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( 魔王召喚 )

冒険者組合とギルドホームの違いを明確にする為に、わざと書き分けた関係上、混乱や誤字が目立つ事を予めお詫びします。

「おはようございまーす」


 冒険者組合の観音扉を押し開け、中に入るカオリの耳に、言い争いが聞こえてきた。


「何で駄目なんだよ! いいじゃねぇか一回くらい」

「駄目です。女癖の悪い貴方達に、カオリちゃんは任せられませんっ、おっ断りします!」


 何のことかと受付に近寄るカオリに気付き、言い争っている二人は視線をカオリに向ける。


「なぁカオリちゃん、君からも言ってくれよ、俺達が君にちゃんと基礎から、手取り足取り教えるからさぁ」

「えぇ……と、どちら様ですか? どうして私の名前を?」


 自分が噂になっていることなど、知りもしないカオリは、突然初対面の人間に名を呼ばれ困惑する。


(え? 怖っ、ちょっとキモイ、誰だろう?)


 心の中とはいえ、カオリは辛辣である。


「馬鹿ですね。いきなり馴れ馴れしく名前呼びされたら、女性なら誰だって気味悪がりますよ、さっさとご自分の仕事に向かってください」


 謎の男性にピシャリと言い放ち、手でシッシッとあしらい、イソルダは笑顔でカオリに向き合う。


「初依頼の評価が高く、若くて容姿がよいので、組合で噂になってしまい、今朝からああしてカオリさんと組みたがる方が多くて、あまり素行がよろしくない方には、カオリさんをお任せ出来ないので、軒並み断っていたのです」

「あ、ありがとうございます?」


(なんかよくわかんないけど……、それより普通に容姿がいいとか言わないでよ、恥ずかしいよ!)


 照れるカオリ、だが気を引き締める。


「先ほども申し上げましたが、前回の依頼が高評価でしたので、カオリさんには次の段階へ、進んでいただこうかと思います」

「次の段階ですか?」

「はい、広い草原での集団戦を経験されたので、次は狭所、例えば森などでの戦闘や採取ですね」


 受付にはすでに依頼書が用意されていた。


「こちらの冒険者様が森での採取依頼を請けられて、その荷物持ちを探していらっしゃいますので、この依頼を請けていただこうかと思います。もちろん! 信頼の置ける方ですのでご安心をっ」

「……はい」


 受付嬢の謎のテンションに、いまいち付いて行けないカオリだが、断る理由もないので、普通に返事をする。

 覚えることは多い、獣型に始まり、昆虫系に、植物系と、魔物の解体方法だけでも種類がある。それらを倒せる戦力が前提の上で。

 また森や草原の歩き方、必要になる物資やそれらの消費の抑え方、冒険者に限らず、暮らしの常識から智恵にも繋がる多くを、コツコツと学んでゆく。

 冒険者としての仕事通じて、カオリは確実に成長していく。

 それから二週間程、カオリは同様の依頼をこなしていた。教育目的であることもたしかだが、何よりもこういった依頼は、普通に需要があるからだ。

 エイマン城砦都市では、基本的に民の陳情は重要視されない、せいぜい貴族か有力商人の護衛に応える程度で、都市周辺と街道の魔物掃討や賊退治は、常時行っているので、特別助ける理由もないのだが、民草の陳情など、瑣末なことだと捉えられている。

 冒険者組合はそんな民草の問題や要望を、満たすことを生業としている。

 そのため、街道から外れた要所での魔物掃討、入手困難な場所での希少物の採取、一般要人の護衛や物資の奪還、変わったものでは調査や監視などもある。

 都市ごとに特色はあれど、共通して言えることは、人を襲う魔物の危険がある場合が多く、魔物相手の傭兵とも言えること、賊も無差別に人を襲うという点では魔物と大差ないだろう。

 冒険者が荷物持ちとして、冒険者を雇うことは多い、消耗品の持ち運びはもちろん、討伐した魔物の素材を残すことなく持って帰ることは、冒険者の重要な稼ぎ口でもある。

 また単独で冒険者をしているものにとっても、単独での狩と比べ、危険を大幅に回避出来、かつ魔物の素材も手に入る。相互利益が認められ、この世界で広く普及している関係だ。

 だがそれと同時に、信頼の構築に時間がかかることもあり、問題が起きることも少なくない。

 戦闘に積極的に参加してもしなくても、問題視されることもあり、場合によっては獲物の取り合いになることもある。

 また荷物管理なのをいいことに、盗みを働くものが出ることから、通常荷物持ちの依頼は、初顔合わせの場合、組合を介しての立会になることが多い、組合側も冒険者が安全に依頼をこなしてくれることは重要であるため、冒険者の素行調査や新米の教育には、労力を厭わないのが通常である。

 カオリはこの二週間あまりで、組合側にかなり大事にされていることに、さすがに気付くのだった。


(……どう考えても、優しい人ばっかりと組ませてもらってる。組合で報酬が少なくて、揉めてる組もあったし、私の知らないところで私だけ、かなり大事にされてる)


 カオリのレベルは八レベルにまで上がっていた。

 元々異常なほど成長が早く、驚かれていたのに加え、周りが戦闘にかなり参加させてくれるため、カオリは最早近隣に出現する魔物なら、遅れを取ることはないほどに、自信と、周りからの評価を得ていたのだ。

 組合からの帰り道、カオリはある一つの考えに耽っていた。


(あの森で、私を導いてくれた獅子、あの獅子は結局何だったんだろう……)


 この世界での暮らしにも慣れはじめ、二~三日前からそんなことを考える余裕が出来ていたカオリは、この世界に自分が召喚? された原因と理由について、自分なりに考えていたのだ。

 というのも、アンリとテムリとの慎ましやか生活は、居心地がよく、日々の生きている実感を、カオリも幸福に感じていたのだ。

 だが突然この世界に来たということは、突然元の世界に戻されるのでは? という不安にも繋がる。

 自分の稼ぎで暮らしの大部分を担う、この都市での今の暮らしで、突然カオリが居なくなったら、残された二人はどう想い、どう生きて行くのだろう、と。

 悲しんでくれるだろう、自分も悲しいだろう、だからといってそんな事態になった時、自分の力ではどうすることも出来ないのは事実、カオリはたしかめたかったのだ。この世界のことを。


(あの獅子のところに行けば、何か分かるかもしれない……)


 カオリは漠然とそう思うのだった。

 いくつかの依頼をこなし、エイマン周辺を駆け回り、街道沿いであれば、滅多に魔物に遭遇しないことを、カオリは知っていた。

 それでも例外はもちろんあるが、数体に囲まれたくらいなら、命を奪われない程度の自信はあった。

 今カオリは、来た道をたどり、元村跡に一人で来ていた。今はすっかり無人で、寂れた村を無心で眺めていた。

 たった一日しか居らず、村人達とも会話らしい会話もせずに離れたが、一抹の哀愁を覚えるカオリだった。今日はこの元村跡で一泊し、明日の朝に森に入る予定だ。

 何か使えるものは残っていないか、村の隅々まで調べる。冒険者の基本として、持ち主が居ない、あるいは死亡しているなら、躊躇せず使うべきだと教わったカオリは、実直にそれを実行する。

 少し前のカオリならば、躊躇したであろう家探しであるが、生き残るためならば背に腹は代えられない、幸い廃材は沢山ある。

 数日の薪には困らないし、雨風を凌ぐ家屋もある。

 かつてアンリ達の家であった家屋に入り、寝床を整え、釜戸の準備をし、武器や装備を点検して行く、もう習慣となった一連の動作を、無心でこなしていた。


 翌朝、カオリは森へ入った。

 一人で来たことに深い理由はない、危険だろうと思いつつも、この世界へ来た経緯を話すことや、危険な森に入ることへの反対を押し切る労力を、億劫に感じたに過ぎない、なら一人でいいやと思ったのだ。

 クロノス大森林はブレイド山脈の先を、囲むように広がる大森林であり、最奥までおよそ十里はある深い森だ。奥に行くにつれて魔物も強力になり、いまだ全容を確認されておらず、謎の領域が多い場所である。

 そんな森をカオリは一人進む、常に遠くを見るようにし、赤い紐を短く切った目印を、等間隔で枝に結び付けて行く、鉈で枝や蔦を切り払い、木の根が複雑に絡み合い出来た窪みや、盛り上がりに気を付けつつ、ゆっくりとだが、確実に進む。

 耳を澄まし魔物の気配に注意しながら進む、生物が居付きやすい水場は避け、毒のある植物にも気を配る。元狩人の冒険者から学んだ知識を最大限活用する。

 最初に来た時もそうだったが、この道のりだけ、魔物や獣が空白のように姿を見せない、そうして魔物と遭遇しないのが幸いし、二日目の昼に、隆起した地面を超えて、開けた場所に出ると、その場所には見覚えがあった。

 アンリ達の父の眠る場所だった。

 あれから一月近く、アンリの父の遺体は、変わらぬ姿で横たわっている。

 この世界に天国というものがあるかは知らない、だが日本の仏教式で、両の手を合わせる。唱えるような経など知らない、しかし、何がなくとも祈りを捧げる。

 何の因果かカオリの手に渡り、今日までカオリを助け、二人の生活を守ったのは紛れもなく、アンリの父の剣だ。

 自然と感謝の念が、カオリの胸に宿る。

 警戒は十分にしていた。


「――信心深いのか、または、心優しいのか――」


 だがそれは突然現れた。




 地に響くように低く、撫でるように落ち着いた音程、不意にそんな声がかかり、驚きすぎて声も出せずにカオリは振り返る。

 カオリの前に立つのは、闇に溶け込むほどに黒い、全身甲冑の大男、マントも甲冑も兜も黒い、その男に寄り添うように、あの獅子の姿もあった。


「あの時の獅子さんと、どちら様ですか?」


 獅子の姿に、少し緊張を解くカオリ、本来はここで警戒を解くのは愚かなことだが、まだ少女といっていい歳のカオリに、それを身に付けろというのは難しい。

 身長はゆうに二メートルを超えるかもしれない、男の強大で異様な雰囲気に若干気圧されるも、何故か危険を感じないので、カオリは落ち着いて質問をした。


「警戒心がないな、あまり褒められないが、今は都合がいい」


 そう言われて初めて、カオリは慌てて周囲に注意を向ける。


「君に危害を加えるつもりはない、……話がしたいのだ」


(周りを囲まれてたりしないよね? 最近は魔物の気配とか、ちょっと分かるようになったけど、自信ないなぁ……)


 胸中の緊張をなるべく表情に出さず、声を絞り出す。


「……話ですか」


 オウム返しに聞く。


「異世界に、女子高生、不可解な組み合わせだが、敵ではない、怖がらないでほしい」

「女子高生って! 私のことを知っているんですかっ!」


 驚きの言葉が、黒甲冑から放たれる。


「こいつの……」


 鷹揚に片手を揚げると、その手に獅子がすり寄る。


「こいつの眼を通して、君を見付けた。危害を加えないように指示し、森の外まで案内するようにも言った」


 獅子をまるで猫のように撫でながら、黒甲冑の男は続ける。


「私の名は佐々(ささき)亮也(りょうや)、れっきとした日本人で、君と同じようにこの世界に召喚されたものだ」


 衝撃の事実を告げる。


(普通の日本人の名前だ。やっぱり居たんだ……)


「私以外にも居たんですね。もしかしたら他にもたくさん、地球から来た人っているんですか?」


 もしそうなら、今のカオリにとっては朗報である。


「聞きたいことは多いだろう、だがまず、幾つか確認させてほしい……、名前を教えてくれないか?」


 カオリは慌てて深くお辞儀をし、謝意を示す。


「ご、ごめんなさい、びっくりして……、宮本佳織です。春に高校生になる予定で、いきなりこの世界に召喚? されて……」


 声を落とすカオリに、ササキは続けて質問する。


「某オンラインゲームのことは知っているか?」

「はい、兄がやってて、暇つぶしにやろうと思って……」


(やっぱりあのゲームが関係してるのかな……、それってかなり問題あるよね?)


 もしあのゲームのプレイヤーが無作為に召喚されるなら、この世界にプレイヤーは膨大にいることになる。


「……オンラインサービスが終了してから、どれぐらい経った?」

「三年ぐらいですか? 昔に話題になったのを覚えてます」

「ふむ……」


 考え込む素振りで顎に手をやるササキ。


「まずはっきりさせておくが、私がこの世界に来たのは三年前で、以来地球の人間の有無は、捜索しているが現状は君が初めてで、他は見つかっていない」

「……そうですか」


 カオリの淡い期待は、素気なく否定される。本当に期待していたか疑問が残るが、情報がほしいことには変わりない、自分以外の地球人がこの世界で、どのように生きているのか、純粋に興味があったからだ。


「後、その姿はキャラメイクで作ったものか?」

「いえ、ゲームスタートと同時にこの世界に来たので……」

「やはり、俺とは召喚の経緯が少し違うのか……」


 ササキは小声で呟く、カオリも自身への質問ではなかったので、無言でササキを見つめる。

「私の仮説だが……」ササキは一瞬躊躇するように、言葉を切ると、カオリへ真っ直ぐに顔を向ける。


「君は勇者なんだろう、そして、倒されるべき魔王が、私なのだろうな」

「は?」


 間抜けな声を上げるカオリ、創作物に良くある。手を取り合う勇者と魔王の物語、そんなキャッチフレーズが頭に浮かぶ。


(魔王を倒すために、異世界から召喚される勇者、超ありがち、……正直面倒だなぁ、それにその話が本当なら、この人と戦わなきゃならないんでしょ? やだー、すごい強そう……)


 どこの世界に自分を討つ勇者を、こんな序盤? で待ち構える魔王がいるものか、ここはたしかに異世界だが。


「君はこの世界で、どうしたい?」


 軽い調子の質問だが、カオリには重い意味のある質問だ。


「最近少し考えました……、正直帰れるなら帰りたいです。でも助けてくれた人の幸せを、見守りたい気持ちもあります」


 ここ最近、ずっと考えていたことだ。

 アンリとテムリ、二人の無邪気な笑顔を思い出し、ざわめく胸を暖めるカオリ、意を決したように顔を上げる。


「せめて、命とか幸せとか、それを守ってあげたい、それが理不尽に奪われるこんな世界に、二人を残して帰ったら、私はずっと後悔します」


 カオリの本心からの言葉だ。

 同じ日本人というだけで、無条件に信じてしまったカオリに、若干の不安を抱くササキだが、孤立無援でこの世界に放り出された彼女の心情を思えば、致し方なしかと思い留める。

 しばしの無言の後、ササキは静かに語り出す。


「君には考える時間が必要だ。だがこの世界で自立するのは大変だ。――なので君の決意を聞いた。私はその意思を尊重し、君に最大の敬意を払うと約束する」


 大仰な返礼をするササキに、カオリは真面目な顔で姿勢を正す。


「まずは論より証拠、私の信を君に贈ろう」


 そう言うと、ササキはカオリに近づき、おもむろに抱き上げた。


(え? 何? どいうこと?)


お姫様だっこというヤツだ。

 突然のことに身を固くするカオリに構わず、ササキは驚異的な力で跳躍し、森の木々をはるかに超え、一直線に飛び出した。

 森と空の狭間を、高速で飛ぶ二人、ものの数分で森を抜けると、元村跡のある丘の麓に、緩やかに着地した。

 ササキは壊れものを扱うかのように、優しくカオリを降ろす。


「す、すごいです。びっくりしました」

「驚かせてすまない、時間が惜しかったのでな」


 こともなげに言うササキ、元人間と言っていたのも、きっと比喩ではないのだろう、ドラ○ン○―ルの武空術かと思った。古いか?


「君に守護者を得る方法と、その力を与えよう」

「守護者……ですか? 門番みたいなものですか?」

「少し違うが、あの某オンラインゲームで、ギルドの拠点、ギルドホームといものを作成出来ることは知っているか?」

「あ~、そう言えばお兄ちゃんが、拠点の素材が~って言ってました。覗かれるとか何とか?」

「……この世界の人間は、ギルドホームという存在自体を知らない、ゆえにあまり大っぴらに喧伝は出来んが、まあ隠しようはいくらでもある。だが低レベルでかつ一人で召喚された君には、まず信頼出来て、助けてくれる仲間が必要だ。ついて来なさい」


 大股で歩き出すササキ、ただたんにササキの上背が高く相対的に脚が長いだけだが、小走りで、大人しく着いて行くカオリ。


「このあたりでいいか」


 元村跡の丘の麓の、さらに落ち窪んだ傾斜で足を止める。

 ササキは何ゆえこの場所を、この元村跡を選んだのかを、カオリに語らなかったが、カオリもこれからすることに理解が追い付いてないため、口出しはしなかった。

 そしてササキは傾斜に手をかざすと、地面が僅かに振動し、傾斜が勢いよく崩れ始める。いや、正確には掘れ始めたのか、あっという間に洞窟が出来上がった。


「あまり大規模なのも持て余すし、最初はこんなものでいいだろう、さあ中に入ろう」


 ササキに促されて、二人は中に入って行く。


「すごい、ちゃんと階段になってるし、中も広い」


 この世界で目にした魔法といえば、イスタルのような冒険者が使う、攻撃魔法くらいだったカオリは、魔法でこんなことも出来るのかと感心する。

 そういえば都市の開発にも、魔法が使われていると聞いていた。


「基本的に魔法で不可能なことは、あまりない、この世界に浸透していないものがほとんどだが、中には使用を控える慣習のものもある。この物理系の魔法もそうだ」

「それはなんでです?」


 洞窟の奥に先行しながら、ササキは考えるように答える。


「ギルドホーム作成以外の用途で、魔法を使って建築や採掘を行うと、迷宮が創られる可能性があるからだと、私は考えている。ただしこの世界の人間はその因果関係を解明していない、迂闊に話してしまわぬよう気を付けるように」

「? はい」


 ならササキは解明しているのかと問いたくなるが、恐らく知っていて、あえて話さぬようにしているのだろうと、カオリは遠慮した。

 奥の広い部屋に辿り着いた二人は、その中央に並んで立つ。


「ギルドホームを造る条件は三つ、拠点を魔法で建造すること、ギルド名を刻印したギルド武器を選定すること、守護者を作成することの三つだ」


 指折りに数え、カオリに分かりやすく説明する。


「何か目ぼしい武器はあるか? 防具でも装飾品でも構わないが、選定しても失われるわけではないし、使用も可能だ。だが君自身に由来のあるものが望ましい」


 カオリはとくに考えるでもなく、アンリの父の剣を出す。

 この剣の所有権はすでにカオリにある。

 しかし、冒険者としてやっていくには、少々心許ない武器でもあり、いずれは買い換えることもアンリには伝えてあった。

 ただ手放すのも気が引けたので、いい機会だと思ったのだ。


「ならばギルド名はどうする? 後に変更も出来るが」


 これにはさすがに迷うカオリ、ぱっとは思い付かない、たんに格好いいだけなら候補もあるが、思い入れもないものではしっくり来ないものだ。


「では、【ブレイド・ワン】でお願いします」

「ん? 聞いたことがあるな、ジ○○ィー・フ○○ターの?」

「格好よくないですか? 一人で悪い人を倒す女性って」

「……煙草吸ったり?」

「……吸いませんよ」


 さすが日本人、久々に普通の会話が出来たことで、カオリはすっかりササキに対して、警戒心を解いてしまっていた。


「呪文を唱えて、意識を集中すれば、好きな文字を刻印出来る。本来はデザインの変更に、鍛冶レベルや魔石を使うのだが、これくらいなら今の君にも出来るはずだ」


 鍛冶スキルは本来、付呪(エンチャント)武具や道具を作成する際に重宝される。刻印を施さずに付与される魔法は、時間の経過と共に効果が薄れ、一度の戦闘で切れる程度しか長持ちしない。   

 だが刻印を施された武具の付呪は、刻印が削れない限り、効果は永続的に保たれる。

 これにさらに魔石が組み合わされば、付呪の効果が増幅されるなどの効果が見込め、生産系プレイヤーの需要は、とくに高位置を保たれていた。


「【―鍛冶士の意匠(デザインオブスミス)―】」


 呪文の詠唱と共に魔法が発動する。

 剣が明りを帯び、同時にウィンドウが開き、文字や絵図、彫り込む位置や大きさが細かく設定出来る。さすがクリエイトに力を入れたゲームだっただけはある。


 カオリも初めて、ゲームらしい現象を自らの手で発動したことで、ささやかな感動を覚える。

「ではそれを、部屋の中央に供えて、まあ地面に刺せばいいだろう、ギルド・ギルド名と続けて宣言すれば、この場所は君のギルドホームになるだろう」


 言われるがままに、剣を部屋の中央に突き立て、カオリは唱えた。


「ギルド・ブレイド・ワン!」


 瞬間、剣を突き立てた地面に魔法陣が浮かび上がり、洞窟内が脈打つように輝き、部屋内に満ちる空気までもが、どこか懐かしいものへ変わったように感じる。


「あ、なんかイメージが見えます」


 何もない中空を見つめるカオリに、ササキは頷き、次を促す。


「守護者設定だな……、年齢や容姿、性別に性格、全てを君の想像どおり設定出来る。ただ、今のままでは金貨が足りず、全ての設定はまだ出来ないはずだ」

「はい、何だか思うように形に出来ません、でも金貨なんか持ってませんが……、まだ稼ぎも少ないし」

「今回私が君に贈るのが、厳密には金貨だな、この世界の硬貨とギルド関連に使用する金貨は別のものだからな、区別するために魔金貨と呼んでいるが、この世界では入手出来ない、……これも他言は無用で」


 言えないことが増えて行くことに、疑問を抱きつつも、カオリはササキから、重そうな革袋を受け取り、それを剣と共に中央に供える。


「あ、出ましたっ! あ、ああ、なるほど、こうかな?」


 頭の中で苦戦苦闘するカオリを、ササキがじっと眺める。初めに設定する守護者は、システムヘルプの役割も担う、重要な存在だ。

 まだこの世界に慣れない、どころかゲーム自体への知識も乏しいカオリを、十分に助けてくれるだろうと考えて、今回の支援を提案したのだろう。

 ササキがギルドホームの設定と守護者設定をしたのは、ゲーム時代のことだったが、目の前で悩むカオリを、懐かしい物を見る優しい眼差しで眺めていた。兜で目は見えないが。


(門番的なものだよね? キャラ設定と変わらないのかな? 種族設定と、体型に顔はおまかせで髪型も……、服装も出来る!)


 しばらくして、意を決したように手を前にかざし、念じ始めると、足元に一歩ほどの大きさの魔法陣が浮かび上がり、革袋の中身の金貨が溶け、人のような形を模って行く。

 完成したのは少女、白い毛髪に垂れた犬のような耳、巫女服に身を包んだ体躯は小さく、お尻の位置に大きな尻尾も見える。

 ミニスカ犬耳巫女少女である。盛り沢山である。

 だが今は眠るように顔を伏せている。


「おおっ、すごい本当に出来た! 可愛い!」

「ふむ、可能だろうとは思っていたが、実際に目にしたのは初めてだ」


 ササキが少々聞き捨てならないことを言ったが、今は聞き流す。

 静かに佇む少女が、少し垂れ気味な愛らしい双眸をゆっくりと開け、覚醒すると二人を交互に見つめ、首をかしげる動作の後、跪いた。ちらりと見えた瞳は深紅だった。


「お初にお目にかかります。我が創造主よ、何なりとご命令を」


 恭しく跪いた少女に、戸惑いを見せるカオリに代わって、ササキがカオリに助言をする。


「この守護者の命令権、人権の全ては君にある。奴隷のように使うも、仲間として共に闘うも君の自由だ。命令してみるといい」

「命令って言われても……」


 困惑するカオリに、犬耳少女が進言する。


「私めは創造主様の守護者です。創造主様の命令であればいかなる任務であれ、命に代えても遂行して見せます」


(重っ!)


 素直に思うカオリに、ササキも同情する。


「基本的に守護者にとって、自らの創造主である君は、神の如き存在だ。主従関係を超え信仰にも等しいだろう、私の下にも守護者がいるが、皆何も教えずとも忠誠を、いや絶対服従を誓ってくれている。……いささか重いがな」


 説明をするササキに、怪訝な視線を送る犬耳少女が、おずおずと発言する。


「時に創造主様、こちらの黒い偉丈夫は何方様で? ギルドメンバーの反応も御座いませんし、関係者であるとご推察しますが」


 問われて悩むカオリに代わり、ササキが発言する。


「表向きは【北の塔の王】と今は名乗っている。カオリ君達には……この姿の時は、表向きは北塔王とでも呼んでくれ、誰も居ない時はササキで構わない、君との関係はそうだな、……ギルド発足の出資者とでも思ってくれていい」

「……なるほど、若く美しい創造主様にはすでに、一国の王までが傅かれる魅力があるということですね。さすがですっ!」

「ひぃいっ!」


 ドン引きするカオリ。


「……うむ、ところで話は変わるが、君はスキルが使えるか?」

「創造主様に限ってっ、無才などということはあり得ないっ、恐れながら北の塔の王よ、その物言いは無礼ではないかっ?」


 ササキに被せるように詰問する犬耳少女に、カオリはげんなりしながら、疲れた表情で犬耳少女を見る。


「ごめんね。最初の命令を思い付いたから言うね?」

「はっ!」

「ちょっと黙ってて」

「……………………」


 かなり落ち込んだ様子で、俯く犬耳少女。


「私の成長が異様に速いのが、スキルが原因だと教わりました」

「それは恐らく、固有スキルのことを言っているのだろう」

「固有スキル?」

「ちょっと待て……」


 ササキは手を軽くかざすと、カオリに意識を集中し、【―観察(スキャン)―】と唱えた。


「カオリ・ミヤモト【種族レベル】八、【戦士】【技士】か……」


 淡々と情報を音読するササキ、何度か頷くとカオリに向き直る。


「固有スキル名は【―達人の技巧(ハイ・レベル)―】、取得経験値上昇と必要経験値減少、および取得熟練度上昇に消費熟練度軽減のスキルか、大したものだが……、私が聞きたいのは戦闘スキルの方だ」

「必殺技みたいなことですか?」


 端的な問いにササキも答える。


「……かねがねそうだ。ちょっとこの武器を持って、スキルを使ってみてほしい」


 渡された武器は日本刀だった。


「君の戦いを監……、遠くから観戦していたが、きっとこれが合うだろうと思ったが、どうだ?」


 刀を両手で受け取り、カオリは静かに俯く。


「カオリ君?」


 不思議に思い、ササキが声をかかける。


「やったあぁぁっ! 刀だあぁっ!」


 カオリの絶叫にササキが面食らい、仰け反る。


「こんな西洋風の世界だから、諦めてたけどっ、出会えるなんて思わなかったぁ、テンション上がるー!」

「よ、喜んで貰えて何よりだ……」


 犬耳少女も主人の様子にご満悦だ。


「これ、いただけるんですっ?」


 ササキは詰め寄られ、自尊心から踏み止まる。


「配下が作ったものを、領民に模倣させた。ただの鉄の剣でよければ」

「全っ然構いません、いつか帯びるのが夢だったんですーっ!」


 大喜びで刀に頬ずりするカオリに、若干引きつつ、ササキは早々にこの場を去る決断をする。


「何かあればまた相談に乗ろう、今日は立ち去らせてもらう」

「ありがとうございましたっ」


 カオリが元気良く頭を下げる。それを見届けて、ササキは言葉もなく、フワッ、と黒い煙を残して消え去った。


「なんだか色々あり過ぎて、分かんないけど、これから宜しくね」

「はい!」


 犬耳少女が溢れんばかりの喜色を浮かべ、威勢良く返答する。


「そう言えば名前は何ていうの?」

「まだ決まっておりません、僭越ながら創造主様から、是非賜りたく存じます」


 それもそうかと思うカオリ、あまりに操作出来る項目が多過ぎて、初歩的なことを見落としてようだ。しばし思案する。


「なら、阿記ってかいてアキ、アキちゃん、どう?」

「創造主様が、お決めになられたことならば、喜んで拝名賜ります。このアキ、誠心誠意おつか――」

「あ、とっ、その堅苦しい喋り方、どうにかなんない?」


 言われてアキは困った表情で、オロオロとする。


「しかし、至高の存在で在られる。創造主様に私め如きが、不敬な態度を示す訳には……」

「上下関係が大切なのも分かるけど、今の私はアキに尊ばれるようなことは出来ないの、王様でなければ、領主でもないから、周りから変な誤解を受けるし、場合によっては警戒される」


 兄の影響から、身分制度や上下関係の難しさを聞かされていたカオリは、同年代の女の子にしては、そのあたりの知識はあった。

 だが同時に、力のない上司が、過剰な忠義や尊敬を得ることも、分不相応だと思う、責任を負いきれないなら、対等とは言わないまでも、せめて近しい距離感に落とし込めればと、カオリは提案する。


「だからせめて、周りから認められるようになるまで、親しみやすい感じでお願いね?」

「……はい、創造主様」

「カオリ、カオリって呼んで」

「カ、カオリ様」

「呼び捨てで」

「カオリ――さ……ま」

「……はぁ、それでいいよ」

「はいっ、カオリ様……」


 その後も、細かい訂正を入れつつも、根気強く対話を続け、気が付けば日がずいぶんとかたむいたころ、この日はもうこの洞窟に、今やギルドホームで、一夜を過ごすことにした。

 ギルドとは名ばかりの、たった二人の拠点には、最低限の寝具も調理場もない、カオリはどうしたものかと思案する。

 創造主が床で寝るなどや、自身で調理するなどや、汚れた衣類のままなどと、横やりを入れられ、その度に注意や誤魔化しをすることにもうんざりししながら、ようやく全てを納得させたころには、アキはすっかり涙目になり、ついには己の不甲斐なさを嘆き始め、カオリは溜息を吐いた。


「生まれたばかりとはいえ、不甲斐ない我が身が恨めしいっ!」


 地面を砕かん勢いで両拳を叩くアキが、さらに悲壮を深めるのを無視し、カオリは焚き火を前にたそがれていた。

 三角座りで火を見つめるカオリが問う。


「とにかく、アキが知ってることを教えて」


 問われたアキは、正座で背筋を伸ばしながら答える。


「はい、どうやらカオリ様は、ギルドのシステムに限らず、レベルやスキルに関しても、お詳しくないようなので、私が守護者として知りうる全てをお聞かせします」


 そもそも、現実世界に限りなく近いこの世界で、レベルやステータスの概念があることに、驚きを隠せないカオリだ。

 ましてやシステムと魔法、本来真逆の位置付けのはずの二つが、アキやこの世界の人間には、自然と受け入れられている。

 ただしステータス表示など、ゲームではあたりまえの要素にも、専用の魔法が存在するなど、不便な要素が散見される。

 ササキが言っていたように、失われた魔法や技術として、存在はしているというのは、不思議であった。


「では、ご自身のレベルやステータス、スキル派生やスタイルの変更などの基礎魔法をお教えします。これらは無属性魔法かつ、レベルに関係なく習得出来る基礎魔法です」


 カオリは教えられたスペルを、復唱する。


「【―自己の認識(セルフ・レコグニション)―】」


 カオリの視界に、半透明な自信のステータス画面が出現した。


「おおぉ、出た。自分が数値化されてるって不思議だね。……知力とかは知りたくなかったけど」


 筋力が百近いのに対して、知力が三十二というのは明らかに低くないか? とカオリは落ち込む。


「いえいえ、知力とは単純な賢さではなく、記憶容量や情報処理能力を問うもので、主に魔法関連に関係するものです。知識や知恵などとは別と思われます」


 アキなりの慰めに、カオリは苦笑いでかえす。

 今アキが述べたものも、言いかえれば記憶力や頭の回転と言えるなら、結局頭のよさに直結しているのだから、カオリにとっては大した慰めにもならない。


「ほ、他にもアイテムを自在に出し入れする魔法も御座います。【―時空の宝物庫(アイテム・ボックス)―】」


 アキが何もない空間に、手を差し入れる。

 手首から先が見えなくなり、ギョッとするカオリだが、アキはすぐに手を戻すと、その手に一本の薙刀が出現する。


「おお凄い、四次元ポ○ットみたい」


 感動するカオリは、アキを真似てスペルを唱える。

 ステータス同様に、画面が表示されるが、枠の中には何も表示されなかった。


「ああそうか、何も入れてないから、何もないのはあたりまえか、ん?」


 だが突然、カオリのステータス画面が明滅している。


「何これ? ステータス画面とアイテム画面を出しただけで、スタイル解放?」


 さらにスキル欄にある【戦士】の横に、【導士】という文字が加筆された。


「この導士って言うのは何?」


 不思議に思いアキに質問する。


「導士とは魔導士や祈祷士などの、主に魔法を使うものの総称です。スタイル、云わばスキル系統の指標として使われます」


 アキいわく、魔導も祈祷も精霊も、同じ魔力を媒介に現象を操るゆえに、本質的には同じものらしい、それはアキ自身が巫女系のスキルを習得しているから分かることだという。




 ここに、某オンラインゲームの大きな特徴が現れる。

通常こういったRPGには、ジョブとそれに関連するスキルが習得出来るのが普通であるが、かのゲームには、ジョブが存在しないのである。

それに代わり、膨大な種族を選べ、さらに自由な生活選択が用意されている。それを実現するシステムが、【―スタイル―】である。

魔物、人間、魔霊、命や魂あるものを殺すことで、経験値という形で蓄積し、レベルが上がり、肉体に異能付与が可能になる。ステータス上昇値は、自分で選べるという自由さだ。

 レベル上限が百の中、それぞれの【―スタイル―】を極めるのに六十レベルが必要で、大体のプレイヤーは一つを極めながら、残りの四十レベルを他の【―スタイル―】でスキルを解放することに使った。

さらにそういった職業による縛りと、能力の制限を取り払ったこのシステムは、全てを自由なスキル選択によって構成され、それぞれ【―剣士系―】や【―導士系―】と分類され、レベルアップと共に解放して行く。

しかし、スキルの取得には熟練度を要求されるため、、仲間に寄生してのパワーレべリングでレベルを上げても、有用なスキルを修得出来なければ、本来の強さも能力も得られない。

そして、熟練度を上げるには、各系統に関するスキルや武器を、根気強く使い続ける他ないところに、いわばやり込み要素が設けられていた。

 実を言えば、「盗賊なんて職業があるの、おかしくない?」という開発陣の一声が発端となり試行錯誤されたもので、組織に所属あるいは組織そのものを運営する上で、役割を兼業することに大いに役立てられた。

 実際問題、鍛冶士と名乗っているのに、冒険者として魔物と戦闘して稼ぎを得ているのはこれいかに? と思われていた部分に切り込んだシステムである。


「へー、つまり今私は魔法を使ったから、熟練度が溜まって導士っていう能力を得ただけで、強制的に何かの職業に就いたとかっていうわけじゃないんだね」


 納得と同時に安心するカオリ、自分は冒険者として懸命に働いて来たにも関わらず、システムに職業を勝手に決められたのでは、たまったものではないと思ったからだ。

 実際に意識してみれば、この【―スタイル―】と言われるものも、いつでも変更出来ることも分かった。

 知らぬ内に、【技士】のスタイルも選べることに気付く、いつの間に得たのか、剣を自分で研いだ時か? 商人と買い取りの交渉をした時か? カオリは思い出そうとした。


「ただしお気を付けを、ステータスへの割り振りは、手を加えなければ、最も行使しているスタイルとスキルに寄る形で、自動で割り振られます。その都度確認して、慎重に各ステータスに振っていくよう、御心掛け下さい」


 明らかに現実味のあるこの世界で、アキのいかにもゲーム然とした説明に、カオリは呆れてしまった。


「この世界の人達はこれをあたり前に受け入れてるのかな? でも冒険者組合じゃあ、こんな便利な魔法とか、レべリング方法とか、教えて貰わなかったしなぁ……」


 考え込むカオリに、アキも首を傾げる。


「下賤の民草が、カオリ様よりも優れているとは思えません、そのもの達は知らないだけなのでは?」

「下賤って……」


 と言いつつも、その可能性がないとも言えない、冒険者にとって自身のステータスは常に知っておきたいものだ。

 だが現状組合の魔水晶でしか、ステータスの確認が出来ないのは、この魔法が一般に普及していない、あるいは一部に秘匿されている可能性が考えられる。


「彼を知り己を知れば百戦殆からず、カオリ様の栄えある覇道は、ここから始まるのです。己を知ることすら他者に頼る。下賤のもの共のことなど捨て置けば宜しい」


 なんだかずれたことを、偉そうにのたまうアキを無視し、カオリはステータスを弄る作業に集中し、そして戦士の項目の下層に、【剣士系】を筆頭に、いくつかのスキル項目が出現した。

 同時に、上方に熟練度を表す数字と、各系統の横に数字が見える。見てみれば戦闘スキル、いわば技が表示される。


「なるほど~、熟練度を消費してスキルを修得するのか~」


 仕組みを理解し、カオリは早速【―研包丁(とぎぼうちょう)―】と【―裁縫針(さいほうばり)―】の二つのスキルを修得した。

 【―研包丁(とぎぼうちょう)―】は刃物系武器の攻撃力上昇と裂傷の追撃効果上昇が、【―裁縫針(さいほうばり)―】はクリティカル率上昇と怯み効果の上昇が見込めるスキルだ。どちらも常時発動型のスキルのため、戦闘経験の乏しい現状を助けるものになると考えた。


(なんでちょっと家庭的な名前なんだろう? 私だから? 女だから差別? 区別されてる? ……まあいいや)


 また刀を使うなら、是非剣士系をと考えたからだ。


「まだ色々試してみたいけど、今日はもう寝よう」


 言うが早いか、カオリはさっさと外套に包まり、目を瞑った。




「……何で起こさなかったのか、いちいち聞かない……、けど次からは起こしてね」


 朝目覚めたカオリの第一声だ。

 冒険者生活が板に付いたカオリだが、まさかアキが交代で見張りをする慣習を知らないとは思わず、朝まで熟睡してしまったのだ。

 アキもアキで、主人の眠りを妨げるなど、露とも考えなかったようで、今でも目をギラギラと据わらせ、何とも言えない表情で固まっていた。

 指示しなかったカオリが悪いのか、度を知らず忠義を尽くそうとしたアキが悪いのか、いや、油断して熟睡した自分が悪い、と思う方が建設的である。

 女の子にはとにかく謝れ、が兄から教わった処世術である。そう言いながら、全然謝ってもらった記憶がないカオリは、妹は女の子ではなかったのか! と衝撃を覚えたのは懐かしい記憶だ。

 思い直して謝るカオリに、必死に擁護と自虐とやせ我慢を繰りかえすアキとの押し問答は、省略する。

 今回の遠征は、冒険者になって一番長かった。

 移動に三日、森に入ってから二日、そして帰りは真っ直ぐに帰って三日はかかる予定で、途中スキルを試すために魔物との戦闘も予定して、一日二日は覚悟している。

 森での往復と調査が大幅に削れたため、アキの分の食料には余裕があったのが幸いである。また組合の仕事ではないため、どちらにせよ魔物は狩っておきたい、アキの加入が戦力的に大きく貢献してくれることを期待し、さっそく魔物狩りを始める。


「ウォーウルフ五体に、スカルレイブン三体、アキどう?」

「恐れるに足らぬ相手です。カオリ様はお下がりください」

「いや、スキルを試すって言ったじゃん……」

「……申し訳ありません」


 溜息を洩らすカオリに、申し訳なさそうなアキ、どうもカオリを無闇に尊ぶ忠誠心を、カオリは扱い辛く感じる。


「カオリ様の守護者として生まれた。このアキの武勇とくと見よ、魔物共よ!」


 空間から薙刀を取り出し、駆け出すアキに、カオリも続く。

 一体目をこともなげに一刀両断、続く二体目も石突で打ち据える。

 薙刀を舞いのように振り回す姿は、なるほど一端の戦士の実力を持っていると頷ける。

 カオリも負けじとスキル【―研包丁(とぎぼうちょう)―】の効果を意識する。

 刀が魔法的な力を纏い、剣系の武器の強度と切れ味が増すスキルでもって、ウォーウルフの一体を斬り付ける。

 今までにない手応えを残し、ウォーウルフの肩から喉と胸部を抜けるように深々と斬り裂いた。


(すごい! 硬い毛皮も骨も、まるで土みたいに斬れる!)


 刀特有の重みと斬撃力に、スキルが上乗せされたカオリの一撃は、最早現実離れした威力を発揮していた。

 これほどの威力でウォーウルフを屠った冒険者を、未だ見たことがないカオリではあるが、少しは胸を張れる実力なのではと、内心高揚する。


「さすがカオリ様! その斬撃力には脱帽です。また斬りながらも魔物の呼吸に合わせ、さりげなく攻撃の軌道を躱す立ち回り、お見事ですっ!」


 アキが三体目の脳天を叩き斬りながら、カオリを大声で、過剰に褒めそやす。


(やめてっ! 二人っきりでもはずかしいっ!)


「他に人が居たら、絶対褒めたりしないでねっ」


 アキを諌めるカオリは、言いながらも上空を警戒し、スカルレイブンの投擲攻撃に備える。

 だがカオリ達が余りに華麗にウォーウルフを倒したためか、スカルレイブンは攻撃の隙を見付けられず、上空を右往左往していた。

 カオリが最後の一体の飛びかかりを躱しながら、首を半ばまで斬り裂いたころ、アキが薙刀を弓に取り換え、スカルレイブンに矢を放った。

 矢が一体のスカルレイブンに刺さり墜落する。


「弓も使えるの? すごいね!」

「何ほども御座いません、スキルも低く、ただ使えるというだけです。私如き熟練者の足元にもおよびませんよ」


 現状で上空の攻撃手段を得ることは大きい、冒険者としての最低限の条件の一つが手に入り、カオリは安堵する。

 そこから移動しつつ幾度かの狩りを経て、カオリはこの辺りの魔物が、自分達の敵ではないことを確信する。

 元村跡を出発してから四日目の夕刻に、カオリ達はエイマン城砦都市に到着した。

 カオリがここで冒険者として生活していることは、アキにはすでに伝えてある。

 到着後真っ直ぐに冒険者組合に向かう道中、この世界では珍しい巫女服に身を包むアキが、往来で注目を集めたが、連れているのがカオリで、またアキが従者然とカオリに付従って居たことで、誤解もありつつも納得の様子であった。

 決して、ミニスカートが珍しいからではないだろう、きっと。

 二人で冒険者組合の門をくぐる。


「アキの冒険者登録と、魔物の素材買い取りがあるからついて来て、アキにも出来るようになってほしいから」

「はい!」


 よい返事でかえす。

 素材買い取りの手順と注意点をアキに教える。

 市場への流通量や材料としての普及率、狩りによる品質劣化や危険度で素材の価格は変わる。ある程度相場を掴んでいれば、双方不満のない取引が出来るようになり、狩る標的が出る仕事を受ける目安にもなる。

 アキはすぐに覚えたが、そもそも字も書けない荒くれものでも覚えられるのだ。

 守護者として生まれ、スキルシステムも熟知し低位魔法を使いこなすアキが、分からない道理はない、魔法を行使出来る最低限の知力とは、それはそれでやはり頭の良し悪しに影響がある。


「あの程度の魔物で危険度C? ではD~Eともなれば(わらべ)でも殺せる雑魚ということに?」


 危険度に関して疑問を抱くアキだったが、魔物の危険度はギルドが独自に算出しているため、カオリも詳しくは知らなかったが、たしかウォーウルフに関しては、必ず群れを成すことで危険度が高めだったことを聞いていたカオリは、アキにそう教えた。

 次いで冒険者登録のため、受け付けに行き、アキが新たに冒険者になること、カオリのパーティーに加わることを伝えた。


「カオリさんもついに、パーティーを組むまでになったのですね。組合一同祝福致します」


親しみの笑みを浮かべ、深々と頭を下げるイソルダ。


「しかもまた美人な亜人の方で、見慣れない衣装ですが、カオリさんとはどういった御関係で?」


 興味本位なのか彼女はそう聞いた。

 基本的に冒険者の来歴を、お尋ねもの、とくに殺人罪でもない限り、組合がそれを追求することはない。

 村を追い出された暴れん坊、自分を買い取った解放奴隷、家を継げない貴族の二男や三男、根なし草で食い詰めた牢人もの、冒険者にはあらゆる人種がいる。

 それを一々粗探ししていたのでは、危険な冒険者など誰もなりたがらない、敷居が低く、実入りがいいことが、冒険者が絶えない理由の一つでもある。

 だが一見育ちが良く腕もあるカオリが、亜人の異邦人を連れて来たともなれば、多少仲が良くなったイソルダが気にするのも無理はない、カオリは用意しておいた言い訳を話す。


「私の住んでいた国から、私を心配してか、遠路遥々こうして手伝ってくれることになったんですぅ」


 勤めて普通のことのように話すカオリ、隣でアキは大げさに何度も首を縦に振る。幾つかの候補の中から、近所の幼馴染説を選んだカオリに、アキは当初否定的だった。


「――至高なるカオリ様の下僕である私が、そのような近しい立場で紹介されるのは遺憾です。それでは周囲のものにカオリ様が侮られてしまいます!――」


 と論じたアキを説得するのに、小一時間要したカオリは、それから練習通りに振舞う。


(誤魔化せたかな?)


 イソルダはとくに気にした様子を見せない、引き続き通常業務へと戻るイソルダに、カオリは内心で安堵した。


「! レベルが一五を超えていますっ、これは相当なことですよっ、しかもまたスキル持ち、これはいったい――」


 だが安心しきったカオリを裏切り、イソルダはアキのレベルに仰天して声を上げた。

 カオリの時同様に、周囲がまた騒ぎ出す。


(ひぃーっ、やめてーー!)


 声無き悲鳴を上げつつ、カオリは組合から逃げたのだった。

 二人が去った後、組合内では確証のない噂が広がる。

 やれ、貴族の令嬢で従者が後を追って来ただの、家出した姫君を連れ戻しに来た親衛隊だの、カオリの浅知恵は噂好きの冒険者達に酒の肴を与えたに過ぎなかった。

 疲れた様子で帰路に付くカオリとアキ、道中で反省会をしつつとぼとぼ歩く中、アキは疑問を口にする。


「それにしても先程の連中は、たかが十五レベルに何を騒いでいたのでしょう? 自分で言うのも可笑しいですが、この程度のレベルなど、上位レベルから見れば正直雑魚ですよ?」

「それを言ったら私はもっと雑魚なんですけど?」


 じと目でアキを見るカオリに、アキは慌てて弁護する。


「カオリ様はただ存在するだけで至高なのです! レベルでその価値を測れる存在ではないのですっ!」


 苦し紛れの弁である。


「まあ、その点に関しては私も分かるけどね。普通こういうゲームじゃ十レベル台なんて、初期も初期だし、この世界に上位レベルの人間は居ないのかなぁ?」


 ここ一ヶ月ほど検証したことで、カオリは少なくともこの都市周辺で、二十レベルを超える人をほぼ見なかった。

 いても結構な高齢で、年にして五十は超える人ばかり、若くして三十台となると皆無である。


「かの北の塔の王は、私の予想では九十レベルはゆうにあるので、てっきり冒険者と聞けば、少なくとも五十レベルぐらいはいるものかと思っていましたが、拍子抜けです」


 聞き逃せないことを言うアキに、カオリは聞き直す。


「……なんで分かるの? ていうか九十っ? ええ?」


 聞けばアキは、カオリが容姿や外観以外を大雑把に設定したため、レベルもステータスも固有スキルもランダムで選ばれてしまい、狛犬として設定されたおりに、門番を想像したせいか。固有スキルに【―神前への選定(ライト・オブ・パッセージ)―】を有していた。

 これは通常自分よりも低レベルの相手しか情報を探れない【―観察(スキャン)―】と違い、自分より高レベルの情報もある程度探れるという、さらには敵意の有無や状態異常の看破も可能な、破格のスキルである。


「ただし、余りにもレベルが離れていたり、意図的に隠蔽されていた場合はその限りではありません、レベル差があればあるほど、ステータスは秘匿されます。かの御仁で言えば、HPが八百を超えていたので、恐らく戦士系で九十レベルは堅いかと」


 現在八レベルのカオリでHPは七十台、十五レベルのアキでさえHPは百五十程度、ササキの異常性が際立つ事実である。


「レベルも百が限界ですので、かの御仁は間違いなく上位者でしょう、まっ! カオリ様の尊さに比べれば、足元にも――ぶぇっ」


 余計な言葉を付け加えたアキを、軽く手刀で黙らせる。


「そろそろ家だから、システムに関することとか、迂闊に喋っちゃ駄目だからね。後家で待ってくれてるのは私の……家族だから、上から目線で話さないようにしてね」


 あらかじめ注意を怠らないよう、釘を刺すカオリに、アキは涙目でうなずいた。


「ただいまーっ」

「お姉ちゃん、お帰り!」

「あ、カオリねえちゃんお帰り!」


 宿で二人を出迎えたアンリは、満面の笑みをカオリに向ける。

 テムリも何か作業をしていたようだが、手を止めてカオリ達に近付く。

 そしてカオリの後ろで控えるアキを、不思議そうに見る。


「お客様? お姉ちゃん」

「カオリ様! カオリ様! このお二人は?」


 興奮した様子でカオリに顔を向けるアキ。見開いた眼には異常なほどの情念が感じられる。いったいどうしたのかと思うも、紹介しないことには始まらないと、カオリは二人を紹介する。


「前に話した私の家族、あの元村跡の元村人だよ」

「アンリです。弟のテムリです」

「何ですか?何でしょう! この胸の高鳴りは! 愛おしいような、切ないような、心が安らぐような?」


 わなわなと手を震わせ、今にも抱き付かん様子だ。


(初対面のはずだけど、何かの要素が関係してるのかな?)


 アキの様子に首を傾げる姉弟、三人の様子を冷静に観察しながら、カオリはとりあえず初接触で悪印象がないことに安堵する。

 ぞろアキが暴走し、二人を脅えさせようものなら、手刀も辞さない覚悟だったが、問題が無ければ無視して良しだ。

 だがアンリから助けを求めるような視線を向けられ、仕方なくアキのことも紹介する。


「色々あって私のパーティーメンバーになったアキだよ、詳しい事情はまた機会を設けて話すけど、いい子だから仲良くしてあげてほしいな」

「アキです! カオリ様の従者となりましたが、姉弟様方はカオリ様のご家族であれせられるゆえ、このアキ! カオリ様に次いで姉弟様方に忠義を尽くしま――ぐふっ」


 やっぱり手刀制裁をしたカオリ、ゴッ、という音と共に悶絶するアキを見て、アンリは苦笑いを浮かべる。


「大事な話があるから、食事をしながら話そう?」


 ――話を整理する。ササキとカオリは召喚されこの世界に来た。ササキはカオリより三年早く来ており、他に召喚者が居ないこと、この世界と酷似したゲームとの差異を把握している。

 さらには召喚された理由や帰る方法も知っている可能性が高い、現状向こうから接触を図って来た以上、敵対する意思は、少なくとも今は当面ないと考えていいだろう、だが目的が不明である。アキも北塔王を唯の協力者としか捉えていない――

 ――次にササキは考える時間が必要であると言って、ギルドホームと守護者のアキをカオリに授けた。これは今のままでも、カオリはササキの脅威足り得ないと、判断しての嬢歩だろう、ササキの言葉を借りるなら、ササキは魔王で、カオリは勇者ということらしいが、それは何も絶対の関係ではない、協力出来るなら妥協し、衝突するなら避ければいい、そのあたりの判断を下すためにも、カオリ自身の立ち位置を明確にしなければならない――

 そしてカオリ自身の気持ちはどうか?


「アンリあのね。私あの村を復興したいと思うの」


 今晩の食事は、以前から変わらぬ堅いパンに、豆と野菜のスープで、質素だが最低限の栄養が摂れ、費用を抑えられるものだ。


「……そうなんだ。うん、私は反対しない、けど私達のために無理をしようとしている訳じゃ――」

「うん、違うよ、色々考えがあって、それがいいと思ったの、村の復興なんてしたことないし、知識もない、けどこのまま街で暮らすだけじゃ得られないものがあって、アキの存在が関係してて、あの村を拠点に色々と準備したいの……」


 少し言い訳がましくなったかと、緊張するカオリの気持ちを察してか、アンリは静かに耳を傾ける。

 アキは最初から口出しをしない、これは事前に言い含めたことであり、そもそもカオリの方針に異論を挟まない守護者としての忠義の表れなのだろう。


「まずは協力者がほしいから、情報を集めつつ、私とアキで村と都市を往復で魔物狩り、ついでに森から溢れる魔物も狩って資金を貯める。まとまった資金があれば、村に必要な物資は都市で調達が出来るはずだし」


 カオリの提案にアンリも考える。


「私も薬師屋さんのところで、薬草の種類とか低位の薬の作り方を勉強したし、何か役に立てると思うの」


 驚くカオリ、定期的に仕事のことを聞いていたが、驚く成長ぶりである。


「なら薬学や調合の本を手に入れて、村の主産業を目指そう、森が近いから植物の調合素材も手に入りやすいし、打って付けかな」


 だがここで忘れてはならないことがある。


「皆で、読み書きを覚えよう……」


 異世界生活を始めて約二ヶ月、そろそろ限界が見え始めた。この世界の文字の壁を、カオリは痛感していた。

 何事も勉強であり、何事も勉強からである。



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