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( 施工開始 )

 大工集団と石工集団からなる第三次開拓団を招いた翌日から、カオリ達の村の各種施工が開始された。

 建物群に囲まれて自然にそうなった広場の中央で、総指揮を担うカオリは、朝の挨拶と共に各関係者に指示を出すことになる。


「では村の全体図を参考に、どの位置にどの工事が必要か、まずは調査して、大工組と石工組の皆さんには作業の連帯を決めてもらいたいと思います」


 カオリはまずは段取りが大事と、彼女達が能動的に作業を進められるように取り計らった。


「冒険者組は集まりな、さっさと森小屋予定地まで道を開かなきゃ、後の仕事がつっかえるからね」

「食料も用意は十分に御座いますが、人手がある内は採集もおこないます。私や冒険者が護衛に当たりますので、手の空いていらっしゃる方はこちらに」


 その間暇になるであろう冒険者達や村人の男達は、アイリーンやアキが先導し、各種仕事を割り振っていく。


「奥様や女性の方、または若い息子様達はこちらに、食料や衣類の整理や今後の役割分担など、冒険者や職人様方に代わってやっていただく作業も多いので、一度皆様で話し合っていただきたいと思います」


 一方ロゼッタは、妻や娘、成人前の息子などを集めて、在宅中の共同家事について、持ち回りなどの作業分担を決めてしまおうと持ちかける。

 衣食の負担が減れば、男達の仕事も捗るのだから、これらも重要な村の仕事である。

 

 アンリもこの中に入るが、彼女の場合は錬金釜でのポーション作成や研究も業務と化している関係で、少々手伝う程度となっている。

 そしてカオリは、オンドールやテムリと共に、職人集団達と現地調査を始めた。


「ん? その坊やはなんだい?」


 クラウディアは不思議そうな顔でテムリを見詰める。


「ああ、実はこの子、すごく手先が器用で、もし機会があれば、職人さんのお仕事を手伝わせてあげたいって思ってたんです」

「僕、テムリって言います。よろしくお願いします」

「かわいいっ、私はエレオノーラ、よろしくねテムリ君」

「はいっ!」


 自己紹介をするテムリに、エレオノーラは相好を崩して自身も挨拶をする。


「村の狼車を御覧になりましたでしょう、あれを作ったのはこの子なのですよ、きっとちゃんと教えを請えば、立派な職人になれると思いましてな」

「え? 嘘、こんな若い子が?」


 驚くエレオノーラの横で、クラウディアの目が光る。


「そいつはいい、是非私達の仕事場においで、一からしっかり教えてあげるよ」

「本当? お願いします!」

「素直でいい子だ」


 クラウディアもそう言ってテムリの頭を撫でる。


「むぅ~、テムリ君! 石工も面白いから是非見に来てね。私もちゃんと教えてあげるから!」

「おっと、あれこれと手を出したら、身に着くもんもつかないよ、この子はきっと木工技術が向いているんだろう? だったら私の所でみっちり修業した方がいいに決まってるさ」


 顎を反らせて見下ろすように、クラウディアはエレオノーラにそう言い切った。


「なんでよ! それはこの子が決めることでしょう、色々経験させて、才能を伸ばした方が、将来仕事を探す時に有利じゃない、一人占めなんて大人げないわよっ!」


 早速言い合いを始める二人を、カオリは苦笑して嗜める。


「まあまあ、テムリ以外にも手に職をつけたい子はいますから、教育費は改めて予算を工面しますので、その件については後ほどお話させて下さい、今は現地調査を優先しましょう?」

「うむ、それはいい、職業訓練は後に重要になってくる。座学教室以外にも、そういった授業を設けるのは、今後の村に必要なことだ」


 オンドールが妙ではないが、カオリの何気ない言葉に関心を示す。

 これでは一向に話が前に進まない、呆れるカオリに、オンドールは肩を竦めてみせる。どうやら場を和ませるための冗談だったようだ。


 かくして一同は、幾度か悶着はあったものの、各建築物の図面と工程表の作成へと話が進み、その日は建設予定地に資材や道具を運搬し、準備を進め、具体的には翌日に、本格的な作業を開始する手筈になった。




 翌日からは大忙しだ。

 基本的な作業は村人達や職人達がおこなうのだが、作業員の遂次調整や資材の在庫状況の把握、各作業の進捗の確認、およびそれらの記録など、カオリ達の業務は細やかで多岐に渡る。

 森の開拓組、水道の敷設組、家の建築組と、広い範囲で同時に進行する開拓状況を、常に監督し続けなければならないのだ。


 といってもこれも最初の内だけだ。やり方さえ確立してしまえば、現場毎に監督者をおき、業務を委任していけば、いずれカオリも手を離すことが出来る。

 というよりも、開拓資金の稼ぎ頭であるカオリ達は、そうでなくとも村を離れる必要があるのだから、いつまでも張り付いているわけにはいかないのだ。


 暫定で監督業を任せられる人間は、オンドールを筆頭にした従軍経験者達、具体的にはセルゲイ達三人が挙げられる。

 元野盗である彼等だが、意外なことに複数人を纏め、指示を出すことに非常に長けていた。

 帝国で領軍として徴兵され、数年を兵士として経験した彼等は、工兵としても経験があり、また班毎で連帯して行動することにも慣れていたのだ。


 しかも意外も意外、字の読み書きも問題なく出来たことが非常に役立った。オンドールが立案しカオリ達が作成した書類の定型さえあれば、報告書などへの記入も可能だった。

 試験的に彼等へ、監督業の補助をお願いしたところ、問題なく処理することが出来たのだった。


 本人達も自身も作業に参加しつつ、責任を任されることに意欲的だったこともあり、カオリは思いの外速く、自身の業務を委任することが出来たのだった。


「お嬢、ちぃと相談だがよ、このままじゃ思ったよりも速く石材が足りなくなっちまう、追加はもっと速く手配を頼めねぇか?」

「ああ、二日ほど待ってもらっても問題ありませんか? 一棟が建てば建築資材の予測が立てられますので、出来れば一緒に手配したいので」

「ああそれは構わねぇ、地堅めと石の積み上げを後回しにすりゃいいだけだ。ただ土が流れちまうから、あんまり放置出来ないだけだ、代わりに合板かなんかを貸してほしいんだがよ、土留めに使えればとよ」

「混擬土型枠用合板(コンクリート型枠用合板)がありましたよね? あれはそっちで使う資材なので、自由に持ち出して結構ですよ、ただ一応使用履歴は記帳しておいて下さいね」

「おおマジか、ただの石組みだけじゃなかったのか、まるで築城だな、ちっとあとで仕様書を見せてもらっていいか? どうやら俺の想像より豪勢な敷設みたいだしな」

「いいですよ~、写しを作って後で集合住宅の広間に張っておきますね。昼食の時にでも確認しておいて下さい」


 カオリとやり取りを終えてセルゲイが離れていくのを見送り、カオリは伸びをする。

 思ったより早く業務を委任出来たことで、大分と余裕が出来、カオリも次になにをするのか考える猶予が持てるようになった。


「仕様書の写しは私がやっておきますので、カオリ様はしばし休憩をなさって下さい、今なら御自宅にアンリ様もいらっしゃるはずです」


 アキがカオリに代わって仕事を引き受ける。


「そう? 仕様契約のところは要らないから、内容のとこだけ写しておいてね」

「はい! カオリ様もここのところ根を詰められておりましたので、後のことは可能な限り、私どもを御使い下さい」


 カオリはアキに促されるまま、自宅に帰る。

 そこではアンリが洗濯物を畳みながら、数冊の本を読んでいた。家事をこなしながら勉強とは、二宮金次郎かとカオリは心中でツッコミをする。


「アンリ~お疲れ様~、なんの本を読んでるの?」

「あ、カオリお姉ちゃん、お疲れ様、カオリお姉ちゃんが買ってくれた。薬草全集図鑑とか魔道具についての解説書?」

「あ~アレね。帝国に行ったついでに見付けたやつだね。王国より帝国の方が魔道具の利用とか産業が発達してるから、民間にもそれに関係する書物が多いんだよねぇ」


 カオリは自分が贈ったものが、早速活用されていることをうれしく感じた。

 帝国では基本的に実力主義が講じて、魔術に秀でたものならば、専門の教育機関を経て、国の重役に就くことも多い、そういった事情から、民間でも研究が盛んであり、それらに関する書物が、高額だが市場に出回っていたのだ。


 近頃は金銭的に余裕(冒険者としては豪遊出来るレベルなのだが、カオリは自身ではお小遣い程度しか使わない)が出て来たので、少し奮発して魔導士組合や薬師組合などに赴いて、大枚をはたいて書物を融通してもらったのだ。


「この本凄いんだよ、王国の薬師屋さんにおかれてる薬よりも、沢山の薬草の利用法が書かれてるし、この魔道具書も、便利そうな魔道具の使い方が詳しく書かれてるから、調べれば作り方も分かりそうだし」


 真剣な表情だが、どこか楽しそうなアンリの様子に、カオリは微笑ましく思う。

 ここのところ先の湿原騒動から、治療のポーションに始り、解毒のポーションなども作成に成功し、果ては魔力回復のポーションまで研究し始めたアンリは、都市に住んでいれば立派な研究者としても活躍出来るだろうほどの知識をつけていた。


 また彼女の立派なところは、ギルドホームの錬金釜に頼り切らない、原始的な実験器具なども、その利用法を学び、既存の技術でも市場に出回るポーションの作成をも成功させていたのだ。

 ちなみにその時に使用した実験器具は、書物を購入したさいに、これもついでと薬師組合で購入したものだ。組合に所属していないこともあり、組合所属の薬師よりも倍の価格であったが、アンリの研究意欲を満たすために、糸目をつけなかったのだ。


 総額で金貨を数枚支払ったのだから、この世界では十分に高価な代物である。

 だがそれに見合うだけの成果を、アンリが示したことで、カオリだけでなく、村の皆からも高い評価と理解を得ている。


「おや盟主さん、ちょっとお邪魔するよ」

「ああクラウディアさん、どうしました?」


 アンリと話すカオリ達の下に訪れたのは、大工集団の頭領のクラウディアだ。


「いやちょっとね。仲間が怪我をしたんだけど、おたくのお仲間に聞いたら、ここで治療薬を貰えるって聞いてね。休憩がてらに来たんだよ」


 張り切って仕事に励んだ結果、慌てて手を切ってしまったというクラウディアの仲間を、彼女は不甲斐ないと叱責した。

 だがそれでも治療薬を探しに来たのだから、責任感と優しさを兼ね添えた頭領だ。


「それは大変です。アンリ、ポーション今ある? 一本用意してあげて」

「うん分かったよ、ちょっと待ってね。一応勝手に持ち出せないようにしてるから、祠に取りに行かないといけないの」


 カオリのお願いにアンリが応える。


「ちょ、ちょいと待ちな、ポーションなんて大げさだよ、そんなの買うお金はないよ」


 ポーションと聞いて慌てるクラウディアに、カオリは不思議そうな表情で振り向く。


「ん~、まあ普通はそうですよね。即時回復手段は冒険者には必須ですけど、一般の人には治療魔法も治療のポーションも高価ですもんね」


 クラウディアの反応に納得を示すカオリだが、それでもアンリへのお願いを撤回することはなかった。


「クラウディアさん達は村の開拓にとって、重要な存在です。小さな怪我でも仕事に支障が出るなら、可能な限り保障するのは当然ですから、遠慮しないで下さい、それにこの村のポーションはこの子が自作したので、原価しかかかっていませんし、代金は当然いりませんよ」

「えーと、それは豪儀だね。有難いけど、とんでもない話しだよ、そこいらの領主貴族よりも待遇がいいんだから、この村は将来すごいことになりそうだね」


 クラウディアは呆れ半分感嘆半分の面持ちで嘆息する。

 国外の辺境でただ家を建てるだけ、と考えていた彼女にとって、この村での仕事は驚きの連続であった。

 まずは厳正な各種契約書の約定だ。この世界での仕事の依頼は実にいい加減な約束でまかり通っている。


 流石に国の公共事業などは厳しく定められているが、地方領主や都市企業でも、曖昧なまま契約が結ばれて、後に詐欺や揉め事に発展することは少なくない。

 カオリ達の村ではササキやオンドールの助言から、細かく契約書を作成し、双方同意の下に仕事の依頼をすることにしていた。


 カオリにとっては未知の分野であり、また大国同士の緩衝地帯という特殊な立地条件であったために、万が一のことがないように、最初にこそ細心の注意を払い、ことを進めることを常態とする方針にした。

 賃金や労災にまつわる雇用契約書、工事内容やそれにかかる費用にまつわる仕様契約書、契約期間中の衣食住にまつわる労働契約書、また魔物や野盗による被害から守り、またそれにより生じた人的、物的損害にまつわる保証契約書などだ。


 作成した当のカオリでも混乱するほどの数を契約書を通して取り決め、彼女等職人達との立場や関係を明確にした。

 父である頭領から、仕事に関する多くを学んだクラウディアはともかく、見よう見まねで、実際に仕事を多くこなしたことのなかったエレオノーラは、自身が用意した契約書よりも細かく記載されたカオリの契約書を前に、大混乱に陥った。


 カオリが黙っていれば、かなり不利な内容でも、知らずに契約を結んでいたかもしれないと、カオリもその場に居合わせた組合の会長も苦笑した。

 次にアキとロゼッタが使役する。シキオオカミとゴーレム達だ。

 荷運びに掘削などで、大活躍中である彼等は、当然のこととして職人達に驚かれた。


 帝国でも王国でも、魔物やゴーレムを使役して労働力に出来るのは、高位の魔導士を雇える大貴族や豪商、または国家に限定される。

 それがこの村では当然のように利用されているのだ。彼女達はすでにどこかの貴族がこの村に関わっているのかと、邪推する一幕があったのだが、そこはカオリの適当な説明と、神鋼級冒険者のササキの名声で、なんとかはぐらかすことが出来た。


 そして本日のポーションの一件である。

 カオリにとっては先に述べた。労災にまつわる保障の範疇に含まれるのだが、その手段が高価な治療のポーションの大盤振る舞いなのだから、クラウディアにとっては驚きだったことだろう。

 そんなこんなで、開拓としては劇的に、日常としては実に平穏に、さらに数日が経過する。


 問題はいつだって、外からやって来る。


「カオリ様、騎馬の一団が村に接近しております。先頭は貴人かそれに準ずるもの、後続は騎士風の二騎です」

「はえ? どこかのお偉いさん? まあ一応誰何して、問題なければ通そうか、一応アイリーンさんとロゼにも声をかけておいて」


 謎の一団の接近に真っ先に気付いたアキは、カオリに報告後、すぐに指示に従う。

 門前にて先に待ち、思ったよりも遠かったことで結構な時間待たされる間に、アイリーンもロゼッタも合流することが出来た。いったいアキは、どの距離から警戒網を敷いているのか、カオリは疑問を抱いた。


「我等はミカルド王国カスール伯爵家よ参った。門を開けよ、代表者と話がしたい」


 門前でよく通る声で要求する使者を、カオリは実に嫌そうな顔で眺める。


「ついにおいでなすったね。どうするカオリ、追い返すか、話を聞いてやるか」

「いや、追い返せないでしょう、一応警戒しつつ、通してあげましょう」


 カオリは大人しく門を開け、使者を中に通す。

 痩身で神経質そうな先頭の男と、簡素な鎧で武装した騎士の三人は、実に尊大な態度を崩さぬまま、馬から降りることもなく、カオリ達と対峙した。


「この村の代表者はどこか、伯爵閣下より書状を持って参った。案内せよ」

「私がこの村の盟主のカオリです。書状なら今預かりますが?」


 さっさと用件を済ませて帰ってもらおうと考えたカオリは、騎乗の無礼に反応することなく、その場で要望を聞く。


「盟主だと? たかだか村の代表者にしては大仰な肩書だな、女だてらに冒険者をしているだけでなく、こんな辺境で村興しなど、どんな粗暴な女が主導しているのかと思ったが、なんだ。存外見目がいい娘ではないか」


 カオリは呆然と男を見上げる。


(あ~、めんどくさ、……めんどくさ)


 隣ではアイリーンが笑いを堪え、その横ではアキが噴努の形相で男を睨み、ロゼッタも不機嫌な表情を隠さずにいた。


「返事を要することだ。内容を確認したらその場で解答を聞く、それまで休息したいので、案内せよ」

「はぁ、こちらへどうぞ、馬は外でお願いしますね。アイリーンさん、馬の案内をお願いします」

「あいよ、あたしも同席するけどいいかい」


 アイリーンの問いにカオリは無言で頷く。

 自宅に招くことを躊躇ったカオリは、集合住宅に使者と騎士の一人を案内した。もう一人の騎士は厩で馬の世話のために待機している。


「心して拝見せよ」

「……はい」


 渡された封筒を開封し、中の書状をロゼッタと二人で確認するカオリは、書かれた内容を読み進める。


「魂喰らいを討伐せし栄誉を讃え、褒美を与えると共に、宴に招待したく、仲間共々参加せよ、ですか……」

「カスール伯爵家の紋章も本物ね。正式な招待状だわ、どうするのカオリ、参加するの?」


 封筒と書状に捺された紋章を確認し、それが本物であることを認めたロゼッタはカオリに問う、だが解答を予想したロゼッタは、難しい表情だった。


「どうするとはどういう意味だ? お前達に選択の余地があると? 栄誉ある伯爵閣下直々のご招待であるぞ、卑賤の身であれば伏して拝領するものぞ」


(めんどくさぁ)


 たっぷりと間をおいて、カオリは重い口を開く。


「あ、はい、お断りします」

「……な、なに?」


 腕組みで踏ん反り返っていた使者の男は、カオリの間の抜けた口調で発された言葉に、理解出来ないといった様子で驚く。


「王国領土で出現した魔物を討伐した訳でもないのに、王国の、しかも地方の領主貴族様に褒美をいただく理由がありません、それに村の開拓で重要な時期なので、あまり村を離れたくありません、あ、あと宴と云われても着ていく服もありませんし? なので、お断りします」


 なにを云われたのか一瞬理解出来ずに、使者はしばし固まっていたが、すぐに立ち直ったのか顔を歪ませ立ち上がると、剣の柄に手を伸ばした。


 キンッ。


 甲高い金属音が部屋に響くと同時に、使者は体制を崩し、僅かによろめいた後、自らの手にあるものを見て再び固まる。

 使者の手にあったのは、鍔から先のなくなった剣だった。


「は?」


 なにが起こったのか理解出来ずに、使者は後ずさる。なんのことはない、使者が剣を鞘から抜こうとするよりも速く、カオリが剣を根元から両断したのだ。

 その証拠に机の下で抜き放たれた聖銀の太刀が、怪しい光を放ちながらぶらりと下げられていた。


「ぶ、無礼、い」


 驚愕のあまり今頃言葉を絞り出した使者と、慌てて剣の柄に手をかける騎士に、アキは声を荒げて制する。


「無礼なのはどちらかっ、こちらにおわすのは、この村の代表であり、また魂喰らいなる魔物を討伐せし冒険者パーティーの代表にあらせられる。盟主カオリ様である」

「いやいや、どこのご老公一行? え~と、剣を抜くとか止めましょう? なにも特しないでしょう?」


 相手が抜刀する前に、剣を破壊するという離れ業をやってのけた自分を棚に上げて、カオリはヘラヘラと笑って言う。


「いったいどういうつもりだっ! たかが女の冒険者の分際で、こんなことをしてただで済むと思っているのか!」

「えぇ~、先に剣を抜こうとしたのはそっちじゃん、それにどういうつもりもなにも、普通に断っただけでなんでそこまで怒るんです?」


 ちぐはぐな会話に辟易するカオリは、もはや丁寧な口調もなく、粗雑な態度で返答する。


「伯爵領近郊で魔物を討伐した貴様らを、わざわざ伯爵閣下がその功績を認めて、褒美まで用意されておるのだぞっ、それを蹴ることがどれほど不遜なことか」

「いやいやだから、褒美をもらうほどの理由がありませんし、普通に都合が悪いから断っただけですよ?」


 至って平静に返すカオリに、使者はますます意味が分からないと困惑する。


「伯爵閣下の覚えめでたければ、士官の道もあれば、その見目があれば専属の侍従にもなれよう、さらに功績を積めば、この村を王国の領土と認め、ここの実効支配を任される可能性もゼロではない、ふ、普通断らんだろうっ!」


 王国貴族としては至って普通の感覚であるが、それが通じないカオリを、得体の知れないものを見るような目で、使者は凝視する。


「あ~、そういうのいいんで、この村は王国にも帝国にも、どこの国家にも与しない、中立ですから、よっぽどの理由がない限り、招かれても応じるつもりはありません、用が済んだのなら、どうぞお帰り下さい、それとも宿泊されていきます? ここまでの道程は大変だったでしょうし、食料と馬の飼料も交易共通貨幣で買えますよ~」


 面倒を持ち込んだ分、代わりに金を落としていけと、あからさまに態度で示すカオリに、使者は噴努の形相で荒々しく広間を退去していく。

 その後ろ姿を愛想笑いで見送ったカオリはロゼッタに質問をする。


「もしかして王国って、女性蔑視っていうか、男尊女卑が多かったりする?」

「……そうね。帝国は実力主義だから、女性でも要職に就くことが多いって聞くけど、ミカルド王国では女性が爵位を持つことは歴史上でも稀で、決定権を持つ役職につくことも珍しいわ、……市井ではそうでもないけど、それでもたぶん、帝国と比べると……ね」


「古い伝統を重んじる由緒ある国風ってやつだろ? 戦争中に聞いたことがある。王国の謳い文句さね。別に馬鹿にするつもりはないけど、不自由なのはつまんないね」


 ロゼッタは溜息をついて自身の故郷について告白する。


「私が冒険者に憧れたのも、それが理由の一つよ、幼いころより淑女教育が始って、一応は家庭教師をつけて、一般教養を学び、余程の理由がなければ王立の学園に通うわ、家庭教師を雇えない下級貴族は、幼年学校を修了後に、やっぱり王立学園へ、そこでは将来の知己と伴侶を探しながら、社会性を身につけるのが通例よ、……つまり貴族の令嬢に生まれた以上、将来に不安がなく、その分自由もないわ」


 ロゼッタは椅子に腰かけ、自分で淹れた紅茶に手を伸ばす。一応貴人を招くとあって、自身が手ずから接待を買って出た。

 よい出来栄えに自然と頬が緩む。淑女たるもの、茶の一つも点てられなければ恥となると、幼い頃より学んだ教養の一つだ。


 これまで学んだ多くを蔑にする気はないが、その目的がよき縁談や文化の継承と云われても、冒険者に憧れ、まだ若い彼女にはそれらが息苦しく感じてしまう。


「あたしはロゼの綺麗な所作は好きだよ、凛として静かなところは、あたしとは正反対さね。帝国が大国って云っても、文化の違う民族が帝国の庇護の下に集った。寄せ集め国家さね。領地が違えば作法も違うし、元小国の領主連中は多少は心得があっても、所詮田舎領主に過ぎない、王国の洗礼された宮廷作法や淑女教育には一歩及ばないさね」


 手放しで褒めるアイリーンに、ロゼッタは気味悪いものを見るような視線を送る。


「な、なによ気味悪いわね。褒めたってなにもでないわよ?」


 むず痒そうに身動ぎするロゼッタに、アイリーンは肩を竦めてみせる。


「なんにしても、あんな態度でこられたら、素直に受け入れられないよねぇ、冒険者だし、ただの村の代表者だし、外国人だし、女だし、やっぱり侮られやすい?」

「どうかしら、普通に銀級冒険者と云えば、一般の騎士よりも強くて、私兵に迎えたい貴族は多いわ、女性でも冒険者であれば、令嬢の護衛で需要があるし、家庭を守ることを期待されないから、給金も一般の侍女とそう変わらないわ、あそこまで尊大に振る舞う理由がない、たんにあの方の品性の問題じゃないかしら?」


 ロゼッタはそう分析する。


「ロゼのことも気付いていなかったっぽいし、情報収集が十分じゃなくて、噂だけで判断した感じ?」

「ササキの旦那肝入りの村の興しで、帝国との折衝にも頭の回らないようじゃ、どっちにしろ甲斐性が足りないね。大方この村を支配下において、帝国との開戦の口実に利用しようって魂胆だろ? カスール伯爵家と云えば、帝国と国境が近い上に、開戦派の筆頭だったはずさね」

「ホント、こと戦争に関しては、王国民より事情通よね。政治的にもカオリの事情的にも、今回の話を受け入れるのはありえないわね」


 二人からも否定的な意見が出たことで、カオリは胸を撫で下ろす。

 貴族を相手に上手く断れる自信がなかったため、些細なことが大事になることを、実は不安に感じていたカオリだった。


「む? カオリ様、帝国側からも何者かが向かって来ています。ただこちらは……、馬に乗った侍女ですね」

「は? 侍女?」


 またアキが広過ぎる警戒網から、接近者の具体的な情報をカオリに伝える。

 先の経験を元に、慌てずに迎えることにした四人は、しばらく雑談で時間を潰した後、東側の門前にて対象を迎えた。


「ダリアじゃないか、どうしたんだい」

「お久しぶりですアイリーンお嬢様、それにカオリ様とそお仲間様方も、ご機嫌麗しく存じます」


 綺麗な所作で挨拶をするのは、バンデル公爵家で侍女長を任されていた。ダリア・ドルヴァーコフである。

 薄い褐色に灰色の髪、蒼い瞳を持つ彼女を改めて見るカオリは、彼女がなんの人種なのか少々気にかかりながらも、にこやかに応じる。


「公爵閣下様のお呼び出しを、お嬢様にすげなく断られたので、一応と正式な書状を持ってまいりました。代表者であられるカオリ様に、しっかりと判断していただければ幸いです」


 手渡された封筒を受け取ったカオリは、嫌な予感を覚えつつも、ちゃんと対応しようと、ダリアを自宅に招いた。

 今回もロゼッタが茶を淹れる役を引き受けたが、今回は帝国風に香草茶(ハーブティー)を用意する。アキがお茶受けを準備したので、それも出して、さっきとは打って変わって和やかに対応していた。


「内容は王国と大体一緒だね。でも丁寧に書かれてるし、ただこの条件についてはよく分かんないなぁ」


 字の読み書きを日常会話程度に覚えたカオリでは、難しい内容をすぐに理解するのは難しかった。最近は契約書の作成で難しい言語を書くことが増えたとはいえ、それでも時間をかけなければいけない。


「公爵閣下は、カオリ様の独歩の気風を好ましく感じておいでです。なので今回の招待を断られることを予想して、その代わりに、私をアイリーンお嬢様の従者として、召抱えるよう望まれております」


 淡々と告げるダリアを、訝しく見詰めるカオリは、彼女の真意を確かめるべく、アイリーンに目で訴える。


「懐に引き込めないなら、せめて情報を正確に知っておけるようにしたいっていう、せめてもの対抗手段だろ、お父上の考えそうなことではあるが、さっきと比べたら随分とまし方かね」


 自信の父親について、呆れたように話すアイリーンを、カオリは眺めながら、今度はダリアを注視する。


「大貴族家で、たしか侍女長をされていたんですよね? いきなりこんな辺鄙な村に送り出されて、ダリアさん自身はどう思っているんですか? 公爵様の命令は絶対とかそういうのは止めて下さいね。貴女の本音が聞きたいので」


 無表情に問うカオリに、ダリアは平静さを装いつつも、冷や汗を感じながら、慎重に答える。


「私はこれでも幼少より公爵家に仕え、アイリーン様のことも幼き頃から見ております。たしかに戦場に飛び出すほど奔放な方ですが、危険な目にあっていただきたい訳ではありません、この村の開拓や冒険者業で苦労され、不便な想いをされていると思い、胸を痛めております」

「まあ、ダリアとは年も近くて、昔はよく世話になったからね。戦場に出るようになってからは、そもそも屋敷に帰ることが稀だし、誰かを連れていくこともなかったからねぇ」


 昔を懐かしむように話すアイリーンの様子に、カオリはダリアという人物が、少なくとも信用出来る人物であると理解する。


「昔はお嬢様も、可憐で奥ゆかしく、令嬢の手本になるほどの淑女の鏡でしたもの、戦場に出られるとなった時、我ら侍女達は皆それを嘆かわしく思ったものです」

「ア、アイリーンが淑女? 可憐で奥ゆかしい? う。嘘よ、なにかの間違いじゃ」


 昔のアイリーンの姿を語るダリアに、何故かロゼッタがうろたえる。


「嘘ではありません、ほんの八年ほど前までは、背もカオリ様より少し高いほどで、体格も細く、いつも朗らかに笑い、日々の淑女教育も真面目に取り組んでおられました。我ら侍従達にもお優しいのは、今も変わりませんが」

「へ~、アイリーンさんにも可愛いらしい時期があったんですね。粗野だけど優しいし、物知りで大らかだから、実は昔は真面目な人だったんじゃないかって思ってたけど、そこまで今と違ってたんなら、なんか納得だなぁ~」

「嘘よ……、なにがあったのよ……、裸で決闘したり、素手で魔物を殴り殺したり、一人で原木を担いだりしてる野蛮人が、淑女の鏡……?」

「お嬢様、そんなことを?」


 皆の反応にアイリーンはどこ吹く風である。


「昔のあたしゃ、そりゃもう可愛かったんだよぉ? ただちょいと事件があってね。まあよくある暴漢事件さね。そっからは力こそ正義と気付いてね。鍛えに鍛えた結果さね。ただ食器は割るわ、家具は壊すわで、淑女の作法が苦手になっちまったがね」


 笑うアイリーンを信じられないものを見る目でロゼッタは凝視する。ダリアは諦念を浮かべて空へ視線を送る。


「ロゼッタ嬢と同じように、アイリーン様自身で再雇用されてはどうでしょう、カオリ様には私が、ロゼッタ嬢にはステラ殿が従者としてついています。栄えあるカオリ様のパーティーのメンバーとして、従者の一人もつけた方が、不便もなく箔もつきましょう」

「ん~、公爵様からの派遣ってなれば、色々制約がありそうだけど、もうそろそろ完全に無関係ってわけにもいかないか、とくに二人は出自がしっかりしてるし、関係を明確にしとかないと、後々問題になりそうだしねぇ~」


 思案するカオリは、しばし考えた後、アキに指示を出す。


「アキ、ステラさんを呼んでもらえない?」

「畏まりました」


 出ていくアキを見送り、カオリは一応ダリアにもロゼッタとステラにまつわる事柄を説明しつつ、アキの帰りを待つ。


「カオリ様、ステラ殿を御連れしました」

「失礼します」


 丁寧な態度で自宅に入室する二人に、カオリは簡単に説明しつつ、大胆に切り込む。


「ステラさんって、私達について、実家の侯爵様に報告とかしてますか?」

「いえ、私はロゼッタ様にお仕えすると決め、以降アルトバイエ家とは一切の接触を断っております」


 カオリの問いに即座に答えるステラを、カオリは特に反応を示さず見詰める。


「ん~、それなんだけど、今日から、定期的に侯爵様にここでの大まかなことを、手紙かなんかで報告するようにしてもらえないですか?」

「カオリ、どういうこと?」


 カオリの意図が掴めずに、ロゼッタは怪訝な表情で問う。アイリーンはまた面白そうだと表情で語りつつ、カオリを静観する。


「そろそろ二人の立場が難しくなるんじゃないかと思ったの、国家に与しないといっても、二人はれっきとした貴族令嬢だし、貴族籍も親子の縁も切ったわけじゃないでしょ? だったらお互いに干渉しないまでも、事情くらいは伝えておいた方が、余計な心配をしなくて済むんじゃないかと思って」

「ほほう、いっそ状況を理解させて、国内の問題はそっちで対処しろって言外に言い含めるってわけだね。そりゃ無難な手かもしれないね」


 納得するアイリーンに、カオリは補足をする。


「直接的な手段に出られれば、だいたいは私達なら対処出来るだろうけど、今日みたいなのが増えると、正直面倒でしょ? いっそ情報を流してそっちに誘導出来れば、ロゼもアイリーンさんも高位貴族だし、私の噂しか知らない貴族は、手を出し辛くなるんじゃないかなって思って、第一ロゼは最初の条件をもう満たしてるでしょ? 大手を振って実家に報告しても不自然じゃないんじゃないかなぁ~て」


 先の伯爵家の使者が高圧的な態度に出たのも、カオリの素姓しか知らされていなかったのが原因と考えられる。

 ならば積極的に情報を公開し、ロゼッタ・アルトバイエとアイリーン・バンデル、という高位貴族の令嬢が関わっていると喧伝すれば、馬鹿な貴族は二の足を踏むんじゃないかと考えたのだ。


「そう……ね。試してみる価値はあるかも、でもそれを聞いてどうするの? 本題はダリアさんのことでしょう?」


 本来の話題から脱線したように感じるロゼッタは、話題を本筋に戻す。


「馬鹿だねロゼ、あんたのところの従者が実家への報告を定例にするなら、うちのダリアが実家と関係が切れないのも不都合じゃないって言いたいんだろ? あくまで二人はあたし達に雇われた従者という立場としつつ、実家への連絡員の役割を与えれば、今後なにかの役に立つかもしれないじゃないか」

「ああ、そういうことね」


 ロゼッタが納得したことを見届け、カオリは結論を出す。


「ダリアさん、貴女をここにおくためには、貴族の援助や干渉を断つ必要があります。なので貴女にはアイリーンさんに雇われる形としつつも、ただ貴女の立場を考慮して、問題ない範囲であれば、本家への報告も許可します。いえ、場合によっては積極的な情報の公開も務めていただきます。それでよければ、歓迎します。ステラさんも今回の件は了承してほしいんですが、いいですか?」


 二人の従者は、直立し、実に見事な所作で、頭を下げた。


 正式な手続きは追々済ませるとして、ダリアには早速、ロゼッタとアイリーンとステラの三人が住む家に移ってもらった。

 元々は家族が住む家なので、部屋の問題はとくに生じなかった。それぞれが主従で部屋を共にしつつ、それぞれの従者がお互いの主の身の回りの世話をしつつ、家事を分担してこなす取り決めをした。


 帝国と王国とで近侍にそこまで違いはなかったそうで、共に高位貴族に仕える身であるため、互いを立てる気遣いにも問題はなかった。

 ただどちらがより主人の役に立つかで、少々競争意識に熱が入ったのか、翌日からダリアの積極的な仕事の引き継ぎ要請に、カオリは苦笑した。


 各種書類の清書や代筆、今後の帝国内での業務委任、子供達への教師役まで、ダリアはかなりの意欲を示した。

 また夜には村の皆への紹介を済ませた結果、ステラという前例があったことで、すぐに受け入れられるとともに、村に溶け込むのも速かった。




「なあ旦那」

「なんだゴーシュ」


 とある昼下がり、仕事が一段落し、休息をとる間、ゴーシュは村の光景を眺めながら、隣に座るオンドールに話しかける。


「この村、女多くね?」

「村の代表が女性で、開拓団も全員女性で、移民も女性だけで、元村人も未亡人が多いからな、たしかに多いかもしれんな」


 至って真面目な顔で話すゴーシュに、オンドールはなんてことのないように話す。


「正直堪らんです。――痛てぇっ!」


 あまりに正直過ぎるゴーシュに、オンドールは即座に拳骨を落とす。


「お前もしそれをカオリ君達の前で言ってみろ、簀巻きにして川に放り込んでやる」

「だってよぉ! みんな美人でいい女で、警戒心が薄いのかして、結構大胆な格好で表を歩くんだぜっ、俺等どんだけ我慢してるか、ってまてまて止めてくれ、これ以上殴らないでくれ!」

「馬鹿も殴ればマシになるかもしれん」

「悪かったって、もう言わねぇよ、ただたまには発散しねぇと、いつか問題をおこさねぇとも限らねぇだろ? 旦那からそれとなく相談してみてくれよぉ」


 ゴーシュの気持ちも理解出来なくはないオンドールだが、元騎士として厳しい規律を身に付けた彼にしてみれば、なんとも堪え性のない幼稚な感覚に映る。


 だがカオリ達が見目麗しい女性であることは事実だ。二人の従者も下級貴族の出であるため美人で、移民であるカーラもイゼルも性奴隷に選出されるほどなので、容姿は折り紙付きだ。


 職人集団のエレオノーラ達やクラウディア達も、趣が違うが健康的な容姿は、男を惹き付ける魅力がある。

 村人の独身女性達も、素朴で穏やかな様子は、なんとも男心を擽るものがある。

 そこまで考えて、オンドールは深く頷く。


「まあずっと放置も出来ん問題だ。どうにか理由を考えて、交代で街に寄る機会を捻出出来ないか、私が責任をもって相談の機会を設けてやろう」

「マジか! ありがてぇ、流石旦那だぜ」


 その昔に、従士団を率いて領地開拓に従事したさいに、同様の問題が生じた経験のあるオンドールは、幾つかの対策案を思い出しつつ、もっとも問題が生じない方法がないか考えた。

 結果、正直に事情を説明することにした。


「ああ~、あぁあ~、男の人ですもんね~」


 カオリは淡々と受け答えしつつ、どう答えたものか真っ白な頭で考えた。


「すまないなカオリ君、そこまで切実ではないが、たしかに問題ではあるのでな、なにも対策をせんというのも考えものでな」

「オンドールさんもですか?」

「なんということを聞くんだね君は……、私は元騎士でそういった状況には慣れているし、なにより年でな、もう昔のように劣情に惑わされることもない、だがあ奴等はまだ若いゆえな、どこで暴発するとも限らん、出来れば許可さえもらえれば、交代制で近隣の街へ行って、色街に出入りすることも検討したい」

「そうですよねぇ~、いいって云う方を募って、村で処理することにしても、後で痴情のもつれが起きるかもしれませんし、劣情と恋愛は分けるべきだと私も考えます」

「ふむ、であれば表向きは魔物の素材の換金を理由に、輸送隊を選定し、各都市に定期的に出張する形をとるべきか、そうすれば男共も体裁を装えるし、この村の女性達の目を誤魔化せるだろう」

「まあバレるでしょうけどねぇ~、ははは」


 空笑いするカオリに、オンドールは懸念が片付くことに安堵する。

 だがそこへ思わぬ人間が訪れる。


「なあ盟主様、ちょいと相談があるんだけど、聞いてくれないかい?」

「ちょっとクラウディアっ、止めましょうよぉ~、こんなこと相談するなんて」


 非常に姦しい様子で、ニヤニヤと笑うクラウディアと対照的に、エレオノーラは気乗りしないのか、へっぴり腰で渋々ついて来る。


「なんでしょうお二人とも」

「私は、退席すべきかな?」


 まずは事情を聞くカオリと、女性同士の話しと考え、遠慮しようとするオンドールを、クラウディアは手で制す。


「いや、騎士の旦那もちょうどいいから聞いとくれ、盟主様もそこまで重要な話しじゃないんだけどね」


 そういって身を乗り出してカオリに顔を近付ける。


「この村ってけっこういい男がいるじゃない? よければ盟主様から出会いの機会を作ってもらえないかと思ってさ」

「はぁ~、私は反対したんですよ? あまりに不躾っていうか、折角男性達が私達に気を遣って、みだりに話かけたりジロジロ見ないようにしてくれているのに、こっちから誘惑するみたいで破廉恥だって」


 彼女達の言葉に、オンドールは心中で、視線の主であろう男共に念仏を送り、カオリは時事が重なった話題に、少々頭を捻った。


「はぁ、具体的には誰がとか、どうしてその話をしたか、聞いてもいいですか?」


 ことが男女の問題で収まるなら、そこまで懸念する必要もなく感じるが、職人集団も冒険者達も、元は外部の人間である。

 国境を越えた関係であることも、将来的には国際問題に発展しないとも限らない、また彼女達が村を離れるさい、貴重な人材である冒険者達も村を出ていくのは、正直歓迎出来ない事情もあった。

 だが彼女はその点にも、ある程度解答を用意していたようだ。


「あたしらも今の仕事を習熟したいし、この村の発展を見ていたいからね。もしかしたら将来的にここに居着くことも視野に入れてるのさ、ただそうなったらやっぱり旦那と子供が欲しくなるだろ? 若い今が花なんだ。出来れば優良物件を今の内に捕まえておきたいじゃない」

「おお! そうなんですか? 移住をご希望なら大歓迎です! ねオンドールさん」

「私を残したということは、うちのメンバーの若いのも範疇に入ってるということか、なるほど、盟主の推奨があれば、互いに、関係を作るのも気が軽くなるか」


 クラウディアの話に、喜ぶカオリと、納得するオンドールに、彼女はご満悦の様子である。


「てことで、盟主様主催で、夜会かなにか開いておくれよ、そっから先は私らの勝手にやるからさ」

「一応参考として、目ぼしの人が誰か聞いてもいいですか?」


 興味本位で聞くカオリに、クラウディアよりも速く反応したのは、意外にもエレオノーラだった。


「レオルド様がいいです! 生粋のアラルド人の特徴に、大らかで優しいです!」


 声を抑えることも忘れ、彼女は頬を赤らめて熱っぽく叫ぶ。


「あんたねぇ、さっきまであんなにへっぴり腰だったのに、それとやっぱりアデルさんが一番だよ、リーダーで統率力もあって、包容力もあるあの御仁こそ、夫婦生活には必要な男の甲斐性だろ?」

「なんでよ! レオルド様はこの前仕事終わりなのに、私達の荷物を二人分も軽々持ってくれたんですよ! すっごく力持ちで優しいんだからっ」

「はいはい素敵ですね! でもアデルの御仁はあたしらの道具の調整も出来て器用なんだよ、なんでも鍛冶屋の息子さんだったらしいから、冒険者を止めたら手仕事で生涯働きたいっておっしゃってるんだ。将来性もあって優良物件だろ?」


(へ~アデルさん鍛冶屋さんだったんだ。こんどテムリに仕事を教えてもらえないか、お願いしてみよう)


 冒険者の暗黙の了解として、あまり相手の過去を掘り返さないことから、アデル達についても、強いてカオリから聞いたことはなかった。

 カオリの脳内にのみ存在する。テムリ強化計画は着実に実行されている。

 それはさておいて、村人同士の交流は重要である。


「合コンですか~」

「ゴウコン? なんだねそれは」


 カオリは夜に大人の男女が集まり、食事会を通して交流を図る催しと聞いて、真っ先にこの言葉を思い出す。

 聞き慣れない言葉をオウム返しするオンドールに、カオリは翻訳されないのかと思いながら、どう説明したもかと考える。


「え~と、私の故郷では、大人の男女が出会いを求めて、複数人で食事会をする風習があるんです。職業も家柄もばらばらで、大人ですから年収とか職業とか、けっこう明け透けに話したりします」


 三人はほ~と感心したように、それぞれでその状況を想像する。


「貴族も平民も関係なく?」

「ん~、私の故郷に貴族制度はありませんのでなんとも、ただ男性側はあまりに収入や生活水準が違うと、同じ夜会に呼ばれることはなかったと思います」

「女性は自由なの?」

「男性側の家庭に入ることが多いので、そこまで限定されることはないですよ、人柄や容姿の方が重要視されやすいですから」


 クラウディアとエレオノーラが興味深く質問をしてくるのに、カオリは丁寧に答える。


「この村で同様の催しをするなら、また違った形に変わっていくだろうが、主催はどういったものが取り仕切るんだね?」

「巷では内輪でお金を出し合って、お店を用意しますね。企業が主催した場合も、参加費をとって会場を貸し切りにするそうです。この村でやるなら、たんに私が食事と会場を全面負担でやることになるのかな? 誰でも参加自由にして」

「それでは単なる村祭りにならんかね?」


 資金元と参加者が限定されるこの村では、人を集めて食事を提供すれば、ただの祭りにしかならない、将来的に村が大きくなり、人口と他国との交流が増えれば、また違った選択肢もあろうが、現状では大した工夫も芸もないものになるだろう。


「今はそうですね。でも将来的に、移民募集も兼ねて、周辺都市で人を誘致するのも面白いかもですね~、ここでは女性の活躍する機会も多いですし、開拓村だから、頑張った分だけ豊になりますし」

「女が家庭を築くってかい、やり甲斐はありそうだけど、稼ぐ女には碌な男がよって来ないからね」

「そ、そうなの?」


 カオリの考えに肯定的だが、懸念もあるクラウディアの感想に、エレオノーラが不安そうに反応する。


「まぁ、自分の稼ぎで家庭を守りたい男は多いですからな、女性の稼ぎを当てにする男は、怠け者呼ばわりか、甲斐性なしか、なんにせよいい男とは言えんでしょうな」


 男性視点で所見を述べるオンドールに、カオリ達はうんうんと同意する。


「なんにせよ、家の棟上げも、水道の掘削作業も、もう少しで一段落つきますし、その時にでも、みんなで宴会でもしましょう」


 カオリの提案に、二人は満足そうに仕事へ戻っていった。

 オンドールも本来の用事は済んでいたので、彼女達を追うように辞去する。


「なんだか開拓以外でも忙しくなって来たなぁ~」


 オンドールと彼女達の相談で中断していた。書類の整理を兼ねた。上って来た報告書の清書と、資材の在庫確認を計算を始めるカオリの前に、香草茶が出される。


「お疲れ様です。カオリちゃん」

「カーラさん、ありがとうございます」


 電卓がない代わりに、算盤なら存在するにも関わらず。まだ手に入れていないカオリは、仕方なく筆算にて計算する。

 といっても現役学生だったカオリは、大概の桁数の計算なら暗算でこと足りるので、計算そのものは片手間で済ませてしまう。


 どちらかといと、粗い質の紙に、羽ペンで書くという作業の方に手間がかかってしまう、これだけは早急に解決したい懸案事項である。


「村の開拓って、そんなに大変なことだったんですね。私は農業の知識しかありませんから、貧しい村を豊にするって云われても、どうすればいいかなんて分かりませんでした」

「色んな人に助けられてますからねぇ~、一人じゃどうしようもなかったですよ、私も分からないことだらけです」


 カオリの言葉を謙遜ととったカーラは、首を振ってカオリを見詰める。


「あんな魔物を倒しちゃうくらい強くって、読み書き計算も貴族様ぐらい出来て、色んな人達を纏め上げる人望もあって、カオリちゃんは普通じゃないです」


 尊敬の眼差しをカオリに向けるカーラの視線を、くすぐったく感じたカオリは、慌ててお茶を濁す。


「ま、まあその話はおいといて、最近はどうですか? なにか不便はありませんか?」

「これまでも不便を感じたことはありませんし、これから発展するんですから、私にはなんとも……」


 問われるも元々貧しい集落の出身であるカーラにとっては、この村はとても豊かな住処に映る。

 急に不便はないかと聞かれても、欲を張ることを無意識に自制してしまう彼女では、すぐに要望が浮かんで来ることはなかった。


「う~ん、開拓には時間がかかるのはしょうがないか~、気長に家の建築と水道の敷設が終わるのを待つしかないなぁ」


 やりたいことも、やらねばならないことも、膨大に存在するが、限られた資源と人材では、劇的に変革を望むことは出来ない、今は待つことがカオリの仕事である。




 旅路の月も下旬となり、季節は夏になろうとしている。

 これよりの季節は、村が大きく発展する大事な時、ここでの失敗は後に必ず問題として禍根を残すと考えられる。


 盟主として、細心の注意を払い、丁寧に開拓業を進めていかなければならないと、カオリは重大な責任を負う覚悟を、改めて自覚すると共に、香草茶を一気に飲み干し、気持ちを入れ直す。


「頑張らなきゃ」


 カオリは気合いと共に、羽ペンの先を、インク壺にそっと浸した。


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