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( 鎮魂騒動 )

 王都ミッドガルドは鎮魂祭に沸いていた。


 帝国との戦争が始って百年もの間で、時に敗北し、時に勝利し、それらを祝い慰めつつ、散華していった勇敢な戦士達を、慰霊するために始ったこの祭りは、今や経済を動かす重要な役割を担っている。


 王城にて開かれる。貴族達への勝敗の通達と共におこなわれる夜会が終われば、その翌日から王都は祭り一色に彩られる。

 小麦の収穫、及び麦酒などの加工食品が十分に国内需要を満たし、雨季が終われば、互いに戦った帝国と王国は、この夏を一時の休息期間とした。

 安堵と悲しみを超えて、それでも強かに生き、幸福であれと願う意思が、国民を祭りへの熱狂に駆り立てるのは、至極自然なことだったのかもしれない。


 カオリ達が王家を護衛する任に就くのは、祭り前日の早朝から、翌日におこなわれる教会への慰霊を終えるまでであった。

 夜会が始るまでは最終の打ち合わせや、王族が立ち寄る場所の事前巡査に充てられた。

 カオリ達と同行するのは王家近衛騎士団、王立魔導騎士団、王都守護騎士団それぞれから一名を選出した騎士達であった。


 冒険者でありながら、異例の抜擢に当初各騎士団では不満の声が上ってはいたが、王の勅命もあり、また傲慢で知られた王家近衛騎士団の隊長であるバルトロメイの口添えがあったことで、表向きにではあるが、それなりに沈静化した。

 もちろん神鋼級冒険者ササキの名声も一役買っているのは云うまでもない。

 また異例とは云っても、冒険者が王族の護衛任務に就くこと自体は過去にもあり、昨年と一昨年にはササキが単身その任を仰せつかってもいたので、あくまで女性冒険者としてはと云う前提がつく。


 加えて王城の各騎士団が利用する訓練場に、ここ最近連日姿を見せるアイリーンが、騎士達と共に訓練に励む姿が目撃されていた。

 訓練場広場を重い装備を着たまま、駆け足しながら歩調を唱和し、何周も周回する訓練中のこと。

 帝国を打倒せよという歌詞を、帝国貴族のアイリーンも笑顔で歌いながら、一人だけ倍もある甲冑を装備し、さらに土嚢を三袋、およそ成人男性並みの重量を担いで並走していた。

 中~高位貴族の令息達で編成された王家近衛騎士団の訓練は、他の騎士団に比べて体力的に楽な部類とは云え、それでも立派な騎士団の訓練である。

 皆が息を切らせて懸命についていく中、彼女だけは最後まで、無尽蔵かと思わせるほどに活き活きしていた。

 「戦場で倒れた仲間を担いで撤退するなら、これくらい出来て当たり前さね」とはアイリーンが他の団員に聞かれたさいに、笑顔で言った言葉である。


 また剣術や体術などの地稽古でも、圧倒的な膂力と、意外なほどに卓越した体捌きで、何名もの騎士達を圧倒した。

 流石に古参の隊長格相手には惜敗する結果であったが、ここが戦場であれば勝敗は分からなかったと、古参隊長は彼女を評した。

 さらに次第に他の騎士団員からも挑戦を受ける内に、アイリーンは僅かな時間で、王国の騎士達に認められるようになった。

 元の性格が闊達で優しく、卑劣なところがないアイリーンである。普通の人間であれば彼女を嫌うのは難しいだろう。


 そんなこともあってか、カオリ達へ向ける。騎士達の印象はかなり向上していた。

 巡査の目的は、不審な人物が徘徊していないか、危険な魔法がかけられていないか、護衛中に危険因子が身を隠せる場所、または遠くから弓による狙撃が可能かどうかの確認である。

 カオリの発達した察知能力、アキの破格の鑑定魔法、ロゼッタの高い魔法知識、アイリーンの軍事的知識などが生かされ、巡査は滞りなく終えられた。


 例年であれば、王族の直近は王家近衛騎士団が、周囲を王立魔導騎士団が守り、城外および城下を王都守護騎士団が警戒するのが通常であるが。

 今回カオリ達は特別に、王家のすぐそばで護衛の任務に就く命が下っている。


 矢による狙撃はカオリが超反応で払い落し、複数であればロゼッタが結界で守り、大型の魔物や魔法攻撃はアイリーンが身体で防ぐことが出来る。また反撃はアキの弓の技術が生かせ、万が一それでも傷ついた場合は、即座に彼女が治療魔法を使えるのだから、まさに鉄壁の布陣である。

 カオリ達は事前準備や意見交換を積極的かつ予断なく繰り返し、完璧に今回の依頼を遂行しようと意気込んでいた。


 任務に就く前に騎士団から渡された。無紋の外套を羽織り、外から見て違和感のないようにも気を配れば、カオリ達の仕事が開始する。

 夜を迎えてカオリ達は広間に先に入る。

 配置は王家が入室する裏手の扉から、貴族へ向けて夜会の開始を告げる壇上、広間に降りてからは壁際で、騎士達と並んで立つことになっている。


 ただしロゼッタだけは王妃の後ろに控え、間近で護衛することになっている。

 彼女自身がアルトバイエ侯爵家というミカルド王国の侯爵令嬢と云う立派な出自であることと、王家と並んでも見劣りしない、十分な礼儀作法を身につけていることが理由である。

 変化の魔法などが使われていないことを検査し、待機することしばし、会場のざわめきを遠くに聞きながら、カオリ達は静かに待機していた。


 緊張こそないものの、ここで無駄話をするほどお気楽ではない上に、一応今日までしっかりと礼儀作法を学んだのだ。カオリも静かに淑女もどきの仮面を被っていた。

 果たして王族が入室し、例年通りの挨拶を終えれば、王族と共に広間への移動についていく、そこからはただひたすらに壁の花となる。


 貴族達が出入りする入口とは反対の位置にある。主に王族が使用する扉付近に移動したカオリは、じっと静かに人の流れを、見るともなく眺めていた。

 立って控えることに慣れているアキと、体力お化けのアイリーンは平気な顔で直立しているが、カオリはそうそうに飽き初めていた。

 それでも油断せず視線を流す作業は怠らない、不審者がいれば即座に対応出来るように心を無にする。

 一応身体じゅうに仕込んだ投擲用の短刀の位置を意識する。


 しかし王族が広間に移動後、並みいる貴族達が王族へ定例の挨拶をおこなっている時、やや興味深い場面となった。

 貴族の王族への挨拶は、爵位の高いものからおこなうのが作法であるが、今日まですっかり忘れていたが、ロゼッタは先にも述べたように侯爵家の娘なのである。

 一握りの公爵家が挨拶を終えれば、次は侯爵家となるのだが、ここにはロゼッタの実家である。アルトバイエ侯爵が、その現当主、つまり実父と実母がいるのだ。


 条件を提示して了承したとは云え、それでも半ば強引に飛び出した娘が、なにがおこったのか冒険者として、王妃の直ぐ傍で護衛を務めているのか、事前に手紙などで事情を知っているとは云え、それでも困惑が拭えない侯爵は、久しく娘と再開を果たしたのだった。


「……国王王妃両陛下、ご機嫌麗しく……」


 恐る恐ると云った風体で礼をとるのは、四十過ぎだが若々しい風貌の美丈夫、真っ赤に燃えるような短髪を後ろに撫でつけ、整えられた口髭がお洒落な男性貴族だ。


「おおカルヴィン、そして侯爵夫人よ、この度はそちの御息女を妻の護衛に借りることになり、大変頼もしく思うておる」

「も、勿体なきお言葉、恐悦至極に存じます……」


 国王によって機先を制された。カルヴィン・ド・アルトバイエ侯爵は、どもりつつもなんとか返礼する。

 カルヴィンの一歩後ろでは、侯爵夫人も夫にならって慌てて黙礼していたが、こちらには王妃が楽しげに言葉をかける。


「奥方様にも感謝の言葉を贈りますわ、黒金級の魔物でさえも仲間達と共に見事討伐したその実力、一流の騎士に守られているかのように安心出来ますわ、聡明で思慮深く、また美しい淑女の鏡、奥方様がよく教育されたのが分かります」


 王妃が手放しで褒め称えれば、ロゼッタは静かに淑女の礼でもって恐縮する。

 王家と愛娘のその様子を受けて、侯爵夫妻は引き攣った笑みを浮かべる。どうやら絶句し、言葉を継げなくなっているようだ。

 ロゼッタが冒険者を目指すことを許すために、カルヴィンが提示した条件は、「一年以内に誰もが称賛する実績を示すこと」だ。

 始めこれを聞かされたカオリ達は、侯爵がロゼッタを諦めさせるために、無茶を要求をしたのだと予想した。


 一般的に新人冒険者が昇級するためには、数年を要する。

 さらに鉄級から、魔物の討伐依頼を受注出来る銀級に昇級するためにはさらに数年、下手をすれば十数年かかるのが普通である。

 魔物の討伐による功績を積むのにもそれだけの期間を要するというのに、誰もが称賛するという曖昧な条件を、いったいどうやって成し遂げるのか、誰に聞いても鼻で笑われることであろう。


 しかしロゼッタは、カオリ達は、金級難易度の【デスロード】、黒金級の【ソウルイーター】、つい最近も黒金級の【人工合成獣】を討伐せしめ、本業として村の開拓事業の着手、迷宮の調査など、多岐に渡って実績を積み上げて来たのだ。


 そしてこの度、それら実績を認められて、鎮魂祭における王家の護衛依頼まで引き受けている。

 ここまでに至るのに要した期間は、僅か約四ヶ月、異例の大躍進である。

 いったいこれを誰が称賛しないのかと、こちらが聞きたいくらいである。

 そしてとどめとばかりに、国王王妃両陛下からの賛辞を賜ったことが、決定打となり、聞き耳を立てていた周囲の高位貴族も、驚きと感嘆の表情とどよめきを見せる。


「お、恐れながら、しょ、少々娘と話すお時間を頂戴出来ませぬか……」


 カルヴィンが恐縮しながらも、なんとか状況を理解しようと許しを請うが、両陛下は困った表情を浮かべる。


「それは困るわ~、この子には期間中は、片時も私から離れないようにお願いしているもの」

「まあまあクリスよ、数カ月ぶりに会う親子の再開じゃ、少しの時間くらいは大目に見ておこうじゃないか、のうカルヴィン、それにロゼッタ嬢には頼もしき仲間もおるじゃて、彼女達も目を光らせておる。そうそう恐ろしいことにはならんだろう」


 そう言ってアンドレアスが掌を向けて指し示すのは、壁の花と化すカオリ達である。

 視線を向けられたことに気付いたカオリ達は、静かに騎士の礼を反す。

 この後に及んでロゼッタの冒険者業を認めないわけがないだろう? それに冒険者仲間であるカオリ達にも、要らぬちょっかいをかけるのは許されんぞ? 両陛下が遠回しにカルヴィンに告げた内容はかねがねそう云った意味である。

 腐っても高位貴族である侯爵夫妻である。両陛下の言葉の真意に気付かぬわけがない、二人は顔を青ざめさせて固まってしまった。


「恐縮ながら両陛下、少しだけ両親とお話させていただければと、お許しくださいませ」

「うむ」


 国王の許しを経て、ロゼッタは侯爵夫妻の下に身を寄せ、小声で手短に会話をする。

 その一連の様子を離れた場所から眺めていたカオリ達は、笑みを浮かべて見守った。


「これでロゼも名実ともに冒険者になれるね~、流石にあそこまでされちゃあ、お父さんも黙るしかないもんね」


 貴族達の集う華やかな場にあって、カオリは満足げに笑みを浮かべて呟くのに、アキは無言で同意する。


「そうそうたる顔ぶれさね。あそこにいるのは東方貴族を纏める先の将軍閣下で、あっちは先鋒を務めた騎士爵の英雄だろ? 名前までは覚えてないけど、対帝国戦争で武名を挙げた烈士ばかりさね」


 爵位を気にせず。たんに戦場での活躍から覚えのある人物達を凝視しながら、アイリーンは興奮したように観覧していた。

 今にも決闘を申し込むのではないかと思えるほどに滾る彼女を、カオリは一応苦笑で窘める。

 だが一方的に見るだけではなく、カオリ達も同様に視線を集めていた。


 とくにアイリーンが先に挙げた東方貴族と思しき面々は、カオリ達に興味津々と云わんばかりである。

 恐らく開戦論派の貴族達であろう彼等の中には、カオリに刺客を送り込んだ人物も交じっているかと考え、カオリは視線を感じつつも無視する。

 ここで敵愾心を剥き出しにするのは下策であるとは流石に理解しているので、無難な対応である。

 しかし視線はそれだけではなかった。若い貴族の令息令嬢達からも好奇の視線を向けられていた。

 理由までは分からないが、異国民であり、女冒険者で、今日のような重要な場に居合わせるのだから、話題性としては十分である。視線と共に語られるカオリ達の話しは、そこかしこで場を暖めていた。


 一方ササキはと云うと、貴族の海の中にあって、尚も存在感を発揮して威風堂々たる態度で社交界を見事に泳いでいた。

 騎士団や軍関係者であれば、正装にいくつも勲章をつけた華やかな衣装で胸を張るが、ササキはあくまで冒険者であるため、分かりやすい勲章は賜っておらず、無勲の外套と寂しい風体であったが、二メートルを超える巨体はそれだけで迫力満点である。


 並みいる高位貴族達の中にあって、いささかも見劣りしない堂々たる姿であった。

 一応王家の護衛依頼の主担当はササキであるはずだが、剣も提げずにいるのは、偏に無手でもササキを傷付けられる存在がいないことから、あえて装備を排した装いで挑んでいたためでる。


「やっぱりアイリーンさんから見ても、ササキさんって強そうに見えるんですか?」


 今更だが、戦闘狂のアイリーンが唯一勝負を挑もうともしない様子に、カオリは初めてそれを話題とする。


「別格、いや別次元さね。大柄のアラルド人をも見降ろす巨躯、それでいて鈍重さを感じさせない手足運び、微動だにしない重心移動、それだけで並みの戦士じゃあ歯牙にもかけない差が伺えるさね」


 嘆息するように語るアイリーンに、カオリはササキと周囲の人間とを見比べて、納得の表情を浮かべる。

 今や目視出来るのであれば、立ち居振る舞いだけで相手の力量を推し量ることが出来るカオリの観察眼をもってすれば、軍関係者や騎士団を含めた全ての人物と比べても、ササキが高次元の実力をもっているだろうことが察せられた。


「しかも高位魔法をも使いこなし、歴戦の知識と経験を感じさせる人格、恵まれた体躯に驕らない技術の剣士と来たもんだ。いったい誰が勝てるってんだい」


 いっそ清々しいまでの隔絶とした力量差に、さしものアイリーンも挑む気になれないと溜息を吐く。


「幾人かは三〇レベルの人間がいますが、ほとんどが二十レベル以下です。それもご高齢の魔導士が圧倒的に多く、若くして高レベル帯に足掛ける勇士はおりません」


 騎士達を除き、貴族達をつぶさに鑑定していたアキから、ざっくりとした報告が上る。


「つまり貴族様個人で、脅威となる人物はほとんどいないって考えていいんだね~、アキ、あとで細かく資料に記録しておいてね。情報と照らし合わせるから」

「了解しました」


 この機を逃さずに貴族の個別情報を集めるカオリ達の行動を咎める人物はいない、何故ならこの広間一帯が、反魔法領域内であり、本来であれば魔法を行使することが出来ない場所のはずだったからだ。

 しかしアキの【―神前への選定(ライトオブパッセージ)―】は高位魔法、具体的には六十レベル帯の位階にあり、この国の高等魔法と位置付けられる対魔法防御など、容易く突破する力がある。


 先程アキが述べた通り、この会場でもっとも高レベルの人物でも三十レベルであり、恐らく王立魔導騎士団や王立魔導研究所の関係者も出席していると考えれば、この国の最高位魔導士は三十レベル帯が精々で、それより高くても四十レベルが限度と予想出来た。

 であればアキの鑑定魔法を無力化することは不可能であると、カオリはここぞとばかりにアキに出席者達への鑑定を、秘密裏に命じたのだ。


「おお怖い怖い、この国の最高位階級の人間が、ただの冒険者風情に丸裸にされるなんて、誰も考えてもいないだろうね」


 おどけて言うアイリーンに、カオリは笑顔を張り付けて笑う。


「先にちょっかいをかけて来たのは、この国の貴族様達です。売られた喧嘩には抜刀してお返事しますよ~」


 腹黒を通り越し、抜き身の刀を体現するかの如し発言だが、表情はあどけない微笑みを湛えた可憐な少女である。

 いくら人間観察に優れた貴族達であっても、カオリがここまで好戦的かつ猟奇的ともとれる心算であることは見抜けないであろう、そうでなければ大問題である。

 この場において、ササキとロゼッタはある意味で貴族間での折衝役である。

 ササキのもつ謎多き危機回避能力の一端であるだとか、或いはたった数年で王国内における確固たる地盤を築きあげた。その手腕の源を探ろうとする輩への牽制をする役割がある。


 今となっては幼い少女達を囲い、また彼女達を王家の懇意へと導いた交渉力など、貴族達にとっても無視出来ない影響力を見せたことで、恐らく王国内で今もっとも注目すべき人物なのは、間違いなくササキとカオリ達である。

 しかしながら、正義の執行者を体現するササキなれば、後ろ暗い活動に精を出す悪徳貴族では、下手にササキに近付けば、己の涜職を暴かれるかもしれないと、そのほとんどが指を加えて遠巻きにする他ない。


 今ササキに嬉々として接触する貴族達は、たんに神鋼冒険者としてのササキの信奉者であったり、類稀な栄進者として評価する真っ当な貴族に限られていた。

 つまりササキとしては、無難に嘘の来歴や、飾らない冒険譚を語るだけで、喜んでもらえる実に簡単な場に留まっていた。


 だがここで、貴族の礼儀をあえて無視する勢力がいることを、彼は失念していた。

 名目上は権力に傅かない立場を有し、しかし多少の無作法、この場合は後援者、あるいは後見人をさしおいて、直接カオリ達へ声をかけても、誰も咎められないもの達の存在である。

 大六神が一柱、繁栄神ゼニフィエルを主神として祀る繁栄派司祭であり、ここミカルド王国の国教と定められている教会の聖職者達であった。


「宜しいかな? 麗しき戦乙女様方」


 純白に金の刺繍が豪奢な法衣を幾重にも着重ね。荘厳を纏った老人を先頭とした。集団の接近に、カオリ達は首をかしげる。

 カオリ達、とくにロゼッタを除く三人は、あくまで王家の護衛という立場から、この会場では警備要員、つまり騎士達と同じ位置付けとされている。

 そのため事前打ち合わせでは、みだりに話しかけるなどして、警備が疎かになるようなことがないように、参加者は皆一様に、カオリ達への接触を控えていたのだ。


 そのためのササキやロゼッタの会場内での移動と云う措置もあるにも関わらず。その暗黙の了解をわざわざ破る輩がいるなど、カオリはもとい他の貴族達も思いもしなかった。

 しかしそれが許されないまでも、誰も咎められない確固たる独自の権威をもつ聖職者とあり、それを目撃した多くの者達は、怪訝な表情でカオリ達と聖職者達を見ていた。


「警備上の都合により、恐れながら簡素になることをお許しください……」


 カオリがわりと直接的に「用件だけ言って早くどっかにいけ」と伝えるが、聖職者はそれでも空気を読まずに破顔する。


「よいよい、いやなに、異国の冒険者とのお噂を聞き及び、一聖職者としてどうしても確認しておかねばと、義務感に駆られたまで、二三質問にお答えいただければと、私は繁栄派の司祭、ルミアヌスと申します」


 まろやかな微笑みを浮かべながらそう言う司祭に、カオリは笑顔の仮面を何重にも張り付けて首肯する。


「お答出来ることであれ、ばなんなりと」


 カオリがそう促せば、聖職者は表情を変えずに質問をした。


「貴女は神を信じますか?」


 時が止まった。とカオリは内心でボケを発する。


 いったいなにを知りたいのか、それを聞いてどうするのか、どう答えれば相手が納得するのか、一瞬にして様々な可能性を考えたカオリではあったが、現代日本でも同様の議題や問いかけにおける考察や私見は、わりと身に覚えのあるカオリだ(主に兄の影響が強い)。

 カオリは一拍おいて流暢に返答した。


「私は冒険者であり、幾度も生と死の綱渡りを経験しました。目に見えぬ恐怖や、形ある脅威の中にあって、しかし、もっとも我が身を救い、また助けてくれたのは、いつでも人の情や絆であったと確信しております。ゆえにどうしても、形なきものへ執着出来ぬ即物的な人間であると自覚しております」

「ふむ……、つまり目に見えぬ神の存在を、貴女様は信ずるに値しないとお考えか?」


 カオリの返答を受け、実に残念そうな表情を露わにする司祭に、しかしカオリは言葉を続ける。


「しかしながら、友愛や信頼の根源となる人々の価値観が、神々への信仰と教義による賜物であると皆様が唱えられるのであれば、それを人民に賜りし神々の威光に、感謝を捧げることに些かの躊躇いも御座いません、なにより、人の身で、神々を語る不遜を犯すことは愚者のおこないと心得ております」


 カオリなりに主張を曲げず、しかし最大限譲歩した表現を駆使し、なんとか無難な落とし所を模索した結果の解答に、司祭は深く深く、何度も頷いた。


「しかりしかり、まっことその通りで御座いますな……、日々神々へ信仰を捧げる我等であっても、神の意思は図り知れぬもの、異国の若き少女の身で、ましてや前線に立つ身であれば、貴女のようなお考えになるのも至極当然かもしれませぬ。いやこれは些か酷なことを聞いてしまったかのぅ」


 カオリの解答を都合よく受け取った彼は、殊更謙虚に虚飾した部分だけを抜き取り、一人機嫌をよくした。

 どうやら最善ではなくとも落第点は回避出来たと、カオリは少しだけ安堵する。

 ところが司祭は流れるように標的を変えた。


「時にそちらの方、貴女は亜人種ですが、どうやら聖属性適性者であられる様子、よければどこで師事されたかお答願えますかな?」


 柔和でありながら、アキに対する。拒絶を許さぬ詰問に、カオリ達は呆気にとられた後、やや眉をひそめる。

 帝国を中心とした亜人種への差別意識は、ここ王国でも少なからず影響を及ぼしている。

 その中でも王国の教会は、軽微なれども一番亜人種差別が残る勢力であった。

 神話に語られる神々の戦いにおいて、亜人種は自らの創造主である。執行者アラシウに仕え、大六神の神々に敵対した事実が明かされていた。

 ゆえに教会勢力にとって亜人種は異教徒であり、また潜在的な敵対種族であるという意識があった。

 表面上は親しみやすく装っているが、その実亜人種であるアキを下にみているのが透けて見えたのだ。

 とうの本人であるアキは、しかし表情一つ変えずに淡々と答える。


「私が聖属性魔法を行使出来るのは、偏に創造主様の慈悲深き御心あってのこと、誰に教わることもなく、生まれ持っての適性ゆえにありますれば、師を戴いたことなどありませぬ」


(そりゃそうでしょ、私が創って、私が設定した能力なんだから)


 嘘など欠片もなく、しかし真実は伏せて述べるアキを見て、カオリは苦笑を隠す。


「ほう……、創造主ですか」


 意味深に呟き、こちらも表情を変えずに手を顎に添え、なにごとか思案する様子に、カオリ達は黙って司祭を見詰める。


「余の護衛達が気になりますかな、ルミアヌス司祭殿」


 そこへ助け舟を出すのはなんとアンドレアス国王であった。

 教会勢力の有力者によるちょっかいに、王自らが牽制に入るなど余程のことだと、一部始終を観察していた周囲の貴族達は

一様に驚いた。

 流石の横紙破りに不快感を示す王の様子に、分が悪いと判断した司祭は、礼もそこそこに退散していった。


「すまぬなミヤモト嬢、この鎮魂祭において、例え護衛と云えど、獣人種が会場にはいることは稀であるため、皆興味が絶えんのだろう、とくに教会の人間にとっては獣人は警戒すべき種族と位置付けられている。あわよくばなにかに利用出来ぬかと、奴らが画策するのも当然だった。配慮が足りず申し訳ない」


 一国の王が、誰にも聞こえないような小声であったとしても、人の目がある場所で謝罪の言葉を口にするなどあってはならない、そんな常識ぐらいは知識として知っているカオリは、少々慌てて、しかし周囲に勘ぐられないように平静を装いながら、返礼する。


「私達も考えが甘く、いらぬ心労をお与えしてしまったこと、ご容赦ください」


 軽く頭を下げるカオリに、アキも無言で追従する。

 横でクツクツと笑いを堪えながらも、自身も頭を下げるアイリーンが少し気になるが、自分達の存在が、どうやらこの場において異質であることを自覚したカオリは、警戒を緩めることはないが、なるべく存在感を消すよう努めた。

 ササキという絶対強者が目を光らせるこの会場において、過度な警戒は疲れるだけだとは分かりつつも、それでも与えられた役目をまっとうするべく、カオリはこの後も注意深く気を引き締めた。

 結果的になにごともなく夜会を終えた後、カオリ達は王家の住まう王宮区画の直ぐ傍にて、交代で警戒任務を継続した。


 王族を闇討ちする場合は、政変を狙った犯行であり、なにも警戒の強い祭日に実行することは考えにくい、この鎮魂祭の間で狙われるとすれば、公の場、つまり多くの目撃者が居合わせる場面がもっとも危険な状況と考えられる。

 思惑としては王権の失墜、または王国の混乱や示威行為が有力である。

 カオリ達の護衛任務の本番はなんといっても翌日の教会への慰霊であろうと、誰もが考えた。

 その夜、王宮の外周を巡回する騎士に随伴する形で、アイリーンとアキが詰所を出発したのを見送り、カオリは深い溜息の代わりに、ロゼッタが淹れた紅茶を飲み込んだ。


「まさか教会がアキに目をつけるなんてね。異端騒動の件があるから、てっきり私を標的にして来ると思ったのに」


 カオリの呟きにロゼッタが反応する。


「たとえ異国の民と云えど、獣人種であるアキが聖属性適性者なのが、この国では珍しく映るのよ、私もそれをすっかり失念していたわ、もう慣れてしまったし、第一私達って戦闘でほとんど負傷しないじゃない? アキが治療魔法を使う機会が皆無だから、そもそも意識外にあったもの」


 カオリがアキを創造するさいに考えた設定では、近中遠全てにおいてそつなくこなし、神聖な祠を守る番人、日本神道の神社に配される神使の狛犬を元にしている。細かいステータスや固有スキルなどは、カオリの潜在意識をシステムが深く読み取り、反映されており、全てを把握してはいなかったが、かねがねカオリの想像通りの人物像に創り出すことが出来ていた。


 だがそう云った理由から、アキがこの世界の基準に照らし合わせた場合に、どれほど特異な存在であるかなど想像だにしなかった。

 また生み出されたアキが、カオリという、自身にとっては神にも等しい創造主のために、役に立ちたい一心で、最初に与えられた能力以上に力を求め、結果的に自身の適性に則った各種魔法を密かに習得し、それをカオリに伝えなかったことも要因である。


「私の知る限りで、この国に聖属性適性を持つ獣人種は聞いたこともないわ、これに関してはアイリーンに確認をとった方がいいわね」


 加えてカオリを筆頭に、【孤高の剣】のメンバー達は滅多なことでは戦闘中に負傷することがないため、アキが聖属性魔法を代表する治療魔法を使えることを、ついつい忘れがちになってしまっていたのが大きかった。


「あとそれと、この前からずっと気になってたんだけど、国王王妃両陛下がアキのことを獣人種っておっしゃるけど、亜人種となにか意味が違うの? ロゼもさっきそう言ってたじゃん?」


 やや話題が逸れるが、ここ最近でカオリが気付いた些細な変化に疑問を抱く。


「あ、うんそれなんだけど……、実は亜人種っていうのは、……蔑称でもあるの『人ではない劣った種族』って意味なんだけど、本当は彼等のような獣の特徴をもった種族は獣人種が正しいの」


 ロゼッタのような人間に例えると、彼女は人間=レイド種と表すのが正式な分類となるので、アキに替えれば獣人=狛犬種と云うのが正しい。

 ちなみに本来の亜人種とは、【ゴブリン】や【オーク】または【オーガ】などを代表とする。原始的文明に留まる人型二足歩行生物を指す。

 つまりこの世界の大多数の人間達は、獣人種達を亜人種に代表する。魔物指定されている危険低劣生物と同等と位置付けているのだ。


「うそ~ん、それを早く言ってよ~、私ってば知らずにアキのことを、差別用語で呼んでたってことでしょ? 最悪じゃん!」

「う、それについては私も謝るわ、私にとってもそれが普通だったから、侮蔑しているなんて意識していなかったのよ、カオリが知らなかったなんて、私も知らなかったし……、ごめんなさい」


 素直に頭を下げるロゼッタに、カオリも項垂れて自らも謝る。


「まあアキもこの国の文化には疎くて、たぶん気にしてないだろうから、後でちゃんと謝るとして、問題は劣等種扱いされている獣人のアキが、本来使えないはずの聖属性魔法を平気で使えて、差別の激しい教会関係者にばれちゃったってのが、一番の問題だよね」


 話題を本筋に戻して整理するカオリに、ロゼッタも首肯する。


「教会が今後、アキをどうしたいのか、なにか分かんないロゼ?」


 問われたロゼッタはしばし考えて、実に嫌そうな表情を浮かべて答える。


「可能性は大きく分けて二つ」


 指を二本立ててロゼッタは続ける。


「まずは、神の祝福を受けし人間にだけ許されると考えられていた。聖属性適性者が獣人種にもいた事実を隠蔽するために、アキを亡きものにするべく、秘密裏に刺客を送り込んで来る」


 指を一本畳んでさらに。


「次に、いっそアキを聖女認定して教会に取り込み、軋轢を解消しつつ王国内の獣人種を改宗させ、より教会の権威を盤石にするべく、誘致あるいは誘拐を企てるかもしれない、――この二つね」


 最近になって嫌でも知ることになった王国、ないし教会といった勢力組織が、自らの利益のためなら如何に汚れた手であろうと、その札を切ることを厭わないことを、ようやく理解したロゼッタは、覚悟を決めて智恵を絞った。


「殺害も誘拐も、まあ私達なら対処出来るだろうけど、大々的に正式な誘致や風評を流されると、ちょっと面倒だよね」

「いや……えっと、相手は国教の教会よ? 聖都の主流である女神派を除いて、西大陸最大の派閥勢力なのよ? 神殿騎士やら聖騎士は国の騎士団にも劣らないし、もしかしたら影の暗殺者集団を抱えている可能性も否定出来ないわ」


 カオリの楽観的と云わざるを得ない分析に、流石に危機感を覚えて注意するロゼッタに、カオリも真剣な表情を浮かべる。


「異端審問会所属の神罰の代行人、みたいな感じ?」

「……よく知ってるわね。噂に過ぎないけど、貴族達の間では有名な俗説よ」


 某吸血鬼作品に登場する。銃剣を獲物にする再生能力を有した絶滅主義者を想像し、カオリは身震いする。

 数多の創作作品に登場する彼らが、仮にこの世界に存在した場合、どれほどの強さとなるのだろうと、カオリは益体もないことを考えた。


「場末の暗部者とはわけが違うわ、豊富な資金力をもつ教会勢力が訓練した。本物の暗殺者達が、多勢で襲いかかって来たら、カオリ……はともかく、私はもちろんアキだってただでは済まないはずよ、そうでなくとも神殿騎士は精鋭揃いなのだから、囲まれれば抵抗も出来ないと思うわ」


 焦った様子で捲し立てるロゼッタに、カオリはやや気圧される。


「対応が後手に回る前に、なにか対策を打てればいいんだけど、そもそも教会がどんな思惑をもっているかも分かんないし、今は様子見するしかないのかな~、一応【泥鼠】の皆さんにお願いして、教会を探ってもらった方がいいかな?」


 まずは情報収集が肝心と、カオリは考える。


「それなら教会の中で、派閥争いがないかどうかを調べるべきね。一枚岩なら総力戦になってしまうけど、内部で違う意見や派閥があれば、私達から矛先を変えさせることも出来るかもしれないわ」


 ロゼッタの具体的な提案に、カオリは同意する。

 交代休息をとりつつ三回ほど巡れば、夜が明け、二日目の任務が開始する。

 王城から神殿までは、王家は屋根を排した豪華な馬車に乗車し、国民に姿を晒して、彼等に笑顔を振り撒き、王国の安寧を示す。

 これも一つの行幸として重要であり、鎮魂祭が始って以来、一度も中止されたことのない催しである。

 警備上非常に危険を伴う道中であるが、ここで王家が襲われたことは数えるほどしかない、少なくとも暗殺などと云う大胆かつ計画的な組織的犯行は、確認されていない。


 今回カオリ達が堂々と王家を護衛する事態となったのは、偏に直前に解明された迷宮の隠し通路および、そこで交戦した謎の暗殺者と召喚獣を危惧してである。

 彼女が与する組織あるいは誰かが、どういう目的であの隠し通路を利用し、何故カオリ達を襲撃したのか、その目的が分からない現状で、少なくとも王国の混乱を招くような事態は避けねばならない。

 たとえ一介の冒険者が、王族と共に馬車に同乗することが異例の状況であったとしても、今回はそれを見咎める反対意見は、結果的に黙殺されていた。


 騎士然を装い、やや低い位置に顔だけ外に出る姿勢のまま、大通りに詰め寄せた国民達へ手を掲げる国王王妃両陛下を見上げながら、カオリは警戒心を最大限に高めつつ、無言で護衛を務めた。

 アイリーンとロゼッタは馬車を間に挟むように、騎乗で並走し、危険があった場合に即応出来るよう配置されたが、先の理由からカオリとアキが馬車に王族と同乗するのには、二人がまだまともに騎乗出来ないことも理由にあったが、やはり一番はカオリの類稀な反射速度と、アキの治療魔法が大きな要因であった。


 国王王妃両陛下や王家近衛騎士団関係者が詰める会議室にて、カオリ達の配置を議論していた時に、ロゼッタの結界魔法と、アキの治療魔法の腕前を披露することになり、一同を驚かせたが、この時もっとも皆の度肝を抜いたのは、やはりカオリの異常性であったのは間違いない。

 カオリが如何に異常かを証明するために、アイリーンは不敵に笑って提案したのだ。

 内容は、やや距離を開けて離れたカオリに向かって、弩や弓、果ては魔法による狙撃をするという、恐ろしい見世物だった。


 そしてカオリはなんでもないかのようにこれらの攻撃を、矢は素手で掴みとったり払い落したり、魔法は刀で斬り払うという離れ業をして見せた。

 これには国王王妃両陛下はもちろん、騎士団員達も開いた口を閉じれなくなった。

 通常、短弓で放たれる矢の速度は、およそ時速百五十キロに及ぶ、長弓や複合弓であれば二百キロ以上はあり、弩に至っては初速が三百キロにもなることを考えれば、カオリの反射速度と動体視力、さらには深視力と瞬間握力が、並みの人間を遥かに超えるのは疑いようもなかった。


 また魔法を剣で斬り払うのも、剣に魔力を通し、またその魔力も魔法の術式を乱す効果をもたせ、かつ適切な魔力量を維持するにはかなりの繊細な魔力制御が要求される。

 剣士でありながら、高位の魔導士でも難しいとされるこの魔術の素養は、騎士団員達を唸らせるに十分な実力を、カオリは見事に披露してみせたのだ。


 口さがない貴族達はともかく、少なくとも現場を任された警備関係者の上層部は、このカオリの実力を目の当たりにして、カオリ達の腕を疑い、護衛の任務における重要な位置から遠ざけるという判断を、微塵も口にしなかったのだ。

 もちろん重ねて云うように、馬車の付近には神鋼冒険者のササキもすぐに動ける位置におり、彼一人でも十分に王族を守ることは可能であるため、異論の出ようはずもなかったのである。


 こうして最強の布陣でもって進められた道中は、極めて安全のままなにごともなく、王族を神殿へ運んだ。

 神殿に到着した一行は、そこから数名の近衛騎士とカオリ達だけを伴って、神殿内部に入る。

 ミカルド王国の国教である。大六神教繁栄派総本山とされる神殿は、王国内でもっとも贅をこらした意匠と建築様式でもって、その威光を示していた。

 建物の四方に設けられた尖塔と、屋根の中央棟の高さは、王都を囲む城壁と同等の高さをもち、妻壁面に配された大窓は、複雑な文様と硝子でもって神聖な様相を醸し出していた。


(おお、あの屋根を支えてる。よくわからないやつもあって、見るからに西洋建築な感じだよね~、マジファンタジー)


 カオリが感慨深く見詰める先には、飛び胸梁稜と呼ばれる構造様式が見えるが、これは地球の歴史的に見れば、中世ヨーロッパの十二世紀後半から見られる建築様式である。

 この世界はどう見積もってもそれ以前の文明にも関わらず。こう云った局地的に技術の飛躍が見てとれることを、流石のカオリも気付かなかった。

 建築様式の区分とは云わば、技術と素材によって分けることが出来る。もちろん当時に流行った装飾や美術的観点から、細分化する必要があるかもしれないが、カオリの物語においては、その辺りの踏み込んだ考察はそこまで重要ではないので、今は省略する。


 国王王妃両陛下が、司祭に導かれ、神殿騎士が列を成す中央身廊を進む中、カオリは列柱に隠れるように側廊にて待機する。

 色硝子を精密に組み合わせた連窓や高窓が、外からの光を取り込み、神殿内部に静謐だが荘厳な雰囲気を演出している。

 ロランド人は繁栄神ゼニフィエルの子として、古くから彼の一柱を崇拝して来た。

 大六神教が興って以降は、時の王は教会の祝福を受けて王権を主張し、権威の正当性を確固たるものにして来た。


 重要な祭事ではほぼ王家が列席し、教会勢力と共に繁栄した王国の歴史は、王家に次ぐ権力を有する教会勢力あってのものだとする学者は多い。

 しかしながら王家が教会の言いなりにならずに済んでいるのは、ミカルド王国の首都、王都ミッドガルドの立地に起因する歴史が、大いに影響を与えているのが理由にある。

 かつて西大陸に興った。ロランド種による王朝は、西大陸中央部から瞬く間に西大陸全土を併呑し、人種史上初となる統一帝国、ミッドガルド帝国を樹立したのだ。


 第一紀ミッドガルド朝と呼ばれる紀元は、人間による歴史の幕開けとして重要な起点とみなされている。

 そして西大陸中央部のロランド人、西のレイド人、東のブラム人など、多様な人種を迎えた帝国では、それぞれがそれぞれの神を主神とする独自の信仰を擁していた。

 権威の確立と文化の統一の必要に駆られた帝国は、神々の戦いにおいて、大六神を束ねた聖女神エリュフィールを最高神に据えた。大六神教を国教と定め、各人種の敬虔な信仰を慰めることになった。


 時が流れ、第二紀エリシャール朝が崩壊する間際に樹立したミカルド王国は、ロランド人を中心とした王朝でありながら、先の帝国の興りを踏襲する関係から、繁栄神ゼニフィエルを最高神とはせず。表向きは聖女神エリュフィールを頂点とする大六神教を国教に定めたのだ。


 しかしながら、それでもやはり、ロランド系の王家である以上、繁栄神ゼニフィエルをとくに崇拝すべしと、教会勢力の強い要望に推される形で、およそ四百年間、彼の繁栄神を主神とする教会を懇意にして来た。

 教会の傀儡にはならぬと、かつての帝国の意思を継ぐ王家と、王家の権威は繁栄神ゼニフィエルの威光あってのものと主張する教会、双方は争いにまでは及ばずとも、絶妙な相互関係を保っていた。


 歴史を知るものであれば、この鎮魂の儀と呼ばれる祈りの儀式を、胡乱な目で見ることだろう。

 影の重なる列柱と神殿騎士の合間から除く、王家の面々を注視しながら、カオリはどこか不穏な空気を、鋭敏に感じていた。


 事態が急変したのは、そんな時であった。


 ガッガアァァァァン!


 轟音と共に大量の瓦礫が降り注ぎ、列を成していた神殿騎士の多数が下敷きとなり、神殿内は瞬く間に阿鼻叫喚の坩堝と成り果てた。

 不穏な空気を察した時点で、カオリはすでに行動を開始していた。

 騎士達をかき分け、ササキに視線で合図を送った時には、国王王妃両陛下の直ぐ傍に駆け付けていたのだ。


 そしてカオリの合図を受けて、こちらも即座に動いたササキ、少し遅れて動いたアイリーンとロゼッタとアキの三人も、王族を囲む形で守り、飛び散る瓦礫を一粒たりとも国王王妃両陛下に触れさせなかった。

 土煙の立ち込める神殿内の混乱を余所に、カオリ達は冷静に状況を観察していた。

 だが続け様に硝子の破砕音が複数箇所から上がれば、次いで多数の悲鳴があちこちから聞こえて来た。


「邪魔だな」


 ササキが魔力を乗せて払った腕から、目に見えない衝撃波が放たれ、土煙が晴れれば、この混乱を生みだした張本人の姿を、一同は認めることとなる。


「貴女はあの時の……」


 カオリの見詰める先に立つのは、先の迷宮調査にてカオリ達を襲撃した暗殺者の少女だった。

 全身を隠すほどの外套は脱ぎ、今はその顔を露わにしていた。


「ほう、アラルド人の女暗殺者か」


 ボサボサの金髪に、瑠璃色の瞳、透き通るような白い肌は、紛れもなくアラルド人特有の色素である。

 体型の分かり辛い外套と、それとは反する細い長靴に包まれた脚という装いは、どこかカオリと共通する部分が見てとれる。

 だが状況はそんな少女を呑気に眺めていられるほど、悠長にしていられない、切迫した状況だった。


「今度はずいぶんと、沢山呼んださねっ」

「あの強力な召喚獣が、こんなに……」


 神殿の屋根を突き破ったのも、数か所の窓から内部に侵入したのも、あの時に彼女が召喚した。【人工合成獣】だったのだ。

 外部からの攻撃や魔法的干渉を防ぐために、教会には強力な結界魔法が張られているはずだったのだが、こともあろうに、襲撃者は召喚獣という強大な物理衝撃でもって、強引に結界を破壊し、侵入してきたことが分かった。


 そう時をかけずに無事に討伐した対象であるが、油断出来ない強力な魔物であることは間違いなく、ましたや複数を相手取れば、無傷とはいかないのは必至。

 見える範囲だけでも十体も認めれば、流石のカオリ達も焦りが浮かんだ。


「準備万端、今日は王様を殺しに来た」


 感情の読めない声音で言葉を発する彼女を、カオリは静かに見詰めた。


「アイリーンさんとササキさんは騎士の人達を助けてあげてください、ロゼとアキは陛下達を結界と治癒で守って、この人は、私が斬るから」


 カオリの指示に全員が行動を開始する。

 たとえ強力な魔物であれど、アイリーンとササキであれば確実に魔物を抑えることが出来るだろう。

 そして投擲物に絶大な効果がある結界をロゼッタが、もしもの時の治療がおこなえるアキが王族を守れば、当座は安全である。


「国王王妃両陛下はここから動かないでくださいませ、どこにあの魔物が潜んでいるか分からない以上、我らが守るこの場がもっとも安全です」


 ロゼッタの指示に、国王王妃両陛下は素直に従う。

 暗殺者と対峙するカオリは、数歩進んで、僅かな間合いを残して向き合った。


「時間稼ぎしても無駄かな?」

「うん、沢山、用意したから」


 言葉少なに、魔物を狩り尽くしての援軍が望み薄だと語る彼女に、カオリは目をすがめる。


「なら斬るしかないけど、その前に名前くらい教えてくんない?」


 カオリがささやかな要望を告げれば、少女は少しだけ思案し、名乗った。――必殺の剣閃と共に。


「リジェネレータ、リジェネって呼んで」


 首の動脈を狙った鋭い一刀を、カオリは紙一重で躱し、それでも瞬き一つせずに抜刀を放つ。

 キィンッ!

 と金属音を響かせ、カオリの一刀を受け流したリジェネと名乗る少女は、また間合いをとって構え直す。


「まさか不死身の化け物で、過激な絶滅主義者とかじゃないよね?」


 カオリの軽口に、しかし意外なことに、やや驚いた表情を浮かべたリジェネを見て、カオリは顔を引き攣らせた。


「マジか」


 両手に持った短刀を大上段に振り上げ、一気に間合いを詰めたリジェネに、しかしカオリは明らかな隙と見た上で、あえて回避を選択した。


「まさかバレるなんて、初めてかも」


 そう言いながら、手にもつ短刀をカオリに投擲するも、カオリはそれを避けて油断なく構えた。


「短刀だけじゃなくて、他の武器も盛り沢山、しかもその短刀も、爆発したりするんじゃない?」


 カオリがさらに云い募れば、リジェネレータは今度は不機嫌な顔になる。

 暗殺者であれば身体中に暗器を仕込んでいるのは予想ずみである。また武器を奪われたさいの安全装置も予測すれば、投擲物一つでも油断は出来ないとカオリは警戒する。


「名前教えて?」


 表情のわりにカオリの名を聞くリジェネに、カオリは素直に名乗る。


「カオリだよ」


 体制を低くして、カオリの足元を狙って連撃を振るが、カオリは巧みな脚捌きと、刀の牽制で難なくやり過ごす。


「カオリ、嫌いかも」

「そっか~、私はそうでもないかも」


 暗殺者と云うわりに、表情を偽らないリジェネに対して、カオリはおかしいと自覚しつつも、少し好感を抱いた。


(ついにファンタジー定番のキャラ登場かな? ならその能力、試させてもらおっと)


 縮地からの無拍子の一刀、回避不能の一閃に、リジェネは驚愕の表情で身を翻す。


「ぐっ」


 短い苦悶の声を上げ、反撃とばかりに目にも止まらぬ速さで両刀を振い、カオリを牽制する。


「あれを躱すか~、流石だね。でもその傷を見れば間違いないね。自動再生能力があるのは」


 服を斬り裂いて、逆袈裟に裂かれた肌が覗く身体を注視するカオリの目に、その傷が間もなく塞がる様子が見てとれた。

 骨で逸れた浅い傷に過ぎないが、カオリの目的は十分に果たす。


「殺すなら、心臓を抉り出すか、頭を切り離すか、それぐらいしか有効じゃなさそうだね。そうでなければ、死ぬまで斬りまくるかな?」


 笑うカオリの顔目掛けて、短刀が一直線に飛来するが、カオリはそれを振り上げた左手の脇差で、真っ二つに両断してみせた。


「それでもカオリじゃあ、私は殺せないよ」


 自慢げに呟くリジェネに、カオリも理解を示しながら、絶妙な拍子で二刀の連撃でもって攻撃する。

 右手の太刀を牽制で振り上げ、本命の脇差の突きを放つ、と見せ掛けて斬り返した太刀を遠心力を利用して、稲妻の如く振り下ろす。


 嵐のような攻撃に、リジェネは堪らずに、太股をやや深く斬られる。

 それでもその足で跳躍し、空中から明滅する魔石を放り投げて来たのを、カオリは間髪入れずに全て斬り払った。

 魔力が明滅していた魔石も、破魔の魔力を流した聖銀の太刀で割られ、おそらく何らかの爆裂系魔法が込められていたのが無力化されて、地面に虚しく落ちる。


「傷も再生するし、体力も尽きない」


 着地して新たに短刀を出現させる。


「先に力尽きるのは、そっち、――え?」


 自らが有利であることを主張するリジェネであったが、踏み込もうとした脚に、突如激痛と脱力を感じ、膝をついた。

 痛みの元を視線で探し、視界に映るは先程斬られた太股の切傷だった。


「……どうして治らないの?」


 心底不思議そうな表情で、リジェネは混乱していたが、カオリは無表情で告げる。


「概念攻撃って云うんだよ、魔法でもない、毒でもない、斬ったという不可逆性を、意思と共に刀に込める私だけの剣技」


 理解不能とばかりに驚きの表情でカオリを見詰めるリジェネに、カオリは冷淡に続ける。


「私は殺すことに拘ったり、執着はないけど、斬る。ということには、確固たる意思でもって刀を振っているつもりだから、斬り損ねることなんて絶対にないよ?」


 たとえ彼女が不死身であろうとも、斬るという選択以外を選べないし、選ぼうとも思わないとカオリは告げる。


 強者であろうが斬る。

 弱者であろうが斬る。

 堅固であろうが斬る。

 柔靭であろうが斬る。

 剣が無駄でも、斬る。


 矛盾した事象を刀に乗せて、執念とも呼べる刀への絶大な信頼を、己の意思で振り降ろす。

 カオリがアイリーンとの勝負の中で見出し、魔物との数多の殺し合いを経て編み出した。絶対不可避の一の太刀は、この世界の魔法という理すらも斬り裂いたのだ。


 信じられないものを見る目で、リジェネは後ずさりして、不気味な少女を凝視する。

 だがややあって、リジェネは俯いてカオリから視線を外すと、小さく肩を震わせ始めた。


「あっははっはーっ!」


 これまでのやり取りで想像も出来なかった少女の喜色の声に、カオリは首をかしげる。


「私を殺せるんだっ! カオリは剣で私を斬り殺せるんだねっ? 斬って斬って斬り合った果てに、私は死ぬことが出来るんだねっ! 嬉しいっ、嬉しいよっ!」


 この世の春を祝福するが如く、喜びの声を上げるリジェネに、カオリは困った表情でその様子を見詰めた。


(まずった~、そっち系だったか~、不死身の死にたがりか~、そう云えばこの人もアラルド人だったの忘れてた~、戦闘狂で脳筋なのに物理で死ねないんじゃ、そりゃおかしくもなるよね~)


 数多の創作作品で見られる。不死の憂鬱の典型を目の当たりにして、カオリは心底困り果てた。

 現代日本の創作作品に触れたもの達には、有触れた設定であれど、それが現実として存在するこの世界では、切実な問題であるのは想像に難くない。

 リジェネがどう云った経緯で不死の肉体を得たのか知る由もないが、暗殺技術を身につけている時点で、碌な出自ではないのは一目瞭然だ。

 そしてそんな不死の憂鬱を抱えた人物が、自らを死に至らしめる手段をもつ、好敵手であるカオリと対峙すれば、後の展開は分かりきっている。


「カオリ大好きだよ! 私を殺せる貴女なら、死闘の果ての絶望を、私にくれるって信じられるものっ、いっぱいいっぱい殺し合おうねっ!」


 そう言った後、リジェネは例の如く、どこからともなく魔石を取り出し、魔力込めて魔法陣を出現させる。


「でも今日は邪魔がいるから、帰るね」


 満点の笑顔で手を振るリジェネを、カオリは厳しい表情で見守った。

 今この瞬間に斬りかかることも出来るが、以前ロゼッタに、転移魔法の発動中に無理に介入すれば、不完全に巻き込まれて、最悪身体の一部だけもっていかれる可能性があると教わり、仕方なく傍観する他なかった。


 眩い光を残して消え去ったリジェネを見送り、カオリは深呼吸をする。


「マジ……お断りだよ」


 魔物の咆哮と断末魔、騎士達の悲鳴と怒号が響く神殿に、少女の小さな呟きが消えていった。


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