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( 調査報告 )

 王都に存在する三つの迷宮、しかしその真実は、隠された集積場にて合流する。一つの広大な大迷宮であった。


 その事実は関係各処を大いに動揺させたが、とりわけ冒険者組合上層部の混乱はとくに大きかった。


 迷宮は魔物を生み出す悪しきものであると同時に、富をもたら源泉だ。

 迷宮を管理するもの、または組織は、迷宮から得られる産出物を、取得し売買する権利が得られ、それにより富を増やすことが可能であった。


 通常の鉱山はいつかは枯渇し、閉山を余儀なくされる。

 だが迷宮であれば、完全に管理されている限りは、半永久的に富をもたらしてくれる。

 そのため貴族や豪商といった権力者や有力者のほとんどは、迷宮を発見し次第、管理を試みようと画策するのが、世の常であったが、現在その試みが実際におこなわれることは非常に稀である。


 それは迷宮が時を経て、より深く、より凶悪になることで、そう遠くない未来に、必ずといっていいほどに、魔物の暴走を引き起こすことが、歴史的に明らかであるからだ。

 よって現在では、迷宮の管理は、王家および伯爵以上の高位貴族と、冒険者組合にのみ、管理を許可すると、法律が定められている。


 根拠としては、安定した兵力と武力の確保が可能であるからだ。

 さて今回の王都迷宮の真実が明かされたことで、冒険者組合が動揺した理由がなにかと云えば、答えは至極簡単であった。

 もし王都の迷宮が真実、一つの広大な迷宮である場合、果たしてその管理権限は、どこに帰属すべきものであるかが、問われたからだった。


 この場合、来歴から云えば、王都に存在する迷宮は、本来数百年もの長きに渡って王家が守り続けており、採石場と下水道の迷宮に関しては、比較的最近になって冒険者組合が管理を委託されるようになった歴史があった。

 そして力関係では、西大陸最大の国家の王家と、冒険者達の相互扶助組織に過ぎない冒険者組合、どちが強いかなど比べるまでもない事実である。

 結論、王都の迷宮の管理権限は、当然のことのように王家に帰属すべきものであり、冒険者組合は改めて、王家からその権限を下賜されるべきであると考えられた。


「つまり、どういうことです?」


 今回の調査により判明した事実によって引き起こされる事態を、説明する上で考慮しなければならない、根本的な来歴を説明され、焦れたカオリは結論を求めた。


「最悪、冒険者組合は王都における二つの迷宮の管理権限を失い、それにより迷宮からもたらされる産出物の売買および所有権を放棄せざるをえない、かもしれないということだ」

「へ~、大変そうですね」


 完全に他人事として反応するカオリであるが、ことの発端はカオリが隠し通路を見付けてしまったことに起因するのだ。

 責任こそないものの、原因の一端であるのは事実なのだから、もう少し真面目に聞く姿勢があってしかるべきである。


「まあ王家としても、そこまで無体な真似はせんだろうから、恐らく協議の末に警備面での協力と、一定額の上納金を納めさせることで、これまで通りの運営を維持するよう取り計らうだろうがな」


 ササキの予想は後に事実となるのだが、この時すでに、左程大事になることはないだろうと予想していたため、別段カオリの反応を咎めるつもりは毛頭なかった。

 それよりも、調査中に対峙することとなった。謎の殺し屋とその召喚獣の存在こそが、大いに問題があると考えられた。

 これに関しては冒険者組合よりも、王家の方が大いに悩まされた。


 隠し通路があっただけでも悩みの種であるのも関わらず。そこを調査中であったカオリ達調査団が、何者かに、しかも凄腕の殺し屋と、召喚魔法と転移魔法をも行使する。恐らく組織が利用していた事態が発覚したのだ。

 夜もおちおち寝てもいられないとは、まさにこのこと、どこよりも安全であると信じていた王城の足元を、そんな脅威が跋扈していたかと聞かされれば、さしもの王家も動揺を隠せなかった。


 しかもカオリ達が纏めた報告書には、殺し屋と、彼女が召喚した魔物の情報が、実に詳細に記載されていた。

 召喚魔法自体は古くから存在が語られており、現在も研究が盛んにおこなわれている。

 高純度の魔石に術式を刻み、任意の場所や次元から、魔物や物体を召喚するのは比較的容易である。

 高純度の魔石と、込める膨大な魔力の確保、また高度な付与魔法を使える魔導士および技術者の確保に、目を瞑るのであれば、だが。


 つまり件の殺し屋は、間違いなく高位魔導士が関係者に属しており、魔石なども収集出来る潤沢な資金力をもつ組織、そこから送り込まれた刺客であるということだ。

 しかも召喚された魔物は、名付きの強力な個体であり、【人工合成獣】という名称からも予想される通り、人の手で創られた人造生物である。


 魔物を人の手で生み出すなど、禁忌も甚だしい所業であることは明白だ。

 事実はカオリの所感を大きく上回るほどに深刻であった。

 だが今回の殺し屋の属する組織に、ササキは心辺りがあった。流石に三年間もこの世界を暗躍した一国家の王であり、神鋼級の冒険者に上り詰めた傑物である。


「【アルクリード魔術結社】か【ヴラディール一派】のどちらかであろうな」


 ササキは確信をもってそう告げる。


「すごく仰々しい名前ですね。その二つはどんな組織なんですか?」


 カオリの質問にササキは答える。


「帝国の【暗銀の塔】を追放された自称黒魔導士達が結成した。異端魔導士集団が【アルクリード魔術結社】だ。もう一方は世界最古の吸血鬼一族が率いる派閥で、魔の時代より存在が語られている。一族の姓がヴラディール、故に【ヴラディール一派】と呼称されている」


 カオリは無言のまま頭の中で情報を整理する。

 現在カオリは屋敷にあるササキの執務室にて、ことのあらましをササキから聞かされている最中である。

 迷宮での調査後、報告書を騎士達とは別に纏め直し、それをササキに提出し、ササキは直接国王に報告し、その結果をカオリに教えるべく、カオリを執務室に呼びだした次第である。


 カオリ達が纏めた報告書の内容は、基本的に在りのままをこと細かく記載したものだが、騎士達はそこからさらに今後の迷宮内の警備の草案も添えたものである。またカオリ達の報告書は同時に冒険者組合にも提出するので、王家の判断にまつわる内容は省く必要があった。そのため別々にした方がよいと考えたからだ。

 これによりカオリ達個人の調査能力の高さが、王家に伝わることとなり、結果的にカオリ達は内外ともにその評価を高めることとなる。

 今回ササキがカオリを呼び出した理由は、ここからが本題であった。


「そして本題だが……、今回の功績から、王家は是非カオリ君達を、王城に招きたいと、招待状を私に預けた。長きに渡り秘められていた王城への侵入経路を発見し、またそれを利用していた組織の情報をもたらした功績を讃えるのが、今回の招聘の理由だ。受けるかね?」


 本来であれば一介の冒険者が、王家の招聘を断ることなど出来るはずもないのだが、ササキはあえてカオリに是非を問う。


「あ、はい、お断りします」

「だろうな、そう言うと思ったよ、だが一応理由を聞こう」


 カオリの返答を予想していたササキは、驚きもなく肩を竦めた。


「迷宮における調査は、あくまで私達の私的な好奇心からおこなったもので、その結果が誰にとって価値があるかは、私達に関わり合いのないことです。私は王国民ではありませんし、ただの一介の冒険者に過ぎませんから」


 ササキは鷹揚に頷きつつ、懐からもう一枚の書状を取り出した。


「そこでだ。国王は君にある依頼をしたいそうだ。内容は一週間後におこなわれる鎮魂祭にて、王族の護衛だ。理由としては今回の一件にて、召喚された魔物の脅威が発覚したので、是非冒険者の力が欲しいとのことだ」


 カオリ達は先の一件で、殺し屋を撃退し、召喚された魔物を討伐した実績を示した。

 それによりカオリ達ならば、同様の襲撃にさいしても、問題なく対処出来るだろうと考えたのだ。

 もちろん王家近衛騎士団や王族私有の騎士団も、身辺警護の任にあたるのは当然であるので、護衛と云うよりも、出現した魔物の討伐が期待されていると云える。


「もちろん依頼対象は名目上私ということになっている。だが国王は君達にも帯同を熱望している。これなら請けるかね?」


 やや不敵に笑うササキに、カオリは苦笑する。


「それなら十分ですね。請けます」


 カオリは即決する。




「あん? つまり鎮魂祭にはまた王都に来ないといけないのかい?」


 広間にて完全に弛緩した様子で麦酒を煽るアイリーンが、片眉を歪めて反応する。


「最初の招聘を断る辺りがカオリらしいけど、それを予想して依頼という形をとられた陛下の慧眼には平服するわ、とても光栄なことよ、王国貴族としては安心したわ」

「ようございました。カオリ様」


 ロゼッタとアキもそれぞれ感想を口にする。

 国王から名指しで依頼を請けるという栄誉に反応したのはロゼッタのみである。

 彼女にしてみても、押しも押されぬ侯爵家の令嬢である。

 王族に拝謁する機会は多い上に、親族には傍仕えに勤めるものもいるため、ことさら恐縮することはなかった。

 今回は冒険者としての護衛任務である。格式や振る舞いにそこまで厳格に務める必要はないため、これまでよりも肩の力を抜けると思っているほどである。


「村の仕事は引き継いで来たから、急いで帰る必要はないがね。その間暇になるのはいただけないね。あの一件で迷宮は当分閉鎖されるんだろう? だが王都周辺じゃあ碌に強い魔物も出ないさね。あたしゃ身体が鈍っちまうよ」


 だがアイリーンにとってはそれよりも、当日までの暇潰しこそ懸念であったようだ。


「でしたらアイリーン様、王都の酒舗などを廻られるのはいかがでしょう、帝国よりは酒精の弱いものが多いかと思われますが、香りや味わいが豊富に愉しめるかと」


 そう提案するのはステラである。


「おっ、そう云えばそうさね。折角来た初めての王都さね。帝都でも手に入らない酒には興味があるね。村の土産にもなるさね」


 興味を示したアイリーンに、ステラは品のよい笑顔を向ける。


「私は一旦村に戻ります」

「珍しいわね。アキはカオリの傍にいたがるかと思ったのに」


 アキが進言すれば、ロゼッタは少々驚いて言う。


「村の管理はカオリ様より命じられた大役です。特別な理由なく離れる訳にはまいりません、また王都におけるカオリ様のお世話は、ステラ殿に任せた身の上、ここで出しゃばるのは筋が通りませぬ」


 アキなりの忠の尽くし方を示し、カオリは頷いて許可をする。カオリにしても村の詳細な報告は必要である。


「なら早速、王都巡りでもしようかね」


 アキが黙礼して部屋を出れば、アイリーンも意気揚々と広間を後にする。

 本日は迷宮調査帰還から翌日の昼である。流石に連日の迷宮活動から精力的に動くほど勤勉ではないので、数日は休養日であると同時に、一応護衛任務に向けての作法の予習に充てるつもりだ。

 いくら冒険者と云えども、王家の御前に出る以上、最低限の礼儀作法というものは要求される。

 また後援者であるササキの顔に泥を塗らないためにも、無知から粗相を晒すわけにはいかなかった。


「国王ならびに王妃両陛下への事前のお目通りは三日後ね。当日の警備態勢の概要と、私達の具体的な配置を説明していただけるそうよ」

「あそっか、いきなり当日よろしくって訳じゃないよね。じゃあうかうかしてられないね~」


 報告書を通してカオリの情報を相手方が理解していても、顔も分からないものに、当日の護衛をさせるわけがないと、遅ればせながら思い至るカオリは肩を竦める。


「それよりもカオリ、貴女もう少し衣装を整えた方がいいわねぇ、幸い上着も下着も正装が揃っているけど、履物が随分くたびれたままだわ、剣帯も、新品とは云わないけど、せめて磨いて保革油を塗り直した方がいいわよ?」


 ロゼッタの指摘にカオリは間の抜けた表情をする。


「私だけ? 一応今回はパーティー全員が同席するから、アイリーンさんもアキもどうにかした方がいいんじゃないの?」


 護衛にさいしては、カオリ達【孤高の剣】全員でことにあたる手筈になっている。

 よって皆が皆それなりの衣装や装備で挑まなければならない、流石にドレスはいざ戦闘になった場合に、戦うどころではないので、あくまでそれなりにではあるが、明らかにみすぼらしい恰好は憚られた。


「アキの衣装はカオリの国の祭服なんでしょ? 他国の宗教の伝統衣装にまでケチをつける輩はいないわ、アイリーンに関しては一応騎士甲冑と云えなくもないし、今から彼女の巨体に合った甲冑を揃えるのは不可能よ、だから当日までに鍛冶屋で調整や研磨にかけて、少しは綺麗にするぐらいかしらね。上から外套で覆うという手もあるし」


 ロゼッタの説明にカオリは呆けたように聞いていた。


「でもカオリは今後学園に通うようになるし、それなりに注目されると思うから、手を抜く訳にはいかないもの、私もこれから衣装の手直しと、拝謁のためのドレスをステラに調整してもらう必要があるから、カオリも一緒に見直しましょう?」

「あ、はい」


 さも当然とばかりに言うロゼッタに、カオリは二の句が告げなくなる。


「あの【人工合成獣】の討伐報酬もあるから、お金の心配はないはずよ、さあ行きましょう」


 ロゼッタは善は急げと云わんばかりにカオリを急かす。それから二人は、ステラを伴って街の衣装屋や靴屋を巡ることとなった。




 そして王族との顔合わせ当日、カオリ達とササキを乗せた馬車は、ビアンカの御者により王城へと辿りついた。

 堀を超える跳ね橋を超え、城門で馬車を預けた一行は、そのまま本城へと徒歩で向かう。


「ほえ~、本格的お城だね~」

「流石はミカルド王国さね。皇城にも負けない立派なもんじゃないか」


 カオリとアイリーンがそれぞれ感想を述べる中、ロゼッタは堂々とササキの一歩後ろを歩く。


「あらアイリーンってば意外と素直ね。てっきり篭城には不向きとか言うかと思っていたけど」

「そりゃ帝国と百年も戦争していた。いや出来ていた大国さね。宿敵だからこそ強大であれと思うのは、戦士の矜持さね」

「さっぱりだわ」


 いつもと比べれば穏やか応酬に、一行は自然と笑顔を浮かべる。


「でもやっぱりアイリーンさんの正装って違和感すごいですね。似合ってますけど、見慣れていないからなんだか不思議~」


 本日の皆の衣装は、いつになく小奇麗に纏まっているものだった。

 カオリはやや特殊な、騎士服なんだか礼服なんだか分からない組み合わせで、ロゼッタは貴族令嬢らしいドレス姿が様になっている。

 アキだけはいつもの巫女服だが、本日は千早と呼ばれる上衣も羽織っているため、やや格調高く見える。


 だがやはり目がいくのは、アイリーンの衣装だろう。

 出会ってからこれまで、甲冑姿か全裸しかほとんど見ることがなかった彼女が、本日はなんと鎧を纏わぬ正装を纏っていたからだ。


「そりゃあたしだって、伊達に帝国の公爵令嬢を名乗ってないさね。まあこれは話を聞いたダリヤがアキに持たせたやつだけどね。こんなこともあるかと思って用意していたとか、用意周到なことさね」


 アイリーンの衣装は、帝国の貴族女性が正式な場で着ることが定められている正装だが、王国とはかなりの部分で違っていた。


「帝国の女性の正装は、云わば乗馬服が発展したものが元となっている。彼の国は国土の約六割が降雪地帯ゆえに、女性でも騎乗して移動するのが普遍的だ。見栄よりも実利をとる辺りが、帝国らしいと私も当初は思ったからな」


 ササキが分かりやすく説明するのを、一行は感心して聞いていた。

 ササキが言った通り、アイリーンの衣装は、上着こそドレスのように煌びやかな仕様となっているが、下衣に関してはキュロットと長靴になっていた。

 ただし本格的な乗馬服と違い、そこはやはり公式な場であることと、女性らしく華やかさを意識した仕様なため、靴はやや踵が高く、また装飾も華麗である。


 ともすれば、現代地球の欧米や西洋の女性が少しお洒落を意識した。カジュアル衣装にも見えなくもない様相である。

 それを身長百九十センチの長身かつ、筋肉お化けのアイリーンが纏っているのだから、もはや筆舌に尽くし難い迫力がある。

 髪も両側に編み込みを加え、全体的に半昇に結い上げているので、いつものうなじまである無造作な髪型と打って変わって、女性らしい雰囲気が出ている。


 帝国式にも精通していたステラ渾身の出来栄えに、カオリ達は朝から感心しきりである。

 とくにロゼッタはやや羨望の眼差しを送っていた。それは偏に彼女が冒険者に憧れ、活動的な女性像に憧れていた内心があったゆえであり、未だ王国の女性の在り方に、固定概念を捨て切れずにいた己を自覚したためであった。


「帝国の女は貴族でも戦う、それが帝国の誇りであり、強さの表れさね」


 誇らしげに胸を張るアイリーンの姿に、皆感嘆の声を漏らしたのだった。

 そんな一幕もありながら、一同は謁見の間に到着する。

 王城に無数にある謁見の間の中でも、本日の場はかなり簡素な一室である。

 紛いなりにも国王への拝謁ではあるが、祭事における護衛と護衛対象者の顔合わせが目的のため、一介の冒険者に過ぎないカオリ達へ、王家側が配慮した表れである。


 ササキを先頭とした一同が跪く周囲には、王家近衛騎士の騎士が数名と、宰相や近衛騎士団長が立ち合うのみで、人目が少ないことにカオリは安堵した。

 ほどなくして王族が入室する合図と共に、カオリ達は静かに顔を伏せる。

 人が数名入室して来るのを気配で感じつつ、それほど待つことなく声がかかる。


「おもてを上げよ」


 やわらかな声を受け、カオリ達はゆっくりと顔を上げれば、目の前にはこのミカルド王国の国王、アンドレアス・ガルガン・ロト・ミカルド国王が玉座に座して、カオリ達を見降ろしていた。

 ササキと私的な会談をしている時とは違い、今は一国の王に相応しき振る舞いを崩さず。しかし柔和な相好はどこか人好きのする印象が醸し出されていた。

 そして王の傍らには一人の女性がいる。


 ミカルド王国の現王妃、クリスティアーネ・ヴァイス・リタ・ミカルドは、ビアンカの所属する百合騎士団の創設者であることをカオリは思い出す。

 ササキが王への定型の挨拶を済ませれば、ようやく名乗りが許される。

 身分が下位のものは、許可なく勝手に名乗ることは許されない、そういった最低限の礼儀をここ約半月で学んだカオリは、初めての実践が王への拝謁とは思いもよらなかったが、問題なく対応した。


 迷宮調査の功労を労い、発覚した事実への懸念および、襲撃者の撃退を評価する言葉を賜れば、名目上の王家の対面を保ったことになるので、双方簡単にやり取りを終えれば、次の話題に移る。

 近衛騎士団長より当日の警備概要の説明を受け、後はカオリ達の具体的な配置を決めるのみである。


 しかしカオリ達は別室に移るように指示され、ササキと別れて移動した。

 貴族の作法にまだ疎いカオリは、別室に移動した理由が分からず首をかしげるばかりだが、カオリ以外は皆落ち着いた様子である。


「皆楽にしてくださいな」


 その言葉と共に入室して来たのは、なんと先の謁見では無言を貫いていた。現王妃のクリスティアーネ王妃だった。

 蜂蜜色に輝き、結い上げられた髪は眩しいほどで、琥珀のように透き通った瞳は宝石の如く、目が離せなくなる力を湛えていた。


 御年四十という年齢だが、一見すれば二十代にも見えるほどに若々しく、些かも美しさを損なっていない御姿に、カオリは感嘆の溜息を洩らす。

 謁見の間でも同じことを思ったが、玉座からはやや距離があり、また両陛下への謁見ということもあり、緊張から意識を向けられなかったので、こうして近くから改めて観察することで、その感慨を深く抱いた。


「きれぇ……」


 見目だけではない、その一挙手一投足にいたる全てが洗礼され、存在そのものが完成された芸術品を思わせる気品に満ち溢れていた。

 また王家などとこれまで、対象に与えられた情報でしか認識していなかった存在を目にし、カオリは想像すらしなかった。様々な感情の奔流に戸惑った。


 言葉で、ましてやただの女子高生に過ぎなかった少女であるカオリが、ある種感動にも似たその感情を、的確に表現することは敵わなかった。

 物語に登場する王族という役、ゲームに登場する王族というキャラ、どこかそんな風に認識していたことを、カオリここで初めて自覚した。

 そして現実で、一人の人間として、目の前に、御前に立ち、ようやくことの重要さを理解したのだった。


「あら、ずいぶん嬉しいことをおっしゃってくださるのね。貴女のような若くて綺麗な女の子に、そんな風に言われたら、照れてしまいますわ」


 気さくな風に振る舞いながらも、そこいらの御婦人とは隔絶するほどの気品を滲ませながら、王妃は上品に笑ってみせる。


「それにロゼ、貴女も随分いきいきとした雰囲気になりましたね。ほんの数カ月前までは、もっと気性が穏やかではなかった様子でしたのに、まるで人が変わったようね。もちろんよい意味でよ」

「その節はお恥ずかしい姿を御見せいたしまして、恥ずかしい限りで御座います陛下」


 ロゼッタにも見知っている素振りを見せ、言葉をかける王妃に、ロゼッタも優雅に礼をする。

 アキとアイリーンはその間黙ってことの成行きを目を伏せて立っていたが、王妃は二人にも視線を送る。


「カオリ・ミヤモト嬢と御同郷である貴女は、巫女であるとお伺いしました。獣人種でありながら聖属性魔法をお使いになられるのだとか、主人であるカオリ・ミヤモト嬢も凄腕の剣士だと驚きましたのに、その従者も特異な存在であるとはと」

「お褒めに預かり光栄に存じます」


 次いでアイリーンにも言葉を送る。


「そして貴女様は彼の帝国の大貴族、バンデル公爵家の御息女だと紹介されれば、もう驚いてばかりだわ、彼の帝国騎士の勇猛振りは、永く王国を脅かすほどに知れ渡っておりますもの、この度はその勇猛さを我々の護衛のために振って貰えるなんて、心強い限りよ、王国を代表してお礼申し上げます」

「我がバンデル家の血と鉄をもって、御身に降りかかる如何なる脅威からも、身命をとして御守りすることを、装武神カルタフに誓います」


 長年の宿敵である帝国と王国とのわだかまりも感じさせずに、感謝の意を示す王妃に、アイリーンは紛うことなき貴族の礼をもって、また帝国の威信すらも背負う姿勢でもって、神への誓いとともに頭を垂れる。


「そしてカオリ・ミヤモト嬢、貴女は先の迷宮調査にて、謎の暗殺者を見事撃退したとか、その御歳で、また女性の身でありながら、類稀な剣の才能を開花させ、その身一つで偉業を成そうとする気概を、予てから注目していました。今日は会えて本当にうれしいわ、だから御近付きの印に、どうか御名前でお呼びすることを許して下さいませ」

「ご随意に、陛下」

「嬉しいわ、カオリ嬢? カオリ様? それともカオリちゃんでもいいかしら?」

「陛下それは流石にカオリも委縮してしまいます。せめて嬢くらいでお許しください」

「あら、でもロゼのお友達なのでしょう? なら私も是非親しくなりたいもの、色々冒険のお話も出来ればと、今日は楽しみにしていたのよ?」

「「……」」


 王妃の突拍子もない言葉に、一同の間に沈黙が落ちる。

 どうやら立ち居振る舞いこそ至高の存在であるものの、本性は御転婆な様子の王妃に、カオリ達は呆気にとられてしまった。

 ロゼッタだけは知っていたのか、呆れている雰囲気であるが、流石は貴族令嬢だけあってその内心は上手く隠しているようである。

 王妃の勧めもあって円卓に座る一同(アキを除く)に、王宮の侍女が淹れた高級品の紅茶が出され、カオリはそれに恐る恐る口をつけながら、どうゆうことなのかと、ロゼッタに視線で訴える。


「王妃陛下は大変闊達であり、また女性が活躍することをとてもよく思われていらっしゃるの、ご自身も剣をとられるほどに才をお持ちで、百合騎士団の設立からも分かるように、女性の社会進出を推奨しておられるお方なのよカオリ」


 ロゼッタの言葉を聞いて、カオリはなんとなくだが王妃の人となりを理解する。


「貴女達のお話は、夫を通じてササキ様からお聞きしていたの、ロゼのお父様であられるアルトバイエ侯爵が、時折夫に娘の愚痴を漏らすので、それもあって私も注目していたのよ」

「……お父様、なにをしているのよ……」


 手の甲で額を打つロゼッタに、王妃はクスクスと笑う。


「女が前に出ることを、この国の男達はあまり快く思わないのは、カオリ嬢も知っているでしょう? でも私はそれを少しでも変えていこうと思っているの、帝国では実力があれば、女性でも出世が望めるのでしょう?」


 王妃に振られたアイリーンは自信に満ち溢れた様子で肯定する。


「アラルド人の女は、男共の影に隠れて震えるような淑やかさはありませんからね。それならいっそ、夫を自分の手で守るくらいの気概に溢れた女傑が尊ばれる。ゆえに我が強く、幼少から男と同じように、武術と教養を身に付けさせます。まあ全ての女がそうと云う訳ではありませんが」


 隆起した僧帽筋と三角筋を誇示するかのように腕を組むアイリーンだが、彼女がアラルド人としても異常なのは、従者のダリアを見れば分かるので、カオリも苦笑が漏れる。


「もちろん王国の女性を馬鹿にする訳ではありません、近年我が国でも、王国式の礼儀作法は男女共に注目され、とくに淑女の気品は見直されて久しく、今ではロランド人女性を講師に招いて、その礼儀作法を子に身につけさせようと、高い給金を出す高位貴族も増えております」


 いつになく慇懃な言葉遣いで話すアイリーンに、王妃は実に楽しそうに聞き入っていた。


「たしかに礼儀作法は文化を形作る。とても大切な要素の一つだものね。強さと教養は同価値と考えても過言ではないと思います。でも事実、王国ではそれが偏ったために、女性の社会的地位を低くしている要因になって来たわ、子を産み育てる。大切な役目を神々から授かった私達女性が、心身共に苛まれ、ましてや戦場で命を落とすなどあってはならない、という王国の古くからの固定観念も理解出来るけれど、だからといって個人の自由意思まで抑えつけるような風潮は、個人的に許容し難いと感じるわ」


 まるで昔の日本社会をあらわしたかのような評価に、カオリは目を閉じて無言で同意する。が。


「私の故郷でも同じ世論があります。しかし権利の主張が曲解を生み、仕事の取り合いや金銭的隔たりを招く場合もありました」


 カオリの発言に、王妃を含めた皆はやや驚きの表情で会話を止める。


「例えばどんなことか、具体的に伺ってもいいかしら?」


 王妃の問いかけに、カオリは思い出しながら話す。


「男女平等とかいいながら、支払いは男性の役目とか言う女の人とか、性差別的発言も男性は批判されて、女性が口にしても誰も咎めなかったり、そもそも男性に養われる女性をなんら不思議に思わないのに、反対はむちゃくちゃ馬鹿にされたりしますから、ぶっちゃけ完全な平等なんて無理だというのが本音ですね」

「「……」」

「ぶはっ、そりゃ面白い状況さね」


 カオリの言葉に絶句する王妃とロゼッタだが、アイリーンは淑やかさ忘れて吹き出す。


「そうねぇ、流石に私も男女差による適性を無視して、権利だけを主張するのは、どこか間違っているのは理解出来ます」

「それは一部の女性が、たんに無作法なだけじゃないのかしら? 普通の分別をもっていれば、互いに不快に思うような言動は避けるものよ、カオリの故郷って変わってるんじゃないかしら?」


 二人の言い分を聞いて考え込むカオリだが、思い至ることがなにかを口にする。


「たぶん戦争がなく、平和な社会が続いているのが原因の一つだと思います。生死の不安がなく、経済的に物質的に豊かになって、男女による労働力の差が狭まったことで、性差による産業の難易度が低くなって、むしろ知識による専門性が重要視されるようになったんじゃないかと」

「なんだかいきなり難しい話しになったね」


 カオリの見解にアイリーンが首をかしげる。


「肉体労働が減って、男性の力や体力がなくても、経済が保たれた状況が当たり前になったのかな? 重いものを遠く運ぶのでも、機械……魔道具が代わりに持ち上げて、車……魔導車で遠くまで運べますし、大量生産だって出来ます。まあそれでも工事現場や生産工場では男性が主力だし、女性の一部がその事実を知ろうとしないのはたしかにあると思いますが……」


 カオリの分析を聞いて、今度は王妃が思考に入る。


「……それは、重要なことを聞いたわ、今後帝国との停戦が続けば、男性、とくに兵士や傭兵が仕事にあぶれる可能性が高いものね。当然鉄工業のような戦時需要に関わる肉体労働なども、必ずしも男性でなければ出来ない仕事と云う訳ではなくなる可能性があると……、それにより自然と女性の社会進出が進み、助長する一部の女性などの言動が、社会不和を招くかもしれないと……」


 神妙に考え込む王妃。


「カオリの国の魔導技術には素直に驚くけど、その発展の影で、まさかそんな火種を抱える事態が予想されるなんて、考えもしなかったわ、他人事ではないのね」


 ロゼッタも静かに納得の様子を見せる。


「でも人間同士の戦争が遠ざかっても、魔物の脅威には男の腕っ節と度胸は必要さね。カオリの言うところの平和な社会ってのは、現実に在り得るのかい?」


 アイリーンがこの世界の常識から、至極もっともな意見を言えば、カオリもまた考える。


「辺境の街々や領ではそうかもしれませんけど、王都周辺の都市部では、よほどのことがない限り安全は保たれているんですよね? 非常識な人はいつの時代どこの国でもいるって考えるなら、王妃陛下の考えが、曲解されて受け止めらる可能性が、絶対ないとは言い切れないじゃないんですか?」


 話し込む内に緊張がほぐれて来たカオリは、いつものとぼけたような無表情に戻り、思ったことをそのまま発言する。


「……決めたわ」


 王妃が小さな声でなにかを決意する。


「カオリ嬢、そしてロゼ、アイリーン嬢も、可能であれば今後、私専属の相談役になってはもらえないかしら? これからの王国の女性の在り方について、是非とも忌憚のない意見を聞かせてほしいの」


 生粋の王国貴族令嬢として育ちながらも、冒険者に憧れた気概と価値観をもつロゼッタ、帝国貴族令嬢という女傑の文化を体現するアイリーン、そして異世界という高度な社会を知るカオリという存在。

 ミカルド王国王妃という立場であり、女性の社会進出と社会的地位の向上を願う一人の女として、目の前の三人の女の子は、今後の自身の活動に大いに役立つと彼女は考えた。


 村の発展を話題に議論することが、日常化しているカオリ達にとって、誰かを交えて議論するのは一つの楽しみでもあった。

 違う立場、違う価値観、しかし目的を同じくし、共に協力してことにあたる状況は、否応なく彼女達の思索能力を向上させた。


 ロゼッタなどに云わせてみれば、同世代の貴族令嬢の話題と云えば、どこの仕立屋がよいドレスを扱っているか、どこの菓子が美味しいか、どの劇団や詩歌がよいのか、そしてどこの令息が気になるか、そういった世俗的な話題ばかりである。

 それは王妃であっても同様で、貴婦人同士の会話で、具体的な治世や文化形態への懸念を題材にした議論など、到底望むべくもなく、自身の考える理想的な社会の実現に向けた。慎ましい政策に、強く意見を言うものなど皆無である。


 仲のよい一部の侍女などは、話しこそ聞いてくれるが、所詮は市井を知らぬ箱入り娘なのが現実、いざ具体的な考察になれば、首をかしげるものばかりであった。

 しかしカオリ達はその点、冒険者という立場ゆえに、ある意味で王国貴族のしがらみから遠い立場を有している。

 ロゼッタ以外は事実、王国民ではないのだから当然である。またそのロゼッタ自身も、王国の貴族令嬢の在り方に不満をもつ、云わば同士であり、幼少より目をかけていた可愛い姪のようなもの、これほど気を許せる娘達は他にいないと、王妃は確信した。


「あ、はい、お断りします?」

「待って! もう少し考えてちょうだいっ、もちろん貴女達の成すべきことを優先してもらって構いませんし、正規ではなく私的な関係を約束します。貴女達の村の開拓業に悪影響は与えないと約束するし、学園での諸問題でも私の権限をもって協力すると誓います。だから即決は待ってはいただけないかしら」


 容赦なく断ろうとするカオリに、王妃は大慌てで条件を提示する様子を見て、ロゼッタは頭を抱え、アイリーンは椅子をも揺らして笑う。


「あー、ならいいのかな? ササキさんも国王様と仲がいいみたいだし、村の発展に一国の利権が絡むのを避けられれば、私的には問題ありませんけど……」

「聖女神エリュフィールの御名に賭けて誓います。貴女達の村を、国家権益に利用しないように取り計らい、また他の貴族の介入も、可能な限り排除しましょう」


 真剣な視線を一瞥し、カオリはロゼッタとアイリーンとアキに、それぞれ目配せをする。


「私は是非、王妃陛下に協力ご助力させていただきます。カオリもお願いよ」


 ロゼッタは懇願するように手を組む。


「あたしも賛成だね。なんだか面白そうさね」


 アイリーンはそもそも状況を楽しんでいる様子で笑う。


「ようございます。カオリ様」


 アキはそもそもカオリのすることに異論を挟まないが、一応確認する。


「なら構いません、こんな私達でよければ、喜んで承りします」


 こうしてカオリは一介の冒険者でありながら、一国の王妃という後ろ盾を手に入れることに成功したのだった。




 そんな一幕の後、当初の目的であった鎮魂祭当日の護衛任務における。配置場所や段取りの説明や調整を簡潔に済ませ、カオリ達はまた近い内に会うことを、半ば懇願されながら王城を後にした。

 後日、国王からの手紙に、王妃の興奮した様子の説明と、王の困惑がしたためられた内容を目にし、ササキは大層首をかしげた。


「君達はいったいあの後、王妃陛下とどんな会話をしたのかね。最高権力者と知己を結ぶのは流石と言いたいが、気に入られるにしても速過ぎると思うが」

「さあ? 普通に世間話をしただけですが」


 ササキは聞く相手を間違えたと思い、ロゼッタに視線を向ける。四人の中で唯一常識的な彼女を選ぶ辺り、ササキもカオリ達を十全に理解している。


「女性の社会的地位の向上に関する。私的な相談役という栄誉を賜りました。……かなりの好条件を引き出したうえでです……」

「なるほど、王妃陛下は開明派でも、とくに王国の女性の在り方を改善すべしと、いくつか政策も打ち出しておられたな」


 完全に理解、恐らく最初は即断った様子までも想像し、ササキは納得した。

 調和を重んじ、平穏を願う性格のカオリではあるが、村の、とくにアンリとテムリの将来に関わる案件には、例え相手が王妃であっても、容赦なく採決するカオリの考え方に、ササキは苦笑と共に、どこかでカオリらしいと安堵する。


「カオリ君、今度からは即断るんじゃなくて、まずはこちらの条件を示して、それから忖度するようにしなさい、今回は寛大な王妃陛下であったから問題にはなってはいないが、相手によっては要らぬ諍いを生むかもしれんのだから」

「ああそうか、分かりました。ごめんさい」

「うむ、善処してほしい」


 立場上一応といったていで注意するササキに、カオリは素直に反省を示す。

 時刻は朝食後の午前、広間で食後の短い歓談の席であったが、そこへ来訪の知らせを持ってビアンカが声をかける。

 来訪者は意外なことに、迷宮調査のおりに監督として同行した近衛騎士団の隊長、バルトロメイであった。


「朝も速い時刻から失礼します」

「あ、たしかワイルウッド様ですよね? 本日はどいった御用件でしょう?」


 ササキという神鋼級冒険者の手前、敬意を払うような様子に訝しむカオリであったが、どうやら少し事情が変わったようだ。

 カオリの勧めた椅子には座らず。先の傲慢な態度から一転、畏まった振る舞いでもってバルトロメイは切り出した。


「先の調査において、暗殺者と召喚された魔物と相対したあの時、私は己の無力さを痛感いたしました。それと同時に、帝国貴族、アイリーン・バンデル嬢を筆頭に、ロゼッタ・アルトバイエ嬢の魔法の力、またそちらの獣人の戦士殿の実力に、心底感銘を受けました――」


 一拍おいて続きを強調するように声を強めるバルトロメイに、一同は彼を見守った。


「どうか、よろしければ我等に、その強さの一片でもご教授いただきたく、師事を依頼したく参りましたっ」

「ほう……、私ではなく、彼女達と云うのは、なにか特別な理由あってのことかね?」


 やや威圧的に質問するササキであるが、これもカオリ達が面倒に巻き込まれないように釘を刺す意味を含めた言動である。

 分かりやすくいうのであれば、「うちの娘達を軽々しくナンパしてんじゃねぇぞ」である。違うか?


「……たしかに無双の強さを誇るササキ様に師事を受けるのが、騎士団としても箔がつくのはたしかです。しかし我々王国近衛騎士団は、正直に申し上げますと、ほとんどのものが、女性をただの守る対象であると思い込み、また戦う力もない弱者と侮るものがほとんどです」


 女性に囲まれているという不利なこの状況で、やや気後れしてカオリ達の様子を伺いならも、バルトロメイは続ける。


「しかし、あの日、私は事実として皆様の影に隠れ、震える手を抑えてでも、あの恐ろしい魔物に斬りかかることが出来ませんでした。それどころかアイリーン・バンデル嬢の勇猛な戦いぶりに、勇気づけられてすらいたのです……」


 あの傲慢だった騎士がここまで心変わりするほどとは、殺し屋の少女と対峙していたカオリは、アイリーンがどんな様子で戦っていたのか想像し、苦笑する。


「ああ、あの魔物は速いし硬いしで、なかなか楽しめたさね。でもただデカイだけじゃ物足りないねぇ、もうちっと知能があるか、いっそ腕も尻尾ももっと多けりゃあ、少しは手こずったかもしれなかったのに、どうせ造るなら考えてほしかったね~」


 大層愉快そう笑うアイリーンに、バルトロメイは思い出したのか、背筋を冷たくして震える。

 あの日に討伐せしめた【人工合成獣】だが、その難易度はアキの鑑定通り、黒金級の強さを誇っていた。

 歴史的大事件のおりに、その存在を表す裏の組織、【アルクリード魔術結社】や【ヴラディール一派】が関わっていると推測された案件では、時折同様の魔物がその被害を残していたことで、冒険者組合にその記録が残っていたのだ。


 同じ黒金級の【ソウルイーター】よりかは弱い個体ではあるが、その俊敏性や膂力、口から火を吹き翼で飛び回るその戦い方は、一都市を滅ぼしかねない災害にも匹敵していた。

 また召喚することで神出鬼没であることも黒金級に評される要因の一つである。

 王都で訓練こそするものの、戦争でも最前線は稀で、魔物と相対する機会も少ない、王家近衛騎士団がどれほど束になっても、抗しえるのは難しいのはたしかである。


 しかしカオリ達、厳密にはアイリーンの鉄壁の防御力と攻撃力、ロゼッタの結界魔法と魔法的支援、アキの薙刀と弓の遠中距離の対応力などを、自重することなく連携をもって戦えば、倒せない敵ではなかったのだ。

 ゲームで云うところの序盤のレイドボス的な存在と云えば、なんとなくその強さを理解してもらえるだろうか。


 本来であれば、口から火を吹くだけに留まらず。尾の蛇頭は猛毒の牙を有し、その炎自体も呪いの効果があるのだが、各種回復、解呪魔法をも使いこなす。聖属性魔法の使い手であるアキがいるのだから、仮にそれら攻撃を受けても、致命傷にはなりえなかった。

 もっとも、最前線で盾役もこなしていたアイリーンは、その鉄壁から掠り傷一つ負ってはいないのだが……。

 カオリにとっては気付いたら仲間に討伐され、金貨百五十枚の価値になっただけの獲物である。

 もちろん即刻、開拓資金やカオリ達の各種支度金の足しになったのは云うまでもない、ついでに現在諜報活動中の【泥鼠】の活動資金も追加し、彼等を絶句させたことも、云うまでもないだろう。


「私がこの度皆様方に感じたのは、その強さを支える戦闘技術と、なによりも勇気であります。女性であっても、勇気と日々の研鑽を積めば、真の脅威を前にしても、騎士の本懐を貫けると感じたのです」


 先の調査における功績と、詳細な報告書と警備体制強化の建言により、バルトロメイは近い内に昇進の可能性があると説明した。

 しかしそれらは元を正せば、カオリの洞察力とアキの鑑定魔法、ロゼッタの魔法分野への解析能力、アイリーンの軍事知識があって纏められた代物であった。


「魔物への討伐訓練を兼ねて、分隊規模を二組、迷宮を往復させつつ、冒険者に各小教会に物資を運ばせ、安全を確保すると共に相互監視体制を敷く、また騎士団員は各騎士団員から選出し、騎士団同士の連携強化も図る。アイリーン・バンデル嬢が提案してくださった草案は実に革命的であり、高位貴族のお歴々方からお褒めの言葉を賜りました」


 一同の視線がアイリーンに集まる。


「王国の騎士団は団毎の連携がなっちゃいないって、戦場でも感じていたさね。冒険者や傭兵みたいに、臨機応変に対処する術とか、せめて纏まって進軍すりゃあ、帝国ももっと苦しんだだろうなってさ」


 一戦士なだけでなく、用兵や軍略、ともすれば強兵政策にも明るいアイリーンは、肩を竦めてそうのたまった。


「心底呆れたわ……、敵国にも関わらず強くなるように願うその姿勢は、いっそあっぱれだわ」


 溜息を洩らすロゼッタに、バルトロメイも本心から同意する。

 バルトロメイからすれば、自身の功績とされる各要因は、実のところほとんどがカオリ達の功績であるのだ。

 このまま昇進し、名ばかりの隊長に就いた場合、実力も智謀も伴わない、ただのお飾りになる可能性を感じたのである。

 ただでさえお飾り気質の根強い、王家近衛騎士団である。


 帝国との戦争が事実上停戦し、活躍の機会を失いつつある現状、だからと云って剣から身を遠ざけられるほど器用でもなく。早晩軍縮が確定する恐れがあり、それによって失職などなれば、路頭に迷うこと必至である。


 かといって剣の実力では冒険者にも劣るかもしれず、アイリーンの提案から纏めた草案が可決され、いざ迷宮内での活動が活発化した場合、本当に戦えるかは不安が隠せないのも事実。

 結論として、早急に剣の腕、ないしは強力な魔物とも戦える十分な強さを、身につけなければ、恥を晒すばかりか、政争における攻撃材料にもなり兼ねないのだ。

 進退極まるとはこのことか。


「事情は理解した。私からは意見はない、カオリ君の意思に一任するとしよう」

「ちょいと待ちなカオリ」


 ササキの許可が出されるが、そこはカオリをよく知る一同である。そんな面倒極まりない案件を、カオリがそう易々と請けるとは思えず。アイリーンはすぐさま待ったをかけた。


「まだ断るとは言ってませんよ~」


 先に返答を止められたカオリは、不満を露わにする。つい先程即決で断るのをササキに叱られたばかりである。

 まずは条件を提示するくらいのつもりであったのだが、アイリーンは先手を打つ。


「カオリの剣術は余人にはまね出来ないさね。またロゼッタの魔法も、王立魔導騎士団には劣るさね。アキに関しても獲物が特殊だし、聖属性魔法なんて騎士団には使い手がいないだろう? ならあたしらで適当なのはあたしだけさね。だからこの依頼はあたしだけで請けることが出来ないかい?」


 アイリーンの提案に、バルトロメイは一瞬だけ考え、静かに首肯した。


「それなら講師じゃなくて、同じ立場、そうさね。訓練生みたいな扱いで、騎士団と一緒に訓練する形をとってほしいさね」

「それは我々にとっては異存のない提案ではありますが、何故でしょう?」


 先の調査での戦闘で、彼が一番感銘を受けたのは、とくにアイリーンの強さと智謀の高さであった。

 騎士団内での他国の令嬢の扱いの難しさを考えれば、彼女の提案はもっとも騎士団員の神経を荒立たせない方法である。

 だが彼としては他国とは云え、公爵家の令嬢であり、たしかな強さを誇る尊敬に値する人物である。不便のないように遇するのが礼儀と心得ていた。


「それじゃあ言いたいことも言えない、つまらない関係になっちまうじゃないか、男なら遠慮なくぶつかって、実力を認めあえるぐらい本気で喧嘩しないと、おもしろくないさねっ!」

「つまりアイリーンさん的には、王都滞在中は戦えなくて暇で、出来れば騎士団相手に力試しがしたいってことですか?」

「そうとも言う」

「はあぁっ」


 カオリの的確な解説により、とうとう大きな溜息を吐き出すロゼッタ。バルトロメイも唖然としていた。


「ではその条件なら、引き受けてくださるということで、よろしいですか?」

「おうさね。よろしく頼むよ隊長さん」


 豪快に笑って満足そうに告げるアイリーンに、カオリは愛想笑いをバルトロメイに向ける。




 果たして調査後のもろもろの事後処理もある程度決着し、鎮魂祭までの間、王都での日常に戻ることとなったカオリ達であるが、カオリには他にも案件が続いている。


 【泥鼠】による各方面への情報集である。


 こちらはもともと長い期間を想定しており、活動資金が潤沢になった今でも、それほど劇的な進展は望めなかった。

 ただし彼らが元から持つ王都の情報や、貴族に関する情報を纏めた資料だけでも、それなりの量になっているので、勉強の復習の後に、数日をかけて目を通す必要があったため、暇になることはなかったカオリである。


 調査報告書はササキにも確認してもらうこととし、その真偽を見定める作業もある。

 また目を通す作業にはロゼッタも参加させることで、貴族の表の顔と照らし合わせることが可能であった。

 流石は侯爵令嬢である。貴族名鑑すら暗記している助手を得て、カオリは確実に貴族界における派閥争いや、各貴族の資金力、または影響力を把握しつつあった。

 そして、何度目かの調査報告書の受け渡しのさい、カオリはふと思い立って、【泥鼠】のリーダーであるクレイドに新たな指示を出す。


「この国、あるいは王都で、もっとも底辺な立場の女性ってなんですか?」


 突拍子もない質問であるが、クレイドはやや考える素振りの後、淀みなく答える。


「浮浪者を除くならば、やはり娼館に拾われた孤児、または借金の形に売られた娘だろうな、まとも給金などなく、ひたすら男に買われる日々は地獄だろう、子を孕めば妊娠中は粗雑に扱われるうえ、生まれた子は取り上げられ、その子供も将来娼婦となるべく教育される」


 淡々と語るように見えるが、その内心が煮え滾る釜のように熱く、しかし憐憫と諦観から冷えてゆく様子が、カオリには見て取れた。


「希望なんて在りはしない、老いて美しさを損なえばゴミのように捨てられ、余生を僅かに貯めた貯金を切り詰めて暮らす必要に迫られるし、まずもってその貯金も客から特別な奉仕で巻き上げた金だ。唯一希望があるとすれば貴族や商家、あるいは冒険者なんかに見受けすることだが、どれであっても幸せになるのは極僅かだ。貴族なら愛玩に過ぎず。商家でも商戦の道具に使われるだろう、冒険者などほとんどが依頼中に死ぬことが多い上に、晩年の貧しさは結局変わらない……」


 カオリの手前、吐き出すように言葉を続けるような態度こそとらないが、それでも憎々しく思う心を完全に隠すことなど出来はしない、考えることさえ忌々しい現実である。


「奴隷制度がなくても、そういう人身売買はあるんですね~」

「娼婦がれっきとした商売として認められている合法活動であり、困窮している女性の受け皿になっていることで、国も見ないようにしているのが原因よ」


 冷淡に、なるべく深く考えないように、意見を述べるロゼッタだが、ここのところ知る機会が多くなった王国の裏の顔に、彼女の神経も麻痺しつつあった。


「まあ解決はお偉いさん達に任せるとして、詳細な実態調査とか、出来ればお客さんの情報も集めてください、いずれ王家への報告書として提出しますので」

「お、王家へ直接? そんなことが……」


 先日にあった王妃との一件をまだ知らないクレイドは、カオリの持つ人脈の底の深さに唖然とする。

 クレイドが育った孤児院には、当然孤児となった少女もいた。そして彼女達が軒並み娼館に売られていったことも知っていた。


 その中に彼にとって初恋の女の子もいたのは、誰も知る由もないことではあるが、それを差し引いても心穏やかではいられない事実であるのは間違いない。


 しかし目の前のカオリは、直接解決には乗り出さないまでも、解決出来る権力者に事実を伝える手段をもっているのだ。

 これで希望を見出さない人間はいないだろう、しかも今代の国王王妃両陛下は、女性の社会的地位の向上に前向きな風潮が、市井にも届いているのだ。

 もしかしたら自分が調べた事実如何によっては、風営法および非合法な人身売買への、一斉改正または摘発が執行される可能性があるのだ。

 クレイドは自然と握る拳に力が入る。


「了解しました。あらゆる手段を講じて、実態をつまびらかにしてみせます」


 カオリは未だ知らないが、この時、クレイドのカオリに向ける忠誠が、たしかに固く誓われたのだった。


「この国を丸裸にしてやるんだから、もっと知って、全部知って、それを村の発展に役立てる。それが私の王都での仕事、私がやらなければならないことだよ」

「最後までつきあうわよ、私も覚悟を決めたんだから、清濁全てを飲み込んで、それでも強くあれるようにね」


 カオリとロゼッタそう言って、互いに笑い合った。


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