( 翌日晴天 )
あまりの激闘と負傷者多数とあって、ソウルイーター討伐後の翌日は、参戦者全員が泥のように眠った。
ただカオリは一人、一日を休息としつつ、皆の看病をしながらも、事後処理を黙々とこなしていた。
予想報酬の分配であったり、消費した道具や装備の修理部材であったりの見積もりである。
幸い雨具関係は雨季の終わりと共に用済みなため、急いで買い足す必要はないが、武器や防具は違う。
千切れた革材などは村で獲れた鹿や猪の皮をなめして代用は出来ようが、留め金の金属片や板金素材は購入することでしか入手が出来ない。
とくに壊れた武器の調達は急務である。
アイリーンの数打ち武器を筆頭に、ロゼッタのレイピア、オンドールの直剣に、レオルドの両手斧、そしてなによりも、自身の愛刀の鉄刀もであった。
「はあぁ……」
ササキから貰った刀を模しただけの鉄刀も、魔力で強化と保護をしてはいたが、それでもあの激戦でかなり消耗していたのだ。
スラリと抜いて眺めたカオリの目に、細かい傷だけでなく、大きく欠けた刃こぼれが映る。また手にした感触から、刀身の歪みも見て取れる。
後一度でも渾身の一刀を放てば、ポキリと折れてしまうだろう、そんな予感をカオリは感じていた。この観察眼もカオリのもつスキルの恩恵か、或いは刀への異常な愛情ゆえか。
実のところカオリが遠慮なく休息がとれずにいたのは、この愛刀の消耗が原因であった。
この世界に来て以来、武器を肌身離さず、それこそ寝る時ですら傍においていたカオリは、その心の拠り所が壊れる可能性を感じ、どうにも不安だったのだ。
「アキの薙刀ってなんでそんなに丈夫なの?」
眠れぬカオリを気遣って、また配下が主をおいて休む訳にはいかないと言って、カオリの世話を焼くために傍に侍るアキに、カオリは率直な問いを投げかける。
「刀身が聖銀で鍛えられているからで御座いますカオリ様、そこいらの鉄よりも丈夫で、魔力伝道率も高く、非常に軽い素材となります」
問われたアキも率直に返す。
「聖銀?」
「別名でミスリルとも言います」
「ああ~、定番だね」
ファンタジーものでは定番の希少金属の名前に、カオリは納得する。
「守護者特典みたいな感じ?」
初期装備が希少武器であることに、少しずるいと思わなくもないが、それで助けられているのだから文句も出ない、しかし欲して止まなかった刀への愛着が、ことのほか強かったカオリだけに、愛刀の消耗は衝撃が大きかったのだ。
「ササキさんに相談したら、また手に入らないかなぁ、でも強敵を相手に、同じ武器じゃ心許ないし、どうすればいいんだろう」
ひたすら悩むカオリ、そして困った時にこそ現れるのがこの男である。
「随分悩んでいるようだな、折角偉業を成し遂げたというのに、変なところで変わっている」
「ササキさんっ!」
突然のササキの登場に驚くカオリと、黙礼で迎えるアキへ、ササキは静かにうなずいて応える。
「丁度ホームに入っていく君達を見たのでね。直接転移してきた。よければもろもろについて相談に乗ろう」
「本当ですか? やったっ!」
素直に喜びを全身で表現するカオリに、ササキも悪い気はしない様子だ。
「正直武器の調達も、君達の行く末を思えば過度な干渉は控えるべきなのだが、今回のことで、君達の成長速度を鑑みて、ある一定のレベルまでは支援すべきであると思ったのだ」
そこまで話し、ササキは一拍おく。
「少なくとも、君達パーティーとあの【赤熱の鉄剣】には、報酬として希少ななにかを得るべきだと結論付けた」
「みんなにですか?」
ササキの持つ力、この場合は【北の塔の王】としての権力を伺える物品のやりとりを、これまで極力避ける方針であったササキであるが、【ソウルイーター】という強敵を討伐したカオリ達には今後必要になるだろうと考えたのだ。
これまでにも【遠見の鏡】や【遠話の首飾り】といった。この世界では大貴族家の家宝にも匹敵する魔道具を与えていたことで、近しい存在であれば、そこまで情報の漏洩を気にする必要がないと分かっている。
であれば、多少ここで希少な品を、個人的に彼ら彼女らに与えたところで、大きな問題にはならないだろうと結論付いたのだ。
「なのでこちらで適当に見繕った武具を、君達に贈ろう、名目上は冒険者ササキが、迷宮や遺跡で見付けた貴金属を、特別な伝に作らせた品を、個人的に贈ったということで周知しようと考えている」
「具体的にカオリ様には、なにが相応しいとお考えでしょうか?」
自らの主人が下等に見られることに敏感なアキが、鋭い視線で、目敏くササキに質問する。
「ふぎゃ」
カオリが呆れてアキに軽く手刀をお見舞いする。失礼な態度のアキを、ササキは気にした様子はない。
「黒金や神鋼などはこの世界の技術では加工が出来ないため、あまりに目立つ、あれは神話の時代の遺産だそうだからな、だが聖銀や暗鉄なら、現代でもエルフやドワーフがそれぞれ鍛造しているため、入手自体は不可能ではないはずだ」
「ダスカス? ダマスカス鋼じゃなくてですか?」
ミスリルならばかなりの創作作品で目にするが、ダスカスなる名称は聞き慣れない言葉である。
ダマスカス鋼を知っているカオリも、大概女子としては変わっているが、それはひとまずおいておく。
「主成分は鉄だが、特殊な魔法鍛造を経て作られた合金だ。誰が名付けたかは謎だが、ダマスカス鋼にあやかっている可能性は高いだろうな……、特性としては魔法伝道率の高い聖銀とは逆で、取り込んだ魔力を分解してしまう力がある」
「ほえぇ~」
「まあいいでしょう」
感心して呆けるカオリと、何故か偉そうなアキに、ササキは苦笑する。
「まあ、実際に見れば速かろう」
早速カオリ達は集合住宅に集合した。
皆も病み上がりとは云え、アンリの治療のポーションですっかり元気を取り戻し、突然の招集に文句を言わずに集まった。
「正直あまりのことに、……なんと言えばよいのか迷います。第一何故今回の討伐でササキ殿から報酬が出るのか、いまいち納得し兼ねますな」
カオリの発表した内容に、困惑を隠せない【赤熱の鉄剣】の面々であるが、カオリ達は素直に喜びを露わにするのだから、場の雰囲気は実に混迷していた。
机に並べられた武具の数々に、一同は内心はどうあれ興奮を覚えざるをえなかった。
自分用にとおかれた黒くくすんだ暗鉄の直剣を矯めつ眇めつ、オンドールは感嘆の溜息を洩らす。
「すさまじい業物だ。王国騎士団の団長クラスが下賜される品でも、ここまでのものは稀であろう……」
「カオリ君を助けて下さる【赤熱の鉄剣】には、今後も支援を期待すると共に、より一層の活躍を見越しての投資と考えていただきたい、実際に私にとっての利益にもなるので、それに私には不要の品ですからね」
こともなげに告げるササキに、オンドールは瞑目して、頭を下げるほかなかった。
オンドールの内心では、これほどの武器を、たった一日で人数分を用意出来ることへの畏敬も含まれていた。
カオリ達がソウルイーターを討伐後すぐにそれを知って用意したにしても、沢山保管している中から選んだにしても、そのどちらであっても、軍事力的観点で見れば、ササキの背後関係がただものではないことは明白である。
孤高の冒険者を気取っているだけで、その気になれば個人で軍事力をもつことも可能であることは、容易に想像出来る。
オンドールとしては、今更ササキに関して邪推するつもりはさらさらないが、しかしこうしてササキの力の片鱗を見てしまうと、畏れが出てしまうのは仕方がなかった。
少なくともその力の恩恵を受ける立場でありながら、理由もなく疑いの目を向ける気にはなれないと、オンドールは首を振る。
一同の様子を伺い、それぞれの武具を観察していく。
アデルとオンドールとレオルドには、暗鉄を使用した銘々の得意武器を、またアデルには同材の盾も、イスタルにはミスリルを芯材に使った長杖を贈った。
それを瞬きも忘れて見入る【赤熱の鉄剣】の横では、カオリ達が歓声を上げていた。
「やったあぁぁっ! 白い太刀と黒い脇差だなんてっ、夢の二本差しだぁ!」
「よかったですねカオリ様!」
「ササキ様……、私なんかにここまで」
「いや太っ腹だねぇ、こりゃ捗るさね」
カオリには聖銀の太刀に暗鉄の脇差を、アキには聖銀の芯材を使った大弓を、ロゼッタには聖銀の短杖と聖銀のサーベルを、アイリーンには豪儀にも、聖銀を裏打ちした胸甲と脛当てと手甲に加え、総暗鉄の手斧や戦鎚が贈られた。
まさに破格の報酬である。一同は時も忘れてそれぞれ贈られた武具に興奮していた。
当面の武器の補充の懸念がなくなり、その日より安眠出来るようになったカオリは終始ご機嫌のまま、ゴーシュ達の到着を心待ちにしていた。
そう、忘れてはいけない、雨季が明ければゴーシュ達が元村人達を引き連れて、村に帰還を果たすのだ。
といっても戦闘が出来ない多くの元村人達を率いて移動する関係で、準備と移動に冒険者の倍は時間がかかるだろうと予想される。
その間に冒険者組合への討伐報告も済ませてしまいたいとカオリは考えた。討伐報酬を先に得ていれば、元村人達到着後すぐに、開拓予算の編成がしやすいからだ。
村の発展、ひいてはカオリ達の躍進はこれより始るのである。
だが帰還した当のゴーシュは、ことの顛末を聞かされて、終始ご機嫌斜めであった。
「いい加減機嫌を直せよゴーシュ、時期を逃しただけで、今後も機会はきっとあるさ」
「活躍した奴はいいよなっ! 伝説の神鋼冒険者様には特別報酬を貰ったんだからなっ、だが俺が一番気にくわねぇのは、今回のことで、おめぇらが金級昇級試験を受ける許可が下りるだろうってことよっ、同期のおめぇらにおいていかれた俺の惨めさが、てめぇに分かるかってんだっ!」
一気にまくし立てるゴーシュへ、アデルもオンドールも苦笑を浮かべる。
「命がけで戦ったのだ。当然だろう、それに予定外の討伐だったのだ。嘆いても仕方がなかろう、それに後輩のカオリ君達も同様に昇級しよう、それはいいのか?」
嗜めるアデルと、呆れて正論を述べるオンドールにゴーシュはさらに眉をひそめる。
「カオリちゃん達はいいんだよ、あの子らは規格外だからよぉ……、旦那も年季が違うし気にならねぇけど、でも同期で同じ銀級で燻ってたアデルがよぉ、クッソっ!」
悔しさを隠そうともせずに悪態を吐くゴーシュに、もはやかける言葉が見付からないアデルもオンドールも、完全にお手上げ状態である。
現在カオリ達は二手に分かれて、エイマン城砦都市とモーリン交易都市のそれぞれの冒険者組合に、ソウルイーターの討伐報告に行っていた。
ちょうど魔石が二つに割れていたのもあり、それぞれの組合、それぞれの国家で、実績と貨幣を得ようと考えたのだ。
ちなみに【エ・ガーデナー】のボルファーや【風切】のカシミールへの報酬は、先払いした冒険者組合から湿原掃討依頼への報酬が支払われることになっている。また討伐作戦の補佐での臨時報酬も当日に渡していた。
彼らも国に帰れば、素材の換金と魔石の売却で相当な金銭を得、実績を認められるだろう。
そして今、エイマン城砦都市の冒険者組合に来ていたカオリとロゼッタは、受付のイソルダに討伐に参加した冒険者達とことの顛末を報告し、その証拠品としてソウルイーターを含むアンデッド達の魔石の鑑定を待っているところである。
場所は支部長の執務室である。ことがことだけに、混乱を避けるための組合側の配慮であった。
カオリとロゼッタは長椅子に並んで座りながら、紅茶に口をつける。
その二人の正面では、支部長のベルナルドがなんともいえない笑みを浮かべて、魔石の鑑定書類をもって言葉を探していた。
「……はぁ、また王都の偉い方からの照会要請が山のように来るぞ、もう私の裁量を超えている。勘弁願いたいものだ。せめて君達が権力に素直に応じる気概があればよかったのだが、はあぁ……」
何度目かの溜息の後、カオリは質問する。
「なにか不味いことでもあるんですか?」
カオリの質問に、ベルナルドは気だるげに答える。
「災害に匹敵する黒金級の魔物を、実質銀級パーティーが討伐したんだぞ? しかも実際はほとんどが鉄級冒険者と来てる。これで騒ぎにならないわけがない」
「実際にどんな騒動が予想されますか?」
答えたベルナルドに、ロゼッタが重ねて質問する。
「まず噂の真相を確かめるために、組合上層部が事実確認のために人員をよこしてくるだろう、そして貴族連中がこぞって照会の問い合わせの書状を方々から送りつけて来る。その次は事実が確定した後に、君達に是非会いたい、または個人的に懇意になりたいと、仲介をごり押ししてくる」
そこまで一気に言い切り、ベルナルドは紅茶で口を湿らせる。
「うへぇ、面倒そう」
「たしかにちょっと面倒ね。支部長様の仕事も大変そうですわ、といっても私達へは実害はなさそうですけど」
そう言ったカオリ達だが、ベルナルドは呆れた様子で言葉を続ける。
「君達の実情は理解しているつもりだし、出来る限り協力したいとは思っているが、何事も限度というものがある。……私の予想では無関係ではいられないと思うぞ?」
ベルナルドの言葉に固まるカオリとロゼッタは、その体勢のまま彼に視線を送る。
「まずロゼッタ嬢だが、……侯爵様が黙っていないと思うぞ? 確か一年以内に功績を残せば、冒険者活動を許されるそうだが、今回のことはその実績に当たるんじゃないか? まず彼の方の性格上、なんとかして君の功績をなかったものに出来ないか働きかけるだろうし、そのために君を強引に連れ戻す手段をとるかもしれない」
「あー……、在りえるかも、ですわ……」
絶句するロゼッタ。
「それにカオリ君も、流石に高位貴族達が、押し寄せれば、たかが地方都市の支部長でしかない私では、仲介を跳ね除ければ、私の首が飛び兼ねん、断るにしてもカオリ君が自分で直接断りを入れなければならない事態になるだろう、それでも私の立場が危うくなり兼ねんが……ね」
「えっと、お疲れ様です?」
カオリが精一杯の愛想笑いで労えば、ベルナルドは盛大な溜息を吐く、カオリの返答が予想出来過ぎて、自身の暗い未来に想い馳せたのだった。
「しかも、君達はモーリン交易都市にも同様の報告をしているのだろう?」
「はい、アイリーンさんとアキがいってくれてます。今頃は私達と同じ感じになってるかもです」
正直に答えるカオリに、ベルナルドは思案顔でしばし沈黙する。
そこへ丁度話題の二人から、【―仲間達の談話―】が届いた。
『ハッハッハッ! カオリ、こっちは上を下への大騒ぎさね。こっちじゃ大した実績もなかったから当然だけどね。ただ実家の調査員がいたせいで、今呼び出しを受けたさね。カオリの方針じゃあ貴族連中との繋がりは避けるって話だったろ? 一応聞くけどどうするさね』
『カオリ様、噂を聞き付けた関係各処から、人間が押し寄せてまいりました。こちらで責任者不在の旨を伝えて帰しておりますが、正直面倒です。いっそ全員黙らせますか?』
「ああぁ~、余計な騒ぎにならない程度に、適当に断っておいて~」
無難に答えたカオリだったが、そこへ慌ただしくイソルダが執務室に駆け込んで来る。
「支部長にカオリちゃんっ! もう噂がけっこう出回ってて、冒険者達が色めき立ってるんですっ、【風切】の皆も質問攻めにされてもう広間が大騒ぎですっ!」
それから組合員総出で事態の収拾に当たりつつ、カオリ達は職員用出入り口から外へ連れていってもらい、ことなきをえたのだった。
そのまま都市に残る気にもならず。カオリ達は宿泊もせずに村へと帰還した。
アイリーンとアキもなんとか混乱を抜け出し、実際にはアイリーンの剛腕にものを云わせ、強引に帰路についたのだった。
到着はほぼ同時で、少々の打ち合わせの後、オンドールに報告をする。
元村長と元村人達が今や満員の集合住宅では、久しく顔を合わせた面々が、積もる話と今後の発展について言葉を交わしていた。
村の発展の立役者であるカオリの帰還を、元村人達は皆喜び、それぞれ声をかけてくれる。それに笑顔で応えつつ、カオリはオンドールと元村長、また時を同じく村を訪れたササキも交えて会合と相成った。
元村人が村に帰還して、カオリが冒険者組合から帰って来るまでに、一日の猶予があったので、旅の疲れを十分に癒した元村長は、疲れもなく会合に挑んでくれている。
「この度は、元村民達を代表して、改めてお礼申し上げます。私は元村長を任されておりました。ヨゼフと申します」
始めに元村長のヨゼフがお礼と挨拶をする。
(今更村長の名前を知ったなんて言えない)
あまりに今更なことに、素直に言い出せないカオリだが、今後も名前で呼ぶことがあるのか疑問なので、一旦保留とする。
「さて、今回の議題は多岐に渡ることかと思いますが、今はこの村のおかれた現状を確認しておきましょう」
進行はオンドールが受け持つ。
「元村民の皆さまには基本、集合住宅に逗留してもらいました。計三十人の八世帯です。住居の建築や公共事業の優先度見直しと人員の割り振りを再考したいので、まずは開拓事業の計画について意見交換をしたいと思います」
「ソウルイーターの討伐報酬と、現在の予算を確認してもいいかね?」
カオリの提案に、ササキがまず確認をする。
「私達の活動資金を残して、開拓に回せる予算は金貨で六十五枚、新たに得た報酬が参加者への報酬をお支払いし、残りが金貨三十枚で、、計金貨九十五枚です」
「うむ、十分だな」
「足らずとも、今のカオリ君ならば、途中で幾らでも稼げましょう」
「た、大金ですなぁ……」
地方村落では決して目にすることがないであろう大金に、ヨゼフは眩暈を起こす。
「石材を主とした各種資材の確保と、大工や石工の手配には十分でしょう、人手は村民で賄うとして、開拓期間中の食料確保に注意すれば、すぐに開拓に着手出来るでしょう」
ササキが大まかな予想で予算の見積もりについて意見する。
「私としては水門と水路の敷設を最優先で、冒険者の皆さんには森への道と森小屋の建設を進めていただきたいです」
「村民の家に水道設備を設けたいという話だったな、それならば畑への水路も考慮するべきだな、といってもそっちはついでに考えればいいだろう」
オンドールが補足しながら、頭の中で計画を組み立てていく。
「なにからなにまで壮大ですな、まさかこの村がそこまで発展する未来を迎えることになるとは……」
村の将来的な構想について、初めて聞かされるヨゼフは、その壮大な計画に、ただただ驚愕する。
「大工と木材各種資材はエイマン城砦都市の労働者組合に、石工と石材はモーリン交易都市で手配するのはどうだろうか、村のよい喧伝にもなり、それぞれの顔を立てることが出来る」
「そうですな、変な横槍を入れられる前に、こちらから双方を意識して繋ぎを作っておけば、なにかあった時に融通してくれるやもしませんしな」
ササキとオンドールが具体的な手配について言及する。これも世渡りには必要な配慮であるという。
「あ、そういえば、ちょっと考えていることがあるんですけど」
そこにカオリが発言をする。
これまでも村の将来像について積極的に提案して来たカオリである。また新たな構想があるのかと一同は傾注する。
「あの湿原に、大六神教の女神エリュフィールを祭った。神殿を建てたいんです」
カオリが言った瞬間、場は沈黙に支配された。それほど突飛な発言であった。
「はっはっはっ! そうか、その手があったか、それはいい、実に面白い発想だ!」
「ササキ殿、気持ちは分かるが、あまりに大言壮語な構想ですぞ? 確かに帝国と王国の干渉地帯であり、両国の動きに気を配らねばならない絶妙な立ち位置のこの村なのだから、それを解決する妙手ではあるでしょうが、いったいどれほどの金と伝手が必要になるやら……」
「おお、女神様を村にお迎え出来るなど、これほどの喜びはありません」
笑うササキに嗜めるオンドールと、感動から祈りを捧げるヨゼフを、カオリは眺めながら一応自身の考えを述べる。
「あの湿原にアンデットが湧き続けるのは流石に見過ごせないかと、だから土地そのものを浄化出来ないかと考えたんです。作物にも魔力を吸収する特性があるのは、森の薬草で分かるので、湿原を丸ごと農地にして、また収穫した作物を聖属性魔法で浄化していけば、魔物が湧くのを抑えられると思ったんです。それに大六神教の神殿を建てることで、この世界の民に受け入れられやすくして、広く移民を誘致も出来るかと、そしてなにより……」
カオリは真剣な表情で言う。
「家族を亡くした方達に、国境は関係ありません、それを少しでも慰められればと」
極めて打算的でありながも、真摯な気持ちから提案するカオリに、大人達は微笑ましい眼差しを向ける。
「宣伝文句にはことかかんだろ、信仰の場所が身近にあれば、人は居付きやすい、遅かれ早かれ、人を集めればそこに文化が生まれ、そこに宗教的価値観が取り込まれるものだ。なら始めから祈りを捧げる場所を作ってやるのは有効的手段だろう」
「仰る通りですな、この大陸の信仰に疎い私やカオリ君では、なにが反発の芽になるか分かりませんので、この件は私の伝手を使って、ロゼッタ嬢や村民の皆さんの主導で進めた方がよろしいでしょう」
前向きに検討する方向で話が受け入れられたことに安堵するカオリは、心中でロゼッタにどう話を持っていくかを考える。
「それはそうと、この村というのもどうにも締りがありません、カオリ君はこの新しい村の名前を決めていただきたいと思うのですが、後、村長というべきか、カオリ君がこの村の代表として就任していただくとして、その呼称をどうするのかを聞きたいのですがどうでしょうか?」
おりを見てヨゼフがそう切り出し、カオリは目を見開く、なにも不思議なことではない、ただこれまでなし崩し的にカオリが代表として務めていただけに、急ぎ決める必要がなかったため、考えを保留にしていただけである。
だがそれを元村長の口から改めて告げられ、意表を突かれたカオリだった。
「ふむ、我ら冒険者達としても、元々カオリ君の声で集まった面子ですので、彼女を代表として仰ぐのには賛成です。ただ村長業務に収まるべきかは、私としては些か疑問ですな、彼女は稼ぎ頭でもあり、実質他国への折衝にも今後顔を出すことになるでしょう、であれば村長という肩書は少々相応しくないと考えられますな」
カオリに代わり、オンドールが現実的な意見を述べる。
「まあ、私に責任があるのは自覚しています。でも村の名前はそのままでもいいんじゃないかと思いますけど……、【カルタノ村】いいじゃないですか」
今ではもはや形骸化した名前だが、カオリも忘れた訳ではない村の名称を久々に口にして、別段問題を感じない、ただ関係者の半分が村人ではなかったため、言っても通じないため口にしなかっただけである。
「そうかのぉ、もういっそ新たな名で心機一転を図るのも悪くはなし、元村民の皆も異論はないと思うがのぉ」
ヨゼフは一応、元村人達を集める期間で、全員との意見交換をおこなっていたため、その村での今後の振る舞いについても、早くから触れていた。
カオリが主導する村の復興と開拓が円滑に進むように事前に根回しをした結果である。
本来部外者だった幼い少女が、村の代表として、村のかつての姿を変えることになっても、元村人達の帰還を望んだのだ。理性ではどうあれ、感情的には後々に問題が噴出するかもしれないと考えるのは自然である。
その中でも最も多かったのが、村の名称と代表者の呼称である。
ヨゼフは会合の席があれば真っ先にこれを議題に上げたいと思っていたのだ。今がまさにその時との発言である。
「カオリ君自身では決め兼ねよう、村の名称についてはよくよく考えるとして、代表者の呼称については、【盟主】を私は推すがどうだろうか?」
ササキの提案に一同は一考する。
「盟主か……、ササキ殿の提案には将来も含めて、実に現実的であり、箔が付きましょう」
「盟主?」
オンドールは納得した様子だが、カオリはいまいち理解出来ずにいた。
今時の女子高生で、王や公や主の持つ公的役割や意味を理解していることはまずないだろう、カオリも兄の教育でそこそこの歴史知識をもっているが、意味までは造詣に深くはない。
「盟主とは、同盟あるいは、各種組織や勢力の中心的人物を指す呼称だ。村の代表者であり、開拓責任者であり、将来的には各種組織の設立者になるであろうカオリ君には、適した呼び名であろう」
ササキの簡単な説明に、一同は頷く。
「盟主カオリ様ですか……、いいですな」
村長はご満悦の様子である。
「村が大きくなれば、各業務を管轄する代行者を設置することになろう、なのでそれらの意思決定権をカオリ君が持つだけで、この村はそれなりに纏まるはずだ。そう難しく考える必要もない、あくまで箔付けの意味合いが強いだけの呼称だ」
オンドールもカオリの理解を促す。
「分かりました。自己紹介の時に盟主だと言えば、外でも通じるなら、これからはそう名乗ることにします」
まだまだ実績が伴わずとも、実務も責任も追々付随するだろうことを思えば、要勉強ながら、そこまで構える必要もないだろうと、カオリはこの提案を飲む。
腰に大小二本の刀を佩いたカオリは、心なし堂々とした歩で、村を歩いていた。
あれから数日、関係者への報酬支払を含めた事後処理も一段落済み、村の開拓計画に伴う人員の再編成も通達済みである。現在は冒険者達と村民全員との顔合わせも終えて、それぞれ業務に散ってもらっている。
一応その顔合わせの席で、カオリが盟主の役に就いたことも周知し、皆の同意も得ている。
村の将来像についても、オンドールの起こした村の俯瞰図面の写しを、集合住宅の壁に張り出して説明もおこない、皆にやる気を持って開拓に従事してもらっている。
なにも問題はない、後はカオリ達【孤高の剣】のメンバーが監督業務を他の人間に委任し、それぞれの都市へ、開拓業の依頼をおこなえば、村の開拓は一気に進むだろう。
全ての業務を終えて、翌日。
エイマン城砦都市へはロゼッタとステラに、護衛としてゴーシュともう一人が付き添うことになっている。
モーリン交易都市へはカオリとアキとアイリーンが向かう手筈だ。ただ今回は元奴隷仲間で商人の娘のイゼルも同行することになっている。
帝国での初めての商取引であるため、経済知識に富む彼女の知識と経験を当てにしての人選である。
アイリーンでは軍需関連の知識しか持ち合わせていないと自身で豪語するのだから、カオリは仕方なく彼女を指名したのだった。
今回は徒歩での移動だ。帰りには資材運搬用に荷馬車を手配するので、それに便乗する予定である。
ミカルド王国側より幾分か空気が乾燥しているように思う。
帝国は西の大陸と比べ、緯度が高く、帝国全土を見れば、降雪地帯が六割以上に上る。そうでなくとも荒れた荒野や山岳地帯が多く、中には人の手が入れない地域も多い。
帝国と現在紛争中である亜人達にとっては、隠れ潜む場所が多く、その分帝国も制圧に手を焼いている状況である。
そんな状況が数百年も続いているのだから、呆れて言葉もない。
だがエリシャ湾を含む内海を国土に持つ帝国では、水運による物流が盛んであり、圧倒的国土面積を最大限に活用した。物質的な豊かさでは、西の王国群とは経済面で圧倒的優位を誇っている。
また常に戦争期であることで、軍事的側面でも、王国群とは比べるまでもない力を誇っている。
王国との百年もの領土戦争、亜人種との永きに渡る紛争、ナバンアルド朝の起こりから始る。統一戦争を経た帝国の軍国主義は伊達ではない。
一説では、王国との戦争に決着がつかないのも、わざと終わらせないように、戦費を削っていたからだと唱えるものも居る。
「大きい帝国が領土拡大を図るのは分かるけど、そもそも戦争の目的ってなんなのかなぁ」
カオリのなんとはない呟きに、アイリーンは苦笑しながら答える。
「皇帝の考えることは知らないけど、公爵の父上が言うには、来る時のための布石だって話さね。それがいつなのか、どういう時なのかは、流石に木端貴族には知らされてないさね。だから結局戦争に参じる領主貴族とか武家連中は、目先の利益のために、具体的にゃあ軍費の助成金とか功績を目当てに戦争してるのが実情だね」
つまらない話とばかりに語るアイリーンに、カオリは無表情を向ける。
「北の脅威が高まっているから、王国と戦争どころじゃないのは、理由としては妥当に思えますけど、話を聞く限りじゃあ、帝国の軍事力ってそんなやわじゃないですよね? なんていうのか、止めるいい口実が出来たから止めたって感じに思うんですけど……」
「いいところに気がつくね。あたしもそれには同感さね。まず大前提に、戦争の長期化には、民族融和政策が理由にあるのを知っておかないといけないね」
「民族融和政策?」
帝国の政策に関する知識を有さないカオリは、当然の疑問として口にする。
「帝国の奴隷制度については、カオリはその身を持って実感しただろ? 自分を買い戻せば、自由民として、帝国での永住権と公的機関の利用も出来る。つまり帝国民としての十分な権利を得ることが出来るのも理解してるだろう?」
「はい」
カオリにとっては苦い思い出である。隣ではイゼルも嫌な表情を隠さずにいる。
「帝国は安い労働力を、長年に渡って奴隷で賄って来たさね。それは統一戦争で奴隷に事欠かなかったのが背景にはあるけど、東大陸を平定後に、奴隷の確保が困難になるのは目に見えているだろ? だから亜人種も王国群も、一気に平らげずに、数を減らさずに啄ばむっていう方法を思い付いたのさ」
「あ~なるほど、しかも奴隷だった各人種が、自由民になって帝国民として豊かな生活を送れば、帝国に対する怨みも薄れていくっていう寸法ですね?」
カオリは受けた説明から、自身である程度を推測した。
「よく分かってるじゃないか、それが民族融和政策さね。特に根深いのは亜人種との価値観の違いさね。帝国が亜人種を弾圧してると云えば、たしかに帝国は悪さね。だけど奴等はあたしら以上に野蛮で粗野な文化で停滞した種族さね。弱肉強食、争いで得た収奪物は、人も物もそりゃ酷い扱いを受けるさね」
「あ、そうなんですか? それは初めてききました」
今まで遠い国の話であり、触れることのなかった情報に、カオリは素直な感想を抱く。
「男は労働力として死ぬまで馬車馬の如く働かされて、死ねば生ゴミ扱い、女は慰みものとして家畜同然に飼われ、老いれば動物の餌だよ、酷いもんだろ?」
「その反対に、帝国で人として扱われれば、亜人達は如何に自分達が劣った種族か、嫌でも理解して、帝国の進んだ文化を取り入れ、帝国のために働くってことね」
イゼルがそこまで理解して、苦々しく感想を口にする。彼女自身としては危うく娼婦か性奴隷に堕とされる寸前だったのだから、手放しでは納得出来ずとも、帝国と比べて亜人種達が酷いというのは理解出来る。
アイリーンは両手を広げて鷹揚に頷く。
「まあ亜人種といっても過激なのは一部の種族だけで、他の大人しい連中は物分かりがいいさね。ただそういった連中はなにもしなくても帝国と交流を持とうとするから、結局過激な奴等ばかりと相手することになるんだけどね」
やれやれといった様子で笑うアイリーンに、カオリは感心しきりである。
思いのほか盛り上がった話題で、四人の道のりはぐんぐん進んでいく、時折遭遇する魔物は片手間で片付け、休息と野営を挟んで、三人は四日目の朝にはモーリン交易都市に到着した。
以前の奴隷騒動の時にはじっくり観光する余裕もなく、ほとんど素通りしてしまったために、カオリはゆっくりと街並みや、人通りを眺めた。
エイマン城砦都市と比べて文明的にはそれほど大きな違いは感じないが、よく観察すれば木材よりも石材で建てられた建築物が多く、行き交う人々も華やかなように映る。
交易都市と名乗るぐらいなのだから、裕福な商家が多く軒を連ねているのだろう、華やかな衣服を纏う民は、皆数人の使用人風の供を連れて移動する姿が目立つ。
一方大通りから目を移せば、粗末な貫頭衣や麻の衣服を簡素に着た。おそらく奴隷なのだろう人々も見受けられる。そこはやはり王国と帝国の違いがはっきりと表れる。
都市の中心を複数の運河が流れ、岸には船着き場が設けられ、それに隣接して建つ倉庫群は、見ていて壮観である。
「え~と、労働者組合か職人組合がたしかこの辺りだったはずさね。昔は別邸から近いのもあってよく来たんだけどね。もう何年も前だから曖昧さね」
頭をかきながら先導するアイリーンに黙って従うカオリ達は、しばらく歩いた後に、目的の建物を発見し、早速入る。
「邪魔するよ」
尊大な態度で観音扉を潜るアイリーンに、カオリ達はちょこちょことついていく。
「いらっしゃいませ、これは……、バンデル家の御嬢様ではありませんか、えー、どういった御用件でしょう? 公爵閣下様の代理で?」
流石に、軍事拠点を近郊にもつ大貴族の家族構成は把握している。とくにアイリーンは帝国内でもそこそこ有名な御転婆娘である。容姿も相まって見間違われることはない。
「いや、実家とは無関係さね。噂くらいは知ってるだろ? この子が代表で進める村の開拓に、、石工を手配したいんだよ、いい職人連中を紹介してくれないかい?」
「緩衝地帯で村の開拓の代表をしてます。冒険者のカオリです。石組み技術ならミカルド王国より帝国の方が上だって云われて、是非こちらの職人さんにお願いしたくて来ました」
簡潔に用向きを伝えるカオリに、受付の男性は驚いた様子である。
「では貴女様が最近噂の【不死狩り姫】様ですな? これは光栄です。早速担当のものを呼びましょう、お部屋へご案内します」
謎の異名を口にする受付に、カオリはギョッとする。
(また変な噂が立ってるの? やめてよ~)
噂が一人歩きし、注目されることを恥ずかしく思うカオリは、今のやりとりドッと疲れを感じた。
「【不死狩り姫】かい? こりゃ大層な二つ名がついたねカオリ、帝国じゃ銀級冒険者でもよっぽどのことがなきゃ注目されることはないからね。こりゃ相当注目を集めてるさね」
案内された部屋に通され、遠慮なく入口近くの椅子に腰かけたアイリーンが、笑みを浮かべてカオリをからかう。
「帝国じゃあ冒険者より、傭兵や騎士のほうが民衆に注目されがちだものね。それでも噂になったのは、やっぱり可愛い女の子だからかしら?」
イゼルも悪気なくそう推測を口にする。
「……可愛いとか言わないでイゼルさん」
「あらどうして? 事実でしょ?」
カオリの否定に不思議そうな顔をするイゼルも、もはやカオリの扱いには慣れた様子である。
年上のイゼルからすれば、カオリは強さこそ尋常ではないが、それ以外は年相応の少女であるという認識である。余程のことがない限り、怒らないし、普通に会話していても不都合のないカオリは、賢く可愛い、接しやすい女の子だった。
しばらくして部屋に数人が入室する。
一人は手に数枚の資料を抱えた女性で、もう一人は初老の男性だった。
「ようこそおいで下さいました。私はこの組合の会長をしております。オーグマンと申します。こっちは今回紹介することになります。石工職人のエレオノーラといいます。どうぞよろしくお願いします」
そう紹介された女性をカオリは見る。
金髪で、少々陽に焼けてはいるがそれでも白い肌と、アイリーンと似たアラルド人の特徴を持っているが、瞳の色は緑である。
「ハイド人かい? それにしても随分用意がいいね。なにもその娘じゃなくってもいいんだろ? どうしてわざわざその娘をこの席に呼んだんだい?」
訝るアイリーン、だがそこにエレオノーラと呼ばれた女性は身を乗り出して、会長に代わって返答する。
「女性が主導で、貴族の後ろ盾もなく、村興しをしてるって聞きました! 是非私にお任せ下さい! 必ずよいものを作って見せますっ、家でも防壁でも橋でも何でもつくれますから、是非!」
目を輝かせながら捲し立てるエレオノーラに、カオリは身を引いて驚く、隣のアイリーンも呆気にとられた様子だ。
「皆さんはご自身のお噂は御存じですか? 恐らく皆さんのご想像より、結構有名ですぞ? 悪徳奴隷商を摘発し、神鋼冒険者と共に哀れな違法奴隷達を救い、その後ハイゼル平原に巣くう【ソウルイーター(魂喰らい)】を討伐した。見目麗しき姫君達、と」
会長はなにが面白いのか、笑みを絶やさずそう言い添えた。
顔を見合わせるカオリ達は、言葉を発することが出来ずに唖然とする。事実ではあるが姫君などとは少々語弊があるように感じる。
たしかにロゼッタやアイリーンは大貴族の令嬢なのだから、姫と云われても変ではないが、肝心のカオリがごくごく普通の少女なのだから、いまいち納得出来ない。
先程から無言を貫くアキだけが、機嫌よさそうに頷く姿が目の端に映る。
「なるほどね。大体察しがついたさね。女だてらに職人を名乗るくらいさ、女で苦労した口だろ? そこに女だけの冒険者達が活躍する噂を聞いて、自分も身を立てるために一口噛みたいって寸法だろ?」
ズバリ言い当てたアイリーンに、エレオノーラは聞いてもいないのに、自身の身の上話を始めた。
要約すれば、代々石工職人として技を磨いて来た一族に生まれ、成人すれば自分も他の兄弟と同じように、石工に成れると思って育ったにも関わらず、女であることを理由に、頭領でもある父に、職人になることを否定され、そればかりか、見合いの手配までし始めた実家を飛び出し、数人の知己と職人集団を組んだのだという。
だが父を頼れないことと、女職人ということでなかなか仕事にありつけず。明日の飯にも事欠く状況におかれていた。
「しかも見合い相手は商家の、ひょろっこい三男坊なのよっ! 口ばっかり達者で、手なんてタコの一つもない痩せ男! ふざけんじゃないってのよっ、あ、すいません……、でも皆さまなら女であることで門前払いじゃないですよね? それに村の開拓なら長期間雇用もしてもらえるかもしれないですし、お願いしますっ! 私達を雇って下さい!」
机に頭突きをせんばかりの勢いで頭を下げるエレオノーラを、カオリ達は唖然と見詰める。
「足元を見るわけではないですけど、受け入れる条件として、賃金の相談には乗って下さるんですよね? それと、ちゃんと徒弟修業を経ていないのであれば、腕を疑うのは当然ですよね?」
呆けからいち早く立ち直ったイゼルが、真面目な表情で交渉を開始する。
「うっ、腕に自信はありますっ、そこいらの職人にだって負けません!」
「実績もないのに、どうやってそれを証明するんです? お話になりませんね」
「ぐっ、でも父の仕事を幼いころから見ていましたし、仕事の心得だって周りの職人達によく教わりました。身体だって手伝いで鍛えました! 家を飛び出してから半年で、それなりに仕事もこなしました!」
必死に捲し立てるエレオノーラに、イゼルはわざとらしく肩を竦める。
「それをどうやって信じろと?」
「ぐうぅ!」
流石は商家の娘である。交渉に関しては一日の長がある。
「この娘は、私も懇意にしている職人集団の娘でして、頭領には昔から世話になっておりましてな、その娘に仕事のことで相談されたので、簡単な修繕や職人見習いの仕事に合同で当たってもらったこともあります。腕が悪くないことは私が保証しましょう、職人の知識はたしかですし、賃金については小僧に毛が生えた程度でよいでしょう、特別に仲介手数料もとりませぬ。どうでしょうか?」
「我々で直接雇え、と?」
イゼルはそれで留飲を下げる様子だが、腕を組んで尊大に背もたれに背を預けるアイリーンは皮肉を口にする。
「つまり、稼ぎ頭の娘を無碍にも出来ず。かといって組合で仕事の斡旋をすれば、頭領の顔を潰し兼ねない、そこに都合よくあたしらが現れたと、あわよくば直接雇われたことにして、面倒を押しつけちまえってかい?」
野卑な笑みで笑うアイリーンに、会長は慌てて両手の掌を開ける。
「会長さん……、そうなんですか?」
「滅相もありません、面倒などと、エレオノーラもそんな顔をするんじゃない、それに仕事に困っているのは事実だろ? 私だって嫁入り前のお前を頭領に頼まれた手前、お前を組合の職人として紹介出来んのだ。弁えなさい」
正直に内情を告白する会長達の茶番劇に、カオリ達は呆れっぱなしである。
「ああ~、来ていただける上に安くして貰えるなら、私は問題ありませんから、契約の話を進めましょう?」
「本当ですか? それはありがたい」
「あ、ありがとうございます!」
組合を通さない、エレオノーラの用意した契約書に、期間と賃金に関する記入と確認を済ませ、署名をする。
これで正式に、カオリがエレオノーラを雇うことになる。契約期間中の衣食住の保証と、休息日や労働時間などの労働環境の規約の確認は密におこなう。
ただし石材や運搬のための荷馬車は組合で手配することになる。それらは会長自らが処理を進める。
こうして無事に手配を済ませたカオリは、組合を辞した後、宿を探し、エレオノーラや資材と荷馬車の準備が整うまで、モーリン交易都市に留まった。
購入した石材は、冒険者組合を通して支払う形になるので、カオリ達は納品日に現物を確認して、そのまま村に帰還すればいい、そこにはエレオノーラ達も同道する。
二日後、追加の食料も大量に購入し、鮮度を保つために【―時空の宝物庫―】に纏めて放り込んだ。
壁内にて荷馬車に満載された資材を確認後、カオリ達は観光もそこそこに、モーリン交易都市を出発した。
道中は至って安全、とはいかなかったが、カオリ達にとっては特に問題にはならなかった。
襲って来たのが魔物の集団であるなら、カオリ達にとってはただの獲物に過ぎない。
「おお、帝国側はやっぱり魔物の色が違うなぁ~、今度からはこっちでも狩りの範囲広げます?」
「【ワイルドボア】がかい? あたしゃ狩り飽きたさね。進軍中はよく食料にしたからね」
「魔物って食べられるんですか?」
「食えないことはないさね。ちょいと臭みが強いけどね。これがまた酒のつまみに合うんだよねぇ~」
突進するだけしか能ない、大きな猪型で、とくに脅威を感じない魔物だが、そこは魔物、筋力も毛皮の頑強さも、地球の野生の猪とは比べるまでもなく凶悪である。
しかしレベルが上がり、通常の人間の域を逸脱しつつあるカオリにとっては、敵ではない、新しい愛刀は聖銀製の業物だ。魔法伝道率の高さも相まり、その切れ味は脅威の一言、ワイルドボアの硬い毛皮も、強靭な筋肉も、強固な骨も、いとも容易く切断してしまう、もちろんそこにはカオリの類稀な業があっての威力である。
アイリーンなどは言うに及ばず。持ち前の頑強な筋力にものを云わせ、正面からワイルドボアを組み伏せて、背骨をへし折るのだから無茶苦茶である。
「そういえば【ソウルイーター】を討伐したことで、私達もレベルが上ったみたいですね~」
「カオリ様は二十レベルに、アイリーン様は二十四ですね。私もロゼッタ嬢も上っております」
「レベルなんて気にしたこともないけど、強くなるのは武者震いがするね。もっと強い奴と戦いたいもんだよ、それにしてもカオリは随分速くレベルが上がるんだね。固有スキルかい? 大したもんだよ」
カオリ・ミヤモト 【種族】二十 【戦士】
アキ 【種族】十八 【戦士】
ロゼッタ・アルトバイエ【種族】九 【導士】
アイリーン・バンデル 【種族】二十四【戦士】
大量のアンデットに加えて黒金級の魔物を討伐したのだから、レベルが上がるのも当然だ。
今、アイリーンが最後の一頭の頭を殴りつけた。それだけでワイルドボアは頭蓋骨を粉砕され地に伏した。これで普通の人間であったなら、首が千切れ飛んでいたかも知れない。
頭部がひしゃげ、目玉が飛び出た猪の死体は、非常にグロテスクである。ゾッとする。
「す、すごいですね」
「よねぇ、カオリちゃん、見た目は可愛い女の子なのに、戦えば凄腕の剣士なのよ」
魔物を遠目に見たことしかないエレオノーラは、カオリ達の壮絶な戦闘を目の当たりにし、呆然としていた。
もはや見慣れたイゼルが、感心しきりでそんなことを呟く。
エレオノーラの知己である他の女性職人達も同様であった。皆荷馬車に避難したまま、怯えた様子である。
「それにしてもまさか女性だけの職人集団だったなんてね~、びっくりだよ、揃いも揃って反骨精神満載だねぇ」
「いいじゃないか、その気概は買うさね。だがロゼが連れて来る大工集団が、エレオノーラ達を侮って、仕事に支障が出るのはいただけないね。せいぜい帝国の威信をかけて働いてもらうさね」
カオリが危惧するのは、帝国民と王国民との間にある確執が、開拓中に噴出することである。
村人や冒険者達ならいざ知らず。彼らはれっきとした帝国民であり、王国民なのだから、その心身的折衝はカオリの役割になるだろう、ましてやエレオノーラは女性のみの職人集団だ。王国側の職人集団が男性だけの熟練職人だった場合は、間違いなく侮られることが予想される。
完全に仕事場を分けられれば諍いを避けることは可能かもしれないが、建築分野では基礎工事や炊事場に暖炉など、石工の活躍の場は大きい、工程や寸法の調整などで、どうしても交渉する場面も出て来よう。
だが村に帰りついたカオリの懸念は、いい意味で裏切られることになる。
「え~と、ごめんなさい……、けど、そっちも同じみたい……ね」
始めは申し訳なさそうな様子だったロゼッタであったが、カオリ達が連れてきたエレオノーラ達を見て、顔を引き攣らせた。
ロゼッタが連れてきた大工集団も、なんと女性だけの集団だったのだ。こちらは集団というよりも、カオリ達の噂を聞きつけて、各地から集まった。皆一様に大工の娘達だった。
集団を束ねるのは、カオリ達が以前の開拓で世話になった。大工集団の頭領のトンヤの娘だった。
「私は大工トンヤの娘、クラウディアよ、まさか帝国の高名な石工職人に会えると思っていたのが、貴女みたいな小娘だなんてね。拍子抜けしたわ」
「こむ? よ、よく言うわよっ、王国は帝国より女性の地位が低いって聞くわよ、どうせあんたも私達と同じで、厄介払いされた口でしょ、即席の集団で足の引っ張り合いになるんじゃないでしょうね!」
「馬鹿云わないでよっ! 私は父が以前ここで仕事をしたことがあったから、応援されて送りだされたのよ! 貴女と一緒にしないでよ!」
クラウディアは茶髪に茶眼の典型的なロランド人だ。年は二十歳、成人と認められる十五歳から正式に徒弟契約を結び、父であるトンヤから技術を学びながら、第一線を経験して来たれっきとした職人である。
ロゼッタの説明を横で聞きながら、カオリは二人の口論を眺める。
「まあまあ皆さん落ち着いて下さい、腕の善し悪しは仕事で示していただければと、あまりいがみ合われて仕事に支障が出れば、それこそ帝国が先か、王国が先かの話になりますよ~」
「ぐっ!」
「え、あっ、うう」
カオリは笑顔を張り付けて仲裁に入る。
同じ様な光景はアイリーンとロゼッタで見慣れているが、こちらは多分な事情が絡んでいる分、根が深いだろうとカオリは考える。
どちらも本質としては、女性であることで不自由を感じていたこれまでで、またとない立身出世の機会を得たのだ。
気負いから神経質になるのも頷ける。
だからといって、カオリも放置はしないつもりだ。円滑な開拓もさることながら、今回は予想ならばいらぬ横やりが入っている可能性も否定出来ないのだ。
互いの立場を言い含めるならば、最初が肝心とカオリはお腹に力を入れる。
雇い主という立場、緩衝地帯であることで微妙な位置にある立地条件、それらを絶妙にチラつかせつつ、この村の優位性を、主導権を、利権を、取り合わせるのだ。
これはササキとオンドールとで申し合わせたもの、もし両国の組合に貴族の息がかかっていた場合の方便である。
この村を得るのは、どちらが先か? とあえて差し出して、競争を促すのだ。
笑みを絶やさぬまま、カオリは二人を静かに観察する。
「降参します。組合長からは、貴族から村での開拓事業の主導権を握るように仕向けろと命令を受けた。……と聞かされました」
「え?え? なんの話です?」
素直に白状するクラウディアに、なにがなにやら分からない様子のエレオノーラ。
「随分素直に白状するさね。それに聞かされたって言い方が引っかかるね」
腕を組んで荷馬車にもたれかかるアイリーンは、先からずっと可笑しそうに口の端を上げる。
「……だから私が指名されたのよ、組合員ではなく、けど信用出来る職人で、後に職にあぶれても潰しの利くものが、組合に所属しているものでは、組合の意向には逆らえないもの」
「モーリン交易都市の会長も、事前に手が回ってたんだろうね。だからエレオノーラを推して来たんだろう」
「そんな……、会長が」
なにも聞かされていなかったエレオノーラだけが、困惑を露わにする。
「だとしたら両方の上司にはお礼をしないとね。でもどうしてそこまで考えてくれるんだい?」
今の内に洗いざらい告白してくれれば、それに越したことはない、これから共に開拓業を進める上で、内情も内心も共有しておかなければならない。
「私を推薦したのはお父さんと、組合長よ、二人がどこまで考えていたかは分からないけど、私の将来を考えてくれていたのは間違いないはずよ、そちらさんもきっと同じはず……」
そう言ってクラウディアがエレオノーラを手で指す。
「後は圧力をかけて来た貴族がなにか関係していたのかもしれないわ、お父さんの態度が悪かったし、組合長の言い方も、余り相手の貴族を尊んでない様子だったから」
難しそうな表情で、クラウディアは推論を述べる。
「今の各国の貴族社会と世情に関係があるのかしら、今の私達では情報を集める手段がないから、分かりようもないわね」
ロゼッタは悔しそうに爪を噛む、情報戦では勝ち目がない現状で、どこで誰が暗躍していても、カオリ達は防ぎようがないのは認めざるをえない。
「まああんまり気負わずに、楽しく働きましょう、仕事は逃げませんよ、これからは村の仲間ですから、一緒に頑張りましょう」
貴族が絡んで来るのかどうかは、このさい関係ないと、カオリは考える。
一方で致命的な悪意を買い、取引が不可能になっても、もう一方で補填が効く状況で、必要以上にへりくだる必要もない。
しかも両国共にカオリ達の村を、自国の利権に引き込みたい以上、カオリの不興を買うような馬鹿な真似もそうそうしないだろうと考えられる。
裏で手を回す分にはカオリ達が気を付ける以外に回避する方法はなく、直接的手段に出られれば戦う以外に選択肢もない現状で、気にし過ぎるのは不健康を招く。
「分からない時は大人を頼りましょう、私達は元気に笑顔で毎日を送ることが出来れば、それでいいんですから」
「至言だね。細かいことは男共に任せて、問題が起きたらその時考えりゃいい、ほらあんた達、仮の住まいを案内するからついて来な」
どこの世界でも出る杭は打たれる。だがそれに負けるか否かは、本人の意思の強さで克服する以外に術はない。
止まない雨はない、とカオリは晴天の空を見上げる。
だが曇らぬ空もまた、ない。
今は来る雨に、ただ備えるのみだ。




