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( 不穏因子 )

 なるべくコルレオーネ第二王子とは距離をとれるようにと、ササキが相当に心を砕いた結果、カオリ達は国境付近までは別行動となった。


 具体的にはアルトバイエ侯爵率いる領軍は自領から出発し、公国領内に入国してそのまま紛争の前線に駐留しつつ防衛陣地を築ことに、一方王子率いる騎士団は当該地域国境の街で陣が出来るまで待機、その間にカオリ達と合流する手筈である。

 これにより行軍道中の過度な接触が回避されたとして、カオリ達は喜んだ。


 また移動の間疎かになる学業を、可能な限り続けられるということも合わさり、カオリを安堵させた。

 折角週明けより魔法科の本格的な講義を受けられるようになったと云うのに、いきなり戦場送りになるのは不憫であると、これにはアンドレアス国王も理解を示した。

 ササキによる個人転移魔法があればこその提案に、異論の挟むものはおらず。これには貴族達もぐうの音も出なかったのだ。

 現地で会おうと云う王子の名残惜しそうな表情を笑顔で見送って、カオリはひとまずは平和な学園生活を謳歌していた。


 魔法科の講義では魔法に関するあらゆる分野の知識を講じていた。

 魔法という未だ未知の部分が多いことへの研究過程に始り、魔法によって引き起こされた事件や事故の歴史、また確立された魔導技術の社会的利用と発展の過程など、魔法に関する知識は膨大に存在する。

 そもそもがこの学園は十四歳からの青年を対象にしていることから、ある程度の魔術素養があるのが前提であるからして、一から魔法や魔術を教えるようなことはせず、むしろそれを如何にして将来の職に役立てるか、また新たな魔導技術に発展させるかに重きがおかれている。


 某稲妻傷の少年が通う魔法学校の作品に描かれるような、摩訶不思議で幻想的な学園とは大違いだと、カオリは期待を裏切られつつも、これはこれでより知識が身につくと意欲を見せていた。

 一部魔法薬学などといった件の作品に似通った実技講習があるのだが、魔力を保有する薬草の仕入れに結構な予算が必要な点から、これら物資の必要とする分野では、たしかに学園ほどの規模でなければ用意出来ないのだろうとカオリは理解する。


 しかし講習中になんとはなしに鑑定魔法を使ってみたところ、いくつかカオリ達の村でも手に入る。ともすれば村の方が魔力保有量が多い上質な素材があったことから、これら単体も村の特産品になりうるのではと、思わず村の経営に頭が働いてしまったのは仕方がないことだっただろう。

 ともかく、先の悶着から一時解放されたことで、カオリは開放的な気分で学園に通っていたのだ。

 恒例の喫茶店談話室にて、談笑に耽るカオリとロゼッタとベアトリスの三人は、昼食後のお茶を楽しんでいた。


「そう云えば先日、私の現状に心を痛められたとして、王妃陛下より百合騎士団から数名を護衛にと打診がありました」

「それはよかったですね。百合騎士団は女性騎士ですが皆さん精鋭揃いですから、これで相当に安全が保証されますね」


 第一王子の婚約者でありながら、微妙な立場であったベアトリスには、派閥の横槍からまともな護衛も充てられなかった経緯があったが、カオリ達が本気で助言し手回しまでした結果、王妃にまでベアトリスの現状が伝わり、ようやく王家が直接手を差し伸べてくれたのだった。


「ただ最近、アルフレッド様が戦場に向かわれた第二王子殿下を羨んで、自身も活躍の機会を得られないか、相当に躍起になられています。私としては戦場になど行ってほしくはないのですが……」


 言葉尻を低めて、ベアトリスは婚約者であるアルフレッド第一王子を案じる様子で語った。


「結果的には弟君に戦功を立てられ、開戦論派の旗印としては立つ瀬がないのは理解出来ます。しかしアルフレッド殿下が戦場の混乱の中から、下手人の捕縛や調査といった慎重を要する作戦に向かないのは周知の事実、流石の開戦論派の貴族も失態を恐れて発言出来なかったのでしょう、……ああ見えて第二王子は能力は高いお方ですので、適任なのは事実ですし」


 ロゼッタが客観的に分析してそう云えば、ベアトリスにもそれが理解出来るのか、くすくすと可愛らしく笑う。


「きっとアルフレッド様なら、喜んで戦場に駆けていきますわ、もし今回の作戦に殿下が選ばれていたら、ロゼッタ様のお父様を相当に困らせたかもしれません」


 ついこの前まで浮かない表情であった彼女も、ここ最近は憂いが晴れたようで、表情豊かになったとカオリは感じた。

 現在ベアトリスの護衛にあたっているのは自領の私兵と冒険者であるが、最近は冒険者の一人である女性魔導士とも仲良くなり、話し相手が出来たことで大いに気分転換が出来ているそうだ。

 屋敷も賑やかになり彼女にとっては今が一番楽しい時期なのかもしれないと、カオリは来年には学園を卒業する彼女の今を見詰めた。


 カオリも短期留学であるため、ベアトリス同様に来年には卒業を迎える予定ではあるが、ここ最近はとにかくなにかと心休まることがなく、まともに学園生活を謳歌出来ていないのではと感じている。

 とくに後十数日後には戦場に赴かなければならないのだから、果たして学生とはなんだったのか呆れるばかりである。

 一応は当初の予定は遂行出来てはいるが、あまり騒動に巻き込まれるのは歓迎出来ないのが本音である。




 帰宅後カオリはササキの執務室に向かう。

 学園や戦場の情報交換という目的はあるが、たんにササキとの会話から多くの学びを期待して、可能であれば会話の頻度を増やしたいと思っている。

 少し変わってはいるが、召喚される以前まで、カオリはお節介な兄の影響からか、年上の男性に色んなことを教わるのが習慣化していた経緯があった。


 この世界に来てからはそれが必須化したことで、より知的好奇心が増したように感じるカオリの欲求に応えられるのが、手近にササキしかいないのも原因にあるかもしれない。

 気安い関係を築きつつも、最低限の礼節は忘れないカオリは、扉打ちから声をかけ、許可があってから入室する。着席を促されるまでは扉の傍に立ち、ササキが書類から目を放して声をかければ、ようやく談笑へと移行する。


「戦場への依頼が出てからは心配だったが、どうやら学園を楽しんでいるようで安心した。友達も出来たようだし、依頼が終わり次第カオリ君にはどこかで慰労の品を贈ろう」

「本当ですか! やったっ!」


 その言葉に無邪気に喜ぶカオリへ、ササキは相好を崩して眼差しを送る。

 彼も彼で娘のように思っているカオリとの会話が潤いになっているのか、どれほど多忙であろうともカオリとの時間を優先した。僅かな時間ではあるかもしれないが、そこにはたしかな尊重と、ともすれば愛情があっただろう。

 もしかしたら、実の娘との関係に後悔を感じていたがゆえの反省もあったかもしれない。

 身ぶり手ぶりで学園で学んだことを報告するカオリのころころと変わる表情を、ササキは本当に、本当に優しげな表情で相槌を打っていた。

 話題が尽きたところで、ササキは報告も兼ねて戦場の様子からある一点についてカオリへ質問をした。


「そう云えば彼の紛争地帯では相当数の難民が出ている。中には国そのものを信用出来ず。両国に挟まれた国境に身を潜める者達も多い、もし彼等が安住の地を望むのであれば、カオリ君は彼等を受け入れるかね?」


 【北の塔の国】では記憶の定かではない幼子の孤児の保護を進めているが、成人した大人はもちろん、成人前の青少年達も放置しているのが現状である。

 しかし人としての良心的には、彼等にも可能であれば手を差し伸べたいのが本音であるササキは、もし可能であるならばと、カオリ達の村の発展も見越してそう質問した。


「……それって相当な数ですよね? 全部を受け入れるなんて無理です。一人を受け入れて他は無理なんて、そんなこと……」


 現実的に難しいのは事実であるとは理解しているササキも、カオリの答えを予想しつつの発言である。


「なに、私もそれは理解している。しかしもし戦場で、路頭に迷う彼等を目撃しても、カオリ君が平静でいられるならば、どうのように判断すべきか、今の内に考えていた方がよいだろうと思っての質問だ」

「……」


 ササキの問いに俯くカオリ、アンリとテムリに同情して二人の保護者になると決意したほどに感受性の強いカオリである。

 悲しみに暮れる難民の、ましてや子供達を目撃して、カオリが彼等を突き放すことが出来るかと、ササキは心配したのである。


「――どうすればいいかじゃなくて、私がどうしたいかで考えるべき―― だったかな……」


 カオリの呟きにササキは深くうなずく。


「君のお兄さんの言葉かな? どうすればいいのかその手法を考えるのは、君がどうしたいのか、答えを見出してからと、彼は君に伝えたかったのだろう」


 会ったこともないカオリの兄の言葉を、ササキはそう分析して補足する。そこには妹の意思を尊重するたしかな優しさがあると、ササキはカオリの兄に敬意を払う。


「受け入れてあげたい、いえ、是非私達の村を助けてほしいです」

「そうか、それが君の意思なら、我々はそれを大いに支持しよう、忙しくなるな」


 カオリの意思を確認し、ササキは笑顔を浮かべる。




 ミカルド王国の領土を俯瞰すると、王国領中央から東のハイゼル平原へ伸びる王領と、公~侯爵と云った大貴族領が王領を囲み、枝葉のように中~小領主の領地が広がっている。

 これはかつて【虐殺者ミリアン】の治世から、反乱と云う形でミカルド王国が建国したために、王都ミッドガルドを中心として、当時反乱の功労者であった現在の高位貴族に、領地を与えたのが理由である。


 時代が下り西大陸諸王国による領土戦争によって、領土をさらに増したミカルド王国は、新たに得た領土を伯爵位に与え、防衛線と国境を定めたことで、現在のミカルド王国領土が確定した。

 つまりミカルド王国から他国に行く場合、どの方角でも同様の日数がかかる。

 今回の遠征で向かうのは、王都から見て西方、丁度ミカルド王国とエルスウェア評議国とブラムドシェイド公国三国の国境付近の領地である。

 直線距離を馬車でおよそ二週間はかかる距離のため、カオリ達が向かうのはそれ以降である。


 また【太陽協定】に則って派遣される。紛争鎮圧のための遠征軍、これを仮に協定軍と呼称し、これを率いるアルトバイエ侯爵も、コルレオーネ第二王子率いる騎士団に合わせて、すでに出発した報をカオリは受けている。

 こちらは侯爵家の従士からなる私兵団と、領民から徴兵した領兵の領軍、寄子の貴族の私兵団も加えつつ、また王家から貸し与えられる王領軍からなる混成軍である。

 数は輜重隊などの輸送兵を除いておよそ五千とそれなりの規模となる。

 軍資金には協定により王家が受け取った各国からの義援金の残りが充てられ、これも諸王国からの批判を避ける意図がある。


 ともすれば協定を結んでいる限り、ミカルド王国という西大陸きっての大国が、戦時には手を貸してくれると、義援金を継続する動きもあるかという思惑も絡んでいる。

 アルトバイエ侯爵自身は、領兵への賦役や税の免除だけでなく、成果に応じた報酬も潤沢に残しつつ、私兵団や寄子貴族へは馬や武具、また食料援助などで、なるべく支度金そのものには手をつけない考えである。


 これまで南西と云う領地の地理から、それほど義援金の恩恵を受けなかった侯爵なので、ただでは転ばない意思を示すつもりのようだ。

 しかし王家から貸し与えられる軍には、開戦論派の軍人貴族が多く、彼等との連帯や指揮権で大いに揉めることだろうとササキは予想している。

 最悪の場合、ブラムドシェイド公国領内で一定期間の街の統治権、または損害補填の支払いを強弁などすれば、王家の思惑に反して、王国公国間の軋轢を生じさせる恐れもあり、むしろ開戦論派的にはそれこそが狙いである場合が大いに懸念された。


 多分に貴族の思惑が絡んだ此度の遠征で、ササキがカオリ達をなるべく遠ざけようと行動したのは、そう云った国家間の軋轢に巻き込まれることへの心配もあったからだ。

 また結果的にカオリが難民の受け入れを容認したものの、ササキは本心ではカオリにそれを押し留めることを望んでいた。

 先の関係から彼の紛争地帯は非常に複雑な状況が予想されている。よってそこでカオリが難民を受け入れた場合、貴族達がどんな難癖を言い出すのか予想がつかなかったからだ。


 難民の受け入れなどと綺麗な表現こそしているものの、その実は労働力と税の増加を期待した囲い込みである。

 それ自体はカオリの村も同様の理由はあるものの、貴族の場合は停滞する領地の発展への切っ掛けである。貴族によっては是が非でも独占したい人材とも考えられる。

 よもや戦場で難民の取り合いになどなろうものなら、カオリの存在は貴族にとっての競争相手へとなりかねなかった。


 また彼の紛争で難民になった民達は、公国を統治するレイド人種からの民族浄化の煽りを受けたもの達もいる。

 この難民を受け入れた場合には、公国との間にどのような禍根を残すかも懸念される。

 自身の配下NPCからの報告で悲惨な難民の状況を知るササキは、出来るならばカオリがその悲劇と遭遇しないことを願うばかりであった。




 魔法科の講義では、カオリはまるで時事を読んだような講義に臨んでいた。

 内容は魔法技術の発展と隆盛についてであり、始りに魔法技術の起源へと焦点をあてていた。


「へぇ……、エルフの残した遺物かぁ」


 講師に聞こえないような小声ではあったが、感心から思わず声を出したカオリは、教科書の解説と、配布された資料とを見て、その事実に大いに関心を寄せた。

 いわく、エルフ達を筆頭に精霊種の多くは、生活に密接した魔法技術を多く生み出し、それによって治世を発展させた。

 その代表には聖銀や暗鉄などと云った鍛造技術が含まれ、とくに金銅(ブラース)という真鍮に似た魔導金属を加工した鉄鋼業では、現代日本でも通用する技術の一端が見られた。

 より硬く、より安く、より大量に金属資材を生産出来るのであれば、それによって生み出される各種製造技術と富みは、現在のこの大陸の文明と隔絶した域にあったのだろうと、カオリは胸を躍らせる想いであった。


 だがそれと同時に生じるのは、それら技術による戦争利用への不安である。

 金属加工技術が今よりも進み、より普及すれば、それだけ武器や兵器の量産が可能になるのだ。

 この世界でも後世に、銃や砲、いずれは大量破壊兵器などが開発されるのは、現代日本を知るカオリにとっては当然の帰結に思えてならない。

 魔法という不確定要素があるものの、それでも技術の躍進とともに流される血の量は、尋常ではないだろうと、カオリはその未来に恐怖した。


 ましてやこの世界は多数の種族、それも白色や黒色や黄色人種などのような、ただ肌の色が違うだけの地球とは違い、あまりにかけ離れた人種の差異がある。

 互いに理解しようにも、あまりに違い過ぎるそれら種族差が、将来戦争を招かないなど、お花畑なおめでたい考えと云わざるを得ない。

 現在進行形で種族間戦争へと発展しかねない情勢で、思わずこのような考えに至ってしまうのは、仕方がないことであっただろう。


 それでも今だけは純粋な知的好奇心を満たそうと、カオリは講義に集中する。

 それでいてここ数カ月の学園生活にて、カオリは勉学の他にも学園で見られるありとあらゆるものを記録し、ササキへの報告書として纏めている。

 勉強内容はもちろんのこと、教職員の組織形態から学生の区分、講習方法からその習熟度合いなど、とにかく知り得た情報を雑多に纏めて報告しているのだ。


 ただ最近ではそれだけでは学園の実態全てが分かるわけではないとも感じている。

 例えば教職員はどのように選定され、どう云った待遇で職務に従事しているのか、またそれら教育を受けた学生が、後にどのような仕事や役に就くのかといった実態である。

 これが分からなければ、教育の目的やその効果がどれほど効力をなしているのかが分からないのだ。

 もちろんササキも少女一人に全てを任せきりにしているわけではない、カオリでは知り得ない情報を独自で調査し、カオリからの報告書と比べて、具体的な実態調査には余念がなかった。

 そのため夜会などにも積極的に参加し、各貴族の来歴や、その後の貴族社会での地位や派閥での影響力などの情報を集め、王国の教育が、後にどれほど影響しているかの統計を作成している。


 それによって自国、ササキが治める【北の塔の国】で作られる理想の教育機関の構想を練るのだ。

 よいところを倣い、悪しきところを排除した。大陸最高の教育機関の設立が、ササキの目的であり、その教育機関を経た優秀な人材を、国の要職に就けることを目標としている。

 カオリへの期待度が高く、負担が大きいことを申し訳なく思いつつも、妥協できない重要な案件として、ササキはこの王都での活動を最重要事項と定めている。


 自国の配下達からは、国を離れて王自らが活動すること自体を諌める声が絶えることはないが、国の根幹を担うであろう此度の案件を、世俗に疎く、また人類を下に見る配下NPCに任せることが出来ず、仕方なく自ら出向いている。

 もちろん同郷のいたいけな少女であるカオリを、一人の子を持つ父として、純粋にそばで見守っていたいと云う贔屓があるのは自覚のあるところ、いっそ強権でもって今後一年間は、カオリ達と王都で親子ごっこに興じるのも悪くないと、人間らしい欲求に素直であることもよしと考えている。


 カオリがそのことに気付いているかはともかくとして、少なくとも今は平穏な王都生活が続くことを、カオリもササキも願っていた。

 だがカオリ達のもつ力が、此度の紛争への間接的な介入を余儀なくさせたのも、また仕方がないことである。

 国とて、王家とて、実力と信用に裏打ちされた優秀な人材がそばにあれば、是が非でもとりこみたいと思うのは当然である。

 今やササキを筆頭にカオリ達も、完全に王家に目をつけられた状態だ。

 このままなんとしてでもササキやカオリをミカルド王国に縛りつけ、重用出来る状況を継続したいと躍起になっている。


 もちろん手段を間違えば、逆に離反を招く恐れがあるために、人道に反した手段はもちろんのこと、権力で圧力をなどとは考えてはいない。

 そんなことをすれば、軍をも退ける武力を個人でもつササキを、敵にまわしかねないと理解しているからだ。

 さりとて手をこまねいていては、得るものも得られないと、遠回しではあるが今回のような事態には、多少こじつけであってもササキ達と関係を深められる機会を逃すつもりはなかった。

 カオリ達が王家の護衛にと、異例に近い抜擢を受けたのも、そう云った裏事情があってのことである。

 当然貴族達の中には、ササキはもとよりカオリ達をも重宝する王家に、批判的なものも一定数存在する。


 しかしあからさまな妨害を仕掛けるような輩は、すでにササキの手によって表舞台から姿を消しているので、昔ほどひどくはないと、王家は大手を振ってササキ達へと接近しているのだ。

 一枚岩ではないのが国家と云うもの、しかしそれでも頂点の気質は下にも多少は影響するのが世の常、今では表だってササキやカオリ達を悪しざまに批判し、あまつさえ妨害工作などを仕掛けるような愚か者はほぼいない。

 それが結果として、カオリ達の紛争介入を円滑に進められた要因にもなってしまったのは、ある種皮肉でもあるかもしれなかった。




 それから十数日後、カオリ達はミカルド王国の国境付近である辺境領の街に、ササキの転移魔法でもって赴いていた。


「お待ちしておりましたっ、ササキ様、そして【孤高の剣】の皆様方」

「あ、ワイルウッド様」


 転移後、街の外に設けられた陣にて、カオリ達を出迎えた近衛騎士バルトロメイを見て、カオリは気軽に対応した。

 学園で彼の弟であるエデゥアルドとは、少々一悶着があったものの、彼自身がそこまで悪辣な人物でなかったこと、また実家の対応がまともであったことで、カオリは彼等ワイルウッド家の兄弟に、そこまで悪感情はもっていなかった。

 ともすれば兄であるバルトロメイが、カオリ達を尊敬する態度を示すようになって以降は、いっそ王国の男性騎士達を、色眼鏡で見ることを控えるようにもなったのだ。


 今ではこれもよい出会いであったと考える程度には、カオリはバルトロメイを尊重するように心掛けているほどである。

 バルトロメイにとっても、圧倒的な実力を持ち、王家に益をもたらすササキはもちろん、実力を証明したカオリ達を、女性だからと差別する考えを大いに改めた。

 今では王家近衛騎士団の中で、もっともカオリ達を評価し、また影響を受けて改善した一人と見なされている。


「此度の作戦にて、第二王子殿下の護衛および下手人の捕縛作戦に、私や私の考えに同調出来るほとんどの騎士が選ばれました。選任は陛下の意向であるとのことで、大変名誉なことであると、我等近衛騎士一同、気を引き締めて任務に挑む所存であります」


 妨害こそないものの、それでも冒険者、ましてや女性であるカオリ達を重用することに批判的なものがいるのも事実、どうやらアンドレアス国王は、そう云った輩を細かく調査し、今回の作戦には参加させないように配慮したようだった。

 なにせ件の下手人である。暗殺者リジェネレータ、および召喚獣との戦闘を考えれば、ササキやカオリの力を借りなければ、騎士団は相応の被害を覚悟せねばならず、最悪の場合コルレオーネ第二王子の身まで、危険に晒すことが予想されるのだ。


 また直接介入するつもりはないが、それでも形式上ではエルスウェア評議国に真偽を問わねばならない事情から、最悪評議国を敵にまわしかねないことも予想すれば、エルフ達の未知の武力から、確実に王子を守り切る必要があったのだ。

 ここでササキやカオリの機嫌を損ねるような無礼者を、作戦に参加させるわけにはいかないと、選任には相当に慎重を期したのが伺える。


「しかしミヤモト嬢、おそれながら殿下の身の回りを固める騎士達にはご注意を、彼等は王立魔導騎士団のもの達で、開明派の息がかかった連中でございます。直接的な行為は流石にないでしょうが……、もとより我等同様に高位貴族出身者が多く、傲慢な態度を示すこともあるので、いざと云う時は、すぐに我等にお声掛けいただければ即座に対処いたします」


 声を潜めての注意喚起に、カオリは苦笑を漏らす。一番最初にカオリ達に傲慢な態度を示した一人であるバルトロメイが、ここまで態度を改めていることを、おかしく思ったからだ。

 後ろではロゼッタやアイリーンも同様に苦笑を浮かべていた。


「守る対象やその取り巻きに注意しないとならないなんて、王国の騎士団ってのは面倒な連中さね」


 率直な感想を隠さないアイリーンがそう言うと、バルトロメイはばつの悪そうな表情で恐縮する。


「帝国民から見れば、たしかに我等王国騎士は陰湿に映ることでしょう、これもひとえに王国の穏健な国民性が原因、度が過ぎて陰湿になりがちなのは自覚があります。お恥ずかしい限りで……」


 人も変わればここまで変わるものかと、カオリは感心する。以前の彼であれば、ここまで云われれば反発的な態度を示したであろうが、今ではすっかり心変わりした様子である。


「皆様方の野営地は殿下の天幕の近くに場所を確保しておりますので、ご案内します。――しかしよかったのでしょうか? 我等騎士団で天幕の設営まで準備する手筈だったのを、ご自身達でおこなうと申されましたため、場所だけを確保いたしましたが……」


 カオリ達からササキに向き直り、案内をするバルトロメイは、ササキにそう伺いを立てる。


「冒険者が野営の準備を人任せにするなど、普通ではそもそもありえん話、冒険者として現場に赴いた以上、こちらも最低限のことは自分でするのが礼儀ですので、作戦に関わる事項以外で、皆様の負担になるようなことはありません、お気遣いなく」


 ササキの言葉にバルトロメイは静かに承諾する。

 しかしそれでも手伝いはすると云って、バルトロメイは国からの支度品などの運搬を買って出て、せっせと荷物を運び始めた。


「カオリ、天幕の準備は私達がやっておくから、貴女は先に殿下へご挨拶にいって頂戴」

「そうだな、私も先に殿下に会いにいくので、カオリ君も代表として一緒にいくとするか」

「は~い」


 カオリはロゼッタの言葉に従って、ササキの後についていく、ここには冒険者として赴いているので、例えロゼッタの方が王国での身分が上であっても、代表はあくまでカオリだ。現場の責任者への報告義務を担うのはカオリの仕事である。

 騎士団駐留地の中央に位置する。一際大きな天幕に近付けば、それが王子の寝泊まりする天幕であるとすぐに分かった。


(おお、女性の魔法騎士だ。いるんだ~)


 天幕の周りを守る騎士は男性がほとんどなのだが、入口に待機する二人だけが、王立魔導騎士団の紋章を記した陣羽織(サーコートの意)を着た。女性の騎士であることに気付いた。

 ただ近衛騎士などと違い、金属鎧は胴と手足のみと簡易であったことと、左腰に短杖、右腰に短剣であったことで、彼女等が魔導士であることに気付けた。

 これ見よがしに女性を配する趣向は、流石第二王子だと、カオリは苦笑を浮かべつつ、一応表情を引き締め直して入室する。


「冒険者ササキ、ただ今合流いたしました殿下」

「【孤高の剣】です」

「やあ、待っていたよササキ殿、そしてカオリ嬢」


 座ったままの姿勢で、気安い笑みを浮かべて応対するコルレオーネの傍には、入口にいた騎士とは別の女性魔導騎士が侍っていた。

 侍っていたと表現するのは、その女性との距離がやたらと近かかったために、騎士らしくない振る舞いだなとカオリが感じたからである。


(騎士様なら少し離れた位置で、それでいてすぐさま守れる位置で待機するものじゃなかったっけ?)


 自分がもし刺客であったなら、王子の首がすでに胴から離れていることだろうと、物騒なことを考えるカオリだが、王子は当然そんなことに気付くわけもなく、カオリのそばに接近する。


「我が両親を刺客と魔物から守り抜いたその手腕、此度の作戦では大いに期待している。ササキ殿には前線での調査隊に同行してもらうとして、カオリ嬢達には僕を守ってもらう任務をお願いしたい」


(やっぱりそうくるか~)


 以前より予想された配置に戸惑いはない分、呆れが勝ったカオリは心中で溜息を吐く。


「では私は調査隊の指揮官へ、早速挨拶に出向かせて頂きましょう、カオリ君も仲間達と持ち回りなどについて、野営の準備を進めながら相談しなければならないだろう」

「そうですね~」


 こんな奴の前からは、さっさと退散すべしと、ササキが提案したことに、カオリは即座に肯定の意を示す。

 だがコルレオーネはカオリに視線を向けて、わざとらしく困った表情を浮かべる。


「まあそう慌てなくていいだろう? 後ほど隊長達も踏まえて今後の動きを決める会議を開くんだ。それまでカオリ嬢はここでゆっくりするといい、これから命を預ける関係なんだ。少しは互いを知る時間も必要だとは思わないかい?」


 もっともらしいことを口にしてはいるが、それを口実にカオリに過度な接触を考えていることが明白なため、カオリは背筋に怖気を走らせる。


「それならばいっそ仲間も連れて、皆でご挨拶に伺いますので、まずは腰を落ち着ける場所や、そこでの役割分担を話し合ってからにしたいと思います」


 コルレオーネの提案に、カオリは努めて事務的に返答する。


「では失礼します」


 カオリの言葉に続けるように、ササキが辞去を告げて背を向け、カオリも即座にササキの後に続く。

 最初の接触はこれで無事にやり過ごすことに成功したカオリは、ササキと別れ、すぐに仲間達の下へと報告に戻る。




 夕方になり、皆が出揃ったところで、カオリ達も交えて作戦会議が開かれた。

 最初は騎士達からの報告で始る。


「公国と評議国双方に、此度の調査のため、入国を求める遣いを出しました。それによって許可は得ることが出来ましたが……、やはりいくらかの情報の開示を求められたので、公約通りの条件にて、ひとまずは決着いたしました」


 今回の作戦における王国騎士団の目的は、あくまでミカルド王家を狙った刺客の調査と捕縛である。

 そのため同じ王国でも、協定軍とは別行動と云うのが公の発表であった。

 また評議国を刺激しないために、協定軍に関しても、表向きは紛争地帯の難民の保護および治安維持が目的であり、決して公国側を援護するものではないとの公約である。


 そのためアルトバイエ侯爵率いる協定軍も、コルレオーネ率いる騎士団も、直接紛争の戦闘に参加することはないというのが、表向き国家間の約束であった。

 しかし数千もの軍が戦場の後方に陣を展開する以上、挟撃といった後方に回り込むような作戦を展開しづらくなるのは自明理であるため、評議国側は公国軍を打って出て撃退するのが難しくなるだろう。

 つまり王国は戦闘に介入しないといいながらも、間接的に公国を支援すると公言しているようなものなのだ。


 これにより評議国がどのような判断を下すのか、かなり賭けの要素が予想された。

 それでもなお公国を尊重するのは、評議国が新たな体制となった後も、【太陽協定】に同調する明確な声明を出していないがゆえの牽制が目的である以上、例え戦争行為ととられてでも、強気な態度を示す必要が、西大陸最大国家であるミカルド王国が担う義務であったのだ。


「なお今回件の召喚獣が目撃されたのが、現在紛争地帯とされている領都より、東に二里の村落なため、評議国はそれ以上の展開は許可出来ないとのこと、こちらが簡易になりますが、周辺の地図となりますので、ご確認ください」


 進行役の騎士が指し示した簡易地図に、カオリも視線を向ける。


(遮蔽物もなにもない、平原のど真ん中じゃん、これじゃあ前線とほとんど変わんないよね?)


 カオリが素直な感想を浮かべるが、それは他の騎士達も同様の様子である。

 彼等とて必ずしも戦場経験が豊富なわけではない、どちらかと云えば国にとってのお飾りに近い存在である。

 三年前まで毎年おこなわれていた。帝国王国間の戦争に参加していたのが、王国軍であったがため、それも仕方がないことではある。

 つまり本物の戦争を知る騎士は、古参の騎士を除けばほとんどいないのが現状のため、皆緊張を感じていたのだ。


 もし評議国側の領地が、まかり間違ってこちらに軍を差し向ければ、あるいはもし野蛮な傭兵などと戦闘になった場合、そこが前線になりうる危険を孕んでいるのだと、皆は危惧しているのだった。

 第一として、標的の刺客や召喚獣が、今なおその村に留まっているなどと、まずあり得ないだろうと云うのが、騎士達の共通認識である。

 であるならば、戦場を点々とする刺客を追って、最悪紛争地帯を探しまわる必要に迫られれば、敵か味方かも分からない紛争地帯を、自分達だけで調査しなければならないのだ。


「村の周囲だけなどと云わず。せめて領内全域を調査出来る許可を得ねば、現地の軍と最悪戦闘になりかねんぞ?」

「アルトバイエ侯爵閣下の協定軍から、兵を借りることは出来ないのか?」

「それでは評議国を余計に刺激しかねん、此度の調査は我等騎士団のみで終えねば、公約に反することになる」

「では再び遣いを送り、改めて許可を求める以外にないだろう」

「その前に指定された村を調査した上で、その調査結果ももって交渉すべきだ。やる前に尻込んでいては、王国騎士を侮られてしまう」


 今回の作戦に参加するのは王家近衛騎士団が主軸であり、バルトロメイを筆頭にした隊長格が多く参加している。

 日頃は派閥の影響からあまり仲のよくない彼等ではあるが、いざ戦場ともなれば足並みを揃えて仲間を尊重する姿勢であるため、積極的に意見を出しつつも、声を荒げての否定的な言葉が飛び交うことはなかった。

 カオリのような女性冒険者を侮るような人格の歪んだものは排除されているので、職務にまっとうな騎士がほとんどなのも、会議が円滑に進んでいる要因にもなっているようだ。


(ほえ~、騎士様ってこんな風に仕事するんだ~、なんだか派閥がどうとか女性蔑視がどうとかの話しばっかり聞いてたから、あんまりいい印象じゃなかったけど、働く男達って感じで恰好いいじゃん)


 作戦とはまったく関係ないことに感心するカオリは、あくまで王子の護衛であるために、作戦そのものには関わらないつもりであった。

 しかしここで思わぬ提案が放り込まれる。


「ならば僕がその村まで直接出向けば、少なくともいい囮にはなるんじゃないかな?」

「な! 殿下それはあまりに危険過ぎますっ」


 コルレオーネの発言に即座に反応したのはバルトロメイである。彼も隊長格の一人として、具体的な作戦立案の権限を持つ一人である。


「でも今はその村までしか入れないんだろう? こんなところで踏ん反り返っていたって、僕はただのお飾りになっちゃうからね。少なくとも現評議国領内にいれば、いざと云う時に先方国の責任者と交渉することも出来るし、報告も調査も負担が減るじゃないか、みんなで一緒に紛争地帯に飛び込めば、案外仕事もさっさと片付くかもしれない、そうは思わないかい?」

「で、ですが……」


 今回の騎士団の派遣には、公国側への間接的な支援や、大国の威信を示す目的が含まれていることを思えば、大国の王子であるコルレオーネが最前線にまで姿を見せることには大きな意義があるとも云える。

 それを踏まえた上で、円滑な調査および下手人の捕縛を完遂するならば、多少の危険も承知で進むことはやむをえないとは、誰しもが考えるところではある。

 そもそもコルレオーネが作戦参加に名乗りを上げ、またそれが受理されたのも、王族が囮になることも考慮したものであるため、王子自身がそれを提案することは、むしろ必要なことでもあると考えられる。


「戦場ではなにが起きるか分からないとは云っても、流石に評議国側が王子である僕を襲うとは考えづらいし、仮に襲うとなっても、件の暗殺者と召喚獣が来るならば、それこそ望むところだろう? こちらには優秀な護衛の冒険者と、誰あろう神鋼級冒険者のササキ殿がいるんだ。これで僕になにかあれば、そもそも戦場でなくても僕等王族に安全な場所なんてないさ」

「……」


 バルトロメイもそれら事情を承知ではあったが、よもや王子自らこんな軽々しく提案されるとは思わず。絶句してしまう。


(へぇ~、王子ってば案外度胸あるんだ)


 変なところで感心するカオリは、コルレオーネに後ろから視線を送る。


「で、ではササキ殿、貴殿から見て、殿下の提案を実行した場合の、率直な意見を聞かせてもらえないだろうか?」


 バルトロメイが気を取り直して、本来作戦立案における発言権を有さない冒険者のササキに意見を求めた。

 立場を超えて、ただその強さと智謀を借りようと云う姿勢だが、それに意を唱える騎士は一人もいなかった。それほどにササキが信頼されている証左である。


「では恐れながら、……問題ないでしょうな、私やカオリ嬢は、個人間遠話魔法が使えますので、仮に殿下が危険に見舞われても即座に転移魔法で駆け付けることが可能な上、同様の理由で殿下を避難させることも容易です。敵がどこまで我等の情報を有しているのかは不明ですが、余程の魔術の使い手でなければ、これを妨害することは不可能です」

「さ、流石は神鋼級の冒険者様ですな……」


 ササキのもつ力の一端を見せ付けられ、バルトロメイはもとい、他の隊長達も感嘆の表情を浮かべる。

 最強の戦士でありながら、最高の魔導士でもありえるササキである。この反応は当然のことである。


「では殿下、恐れながら殿下のご提案通り、この陣を避難地として残しつつ、当座は騎士団のほぼ全隊を伴って目標の村へ向けて出発し、現地調査を進めると同時に、より広範囲の調査のために隊を展開出来るよう遣いを派遣する。と云う流れでよろしいですか?」

「……」


 進行役の騎士に確認されるコルレオーネであるが、なぜか黙ったまま返事がなかった。


「殿下?」

「ん? ああすまない、うん、よきに計らってほしい」


 やや歯切れの悪い返答ではあったが、とりあえず会議事態はこれでお開きであるとし、各隊長のみで残って具体的な隊毎の進行経路や配置を話し合うこととなる。

 最終決定者であるコルレオーネやその護衛のカオリ達はここで作戦会議用の天幕を後にする。

 ここで一度コルレオーネの天幕に集まり、王子の護衛について、具体的な段取りを伝えることになる。

 王子についていく形で天幕に入れば、最初に来た時同様に、女性の魔導騎士がコルレオーネを迎え、侍女よろしく彼の外套などを脱がせ、飲み物の準備を始める。

 どうやら王家側の護衛としてだけではなく、身の回りの世話も業務に含まれている様子である。


「カオリ嬢、君達がササキ殿と遠話魔法でいつでも会話出来ると云うのは本当かい?」


 突然の質問にカオリは疑問を抱きながらも返答する。


「はい、ササキさんから預かっている魔道具で、いつでも遠話魔法が使えるようにしています。これは王都で活動する以前から、村の防衛などの観点から、施行している緊急手段です」

「それで君達にもしものことがあった場合、即座に彼が救援に駆け付けられるんだね」


 続け様に質問するコルレオーネに、カオリはなぜ彼がこれほどまでに気にかけるのかわからず首をかしげる。


「ふー……、まあそれならまあ、今回の作戦で僕はかなり安全が保証されたわけだね」


 おどけた調子で喋るコルレオーネに、アイリーンが茶々を入れる。


「あれほど啖呵を切ってはいても、やっぱり戦場は怖いのかい? それなら言い出さなきゃよかったんじゃないかい?」

「貴様、殿下に対して無礼であるぞっ」


 敬意の見えないアイリーンの態度に、これまで黙っていた女性魔導騎士が怒りを露わにする。


「まあまあいいじゃないかフィオナ、彼女達がこうして気安く話してくれるなら、今後一緒に仕事がしやすくなるからね」

「……」


 コルレオーネに窘められ、無言で下がる彼女を、アイリーンは面白そうな表情で見送る。


「殿下の護衛には、我等が持ち回りで担当させていただきます。ただ基本的にはこちらのアイリーンや私が、殿下のそばで護衛することになります」


 ロゼッタの言葉に、コルレオーネはやや不可解な表情になる。


「ん? カオリ嬢はその間どうするんだい?」

「私はこちらのアキと交代で、天幕周囲の警戒に当たります」

「どうしてだい、出来れば僕は君に守ってもらいたいんだけどね……」


 コルレオーネが明らかに不満を露わにするが、カオリは笑顔で応対する。


「私達【孤高の剣】では、重戦士のアイリーンと魔導剣士のロゼッタが、それぞれ重装備と結界魔法により、高い防御力を誇ります。翻って私とこちらのアキは軽戦士、どちらも魔物の感知などに優れていますので、護衛任務の場合、とくに室内などであればこの布陣がもっとも守りやすいんです」

「そう……なのか」


 カオリの説明に、こと戦場経験のないコルレオーネでは反論の言葉をもたないため、ただただうなずくことしか出来なかった。


「カオリと一晩一緒に過ごすことができなくて残念だったねぇ殿下、代わりにあたしが晩酌のお供を仰せつかってやるさね~」

「貴様ぁ、さきより殿下へのその態度、立場を弁えぬ不埒ものめが、帝国の野蛮人は目上のものに対する礼儀が分からぬようだな」


 コルレオーネに対する垣根のないアイリーンの態度に、我慢の限界が近いのか、フィオナと呼ばれた彼女は腰の短杖に手を伸ばす。


「お、やる気かい? 王国の魔導騎士様の実力がどれほどのものか、見た時から気になっていたさね」

「貴様っ、分を弁えぬものいい、後悔することになるぞっ」


 それでもなお懲りないアイリーンが、分かりやすい挑発をすれば、フィオナはさらに青筋を立てる。


「殿下の御前で乱闘騒ぎでもするつもりですか、貴女こそ場を弁えぬ無礼者になりたくなくば、王国貴族としての慎みを弁えなさい、帝国人の彼女に言葉で論したところで、そもそも価値観が違うということを理解なさい」


 ロゼッタのその言葉に、ぐっと呻き声を上げながらも臨戦態勢を解いたフィオナであったが、表情はいまだ怒りを隠せずにいた。

 あわや刃傷沙汰という寸前で、ロゼッタの厳しい叱責が入り、コルレオーネが場をとりなしたことでその場は解散となった。

 天幕を後にするカオリとロゼッタとアキは、一旦自分達の天幕にて休息をとることにした。

 今夜はコルレオーネに説明した通り、室内はアイリーンとロゼッタ、外をカオリとアキで監視し、交代で夜通し警護する手筈のため、休める時に休むのも仕事の内である。


「アイリーンさんが分かりやすく挑発してくれたおかげで、あのフィオナさんだっけ? あの人達の殿下に対する忠誠心がだいたいわかったね」

「あんな幼稚な挑発に乗るなんて、王国騎士の質が露呈するわ、殿下の前では控えるべきなのに、なにを勘違いしているのかしら……」

「ではカオリ様、私は先に周囲の哨戒にいってまいります」


 コルレオーネを守るもの達がどういった人物か簡単に見極め、カオリはアキが哨戒に出ている間に、ロゼッタと今後の振る舞いを考える。

 まったく馬鹿らしいことだが、カオリ達は今回の作戦中に、コルレオーネがカオリ達に不埒なことを仕出かすと危惧していた。


「そのわりには作戦そのものには協力的のようよ?」

「どうかな~、危険地帯に近付けばそれだけ警護が薄くなるし、私達も今より厳重に警護にあたらないと駄目だから、仕掛けるならその時かな~」

「敵も……、味方もってことね」


 二人の不安をよそに、作戦は次の段階へ移行していく。

 目標地点となる村まで移動しそこに改めて陣を展開する。

 およそ三日の道中ではこれといった問題はおきなかったが、到着した村の様子を見た一同は、想像を絶する光景を前に言葉を失った。




 火をつけられ破壊された家屋に、人馬によって踏み荒らされた田畑、そして多くの遺体が放置されていた。


「ひどい……」

「女子供まで容赦なしとは、胸糞悪いね」


 カオリはそのあまりに凄惨な光景に表情を失って立ち尽くした。


「腐敗が進んでおりますが、これは人の手によるものだけではありませんね。しかし魔物の仕業にしても、遺体が残っているのは不自然です」

「ならなんの仕業だって云うの?」


 アキの推測にロゼッタがさらに追及するが、それに応えたのは別の人物であった。


「今回の作戦目標である下手人とその召喚獣が、村を襲っていた公国軍もろとも、村を襲撃した結果です」


 カオリ達に話しかけたのは、今回の作戦に同行すると話していた。エルフの女教授のレイア・フィアードだった。


「あ、レイア先生」

「ほーお、あの暗殺娘の組織が、いったいどんな理由でこんな趣味の悪い殺戮をしたんだい?」


 カオリから名前だけ聞いていたアイリーンは、彼女から放たれる強者の気配を察しつつも、いつもの調子で話しかける。


「アラルド人ですか」


 一方のレイアも、因縁の仲であるアラルド人のアイリーンを警戒したのか、やや距離をおいて対峙する。


「此度の紛争には、王家の影の諜報部隊も動いています。私はそれらの情報をもって評議国側の責任者へ、各種の交渉をおこなう仕事が言い渡されています」


 彼女の裏の顔を知るカオリはそれでレイアが遅れて作戦に合流したこと、村がこうなった経緯を知る理由を理解した。


「評議国側は件の組織、あるいは勢力との関与を否定しています。もちろん村もろとも襲撃を受けた公国側も同様です」

「はっ、目的はわからないってことかい、王国の諜報部隊もたいしたことがないね」


 嫌に挑発的な態度のアイリーンだが、それに付き合うつもりがないのか、レイアからの反応はなにもなかった。

 最初の開墾でカオリに敵意を向けたこと、また彼女の正体がエルフであることはすでにカオリから伝えてあった。

 エルフをことのほか敵視するアラルド人のアイリーンにその事実を伝えるかどうか当初は迷ったカオリであったが、それで即戦闘になることはないだろうと隠さず教えたのだが、アイリーンがこれほどまでに敵視するのであったなら、少しばかり早計だったかと思うカオリであった。


「はあ……、エルフが嫌いなのは理解出来るけど、それじゃあエルフじゃなくて王国を侮辱したことになるじゃない」

「お? それもそうさね。はっはっは!」


 笑うアイリーンに、表面上ほど敵対するつもりがないのかと、カオリは胸を撫で下ろす。


「レイア先生はこれから私達と行動をともにするんですか? 具体的な行動指針を聞いても?」

「そうですね。王国側の指示がなければ、基本的に独自判断でミヤモト様とアルトバイエ様の行動を補佐することになっています」

「監視でも監督でもなく、補佐というのは?」


 ロゼッタが続けて質問する。


「学園としては、軍事演習も履修科目として計上しておりますので、魔法科や騎士科の生徒であればこれも必須単位と見なします。そのためお二方につきましては、作戦に参加した時点ですでに十分な成績と認められます。ただ作戦への貢献度や習熟度合いを量り、より評価すべきとの許可を得ていますので、今後の行動をも観察させていただきたく思います」


 学園では優秀な子息令嬢の育成のため、軍事に関しても力を入れている。

 騎士科の生徒はもちろん、魔法科でも軍事演習が設けられ、毎年模擬行軍などがおこなわれていた。

 カオリ達は今回の作戦参加を、今回の課程と見なし、実際には学園での軍事課程を免除、さらには必修単位をより融通すると彼女は伝えた。


「それは有難いですわ、あれは時間と労力のわりに、もらえる単位が少ないと、上級生達の間では不評ですものね」


 学生達のおこなう演習が模擬なのに対し、カオリ達が参加するのは本物の戦場である。学園側の配慮は当然のものであると、ロゼッタは学園側を評価した。


「ん~、でしたら一応レイア先生には、国の仕事以外では、私の指揮下に入ってもらうべきなのかな?」

「それはなぜでしょう?」


 カオリの言葉に、レイアは無表情で質問する。


「指揮能力とか、作戦立案も、たしか評価対象だったはずですから、年齢や立場に関わらず、人を上手く使うことも戦場では必要かと思いまして、それにレイア先生の戦力を考慮せずに、具体的な対応方法を考えるのは難しそうだから、ですか?」

「合格です。如何に纏まった戦力として、味方を統率出来るか、その場にあるものは全て使うくらいの器量がなくては、一軍の将は務まりません」


 すでに評価は始っていると云わんばかりに、レイアは努めて事務的にカオリを評価する。

 片眉を上げるカオリと、掌を上げて見せるアイリーンを気にせず。レイアはさらに続ける。


「ミヤモト様はその点、冒険者として、または村の開拓責任者として、すでにかなりの経験を得ています。しかしそれを疑問視するもの達もおりますので、此度の作戦参加で厳しく評価するようにと指示を受けています。短期留学という限られた時間で、とう学園で学べる全てを修学されるためには、とにかく無駄な時間は省略するべきとの考えもあり、今回の作戦を学園は有効活用する考えです」


 ただただ淡々と学園側の立場や考えを明らかにするレイアを、一同は静かに傾聴した。


「はあ……、わかりました。とりあえずレイア先生には、殿下の護衛と周辺の哨戒に交互で同行してもらいます。万が一の場合は殿下の身を優先し、我々が時間稼ぎをしている間に速やかに避難してください」

「貴女方の護衛も私の仕事の範疇ではありますが?」

「そうは云いますが、それも無事護衛の任務を遂行してこその評価だと思いますし、戦力の未知数の人物では、連携に支障をきたす可能性が危惧されるので、少なくとも今は見極める時間を設けるべきと考えます」

「了解しました」


 どれほど言葉を交わしても表情の変わらないレイアに、カオリはやや疲れを感じる。

 自分もそこまで表情豊かと云うわけではないが、ここまで機械的な反応を返され続けて、これから上手くやっていけるのか、やや不安が残るカオリであった。

 その後は再び隊長達やコルレオーネに伴って具体的な調査作戦をとり決める。

 カオリ達は王子の護衛の傍ら、陣の設営や、無残にも放置された遺体の埋葬および簡易の供養など、騎士達の仕事を手伝った。


(さ~て、これからが本格的な作戦開始かな)


 整然と並べられた簡易の墓標の前に膝をつき、漠然とこれからの行動を考えるカオリは、小さく息を吐く。

 傾いた太陽が、大地に墓標の影を作る。


(なんでこんなところにいるんだろう……)


 あれよあれよ云う間に戦場に引っ張り出されたカオリは、今回のことも自身が選択した結果だとは理解しつつも、それでも不安にも似た疑問を抱く。


(アンリ、テムリ、お姉ちゃんは、絶対無事に帰るからね)


 カオリのそんな姿は、熱心に死者へ祈りを捧げる。儚げな少女の姿に映った。


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