で否定をする。


「だいいち私達は殿下を魔物の脅威からお守りするために依頼を引き受けたのであって、今回の作戦の捜査に協力する義務がないのだから、殿方達が困ろうと関係ないのよ?」

「でも暇だよ?」

「えぇ……、そんな理由で?」


 カオリの呑気さに呆気にとられるロゼッタだが、そこにバルトロメイがやや困った顔で二人に近付く。


「あの、すいませんがこれでも大事な会議の途中なので、我々が混乱するような私語は慎んでいただけませんか?」


 その言葉に、二人は初めて会議室が静まりかえっていることに気付いた。

 どうやら話しの途中からカオリ達の会話が耳に入り、思わず皆で聞き耳を立ててしまっていたようだ。


「すいませんっ」

「も、申し訳ありませんでしたっ」


 素直に謝罪をするカオリとロゼッタに、騎士達は目を瞑って腕組みをする。


「しかしミヤモト嬢の言うように、それぐらい思い切ったことでもせぬ限り、我々は手ぶらで本国に帰ることになるのも事実、このまま手をこまねいていては、我等近衛騎士団はもとより、殿下の評価をも貶めかねんぞ」


 比較的年嵩の騎士がそう言えば、他の隊長達も唸り声を漏らす。


「まだ無事な村々を回り、警戒網を密にすれば、少なくとも民を守ったと云う実績にはなるのでは?」

「それは実際に襲撃を受ければの話であろう、それに魔物を撃退せしめた上に下手人を捕縛出来てはじめて意味があるのであって、返り討ちに遭えば笑いものにしかならんではないか」

「それを言うならばそもそも我等であの魔物に抗し得る実力がない時点で、すでに此度の作戦は破綻しておるではないか、ササキ殿やこちらのミヤモト嬢に協力、いや依存しておる以上、もはや我々への評価を気にしている場合ではないぞ」


 彼等の話しを聞いている内に、今回の作戦で近衛騎士団の面々がカオリ達をどれほど評価しているのかを認識し、カオリは内心で感嘆する。


(へー、最初に聞いていた話しと違って、近衛騎士団の人達って結構私達を、女冒険者の私達を評価してくれてるんだ……)


 いい年の男達が皆してカオリ達の実力を正当に評価している様子は、むず痒くもありながら、カオリは素直に嬉しくあった。

 客観的に見れば、王都の迷宮調査から端を発した鎮魂騒動で、あれほど恐ろしい召喚獣達を容易く退けたのだ。

 カオリ達の強さを間近で目撃し、それどころか命の危機を救ってくれたことを、誰が悪く思うだろうか、流石にそこまで歪んだ人格ではないのであれば、カオリ達への評価は当然のものと云える。

 あの場で突然の襲撃を受け、冷静に行動し、確実に国王と王妃を守り抜いたのは、誰の目にも明らかなのだから。


 だがそれと今回の作戦において、騎士団がカオリ達をあてにするのは別の話しである。

 王家が襲撃を受け、その実行犯が召喚した魔物と同様の魔物が発見されたのであれば、国を挙げて調査に乗り出すのは当然であり、それは国家組織が独力でなさなければ、国の沽券に関わるのだ。

 だからこうしてササキやカオリの力に可能な限り頼らず。自分達で出来るあらゆる手段を、何時間も議論しているのである。


「やはり根気強く評議国側と交渉を重ね。地道に現地調査を進める以外、現段階で出来ることはなし……か」

「やむをえんだろう……、まったく、守護騎士団のことを笑っていたつけかもしれんな、こと調査においては、奴らの得意分野だ」

「それを言うな、華々しい職だと持て囃されて来たが、そこに王家がある以上、たとえ辺境の荒野だろうが、そここそが我らの戦場だ。胸を張って最大限の努力をするとしよう」


 結局現状を打破する妙案などなく、現状維持の結論となったところで会議は解散となった。

 作戦会議室から自分達の天幕へと戻り、ロゼッタはアイリーンと交代して休息に入る。

 アキの方はまだまだ体力があるということで、カオリとの交代をせず。そのまま哨戒を継続した。

 天幕でアイリーンが戻って来たのを認めて、カオリは世間話のように会議の様子を彼女に報告する。


「思っていた以上に、近衛騎士団の人達って真面目な人達だったんだなって思いました」

「会議の様子の報告じゃなくて、男共の評価の話しになってるけど、いったいカオリはなにをしに会議に出たのさね」


 彼女にしては至極当然の疑問に、カオリは舌を出して可愛く誤魔化す。


「まあ王族を守るのが王家近衛騎士団の役割だろう? そもそも職務に真っ当な奴じゃないと、そんな重要な職業に就くなんて無理な話さ、よっぽど王家が腐ってない限りはね」


 足を延ばして横になるアイリーンは、目を瞑ってそう言い添える。


「アイリーンさんは他国の騎士団のことにも詳しいんですか?」


 カオリも横座りの姿勢でアイリーンに冷めた紅茶を杯に注いで手渡す。


「他国のって云うか、王国の騎士団に関しては、まあそれなりに知ってるね。なんせ多少なりとも戦場で矛を交える関係だったからね」


 カオリから受け取った紅茶を一気飲みして、かつて戦場に身をおいていた頃を思い出すアイリーン。


「ロランド人ってのは、皆根が真面目で几帳面なのさ、そりゃ十人が十人全員がそうってわけじゃないけど、少なくとも国にとって重要な仕事に就くような連中は、能力の差こそあれ、だいたいが職務にまっとうなのがほとんどなはずだね」


 敵国であったからこそ、相手の本質を正しく評価出来るとし、アイリーンは素直な評価を口にする。


「権力に溺れて馬鹿なことをする奴もたしかにいるだろう、そりゃ人間誰しも過ぎた力を得れば驕りも勘違いもあるさね。だけど最終的に善悪の帳尻があって、今が平和なら、それがミカルド王国の努力の結果なんだろう、そこを見ないふりして、無理にでも貶めようとすれば、どっかで歪みが生じちまう、事実を事実として認められない、吐かなくてもいい嘘を重ねちまう、国なんて云っても、所詮は人間のすることさ、正しさの中にも間違いはあって、過ちの中にも、きっとどこかに正しさが見えるもんさね」


 まどろみつつ語られるアイリーンの言葉に、カオリは首をかしげつつも、どこか真理めいた重みを感じた。


「えっとなんの話です?」


 カオリが不思議そうな顔で尋ねる。


「あの色惚けぼっちゃんのことさ、ああ見えても王族さね。あんまり邪険にするもんじゃないよ、話せる内に話しておきな、人間どこでなにが役に立つかわかんないからね」

「……そうですか」


 アイリーンはそう言ったきり、静かに寝息を立てた。

豪快な印象が強い彼女だが、意外なことに睡眠中はいびき一つかくことがなかった。戦場経験が長いためか、夜襲を警戒して自然と身についたのだと云う。

 カオリはアイリーンの人を見る目を、それなりに認めていた。もちろん盲目的に信じることはないが、それでも彼女から送られる助言の類には、必ず注意を払うようにしているのだ。

 いったいコルレオーネのなにが、アイリーンにそんな言葉を言わせたのか、カオリはここで初めてコルレオーネと云う人物について、少し興味が沸いたのだった。


 思い立ったが吉日と、カオリは立ち上がったその足で、コルレオーネの天幕に向かった。

 入口の女性魔導騎士に来訪を告げ、入室する。

 入口から正面にはコルレオーネが椅子に優雅に腰掛けている。はす向かいにはロゼッタが座り、静かに護衛の任務に就いているが、カオリの用があるのは彼女ではない。


「おはようございます殿下、会議の内容については、すでにご存じでしょうか?」

「うんおはようカオリ嬢、報告ならロゼ嬢から受けているよ、今日はどうしたんだい? 僕に会いに来てくれるなんて」


 簡単な挨拶からの質問に、コルレオーネは柔和な笑みで遠回しな嫌味を口にする。

 立場にうるさいロゼッタや、およそ女性らしさを超越したアイリーンを押し付けられた鬱憤が見て取れるが、カオリは無視して会話を続ける。


「私達の個人的な事情は抜きにしても、今回の作戦は、非常に長期的で地道な手段に頼らざるを得ない状況となっております。殿下におかれましてはご不便な中、期間中どのように過ごされるのか、もしお考えがあれば伺いたく存じます」


 片膝を折って騎士然とした態度で質問するカオリに、コルレオーネはやや思案顔で黙考する。


「そうかぁ、やっぱりこのままじゃあ暇を持て余しちゃうよねぇ、本国から定期的に物資を輸送するにしても、それほど多くを持ち込むことも出来ないし、ましてや遊戯なんかで呆けてる場合でもないしね」


 困った様子を隠すことなく、コルレオーネは視線をカオリに向ける。


「それこそカオリ嬢が僕の話し相手になってくれれば、僕はとっても楽しい時間を過ごせそうだけど、ロゼもどうだい? 幼馴染のよしみなんだ。いい加減そうやって隅で動かないのも退屈だろう?」

「申し訳ありませんが殿下、これでも任務中の身ですので、注意が散漫になるような怠慢をするわけにはまいりません」


 ロゼッタの努めて事務的な対応に、コルレオーネは肩を竦めて見せる。


「そう云えば殿下、アイリーンはこちらで殿下に対してなにかお言葉を交わされましたか? あの人も優秀ではありますが如何せん奔放な方なので、余程の無礼を働くようならば、私からも強く注意させていただきますが」


 カオリがそう言うと、コルレオーネもロゼッタもやや驚いた風に目を開く。


「ん~いや? 最初こそ垣根のない言動ではあったけど、その後は至って真面目に護衛の任務に忠実だったよ、ロゼほどだんまりではなかったけど、会話をしながらでも警戒は怠らなかったし、話して見れば存外楽しい会話だったから、とくに気になるところはないね」

「彼女とお話を? どのような内容だったかお伺いしても?」


 コルレオーネの評価に嘘がないことを認めつつ、より深く聞こうと伺うカオリに、コルレオーネの方が困惑を深める。


「まあ帝国の貴族令嬢?と話す機会なんて滅多にないからね。風土や文化の違いなんかで盛り上がったのは普通かな? あと僕は兄である第一王子と違って、戦争にそこまで感心があるわけじゃないから、戦場の実体験を、それこそ敵国側からの視点で聞けるのは、貴重な経験なんだろうね。それだけでも、兄さんが聞いたら羨ましがるだろうから、帰ったら自慢しようかな?」


 屈託なく笑うコルレオーネに、カオリはなにかに納得して肩の力を抜いた。


(そっか、この人、誰かの悪口とか全然言わないし、物事に対して基本的には肯定的な姿勢で、身分に関わらず誰とでも接するんだ)


 相手が一応女性のアイリーンだったからなのか、それとも単なるお世辞なのか、仮にそうであったとしても、王族である身でここまで気安く接することが出来るのは、ある種の才能と云えるのかもしれないと、カオリは彼を穿った見方しかしてこなかった自らに気付いた。


 たしかにカオリと接点を得るために、今回のような政治をも利用するずる賢さこそあれ、利用出来るからにはそこに大義があることを思えば、なにも全てが間違っているとは云えない。

 王家の脅威を王族が矢面に立って調査することには意義があり、そのために実績のあるカオリ達を護衛に望むのにも意味があるのだ。コルレオーネ本人の趣味嗜好はさておいて、自身の立場や役割の中で、自分の望む結果を得るために、彼はただ行動したに過ぎないと、カオリは初めて彼の行動力に素直に感心したのである。


(スケコマシなのはいただけないけど、人物としては十分評価出来る人だし、噂とか最初の印象で交友関係を狭めるのは、損することでしかないって、アイリーンさんは言いたかったのかな?)


 急に黙ってしまったカオリを不思議に思い、コルレオーネとロゼッタは思わず視線を交わす。


「えっと、カオリ嬢? それで彼女がどうかしたのかい? と云うか君が僕のことに関して、ここまで質問するって初めてじゃないかい?」

「カオリどうしたのよ、アイリーンになにか言われたの? さっきから変よ貴女……」


 流石に不審に思った両名は、それぞれカオリに声をかける。

 しかしカオリは瞳に力を宿し、真面目な表情で大胆な発言をする。


「殿下、虎の穴に入る気はないですか?」

「は?」




「なんですとっ、殿下自らが評議国の中枢に直接交渉に出向くですと!」

「うん、そうだよ」


 微笑に揺らぎもなく、なんでもないかのように言ってのけるコルレオーネに、隊長達は礼儀も忘れて立ち上がる。

 夕刻の作戦会議室にて、村周辺へ展開した騎士達の報告をまとめる席にて、突如放たれた王子の発言を受けての出来事である。


「事前の連絡のないことではあるけど、別に冒険者を数人護衛につけて、少数で訪問するぶんには、評議国を刺激するほどのことじゃないだろう? 僕が来ることは事前に親書を送ってるわけだし」

「そんなっ、いや、しかしっ、いくらなんでも危険過ぎます。容認出来るわけがありません!」


 膠着する現状を打破する確実な方法として、案としては挙がりはしたが、それでも騎士団のほぼ全隊員での警護を敷き、幾度も評議国と協議を重ねた上で安全を確保し、交渉内容を詰める事前準備を前提としてものだ。


「別に自分の命を軽んじているわけじゃないよ、でもここで何日も時間を浪費することはそれだけ相手に猶予を与えてしまうことになると思わないかい? すでに一月近く遅れをとっているんだから、ここで早急な対処をと考えるなら、一番有効的な手段を講じるべきだ」


 朗々と自身の案の利点を語るコルレオーネに、隊長達は皆して渋い顔である。

 しかしそれと同時にコルレオーネに対する称賛の気持ちも抱く。

 これまで第二王子と云えば、開明論派の旗印として、主に商業や外交での能力を期待されて来た。

 ゆえに本人もその風潮に対外的には従って来ており、こと前線指揮や武勇などは開戦論派を擁する第一王子に譲って来たのだ。

 本人の軽妙な振る舞いや女好きの噂も相まって、自ら危険に飛び込む気概はないだろうと云うのが世間の評判である。

 しかしこの場で危険な任務を自ら提案し、それでありながらこともなげに語る姿は、王族の威厳と余裕を感じさせる気風に満ちていた。


「君達では僕を送り出す判断は出来ないだろう、これは僕の独断として、陛下には僕から説明するから、後に責任を追及することはない、評議国側からそれなりの言質を得られればそれでいいし、最悪評議国内での調査許可はもぎ取って来るから、それまでは現行調査を続けていてほしい」

「むぅ……」


 王家の権威をちらつかせて責任の所在を明確にした以上、騎士の立場では止めることが出来ないと分かったのか、対応していた騎士はそれで言葉を失う。


「出発は明日の早朝として、最終的な随行員はこっちで勝手に決めるから、それを踏まえて皆には今後の段取りを決めてくれ、じゃあ僕はこれで休ませてもらうね」

「はっ」


 軽く手を振って退室するコルレオーネに敬礼を送り、騎士達はコルレオーネを見送るしか出来なかった。

 天幕に戻ったコルレオーネは、先まで黙って追従して来たカオリ達と、天幕で改めて向き直る。


「これでよかったかい?」

「そうですね。これでよくも悪くも事態は動きます」


 表情を動かすことなく返答するカオリに、コルレオーネは溜息を一つ吐く。


「自分の都合でここまで王族を動かす冒険者は、たぶん君達だけだろうね~」

「お言葉ですが殿下、私も流石にこれには反対の姿勢です。道中の安全はもちろん、評議国の思惑が不明な現段階で、あまりに軽率な行動だと云わざるをえません」

「それに同意して意向を示した以上、これはすでに僕の問題だよ、別に嫌味を言いたいわけじゃないから気にしなくていいさ」


 フィオナから杯を受け取って中の酒に口をつけるコルレオーネに、ロゼッタは憮然とした表情を浮かべるが、本当に不満を向けるべき相手にも視線を向ける。


「あっはっはっはっ! こりゃいいっ、最高さね。王族の護衛にかこつけて、敵かも知れない国の中枢に乗り込もうってかい、普通の発想じゃ出来ないさねっ」


 ようやく真面目な雰囲気から解放されて、アイリーンは堪え切れずに大笑いする。


「王家を狙った謎の勢力、それに加担しているかもしれない評議国、混乱に乗じた無法集団、予想出来る敵はよりどりみどり、上手くいっても悪くなっても戦闘になる確率は十分っ、腕が鳴るさねっ」


 ガチャガチャと鎧を鳴らして、アイリーンは実にご機嫌である。


「最悪の場合はササキさんに救援を要請しますけど、これで敵はもっと殿下を狙いやすくなりますし、念のため評議国側の前線指揮官に先触れを出して、殿下の出発を喧伝しましょう」


 カオリの狙いはただ一つ、こんな面倒な案件はさっさと終わらせて、学園生活に戻ることである。

 そのためには多少危険であっても、解決に向けての迅速な行動が必要だった。


(これからきっと権力者と関係がこじれることも多いだろうし、逃げ回ってばっかりでまた面倒な工作されるくらいなら、いっそ真っ向からぶつからないとね~)


 ことが上手く運び、ひとまずは安心したカオリは、これを機に権力者を相手にした場合の対処法に一つの結論を見出した。

 つまり彼等は好意的か敵対的かはともかく、カオリになんらかの価値を見出して接触を試みて来るのである。

 であれば相手が期待する価値を自分が正しく認識し、実力でもって対応すれば、少なくとも解決を早めることが出来ると云うことであった。

 コルレオーネの場合で云えば、カオリの珍しい人種とその美貌、また冒険者としての実力を買って、そばにおきたいと云ういたって単純な動機であった。

 だがカオリはコルレオーネの評判から、強く彼を拒絶し、結果的にここまで話がこじれてしまったのである。

 ロゼッタの婚約騒動しかり、今回の作戦への強制的な参加しかりである。


「ちなみに殿下、これ幸いと私や仲間に変な接触をするならば、その時は恐れながら、殴らせてもらいますからそのつもりで」

「え、えぇ~……、冒険者の君達に本気で殴られたら、僕死んじゃうよ?」


 カオリの遠慮のない通告に、コルレオーネは顔を青ざめる。


「もう分かったんです。最初からこうしておけば、こんな面倒に巻き込まれて、学生生活が疎かになることもなかったのですから、遠慮するだけ状況が悪くなるくらいなら、時に立場や身分に縛られず。本音で向き合うべきだと」


 人の世が無情であっても、よっぽど、よっぽど人格が破綻していない以上、相手も一人の人間であることは間違いない、本音でぶつかって初めて相手の気持ちを理解し合えるのだ。

「私は殿下の女好きも、そのために手段を選ばないところも大嫌いです。でも王族としての務めを理解しつつも、偏見で人を見下さないところは評価しています」

「う、うん、すごい正直に言ったね……」


 喜ぶべきか怒るべきか迷うコルレオーネに、カオリはいたって平静に続ける。


「冒険者としての力でもって、魔物の脅威から民を守る仕事であれば、私達は協力を惜しみませんが、人間同士の勢力争いや派閥競争に巻き込まれるなんてまっぴらごめんです。私達と接点を持ちたいとお考えならば、その点を肝に銘じておいてください、でないと私達は全ての力をもって抵抗する覚悟であると、お忘れなく――」


 カオリがそこまで言い切った刹那、顔を青くするコルレオーネのそばに侍っていたフィオナが、怒りの形相で立ち上がった。


「聞いていれば抜け抜けとっ! 平民の分際で愚かにも殿下を脅すなどっ、不敬どころか反逆にも値する傲岸不遜っ、それ以上卑しい口から戯言を吐くことは許せんっ、この場で斬って捨ててくれる!」


 怒り心頭のまま腰の杖と短剣を抜き放つフィオナだが、目にも止まらぬ速さで抜刀されたカオリの刀が、いつの間にかフィオナの眼前に突き付けられ、フィオナは遅れて息を飲んだ。


「抜きましたね? なら自分が斬られる覚悟があると判断しますけど」

「平民が貴族にっ、逆らってただで済むと思ってっ!」


 カオリの実力を侮っていたフィオナだが、カオリの目を見た瞬間、身体が金縛りにあったが如く動かなくなる。


「貴族なら死なないと? 平民なら殺してもいいと? 貴女だって所詮同じ生物、斬ればただの肉の塊に過ぎないのに? 面白いこといいますねフィオナさんは」


 口にする言葉は軽薄だが、カオリの瞳の闇の深さに、フィオナは益々恐怖を募らせる。

 どこまでも深く、どこまでも暗く、その瞳に写すのはただただ力によってもたらされる悲惨な現実、身体を両断されて打ち捨てられる自身の凄惨な末路――


 パンッ。


「はいはいそこまで、弱いものイジメはそれぐらいにしてやんなカオリ、殺気もそこまでいけばもはや立派な攻撃手段さね」

「もう慣れたわ……、カオリの異常性はただ強いってことじゃない、その躊躇いのなさから来る危うさよ」


 音もなく納刀するカオリの動作から目を放せず。なんとかカオリから距離をとろうと後ずさりするフィオナから、カオリはようやく視線を外す。

 それでも残心から左手を刀に添えたままにする姿に、フィオナはいよいよ立っていられずにへたり込む。

 顔に塗りたくった化粧も、溢れた汗で流れて崩れ、さぞや散々な顔になっていることだろう、フィオナは羞恥から俯いて息を殺し、部屋の隅にずるずると移動する。


「今回の随行員は私と私の仲間、そしてレイア・フィアードさんのみで担当します。こちらの魔導騎士のみなさんは信用出来ませんから、この陣で待機してもらいます」

「う、うん、そうだね。そうみたいだね」


 カオリの恐ろしさを目の当たりし、なんとか同意を示すコルレオーネ。


「現地での交渉に関しては、ロゼが補佐につくので大丈夫でしょう、紛れもない高位貴族の令嬢で、知識も豊富ですし」


 カオリの推挙にて礼をするロゼッタに、コルレオーネもぎこちないながらも笑顔を向ける。


「身の回りの世話はロゼはもちろん、私の従者もつけますので、可能な限りご不便のないよう配慮いたします」

「よ、よろしくねロゼ、それとアキ君だったかな? こんな美人な獣人種の女性にお世話されるなんて光栄だよ……」


 ようやく軽口をたたく余裕を取り戻したコルレオーネを認めて、カオリは伝えるべきことは伝えたとし、今夜は早めの就寝とした。




 翌日の早朝、カオリ達は前日に用意した荷物や道具を、片っ端から積み込んで、王子に用意された馬車に乗り込んだ。

 アイリーンが御者になって二頭立ての馬車を操り、カオリ達とコルレオーネがそのまま同乗する。

 この面々で一番馬の扱いが上手いのがアイリーンなのもあるが、襲撃のさいに一番狙われやすいのが御者であることを思えば、もっとも適した人選である。


 騎士達の不安げな見送りを受けながら、颯爽と出発したカオリ達が最初に向かうのは、ここから一番近い前線の砦ではなく、領境の宿場町である。

 レイアの情報から、そこは現在評議国側の軍事基地として陣が敷かれており、それなりに高位の軍人が駐留しているらしかったからだ。


 この紛争はあくまで宗旨替えした元公国貴族領を、公国が取り戻そうと勃発した云わば内紛である。

 評議国側は元公国領領主を表向きは受け入れはしたが、元公国領自体の領有に関しては表だった表明は出していない、しかし元公国貴族とその資産の保護の観点から、軍事支援をおこなっており、評議国側に逃れた難民の受け入れなのども積極的におこなっている。

 公国側はそれに対して苛烈な軍事行動でもって強く領地の領有を主張しており、同時に元公国貴族の身柄引き渡し、また傭兵などを無作為に展開し、人的物的資産の返還を要求している。

 よって評議国はあまり直接的な軍の介入はせず。現在は本来の国境に軍を駐留するに留まっているのだ。

 カオリ達が前線を無視して評議国に入国しようとした理由も頷ける。


「紛争が始ってもう一月以上は経っているけども、あんまり傭兵の類は見かけないね。難民をちらほら見かける程度かい?」

「それって変なことなんですか?」


 まだ荒らされていない田畑の残る街道沿いを進み、アイリーンが退屈凌ぎにそう話題を振る。


「今回の紛争はどう見ても評議国側の圧倒的有利に進んでいるさね。傭兵なら勝ち馬に乗るために評議国側につくのが常套。でも見たところ傭兵の姿は見ないし、暗い顔した難民の姿があるだけ、なんだかきな臭いと思ってね」

「アイリーンさんが不審に思うなら、なにか理由があるのかもしれませんね」


 彼女の戦場に関しての知識に、全幅の信頼をおくカオリは、今の何気ないやりとりでも注意をかたむける。

 間にわずかな休憩をはさみつつ、目指す領境には二日後に到着する。

 丸太を並べた塀で囲まれた宿場町は、今は周囲をいくつもの天幕が立ち並び、立派な軍事拠点と化している。

 出城に設けられた門前には数十人もの衛兵が立ち、訪問者を厳しく検閲している様子が、遠目からでも確認出来た。

 その中に一人、馬上でカオリ達に視線を送るレイアを発見し、先触れが無事に届いていることを理解したカオリは、そのまま馬車を進めるようにアイリーンに指示を出す。


「私が話をして来ますので、殿下はこのまま馬車の中でお待ち下さい」

「うん、お願いね」


 ロゼッタが率先して衛兵へと向かい、レイアと共に王子の訪問を伝えれば、衛兵はすぐに馬車を通してくれる。


「エルフさん達はいないんですか?」

「さあどうかねぇ、エルフの数にもよるだろうけど、森国エリスの人口に比べて少ないのは間違いないし、こんな紛争にエルフが自ら出張って来るとは思えないね」


 そんなものなのかと、レイヤ以外のエルフを見られる機会にやや期待していたカオリは、すこしがっかりする。


「森に何百年も閉じこもっていた傲慢なエルフが、ようやく国をもったんだ。今頃中央で踏ん反り返って、人間達をこき使ってるんだろう」

「……それって聞かれてもいい話です?」


 カオリの懸念に肩を竦めて見せるアイリーン、どうやら自分のあからさまな批判に、この国の民がどう反応するのか試しているつもりのようだ。

 カオリもそれを理解して、溜息を一つ吐いて見せる。

 しばらく進んだところで、前方から馬で接近する数人の姿を認め、アイリーンは馬車をゆっくりと停止させる。


「私はこの駐留軍の士官だ。先触れにあったミカルド王国第二王子殿下の馬車で相違ないか?」

「間違いない、出迎え感謝する。ここの最高責任者の下へ案内を頼めるか?」

「……いいだろう、私の後について来てほしい」


 門前で検閲をするくらいなのだから、戦場に近いこの場所も、不審者への警戒は十分敷いているだろう、しかし大国の王子を名乗る一団を無下にすることも出来ず。カオリ達が少数なこともあってとりあえず脅威はないと判断したのか、簡単な誰何のみで街の中へ通した。

 宿場町でもっとも大きな屋敷、恐らくもとは町長か代官の屋敷なのだろう場所に到着し、アイリーンは評議国の兵に馬車を預ける。

 コルレオーネを守るように囲み、士官とだけ名乗る男の後について屋敷に入った一行は、そのまま応接室に通される。

 木造の建物は足音などがよく響くため、部屋に接近する人数まで、耳を凝らさずとも分かるものだ。


「遠路はるばるこのような辺境まで、大国の王子殿下自らおいでになるとは驚きですな」


 部屋に入るなり口を開いた男は、他の兵よりも着飾った装いから、現在この場でもっとも地位のある人物であると推測される。


「私はここで軍を預かっております。百人隊長のアレン・ディアベルと申します。念のために貴方が第二王子殿下であることを証明出来るものをご提示願えますか?」

「もちろんだとも」


 長椅子を一人で占領して尊大に座しつつも、人好きのする笑みで応対するコルレオーネは、言われるがままに王家の紋章があしらわれた短刀と、さらに厳重に封をされ国璽が押された証明書を見せた。


「私はもともとここの領地を治めた領主でもありましたので、ミカルド王家の紋章はよく覚えております。……間違いございませんね」


 まるで今は領主ではないと語ったアレンは、提示された短剣や書類をしっかりと確認し、それをコルレオーネに返却した。


「失礼いたしました。なにぶん前線に近いため、所属の不明な輩が多く、また殿下ほどの至尊なるお方が、たった数名の供のみで訪れるなど思いもせず。ご無礼をお許しください」

「ああ、そちらの事情は十分に理解している。いっこうに構わないよ、でも元領主とはどういことだい? まるで地位を追われたかのような物言いは穏やかではないね」


 アレンの言葉をとっかかりに、コルレオーネは早速情報収集に乗り出す。


「すでに他国にも知られていることと思われますが、我が国は新体制の樹立に伴い、従来の身分制度を見直し、能力に合わせた新たな支配体制へ移行いたしました」


 一旦言葉を区切り、従卒に入れさせた茶に手をつける。


「かつての王制から元老院による共和制を敷き、各領地も州と区分を改め、行政と軍を完全に分けることで、新体制の地盤固めを図った次第でございます」

「ならば貴殿は統治者ではなく、軍へ所属を改めたと云うことで?」

「はい、なにせ長年国境を治めていたからか、事務仕事よりも砦生活が長かったものですから、今の方が肌に合ったのですよ」


 コルレオーネは出された茶に毒物が入っていないことをカオリに目配せで確認し、カオリがうなずくのを待ってから口をつける。

 アキやカオリ自身も、目視で鑑定魔法が使えることは事前に説明してあるため、コルレオーネはカオリ達を信用し、相手方を信用している姿勢を見せる意味から、目に見える形での毒味は控えたのだ。


「かつて貴族であった者達からの反発があるだろうに、ずいぶんと思い切った舵取りに思えるが、それで貴国は混乱はないのかい?」


 世間話にしては踏み込んだ質問に、しかしアレンはにこやかに応じる。


「残念ながら平穏無事とは云えませんね。しかしここほどの混乱もありませんし、幸い反乱もありませんので、民の暮らしに負担を強いることにはなっておりません、殿下がより中枢に出向かれるのであれば、道中でその証しをご覧になれるでしょう」


 自信満々で自国の治世を語るアレンの様子に嘘がないことが伺え、コルレオーネは笑みを深める。


「それはよかった。今回は急な段取りであったために、反対する近衛達を振り切って、護衛は彼女達しかいないんだ。道中が安全なら安心だね」


 ここであえて警護の薄さを強調する。もし目の前のアレンが、なんらかの理由でコルレオーネの命を狙うなら、今こそが絶好の機会だと匂わせたのだ。


「それは勇敢と云うか……、よければ我が軍からも案内と護衛を出しましょう、その方が通行の面倒もなく、確実に主要都市までお送り出来ますが」

「おお、それは有難い、しかし軍人達の中にあって、彼女達が目の毒にならないかい? 戦場では鬱憤が溜まると聞くが……」


 コルレオーネはアレンの提案に喜びつつも、カオリ達へと視線を向けて冗談めかして笑う。


「流石は殿下、お目が高い、なんなら兵達を慰めるお手伝いをしましょうかい、体力には自信があるのでね。あっはっはっは!」


 それまで黙っていたアイリーンが、豪快に胸を揺らす。どこまでが冗談なのか判断出来ない物言いに、アレンはやや引き攣った愛想笑いで誤魔化すしかなかった。


「そ、それには及びません、我が軍の兵は皆規律を重んじる優秀なものばかり、みだりに女性へ接するものなどおりませんので……」


 並みの男よりも屈強なアイリーンの迫力に、流石のアレンも気圧された様子である。もちろん大国の王子の護衛に選ばれるような冒険者を侮辱出来ない立場であることも、アレンの対応を慎重にさせた理由である。


「……しかしレイド人の貴婦人、帝国の女性戦士、亜人の……神官? さらに見たこともない異民族の女性剣士とは、ミカルド王国の人材は層がお厚いですな」


 西大陸の西方ともなれば、多人種を見る機会はそう多くないのだろう、カオリはもとより帝国民のアラルド人など、王国よりさらに西の地方では滅多に会うことはない。

 正確には獣人種のアキに対して、亜人と云う蔑称を疑問に思わず口にするのも、地理的な文化の隔絶ゆえの無知であれば、無闇に咎める気にもならない。

 もとよりアキには種族の呼称に対して、なんの感慨も抱いていないので、アレンの発言に目くじらを立てるものはそもそもいなかったが。


「そうだ。よければこの国での他種族に対する印象を聞いてもいいかい? 彼女達がこの国で諍いの原因になるかもしれないなら、あらかじめ知っておかないと対策が出来ないからね」


 アレンの言葉にこれ幸いと、現在の評議国の一般的価値観を知ろうと、コルレオーネは質問をかぶせる。


「……そうですね。我々のような元エリス国民は、たしかにエルフ尊拝の歴史の民族ですが、これと云って他民族に対する偏見はないはずです。流石にアラルド人に対しては帝国最上位層と云うこともあり、畏れのような感情を抱いておりますが、それでも直接的な干渉がありませんので、非常に好戦的で勇敢な人々と云う印象でしょうか?」


 アレンはそう言ってアイリーンにちらりと視線を送る。

 カオリ達の中でもっとも目立つ人物を話題にあげることに違和感はない、しかし未知の民族であるカオリや、現在実質の敵国であるレイド人のロゼッタに言及しなかったのは、彼なりの政治的配慮を感じた。


「ああ、まあそれは間違ってはいないね。これでも彼女は、帝国の公爵家のご令嬢でね。帝国では女性の高位貴族まで、戦場に出るのかと驚いたものさ、あ、ついでに云えばこちらの彼女も、王国貴族の侯爵令嬢なんだ」


 両手を広げてそれぞれを紹介するコルレオーネに、アイリーンもロゼッタも簡潔に自己紹介をする。


「バンデル公爵家の、アイリーン・バンデルさね」

「アルトバイエ侯爵家の、ロゼッタ・アルトバイエと申します」


 二人の名乗りにアレンは目を丸くする。


「なんと! 彼の高名な【鉄血のバンデル】家のご息女っ、そしてそちらはミカルド王国の現協定軍を指揮するアルトバイエ家のご令嬢とは! まさかそれほどの高貴なご出自で冒険者を、しかも殿下の護衛にとは、元木端貴族でしかない私は、今日ほどこの地にしがみついたことを幸運に思ったことはございませんっ」


 驚きと共に腰を浮かせて頭を低くするアレンに、コルレオーネは可笑しそうに手で窘めながらも、やや皮肉気に軽口を送る。


「僕が第二王子とわかっても、今ほど畏まらなかったのに、ずいぶんな驚きようじゃないか、まあ僕は傅かれるのが得意じゃないから、不満はないけどね」


 おどけて片目を瞑って見せるコルレオーネに、アレンは慌てて弁明する。


「それはっ、事前に先触れがあり、胎をくくって参った次第ですので……、し、しかしいくら護衛と云えど、これほど高貴な皆様方となれば、尚更国の威信をかけて、道中の安全およびご案内を致しませんと、中央に私が叱責を受けてしまいます」


 アレンの焦りの起因は予想出来る。

 現在評議国にとってもっとも警戒すべきは、なんと云っても帝国の動きであろう、また現在ブラムドシェイド公国側で、人道支援を展開するミカルド王国協定軍を指揮する。アルトバイエ侯爵の存在も無視出来るものじゃない。

 つまりアイリーンとロゼッタは、今現在、仮に評議国内でなんらかの事件に遭遇した場合の、両大国の国家干渉の引き金になりかねない存在なのだ。


 第二王子であるコルレオーネの身柄はもちろんのこと、さらに二人もの貴人が、たったの数名で交渉のために直接出向いて来たともなれば、突然の事実発覚にアレンが驚愕するのも無理はなかったであろう。

 もちろんこれは、カオリ達が事前にコルレオーネと打ち合わせしていた段取りである。

 冒険者と云う立場である以上、自分達の出自を提示したところで、誰にも信じてもらえずに一蹴される可能性が高い、またなんの役にも就いていない貴族令嬢では、そもそも交渉の席にはつけないのだ。


 しかし大国の第二王子の護衛兼補佐、または交渉時の立会人と云う立場であれば、アイリーンとロゼッタの出自は非常に強力な切り札となり得た。

 若い王子と云ってコルレオーネを侮れば、その様子を見届けた彼女達が、それぞれの家に事実を報告すると思わせられる。

 アイリーンであれば帝国王国間戦争で武名を轟かせるバンデル家が動き、ロゼッタであれば知り得た情報を即座に最前線のアルトバイエ侯爵に知らせることが出来るのだから。

 カオリ達にとっては、コルレオーネが二人の身分を保証する意味があり、コルレオーネにとっては両家が事実上の後ろ盾となったのだ。


 それからのアレンの対応は非常に迅速なものであった。

 即座に部下を呼び付け、護衛のための部隊編成を命じるとともに、評議国中央への報告および代理指揮官と援軍の要請を命じた。

 どうやら道中の帯同に自らが就くつもりのようだった。

 そのために国境防衛に代理の指揮官、さらに減った分の兵の補填の必要に駆られたのだ。

 直前まで事実を隠し、早急な判断を迫れば、おのずとこうなる展開を期待しての手管であったが、期待通りの運びとなり、コルレオーネはカオリに流し目を送る。


 またこの展開にはもう一つの思惑も絡んでいる。

 カオリ達一行に評議国の正規軍が護衛につくと云うことは、評議国にとって両国を遇する意思表示にもなると考えられる。

 であれば仮に評議国が謎の勢力との関与を否定する立場である以上、むしろこの状況でこそ正規軍もろとも襲撃をかければ、便宜上は自国の潔白を証明出来るのだ。

 まさか協力関係にある勢力に、自国の正規軍を襲わせるなぞしないだろうという大義名分が成立する絶好の機会なのだ。


 さあ襲え、今すぐ襲え、とカオリ達は自ら黒幕にとって有利な状況を作り上げた。

 カオリがコルレオーネの護衛を自分達だけで担うことにした最大の理由が、まさにこの状況である。

 もちろん一連の思惑をササキにも相談した結果である。

 ササキは現在、表向きは騎士団の調査と戦闘補助のため、村に残ってカオリからの報告をまっている状況だ。

 万が一の安全保障はもちろんだが、今回の作戦はとにかく迅速な行動と対応が不可欠である。つまり評議国側に可能な限り考える時間を与えずに、評議国中枢に乗り込み、情報をもち帰るつもりなのだ。


(さあどう出るかな?)


 カオリの表情に揺らぎはない、鬼が出ても蛇が出ても、それが敵ならば斬って捨てる覚悟はとうの昔に出来ている。


 戦いの予感が、カオリのもつ刀を研ぎ澄ませた。

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