表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/74

( 初心表明 )

「またお世話になります」

「いやぁ、まさか冒険者として身を立てて、すぐに開拓団の募集だなんてね。正直驚いたよ」


 返事をしたのはアデル、冒険者組合に依頼の張り紙をして、最初に喰いついたのが、アデル率いる【赤熱の鉄剣】だった。


「開拓団になるわけじゃないが、何か手伝えるならと思ってね」


 カオリは手始めに、無知を笑われることを覚悟の上で、一見無謀ともとれる。開拓団の募集依頼を掲載した。

 内容は以下の通り。


 ――ハイゼル平原北部の亡村復興事業にさいする。調査人員および開拓民の募集、報酬は調査期間中に討伐した。魔物の素材を嬢渡、なお期間中の食費は当方が負担――


 そこへさらにいくつかの条件も追加した。

 開拓に詳しく助言が出来、レベルの貴賎なく魔物との戦闘も可能で、出来れば、文字や計算に関しても教えを請える人物、以上の三つである。

 カオリとアンリとアキの三人で考え、初めは条件を絞り、自分達の準備を整え、後々に本格的な募集をしようと計画した。いわば手始めの初心表明、あるいは宣伝である。こうしておけば少なくとも、カオリ達の噂が広まるだろうと考えたからだ。


「文字や計算はレオルド以外が教えられる。開拓に関してもオンドールが詳しいし、もちろん戦闘も出来るしね」


 本来こういった募集は、街の掲示板や各商業関連の組合に出すものだが、カオリは他の組織に伝手がないことと、冒険者である自分に関係深い人物を求めたがゆえの選択だった。また同じ冒険者なら、お金を稼ぎながら教えを請えると考えたことが大きい。

 意図したわけではないが、【赤熱の鉄剣】はそういった観点から、カオリ達にとって理想の人物達だった。

 出会った初日に、アデルから言われた縁というものを、カオリは強く感じた。


「あそこはたしか、帝国と王国の緩衝地帯で、税も取られない、よほど発展した街でもなければ、両国も衝突を恐れて領有を主張しづらかろう」


 そう言うのは年長のオンドールである。


(ササキさんはそれを知ってて、あそこにギルドホームを設定したのかな? もちろん知ってるよね? 今度聞いてみよう)


 疑うわけではないが、ササキのこの世界の知識量を思えば、何かしら理由や目的があっての行動だと推察出来る。


(まさか最終的には私の拠点が、帝国と王国の抑止力になったり? ありえるなぁ~、でも放置ってことはないよね? どうだろ~)


 今更あの旧村跡でよかったのかと考えるカオリ、だがそもそも、あそこでなければ、アンリとテムリの村を復興しようという目的から外れてしまう、カオリは思考を一旦保留にする。


「それにしても犬の嬢ちゃん、お前さんのレベルには驚いたぜ、その若さで十五レベルってのはそう居ないぜ? それとも長命種で、実際は年寄りとかか?」

「レオルド、女性に年齢は失礼だぞ」


 無遠慮なレオルドを叱責するイスタル、相変わらずだ。


「犬ではありませんっ! 私はれっきとした狛犬で――」

「こ、故郷が一緒で、アキは武家の出なのでぇ、強いのかな? 家が近所で幼馴染だから、としは一緒くらいかなぁ~」


 慌てて誤魔化すカオリ、としも何も、アキは生後五日の生まれたてである。ちょっとした会話から齟齬が出ないように、設定をもっと念入りに練ろうと、胸に強く留める。

 エイマンを出発した一行はまっすぐ旧村跡に進路を取る。

 ウォーウルフにスカルレイブン、たまにゴブリンやオーガと、カオリとアキの二人と、アデルパーティーを加え、道中での危険はほぼなく、ただし素材集めのための最低限の戦闘を挟みつつ、一行は旧村跡に到着する。


「ありふれたこととはいえ、嘆かわしいものだ……」


 家財もなく、すっかり寂れた村跡を一望し、オンドールは呟く。


「彼は元々、没落した貴族に長く使えた騎士でね。開拓に詳しいのもそのあたりが関係してるんだ」


 オンドールに聞こえないように、小声でカオリに教えるアデル、思わぬところでオンドールの過去に触れたカオリだが、カオリは他のことが気になった。


「騎士がどうして開拓に詳しくなるんですか?」

「ん? あ~カオリさんは領地経営とか、知らないのかな?」


 冒険者組合ではカオリは、もっぱら貴族の令嬢と噂なので、アデルはすっかり貴族の常識も、心得があるだろうと思い込んでいた。カオリからしてみれば騎士は軍人という認識なのだが、騎士もれっきとした貴族なのだから、まずはそこからして食い違っていた。

 さらに細かく言えば、貴族が領地の街や集落から、税を取り立てることは知っていても、そもそも税収を見込んで、自ら都市や集落や農地を開拓するということまで知らなかったのだが、そこは現代の若ものゆえか、ストラテジー系のゲームをやっていても、その意義や楽しみ方は人それぞれである。


「基本的に未開の地を開拓したものには、その土地から税を取る権利が認められる。その場合開拓者にその権利を保証するのが国であり、その庇護を受けたものは貴族と認められるんだ―― よな?」


 細かいことは省略し、簡潔に説明するアデル、自身も貴族制度に詳しくないため、間違いがないか思い出しながらではあるが、カオリが素直に聞き入るので、焦って考え込む。


「今時は、貴族と認められ、領主貴族の後援を受けて、領地を分け与えられることの方が多いがな、まあその場合も結局は開拓しないことには、碌に税も集まらぬが―― 何を隠れて話しているかと思えば、私の過去の暴露か? 趣味が悪いぞ」


 悪びれなく肩をすくめるアデル、オンドールもとくに気にした風ではないが、カオリは慌てて頭を下げる。


「す、すいません、私が気になって聞いたんです」


 オンドールはカオリに頭を上げさせる。


「ここでは正確には復興だからな、家もあり荘園もある。人が集まればそう難しいこともない、鍛冶職人に農夫に、狩人は君達が兼業出来るとして、それらを当分食べさせる食料、森の安全の確保と柵や塀の補強が優先か、やることは多いか……」


 少し遠い目をするオンドール、思い出すのはかつての自分か。


「開拓といっても、騎士の身分での仕事は警邏と監督だが、それでも資材の運搬の手伝いもした。盗賊退治は得意だったが、畑の境界争いの仲介は、手に余ったものだ。ハハハッ」


 オンドールは見尻の皺を深くして快活に笑う、年相応の苦労を経験したこの壮齢の男は、今のカオリにとって頼もしい存在だった。


「カオリ様! 昼食の準備が出来ました!」

「はぁーい」


 返事をするカオリに続き、アデルとオンドールも後を追う。

 イスタルとアキが協同で作った昼食を皆で囲んだ席で、一人の開拓経験者として、オンドールは話を切り出す。


「開拓はとにかく資金がかかる。だがそれを地道に貯めていたんじゃ、開拓に乗り出すのはいつになるか分からん、カオリ君は資金提供者を見付けることから始めるべきだな」

「……そんなにお金がかかるものなんですか?」


 オンドールの助言に、カオリは疑問でかえす。

 冒険者を初めて一ヶ月弱、当初の資金難が懐かしく感じられるようになったのに、今度は開拓資金という、想像も出来ない額の資金繰りが、カオリに不安を抱かせる。


「たしかに開拓民が沢山集まり、それぞれ共同で仕事にあたれば、資金もだいぶ抑えられるだろうが、潤沢な資金があれば、農具や釘に鍋や刃物といった消耗品を買えるし、そもそもそれらを造る鍛冶士を雇える。同じ理由で、建築や土木のための大工や人夫を雇えれば、村の体裁はすぐに整えられる。後は魔物や野盗から村を守る傭兵や、冒険者を雇うための金も必要だな」


 なるほど~と感嘆するカオリに、オンドールは続ける。


「だがまず考えてほしいのが、カオリ君がどうしたいか? これが一番重要だ」

「? 村を復興したいってだけじゃ駄目なんですか?」


 オンドールの意図が読めず、思わず問いかえすカオリ。


「それは結果だろう? 目標や強い動機があった上に、村を復興しようと思い至ったなら、そこには何かしら、カオリ君なりに具体的な構想があって然るべきだと、私は言いたいのだよ」


 カオリ以外の面々も黙って聞いていた。オンドールの言葉の意味を理解しようと、皆真剣に考えたのだ。

 目標や目的のない仕事に人は耐えられない、だがあれもこれもと手を出せば、何もかもが中途半端な出来になるのは目に見えている。  

 元傭兵が開拓した村は防衛に力を注ぎ、商人が興した中継地は交易が盛んに、教会が関与した場所は学業や医療が発達し、貴族の領内であれば税収を見込んだ大きな農地が目立つ、どんな場所であれ、そこに人が集まれば、共同体としての目標が必要なのだ。

 アンリとテムリに故郷を、自分のためにこの世界で生きる力を、きっかけは些細だが、そこでも夢や希望を持ちながら、確実に目前の現実に対し、具体的な指標の下行動していかなければならない、ササキが言った考える時間とは、このことだったのではないか? カオリはそう思うのだった。


「頑丈な壁でよ、村を囲ったらどうだ? 強いのがいいだろ?」

「石材や土盛りにどれだけ時間がかかると? 教育こそ要です」

「税がかからないなら農地を広げて、大農場を目指すのもいいな」

「帝国と王国の鼻先に餌を撒いてどうする。目立たないのがいい」


 思い思いに意見を出し合う【赤熱の鉄剣】パーティー、皆カオリの依頼に同行しただけの冒険者なのに、かなり積極的に考えてくれていることに、カオリは申し訳ないと同時に、ありがたく思う。


(考えること、調べなきゃならいことが多いや、私一人じゃ考えきれないかなぁ、アキとササキさんに意見を聞いて、アンリに今までの村の様子を聞かなきゃだし、やること多いなぁ……)


 まさか自分が異世界で村を開拓することになるとは、つゆとも思わなかったカオリだが、守りたい家族がいて、支えてくれる人達がいる。自分がやらねばと決意を新たにする。

 夜、カオリはアキに起こされ目を覚ました。


「カオリ様、夜分に申し訳ありません、ですが北塔王殿が来られています。お会いになられますか?」


 見張りの交代の順番から見て、アキが見張りに立つ時を見計らって訪れたのか、あるいは遠くからずっと監視していたのか、アデル達に会う気はないのだろう、カオリは無言で頷き、静かに移動した。

 ギルドホームの広間に、彫像のように佇む黒い甲冑姿をカオリは認め、相変わらずその偉容に感嘆する。絵に描いたような、そんな言葉が思い起こされる。


「ギルドホームは遮音性、防魔性があるので、外から盗み聞きされる心配は基本的にない、ではこの前の話の続きを、まずギルドホームの有用性から話そう」


 ササキは単刀直入に切り出す。

 世間話が苦手なのかもしれない、それともたんに無駄を嫌うのか、彼の性格が表れているようで、カオリは胸中でこの男の本心を読み解こうと、注意して耳を傾ける。


「まずギルドホーム設定に伴って、守護者という高い実用性の配下が手に入るということは実感したかな? ならば次に生産系の有用性も無視出来ない要素となる」

「生産ですか?」


 そうだ。とササキは頷く。


「はっきり言ってしまえば、ギルドホームを拡張していけば、都市単位の人口を養うことは容易い、優れた製造施設に豊過ぎる生産施設、どれもこの世界では神の恵みに匹敵するものだ」


 到底信じられないが、この男が言うなら何故か納得出来る。隣でアキも大きくうなずいていた。


「至高なる創造主であられるカオリ様には、それらを使って下賤の民に楽園をもたらすことなど容易、ゆえに貴きお方なのです」


 一泊おいてササキは語る。


「ゲームシステムに則って、食料や資材、武器や軍隊まで膨大に増殖出来る。だがもちろん拡張には魔金貨が消費される。そして魔金貨はこの世界のものを換金することでしか手に入らん、なので最終的には換金用に産業を興すのが効率的だろう」

「換金率みたいなのはあるんですか?」

「良い質問だ。私の実験では武器や防具類は換金率の割にコストがかかり過ぎる。むしろ嗜好品が換金率が高く、生産も難しくない、酒や煙草、茶や珈琲などだな、ちなみに我が国では魔道具類を主に生産している。調理道具にアクセサリー類も中にはあるな」


 続けて提示される情報を、カオリは何とか整理する。

 お金がなければ人が雇えず食料も買えない、人がいなければお金も稼げず食料も生産出来ない、頭の痛くなる課題である。


「手段も情報も援助することは可能だ。なんなら資金も援助しよう、もちろん不信に思われない形に偽装してだ。だが一番重要なのが、君自身が何のためにどんな形を望むのかだ」


 奇しくもオンドールと同じことを問いかけるササキ、それほど自らの意思というものが重要であるのだと、カオリは考えさせられる。


「……君にはまだ難しい上に、早過ぎるかもしれんが、行動すること、考えることは、等しくトップに求められることだ」


 親切心からなのか心配しているのか、カオリを気遣うように言葉を選ぶササキ、そこにカオリ達を貶めようという感情は見えない、といっても兜により表情など元より見えないが、声音や仕草だけでカオリはそう判断した。案外相手の顔が見えない方が、相手の感情表現に敏感になるのかもしれない、彼は自分を純粋に助けようとしている。少なくとも今は。

 カオリは深く溜息を吐く、疲れからではない、一呼吸おいて考えを整理したかったのだ。


(アンリとテムリが安心して、豊かな暮らしが送れる場所、そう思うと日本での暮らしって凄いんだなぁ、あそこまでではなくても、安全で飢えのないように……、軍事力と生産力? いや考えるのは方法じゃなくて、私の意思? 難し過ぎる……)


「すぐに答えを出す必要はない、ゆっくり考えればいい、ギルドホームはカオリ君のこの世界における活動を、盤石にする力がある。十分に留意して活用してほしい」


 去る間際に、ササキはアキにあるものを手渡した。

 黒い鎖に繋がれた黒い飾り、ペンダントタイプの首飾りだ。


「任意の相手にメッセージを送れ、かつ緊急時に転移出来る魔道具だ。首飾りなのでそのまま身に付けて、魔力を流しながら念じればいい、私と直接連絡が取れるようにな、聞きたいことがあれば使ってくれ」


 前回同様、ササキはあっさり姿を消す。


「前も思ったけど、ササキさんはどうやって移動しているの?」


 カオリの素朴な疑問に、何やら魔道具を念入りに調べているアキが答える。


「? そう言えばお話していませんでした。転移魔法の一種でしょう、またギルドメンバーであればギルド章を使い、ギルドホームに直接転移することも可能です。現在はギルドの徽章を設定していませんし、ギルド章を作成するにも魔金貨が必要ですので、残念ながら我々は使用出来ませんが……」


 なるほどと思うカオリ、出来れば早く教えて欲しかったが、どちらにせよ魔金貨を手に入れなければ作れないなら、先にそちらに着手せねばならない、思うようにいかないものだ。

 ササキの助言とアキの存在は、ようは攻略本を見ながらの最短攻略である。目的地の情報が分かるなら、無駄な考察や研究に費やす時間を短縮出来る。

 ササキは急いでいるわけではないが、なるべく早くカオリが安全に自立出来るように、取り計らっているのだろうと解釈する。


「さっきから何してるの?」


 先程から首飾りをためつすがめつ、何やらいじっているアキ。


「北塔王殿からいただいた魔道具に、危険がないか調べています。そのために北塔王殿も私に渡したのでしょう、――大丈夫です呪いの類はありません、ですが念のため、緊急時以外の使用は控えて下さい」


 用心深過ぎるとカオリは感じるが、アキからすれば当然の処置である。このあたりでもアキの存在はありがたいものだ。

 余談であるが、某オンラインゲームでは、PK(プレイヤーキル)が盛んに行われていた。その仕様上から罠系魔術が多く存在し、幾重にも重ねられた情報戦が、裏側で日々激戦を繰り広げられていたのである。

 設置型、付呪型、展開型、用途としては、攻撃に撹乱に索敵と種類も豊富で、発動条件も接触に使用に反転にと様々だ。

 調べればダメージが発生したり、索敵をすればモンスターを送り込んだり、使用すればステータス異常が発生したり、プレイヤーを相手取る場合はそういった罠に対して備え、対抗手段を用意することがあたり前となり、運営もそうした情報戦を推奨したことで、ガチ勢と呼ばれる層を増長させることに拍車をかけた。

 規制のかかった既存の街にホームを設定し、冒険をし、魔物を倒して得た素材で、理想のキャラを創り、パーティーでゲームを楽しむ層と、フィールドに出て自ら防衛し、ギルドホームを自由に拡張する層を分ける最大の要因がここに在った。

 運営の思惑としては、そうすることで本来戦闘に不向きな職人系や盗賊系スキル保持者が、活躍する機会を増やす狙いがあったので、全体としては受け入れられた仕様ではあるが、やはりその効果から恐れられ、廃人優遇と揶揄され、ライトユーザーを逃した要因ともなった。

 知らぬ間にステータスおよびパーティー構成を調べられ、手も足も出せぬまま一方的に全滅し、所持品を全て奪われるなどといった被害に見舞われれば、誰だって警戒するようになるものだ。

 もっとも、そういったPKプレイヤーの情報はすぐに出回り、討伐隊が組まれるのだから、一概に有利とも言えないが。

 あの仕様がこの世界に適用されていると想定した場合、アキが言わずとも警戒し、丹念に調べるのは当然と言える。


「でもあの強そうなササキさんが、わざわざそんな回りくどい手を使うのも変だし、警戒し過ぎるのもなぁ」


 カオリは呑気な構えである。


「いいえ、カオリ様、だからこそ当然の備えが出来る姿勢を見せるべきなのです。協力者が余りに無能であるなら、切り捨てる判断を下しても不思議ではありません、悔しいですが、かの北塔王と我らとでは、組織力や地力で開きがあるのは事実、ここで援助や協力を得られないとなれば、この先目標達成を成すのに、どれほどの労力と時間を費やすか……、不本意ながら、在る程度の期待には応えるべきかと」


 アキの言葉に、カオリは素直に納得した。


(ほえ~、私じゃそこまで考えられないや、アキがいてくれればこの先も勉強になるし、ホントよかったなぁ)


「ありがとうアキ、これからもよろしくね」


 アキから首飾りを受け取り、カオリは屈託なく笑う。


「カオリ様っ、はい! このアキ、生涯をカオリ様に捧げます!」


 大げさに反応するアキに、カオリは苦笑いで返した。まだまだこの大仰な忠誠には慣れないカオリである。

 翌朝、日の出と共に村を出発したカオリ達とアデル達は、日中は狩と移動をし、休憩や夜の時間を利用して、この世界の読み書きの訓練を受けながら、エイマン城砦都市に戻った。




「――では報告します」


 この一月半ですっかりなじんだ宿の一室、カオリは報告会と称して、近況報告をし合うため、アンリとテムリとアキの三人に向けて、厳かに切り出した。


「私とテムリは今まで通り、お店の手伝いをしながら、読み書きとか算術の基礎を教わって、私は薬草の煎じ方を、テムリも宿のサービスの一環で、武器や道具や旅装の手入れや手直しを覚えたの、カオリお姉ちゃん」


 にっこりと笑う姉弟。


「すごいっ! 二人はやっぱり偉いねぇっ! アンリも覚えるのが速いし、テムリも手先が器用でもう立派に仕事が出来るようになるなんて、とっても頼りになるよぉ~!」

「アンリ様にテムリ様も、とても賢く多才であられるっ! このアキ感動の極みです。さすがはご姉弟、そろって将来に大いな可能性を秘めていらっしゃるっ!」


 可愛らしくも健気な姉弟の働きに、カオリもアキも揃って感涙せんばかりに驚き、褒めそやす。とくに今回はテムリも新たな才能を見せたのだ。カオリの喜びもひとしおである。


「ねえちゃんが村の外にいってるときに、村のおっちゃんたちにいっぱいおしえてもらったんだよっ! それをてんちょーのおっちゃんに言ったら、やってもいいってっ!」


 自慢げに話すテムリをカオリは力いっぱい抱き締めた。


「えらいえらい! テムリはとっても器用ですごいねっ!」

「カオリねえ、苦しいよ~」


 二人の様子をニコニコしながら見守るアンリとアキの二人、二人も初顔合わせから日が浅いが、家族を想う気持ちが通じ合い、すぐに意気投合した。


「なら次は私達の番かな」


 テムリを離し、カオリは二人に向き直る。


「冒険者の【赤熱の鉄剣】の人達に協力してもらって、村の様子を見てもらったんだけど、人を雇ったり募集したりすれば、復興は問題ないって言ってもらえて、まずは最低限の資金調達のために、しばらく活動していくことになったの、まだまだ決めなきゃならないことは多いけど、少しづつ解決していけば、私達でも絶対叶えられるって分かったから、二人とも安心してねっ!」

「カオリ様の聡明さと、私のお力添え、そして何よりご姉弟のお支えがあれば、不可能などありえません!」


 勢い込んで言うカオリに、アキも同調する。

 カオリにアキと姉弟の四人の生活費以上に、カオリ達には資金が必要だ。それも半端な額ではない、それこそ数十人を養い、物資を調達する潤沢な資金である。

 アデル達の意見を参考に話し合い、カオリは上級冒険者を目指し、ゆくゆくは高収入の依頼で資金を稼ぐという、一見地味だが堅実な方法で方針を固めた。

 また希少な魔物の素材があれば、ササキもとい北塔王が魔金貨へと換金出来ることも、前の開墾で話題に出していたので、ギルドホームの存在は世間には秘匿すべし、というササキの忠告を守りつつ、ギルドホームの拡充と村の復興を両立するのであれば、冒険者の立場は打って付けである。

 これが国家機関、例えば兵士や役人になる。あるいは貴族から資金提供を受けるなどすれば、必然的に資金の使用用途を見咎められる。

 そもそもあの村は国に属さぬいわば未開の村だ。まずもってどこの馬の骨とも知れぬ小娘に、両国間の微妙な位置にある村の復興に、資金を出すものがいるというのか、さすがのカオリもいい加減にそのあたりの難しさが分かるというもの。




 翌日、カオリ達は休養を取る事にした。一応依頼完遂後の翌日は、休養を取ると決めていたので、これはいつもの習慣である。

 別に冒険者の仕事は、一日中働き詰めるような業種ではないが、それでも移動に野営に戦闘にと、気を張らなければならない時間は長い、なので完全に油断出来る時間となると、安全な都市の宿屋で過す時間が、今のカオリにとって一番疲れを取れるひとときなのだ。

 もちろん休養日といっても、装備の点検や消耗品の買い足しと、やっておかなければならないことはある。だが今はアキがそれらを率先して引き受けてくれるので、(当然の事ながら、主人を働かせることに断固反対したアキが、自ら強く申し出たことである) カオリとしては素直に甘えさせてもらっていた。

 もはや習慣となった日の出の起床後、カオリは宿の主人に一日分の洗い場と釜戸の使用料を払い、洗い場に足を運ぶ。

 眠気眼を冷たい井戸水で洗い、口をゆすいで歯磨きもどきも済ませる。もどきと云ったのは、別に意味のない行動をしているからではなく、たんにカオリ目線からみて、文明的に違う理論での方法がこの世界で取られているからであって、虫歯予防の観点でみれば、十分効果がある方法だ。

 カオリがこの世界で、歯ブラシと呼べるものが普及していることに驚いたのは、けっこう早い段階であった。エイマン城砦都市の市場で、どう見ても歯ブラシにしか見えないその道具を見付け、即決で買い込んだのは言うまでもない。

 地球の古代史では、木片や小枝、あるいは布で歯を擦り、歯垢をこそぎ落とす方法が取られていた。そして時代が進み、動物を焼いた灰や自然食材を利用した研磨剤に、剥いだ毛をブラシ代わりに使用した記録が残っている。日本では房楊枝を使用していた歴史があるが、それは木工技術や竹の利用が盛んだった日本らしい文化と云えるだろう。

 だがこの世界には、歯ブラシとさらには歯磨き剤まで存在した。聞いたところによると、目に見えない魔物が口内あるいは体内で増殖することで、人体に様々な悪影響を及ぼすと信じられたことから、人体へもっとも侵入しやすい口内を清潔にすることで、病や悪臭を防ぐことが出来ると認識されているらしかった。

 細菌学が発展していないこの世界で、どうして目に見えないものが受け入れられたのかについては、魔力という目に見えない力の存在、ひいては魔力の影響で生まれた魔物が、実際に跋扈しているということが背景にあった。

 目に見えないほどに小さく擬態した魔物を、自分の手でやっつけてしまえ、恐らくそんな謳い文句で、この世界の人間達は教育を施されたのだろうとカオリは想像し、頬を緩めた。

 一乙女として、清潔には人一倍気を遣うカオリである。理由がどうあれ、体臭や口臭に悪臭が混ざることは耐えられない、今日もカオリは嬉々として、念入りに身嗜みにたっぷり時間を費やすのだった。

 ちなみに悪臭といえば、ゴミの処理や汚水対策でも、当初は大いに驚いたことをカオリは思い出す。

 一般ゴミや生ゴミの集積、上下水道を利用した清潔な水事情は、現代人のカオリをして驚かされてばかりだ。もちろん技術的不足から、この宿屋のように上水については井戸を利用することは多いが、それでも汚水を流す下水の存在は、衛生面に劇的な効果をもたらすものだ。

 村の復興が進んだ暁には、是が非でもこの技術を導入し、さらには風呂文化も根付かせたいと、カオリは強く想うのだった。


「文明的なことについては、目標を立てやすいんだけどな~」


 ササキやオンドールから言われた。カオリ自身の意思、村をどんな風にしたいか、その具体的な構想が、まだ自分の中で形をなさないことで、カオリは大いに考えさせられていた。


「どうしたのカオリお姉ちゃん、何か悩み事?」

「ん~、私達の村の事について、ちょっとね」


 隣に並んで洗い物を始めたのはアンリだった。カオリより早く起き、食事の用意や身支度を終えてしまう彼女は、食事が終わったことで、こうして昨夜から溜まった食器や衣類を、朝の内に洗うことで、水の節約を心掛けていた。


「温水設備とかって、この国にはあるの?」


 何気ないカオリの質問に、アンリは可愛らしく小首をかしげる。


「貴族様のお屋敷とかなら、熱いお湯をいつでも使えるって聞いたことがあるけど、それのこと?」

「それって魔法で出来るもの?」

「うーん、分からないけど、魔道具じゃないかな、じゃないと魔導士様がずっと水を温めるなんて、すっごいお金がかかりそうだし、もったいない気がするし……」


 アンリの見解に納得するカオリ、そういうことに魔石が消費されているなら、日々仕事で魔物を倒して魔石を収集している身としては、需要と供給のバランスから納得出来る利用法である。


「ということは、魔道具の作り方さえ分かれば、魔石を自分達で集めて、自作することも不可能じゃないかもしれない」


 言葉にして、カオリは今使っている。歯ブラシに視線を向ける。

 というのも実はこの歯ブラシも、魔物の素材から作られていたからだ。柄は木製だが、毛の部分はウォーウルフの毛が利用されていた。教えられてはじめて、そういえばこのプラスチック繊維に近い手触りと強度は、あの魔物の堅い毛とよく似ていると、カオリは合点がいった。

 魔物をたんなる脅威と取るのではなく、文明に利用出来る資源として見れば、なるほど冒険者という業種が、文明社会にどれほど貢献しているのかが見えてくる。

 カオリが冒険者としてあれば、村の防衛や資源確保の観点で、村に特色を持たせることが出来るのではないか? カオリは漠然としながらも、その観点から村の未来の姿を想像した。


(――冒険者の街、なんて面白そうかも……)


 それは一つの閃きである。

 具体的な実現方法は分からないが、それでも、意味のある構想ではないか? カオリは僅かに胸を高鳴らせた。


「まあ、実際に手を付けてみないと、出来るかどうかなんて分かんないし、今悩んだってしょうがないよね~」


 夢を見るくらいは自由であるが、夢ばかりを見ていては、足元が覚束なくなる。カオリはそんなことを考えながら、口をゆすいだ水を、汚水枡に吐きだした。




 カオリは別に、身体を動かしていないと落ち着かない性分、というわけではない、個人商店の建ち並ぶ商業区画に足を運んだのは、たんに休養日という一日の暇を持て余したからに過ぎない、また街の様子を眺めれば、何か学べることがあるのではないか、そんな打算が働いたためだ。

 宿で勉強や読書にふけるという方法も考えたが、別に朝から根を詰めてやることでもないと、カオリは羽を伸ばす意味も込めて、街を呑気に散歩することにしたのだ。


「カオリ様、何かお買い求めになる商品があるのですか?」


 カオリに問いかけたのはアキだ。朝の習慣を終え、装備の点検なども早々に終わらせた彼女は、基本的にカオリが指示を出さない限り、自分のために時間を使うということをしない、なのでカオリが外へ出るといえば、当然のようについて来た。


「別にないけど、面白そうなものがあったら買うかも」


 やる気のないそんな返事でも、アキが不満を言うことはない、そもそも特に理由もなく帯同を決めたのはアキである。意味のない散策に不満があるなら、最初に聞いて自分で判断すればいいと、カオリは無責任に考えていた。

 女の子のウィンドウショッピングといえば、なるほど華やかな風情であるが、もっとも金使いの荒いお年頃の女子高生になり損ねたカオリは、アンリとテムリの生活費の責任を一手に担う、一家の大黒柱である。そう易々と浪費が出来ない身の上で、あまり商店に目を泳がせるのも、自身にとって毒であると認識していた。

 生活費に困るほどに困窮してはいないが、それでもカオリが働き続けなければ、現在の四人での暮らしはすぐに破綻してしまう、また村の開拓資金を集めなければならない事情から、少しでも貯金額は増やさなければならない。

 そのためカオリの中で、衣服や嗜好品、ましてや化粧品などといった女性らしい物欲は、すでに容赦なく斬り捨てている。

 ただし、アンリやテムリに上等な服を着せてやりたい、美味しいものを食べさせてあげたい、――そんな欲求を感じることは大いにあるため、もし暮らしに役立つものや知識があるなら、多少目を光らせるようにはしていた。

 エイマン城砦都市は、ミカルド王国でも一二を争う都市である。その理由には、ミカルド王家が有する王領であることの他に、南北への中継地であることと、ナバンアルド帝国との戦争における駐屯地であることが大きい。

 毎年行われる戦争へ赴く騎士団や領兵、戦争で一稼ぎする傭兵達、それらの兵の消費を当て込んだ。食料や消耗品や武具を扱う商人、砦や陣に使われる建設資材を下ろす商会、一時の娯楽を提供する旅芸人や娼婦と、人が集まれば需要が生まれ、その増えた人を見込んだ更なる需要が、このエイマン城砦都市を活気付けた。

 その名前から予想出来る通り、この都市の起こりは、ただの城砦だった。ただの穀倉地帯の通過点と見なされていたこの地に、およそ百年前に侵略を試みた帝国が、その立地に大きな価値を見出したのは、現在この都市が栄えている様子から、十分に察することが出来る。

 何はともあれ、戦争需要が落ち込んだ現在でも、人がいるというだけではなく、交易の中継地であることから、この都市の活気が失われたわけではなかった。そもそも戦闘が行われない期間でも、十分に活気のある都市なのだ。

 カオリの歩く商業区画は、そんな都市に古くから居を構える老舗が集まる区画で、こういった店舗は、むしろ戦争とは直接関係がない、生活品を扱う店が軒を連ねている。


「村で特産品でも作れれば、この街に卸してお金を稼ぐことも出来るんだろうね」


 少女の口から発するには、色気も何もない言葉だが、カオリの明るい調子の言葉に、アキが反応する。


「カオリ様が生産に関わった品を、下賤の人間に御下賜なさることはないと思いますが、どのようなものをお作りになられるので?」

「いや、それは分かんないけど……、ていうか御下賜なんて言葉はじめて聞いたよっ」


 予想とは違った反応が返ってきたことで、一瞬混乱してしまったカオリだが、アキの対応に一々反応していたのでは、無駄に精神を消耗すると思い、カオリは無視することにした。


「よく異世界転生ものの小説とかで、農業チートとか技術チートとかで一財産を築く話があるけど、この世界って魔法技術とかがかなり発達してるっぽいから、その方向での村の発展は難しいかな?」


 ネットで見たそれらの作品で描かれた。革新的な農法や技術で生み出された救国の生産技術の数々を思い浮かべ、カオリは妄想を膨らませたが、さきほど衛生文化を見る限り、この世界での文明レベルはある意味で突出していることが分かる。


「そのチートというのが、私の知る意味と同じであるのであれば、この世界の軍事技術や医療技術は、なかなか発達していることが予想出来ます。また市場に出回る商品の中でも、衣類や食品、装飾品でも、価値の差はあれど、必ずしも原始的と言えぬものが多く出回っていることが伺えます。外的要因がない限りは、民の暮らしがひどく困窮していることもないようですし、豊かさでの民の誘致は、あまり効果的とは言えぬかもしれません」


 アキのえらく具体的な意見に、今度は別の意味で驚くカオリ、まだ数回しか街の様子を見ていないにも関わらず、そこまで分析しているアキに、カオリは何だか負けたような気分になってしまった。


「こ、今度ササキさんにこの世界の技術分野で、色々聞いてみようか、私より三年早く召喚されて、大人で、国の王様だもん、きっと実験とか調査とか、たくさん手を広げてそうだし」


 悔しさのあまり、思わずササキの名を上げるカオリに、アキは鷹揚にうなずいた。


「それがよろしゅう御座います。北の塔の王自身から援助を申し出たのですから、知識の共有もあって然るべきです。私の方でも何か気付きましたら、書類に纏めて、後ほど提出させていただきます。さっそく連絡をお繋ぎになりますか?」


 無駄に有能な一面を見せるアキに、カオリは溜息交じりに首を振る。


「また今度でいいよ、ササキさんも忙しいだろうし、こんな事のために時間を作ってもらうのは……気が引ける」

「仰せのままに」


 疲れるとまではいかないが、それでもアキとの会話は、まだぎこちなさを感じるカオリ、ただ敬語の勉強にはなるかなと思わないでもないので、今はいいと自分を納得させる。

 結局商業地区では何も買わず、いつもの市場で消耗品と昼食を買い、カオリは宿に戻った。

 そして適当に昼食をとった後は、時間の許す限りを勉強に費やして、夕食と湯浴みが済めば、四人揃っての就寝である。

 明日からはまたそれぞれが仕事に勤しむ日々が始まる。カオリはそんなささやかだが幸福な毎日を噛みしめながら目を閉じる。


(明日もいい仕事に恵まれますように、かな?)


 思い出すのは、労働とは無縁な日本での豊かな日々だ。

 黙っていても与えられる学びの時間、母が作ってくれる暖かな食事、父が与えてくれた家と暮らし、兄が押し付けてきた。今となっては貴重な知識の数々、幸せだった日々を知っているからこそ、与えたい幸福の形を追い求められる。

 その努力と勤労そのものですら、今のカオリにはありがたいものに感じられた。

 今日を生きるからこそ明日があり、明日を夢見るからこそ、今日を大切に送ることが出来るのだと、カオリに教えてくれたのは、たしか兄だったかな?

 カオリはくすりと小さく笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ