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( 王都引越 )

「私は、陛下の勅命によりまかりこしました。百合騎士団所属の、ビアンカ・ベンティボリオと申します。以後お身知りおきを」


 そう言って深々と頭を下げる彼女を受けて、カオリ達も自己紹介をする。


「カオリ・ミヤモトです。カオリと呼んでください」

「ロゼッタ・アルトバイエです。私のこともロゼとお呼びください、陛下がわざわざ私達のために、まさか王家直属の騎士団から、人をお貸しくださるなど、光栄のいたりですわ」

「いえ、王家直属とはいえ、五十にも満たない小集団ですし、日頃は儀仗兵の任ばかりですので、実戦経験の浅いお飾りと笑ってくだされば幸いです」


 自虐的にとれる彼女のもの言いに、それでもロゼッタは表情を変えずに微笑みを返す。


「そのようなことはありませんわ、百合騎士団と云えば、王女殿下や、女王陛下をお守りするお役目もあると御聞きしております。そのような大任を預かる栄誉ある騎士団を、お飾りなどと笑えば、陛下の御威光に泥を塗るも同義、私共一同、陛下のお気遣いに感謝をお贈りすると共に、その御心に恥じぬよう精進するものと心得ます」


 それはもう見事なまでの綺麗な所作で、貴族令嬢の姿勢を披露するロゼッタを、カオリは感心した様子で見詰める。

 その隣で不動の姿勢を崩さないササキが、今回の経緯を説明する。


「挨拶も済んだようだから説明させてもらうが、今回の彼女の派遣は、陛下が我々を真に気遣い、不便のないようにと便宜をはかって下さったのだ。大勢の侍女を外部から雇うのは、機密保持の観点から避けるべきで、かと云ってステラ殿のみでこの屋敷の維持管理や、外出時の護衛や付き添いまでは手が回らないと判断した結果とも云える」


 簡潔な説明をおこなうササキの言葉を聞きつつ、カオリはこの世界で初めて見る。女性騎士というものに興味津々であった。


 髪は茶色に瞳も茶色と、ロランド人であることは間違いない、だが顔立ちは非常に整っており、結い上げられた髪型も、凛々しい彼女にはよく似合っている。

 ドレスのような衣装と板金鎧の組み合わせは、なるほどファンタジーである。

 機能性に疑問が残るその鎧も、儀仗兵的な役割がほとんどであるという実情と、実際に目にする美しさを前ににすれば、納得の装いである。


「実は私が選ばれたのには理由がありまして」


 そう前置きをするビアンカを、カオリは見上げる。身長はカオリより少し高い、百七十センチといったところか。


「昔私は平民の冒険者だったのですが、たまたま魔物に襲われていた貴族の御令嬢を助けたところ、新しい騎士団の設立に合わせて、登用されたのです」


 百合騎士団という組織を簡潔に説明するのであれば、王妃の戯れというのが正しいかもしれない、ミカルド王国には過去にも女性騎士団が存在したが、人材の確保の観点から、維持するのは困難と云える。

 この世界の、とくにミカルド王国においては、女性は年頃になれば結婚し、家庭に入ることが大半であったからだ。


 よってただでさえ少ない女性の戦士や導士を、外見の美しさや相応の実力も加味し、礼儀作法も含めて合格基準に達するものを集めるのは難しい。

 百合騎士団も過去に存在した騎士団名を復刻し、最近設立された比較的新しい騎士団のようで、団員数もかなり少ない。


「冒険者だったんですね。ちなみに階級は?」


 その点には触れず、カオリは冒険者という単語に反応する。


「お恥ずかしながら、鉄級でした。十八の頃でしたので、一般的には速い方ではありましたが、現在銀級のカオリ様とは比べるべくもなく、ただ当時より騎士団で鍛え、レベルも二十に達しておりますので、それなりに腕には自信があります」


 一般的にはよく訓練に励み、魔物を定期的に討伐などしていれば、一年に一つレベルが上がるのが通常であるこの世界。

 仮に武器を持てる十歳前後から剣術を習い始め、順当に実戦を経ても、二十代で二十を超えるのは難しい、カオリ達を除き、彼女の現在のレベルはこの世界では十分実力を認められる域であるのは間違いない。


「貴族の後ろ盾がない、だがゆえにしがらみに囚われず。また平民出身で人を見下すこともなく、また騎士団の中で作法の訓練も経た彼女なら、我々の傍仕えに適任であろうと判断されたのだ」

「そうでしたのね。とても頼り甲斐のある方が来てくださって、心強い限りです」


 ロゼッタが再び頭を下げる。

 彼女の部屋は一階に用意され、なにかあった時はすぐさま駆け付けられるようになっている。

 屋敷の維持管理といった実務面での人手はたしかに必要であったが、果たしてカオリに護衛が必要かと問われれば疑問が残る。


 カオリとビアンカではレベルも同じで、恐らく純粋な剣術ではカオリの方が上である。

 ただ見栄を気にする貴族社会で、供も連れずに外出するのは少々憚れるため、彼女の存在は、表向きの体裁を整える意味合いが大きい。


「実際に学園が始まれば、学園までの送り迎えはビアンカ殿に任せることになる」

「私はその間、屋敷の仕事がありますので、とても助かります」


 ササキの説明に、ステラが補足する。




 翌日からは本格的な勉強と礼儀作法の訓練が始った。


「基本的な学習はイスタル様に教わった通りだけど、魔導学園では歴史と軍事学にも力を入れているわ」

「幸い算学は問題ないからよかったよ~、この大陸って、単位も公式も、故郷と同じだったもんねぇ」


 そう、不思議なことにこの世界の算学、もとい数学は日本と寸分違わず同じだったのだ。四則演算とメートル法と、とにかく酷似している。


「算学は魔法学に必須の学問よ、学説では、神々が残した智恵の遺産と考えられているわ、カオリの故郷とこの大陸で信仰されている神々は同じなのかしら?」


 疑問は尽きないが、今すぐ答えの出る話しでもないので、話題が広がることはなかった。


「でもカオリも十分に聡明ね。算学に関しては学者様と同等レベル、卒業試験も余裕でこなせるようで安心したわ」

「でも語学と、歴史が難しいよねぇ、歴史なんて難しい言葉が一杯出て来るし、神話が普通に出て来るし」


 流石に一から語学を習得するには、まだまだ時間がかかるだろう、また現地語で書かれた歴史書を読み込むのも、その国の語学に習熟していなければ難しいのも納得である。

 算学にも一部は特殊な言い回しの文章問題や証明などがあるが、それはそういうものとして暗記してしまえば、難問と云うほどではないのが救いである。


 カオリはステラとロゼッタの二人から教わり、なんとか纏めたノートの内容に目を向ける。

 ノートと云っても、粗悪な紙束を紐で纏めただけのもので、便宜上そう呼ぶしかないのでそう呼称しているだけだ。


「創世紀、竜の時代、魔の時代、第一紀から第三紀と現代に至るまで―― ああっ難しい! 近代だけでも沢山出来事があるのに、そのさらに昔の出来事まで覚えるなんて大変だよっ!」


 カオリの絶叫が木霊する。

 そこへパンパンと手が鳴らされる。


「ほら泣きごと言わないの、こればっかりは暗記する以外にないんだから、流れで覚えて、年号は順番に数えていけば、まだ覚えやすいでしょ?」


 ロゼッタが手にした歴史書の題名は【詳説 歴史と考察 レイン・ダガード著】。

 現在ミカルド王国内でも有名で、王立学院でも取り扱っているものらしく、本来高価な代物であるはずだが、実家から持ち出していた荷物の中に、こっそりと忍ばせていた貴重な一冊である。


「まあ……うん」


 ロゼッタに叱られ呻くカオリ。


「じゃあ歴史の全体の呼称は教えたから、次は各年代に起きた出来事と、時代の転換について解説して行くから、少しづつ覚えていきましょう――」

「はい! その前に質問がありますっ」

「なに?」

「今日習ったさ、創世紀に登場した神々っていたじゃない? 思い返せば私、神様とか教会とかのこと、全然知らないんだけど?」


 カオリが不意に話題を振る。問われたロゼッタはしばし考える。先程彼女から教わった内容では、神々が生まれ互いに争い失せた神々の時代があったというだけで、詳しい内実にまでは話を広げなかった。


「十二神様達のこと? それとも大六神教のこと?」

「そうそうそれ、神様が十二柱もいて、その上に創造神がいるから合計で十三柱でしょ? なのに私の知る宗教ってその大六神教だけじゃん? 十三柱もいるのになんで大六?」


 単純に不思議に思ったことをカオリは口にする。


「ええっと、神様だけど邪神に堕ちた元神々がいて、それで残った神様が六柱なの」


 ロゼッタは記憶から、なるべく分かり易く解説しようと試みる。


「まず創造神ジエムは、大地と海と空をお創りになられたわ」


 壮大な出だしで、お伽噺のような神話が始まり、カオリは姿勢を正す。


 世界を創った創造神は次いで、六柱の神を生み出した。

 光と希望を司る。聖女神エリュフィール。

 戦い勇気を司る。装武神カルタフ。

 恵と悠久を司る。大地神ヴァイオーム。

 愛と平等を司る。慈母神ハハナル。

 知と自由を司る。天空神エルリナス。

 金と繁栄を司る。繁栄神ゼニフィエル。


 世界を管理する命を神々へ授け、命を受けた六柱の神々は大地を肥やし、風を呼び、木を植えた。次に生命を生み出し、智恵を授け、営みを与えた。神々がもたらした平和と安寧により、人々は最高の栄華を享受した。


「だけど数百年の後、創造神はさらに六柱の神を生み出したことで、平和は突如として崩壊しそうよ」


 力と向上に勇む。冒険王ブロン。

 欲と快楽に溺れる。性悪のユーマン。

 無と混沌に笑う。混沌の主マダツ。

 邪と変化に狂う。妖精王テュポン。

 罪と厳罰に駆ける。執行者アラシウ

 富と支配に怒る。炎帝トモン。


 新たな神々は、魔人や魔物を次々と生み出すと共に野に放ち、勝手気ままに世界を改変し始めたのだ。

 それに怒った先の神々は、何とか混乱を諌めようと努力するが、ある日、炎帝トモンが他の新たな神々と共謀して戦争を始めた。それが後に語られる【神魔戦争】と呼ばれている。


 そして数百年に渡る戦争の後、新たな神々は封じられ、六魔将と名を改められた。

 また勝利した先の神々も力を使い果たし、人々から大六神と崇められ、神の領域に身を隠したことで、神々の時代に幕を閉じることとなる。それが【神々の夜】と呼ばれているのだと云う。

 聞き終えたカオリはそこで質問する。


「創造神はどうしてそんな、如何にも無茶しそうな神様を生み出したの?」

「当然の疑問よね。だけどその真意は未だに判明していないのよ」


 問われたロゼッタは困ったように答える。


「一説には数百年も栄華を誇り、停滞し続けた世界を変えようとしたと考えられているわ、だけど確証がないのでは、……正に神のみぞ知るというものね」


 眉間に皺をよせ、頬杖をするロゼッタ。


(ファンタジー物だと、大体は勧善懲悪じゃなくて、人間が真実を改変して伝えたってことが多いけど、どうなんだろう?)


 兄の影響でこうした伝承にはつい穿った見方をしてしまうカオリ、だが情報もないのでは考える材料に乏しいため、今は一旦保留する。本題はここからなのだから。


「そしてかつて大六神達が治めた場所が、今は王国連合がそれぞれ治める西大陸だと云われていて、六魔将が生み出されたのが、帝国が治める東大陸だと云われているわ」


 ロゼッタは説明しながら、席を立ち、部屋の端におかれた魔法瓶(混同しがちだが普通のポットの意)から、少し温くなった紅茶を、カオリと自分の二人分の杯に注ぐ。


「大六神教は神を失った群雄割拠の時代に、人間種が立ち上げた宗教で、邪悪な六魔将や善悪定まらない創造神を除き、人類を生み出し導いた六柱の神々こそが、人類が尊ぶべき神であると説いたのよ、最高神は聖女神、一般には女神エリュフィールで、聖都における主神でもあるわ」

「ロゼがたまに言う女神様のことね」


 ロゼッタは頷く。


「大六神教については後ほど詳しく教えるけど、今は代わりに、六魔将について触れておきましょうか」


 紅茶に口をつけながら、やや険しい表情になるロゼッタ。


「大六神は偉大であり尊い、これは間違いない、この大陸の人類にとって、それは疑う余地のない事実、――だけど同時に、六魔将も他の種族からしてみれば、偉大で尊い存在だと言えるわ」


 いつだったか、冒険者組合で受付嬢のイソルダからも、同様の話しを軽く聞いていたが、カオリは復習のつもりで大人しく聞き入る。


「大六神は人間種を始め、精霊種や動物を多く生み出した。そして六魔将は魔人種の他に、亜人種、獣人種、妖精種、魔物などの種族を生み出した」


 目を瞑り、懺悔のような雰囲気で語るロゼッタの表情から、そもそもこの話題が彼女には語り辛い内容なのだと伺える。


「長い歴史で人類は、六魔将の生み出した彼ら他種族を迫害し、迫害された彼らは人類を恨むと同時に、六魔将を真の神と崇めるようになっていったわ、帝国ではとくにそれが原因で今も紛争が続いているのだから、神話だと言って軽く考えて良いものじゃない――」


 淡々と語りながらも、その目は真剣そのもの、その真剣味に若干気押されながらも、カオリは彼女が何かに気遣う様子に気付く。

 冒険者に憧れ、自らの目で見た彼女は知っているのだ。

 神々と彼らが生み出した全てが邪悪ではないことを、だからカオリが偏見を持たぬように、真剣に慎重に語ったのだ。


「紀元前創世紀終焉から現在に至るまで、おおよそ二千年以上の時の中で、様々な出来事と時代の転換があったのは、またこれからの授業で教えるけど、神話は後にも大きな影響を及ぼすから、よく覚えておいてほしいわ……」


 ロゼッタは最後にそう締め括る。


「それぞれの神様が、どの種族を生み出したのか、教えてもらっていい?」


 カオリの問いにロゼッタは頷く。


 聖女神エリュフィールは、数多くの精霊を生み出し、世界を祝福と加護で満たし、高原人(ハイド人)に世界に守護を任せた。


 装武神カルタフは、荒野の民サンド人と、穴人(ドワーフ)と巨人にて、人々に戦う方法を教えた。


 大地神ヴァイオームは、森人(エルフ)小人(ノーム)、また醜人(オーク)を生み出し、森や谷の管理を命じた。


 慈母神ハハナルは、ロゼッタのような赤髪人(レイド人)を生み出し、愛と情熱を説いた。


 知天神エルリナスは、蒼髪人(ブラム人)に航海の智恵を、獣人には狩りの智恵をそれぞれ授けた。


 繁栄神ゼニフィエルは、ミカルド王国の大多数を占める。広原人(ロランド人)を生み出し、共和と繁栄の素晴らしさを広めた。


「そうやって多くの人種を生み出したのが、偉大なる大六神の神々なのよ、ただ永い歴史の中で、それぞれの種族が交配することで、他にも多くの人種が生まれたけど、アラルド人だけは特殊ね」

「どういこと? アラルド人って云えば、アイリーンさんとかレオルドさんがそうだよね?」


 ロゼッタの注釈に、カオリは彼等彼女の容姿を思い出す。


「そもそもアラルド人の祖はハイド人に当たるのだけど、竜の時代に、彼等の中でもとくに戦いに秀でた戦士達が、人類との戦いに敗れた竜を追って、極北の海へ出たの、そして残されたハイド人は各地に散らばって、そのほとんどは純血を失ったわ、そしておよそ千年の時を経て、この大陸に帰って来た戦士達は、交配と支配によって弱くなった同胞達と決別し、真の戦士の系譜、アラルド人を名乗るようになったの」


 いい終えたロゼッタは、少し苦々しい表情で、再び紅茶を飲み干す。


「ここにアイリーンがいなくてよかったわ、敬虔な大六神教の信徒で、とくに聖女神エリュフィールを信仰するものにとって、彼女達アラルド人は、女神の祝福を受けた。云わば選ばれし民、嫉妬と羨望の対象だもの、この話しをしたらからかわれるに決まっているわ」

「ははは……」


 そう語るロゼッタを、カオリは苦笑して言葉を飲み下す。


「でもここで重要なのが、創造神ジエムよ」


 ロゼッタは気を取り直して続ける。


「創造神ジエムが生み出したのは、竜種、ドラゴンとも云うわね。彼等は世界の監視者などとも呼ばれているわ」

「ドラゴンか~」


 人類が想像から生み出したドラゴンを含む竜種は、この世界でも強大な力を持った種族として、変わらず世界に君臨しているようだと、カオリは納得した。


「創造神ジエムは、学説では、世界を創造することしか関心がない神と考えられているわ、大地を穿ち、火を猛らせ、海を荒れさせる神、もちろん神々を生み出した偉大なる神ではあるけれど、同時に六魔将を生み出した恐ろしい神でもある。また人間にとって天災としか言いようがない、竜種を生み出したのも、彼の神、……人類にとっては賢神なのか邪神なのか、その御心は到底理解出来ない存在なのよ」


 しみじみと語るロゼッタの言葉に、カオリは深く聞き入る。

 日本神話や北欧神話など、各国の神話の知識を聞きかじったことのあるカオリにとっては、神が決して善良なだけの存在ではないという認識なため、驚くような話しではなかった。

 それでも神のおこないが、この世界では実害をもたらしているのだから、この世界の民が、素直に創造神を崇められない感情には、いっそ同情を感じてしまう。


 ここに、自然崇拝とは一線を画す理由が存在する。

 いわゆる自然現象、例えば地震や津波、火山の噴火や台風などを神格化し、畏敬の念を込めて崇めるという文化が存在するが、この世界の場合は、時にそれらの大災害を、竜が意図的に引き起こした歴史が、たしかに存在したからだ。


「そりゃ竜に、大勢の人を殺されたんじゃ、畏れる以上に、恨みが生まれちゃうよねぇ」


 驚異的な天災と、天災のような脅威であれば、単純に人々の認識が違って来るのは当然の話しだ。


「アラルド人が優れているという話しは、彼等が古より、【竜殺し】の一族だからっていうのがそもそもの理由よ、ちなみにだけど、六魔将の将軍、炎帝トモンが生み出した魔人族を打倒し、帝国の礎を築いたのも、それに拍車をかける歴史でもあるわね」


 補足説明を加えつつ、神話にまつわる解説を終えて、二人はその日の授業を終える。


 ただ純粋に質問したことはまだある。


「さっきの話しだけど、そもそもロゼはなんでエリュフィール様を信仰してるの? ロゼってレイド人なんでしょ? 普通に考えたら慈母神ハハナルを信仰するんじゃないの?」


 そう質問したカオリに対して、ロゼッタは誇らしそうに胸を張り、両手を胸の前で組む。


「神々との間で勃発した【神魔戦争】は話したわよね? でもその時、ただ一柱、聖女神エリュフィール様だけは、戦争を止めようとなされたそうよ、そして滅ぼされた六魔将、力を失った神々の中でも、聖女神様だけは今を力も保持し、時折顕現して人類に加護を授け、争いを収められてこられたの、正に慈悲深き神そのものっ、勇気あるものに力を授け、自民を導く役目を与える。これこそ最高神に相応しき御心よ~」


「イッツァファンタジー……」


 ロゼッタの剣幕に、慄くカオリ。

 どうやら【神魔戦争】の後、唯一力を残していた聖女神エリュフィールは、創作作品でよく見る。勇者に力を授ける女神のようなことをしているらしい。


「てことは、もしかして、女神様に会えちゃったりするのかなぁ」

「数年に一度、聖都に住まわれる巫女様を依代に、司教様各位にお言葉を残されるそうよ、その時に女神様のお力の片鱗を感じられるとか……、私も一度ご尊顔を拝したいわ~」


 夢見心地なロゼッタを、見上げるカオリは王都に身おきながら、聖都と呼ばれる地に思い馳せる。


(仕事と村のことで手一杯で、この世界の観光とか碌に考えたことないな~、いつかこの世界の全部を見て回りたいかなぁ)


 旅行が一般的な娯楽だった日本と違い、この世界の都市部以外は往々にして命がけの旅が必要である。

 暮らしの糧を得るだけでも苦労するのに、呑気に観光目的の旅行など、余程裕福で道楽な上流階級でもなければ不可能だろう。


「そう云えば、私この王都ですらまだまともに見てないや、ねえロゼ、今度案内してよぉ~」


 甘えた声音で言うカオリに、ロゼッタは夢見から現実に立ち返り、少し困った風に反す。


「いいけど、王都には私の実家もあるのよねぇ、下手に家族に知られると、ちょっと面倒なのよねぇ~」

「あれ? アルトバイエ侯爵様って領主貴族だったんじゃないの? どうして実家が王都にあるの?」


 不思議そうに聞くカオリ。


「領主貴族でも高位の家は王都に屋敷を持つことが許されていて、また高位貴族は宮殿で役職に就いているから、普段は王都にいるのよ」

「へぇ~、領地経営に加えて政務もこなすなんて、忙しそうだねぇ」

「私のお父様は農産大臣を務めているわ、うちの領地は王国一の食料生産を誇るからね。戦時は各領地からの兵站を一手に管理しているし、平時は凶作に対する備えに加え、各領地で小麦の相場が崩れないよう、適度に放出して価格を抑える役目を担っているわ」

「うへ~、大変そう~」


 ここで王宮の役職について詳細な説明を、……省くとしよう。


「まあ、使用人はともかく、お父様はお忙しいから、外で会うこともないでしょう、ならさっそくお昼から見て回る?」

「ほんと! いいの!」

「ええ、カオリってば地頭がいいから、ほとんど教えることないし、今日はちょっと多めに話したしね。息抜きも大事だし、この王都の様子を知るのも、必要なことだしね」

「やったぁー」


 外出を許すロゼッタに、カオリは無邪気な歓声を上げる。


「おや、お嬢様達、外出ですか? よければ馬車をお出ししますが」

「いえいいわ、身体が鈍ってしょうがないから、運動がてらに歩いていくわ」

「……ご令嬢らしからぬ理由ですが、いいでしょう、お供します」


 冒険者稼業と村の生活により、すっかり脳筋じみてしまったロゼッタに、苦笑を禁じ得なかったビアンカは、とりあえず供回りを進言する。

 ササキの屋敷から出れば、石畳で舗装された馬車四台が行き交える広さの通りが見える。

 西大陸中央よりやや南東の、広大な一帯を領土とするミカルド王国の中央盆地に、王都ミッドガルドは存在する。


「ここからじゃ見えないけど、外周を強固な城壁で三重に守られていて、今は二重目のいわゆる貴族街になるわね」


 大陸の肥沃な穀倉地帯を有する王都ミッドガルドは、歴史的に多くの戦争を経験している。


「とくに激しかった戦は、第一紀の【魔人王の動乱】、一時は王城も陥落したこともあるの、王家が変わってもこの王都は変わることなく存在して、何度も改修と拡張を繰り返して来たのよ、最初は一重だった城壁も、戦いの度に城壁を増やして、今は三重にまで増えたの」


 誇らしげに語るロゼッタの話しを、カオリは興味深く聞く。


「王立魔導学園は一重の中にあるわ、王家のお膝元で学ぶ栄誉を賜れるのは、光栄なことね」

「なのに冒険者に憧れて、入園を蹴ったんだよね?」

「そ、そうね……、はぁ」


 打って変って溜息を吐くロゼッタ。


「正直どんな顔して学園に通えばいいのかしらって、学園を蔑にして、両親を説得して冒険者の旅に出たのに、理由はあれど、最終学年を学園で過すことになるなんてね……」

「あ、そっか~、ロゼってば年齢的には、一学年上になっちゃうのか~」

「私の方が年上なの、たまに忘れてない?」

「そんなことないよぉ~」


 笑って誤魔化すカオリに、半眼を向けるロゼッタ。

 しばらく歩けば貴族の屋敷も慎ましいものになっていく、中央から外側に離れていくほど、爵位の低い貴族の屋敷となっていくからだ。


 一応景観を乱さないために、擁壁の様式や美観は統一し保たれいる。

 だがよくよく中を観察していれば、よく手入れが行き届き、綺麗な外壁を保っている屋敷と、空家のように煤けて汚れた屋敷も見受けられた。


 貴族が皆お金持ち、という認識が間違っているのはカオリも今なら分かる。

 限られた財源で屋敷や従者の維持管理、無駄に高級志向な社交界への投資など、なににどれだけお金がかかるのか、ここ最近の学園関連の費用を合算すれば、多少は想像出来よう。


「領地経営なんてどんなにお金かかるんだろうな~、あの城壁もいくらかかるんだろ~、石材が一つ金貨三~四枚だとしてぇ、高さが十メートルぐらい? 人件費が~……全然わかんない」

「止めてよね……、こんな時でも開拓資金に頭を悩ませるなんて、もう相場なんて時代毎に大きく変わるのだから、第一税から予算をちゃんと確保して、民間に放出することで都市経済を円滑にする目的があるんだからね」

「いやいや、そもそもそれだけの税を回収出来る。生産基盤にどれだけ人手がいると!」

「人手どころじゃないわよ! 国よ国! 規模が違うのよ規模がっ、軍事力からしても単純計算で彼等にかかる維――」


 そこでパンパンと手を打ち、二人の会話を止めたのは、さきから護衛についていたビアンカだった。


「はいはい、まるで淑女らしからぬ話題は、そこまでにしていただきましょう、なんですか資金とか税とか……」


 呆れて首を振るビアンカに、心辺りのあるロゼッタは頬を赤くする。カオリはどこ吹く風な様子だが。


「私正直に申し上げますが、お二人が今更学園に通う意義があるのか疑問です」

「というと?」


 提言するビアンカにカオリが続きを促す。ついでにそのまま二重目の城壁を抜けて、城下町に進んでいく。

 城下街から貴族街に登るさいには、検閲を受けなければならないが、逆は自由に出ていくことが出来る。


「領主貴族の令息でも、成人を迎えて初めて、集落の開拓を、経験を積ませる目的で委任します。それでも潤沢な資金と部下をつけて、十分な監視下でおこなわれます」


 ビシッと指を立てて、結論を述べる。


「ひるがえってお嬢様方は、冒険者として成功を収め、一どころか亡村という負の状況から、村の復興と開拓を進めていらっしゃるんですよね? しかもササキ様という物理的に最強の後ろ盾を得るまでに至っております。……いります?」

「「あー……」」


 ササキからの、学園というこの世界の教育機関への潜入調査という目的を、まだビアンカに伝えていないのだから、そう言われても不思議ではない。

 まだとは言っても、今後伝えるのかどうかは未知数なのだが。

 この学園への入園の表向きな理由として、妥当な言い訳を、事前に用意出来ない時点で、不審に思われるのは確実である。今後はどう返答すべきか、よくよく考える必要があるかとカオリは考える。


「ササキ様からは、異国人ゆえに、この国の文化や教養を学ぶためだと教わりましたが、カオリ様は大変頭もよく、およそ書物から得られる知識においては、高額な学費を払ってまで、入園される必要がないように感じます。家庭教師というのか、普通に何方かに師事を仰いだ方が、余程効率的かと」

「学園での生活や人間関係が、意義のあることなのはたしかだけれど、得られるものの割に、学費と期間が非効率に映る。という解釈でいいかしら?」


 ロゼッタの補足に頷くビアンカは、純粋に不思議そうな表情である。


「私の我儘ってことになるのかな~、ロゼは慣れない私の付き添いで仕方なく、ササキさんは同郷の私を案じてって感じ?」

「その言い方ですと、まるで他に目的があって今回の運びになったと云われているように聞こえますが……、まあ一介の騎士に過ぎない私は関知しないこと、余計な詮索はしないでおきます」


 適当なことを言うカオリに、ビアンカは溜息で思考を放棄する。

 それに国を相手にどれほど体裁を整えようと、隠し切れるものではないので、少なくとも上層部ではササキの目的は黙認されているのだろうと予想も出来る。


 ただあからさまな言動は控えるべきだという、至極常識的な体面を保つ努力は必要だろう、カオリとて大人とは言い切れないが、子供であることを許される立場でもないのはたしかのだ。

 体裁は重要である。体裁は。


「王都の人口ってどのくらい?」

「う~ん、二~三十万くらいかしら? 近隣の農耕地も含めればもっと多いでしょうけど、出入りする人間が多いし、貧民街なんて調べることもされていないんじゃないかしら? 正直国の上層部でも、一部の方々しか知らないと思うわ」


 かなり大雑把な数字に、カオリは苦笑いを浮かべる。戸籍の管理などされていない時代では無理もないかとも思う。


「簡単な地図があれば見たいな~、実際に見て照らし合わせれば、それなりに分かることもあるかもだし、都市基盤の規模が知りたいの」

「ここで長く暮らして来たけど、たしかにこうして見ると気になるわね。不便は侍女がやってくれていたとは云え、それでも周辺国でも進んだ都市開発だと思うわ、村の開拓に役立つかはともかく、純粋に興味が湧くわね。こんど手に入らないかステラに手配をお願いしておきましょう」

「そうだ。商業組合とか労働者組合にも行ってみようよ、平均賃金とか物価が分かれば、他と紐付けてお金と物の流れが掴めるじゃん? これだけの規模の都市経済と、それを維持する機構、治安や防衛に必要な軍事費とかさ、絶対参考になるって!」

「なるほどね。大多数の民の暮らし振りから、逆算していけばそれなりに経済規模が量れて、それを維持する政務機構に要求される能力や人材の規模も予測出来るってことね。さっそくその線で現地調査を進めましょうっ」


 興奮する二人を余所に、一歩後ろのビアンカは完全に頬を引き攣らせている。


「他国の間者ですか……、これ放っておいていいのでしょうか?」


 王家に仕える騎士としての矜持が試される気分を味わいながら、呟くビアンカの声は、高く昇った大陽の光にかき消される。

 綺麗に区画整備されながらも、長い歴史から雑然さを残す町並みは味わい深く、ただ漠然と眺めているだけでは気付けない、地区毎の個性を感じさせる面白さがある。


 住宅地区に商業地区と工業地区とそれぞれの地区に分けられ、利便性の観点から造成や区割りを改善して来た経緯を想像出来、カオリの目を楽しませた。

 これほどの都市規模になれば、建物の高さも、およそ五階建が当然で、商業地区に面した通り沿いであれば、一階は一般住民向けの食料品店や雑貨商が軒を連ねる。

 また旅人が多く出入りすることから、宿泊施設も充実しており、中期間滞在者向けの集合住宅なども多い。


「王都ほどになれば各種組合もかなりの数があるわ、冒険者組合だって本部を含めて五つもあるのよ」

「王都周辺でそんなに仕事ってあるの? 街道の安全だって軍が管理してるんでしょ?」


 カオリの認識では、冒険者は魔物専門の傭兵のようなものだ。人類の生存圏の中心部と云っても過言ではないこの王都で、魔物の被害に悩まされる案件があるとは、到底考えられなかった。


「城壁外に出ればそれなりに魔物もいるし、共同墓地なんかにはアンデッドも湧くわ、資源林もたくさんあって、それらを保有する商会や集落では、冒険者を雇って魔物の掃討を依頼するのが普通よ、それになにより――」


 まだ幼かった当時に、独学で学んだ冒険者の仕事について語るロゼッタは、どこか楽しそうな様子である。


「この王都には王家所有の迷宮が一つと、冒険者組合所有の迷宮が二つもあるんだから、冒険者が仕事にあぶれることはないのよ」

「へぇ! こんな都会に迷宮があるんだっ、行ってみたいな~」


 高層建築に阻まれ、空が見えない都市の中央を歩くカオリは、都市と迷宮という相反する存在が如何に上手く共存しているのかに、大いに興味を示す。

 魔鉱石といった鉱物資源、魔物の素材や魔石といった資源を、都市から供給出来る街作りに、自身が進める村の開拓へ利用出来ないかと期待を寄せたのだ。


「大丈夫よ、学園へ通う一つの特典として、王家所有の迷宮への自由な出入りがあるのよ、ササキ様からは教えてもらってなかったのかしら?」

「あ、そうなの? 知らなかった。それって学生ならって話し?」


 意外な情報にカオリ驚く。


「王宮の下層に迷宮の入口があって、普段は騎士団の訓練場にもなっているから、安全は保証されていて、学生なら上層の出入りが自由に出来るの、流石に中層からは学園の許可だけじゃなくて、冒険者組合の許可が必要になるし、下層からは王家の許可が求められるわ」

「なるほど、そりゃそうか、でも階層毎に申請が必要なほど深い迷宮なの?」


 カオリがこれまで経験した迷宮はどれもそこまで深い造りではなかった。

 以前に制覇した寺院跡の迷宮でも、三階層からなるもので、隈なく探索しておよそ三日はかかったはずである。


「聞いて驚きなさい、王家の迷宮は他と違って、十階層以上もある大迷宮でると噂されているのよ、三階層毎で上層と下層に区分されていて、九階層以下は最下層と云われて、その全貌は未だに解明されたことがないそうよ」

「面白そうっ! 絶対行きたい!」


 楽しげに語る二人を眺め、ビアンカが会話に加わる。


「お二人であれば、すでに銀級のカオリ様がいらっしゃるのですから、中層までの探索は可能かもしれませんね」

「そうね。私達は級規制緩和の特例措置をいただいているのですもの、中層までは通常申請でも探索は可能ね」


 ロゼッタの言葉にビアンカは驚く。


「級規制緩和? それはいったい……」


 カオリ達が級規制に縛られない特例である経緯を、カオリはビアンカに説明する。


「はぁ、なんというのか、色々規格外な御令嬢様方ということですね……」


 冒険者時代に討伐依頼や迷宮探索が許されなかった鉄級冒険者でしかなかったビアンカには、二人の経歴は眩しく映る。


「こんど王都の迷宮の情報を詳しく調べてみるわね。今なら昔と違って、冒険者組合の資料室を閲覧出来るもの、調べ物が捗るわ、それと迷宮へ挑戦するなら、アイリーンとアキも呼ばなければならないし」

「そうだよね~、アキの鑑定魔法と、アイリーンさんの力は、迷宮に挑むなら必須だもんね~」


 安全と収入の面で見れば、二人の能力は必要不可欠な能力である。

 王都での活動中は冒険者としての稼ぎが期待出来ないと諦めかけていたのが、思いがけずその機会を得られるかもしれないと、カオリは意気込みを新たにする。


 まだ一方角ではあるが、一通り大通りを見て回った二人は、そこから更に城壁に沿って移動する。

 しばらく同じ造りの街並みが続いていたが、徐々にビアンカの表情が険しくなっていく。


「お嬢様……、これよりは少々……」

「そう……ね。これ以上進むと、貧民街に入り込んでしまうわね。どうするカオリ?」

「貧民街ってなにかあるの?」


 日本で暮らしていて、低所得者が寄り集まった街、などというものを見る機会のなどなかったカオリには、いまいち貧民街という言葉に実感が持てずにいた。


「まあカオリとビアンカがいれば、万が一のこともないでしょうけど……、これも調査の一環よね」

「そんなロゼ様、なんと無責任な……」


 一応市場調査を目的としているのだから、実際の格差を見ることは必要なことだと、ロゼッタも理解しているため、カオリの歩みを止めることはしなかった。

 その代わり二人を護衛するビアンカは、気を引き締め直して後に続く。


 始めは区画整理された綺麗な街並みだったのが、次第に清掃が行き届いていない寂れた建物が目立ち始め、次にどう見ても違法増築で粗雑な建物に変わり、次いで石畳も修繕されていない道になっていった。

 辺りにゴミや異臭が目立つころには、道もすっかり砂利と泥濘で汚れたまま放置されたものへ、建物は崩れた箇所を雑に木で塞いだだけのお粗末なものが増えた。


「ほうほう、これがいわゆる貧民街か~、同じ都市内でどうしてここだけこんなことになるんだろ?」


 よく整備された都市だからこそ、尚更疑問に感じるカオリに、ロゼッタとビアンカがどうしたものかと目配せをする。


「お恥ずかしながら、私共も詳しい原因と経緯は存じません、この辺りも歴史は古く、私共が生まれた時から、すでにこうだったと記憶しています」


 ミカルド王国が樹立してより四百年、都市そのものの起源に至っては数千年も遡ることが出来る。王都ミッドガルドの裏の顔、それがこの貧民街である。


 貧民街の発生の根本原因を突き止めるのは並大抵の調査では不可能と思えるだろう、侯爵家で蝶よ花よと育てられたロゼッタと、平民から冒険者を経て騎士になったビアンカでも、よほど経済や歴史に関心がなければ、その原因に気を止めることはなかったであろうことは仕方がないことだ。


「集中型の都市で、近郊は穀倉地帯があって、周囲も豊かな領地に囲まれているんでしょ? どうして貧民街が発生して、またそれが放置されているのか、興味ない? 村の開拓のいい参考になると思うんだけどなぁ~」


 至極当然な疑問から、カオリは二人に質問をする。問われた二人は当惑する。


「うーん……、都市に来たはいいけど、仕事がなくて困窮してしまったから? でも王都を出る蓄えもなくて、徴税官の来ないこの辺りに逃げ込んだものが、集まった結果かしら?」

「冒険者のような仕事に出る勇気もなく、かといって一般の仕事に就く学もなく、その後はロゼッタ様がおっしゃったのと同じ末路を辿った。といったところでしょうか?」


 二人なりに想像を膨らませて、ありえそうな可能性を考えてみる。


「それありそうだねぇ、でもその前に、徴税官が来ない理由ってなんだろう?」

「それは……」


 そこまで議論したところで、三人の前に立ち塞がるものが現れた。


「ようようお嬢ちゃん達、ここはお前達が来るようなところじゃねぇぞ」


 貧相な衣服をさらにだらしなく着崩した男が、碌に水浴びもしていないだろう身体を、ぼりぼりとかきながら、カオリ達にお馴染みの言葉を放って寄こす。


「お嬢様、お下がりを」


 すかさずビアンカが二人を背後に隠すが、反対方向にもぞろぞろと男達が姿を現した。


「いい女じゃねぇか」

「見たところ貴族様ってか」

「今日は運が悪かったなぁ」

「彼方達の纏め役とかっています?」


 カオリは呑気な表情で質問したが、男達の反応はいまいちだった。


「はん、なにを知りたいか知らねぇが、知りたきゃ有金全部寄こしな、嫌なら身体で払ってもらうことになるがなぁ」


 下卑た顔でカオリ達を上から下まで舐め回すように見る男達、カオリは溜息を吐く。


「こんな方法じゃ有力な情報は期待出来ないよねぇ~、もういっか、この辺りに詳しい情報屋さんでも見付けて、また今度調べ直そっかぁ……」

「……てめぇ、さっきからなめた態度を」


 男が短刀を取り出し、カオリ達に突き付ける

 ビアンカもそれに反応して抜剣する。


「この人達を斬ったら、なにか問題になりますか?」

「税を払っていない市外民で、婦女子を襲う無法者を斬ったところで、問題になるわけないでしょう、貴族を襲った時点で極刑は免れないわ」


 カオリの疑問にロゼッタが返答する。


「ごちゃごちゃうるせぇぞ、てめぇらやっちまえ!」


 男の号令で、周囲を取り囲んだ男達が躍りかかる。

 正面の男達をビアンカが受け持ち、後方をカオリが相手にする布陣だ。


 棍棒を振り上げた男に、カオリは拾った煉瓦を投げつけて怯ませると、続く二人の振り下ろされた角材をひらりと躱し、前蹴りで顔面を蹴り抜く、それだけで脳を揺らされ頸椎への衝撃で男は気を失う、治療せずに放置すれば死亡する可能性のある危険な状態である。


 次に火掻き棒を無茶苦茶に振り回して、男が突貫を試みるが、カオリは逆に火掻き棒を取り上げ、棒が折れ曲がるほどの勢いで、男の頭部を容赦なく打ち据える。

 鉄の棒で頭を打たれ、出血しながら男が昏倒すれば、ようやく周囲の男達はカオリがただの女ではないことを理解して、距離をおいた。


 だが距離が開けば、次はロゼッタの本領発揮である。


「【―火線(ファイヤーライン)―】」


 熱線が迸り、一人の男が瞬く間に火達磨になる。


「くそっ! こいつらただの女じゃねぇ」

「ぎゃあああっ! 助けてくれぇ!」


 全身を火傷した衝撃で、気を失って倒れる男から距離を取り、恐怖と怒りの眼差しをカオリ達へ向ける。


「死んじゃった?」

「魔力を控えたから大丈夫よ、私よりもカオリの方が容赦ないじゃない、そいつら放っておいたらたぶん死ぬわよ?」


 カオリが倒した男達を指差しつつ、ロゼッタは腕を組んで指摘する。


「ぎゃあ!」


 声のした方を振り向けば、ビアンカが最初に声をかけてきた男を足蹴にして、後方の男達を警戒していた。


「まだやるか? そうなれば命の保証はないと思え、流石に生かしたまま全員を無力化する自信はないのでな」


 ビアンカの啖呵に、男達は逃げ出した。

 倒れた男達を回収させて、辺りが静かになれば、カオリ達もこんなところに長居は無用と移動する。


「今日のところはここまでにしましょうか、最後の悶着で一気に疲れたわ」

「はは、ごめんね二人とも、もうあそこには近付かないようにするから」

「そうしていただけると助かります。王都と云えど法の行き届かぬ場所も御座いますれば、けっして治安が万全とはいきませぬゆえ」


 疲れた様子の二人に、申し訳なさそうにカオリが謝罪する。

 たとえ負けることがなかったとしても、怪我を負うくらいは在り得るのだから、護衛を担う人間からすれば、心臓がいくつあっても足りないだろう。


「街の様子は大体分かったけど、後はシンとかステラさんに調べてもらって、なるべく安全に情報収集しようか」


 自身で街の調査をすることに、すぐさま限界を感じたカオリが、物憂げに決定を下す。


「建築様式は基本石組みで、外壁は漆喰、梁とか内壁は木材が多いかな? これだけで村の家と比べたら三倍の費用がかかるかなぁ、上下水道は上からじゃ分かんないな~」


 街の様子を思い出して、仕様とそれにかかる費用を考える。村に活かせそうな工夫

がないか思考を巡らせる。


「やっぱり村の中央寄りは、集合住宅を建てた方がいいと思うわ、将来的に宿や組合組織として使用出来るし、多く移民を募るなら、仮の住まいを確保しておくのは大事よ」

「今ある集合住宅は、家が建てば皆移り住むし、とりあえず空くけど、そう考えれば、辻道の角地はもうちょっと広く敷地を確保したほうがいいかぁ~、中央広場は将来的に市場にする予定だから、それを取り囲む集合住宅か、いいね」


 今はまだ限られた家屋しか建っていない村だが、近い将来には多くの建物が立ち並ぶ立派なものになるだろう、そんな未来に思い馳せるだけでも、カオリは気持ちを高揚させる。

 二重目の城門で検閲を問題なく通過し、屋敷に帰宅する。

 玄関先で服についた埃を払い落し、靴の泥も毛叩きで落とす。


「お帰りなさいませ、皆様もうじき夕食が出来あがりますので、支度を終えしだい一階の食堂にいらしてください」


 帰宅すればステラが夕食の時間を三人に告げて、支度をするように促して来る。

 貴族というものは時間帯や用途によって、衣装を代えるというのをカオリは思い出す。


 だがそんな衣装の持ち合わせのないカオリは、上着を脱いで腰帯を外すだけに留める。

 以前までは太い革帯で無理やり固定していた刀だが、夢の二本差しとなったことで、テムリに頼んで専用の腰帯を作ってもらった。


 縦幅が十センチもある太く丈夫なそれは、留め具が上下に二ヶ所設けられ、刀の差す部分も専用の構造にすることで、女性特有の腰の形状でもしっかりと固定出来、激しい運動に不都合のないように出来ている。


 ついでに右腰の部分には小物を入れておけるように革の小袋が取り付けられている。今は万が一の時のために、アンリ特性治療のポーションと【蒼爆石】が収められている。

 腰帯を外して刀だけを持って部屋を出れば、隣の部屋ではロゼッタがまだ着替え中 なので、とくに待たずに階下へ移動する。


「おっとカオリ様、騎士並みの着替えの速さですね。ドレスには着替えられないので?」


 上着と装備を外しただけなので、時間のかかるものではない、それは騎士鎧を脱いだだけのビアンカも同様のようだった。


「貴族じゃありませんし、冒険者ですから」

「なるほど」


 出会ってまだ二日しか経っていないため、お互いのことをなにも知らない現状、些細なことが話題になる。

 とくに特殊な経歴と云わざるをえないカオリは、ビアンカから見れば奇異に映る。

 食堂に入り、四人分の食器が並ぶ食卓で、あらかじめ決まった席にそれぞれが座る。

上座はササキで、ロゼッタとビアンカとカオリの順だ。


 ステラは侍女兼家例兼料理人の従者ということで、主人一同と席を共にすることはないという、食事の支度や片付けの段取りを思えば、その方が動きやすいらしいので、カオリが疑問に思うことはなかった。

 いずれは信用出来る使用人をもっと増やすべきかを、現在見極め中であるという。


 前菜を眺めながら待っていれば、ほどなくしてロゼッタもやって来て、少しの雑談を交えていれば、最後にササキが入室する。


「待たせてしまったようだね。ではさっそくいただこう」


 屋敷の主人の言葉で食事が始る。


「この世の神々に日々の糧への感謝を」

「いただきます」

「アーカスィ」


 日本人と異世界人とで異なる祈りの言葉を、ササキが違和感なく口上し、皆続けば食事が開始される。


「貴族様でもロゼってあんまりドレスは着ないの? てっきり豪華なドレスを普段着にするのかなって思ったけど」

「これでも冒険者であることを誇りに思っているのよ、革鎧を脱いで、着替えはするけど、いざという時に戦えるように、多少は動きやすさを考えた衣装を選んだわ、カオリもこういうのをもっと揃えないとね」

「ロゼって革鎧も装飾が凝ってて、中の服も日によって変えてるでしょ? いつもお洒落だな~て思ってたけど、そういうのも可愛くていいね」


 村と冒険者生活では見られない、女性らしい話題に、向かいに座るビアンカがどこか安心した様子で嘆息する。


「そういう話題も出来るのですね。散策中はずっと経済や市場の話しばかりしておられたので、てっきりご興味がないのかとばかり」


 およそお嬢様らしく、ともすれば女性らしくすらなかった昼間の会話とは打って変わって、衣服に関する話題で盛り上がる二人に、ビアンカは何故か安心する。


「彼女達がそれだけ、村の開拓に真面目に取り組んでいるという現れですよ、この王都で生活していれば、いずれ話題も増えましょう、ビアンカ殿も馴染めるご様子で安心ですな」

「いえササキ様、私も元冒険者で、騎士ですので、世情や経済にはそれなりに知識がありますが、それでもお二方の見識が広く、ついていけるか不安だったのです」


 白銀の巨大な大鎧を脱いだだけの装いのササキが、滅多に見ることがない素顔を晒して、ビアンカに優しい表情で語りかける。

 歴史を感じさせる皺と、頑強な骨格ながらも、よく整えられた髭と頭髪と、まるで孫を見るご隠居を思わせる優しげな目に、ビアンカは赤面して俯く。

 日本人の色素だが顔立ちはハリウッドスターのように渋いナイスミドルは、この世界でも好印象を与えるのだなと、二人の様子を眺めるカオリ。

 そしてそれを羨ましそうに見詰めるロゼッタは、前菜に次に出されたスープに匙をつける。


 時間がなかったことから、今日の料理に使用された食材は、カオリ達が持ち込んだ村の食材が使われている。

 ただ調理法は貴族の食卓に並んでも不思議ではない調理法と盛り付けに注意して、ステラが腕によりをかけて作られたものだ。


 同じ食材でも、器や盛り付けが変われば、これほど豪華に見えるものなのかと、カオリは感心する。

 ただ村の食材といっても、山菜類は豊かな大森林から採取された新鮮なものなので、肉類に関しても同様で、決して王都の食材に劣るものではないのはたしかだ。

 鹿肉を使った肉料理を食べ終えれば、速後の紅茶を楽しむだけとなり、ササキが皆に話しかける。


「食事が終わったあとに、最後に、屋敷の設備を説明しておきたいのだが」


 その場にいるステラを含めた全員が首肯する。


「ステラ殿は屋敷を全て回られたので?」

「地下以外は全て確認させていただきました。他も主に清掃の不備がないかなどの確認程度でしたので、ササキ様がおっしゃった設備等は、まだ把握出来ておりません」


 食器の後片付けもある中、ササキは屋敷の全員を引き連れて一階を進んで行く。

 庭に面した南側の角部屋に当たる部屋の扉を開ければ、板張りの床と、その先にカオリのよく知る設備が見える。


「おお! お風呂だ!」

「久々です。冒険者を初めてから、湯浴みが出来れば十分な生活でしたから」


 感動するカオリと、溜息を吐くロゼッタを見やり、ササキは不敵な笑みを浮かべる。


「この風呂だがね。実は魔道具搭載型で、自動湯沸かし機能付きなのだよ」

「「え?」」


 ササキの発言に呆気に取られる四人に、ササキは尚を続ける。


「そして恐らくだが、水の生成をも術式化して魔法陣に刻んだ最新式なので、好きな時に好きなだけ入ってもらってかまわない、排水設備も濾過装置を通して、下水に流れるように作ったのでね」

「「ええぇ!」」


 水や燃料の確保が難しいこの世界で、毎日熱い風呂に入ることが出来るのは、一部の貴族や豪商くらいなものである。

 借りに魔法により、水と過熱をおこなえる魔導士がいたとしても、毎日そのためだけに給金を支払うのは馬鹿らしいだろう。


 さらにササキの言った機能を有した装置があったとしても、使用したさいの魔力の確保の問題も出て来る。結論として、そんな贅沢回すお金を持つ、富裕層に限られるということになる。


「魔物を狩る冒険者の頂点である。神鋼冒険者でいらっしゃるのですから、装置に組み込まれた魔石と魔力には事欠かないということですか、それにこんな装置を手に入れられる資金力、恐れ入ります」


 風呂に入ろうと思えば、燃料から水の確保と釜焚きは、使用人や従者の仕事である。

 それらの労力を一気に減らすことが出来るこの設備で一番助かるのは、間違いなくステラであろう、彼女は感服と感謝の気持ちから、ササキに深々と頭を下げた。


「朝稽古の後にも、利用出来るということですか?」


 ビアンカが恐る恐るといった風に、ササキに聞けば、ササキは笑みを深くして頷く。


「もちろん、時間帯も頻度も問いません、この程度の魔力と魔石の用意は、腐るほどあります。私であれば半日で、一年分を確保出来るのですから」


 驚きの内容に、ビアンカは嬉しいやら驚きやらで忙しなく表情を右往左往させる。

 宮仕えの騎士といっても、仕事の時以外は訓練に明け暮れ、疲れ果てて寮に帰る日々である。城壁外訓練の時なのどは、それこそ食事も休息も最低限で、身嗜みに気を使う暇など与えられないことも多い。

 それがまさかこんな高待遇を提示されるとは思ってなかったために、感動で胸が一杯になるのだった。


(流石日本人のササキさんだ。やっぱり日本人はお風呂だよね~)


 半ばこうなることを予想していたカオリは、最初こそ驚きはしたが、同時に納得の表情で風呂の設備を確認する。

 どちらかと云うと、魔道具としての湯沸かし機という設備の構造が気になるところである。

 これがあれば、村でも風呂に入り放題ではないかと考えたからだ。


 浴槽を挟んで向かい側を見れば、ロゼッタも湯沸かし機を必死に調べていた。彼女も魔導士の端くれであり、一人の乙女なのだ。こんな画期的な魔道具を見れば、目の色を代えるのは必然だった。


「まあそう慌てなくても大丈夫だ。カオリ君達には後ほど、設計図を渡そうと考えていたのだ。もちろん陣と細かい術式の分解図も付けて渡そう」

「本当ですかっ! ありがとうございます」


 ササキの厚意に、ロゼッタは立ち上がり、喜色を浮かべて大喜びだ。

 目下上下水道の敷設工事に邁進中の村の開拓業において、この設備の存在は開拓の方向性に大いに役立つものである。

 カオリは贅沢を満喫出来る村の将来像に想い馳せながら、暖かい吐息を吐く。


(王都に越して来て、早速こんな収穫があるなんてなぁ~、これからが楽しみかも)


 そう考えるだけでも、これからの展望に大いな期待を抱くことが出来る。


 勉強に、冒険に、開拓に、夢はまだまだ広がっていく、明日からの日々が一層輝かしく、カオリの眼前に広がっていったのだった。


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