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( 学科専攻 )

 カオリは悩んでいた。


 このたびの王立魔法学園への留学では、カオリは第二学年からの編入になるために、専攻学科を選ばなければならなかったためだ。


 学園生達は、騎士科、魔法科、政務科の三種から専攻学科を必修し、それぞれの分野で学ぶことで将来、知識と技能を社会活動で生かす目的がある。

 騎士科であれば軍や騎士団と云った軍事関連の職に就くのは想像の通りで、魔法科などは研究職あるいはこれも王立魔導騎士団などの軍事職につくことが想定されている。


 政務科だけは領主貴族の嫡男や文官、またそこに嫁ぐことが多い令嬢が専攻するが、戦うことが苦手なものにとっての受け皿になる場合も多く、女性は政務科を選ぶ場合がほとんどであると、カオリはベアトリスから聞かされた。

 カオリの村の盟主としての役割を考えれば、政務科にて本格的な国政を学ぶことが求められているのだろうが、カオリ自身の能力的には騎士科がもっとも適していると考えられる。

 しかし異世界独自の魔法という存在への興味が尽きないカオリにとっては、魔法科は魅力的な学び場とも考えられ、ここ数日はそのことに頭を悩ませていたのだ。


 そして最近になって、そんなカオリを煩わせることがある。


「おはようミヤモト君、例の件は決めてくれたかね?」

「おはようございます。ティリオン先生、すいませんが専攻学科に関しては、まだ決めかねています」

「それはいけない、騎士には決断力も求められるのだから、こう云ったことはなるべく早く行動したまえ、はっはっは!」


 筋骨隆々な身体を上下させ、豪快に笑うティリオンに、カオリは曖昧な笑みで対応し、講義が始まるからと言ってその場を離れた。

 ここ数日、学科を専攻するための期日が迫る中、突如騎士科を選ぶようにとやや強引に勧誘をかけて来たのが、騎士科の講師であるティリオンであった。

 どやらカオリが実力のある女性冒険者であると云う噂を聞きつけ、是非にと考えているらしい。


 王国では女性の戦闘職が少なく、騎士団はもちろん軍にも数えるほどしかいない、唯一冒険者ではそこそこはいるものの、やはり男性とくらべるとその数は少なくなる。

 ティリオンの方便によれば、カオリのような存在は、女性の社会進出の切っ掛けとして非常に有用となるらしく、なり手の少ない女性騎士などは、王宮でも一定数は必要な枠となりつつあるのだと云う。

 現王妃が設立した百合騎士団も、ここ数年で実績を伸ばし、令嬢達の憧れとなりつつはあるものの、それでも実際に騎士となる令嬢が飛躍的に増えるまでには至っておらず、なり手不足が悩みの種だとは、ビアンカから聞いていた事実である。


 騎士団とは一見すれば華やかな印象が強い職に見えるが、軍事職である以上泥臭い役割から逃れることは出来ないため、訓練や日常業務で汗や土で汚れ、身体を酷使するのは、普通の貴族令嬢には酷なのだろうとは想像に難くない。

 かと云って女性貴族の身辺警護や宮廷での儀仗の任務などで、作法や教養は必須であるため、平民から公募するわけにもいかないのが現状である。


 カオリにとってはまったくの無関係であるので、それに関してはどうでもいいとは思いつつも、こうして連日で熱烈な勧誘を受けると、考えなくても頭に残ってしまう。

 そして今回差し迫った問題として、各学科の体験学習の日が、今日の予定であった。

 これはどの学生であっても、一度は必ず受けなければならず。カオリはそれによりティリオンから内々に皆の前で実演をするように厳命されていた。


 内容は学生達の前で、先輩騎士候補生と軽く手合わせをすると云うものであった。

 そもそも目立つことが苦手であるカオリにとって、こうした案件は非常に迷惑に感じるものであった。

 またカオリの個人的な主義に、剣は見せびらかすものではなく、必要に迫られる状況でない限り、剣は鞘に収めておくべきものであると云うものがある。

 剣は脅しや力を誇示するためにあるのではない、あくまで人を斬るための道具であり、それを身に帯びる以上は覚悟をもって、虚栄心は常に、心の鞘に秘するべしであると。

 つまり、無意味な決闘や力試しを、カオリは忌避していたのだ。


 今回は流石に真剣は使用しないものの、公衆の面前で腕前を披露すると云うのは、そんなカオリの矜持に影をかけるものである。

 そのためカオリは無難に終える方法にも、頭を悩ませることとなった。

 結論の出ないまま午後の抗議、つまり件の体験学習の時間となり、カオリとロゼッタは指定された訓練場の片隅に、他の学生達と集合する。


 そこには平時のさいに騎士団が着用する。簡易兵装に似せた装備を身に帯びた先輩騎士候補生達が整列している。

 誰もが見目の整った子息が選ばれたのは、この体験学習に令嬢が参加することを見越しての人選であると理解するカオリ。

 案の定と云うべきか、そんな憧れの騎士然とした先輩達へ、令嬢達は熱い眼差しを向けている。

 体験学習とは銘打っているものの、その実は学科を代表する勧誘活動であるのは明白で、授業内容も先輩騎士達による実地体験が主であるため、剣の使い方や乗馬を、手取り足とり教わるのだと聞かされれば、カオリはその時点で羞恥心が勝ってしまった。

 にも関わらず今回の体験学習を監督するティリオンは、初っ端にカオリと騎士候補生をぶつけて、騎士科でも女性が活躍出来るということを喧伝しようと云うのだ。

 これから学ばせてもらう先輩を、果たして打倒してしまっていいものか、カオリはすでに辟易としてしまった。


 そうこうしている内に授業の始りを宣言したティリオンは、そのままちょっとした前座とばかりに、カオリと一人の先輩騎士候補生を呼び出した。

 学生達と先輩騎士候補生を挟んだ中央に引き出され、カオリは静かに起立する。


「皆も知っているかもしれんが、彼女はかの神鋼級冒険者ササキの後見を受けたカオリ・ミヤモト嬢だ。彼女自身も銀級という凄腕冒険者だそうだ」


 カオリのことを簡易に紹介しつつ、ティリオンはさらに口上を続ける。この時点ですでに恥ずかしいのだが、まだ続くようだと思い、カオリ黙って目を瞑る。


「こうして女性であってもその腕を買われる機会は、今後さらに増えることだろう、なのでそれを証明するために、こちらの騎士候補生を相手に、ミヤモト嬢にはその腕前を披露してもらいたいと思う、彼の名はエドゥアルド・ワイルウッド、彼の家は古くからの武家であり、彼の兄上も現在は近衛騎士団の隊長を務めるほどの人物である」


 先輩騎士候補生の名と家柄に触れつつ、ティリオンはその実力が折り紙付きであることを強調する。

 しかしカオリは観察スキルを使って調べ、エデゥアルドのレベルが十にも満たないことを見て、非常に頭を悩ませた。

 この時のカオリには知る由もないが、冒険者以外の人間にとってはレベル制は縁の薄いものである。

 学生の中には自身の実力を知るために、また腕を磨くために冒険者登録をして、鑑定の魔道具を利用することはあっても、そのほとんどは具体的な数字は人に教えないものである。

 なので客観的にある程度の対人訓練以外で、強さを量る機会はほとんどないのであろう。

 エデゥアルドも同じ候補生達の中ではたしかに実力のある方なのは、他の候補生を観察したカオリには理解出来るが、いくらなんでも倍もレベル差があるカオリへぶつけるには、あまりに酷ではないだろうかと、カオリは手加減をすることはあっても、万が一にもエデゥアルドがカオリに剣で勝つことはないと諦念を浮かべた。


 思わず視線を後方のロゼッタへ向けたカオリだが、ロゼッタも鑑定魔法で双方の実力差を理解し、首を振ってカオリに丸投げする姿勢である。

 心中で溜息を吐くカオリだが、やけに自信満々なティリオンは双方に手合わせの取り決めを説明しつつ、いくつかの種類から、カオリに武器を選ばせる。

 カオリは刀に比較的近い形の片刃の曲刀を選びとる。刃は潰されているものの、それでも鉄の板である以上、打ちどころが悪ければ大怪我もしうるそれを、カオリはしっかりと腰帯に固定した。

 取り決めは至って単純、首に剣を突きつける。あるいは武器を取り上げて、負けを認めさせるか、意識を失わせるかのどちらかである。


「では双方対峙し、礼」


 ティリオンの誘導に従い礼をするカオリに、エデゥアルドはカオリにだけ聞こえるような声音で囁きかける。


「女のくせに、いい気になるなよ」

「……」


 この瞬間、カオリは思考を放棄した。

 まるで絵に描いたような挑発の言葉、本人にとっては調子づく年下を牽制したつもりなのかもしれないが、その見下した態度に、カオリの中で慈悲の気持ちが一切失われた瞬間である。


「双方構えっ、――どうしたミヤモト嬢、剣を構えんのか?」


 直剣を正眼に構えるエデゥアルドとは対照的に、カオリは曲刀を鞘に収めて柄に左手を添えたまま、弛緩した様子で直立する。


「……こう云う構えなので、お構いなく」


 ササキには訓練や決闘のさいには、あえて相手に隙を見せるようにと助言をもらっていたカオリではあるが、今日は至って本気で迎え撃つ覚悟である。


「そうか、ならばいいだろう……、では、始めっ!」


 ティリオンの開始の合図で、エデゥアルドはじりじりと距離を詰めて来る。

 一応学生達のための催しものであるので、一瞬で勝負を決めるのもまずいと考えたのか、余裕の表情ながらも、それっぽい対峙の様子を演出するつもりであるようだ。

 一方カオリはまったく相手にすることなく、直立不動のまま、じっとエデゥアルドを見詰めていた。


「ミヤモト様はどうしたのでしょう?」

「さあ……、諦めているのか?」

「まあ相手は騎士候補生の先輩だし、女子には荷が重いだろうしな」


 外野からカオリの様子を心配したような声が聞こえるが、カオリはそれらもすっぱり無視してエデゥアルドに視線を固定する。


「どうしたミヤモト嬢、戦う気がないのか?」

「あ、じゃあ行きますね~」


 ティリオンが訝しんで声をかけた瞬間、カオリは滑るように瞬時に距離を詰めた。


「なにっ!」


 そのあまりの速度の縮地に対応出来なかったエデゥアルドは、慌てて剣を振り上げるも、カオリに肩で当身を入れられ、たたらを踏んで後ろに下がった。


「一回ですね」


 一合にも満たない接触だが、この時点でエデゥアルドはカオリの実力の片鱗を知り、警戒を高めた。

 構わず距離を詰めるべく足を運ぶカオリに、エデゥアルドは大上段からの袈裟切りを放つ、もちろん寸止めするつもりのぬるい一撃が、カオリにあたるわけもなく、紙一重の距離で横に躱すカオリに、エデゥアルドは驚愕を深める。


「二回」


 踏み込んだ足を蹴りつけて膝をつかせる。


「三回」


 振り降ろそうとした剣の柄に手を添えて軌道を逸らさせ、そのまま地面を打たせる。

 横薙ぎも難なく躱したり、回り込んで背中を押したりと、まるで嫌がらせにようにエデゥアルドを翻弄するカオリに、周囲の人間は開いた口が塞がらなかった。

 また自身の教える騎士候補生が、冒険者の、しかも女子のカオリにいいように弄ばれるのがまずいと考えたのか、ティリオンはカオリに指示を飛ばす。


「ミヤモト嬢っ、剣を抜きなさい、これは徒手空拳の訓練ではないぞ!」


 剣での打ち合いならば、力に劣る女子では男に勝てないだろうと踏んでの指示であると理解したカオリは、眉を歪めつつも、静かに曲刀を鞘から抜いた。

 まったくの淀みなく、するりと自然に抜刀してみせたカオリに、エデゥアルドは一気呵成に特攻する。

 鍔迫り合いに持ち込めば、力で押し込んで体制を崩させ、そこに渾身の一撃を決めるだけで勝負は決まると考える彼に、しかしカオリは難なく対応してみせた。


「ミヤモト様、まるで踊っているみたい……」


 一人の令嬢から感嘆の声が漏れ、皆の視線がカオリの流麗な剣捌きに注がれた。

 刀が消耗することを嫌うカオリは、この世界に召喚された当初から、斬る以外で刀身がなににも接触しないように神経を尖らせた。

 そのため主に体捌き、脚捌きで相手の攻撃を紙一重で捌き切り、隙を見て必殺の一撃を加えることに重きをおいて来たのだ。

 片手に剣をもつことで体制が崩れやすいなどと、浅はかな考えで抜刀を指示したティリオンではあったが、剣を抜いたことでより複雑な重心移動を繰り返すカオリに、流石に舌を巻くこととなった。


「よ、よもやこれほどとは……」


 カオリの実力をようやく理解したティリオンは、当初の計画通りにいかないことに驚きつつも、この逸材が騎士科に来ることの利益を考えて笑みを浮かべた。


「なぜだっ、なぜあたらないっ!」


 一方カオリにまったく攻撃を入れられないエデゥアルドは、いつしか寸止めすることも忘れて、焦りから手に力を込め始めた。

 渾身の一撃を入れるべく、大きく振りかぶろうとした刹那、カオリの剣が閃き、振り上げた勢いのついたエデゥアルドの剣を、空に弾き上げた。


「なっ!」


 突然剣が手から離れて目を放したが最後、気付けばカオリの曲刀の切っ先が、自身の喉元に突き付けられ、やや間をおいて状況を理解したエデゥアルドは、静かに敗北を認めた。


「ま、参った……」

「そこまでだっ!」


 エデゥアルドの敗北宣言と、ティリオンの終了宣言で勝敗を決したところで、カオリはようやく曲刀を鞘に収めて距離を開けた。

 パチパチパチと周囲から拍手が沸き、カオリにまばらな称賛の声がかかる。


「まさか自慢の教え子が負けるとは思わなかったが、その分彼女の力を皆も理解したことだろう、たとえ女性であっても十分に戦闘能力があると証明された以上、我等騎士科は女子の受け入れを歓迎しているっ」


 満面の笑顔で告げるティリオンは、そのまま通常通りの授業へと移行していった。

 ただしカオリは現状で教わるのではなく、逆に教える側に立つのはどうかと指示され、仕方なく数人の女子に請われるまま、幾許かの時間指導する側を経験することになってしまったのだった。




 翌日、カオリの下に数人の令嬢が声をかけて来た。


「ミヤモト様、昨日はとっても恰好よかったですわ、もしよろしければ、いつか私にも剣を教えてくださいまし」

「……機会があれば」


 愛想笑いで応対したカオリであったが、相手の令嬢はそれだけできゃっきゃと友人と離れていった。


「ずいぶんと気に入られたようね。まあ無理もないわ、あんなに華麗な剣捌きを魅せられて、憧れを抱かれるのは自然なことだもの」


 自身も覚えのある感情に、同感を示すロゼッタは、微笑ましげな様子でカオリの下に寄る。


「今朝からもう三回目だよ、一回は男子からだったし、もうこれでどう云う目で見られるのか決まっちゃったね~」


 羨望や称賛は恥ずかしいながらも、悪い気はしないカオリだが、予想するに、差別的な視線を一層強くする集団も認めていたカオリは、溜息と共に頭を掻く。


「女だてらに剣の腕があれば、遅かれ早かれそう云った視線に晒されるのは決まっていたわ、昨日のことで悪い感情ばかりではないと分かったのだし、カオリが気にすることではないわ」


 カオリほどではないが、ロゼッタもカオリと同様に冒険者として、また魔術に秀でた秀才の噂があるため、一定数はよくない感情の視線を集めることがある身である。カオリの気持ちを察しつつも、相手にするほどではないと窘める。

 昼食の時間となりここ最近の行きつけとなっている喫茶店と、そこに併設された談話室に注文の品を運んでの昼食時のこと、席を共にするベアトリスから、カオリ達は聞き捨てならない情報をもたらされる。


「そう云えばカオリ様、騎士科を専攻されると云うお話は本当ですの?」


 彼女にとっては何気ない話題であったのだろうが、カオリ達は顔を見合わせて驚く。


「なんの話ですか? 私はまだどことも決めてはいませんが……」


 当然カオリは週末に期日を迎えつつも、まだ届け出は出していないので、そんな話が出ることに怪訝な表情となる。


「……たんなる噂ですが、一部ではまるで確定事項のように語られておりますわ」


 カオリの反応にただの噂話であると察しつつ、ありのままに伝えるベアトリスだった。


「カオリに声をかけて来た生徒達は、その噂を根拠にカオリに近付いて来たのかもしれないわね。実力のある騎士などと知己になれば、軍事関連の情報収集や、私兵に迎えやすくなるものね」


 カオリが将来的に騎士団に入隊するかのような噂話に、ロゼッタが周囲の反応の原因を予想する。


「はぁ~……、まったく根も葉もない噂です。ベアトリス様は信じないでください」

「え、ええ、もちろんですわ、直接カオリ様と話せるのですもの、噂などそもそもあてにはしておりませんわ」


 カオリの盛大な溜息に、慌てて噂とは無関係を主張するベアトリス。


「ただそうなると、非常に残念がるご令嬢方が多いかと……、カオリ様の存在に勇気付けられた方は多いですもの」

「……どう云うことです?」


 ベアトリスの言葉に疑問を抱いたカオリは、詳細を求めた。

 いわく、騎士に憧れる貴族令嬢は毎年一定数はいるもので、しかし実際は実家の意向や周囲の関係から、最初から諦めて政務科を選ぶ場合があること。

 また実際に騎士科を選んだものの、男子からの圧力に屈して、途中で学科を変更するものが多いと云う。

 しかし騎士候補生の代表であるエデゥアルドを圧倒したカオリがいれば、男子も女子に強く出辛くなるだろうと、カオリが騎士科を選ぶことが前提で専攻を騎士科にする令嬢が増えるかもしれないとベアトリスは語った。


「呆れた……」

「ほんとだよ」


 心底呆れた様子のカオリとロゼッタに、ベアトリスは同意の意を示す。


「男子の方々がつまらないいびりをお止めになれば、こんな状況もなくなりますのに、どうしてそんなに女性騎士を目の敵になさるのかしら――」


 ベアトリスの意見に、しかしカオリもロゼッタも首を振って否定する。


「いびられた程度で諦められるなら、始めから選ばなければいいのよ、そんな意気で騎士が務まるなんてはなはだお笑い草だわ」

「え?」

「ほんと、自分本位っていうか、考えが甘いよね~、覚悟が足りないって云うべきなのかな?」

「え?」


 どうやらカオリ達に同意したつもりのベアトリスであったが、否定の矛先が男子ではなく女子に向いていることに困惑した。


「悪いのは男子の方々であって、騎士に憧れたご令嬢方に非はないのでは?」


 ベアトリス自身は第一王子へと嫁ぐために政務科を専攻した身であり、他の学科を選ぶ令嬢の心理をそこまで考えたことがあるわけではないが、それでも平等な学び舎としての学園を思えば、どちらに非があるかなど明白と云う立場で疑問を呈する。


「もちろん気に入らないからいびるなんて子供のすることだとは思うわ、でもそんなことは社会では日常茶飯事だし、一々気にしていたらきりがないことですわ」


 現実は厳しいのだと言い切るロゼッタに、ベアトリスは言葉を失う。


「騎士科を選ぶ男子って、つまり家の跡を継げない次男以下の子息様でしょ? 後は家がお武家様で、代々騎士として栄えたお家の長男とか、つまり騎士科を選ばざるを得ない事情がある人がほとんどってことですよね?」


 そこでようやくベアトリスははっとして、自身が言った言葉の意味を理解した。


「戦場に出ることを想定して騎士や軍に所属すること、それを将来の職に選ぶのは相当の覚悟が必要ですよね? 私もロゼッタも日常的に魔物を殺しますし、時には人間の野盗を相手に殺し合いに身を投じることもあります」


 静かに、しかし声を低めて語る言葉には、相応の重みが宿る。手にするのは剣だけではない、戦う相手と、なにより自身の命なのだと。


「訓練で日々汗を滲ませ、土に汚れるのは、その先に血みどろの闘争から、命を奪って拾う日々を想定しているからです。けっして憧れたような煌びやかな世界なんかじゃありません」


 はっきりと言い切るカオリの眼差しに、鬼気迫るほどの気迫を感じて、ベアトリスは目の前の女の子が、ただの呑気な女の子ではないのだと理解した。


「私だって冒険者に憧れた口ですけど、その先に血に濡れた道が待ち受けているのだと理解して、昔から自主訓練と覚悟を積んで来ましたわ、例え家族から否定されようとも、引き返す道など最初から捨てておりますわ」


 鼻を鳴らして猛々しく語るロゼッタも、家出同然で冒険者の道を選んだのだから、その覚悟はそこいらの令嬢とは比べるべくもないだろう。


「周りからなにを言われても、信じて突き進むくらいの覚悟がなくて、憧れが叶うなんて甘い考えは、必死に訓練を積むたくさんの騎士様に失礼極まりないと思います」

「そもそも誰かに守ってもらわないと自分の道を進めないなんて、そんなもの夢でもなんでもないわ、子供の絵空事よ」

「ご、ごめんなさいっ」


 カオリのロゼッタの剣幕に、なぜか謝るベアトリスであった。

 この時、カオリの中で一つの結論が出た。

 周囲の期待に応えるべく選択することも、周囲の否定に屈して身を引くことも、結局はどちらも自分の意思に反した逃げでしかないのだ。

 であればもっとも自身が選ぶべきは、他でもない自分が信じた道なのだと。

 ならもう、好きなことを追及することに、いったい誰の目を気にする必要があろうか、カオリはその日の放課後には、学科専攻の届け出を提出したのだった。




 翌日になり、カオリは予想通りの展開に見舞われる。


「……あの、ミヤモト様はその、魔法科をお選びになられたと云うのは、本当のことですか?」


 恐る恐ると云った風に質問する令嬢に、カオリは満面の笑みで応える。


「はい! 魔法にすっごい興味がありまして、この学園は魔法学園を銘打っているくらいですし、魔法について沢山のことが学べるんじゃないかと思って、来週からの講義が楽しみで仕方ありません!」


 カオリの返答に絶句した令嬢は、意気消沈のままカオリの下を辞去していった。


「上手い対応ね。ああ言われてしまえば、誰もカオリの選択に文句を言えなくなるわ」

「当たり前のことを言ってるだけなんだけどね~」


 云われて見ればもっともだとロゼッタは何度もうなずく、彼女的にも魔法科と云う選択は自身にもっとも適した選択であるので、端から文句の欠片もないのだ。

 むしろこれでカオリに積極的に魔法を教えることが出来ると腕を鳴らす。

 しかしそれでも大いに文句のある人物が、カオリに突撃して来たのは、丁度昼の時間のことであった。

 遠くからすでに大きな足音を鳴らして接近して来るティリオン、そしてなぜかエデゥアルドの二人を、カオリは静かに廊下の端で待ち受けた。


「どう云うことだミヤモト君っ、騎士科ではなく魔法科を選んだと云う噂が出回っているが、話しが違うではないか!」

「そうだミヤモト嬢っ、君が騎士科に来ることをどれほどの人間が期待を寄せていると思っている!」


 一気に捲し立てる二人に、カオリは愛想笑いで対応する。


「そうですね。いったい何方が私に過度な期待をお寄せになられているのか存じ上げませんが、魔法科での講義を楽しみに――」

「馬鹿なことを言うものではないっ、君は騎士科でこそ輝く逸材、きっと後悔することになるぞ!」


 カオリが最後まで言う前に、言葉を被せて来るティリオンに、しかしカオリは笑顔を向ける。


「自分の選択した道に後悔することはあっても、それは私自身の責任です。余人になにを言われようと、私は私の選択した道を信じるのみです」


 カオリのその言葉に、エデゥアルドは鼻を鳴らして否定する。


「これだから女は信用出来ないんだ。いつだって感情を優先するのだからなっ、貴族に限らず力あるものは自身の立場に応じて、周囲の期待に応えた選択をする義務がある。お前にはそれが理解出来ない、所詮は冒険者ということか」


 カオリの全てを否定するかの如き言葉に、流石のカオリも表情を硬くする。


「自分と向き合って素直に生きられないほど、しがらみに生きるつもりなんてありません、ワイルウッド先輩の仰る言葉は、私には関係のない話しです」

「なんだとっ!」


 カオリに険悪な眼差しを送るエデゥアルドに、カオリも強い視線を返す。


「僕と決闘しろミヤモト!」

「お断りしますっ!」

「な!」


 この申し出を予想していたカオリは、即座に拒否を示す。お断り系女子のカオリにとって、無意味な決闘騒ぎは断固お断りの姿勢だ。


「決闘など必要ない」


 そこでティリオンは、不穏な雰囲気で半歩カオリから距離をとる。


「なぜなら君は今から騎士科に変更届けを出しにいくのだからな」


 半身で構えるティリオンは、剣の柄に手をかける。


「先生ともあろうお方が、生徒を剣で脅すのですか?」

「いや? 君が自分で選ぶんだ。なにせ騎士科の多くの候補生が、君が騎士科に勧誘をかけるのだからな、もちろん多くの令嬢にとっても、君と云う存在は希望となるだろう……」


 言外に自分だけでなく、自らの教え子も使って圧力をかけることを示唆する発言、またカオリが騎士科を選ばなければ、他の令嬢達が騎士科で辛い日々を送ることになると、思わせぶりな言葉を繰るティリオンに、ついにカオリの堪忍袋の緒が切れる。


「なにを言われようとも、私は意見を変えるつもりはありません」

「……残念だ」


 それを最後にティリオンは剣の柄を握る手に力を込める。

 しかしカオリは素早く踏み込むと、右手でティリオンのもつ剣の柄を上から握り込み、剣が抜けないように抑え込む。


「なにっ」


 それだけで剣がびくともしなくなったことに驚愕の表情をするティリオン、細腕のカオリに、よもや男の自分が力で劣るなど想像も出来なかったのか、ムキになって抵抗する。

 先日の手合わせで、カオリは回避に重点をおいた立ち回りをしていたため、てっきり技量戦士であると思い込んだティリオンではあるが、高レベルのカオリはそもそも、基礎筋力の時点で一般人とは隔絶した力をもっているのだ。


 男女の性差はあれど、戦士系に特化したレベル上昇を続けたカオリは、地球の尺度で云えばオリンピック選手をも凌駕する身体能力を有している。

 カオリは先日の観察で学生だけでなく、教師であるティリオンのレベルもしっかりと把握している。

 長年王都での騎士業や教師を務めて来た彼が、実戦にてレベル上げをしているわけもなく、まだ十台に留めているのを確認したカオリは、ここで本当の実力差を示すことにしたのだ。

 剣を抜くことすら出来ないと理解したティリオンは、ついに苛立ちを爆発させて腕を振り上げた。


「先生っ!」


 明らかに拳を振り上げたティリオンに、流石に教師が女生徒を殴ることを不味いと判断したのか、エデゥアルドは慌てて止めようと声を上げる。


(ああそうですか、ならもう容赦しない)


 だがカオリはそれを冷静に見て、胎に力を込め、渾身の前蹴りをお見舞いする。


「ぶふぉっ」


 カオリの体重の乗った前蹴りを下腹部に喰らい、ティリオンは前のめりの不自然な姿勢で吹き飛び、顎や額を酷く床に打ち付けた。

 その時に剣から手を放したために、カオリの手に残った直剣を、カオリは眉をひそめて眺める。


「いくら殴るつもりでも、剣を相手にとられるなんて、剣士としてどうなんだろうね」


 数メートルほど吹き飛び、呻き声を上げるティリオンに近付いたカオリは、抵抗されても面倒だと思い、止めに後頭部を剣の横腹で打ち、ティリオンを昏倒させた。

 下手をすれば命に関わるような状態だが、学園であれば回復魔法を使える救護員くらいはいるだろうと、そのまま放置する。


「お、お前はいったいなんなんだ……、どうやってそれほどの力を手に入れた……」


 カオリの力に驚愕して腰が抜けたのか、四つん這いの姿勢でカオリを見上げるエデゥアルドに、カオリは笑顔を向ける。


「努力あるのみですよ、先輩」


 それにカオリは正直な所感を述べる。




 人気の少ない廊下でも、目撃者がいたのか、救護室に運ばれたティリオンはそのまま上司の事情聴取に合い、またエデゥアルドの証言もあって、学園を去ることが決定した。

 翌日の朝からすでに体調不良を理由に周知されはしたが、人の口に戸は立てられぬと、原因にカオリが関係していると噂が広まった。

 いわく、強引な勧誘にカオリが激怒し、ティリオンを力尽くで黙らせたと云うのが有力とのことだが、それではティリオンだけが罰せられるのはおかしいと、カオリの正当性は一応証明されいる。


「一応調べたけれど、ティリオン先……元先生は、王都の武官貴族の出で、開戦論派の子飼だったわ、恐らく帝国王国間戦争の事実上停戦のあおりで、騎士団や軍への希望者が減っている現状を上の人間に咎められて、躍起になっていたのでしょうね」


 まさか一教師がここまで強引な手段に出るとは思わず。木端貴族までは情報を記憶していなかったことを、ロゼッタは反省していた。


「私を殺しに来たり勧誘しに来たり、もう開戦論派は後がないのかな? それとも派閥内の内部分裂が原因なのかな~、あんまりにもお粗末だよね~」


 邪魔と見れば刺客を送り付け、有用と見れば内応工作とは、派閥内で意見が一貫されていないことをカオリは笑った。


「元々頭脳労働を嫌う武家の寄り集まりだから、先を見越した根回しとか工作が苦手なのでしょう、各家の先行が目立つのも、自己主張が強い証拠ね」


 ロゼッタの明け透けな分析に、カオリもベアトリスも微妙な表情になる。


「それでよく派閥なんて名乗れるね~、いったい誰が統率者なの? まだそのあたりの情報って集めきれてない?」

「私の知る限り、開戦論派を標榜する家は多いのですが、元より東西に領土が別れているのもあり、また遠方に領土をもつ伯爵家や辺境伯がほとんどですので、各家の連帯がとりづらいのかもしれません」


 カオリの疑問に、ベアトリスが地理的要因から、その根本原因を予想する。

 西大陸の対帝国間戦争に向けた軍事同盟である王国連合、【太陽協定】により結束していた各国の義援金を戦争の支度金にあてていたミカルド王国ではあるが、それが百年も続いて来た今、戦争が停戦したからと云って、急に義援金が停止すれば、それまで支度金によって散財して来た軍人貴族は途端に路頭に迷うことになるだろう。

 とくに領地をもたない宮廷貴族や領地開拓を疎かにしていたものなどは、支度金の停止とともに収入が激減してしまう、人間誰しも一度味わった贅沢を手放すのは耐え難いものだ。


 もちろん王家もこれを放置するつもりはなく、実戦と情報戦を両方こなす特殊機関の設立など、能力のある人材の雇用の創出に手は打ってはいるが、能力の伴わないものほど、群れて騒ぎ立てるのだから救いようがないだろう。


 軍の兵士などは爵位をもたない平民なので、最悪軍の縮小とともに解雇しても、国としては問題ないのだが、悩みの種となるのがやはり軍上層部や騎士団を占める軍人貴族だ。

 ここ三年、具体的にはササキがこの世界で【北の塔の国】を宣言してより、ミカルド王国では目に見えて戦争行為がなくなり、軍や騎士団は暇を持て余していた。

 最初の一年は潤沢な戦時支度金の残金で、平和な世を謳歌し散財したものだが、それが二年三年と経ち、近い将来に同盟各国からの義援金の停止に伴った。支度金の停止の可能性が濃厚となれば、慌てて慣れない派閥工作に乗り出したのだ。


 ベアトリスが先に述べた地理的要因も含めて、一応開戦論派などと標榜してはいるものの、その実東西で連携がとれずに内部分裂を起こし、また工作活動そのものに慣れていないためか、派閥内で一貫した方針を打ち出せてすらいない彼等開戦論派に、カオリは巻き込まれたことになる。

 いい迷惑を通り越して、明確な敵になりつつあるこの派閥に、カオリはそろそろ有効的な手を打てないかと、真顔で思考を巡らせ始めたのも無理はない。


「そう云えば、ワイルウッド様も、ティリオン元先生に手を貸したこと、しかしカオリ様が直接的な被害は受けていないとおっしゃっられたことで、罰は免れたものの、ご実家に戻られたとのことです」


 あの場でティリオンと共にカオリに詰め寄ったエデゥアルドだが、ティリオンがカオリに手を上げようとするのを止めようとした様子を受け、まだ良識は失っていないと判断し、カオリは彼を許した。

 ササキの調べによれば、エデゥアルドの兄であるバルトロメイも、先の王都迷宮調査と鎮魂騒動以来、開戦論派とは距離をおき始めたため、家としての宗旨替えが確定しつつあると云う、またアイリーンの騎士団訓練の参加もあって、最近は個人的な付き合いも始った家であるため、カオリの心情的には将来的な伝手になり得るとも判断したのだ。

 また国王がササキの助言によって最近進めつつある。近隣国への司法高官の派遣と大使館の設置に、バルトロメイを選任する可能性もあり、彼の家は戦争の停戦後も新たな立場で活躍する見込みが出て来たのだ。

 早晩ワイルウッド家は開戦論派から嫉妬の対象になるだろうとは、ササキがカオリに伝えた情報である。

 エデゥアルドが実家に呼び戻されたのは、名目上は女生徒への暴行幇助を反省させるためとされているが、その実、家の宗旨替えに伴った今後の貴族間での身の振り方を教え込むのが目的だろうとササキは予想している。


「まあ難しい話はここまでにして、カオリは週明けから始まる魔法科の講義を楽しむべきだわ」

「おお、そう云えばそうだね~」


 カオリの眉間の皺が深くなるのを見咎めて、ロゼッタは話題を明るくしようと発言する。


「そう云えばカオリ様は、魔法はどれほどお使いになられますの?」


 ベアトリスの質問に、カオリは答える。


「なにも? みんなが魔術だと云ってる火とか風とかの攻撃手段は一つも使ったことがありません」

「ええ! そ、それなのに魔法科をお選びになられたのですか?」


 カオリの答えに驚くベアトリスだが、それも当然のことであった。

 カオリが使える魔法と云えば、固有スキルを筆頭に、自身に影響を及ぼす補助系魔法や、一部鑑定や魔力剣など、おおよそ魔導士とは言い難い魔法ばかりである。

 もちろんそれら魔法も制御や行使そのものに相当な魔法への理解と熟練が必要であはあるが、どちらかと云えば戦士系に分類されるそれらスキル群は、魔導士と名乗るにはいささか難があった。


 この世界で魔導士と云えば、手から火や風を起こし、氷や土を生み出すのが世間一般の常識である。またカオリの保有するスキルのほとんどが、この世界では失われたかあるいは秘匿された魔法なのだから、ベアトリスの驚きはごくごく自然は反応である。

 しかし、とロゼッタはカオリに代わって補足をする。


「カオリの才能は剣に留まらないわ、カオリであればすぐにでも魔法を行使出来るようになるし、魔導士の観点から魔法剣技を研究するのも、非常に有益な課題のはずよ、剣をもつから騎士科へと云うのが、そもそもカオリには適していなかったのよ」


 ゲームシステムに則ったレベル制とスキル制を正しく理解したロゼッタは、必要であれば魔法をいつでも覚えられる。自身も含めたカオリの能力をそう表現した。

 ロゼッタの場合は剣や体術で戦うことが稀なため、残念ながら戦士系のスキルは熟練度の観点から取得が難しいが、カオリであれば日常的に鑑定などで魔法の熟練度が溜まっているはずだと分析した。

 その事実を知らないベアトリスは最初は怪訝な表情ではあったが、ロゼッタのあまりに自信たっぷりなもの云いに、それが事実なのだと素直に受け入れ感心した。


「俗に云う天才とはカオリ様のような方のことをおっしゃるのでしょうね……、私など剣は元より魔法の適性もありませんので、将来的なこともあり政務科を選びましたが、カオリ様が選ぶ学科に悩まれたのも、今なら理解出来ます」


 失意とまではいかないが、それでも多才な人物への憧れを滲ませて、ベアトリスはカオリに羨望の眼差しを送る。


「……そう云えば魔法の適性ってなに?」

「は?」


 しかしカオリはそこで兼ねてからの疑問を口にしたことで、ロゼッタとベアトリスの二人は間抜けな声を発する。




「カオリ君が魔法科を選んだことは大変喜ばしいことではある。しかしどうやら王国および西大陸における魔術、または魔法適性などと云った基礎知識が足りないと云うことから、及ばずながら私が臨時で講義をさせてもらう」


 屋敷に帰宅したカオリ達は、即刻ササキの下を訪れ、件の疑問を含めた。この世界での魔法および魔術の基礎知識と一般常識を知るべく、ササキに相談をした。

 翌日から学園が休日と云うこともあり、今晩から明日にかけて、ササキが臨時で講義をすると宣言すれば、カオリ達は大いに喜んだ。


「まずカオリ君の疑問に答えよう、魔法適性についてだったね?」

「はい、そもそも魔法適性ってどう云う意味なんだろうって、だって魔法は修行をして魔力感知が出来れば、誰でも習得が出来るものだって思ってたので……」


 カオリの所感にササキはうんうんと理解を示す。


「私から意見を述べる前に、この件についてはまずロゼッタ君の知識を聞こうか、ロゼッタ君、この大陸で魔法を習得するためには、一般的にどのような手段を使うか、答えてはもらえないだろうか?」

「は、はいっ」


 ササキの指名にロゼッタは背筋を正して返事をする。


「まずは幼少より自身の中の魔力、そして空間に漂う魔力を感知する術を身に付けます。そしてそれら魔力を取り込み、練り上げることで魔法現象を体感して初めて、魔法に対する適性の有無を量ります」


 淀みなく答えるロゼッタに、ササキは大きくうなずいて肯定を示す。


「このことについて、まず補足説明を入れるが、そもそも人間には三つの段階を経て、魔術を行使していることを理解してほしいい、私はそれぞれを【魔力適性】【魔法適性】【魔術適性】と呼称している」


 指を三本示してササキは続ける。


「魔力適性は魔術の根本である魔力の感知能力のことを云うが、この大陸ではこの前段階を当たり前の能力と認識しているため、あまり聞くことはないだろうな」


 その説明にロゼッタも、後ろで講義を見守るビアンカやステラも同意を示す。


「そして肝心の魔法適性だが、魔法を行使出来ない人間にとって、ここが一つの高い壁となっている。つまり魔力を感知出来ても、魔力を自在に操る能力に乏しければ、魔法は絶対に使えないというのが、俗に云う『魔法適性がないから魔導士になれない』という認識の元となっている」


 自身の中に流れる魔力の奔流を感じながら、カオリはたしかにと納得する。こんなものはほとんど想像力の産物なのだから、何故出来るのかと聞かれても、適性があるから?としか答えようがないのだ。


「では魔術適性とはどう云った意味なのでしょう?」


 ビアンカが積極的に質問すれば、ササキはいい質問だと彼女に笑顔を向ける。


「そう、ここが肝心なところなのだが、一般的に魔導士が行使する魔法は術式化された魔術であるという分類になるのだが、そもそも魔法と云うものは物理現象に縛られない超自然的現象を指す言葉であって、魔法と魔術は同じ魔力を媒体とするものの、発生手段はまるで違うことを理解してほしい」


 全員から感嘆の声が漏れるのを聞きつつ、ササキはさらに説明を重ねる。


「つまり魔法適性がないからと云って、魔導士の道を諦めるものが多いが、そもそも魔力を感知出来た時点で、誰でも魔法そのものを発動することは可能であり、魔法が使えないと思い込んでいるもののほとんどは、術式化された複雑な魔術を、ただ理解出来ないから行使出来なかったに過ぎないと、私は考えているのだ」


 これにはカオリ以上に、この世界の魔法体系をよく知る三人の方が衝撃が大きかったのか、口元に手をあてて驚愕の表情を浮かべた。


「え~と、じゃあ魔法が使えないと思っちゃった人達は、魔法陣とか、術式を覚えらんないから、途中で諦めちゃっただけなんですか?」

「極端な話だが、ようはそう云うことだ。異民族の言葉や文字を、見て聞いて理解して初めて会話が出来るのと同じで、そもそも記憶力がなければ話にならんと云える」


 ササキの説明に納得するカオリだが、他の三人はやや疑問が残るらしく、おずおずと手を上げたビアンカに、ササキは視線を移す。


「しかし……、ロゼッタ様ほどではありませんが、私も初級魔法を使えます。ですが術式を諳んじたり、紙におこせと云われれば、私では……努力不足なのが現状です。それでも魔法……いえ魔術を行使出来るのはなぜなのでしょう?」


 もっともな意見にササキはより笑みを深める。


「そうだな、そこが魔法の奥が深い分野となって来る。――唐突だがこの世界には、物理法則とは別に魔法法則なるものが存在するとは聞いたことはないかね? これは恐らく学会の人間にしか通じない言葉だ」


 ササキの言葉にカオリを除く三人は首を振る。


「物理法則とは目に見える物理的な現象の理を示す言葉ではあるが、分かりやすい例えに、ものが地面に落下したり、水が蒸発して気体になったりが、日常的にも観測出来る物理法則の現象だろう、しかし魔法はそれら物理法則では説明出来ないいくつもの現象を自在に引き起こす力があるのは理解出来るかね?」


 ササキの問いかけにロゼッタはやや考えてから発言する。


「そう云えば、過去に王立魔法研究所で、魔法で生み出した水を兵士の補給物資と出来ないか、実験された記録を読んだことがあります。結果では水を維持する魔力が足りずに、水筒の水が消えてなくなったとあり、皆で『なにを当たり前のことを』と笑い話になった記憶がございます……」


 ロゼッタの話に、二人も記憶があるのかうなずいた。


「そこから分かる通り、魔法で生み出した水はもちろん、土や火なども、魔力がなくなれば消滅するが、そもそも水は蒸発しない限りは、魔力の有無に関わらず移動することはないはずだ。つまり魔法というものは、物理現象とは別の理でもって、独自の法則に則った現象だと結論付けられる」


 そう結論付けてから、ササキは先の話題に立ち返る。


「そこから考えられるに、人間は紙に描いた陣や術式を、脳で記憶するのではなく、魂あるいは肉体に流れる魔力回路で記憶しているのではないかと考えられる。であれば術式を詳細に記憶せずとも、同じ魔術を行使出来る理由になるだろう、脳で記憶するのが物理法則だとすれば、術式を記憶するのは魔法法則なのだからとな、……まあこれはあくまで私の個人的な意見に過ぎんがな」

「いえ、非常に説得力のある解釈だと思われます」


 ササキの解説にロゼッタは大いに同意を示す。

 この世界の慣習的な一般常識とは外れるものの、結果論を繋ぎ合わせた推論には納得出来る要素が多く、他の二人も同様になんどもうなずいた。


「魔導書や魔法図に描かれた魔法陣に魔力を通すことで現象を観測し、魔法陣に流れる魔力の経路を記憶することで自身の中に術式を刻む行為が、この大陸では慣習となった魔術の習得方法だとすれば、魔力があってもそれを動かすことが出来なければ、自分には魔法が使えないと勘違いするのは必然と云えよう、――これが結論、『魔法適性がない』と思われる原因ではないかと私は考えている」


 説明を終えたササキに、余人の娘達から小さく拍手が寄せられる。

 ササキの説明を元にゲームシステム考えるのであれば、戦士系は主に肉体の強度や運動能力に重きをおいたレベル上昇で能力を向上させていき、導士系は術式記憶域の拡張や魔力保有量などへ適応していくと考えられる。


「身体強化なんかの魔法って、血流や筋力の上昇でもって肉体を強化する魔法ですけど、そもそも人の身体なんて人によって違いますし、決まった規格の術式では発動が出来ない、逆に云えば無理な強化は肉体への負荷が大きいから、身体の弱い導士系の人には、発動する前に自己防衛機能が働くんですね」


 ゆえに戦士系の人間が使うスキルは、魔術ではなく魔法なのだと、カオリなりに理解を口にする。


「術式に則った魔術を行使するのとは違い、自身に影響を及ぼす魔法には、『こうなりたい』と云う強い想いと想像力が必要だ。その分規格に収まらない自由な現象を魔法として発動出来る。身も蓋もない言い方になるが、魔法に必要なのは行使者の強い想い、ただその一点だ。それ以上のことは日々の努力と研鑽で如何様にも成長させることが出来るはずだ」


 その日の夜はここまでと、皆はそれぞれの部屋へ解散となった。


 休息日、カオリは庭の草地に座した姿勢で、じっと瞑想をしていた。

 昨晩のササキの臨時講義を受け、魔法法則と云うものに則った。新たな技の開発が出来ないかと考えたのだ。

 そこにはロゼッタとビアンカの両名の姿もあり、二人にとっても昨晩の講義が影響を及ぼしたものだと思える。

 ビアンカの戦闘方法は騎士としては至って普遍的なもので、牽制として低級魔法は発動速度をより速め、主に身体強化をより自在に行使することで精度を高める方針である。


 これは恐らくほとんどが知られていない事実だが、ビアンカの行使出来る身体強化の魔術は、万人でも使える効果の低いもので、筋繊維の断裂や血管の破裂などの自壊を防ぐために、幾重にも制御機能を盛り込んだ安全な魔術である。

 騎士団では入隊初期にそれら補助系魔術を教え、能力の底上げをおこなって来た。低級の魔術しか使えなかったビアンカが、習得するには丁度いい魔術だったのだろう。


 一方、ロゼッタは剣術はあくまで身を守る手段としつつ、魔術の精度を高めるために、魔法と云う自由な要素を取り入れる試みをしていた。

 既存の魔術の術式に捕らわれない、自身に合った魔法の在り方を、それぞれが試行錯誤している段階である。

 これで新たな境地に至ることが出来れば、戦士として、導士として、より一歩進んだ存在になれると、三人は嬉々とした様子で思い思いの時間を過ごしていた。

 昼前の時刻になり、息を整えたビアンカが、そろそろ休憩をと提案し、カオリとロゼッタがそれに応じると、丁度よくそこへステラが茶をもって三人に声をかけた。


「昨晩のササキ様の教えにより、一層の努力が必要だと痛感いたしました。しかしやはりカオリ様の修行方法は我々とは別の域にあるのだなと思います」


 折り目正しく茶器をかたむけるビアンカが、カオリの瞑想に興味を抱いている様子でそう語る。


「私は魔術を使いませんから、いっそのこと魔法で自分に合った成長が出来ればって思って……、まずは身体に流れる魔力を完全に制御出来るか試していました」


 座禅から始り、様々な居合いの構えにて、魔力がどのように身体を巡るのかを知り、さらに魔力が身体に及ぼす僅かな変化をも感じとり、それを自在に操る術を探っていたとカオリは言いたかった。


「それは言葉で云うよりも難しそうね。一流の魔術師でも、術式化されていない現象を発現し新たに魔法を開発するなんて聞いたことがないわ、大体は既存の術式を組み合わせて、なるべく自分にあったものを組み上げるだけだもの」


 ロゼッタもササキより【創造の魔導書(クレアシオングリモア)】を与えられて以降、積極的に魔術開発に精を出しているが、それは既存の魔術式をたんに組み合わせるだけのものであるのだ。

 カオリのやろうとしていることが如何に難しいかを語るロゼッタだが、昨晩のササキの説明を聞いただけなら、カオリならばなんだか出来そうな気がするのだから不思議であると感じた。


「現象そのものを想像して、魔法として創造する。物理法則に縛られない超常の力を自在に操り、それを我が力とする。ササキ様がおっしゃられた魔法の本質は、つまりそう云うことになりますからね」


 魔法が当たり前に存在するからこそ生じる常識という壁を打ち破り、自由な発想で空想を現実のものとするなど、この世界の住民にはあまりに突飛な考えに映る。

 しかし、古代の先人達によって伝えられた既存の魔術も、元を正せば誰かが生み出した魔法を、術式化と云う技法によって後世に残したものに過ぎないのだと、ロゼッタもビアンカも改めて理解したのだ。


「例えば見えないものを斬る技とか、斬れないものを斬る力とか、もっともっと自由に考えてもいいんじゃないかな~ってさ」

「斬ることからは離れないのね……」


 カオリの刀への異常な執着を再認識し、ロゼッタは苦笑する。

 カオリはすでに概念攻撃と云う本人もよく分かっていない技術を会得してはいるものの、その技の使い所を掴み兼ねているのが本音である。


 手に剣を持たずとも、相手に斬ったと錯覚させるか、斬りづらいものも斬れたりと、なにかと重宝してはいるが、どうにも技として不確定要素がある気がしているとカオリは感じた。

 思い出すのは不死の暗殺者の娘、リジェネレータと斬り結んだ時の感覚である。本人は不死身で負傷しても即治療される身体であると語り、事実カオリがつけた刀傷も瞬く間に治ってしまったが、その直後に、カオリは直せない傷を与えることが出来たのだ。


 あの当時は、絶対に斬る。と云う想いのままに刀を振り、その結果として不死の身体に傷を与えることに成功したが、実のところあれも結果論に過ぎなかった。

 あの場では相手を驚かせるつもりで意気揚々と嘯いて見せたが、本当は斬った本人が一番驚いていたのは内緒である。

 しかし昨晩の講義によって、カオリが無意識で編み出した概念攻撃が、独自の魔法であるという確証を得て、ならばそれをより一層進化させることが出来ないかと考えたのだ。


(もし時空を斬ったり出来れば、世界の壁を切り開いたり出来るかもだし、強くなる以上に魔法をもっと理解すれば、この世界のことも、元の世界に帰る方法も見付かるかもしれないし……)


 斬るのはあくまでカオリの趣味としつつ、その切っ先に見るのは切望した未来の在り方である。

 この世界で生き残り、よりよい未来を目指すにせよ、それらを残して地球の家族の下へ帰るにせよ、今よりももっと成長しなければとカオリは考えた。


 鯉口を切った刀身に、太陽の光が眩しく反射し、カオリは目を細めたのだった。


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