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( 体制強化 )

 ササキの名を持って摘発された男爵が蓄えていた財産の内、一部はカオリ達への謝罪として支払われた。

 ササキはそれを全てカオリに渡し、男達の活動資金に充てるように助言したことで、カオリはまず彼等との打ち合わせの時間を設けた。

 その席でカオリは男達と正式な雇用契約を結び、使用人として行政に申請を、ササキにお願いする運びとなった。


 これは表向きにも彼等をカオリの使用人と見なし、仮に罪を犯せばその責任の咎をカオリが負うことを意味し、また彼等を捨て駒として切り捨てないことを、彼等に示したことになる。

 また彼等の入市税をカオリが肩代わりし、同時に冒険者として登録もさせ、表向きな身分を固めた。


「冒険者としての装いを買い揃えますが、武器はこちらで預かります。必要な時は私が貸し出すことにし、暗器の類は隠し持っていれば分かりますので、当分は私は貴方方を完全には信用しないことを了承してください、雇用契約書に記載された使用人としての賃金は毎月ちゃんと支払いますが、特別な働きには内容に応じて手当てや特別報酬も約束します」

「十分だ。警戒も当然だと理解する」


 襲撃者集団改め、彼らには冒険者としての正式な組織名を定めた。


 元長、クレイドという名の彼をリーダーとして発足した彼等の名は、【泥鼠(マッドラット)】、貧民街の下水地区出身の自分達にはお似合いな名だと、笑って語る彼に、カオリも笑った。

 メンバーはクレイドを入れて四人、カオリに見逃された男はヴルテン、残りの二人はそれぞれ、ストラプ、ピケットという名であった。


「始めにお願いする仕事は、とにかく広い情報を集めることです。優先度としては貴族と商家の資金と物資の流れ、次いで貧民街の実態調査を主に進めてください、集めた情報は書類に起こして、報告書として纏めて提出してください」

「随分漠然としているな、俺達がすでに知っていることもあるが、それも纏めた方がいいのか?」


 クレイドの言葉にカオリは頷く。


「今はとにかく後手に回った状況を少しでも打開するために、情勢を理解したいんです。貴族の派閥とかの情報もないまま、学園生活が始ったら、私と私達の村が、政争に利用されるかもしれません、最悪は帝国と王国の戦争に巻き込まれる可能性があるので、流石に無視出来ませんから」

「なるほどな、緩衝地帯の開拓村、開戦論派からすれば防衛拠点としても、開戦の口実にするにしても都合のいい立地と云う訳か、なら開戦論派と彼等に協力する商人、また資金や物資の流れを追えば、貧民街でも情報が集まるだろう、任せてほしい、将来の移住先を守るためでもある」

「皆さんが活動中は、私達はなるべく迷宮に籠ってレベル上げをします。活動資金に関しては予算をロゼッタの従者であるステラさんに預けます」


 【泥鼠】はすぐに行動を開始した。銘々に変装をして手分けして情報収集をすると云うのを、カオリは見送った。


「彼等との打ち合わせは終わったの?」


 【創造の魔導書(クレアシオングリモア)】を開いて魔法の開発に専念していたロゼッタが、カオリの入室に気付いて声をかける。


「うん、手始めにだけど、これで下準備は整ったかな? 一応シンにはステラさんを護衛してもらって、私達は予定通り迷宮に行こっか」

「ええ、攻撃用の魔法も開発したから、試してみたいし、必要な物資は昨日の内に揃えておいたから、準備万端よ」


 今回の迷宮への挑戦は、カオリとロゼッタの二人だけで行う予定だ。レベル的にはロゼッタだけが低く、また実戦経験も乏しいというのが理由である。

 王都の冒険者組合で迷宮探索の許可証と、ついでに採取系の依頼も幾つか受注しているので、カオリ達は屋敷から直接迷宮へ向かった。

 王都にある迷宮は三つ、王家所有の迷宮が一つと、冒険者組合が管理するものが二つだ。


「王家が所有する迷宮は、王国成立よりもはるか古代から存在するそうよ、公開されている情報だけでも、第一紀ミッドガルド朝の時代から存在が確認されているわ」


 王宮の地下深くに入口があり、学説では神々の時代にこの辺りを治めた。繁栄神ゼニフィエルが創ったのではないかと云われている。


「今日向かう迷宮は?」

「発生は今から二百年前に遡り、かつて王都の大規模拡張のさいに、地下から石材を採掘しようと魔法を行使したのが原因とされているわ、もう一つもそうだけど、入口は城壁内にあるから、厳重に囲われているわ、詳しい情報は迷宮に入ってからよ、折角調べた情報を、誰かに聞かれたくないわ」


 ロゼッタはそう言って黙々と歩いた。

 王都の二重目の一角、城下街側に坑道入口が設けられ、その周囲は魔物の反乱から民と街を守るための防壁で守られている。

 防壁の防衛には冒険者組合から派遣された冒険者が最低でも十名が常駐しており、実力は鉄級が最低条件ではあるが、一人は必ず銀級冒険者が配置されている。


 また魔力の僅かな異変を察知するために、魔導士が一人配置されてもいる。

 こうして厳重に警備されているのは、ここが王都の中心であることと、冒険者の安全な雇用の確保が目的にあるからだ。

 二人は防壁の扉の前で呑気に見張りをする冒険者と、迷宮に挑む冒険者を管理する組合職員に話しかけ、迷宮探索の許可証を提示した。


 若い女性が二人、ましてやロゼッタはもちろんカオリも、最近は仕立てのいい衣服を着ていることから、どう見ても貴族の類縁に見える。

 自陣の兵の強化や、魔導研究のために、迷宮に挑む理由から、冒険者の登録をする貴族は少なくなかった。


 しかし王立魔法学園に進学する学生は、もれなく王家所有の迷宮に挑む権利が与えられるため、卒園する十七歳以前に冒険者登録をする子息令嬢は少ない、ましてや冒険者組合の管理する迷宮に挑むには、最低でも銀級でなければならない。


 銀級に昇級するには最低でも十レベル以上の実力と、実地に裏打ちされた経験が要求される。

 多様な生態から生じる。魔物のあらゆる攻撃や、毒や細菌、魔法への対応力、厳しい環境下での生存能力、情報の重要性を理解する教養と、なによりも依頼完遂への信用だ。

 つまり、迷宮の探索許可証を持っているというだけで、カオリ達の実力が、今防壁を守る冒険者達よりも優れていることを意味していた。


 どう見ても幼さの残る少女、たった二人がだ。

 向けられる視線の意味を理解しないまま、カオリ達は門を潜って迷宮の入口へ向かった。


「地下の採石場は、村の採石場開発の参考になるかもね~」

「古い坑道よ? 支保も甘いかもしれないし、当時の王国が、平民の労働者への労働環境に気を配っていたとは思えないけど」

「でも採掘された石材がどうやって利用されたか、採掘するためにどんな技術や環境整備が必要か、私達には必要な情報でしょ?」

「もう、そんなことなら城壁や石畳が作られた年代を、調べておくんだったわ、切り出し方や加工次第で、どれほど耐久性があるかが分かれば、長期的な計画を練られるでしょう?」

「気が長くない? 今は安全に、出来るだけ多く、石材を自給自足出来るようになることが先決じゃん」

「長期的な技術の確保と継承が、後々の都市開発の基盤を支えるのよ? 私達の村は、いつか帝国と王国とを繋ぐ交易路として機能する。小さくない都市になる可能性が高いわ、周辺国の介入を許さない、独自の発展を目指すなら、もっと長期的に人材の育成を視野に入れるべきよ」


 話している間に、いつの間にか迷宮内に足を踏み入れていた二人は、そのまま呑気に通路を進んでゆく。


「お? 魔物の気配がするね」

「もう? ずいぶん浅いところにも、魔物が湧くのね。今回はどこまで潜るつもりなの?」

「魔物はたぶんもっと先だよ、スキルのお陰かな? けっこう遠くからでも気配を探れるようになったから、それと今回は私達のレベル上げが目的だから、最低でも銀級の魔物が出るまでは潜るつもりだよ」


 採石場の迷宮に出現するのは、生き埋めになった鉱夫がアンデット化した【マイナーゾンビ】、土系魔法を駆使して掘削や石材加工を担った【マイナーリッチ】、彼らが傀儡として利用した【マイナーゴーレム】といった採石場由来の魔物だ。


 また地下水を排水する側溝付近には【マッドスライム】や【ジャイアントセネピード】や【バイトバット】のような、湿度が一定に保たれている区画の生態系に生じた魔物も出現する。

 今やすっかりアンデット退治が得意になったカオリ達だが、他の魔物への経験は豊富とは言えない、カオリ個人は狩人冒険者カムの指導の下で、森の危険な魔物にも対処出来るが、ロゼッタはまだまだ未熟だ。


「虫系はどうしても苦手ね。見た目がねぇ」

「それは私も一緒だよ~、キモ過ぎるよね」


 今回である意味、一番気をつけなければならないのは、【ジャイアントセネピード】だろう、なんといっても、見た目はただの巨大なゲジゲジなのだから、そのおぞましさは想像に難くない。

 胴体を切断しても死なず。頭を潰してもしばらくは動き続けるそれは、虫が苦手な人間には直視出来ないほどに、嫌悪感を与えるだろう。


 強さとしては【マイナーリッチ】以外は鉄級以下なため、カオリの敵ではなかった。

 キモイキモイと叫びながらも、順調に魔物を駆除していけば、昼ごろには結構な階層まで進み、一時休息をとった。


 組み立て式の椅子に腰かけ、茶を点てながら携帯食料をもそもそ食し、優雅に紅茶を愉しんだ。これらはどれも【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】に収納した物資だ。

 この魔法のお陰で、二人は補給が出来ない迷宮内でも、潤沢な物資を持ちこむことが可能であり、二人も遠慮なく様々な物資を持ちこんだ。中には今のような紅茶や甘味まで用意している。

 組み立て式の椅子を提案したのはロゼッタだ。そこはやはり貴族令嬢として、地面に直接腰を降ろすのを、彼女が嫌ったのが理由である。


 しかしながら実際は、適度な休息、とくに精神的な休息の観点から、導入したのは正解だったとカオリは思っている。

 迷宮探索で気をつけなければならないのは、実力と物資という物理的な事前準備の他に、閉鎖的な環境に閉じ込められることへの、精神的な負担が無視出来なくなる。


 いつ魔物に襲われるか分からない恐怖、水や食料が制限される状況での緊張、不衛生から来る疾病や不快感など、地上で活動することに比べて、心身の消耗はどうしても高くなる。

 これがゲームであれば、罠や魔物との遭遇、治療薬といった物資不足にさえ気をつける程度で済んでいたが、現実ではそうはいかない。


 ましてやそこまでの負担を覚悟して、迷宮に挑んだとしても、希少鉱物や魔物の素材は持ち帰るのに重量的な問題が出て来る。

 つまり費用対効果が悪く、利益よりも損失の方が大きくなる可能性があるのだ。

 負傷や装備が破損した日には目も当てられない、迷宮で一攫千金を夢見る冒険者は少なくないが、現実はいつも非情である。


 だが【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】を使用出来る二人には、それら諸問題に頭を悩ませる必要がほとんどなかった。また治療薬に関しても、アンリの治療のポーションが潤沢にあるので、もしもの事態に遭遇しても、死の危機に瀕する可能性が低いという好条件なのだ。

 結論として、二人にとって迷宮の探索とは、単なる効率のよい魔物狩りであり、無制限な稼ぎ場に過ぎないのだ。


 ただそれも、魔物が弱く、危険が低いからこその安定である。

 夕方近くになってから、最奥に近付くにつれて、魔物も強力なものに置き換わっていく、迷宮と云えど、一種の若肉強食の連鎖からは逃れられない、また魔素や魔力が濃くなれば、魔物はさらに強力になる。


「鉱夫達の筋力とか俊敏が上っているね。ゴーレム達も強力になっているし、そろそろ銀級でないと対抗出来ない階層になってきてるかも」

「そうね。ここまではカオリのお陰で魔力を温存出来たけど、ここからは自衛のためにも、魔力を出し惜しみしていられないかもしれないわね」


 これまでは主要な戦闘はほとんどをカオリが一人で制していた。

 近付いてきてとりつこうとするだけの知能しかないのであれば、カオリにとってはただ斬り伏せるだけの木偶の坊でしかない、しかし頑強な肉体や、俊敏性が増した相手を複数相手にすれば、カオリを抜けてロゼッタにも危険が迫る可能性が出て来る。


 ロゼッタは戦闘に入れば即、結界魔法を展開出来る用意をする。

 カオリも緊張こそ適度に抜いてはいるが、感覚だけは研ぎ澄ませ、不意の状況にも対応出来るように備えた。

 狭い坑道だが、等間隔に休憩所や集積場のような広場が設けられていた。

 迷宮化しているために大部分は拡張や湾曲を繰り返し、かなり複雑化してはいるが、名残のように設けられたそこには、魔物がたむろしてした。


 一ヶ所ずつ魔物を殲滅し、時折ロゼッタが火線で牽制を加えれば、カオリが静かに斬り伏せていく、坑道で火を使うのは危険が伴うが、魔法による火は、誘爆や延焼をし難い性質であることを理解しているので、ある程度は許容範囲である。

 採石場は比較的に浅い地層のため、流石に引火性のガスが噴き出すことはないだろうが、一応留意しておく。

 本日最後の狩場として定めた広場に近付いた二人は、そこで初めて見る魔物を確認した。


「あれが【マイナーリッチ】ね。土系魔法が得意で、土塊を射出して来たり、土柱で壁を作って牽制するそうよ、カオリでも接近するのは容易ではないはずよ」

「じゃあ雑魚は私が片付けるから、あれの相手はロゼに任せるね」


 カオリはそう言って駆け出す。先制攻撃で鉱夫の首を一振りで二体を斬り落とす。

 それで死ぬことはないが、ある程度は無力化出来る。完全に沈黙するには胸部にある魔石を取り出すか、破壊しなければならない、しかし骨ほどの硬度のある魔石を、一番分厚い胸部ごと両断するのは、刀の消耗から難しく、カオリはまず四肢や頭部を切断し、無力化させていく。


 流石に【マイナーリッチ】もカオリの襲撃に気付き、土塊を飛ばす魔法で攻撃を仕かけて来るが、素早いカオリには当たることはない、しかし反撃に転じようとしたところで、【マイナーリッチ】は土柱を出現させ、物理的な障壁でカオリを近付かせないようにする。

 隙間から土塊を放って来るのを巧みに躱しながら、残りの鉱夫達を無力化していく。


「私の出番ねっ、かつての敵の魔法だけど、私なりの新しい武器よ、味わいなさいっ」


 敵の死角に移動してロゼッタが抜剣したと同時に、赤い光が広場を照らした。

 ロゼッタが発動したのは、聖銀製のサーベルを触媒にした。炎の鞭だった。

 野盗騒動にて対峙した魔導士組合の元組合長、イグマンド・ルーフェンが得意とした。炎の鞭と似たものだった。


 あの男が使用したものよりかは射程も火力も劣るものの、【創造の魔導書(クレアシオングリモア)】で創り出した魔法であるためか、魔力消費量と制御に関しては一段優れていると、ロゼッタは自負している。


「土壁に隠れたって無駄よ、私の茨は捉えたものを逃がさない」


 ロゼッタが剣を振えば、剣に連動した炎の鞭は、土壁を回り込み、隙間から【マイナーリッチ】を絡めとる。

 炎の鞭が絡みつく箇所から、赤い炎が燃え上がり、【マイナーリッチ】を焼いていく。

 苦悶の声を上げて逃れようと暴れるが、その隙だけでカオリには十分だった。

 素早く土壁を周りこみ、接近したカオリは燃え上がる【マイナーリッチ】の首、胴、脚の順に切断し、完全に無力化する。


「すごいじゃんロゼっ! 見た目も派手だし、威力も操作も十分、それにまるで悪い女王様みたいで恰好いいね!」

「いまいち褒められた気がしないけど、私はこれに【―華焔の(フレイムウィップ)―】と名付けたわ、炎を纏わせるだけじゃなくて、接触した箇所に小爆発を発生させて、中距離での迎撃能力を高めたわ、接触しない限りはただ赤熱しているだけだから、発動しているだけなら魔力消費も少なくてすむわ」


 遠距離ならば火線を、中距離ならば炎鞭を、近距離ならば細剣を、ロゼッタが自身で生み出した戦闘方法だ。


「カオリが攻撃で、アイリーンが防御で、アキが中衛なら、私はみんなの全部を補うわ、剣で、魔法で、知識で、今まで培った全部で、それが私の戦い方よ」


 ロゼッタは燃えていた。強くなると、強くあろうと。


 結果的にカオリ達は、それから三日間、迷宮に籠ってレベル上げに邁進していた。

 しかしそうとは知らない周囲の人間は、碌な荷物も持たず。どう見ても可憐な少女が二人、迷宮から帰らないことに、騒然としていた。

 とくに冒険者組合の関係者は、カオリとロゼッタの身元を照会し、彼女達が神鋼級冒険者ササキの後援を受ける身分であること、ロゼッタが王国貴族の侯爵家の令嬢であることを知り、大いに慌てた。


 もしここで、彼女達が迷宮で命を落としたならば、彼女達の後ろ盾となっているであろう実力者と、権力者から、どのような叱責を、報復を、責任追及がされるか想像も出来ないと。

 冒険者組合は単なる相互扶助組織であり、如何なる権力にも、原則として傅くことはない、そう、原則としてはだ。

 だが現実は支部のある街の領主の意向を汲み、商取引のある貴族の顔色を伺い、教会勢力にも配慮する。


 カオリ達はれっきとした銀級冒険者パーティーで、正式な認可を受けて迷宮に挑んだのだから、仮に命を落としたところで、組合が責任を問われることはあってはならないことだ。

 しかしそれでも、彼女達に迷宮への挑戦を許可したとして、云われなき批判と、制裁が加えられるかと、組合関係者は戦々恐々とした。


 そのため、三日目の夜、即刻捜索隊が組まれることとなった。

 カオリ達が申請した許可は、自由な探索と、いくつかの素材調達依頼であった。

 自由な探索であれば、冒険者が何日迷宮に籠ろうとも通常であれば放置されるのだが、素材調達依頼の内容では、比較的浅い層で採取可能であり、日帰りでも十分こなせる依頼であった。


 そして現地で冒険者の出入りを管理している職員や、防衛として駐在していた冒険者の証言から、カオリ達が荷物も持ち込んでいなかったことは確認されており、恐らくその日の夜か、少なくとも翌日の昼までには帰還するだろうと思われた。


 だが三日目になってもカオリ達は戻らず。現地職員は焦って組合本部に事態を報告、焦りがあったために大袈裟に報告を受けた上層部は、即座に同僚や関係者と協議した末に、捜索隊の派遣へと至った。

 もちろんこの内容はササキの下へ報告され、冒険者組合の関係者は、平身低頭でササキに正式な謝罪をした。


 だがいったいなにを言っているのかと、ササキは本気で分からないと云った風に、関係者達を睥睨し、忙しいから後は好きにしてほしいとだけ言って、彼等を追い出してしまった。


 これに困ったのは組合上層部である。

 最初から下手に出て、事情を理解してもらいながら、あわよくば捜索の手助けと、なによりもアルトバイエ侯爵への、緩衝剤になってもらおうと考えていたからだ。

 ともすれば責任の所在を、いくらかササキになすりつけられないかとも期待していたのだ。

 だがそれら思惑がすげなく一蹴され、苦虫を噛み潰す結果になり、途方に暮れてしまった。


 それにより、ひとまずは即時捜索隊の派遣と、可能な限り速く、カオリ達の生死の確認、最悪の場合は遺体の回収が優先された。

 捜索隊は銀級冒険者計十二人からなる精鋭のみで編成され、彼等の肩に、麗しき少女二人の命運が託されることになった。


「麗しき二人の令嬢が、なにを思ったか迷宮に迷い込み、すでに三日が経った。事態は一刻を争う、お前ら準備はいいかっ!」

「「おおっ!」」

「彼女達の身は、お前らの命よりも重いと思えっ、突撃だぁぁっ!」

「「おおおおおぉぉぉぉっ!」」


 屈強な男性冒険者達が雄叫びを上げて、採石場の迷宮に突入していくのを、ササキは遠見の魔法で確認し、溜息を吐いた。


「なにをやっとるんだこいつらは、はぁ……、『カオリ君、今どこにいるのかね?』」

『んあ? ササキさん? 迷宮の中ですけど、どうしました?』


 遠話の魔法でカオリと通信し、一応無事を確認しつつ、ササキは地上で大騒動になっていることを説明した。


『という訳で、男達がカオリ君達のところまで雪崩れ込んで来るので、そこそこに切り上げて、なるべく穏便に事態が収まるように振る舞えないかね』

『ええぇ~』


 ササキが冒険者組合の傍迷惑な行動に呆れながらも、一応顔を立てられないか、カオリの説得を試みるが、カオリの反応は芳しくなかった。


『折角魔物にも慣れて来て、どうせなら迷宮の調査もしちゃおうってロゼと話し合ったんですよ、もう少し調査したいですよ』

『そうは言ってもだな、事態は大事になっている。このままだと君達は要救助者として、今後迷宮探索の許可が得られ辛くなるかもしれん、平穏無事で意気軒昂である様子で、普通に見えるように振る舞って、そうだな、魔物の素材を大量に抱えている風に見せれば、杞憂だったと理解するだろうから、とりあえず帰って来なさい』

『は~い、分かりました』


 ササキに窘められて、渋々承諾したカオリは、ササキとの通信を終えて、帰り支度を始めた。




 捜索隊が見たものは、夥しい数の魔物の死体と、素材を剥がれた残骸であった。

 またロゼッタの進言もあってか、石材も区画ごとに削りとられた。あたかも目印のような壁の損傷がある。

 捜索隊はその死体の軌跡と損傷箇所を目処に、魔物一匹もいない通路を進んだ。

 そして四日目の朝に、一行は小教会のある区画に足を踏み入れ、目の前に広がった光景に唖然とした。


「おお! 見てロゼ、やっぱり私が睨んだ通りだよ、女神像に仕掛けがあったよ!」

「本当ね。まさかこんなところに隠し扉があったなんて、魔法陣が起動装置と連動して動く仕掛けだったのね。この階層に【マイナーリッチ】が多かったのは、この仕掛けを管理していたからなのね」


 少女達の言葉は駆動する仕掛けの音でかき消され、判然としなかったが、目の前の光景は捜索隊の面々に、鮮烈な印象を抱かせた。

 大人が二十人は入れるであろう、地下の小教会は、場合によっては数日坑道から出られない、労働者達のための憩いの場として、作られた場所だ。

 当時では貴族に雇われた魔導士が管理し、また教会から派遣された司祭が、労働者の怪我の治療もおこなっていた場所でもある。


 だが【マイナーリッチ】を中心に狩りをしていた関係で、この小教会を拠点としたカオリは、ゲームの知識からか、この小教会になにか秘密があるのではないかと睨み、ササキからの帰還要請の中、苦し紛れに隅々まで目を凝らしたのだった。

 その結果、奥に鎮座する女神像の裏側に、魔法陣らしきものが彫られていることに気付いた。

 ならば魔力を流せば起動するのではとカオリが提案し、ロゼッタも興味が惹かれて賛同した。

 さらにここで偶然が生まれる。


 敬虔な大六神教徒であり、また聖女神エリュフィールを崇拝するロゼッタは、例え古ぼけ朽ちた像であっても、女神像であることにはなんら貴賎なしと、いつものように跪き、祈りを捧げる恰好で、魔力を奉納した。


 もちろんカオリも郷に入れば郷に従えとばかりに、ロゼッタに倣い隣で同じ格好をとった。

 結果、捜索隊が目撃した光景は――

 麗しき乙女が二人、眩いばかりに後光を輝かせる女神像に、祈りを捧げて跪く、幻想的な光景であった。


「奇跡だ……」


 誰が呟いたのか、その声に導かれたように、捜索隊は全員が、跪いて祈りを捧げ始めた。

 そして仕掛けが起動した女神像は、あたかも道を譲るかのように、横に重々しく動きだし、元あった場所に、暗い通路への入口を開かせた。

 後ろで跪く捜索隊の存在に気付きつつも、カオリはその入り口を食い入るように見つめたが、ややあって観念したように振り返り、捜索隊と向き合ったのだが、当の捜索隊は未だ誰一人顔を上げていなかった。


「よくここまで来てくださいました。皆様には多大な心労と、ご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます」


 カオリに代わってロゼッタが恭しく声をかければ、ようやく捜索隊は顔を上げる。


「お二方を救うべく、馳せ参じましたことで、お二方の安全と、この奇跡の光景を目の当たりに出来たことを、女神に感謝します。当初は辛い任務になるであろうと覚悟しておりましたが、よもやこのような栄誉を賜るなどと思いもよりませんでした」


 自分達が客観的に見て、どのような想像を掻き立て、捜索隊に印象を抱かせたのか、いまいち理解していないカオリ達は、その返答に首をかしげた。


「え~と、なんの話し?」

「さ、さあ? でもここは話を合わせておきましょうか、怒られるよりはいいでしょうから……」


 捜索隊に聞かれないように、小声でやりとりし、とりあえずは流れに身を任せることにした。


「皆様の御覧になった通り、数日ここに籠って調査した結果、意図せずしてこのような隠し通路を発見してしまいました。塞がぬまま放置すれば、未知の魔物が溢れる可能性もあります。可能であれば少しだけ調査して、安全を確保した後に帰還したいと思うのですが」

「はい、お二人の安全は我々が、命に変えましてもお守りします。またこの隠し通路に関しても、ご懸念は理解出来ますので、ひとまずは連絡員だけ帰して、今日はここで休息をしつつ、調査にもご協力します」


 まるで騎士の如く、カオリ達を囲んで守るさまは、なんだかおかしくて、カオリとロゼッタは忍び笑いをした。

 しかも数日の捜索を見越していたのか、十二人中四人は荷物持ち専用だったようで、物資も潤沢に持ち込んでいた。

 休息中では食料も豪華に振る舞ってもらえたのは、【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】に大量の物資を隠し持つ二人には、少々申し訳なく思えたが、表向きは碌に物資を持ちこまなかったことになっているので、甘んじて受け入れるしかなかった。

 捜索隊の許しも得たので、一日だけ猶予が出来たカオリは、意気揚々と隠し通路へと近付いた。


「魔法陣というのは、当時に流行った陣構成や紋様の配列から、刻まれた年代を割り出すことが出来るのよ、また女神像に関しても、様式や顔立ちである程度年代を割り出すことも出来る。でもそれだけじゃあ目的までは分からないわね」

「問題が起こったから隠されたのか、元々隠し通路を作る計画で設けられたのかってこと? 迷宮でも地上への出入り口は変わらないんでしょ? もしかしたら別の出口に繋がっている可能性もある?」

「王家の避難通路だったりすれば、最悪王城に出て、大問題になる可能性もあるわね。これは本格的な調査は、国の許しを請う必要があるかも……」

「それって見付けただけで問題視されそうだね~、流石にこれだけ証人がいたら、隠せないね~」


 そこらで拾った木の棒で、石畳や石組みを一つ一つ叩いて、罠がないか警戒しながら、カオリとロゼッタは隠し通路を進んでいく。


「道幅もあって整備もされているから、なにか目的があって作られた可能性は高いわ、たんなる隠し部屋なら、そこまで警戒しなくてよさそうだけど」

「隠し部屋なんて、なにが出るか分かったもんじゃないね。隠し財宝なんてあったら、もっと問題になる?」

「そうねぇ、王都の迷宮だから、どちらにせよ国に報告して、下手に所有権を主張しない方が、面倒に巻き込まれずに済むでしょうね」


 鬼が出るか蛇が出るか、皆目見当もつかない状況で、なんの準備もなく進むことに躊躇いを覚えた二人は、通路自体の安全を確認したところで、ひとまず今回の調査は打ち切ることに、続きは国と冒険者組合の出方を見るべきと判断を下し、通路から出た。


「封印した方がいいね。知らずに入れば命の保証もないし、中を荒らされる可能性もあるし」

「……なら私にしか開けられないようにしてしまう? 一応優位性を握っておくべきだわ、なにかの交渉で使えるかもしれないもの」


 ロゼッタはそう言って、【創造の魔導書(クレアシオングリモア)】を使用して、即席の封印術式を編纂し、個人の魔力を認証する魔法陣を作成、土系の低級魔法で、女神像に魔法陣を刻みつけた。

 これは後に他の人間にも認証許可が降りるよう工夫と余地を残しており、完全にロゼッタが独占するつもりはない。

 すでに刻まれた魔法陣を覆うように刻まれた魔法陣が、正常に動作するのを確認し、ロゼッタは開けた時と同じように、女神像を起動させ、通路を再び隠した。


 そこからカオリ達が迷宮から脱出したのは、翌日の夕刻であった。

 採石場の広さと深さは、全区画をしらみ潰せば、並みの冒険者なら一週間はかかるほどに広い、帰りのことも考慮すれば十日は帰ってこれないほどに広大だ。

 古い資料によれば、王都の半分ほどの広さと、三倍の深さに渡るのだから当然である。

 カオリ達が拠点としていた小教会のある区画は、第二階層の中ほどにあり、全三階層で構成される採石場のおよそ中間辺りに位置した。


 魔物が全てカオリとロゼッタにより殲滅されていたので、一日で帰還出来たのは脅威の帰還速度である。

 魔物の再発生にはおよそ一週間がかかるとされており、それまでに帰還したいと考えた捜索隊の考えで、比較的急いだのが理由であった。

 迷宮から外に出れば、そこはちょっとしたお祭り騒ぎであった。


 責任を感じた組合関係者と、噂を聞き付けた冒険者達が集まり、即席の救護施設まで用意されたそこは、戦場の駐留場の様相を呈していたからだ。

 そして捜索隊の面々に続き、カオリ達が顔を出せば、場は歓声に包まれた。


「救出成功を心待ちにする諸君っ、御覧の通り二人は傷一つなく、無事に救出することが出来た。喜んでほしいっ!」

「「おおおぉぉぉ!」」


 名誉欲の強い冒険者らしい、大袈裟な物言いと、それに応じる冒険者達の様子に、カオリとロゼッタは苦笑する。


「皆さん、心配をおかけしてごめんなさい、でも今回、無事に帰ってこれた他に、迷宮で新たな発見があることを知らせたいと思いますっ!」


 突然カオリが声を上げたこと、またその内容に関して興味を惹かれた冒険者達は、カオリの声に耳を傾けた。


「採石場の小教会、女神像の封印を発見しました。起動させると、奥に隠し通路を発見したのです。私達は中まで深く調査はしておりませんが、私達はこれを王家に報告し、調査をしたいと思います。もしかしたら、新たな領域には、隠された財宝や、新たな魔物が存在するかもしれません、その時に、もしかしたら、皆さんのお力をお借りする可能性があります」

「「おおっ!」」


 周囲にどよめきが生じ、カオリの放った言葉の意味を、理解する内に、歓声へと変わっていった。


「今回、私達を救出して下さった冒険者様達も、その目撃者であり、現状調査隊にもっとも適した人材であると思われますが、もし、未知の冒険に並々ならぬ情熱をもつ方がいれば、そんな方々も、力を求められるでしょう、その時は、勇気を出して名乗りを上げてください、その勇気はきっと、皆さんを新たな境地へと導いてくれることでしょうっ!」

「「おおおおおっ!」」


 カオリの演説が終われば、辺りはさらなる歓声に満たされた。

 冒険者とは一言で云うならば、浪漫を求める馬鹿の集まりである。

 日々単調な依頼をこなし、日銭を稼ぐ日常で、命をかけて冒険を求めるものは、多くの冒険者の中でも一握りである。

 ましてや王都は魔物の脅威や冒険とはもっとも縁遠い立地の活動拠点である。

 魔物との戦いを求めるならば、辺境の領地で前人未到の森や山岳に挑む方が、余程緊張と覚悟が得られる。


 それでも王都を拠点と定めるのは、安定と立身出世を求めているが故である。

 しかしそれでも冒険者である以上、単調な日々を打破する刺激には、敏感な彼らである。

 カオリの話した内容は、そうした冒険者達の琴線を激しく揺さぶる衝撃を与えたのだ。


「カオリ、一応どういう意図か聞いても?」


 カオリの突然の行動に、訝しげな表情で質問するロゼッタに、カオリは笑顔で答える。


「こう言っておけば、情報を揉み消すのも難しいじゃん? それに折角見付けたのに、貴族様に横取りされるのも面白くないし、これくらい宣伝しておけば、私達が関わり易くなるし、ロゼの封印も合わされば、調査の主導権を握れるかなって」

「賢しい限りだわ、たしかに実績作りとしては有効でしょうね。私もいつまでも鉄級冒険者で燻るつもりもないし、そろそろたしかな実績を残すのは賢明な判断かもね」


 微妙な表情で納得するロゼッタに、カオリは変わらず笑顔で、時折周りの冒険者達に手を振るなどして、愛想を振りまいた。

 そこに唐突に思わぬ人物が登場する。


「本当に騒動が好きだな君は」

「お二人とも、ご無事でなによりです」


 カオリの前に現れたのは、ササキとビアンカであった。


「あ、ササキさんに、ビアンカさん、お騒がせしました。迎えに来てくれたんですか?」


 声をかけられ、カオリは二人に軽く会釈しつつ、現れた理由を聞く。


「無事なのは確認していたから心配はしていないが、君達が調査をしたいと言っていたので、もしやと思って来てみれば、やはりなにか大きな土産話を持ち帰ったか」

「歴史ある迷宮で、新たな隠し通路の発見ですか、これは間違いなく王家も興味を示すことでしょう、近々に招聘の声がかかることかと」


 ササキは呆れ、ビアンカは驚きと称賛を表して言葉を贈る。


「まずは今後の迷宮探索に支障をきたさぬように、ある程度情報を公開、具体的には今回問題になった。持ち込み物資に関する誤魔化しと、調査の主導権について、冒険者組合での協議を進めよう」


 ササキの提案にカオリは素直に頷いた。

 救助された身ではあれど、無傷であることは確認されている上に、その後に神鋼級冒険者が護送するとして、カオリ達は問題なくその場を離れられた。

 現地に集まった組合関係者は、上役以外は現場の混乱を諌めるために残り、上役達はカオリ達と共に、冒険者組合に向かうことになった。


 ただしカオリ達は一応救助された身であること、また純粋に迷宮に籠っていたことで、心身共に疲労しているだろう判断され、依頼達成の物品の納品と、大量に採取した素材や魔石の換金だけをお願いし、ビアンカを伴って帰宅することになった。

 依頼報酬と討伐報酬と換金受け取りは全てササキに一任、カオリとロゼッタは五日ぶりに風呂を満喫し、即就寝と相成った。


 別に五日間まったく身を清めなかったわけではなく、ともすれば潤沢に持ち込んだ水と燃料を惜しげもなく利用して、迷宮にありながら毎晩湯浴みし、下着も替えていたので、かなり清潔は保たれていたのだが、それでも熱い湯に使って、身体を清めるのは格別の癒しである。

 カオリもロゼッタも湯上り上気のまま、気分よくフカフカの寝台に潜り込み、息を吸う間に眠ってしまったのだった。


 翌日、朝食までぐっすり眠った二人は、その席でことの顛末を、ササキから聞かされることになった。

 とりあえずと、今回の稼ぎを報告する。

 依頼報酬が計金貨五枚と、討伐報酬と素材換金が計金貨十二枚と大銀貨五枚、合計金貨十七枚と大銀貨五枚である。

 今回も魔物を殲滅という離れ業により、期間と比較して多額の報酬を得たことを、カオリとロゼッタは喜び、その向かいで一人ビアンカだけは、その稼ぎ振りに開いた口が塞がらなくなった。


 一般の兵士の年収を貨幣換算した場合、金貨十枚前後であれば、ビアンカのような王家直属の騎士の年収は金貨三十枚が相場である。

 であるならばカオリ達はたったの五日で、金貨十七枚、二人で割っても一人金貨八枚と銀貨五枚の稼ぎなのだ。

 しかも無傷で帰還を果たし、経費はほとんどかかっていないとなれば、それがどれほど高給なのか理解出来るだろう、だと云うのに二人は喜びこそするが、それ以上の感動はないようで、すぐに続く話しに表情を改めた様子に、ビアンカは一人溜息を吐いた。


「とりあえず。君達は鞄などを一応持参し、【―次元の宝物庫(アイテムボックス)―】を誤魔化すようにしてほしい、昨日は私が遺跡から持ち帰り、独自に再現した次空間魔法を施した魔道具により、比較的大容量の収納を使えたと説明してある。これで君達が迷宮に挑む十分な実力と、救助など不要であったことは理解させた。向こうは面食らっていたがな」


 やれやれとばかりに肩を竦めて見せるササキに、カオリもロゼッタも同意する。

 捜索隊に参加した冒険者と、それを組織した組合関係者には悪いが、この場にいる面々からすれば、一連の騒動は組合の早合点から引き起こされた。余計なお世話に過ぎないのだ。


「そして件の隠し通路の件だが、あれは私から王家に直接報告することになった。一応組合の要望や見解も踏まえた請願書を携えて向かうが、概ね君達が調査隊の重要な役割を担うよう話しを持っていくことになるだろう、結果は追って伝えるが、そのつもりで準備するといい」


 ササキの説明に二人は喜びを表する。


「後ロゼッタ君に関して、今回の調査を完了すれば、銀級への昇級試験の許可が降りることになる。万事心して挑んでほしい、アキ君とアイリーン君も呼んで、パーティー全員で銀級となれば、君達の実力を内外に示すことが出来るだろう」

「やった! ロゼもレベルが上ったし、これで熟練冒険者って認められるね」

「ありがとうございますっ! これでようやく実家を納得させられますっ!」


 冒険者になって約四カ月で、銀級冒険者への昇級と、災害級の魔物の討伐作戦に参戦、迷宮の調査でも新たな発見に貢献した冒険者という実績があれば、流石に頭が固く、娘に過保護な親でも、黙らざるを得ないだろうことは明白である。

 王都に越して来てから、未だ接触のないかの侯爵、アルトバイエ家現当主の介入も、これで懸念する必要がなくなると、カオリとロゼッタは喜んだ。


「早速準備して、二人を呼ぼうよ、残ったお金も開拓資金に回さないとだし」

「そうね。久しぶりに会計帳簿の確認もして、予算編成も見直して、道具の消耗も確認して、やることは一杯あるわ」


 朝に話しを纏めて、カオリは早速【―仲間達の談話(ギルドチャット)―】で詳細を二人に説明し、王都に来るように要請した。

 その間ササキは王城へ報告へ、ロゼッタはレベルが上ったことで解放されたスキルや魔法の確認と、可能であれば習得までして、自身の強化を進めた。


 五日間で四百体近くの魔物を討伐したことで、カオリもロゼッタも二つほどレベルを上昇させた。

 格上の【マイナーリッチ】を多く狩ったのが、ロゼッタのレベル上昇に大いに役立ったのだ。カオリに至ってはいつものことだが、ロゼッタにとっては大きな進歩である。


 自分よりも格上の魔物を討伐することによるパワーレべリングが、この世界でも有効であることは、以前から確信しているので、今回の迷宮への挑戦の結果はかねがね計画通りである。

 ちなみに、この世界で十レベル毎に各種スキルや魔法の位階解放があることは、以前に説明したことがあるはずだが、この世界の住民はそれを、身体が作り変わることの恩恵であると認識している。


 とくに魔導士においては、身体が魔力や魔法に適した形に変質することで、以前よりも鋭敏に魔力を感知操作出来るようになると信じられ、身体そのものが魔法の触媒になるのだと云い伝えられていた。

 実際に魔導士の身体、例えば、生きていれば髪を、死体であれば骨や皮膚などが、魔道具としての杖や装飾品に利用出来ることは広く知られた常識であった。


 流石に遺体とは云え人間の身体の一部である。身内の遺品でもない限り、また生前の遺言でもない限り、それらを利用した魔道具が一般に流通することはないが、それでも代々魔導士の家系などであれば、先祖の遺骸を触媒にした魔道具が、家宝として受け継がれていることはよく知られている。

 そうした前例から、十レベルを境に、魔導士は始めて魔導士としての適性が認められるのだ。


「なるほど……、この【―低級魔法適性―】や【―魔法属性強化―】を無意識に習得したことで、高位魔導士は魔法を習熟していったのね……」


 【―自己認識(セルフレコグニション)―】で取得可能スキルの一覧を確認したロゼッタは、この世界の人類史上恐らく初めて、魔法と人間の適性に関する仕組みを正しく理解した。

 その事実に驚嘆しつつ、この自己認識魔法の存在を教えてくれたカオリに感謝しつつ、この事実は下手に世に公表すべきではないと理解する。


 これまでロゼッタが教わった魔法、また魔導士としての常識は、根拠のない慣習や、手探りによって結論付けられた。云わばお粗末な予測と観測よる修練方法が元になっていた。

 便宜上はそれらしい文言での講釈を、当時は目を輝かせて聞き入って、盲目的に信じていたのだが、今になって思えば、なんと原始的で乱暴な解釈だったのだろうと思えてならない。


 このスキルシステムを正しく理解し、また利用出来れば、人はより効率的かつ的確に、目指した方向へ成長することが可能と知れば、最早王国の最高機関である。王立魔導研究所や、生涯を魔導に捧げた学者の集う学会をも、鼻で笑えるのではと、優越感にも似た感情を抱くのは必然である。

 ササキの超越した強さや、カオリの突出した強さの秘訣は、人類と魔法の仕組みを、こう云ったシステムを通して正しく理解していることで得られたものであると、ロゼッタはここに来てようやく、正しく確信出来たのだった。

 彼と彼女が、なにかと秘密多き人物であることを、どこか不審に感じていたのだが、それも仕方がないことであると、ロゼッタは頭を抱えた。


「こんな事実を知ってしまったら、魔導士業界、ひいては貴族社会すらも、その優位性を保てなくなるわ、だって――」


 システムを正しく利用すれば、誰でも一定レベルの魔法が習得出来る。レベルを上昇させれば、貴族や平民、適性や才能に関係なく、誰でも魔法が行使出来るのだから。

 これは世紀の大発見、いや世界を揺るがしかねない事実なのだから。

 ロゼッタは火系の魔法が得意であった。

 それは過去に魔法適性や魔力量を計測するための儀式を受けた結果、火系の魔法に適性が高かったのが理由であったからだ。


 しかしそれが【―赤髪の情熱(パッションオブレイド)―】という種族固有スキルによる恩恵であることを、【―自己認識(セルフレコグニション)―】で確認し、知ってしまったのだ。

 固有スキルとは、個人が持つ特別な才能であったり、血統を守る貴族や、単一民族などに受け継がれる才能の一種と考えられて来た。

 だがこうしてシステム上に存在する一つのスキルの一種であること、スキルが本人の努力や習熟によって自由に取得出来る事実を知って、如何に特別でもなんでもない、人類に平等に与えられた世界の恩恵であることを理解したのである。


 低級の鑑定魔道具では、固有スキルという個人の優位性を示す重要な情報までは解読することは出来なかった。

 冒険者や聖職者になって始めて、下位ではあるが、固有スキルまでも解読出来る鑑定魔道具を利用して始めて、自身の固有スキルの有無を確認出来るのだ。

 それでも固有スキルの正しい名称までは解読が難しく、また強力な固有スキルほど、その効果は分かり辛くなるのである。


 ところがカオリから教わった【―自己認識(セルフレコグニション)―】は、自身の身体的または魔法的特性や能力を、余すところなくつまびらかにしてみせたのだ。

 自身の魔力を身体に循環させることで、情報を細かく細分化、数値化してしまうこの複雑だが単純な術式に、どうして人類はこの魔法を忘却してしまったのか、ロゼッタは過去の先祖達に険相を浮かべた。

 【創造の魔導書(クレアシオングリモア)】で編纂した新たな魔法、炎の結界も、炎の鞭も、客観的に見れば高位魔法にも匹敵する性能であることは、薄々だが感じていた。


 だが自身が苦悩の末に編み出したのだから、理解して行使出来ることに疑問を抱かなかった。

 だが思い出せば、高位の魔法はレベルが三十を超える。それこそ壮年の魔導士にしか操ることが出来ないと思っていた。

 しかし今自分は、魔力量から威力や回数こそ制限を受けるが、実際に行使することになんら苦心すらしていないのである。


 一体今までの苦労はなんだったのかと思わずにはいられない、もちろん【―自己認識(セルフレコグニション)―】や【創造の魔導書(クレアシオングリモア)】があって始めて可能であったことはたしかであるが、理屈としては、魔法の理や自身への理解度の問題でしかないのは事実であるのだ。

 人は己をどこまで理解しているのか? まるで哲学者のような物言いだが、ことここに至ってはそれは厳然とした現実であると理解出来る。


「この事実は、厳重に秘匿して、確実に私達の力としなければ、この先の苦難を乗り越えるなんて不可能だわ、きっと、きっと強くなってみせるんだから」


 そう、ロゼッタ燃えていたのだ。未だ見ぬ未来に輝く、己の姿を、夢の実現を、たしかな情念と共に夢想して――。


 また翌日、屋敷には、村での開拓業の引き継ぎを終えたアキとアイリーンが、転移陣を通じてやって来ていた。

 二人を迎えたカオリは早速二人をビアンカや【泥鼠】面々に引き合わせ、紹介を済ませた。


「おや? 王国の女騎士かい? 珍しいねぇ、女を戦場には連れてこない王国にも、女の騎士がいたなんて知らなかったさね」

「てっ帝国の? バンデル? あの【鉄血のバンデル】のですかっ! お嬢様達のパーティーに帝国貴族のご令嬢がいることは知っていましたが、まさかっ、帝国の筆頭将軍家の令嬢だなんてっ」


 アイリーンの家名から、始めて彼女の素姓を理解したビアンカは、思わず後ずさる。

 レベル的にも戦場経験的にも、自身を凌駕する本物の戦士を前にして、ビアンカは彼我の実力差を明確に感じ、恐れ慄いたのだ。


 見るからに身長も頭一つ分高く、肩幅も胸囲も一回り分厚い、巌の如き見事な肉体を見せ付けるアイリーンと、美麗な女騎士の体現の如きビアンカを見比べて、カオリはこれが「胸囲の格差社会か」などと馬鹿なことを呟いて笑った。

 ビアンカも百七十センチ半ばと身長は女性としては高く、決して小柄ではないが、百九十センチ以上の体躯に、百キロを超える筋肉に覆われたアイリーンと比べると、まるで子供のように見えるのだから不思議である。


「随分鍛えているし、体幹も悪くないね。直剣使いのようだが、騎士なら身体強化ぐらい使えるだろ? いっちょ手合わせしないかい? 王国の女騎士がどれだけ使えるか、興味があるさねっ!」

「こ、国際問題ですよっ! なにを考えているのですかっ、ここは王国の只中でっ」

「あー、ビアンカさん諦めてください、なにも真剣勝負って訳じゃないですし、アイリーンさんも武器を使いませんよね? 私も全裸なのに決闘を強要されたくらい、ただの戦闘狂なだけなので、適度に力を見せるだけでいいですよ~」


 カオリの言葉に、ビアンカは顔を青くする。

 騎士ではあっても、戦場に出ることなどなかった彼女の下にすら、実際に戦場で数多の王国兵や騎士を殺した実力を持つアイリーンの武名は届いていた。

 戦場で相対する帝国騎士の勇猛さは、最早恐怖の象徴ですらあるのだ。

 一応補足であるが、アイリーンのような純血のアラルド人は、皆固有スキル【―戦士の咆哮(シャウトオブウォリアー)―】を有しており、その効果は闘志に比例して身体が強化されるという、実に戦士向きなスキルであった。


 魔法による身体強化のように、魔力切れで効果が切れることなどなく、戦う意思さえあればどこまでも強くなるそれは、異種族から見ればただただ脅威でしかないものだ。

 戦場で雄叫びを上げながら、矢も投石もものともせずに、突貫し続けるアラルド人の姿は、さぞ化け物染みて語られて来たことだろう。

 人種よりも優れた身体能力を誇るはずの亜人種が、帝国に敵わないのは、偏にアラルド人の勇猛さと強さが最大の理由の一つであるのだから、ビアンカの青ざめた表情に、同情するしかないカオリである。


「待ちなさいっ ならまずは私と勝負よアイリーン!」

 そこでまさかのロゼッタが名乗りを上げたことで、カオリもアイリーンも目を丸くした。

「新しく開発した私の魔法の威力、貴女で試させてもらうんだから、安心しなさい、熱量はなくして魔力の衝撃だけに調整した訓練用だから、怪我で済むわ」

「新しい魔法かいっ、魔導士との模擬戦なんて滅多に出来ないさねっ、面白そうじゃないか! なんだいなんだいロゼ、あんたも結構好戦的なところがあるじゃないか」


 とてもうれしそうに声を上げるアイリーンは纏めた鎧を投げ捨てて、庭へ誘うロゼッタを嬉々として追いかけた。

 それを見送ってカオリはビアンカへ苦笑を向ける。


「ふむ、これがササキ様のお屋敷ですか、参考になります」


 我関せずと、アイリーンが投げ捨てた甲冑を拾って、重過ぎて持ち上がらず、仕方なく引き摺ることにしたアキが、そう呟いてカオリに礼をする。


「アキとアイリーンさんは客間になるみたいだから、案内するね。後でアイリーンさんにも教えといてね」

「畏まりました」


 美しい所作でお辞儀する。純白に美しい亜人種の巫女を前に、ビアンカは呆然とした視線を送る。


「もうなにがなんだか……」


 人種も国籍もバラバラな【孤高の剣】の構成に驚きを隠せないビアンカは、カオリ達の特殊性を、今更ながら理解したのだった。

 そして自分が如何にとんでもない縁を得たのか、ただただ戸惑うばかりであった。


 賑やかになった屋敷に、帝国令嬢の高笑いと、王国令嬢の裂帛が響き渡る。

 

 忙しくなりそうだと、誰かの呟きが王都の空に溶けていく。


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