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( 開拓着手 )

 まずは斧による手作業での伐採から始り、次いで、根の周囲の土を掘るための円匙(えんし)、掘削範囲を広げるための(くわ)、細めの根を切るための根切鋤(ねきりすき)、太い根を切断するための(のこぎり)などの道具を使用し根を地面より切り離す。最後に縄で引きつつ、梃子の原理も利用して引っ張り上げるのが、道の整備における樹木の伐根作業の手順となる。


 この場合で懸念となるのは、木の大きさや根の範囲よりも、根の深さが作業を遅延させる最大の要因となるだろう、だがカオリ達の村には、規格外の存在が居た。


「気合い入れな野郎共、いくよ! せーのっ!」

「「おりゃあぁぁぁっ!」」


 人間重機と化したアイリーンの号令の下、アデルとレオルド、セルゲイとシモンが渾身の力で大木の根を引っ張り上げた。


 地球の人間とは根本的に身体能力が異なるこの世界で、高レベルの重戦士のアイリーンは元より、同じ重戦士のレオルドも、単純な力ならば彼女を上回るのだから、その二人が合わさった力は想像を絶するというもの。機械技術の存在しないこの世界で、大規模開墾や建設において、こういった規格外の存在の役割は大いに重要である。


 これに代わる労働力に魔導士の繰る土木作業に転用出来る魔法の存在が挙げられるが、、総重量数十トンにもなる石材や土砂や木材の運搬や加工作業に転用出来る魔法は、総じて高位魔法に分類される。仮に複数人での同時詠唱や複合魔法でそれらの作業が可能であっても、同系統の魔法を複数人に習得させて常時稼働させるには相当な人件費がかかってしまう、それこそ王家や上位貴族でもなければ育成も雇用も現実的ではない。


 そもそもが、この世界の一般常識としては、魔法を修得するのにはそれなりの才能が必要であり、また高位魔法の習得には十年以上に及ぶ修行が必要とされる。

 そのためそこまでの高位魔導士になれるのであれば、目立たない公共事業や民間の大規模工事に従事するよりも、冒険者や騎士団に所属するものが大多数である。収入や名誉の観点でみれば至極当然のことである。


 一般的に見て秀才と目されるロゼッタやイスタルでも、村の開拓作業に役立てられる魔法は習得出来ていないことを思えば、理解出来るだろう。

 また仮に都合よくそれらの魔法を修得していたとして、行使出来る規模や回数は、魔力保有量からして数回に留まる。万が一の防衛のことを思えば、貴重な魔導士の魔力が枯渇している状況は基本的に避けるべきなのだ。


 話を戻す。


 村からの直線上の森の入口から、元狩人冒険者のカムが測量した上で、都合のよい奥地までの縄張りをし、そこまでの道の整備を次なる開拓業と定め、早速着手したのである。

 これまでの開拓はあくまで既存の村の形を復旧、または改善する作業が中心となっていたが、今回を持ってようやく、本当の意味での開拓が開始したと云えるだろう。


 危険な森での作業となるため、今は冒険者が中心となっての作業であるが、いずれ切り拓いた道に砂利を敷いたり、また窪地を横断するための土盛りのさいには、戦えない村の住人の手を借りることにもなるだろう、なので現段階では住人達には、セルゲイとシモンが抜けた穴、堀の掘削作業に従事してもらっていた。


 伐根作業にはアイリーンが監督者を引き受けたために、カオリは堀の掘削作業の方の視察を優先した。と云うのもアイリーンの方は必要とあればギルドメッセージでの連絡も出来るようにしたので、ずっと見ている必要がないためである。


 掘削作業での職長は、名目上ではセルゲイの部下のステファンが勤めている。ここ数日ですっかり掘削作業に慣れてしまったがゆえの選任である。ちなみにこの職長なる呼び名は、作業現場での指揮系統の混乱を避けるためのもので、勧めたのはオンドールである。


「皆さん作業の方はどうですか? 疲れたら遠慮せずに休憩を挟んで下さいね~」


 カオリの声に顔を上げて笑顔で応える面々に、カオリは労いの言葉を続けてかけ、その作業を見守る。

 現在掘削作業に当たっているのは、ステファンの他に、先乗りした二世帯の元村人の主人とその息子の計四人、合計五人での作業人数である。


 歳のころはけっして若くはないが、未来ある村の開拓に、皆意気込み良く作業に精を出していた。

 当初懸念していた元野盗のセルゲイ達への不信感も、話を聞いただけで、かつ毎日汗水流して働くセルゲイ達の姿を見る内に、問題なく受け入れられたことは、カオリの不安を大いに払拭してくれた。今は同じ開拓移住者としての連帯感があるのみである。


 次に、まだ年若い子供も移住して来たとあって、カオリは彼ら彼女らにも教育を施すことを重視し、朝の手伝いが終わり次第、子供達にはイスタルによる青空教室を受けてもらっていた。

 これには元村人の大人達も驚きの方針であった。この世界の村規模で、教育を受けるということがどれほど稀であるのか、知らないカオリではないが、だからといってそれを踏襲する理由もなし、カオリ達の稼ぎで支えられ、暮らしが困窮していない現状、子供達まで労働に専従させることはなしとカオリは考え、また教師を務めるイスタルの強い要望もあって、この方針は今後も継続していく予定である。


 そしてこの間、アキとロゼッタが何をしているかというと、絶賛ゴーレムの作成作業を、ササキの指導の下に行っている最中である。

 導士のスキルを有する二人は、実際にゴーレムの運用をする操縦者として、その作成から操作までの一連の手順を実際に習う必要があるための人選であり、カオリは後ほどに報告を受けることになっている。


「素体には樹木と土と石を使おう、この村でも簡単に手に入るもので、修繕や拡張も容易であれば、後々に易かろう、何より成形に要求される魔術もそう難しくない、これで石材のみや鉄製であるなら難易度が跳ね上がるのでね」


 シキオオカミに運ばせた木の根や枝、大量の土に掘り出した石などを前に、三人は立っていた。これらの素材は絶賛掘削中に嫌でも堆積した。堀の土砂廃材である。


「魔法の呪文は【―傀儡造型(モデリングゴーレム)―】だ」


 ササキの教えたのは素材を元として利用した。ゴーレム作成の初級魔法である。これの上位に【―傀儡創造(クリエイトゴーレム)―】や派生に【―死者創造(クリエイトアンデッド)―】などが存在するが、今は不要かつ高度なため、ササキが口にすることはなかった。


「「【―傀儡造型(モデリングゴーレム)―】」」


 ロゼッタとアキの声が唱和し、土砂の山に魔法陣が浮かび上がると、土砂がまるで生き物の如く蠢き、人の形を成していく。


「大きくて頼もしい方がいいのかしら?」

「小回りが利く方が、狭所での作業に適しているのでは?」

「でも重くて大きなものの移動を思えば、オーガ並みは欲しいじゃない? なんなら防衛のさいの壁にも利用出来るわよ?」

「なれば大きい方と小さい方の両方を作ればよいのでは?」

「あらそうね。そうしましょう」


 あーでもないこーでもない、と喧々囂々のやり取りを繰り返し、最終的にササキの助言を受けて、重心の位置や稼働域の調整などの工夫を経て、完成したゴーレムを三人は検分する。

 主要な部位は石材で、可動部には樹枝と土を、脆い個所には液化したスライム系の魔石を繋ぎとして創り上げられたゴーレムは、一見すれば朽ちた石像を想起させる風情となり、三人はその出来栄えに感無量の眼差しを向けた。


「カオリ君が見れば、○ンダと○像、と言いそうだな……」


 どこかで見たことのあるような姿に、懐かしみを抱くササキを余所に、ロゼッタもアキも不思議そうな表情を向ける。


「これならば、現在の村の様子に上手く溶け込むでしょう」

「そうね。物々しい感じではなくて、なんていうのか、森の番人といった風情があって、なんだか見ているだけで落ち着くわ、これ放置していたら、いつか苔や花が根付きそうね。そうなったらさぞ可愛らしくなるんじゃないかしら?」


 素材のわりによい出来となったことで、最後の仕上げと魔導核を埋め込む部位を追加し、さっそくと魔導核を搭載して完成である。

 一見凡庸な見た目だが、魔石を可動部に要したことで、魔力伝道率は非常に高くなっているのだから、巷の工業用ゴーレムよりも余程高性能な出来栄えだ。




 魔力での直接操作を必要としないゴーレムの操作に、専用の魔法の習得は必要ない、そのためロゼッタとアキはそれぞれで、自身の魔力を魔導核に注ぎ、起動させる。

 頭部に当たる部位には、視覚情報を認識するための眼も設けてある。二人の魔力を得て、眼に仄かな光が宿ると、ゴーレムは各部位の稼働と認識を自動で行った後、待機状態となる。

 眼球に使用されているのはこれまた魔石であるが、こういった細やかな設計はササキの助言あってのもの、果たしてその役割が十全に機能していること確認して、ロゼッタはものは試しと最初に追従の指令を発する。


「私について来なさい」


 二体のゴーレムが同時に頭を動かし、ロゼッタを視認する動作をしたのを見て、ロゼッタは数歩ほど歩いてみる。


「「おお~」」


 二体が問題なくロゼッタにつき従って移動を始めたことで、二人は感嘆の声を上げる。ササキもその様子に満足そうにうなずいた。


『そっちはどう~?』


 ロゼッタとアキの頭に、カオリの声が直接響く。


『ゴーレムの作成は終了しましたカオリ様、動作確認はこれより行いますが、何かご指示はございますか?』

『採石場の掘削のために作ったのだし、このまま掘削をさせてみるのはどうかしら? 場所の当たりはつけているのでしょう?』


 ロゼッタの提案にカオリは数瞬考え、すぐにその提案を受け入れた。堀の掘削作業の監督を職長のステファンに任せ、カオリと三人はギルドホームへ移動する。


「○ンダと○像だぁ~」

「やはり言ったな……」

「「?」」


 一足先にホームに到着していたカオリは、三人に追従して来た二体の大小のゴーレムを見るなりそう言った。

 ササキは呆れ、ロゼッタとアキはカオリが時折意味不明な発言をすることには慣れて来ていたので、不思議に思いつつも深く追求することはしない。

「掘削場所はここの真正面かな、方角で言えば北で、道具も持って来たからさっそくやってみよっか~」

 アキが二体に掘削の細かな手順を命じ、ゴーレム達は掘削を開始する。高さは二メートル弱、横幅は三メートルで掘り進み、必要とあれば拡張する予定である。

 しばらくはその動作を眺めていた四人であるが、いつまでも立ったまま見詰め続けるのもどうかと思い、一同は腰を降ろす。


「祠を採石場に選ぶとは考えたなカオリ君」

「どういう意味でしょう?」


 ササキの言に疑問でかえすカオリ。


「祠は魔法によって外部からの攻撃や破壊が不可能だが、内部から広げる分には余り制約を受けない、後に拡張を設定さえすれば、自動修復が働くこともない」

「自動修復をそのままにしていたらどうなるんですか?」


 もし、掘っても掘っても修復してしまうのであれば、資材を無限に採掘出来るのではと考えたが、それでは避難路の開通が出来ないのだからそれはそれで問題であるので、カオリは難しい顔になる。


「施設や設備の修復には、魔金貨が勝手に消費されるので注意が必要だ。具体的な数字を言うのであれば、一立方メートルの壁の修復に対して魔金貨が一枚消費されるが、石材や鉱石であれば値段は十数倍にも跳ね上がるので気を付けるように」

「うぇ! 土の壁を直すだけなのにそんなに? 今まで魔金貨を手に入れるのにどれだけ苦労したか、やばいやばい、今度設備の相場をちゃんと調べておかなきゃ、間違って壊しちゃったりしたら、修復費がとんでもないことにっ!」


 難しい顔から一転して青くなるカオリに、ササキは昔を懐かしむような視線を送る。無論兜で外からは見えはしないが、初期の資金難に喘いだのは、彼であっても登竜門であったことだろう。


「作業効率を上げるのであれば、やはり一人は監督者をおくのが賢明ですね。後には切り出した石材の搬出のために、シキオオカミを出入りさせる必要もありましょう」


 話題転換のためか、アキがゴーレム達に視線を送りながら、今後のゴーレム運用についての発言をする。


「この祠ってやっぱり神聖な場所だし、私達以外の出入りを比較的制限しているのだから、私達の中から誰か一人が担当すべきでしょうね……、私達がいない間はどうしましょう?」

「それそうだけど、採掘ってすっごく危険な作業だよね? なんか引火性のガスが出たり、埃で粉塵爆発したり、崩落したり、酸欠になったり、そういう知識と対策ってどうしよう?」


 カオリの指摘に唸る娘達に、ササキが提案する。


「そこは我々大人を頼るべきだ。私とオンドール殿であれば、多少の知識も対応策も持ち合わせていよう、引火を防ぐための魔導灯や換気や吸気機構の用立てに資金が必要なので、後に品目を書いて対処法と共に資料を残しておこう」

「「ありがとうございますっ」」




 夜になりそれぞれの持ち場から持ち帰った報告を出し合うため、また作成したゴーレムのお披露目を兼ねて、関係者全員を集合住宅の広間に召集した。


 集合住宅の玄関先に直立不動で待機させたゴーレムを、集まった面々は物珍しげ観察していく、特に元村人の住民達は初めて見るゴーレムに恐る恐るといった様子で、一歩離れた距離から見るに留めているが、逆に冒険者達は特に脅威を感じないのか、押したり叩いたりと遠慮がない。

 実際に討伐対象として見るならば、良く言っても鉄級に該当するであろう耐久力であれば、この村の冒険者であれば破壊するのも容易いと分かれば、元村人達も安心した様子である。


「今日だけで十本以上は抜いたね。この調子なら開通も一月あれば十分に終えられるさね。今の内に地均しの道具を揃えた方が無難だと思うんだが、予算の見積もりはそっちに任せるよ」


 順調な様子の伐採伐根作業。


「すごいですね。乾燥させるために一時保管所への移動は?」

「移動と枝払いだけはしてあるけど、樹皮も製材も乾燥待ちだから、雨季が明けたら大忙しさね。人員の配分には気をつけておくれよ」


 アイリーンの報告を記録しておくカオリに、次いでステファンからの報告が続く、掘削作業は初動が順調だったこともあり、後数日で完了するとのことと受け、仕上げの詳細についての打ち合わせが必要と記録する。


「ゴーレムの運用についてはどうかな?」


 アデルが玄関先に視線を送りながらカオリに質問をする。


「それは私から報告します」


 アキがカオリに代わり発言する。


「まだ土の地層の除去の段階ですが、休息の必要なく作業出来ますので、じきに岩石層に辿りつくでしょう、ただどのような大きさで切り出すべきか、切り出した後の加工はどうするか、そもそも切り出しに必要な工具類が何か、私では判断出来ませんので、ご助言いただきたいです」

「こんなに作業を同時進行してもよ、全体の進捗に問題が起きねぇのも、一重にアキちゃんのシキオオカミのおかげだなっ! その上ゴーレムだってんだから、大したもんだぜ」


 レオルドが大きな声で称賛を贈る。カオリが周りを見渡せば、他の面々も同様の感想を持っているようで、皆その表情に喜色を浮かべていた。

 人員と物資の不足もなく、魔法による労力の軽減も着実に進んでいるこの村は、現状で非常に恵まれている。野盗騒動以降で村に直接的な危機が迫ることもなく、無事に開拓に着手することも出来た。

 雨季が明ければ元村長達が帰って来るのだ。このまま無事に彼らを迎えて、より一層の活気に満ちることを、カオリは願うばかりである。




 だがこの世界は、それほど生易しいものではない。




 夜の会合を終え、翌日の朝にカオリ達は一旦家に集まり、とりとめのない会話に花を咲かせていた。

「堀の掘削が終われば、次は水路の掘削に着手するのかい?」


 力仕事はお手ものとばかりに、アイリーンは自身が関与するであろう今後の事業について、カオリに質問を投げかける。


「そうですね。石材が安定供給出来れば、水門の建設に着手出来るし、今の内に縄張りをしておくべきかな?」


 上下水道の敷設の先に見るのは、潤沢な水資源による水道設備と、なによりも毎日のお風呂である。こればかりは日本人として、いや一人の乙女として、譲れない一線である。現状でも薪燃料を惜しみなく消費し、湯浴みは頻繁に行っているが、やはり熱い湯に肩まで浸かるあの極楽を味わえないのは、着実にカオリのストレスとなっている。


「水路を通した後の、川の水量についての予測は出来てるんでしょうけど、実際どれぐらいの水を確保する予定なの? それによっては水路の大きさが変わって来るのでしょう?」


 未だ計画段階であったことで、カオリはオンドールと行った測量と敷設計画についての詳細を、ロゼッタ達に話したことはなかったが、具体的な資料を描いていないこともあり、少し返答に困ってしまう。


「一応引きこんだ水は、上水と下水に浄化槽を設けて、綺麗にしてから主流に合流させるつもりだけど、やっぱり問題ってあるかなぁ?」

「河川工事はいつの時代どこの土地でも問題が多いものよ、領主貴族達にとって、上流を治める領主の顔色は気にしなきゃいけないし、場合によっては王家が介入して、河川の領有だけは王家所有にすることもあるんだもの、水質は当然だけど、水量が僅かでも変われば、下流の農耕地や水運業は少なくない被害が出るわ」


 現状カオリ達の村は、どの国家、どの勢力にも属さず、支援も庇護も受けていない、そんな状況で水資源を巡って近隣の領地や都市と問題を起こせば、最悪武力衝突にも発展しかねない、ロゼッタが懸念するのも当然で、カオリ達が今後に、慎重に慎重をきすのも当然と云える。


「カオリお姉ちゃん、下流まで開拓工事をするの?」

「ん? そうだけど、何か問題があるの?」


 アンリがおもむろに質問をする。いや恐る恐ると云った方がいいのか、その声には不安が感じ取れる。


「雨季の終わりごろになると、アンスル川を渡った南のハイゼル平原に、沢山のアンデッドが現れるの、だいたいは川を渡って来ることはないんだけど、時折こっち側にも近付いてくることもあって、危ないから雨季は川に近付いちゃ駄目だって教えられてて」

「アンデッド……、確かそこって、毎年帝国と王国とで戦いがあった場所だよね? どうして今まで放置してるの?」


 まさかここへ来て、目と鼻の先に問題を抱えていたことが判明するとは思わず、流石のカオリも不満が言葉に乗ってしまう。「いやゴメンねアンリ」とすぐに謝って、カオリはロゼッタに視線を送る。この中で一番世情に詳しいのは彼女であるので、何か知っていればと思ったからだ。


 アンデッドが出現すること自体は、この世界に召喚されて、アンリ達と出会って間もない時に話には聞いていたが、具体的に危険があるとまでは聞いておらず、また時期によって大量発生することなど初耳であった。


「そういえば……、戦いが行われるのは毎年、散華の月か穂抱の月だったわね。収穫期を狙って国力を削ぐ狙いがあるのだと解釈していたけど、この時期を避ける目的もあったのかしら? ――アンデッドの発生は……初耳よ」

「雨季に入ればあの辺りは湿原になっちまうからね。騎馬を上手く展開出来ないし、陣の設営も出来なくなるしで、好き好んでこの時期に戦争したがる奴は居ないさね。――つまり、誰も知らないってことだね」


 二人からは有力な情報が得られなかったことで、この件は一旦保留となる。仕方ないのでカオリは自身の目で確かめる必要があるかと考えたところで、あの魔道具の存在を思い出す。


「あ、そういえばアキ、【遠見の鏡】って今持ってる?」

「はい、常に携帯しております」


 アキは【―時空の宝物庫(アイテム・ボックス)―】から遠見の魔道具を引っ張り出す。【遠見の鏡】とは名前がないので仮につけた名であるが、もうそれで通じるので最近はそれで通していた。


「危ないなら、遠くから見ちゃえばいいんじゃん」


 起動するために結構な魔力を消費する魔道具であるため、頻繁には使用出来ないが、ここには幸い導士のロゼッタとアキが居るので、魔力の補充の心配はない、遠見の範囲が分かっているのなら、それほど広範囲を見る必要もないだろうと、カオリは軽い気持ちでアキの掲げる【遠見の鏡】を覗き込む。


 映し出されたのは小雨の降るハイゼル平原の風景、今は降り続く雨の影響で湿原となり、あちこちに水溜りの出来た光景が広がっているために、日本の田園風景を知るカオリには、どこか懐かしさすら感じる風情がある。


「は~、こいつはすごい魔道具さね。戦場でこれ一つあれば、戦局をひっくり返せるだろうね。ササキの旦那がどこの国にも加担しないのも納得さね。これは個人には過ぎた力だよ」


 オンドールも以前に同様のことを言っていたのは記憶に新しい、強力な魔術を操る魔導士などは、戦時平時に問わず。常に他国の間者から身を守らねばならないことは多い、たった一つの要因で戦局を左右する存在は、敵にとっても味方にとっても手に余るのが世の常であるのだから。

 カオリは逸れた思考を脇に追いやり、再び観察を続けるが、目標となる存在は労せずして見付かった。


「うっわ……、これ結構いるじゃん」


 湿原で見付けたのはアンリの言った通り、アンデッド達の姿であった。死霊騒動のおりに嫌と云うほどに相対した。スカル系の魔物に加え、腐肉を纏うゾンビ系の姿もちらほらと見受けられる。


「ざっと見ただけで百は下らないわね……、あっ、待って、良く見たら水溜りにスライム系も居るわよ、これ、地上に出現するにしては異常な数だわ……」


 当てもなく彷徨う死霊達を、少女達は引きつった表情で観察していた。アンリが大人達に近付かないように言い含められていたのも納得の光景である。――だが。


「え? なにこの数……」

「「え?」」


 遅れながら後ろから覗き込んだアンリの口から、予想外な呟きが聞こえたことで、カオリ達は嫌な汗が流れるのを感じた。


「毎年これくらい出現するんじゃないの?」

「……近付いたことがないから、正直自信はないけど、遠くから見ていた時でも、こんなに多いようには見えなかったから……」


 不穏でしかないアンリの回答を受けて、カオリは観念したように溜息を吐いた。考えられる可能性は一つ、近年に頻発する魔物の異常発生の類であることだ。

 そして、ここまでくればカオリに出来ることは一つしかない。




「ふむ、それで私のところに相談に来たと」


 困った時のオンドールとは、カオリ達が問題に行き詰った時の常套手段である。歴戦の古兵の知識は伊達ではない、これまでも彼に助けられて来たカオリは、今回も彼の力を当てにして真っ先に相談を持ち込んだのである。


「戦の季節が過ぎれば、東西でそれぞれの冒険者組合が、両国の要請を受けて、周辺の魔物退治の依頼を張り出していたが、ここ近年は戦がなくなった影響で貼り出されなくなったからなぁ、もしやその影響でアンデッドが増えているのかもしれん……、今にして思えば、あの死霊騒動も元をただせば、増えたアンデッドの暴走が原因だったと考えれば納得出来るな」


 打てば響くが如く明瞭な答えが反って来たことで、カオリは納得と共に胸を撫で下ろした。

 原因の分からない問題ほど困るものはない、しかし原因さえ分かれば、問題を解消するのも不可能ではない、今回の件に関して云えば、答えは実に簡単だ。


 討伐する人間が居なくなったことで、数が増えた。ただそれだけなのだから、単純に考えれば、冒険者の皆でちょっと川向こうまで魔物狩りに行けばいいだけなのだ。


「スライム系は殴り甲斐がないから面倒だけど、死霊共は遠慮なくぶっ飛ばせばいいだろ? 久々に暴れ回れるさねっ!」


 早くもヤル気を漲らせるアイリーンに、皆苦笑いで肩を竦める。


「そうだな、組合を通さない無報酬の討伐になるが、魔石が入手出来るのであれば、数が数だ。それなりの稼ぎになるだろうし、ここの冒険者にしてみれば危険も少なかろう、いい気分転換になるかもしれんし、ここは一つ皆で山狩りならぬ、野狩りとしけ込むのも一興かもしれんなぁ」


 不敵に笑うオンドールの姿に、やはり彼も一介の冒険者であることが伺える。

 村の周囲の魔物を追い払ったり、森の魔物を狩る以外で、久しく魔物と相対していない彼らにしてみれば、危険の少ない下級のアンデッドは手頃な獲物である。


 村の広場に集合した各員を前に、カオリはことの次第を簡単に説明した。後に行う水路の敷設作業のために川の下流に接近しなければならないこと、現在その付近でアンデッドの異常発生が見受けられることである。

 カオリからの説明を受けた冒険者達の反応は上々である。村での開拓業に従事し始めてはや一ヶ月、森でたまに遭遇する以外は、外出時の道中でしか魔物と遭遇しない関係上、彼らもそろそろ痺れを切らしてきた頃合いであったようだ。


「カムさんはまだ森の中だろ? 呼び戻した方がいいのか?」


 アデルが気にしたのは、元狩人冒険者のカムである。森での狩猟と測量を任せていることで、彼が村に帰って来る頻度は三~四日に一度くらいである。主に獲物と報告と交換する形で、村の物資を融通している。


「いえ、森の警戒のために、カムさんにはそのまま残ってもらいます。て言うか、いつ帰って来るのか分かりませんし」


 カオリの判断にアデルは頷く。


「戦闘員全員でかかるとして、村の防衛に問題はないか?」

「防衛にはセルゲイさん達に残ってもらいます。流石に今更裏切ることもないでしょうし、仮に逃げ出しても遠見の魔道具で捕捉出来ますし、シキオオカミで追い付けます。そろそろ留守番出来るくらいには信用してあげるべきかと」


 予てから警戒をしていた元野盗三人の叛意を、改める時期にあると判断してのカオリの発言に、オンドールも同意するにやぶさかではない、周辺に出現する魔物の戦力的にも、彼らであれば問題なく対応出来るであろうし、もっとも警戒すべき森の脅威も、すでに金級冒険者でもあるカムが警戒に当たっている。

 であれば短期間であれば冒険者が皆出払うことも、そう憂慮するほどでもないというのはもっともな意見だ。

 特に今回は近隣に発生した魔物の掃討が目的での遠征である。脅威の排除の視点でも、資金の確保のためにも、オンドールも是の姿勢である。


「ただし、ササキさんの参戦は控えてもらおうかと考えています」

「む? それは何故だね?」


 これに反応したのは意外にもササキであった。これまでであればカオリが何がしか行動を起こす場合は、事前にササキに相談や報告をするのが通例であったが、ここへ至るまでササキも初耳となる提案だったことに、【赤熱の鉄剣】の面々も驚いた。


「アンリから毎年起こることだって聞かされて、きっとこの村を発展させていくのに、今回のアンデッドの発生は長い目で備えなきゃならないものだって思ったんです。だからいつまでもササキさんの力に頼るやり方は、これからの村の運営に問題が残るんじゃないかって」


 カオリが懸念しているのは、繰り返すようだが、アンリとテムリの安全と将来の保証である。

 突然この世界に召喚されたカオリは、いつ突然帰還させられるかの不安を常に感じて来た。であれば、同じ召喚者のササキも同様の事態に遭う可能性もありえると考えられた。

 そのためカオリが目指す村の在り方としての前提条件には、カオリとササキの突発的喪失に対応出来る形が必要不可欠なのである。


 建前としては強過ぎる個人へ依存しないためであるとし、カオリがこれを基本方針として村作りをする意向であることを強調するのは、何よりも姉弟を案じるがゆえの切望である。


「これは私からの提案なのですが、帝国と王国両国の最寄りの冒険者組合に、村からの出金で討伐隊の依頼を打診し、これを年中行事としてはどうかと考えています」


 発言をしたのはロゼッタである。すでにカオリとの相談を済ませている提案ではあったが、説明を彼女に任せたのは、彼女の積極的な村の運営への姿勢を評価して、花を持たせる意味合いをカオリが感じたからである。


「これはいい案だとあたしも思うね。見る限りアンデッドは数百を超えるし、厄介なスライム系の魔物もいるさね。村の今後を考えたら、今の内に安定した安全確保の基盤を作るのは重要だろ? 守るだけじゃなくて、時には打って出ることで脅威を取り除くのは戦場の定石さね。それにね。毎年この時期に村の戦える男が出払うってのは、余所さんに隙を見せるもんさね」


 追従する形でアイリーンも肯定の姿勢を見せる。突発的な異常発生と襲撃であれば、常備防衛力の強化を行うことで対応出来ても、同時期に村の防備に穴が開くことが周辺国に露見されれば、その脆弱性を狙われるのは必然。

 戦場経験が豊かなアイリーンに、その危険を予見しての提案なのだから、皆もうなずかざるをえない説得力がある。


「それに、村の名前で依頼を出せば、冒険者組合と冒険者達に、村の良い宣伝が出来るんじゃないかって思うんです。冒険者が行き来すれば街道の安全も保てるし、村の存在を認知してもらえば、村に滞在してお金を落としてくれるかもしれませんし、行商人だって現れれば、物資の買い付けだって出来るようになります」

「……そこまで考えていたのか、驚いたな」


 将来を見据えての計画であったことに、感嘆の声を漏らす一同へ、カオリは緊張した様子で返答を待った。


「もちろん、カオリ君が良かれと思って提案したものだ。我々も長期的に見た情勢への影響を考察こそするが、基本的には是非を問うまでもなく協力するつもりだよ、ササキ殿もどうであろう?」

「ふむ、よい見地であると評価するべきでしょうな、後に我々で協議して依頼内容の精査をして、情勢に影響が出ない範囲で、余所から冒険者を引き込むことは今後必要なことでもありましょう、どの国家にも属さず、それでいて公平に周辺国へ利益を示すことが出来れば、この村の発展に大きな進歩を見込めましょう」


 冒険者が持ち帰る魔石は、国家において不可欠な資源である。自国内での供給はもちろんのことながら、国外からも魔石を得られるとなれば、実に歓迎すべき利益となり得るだろう、しかもそれが自国の予算を使わず余所からの資金で賄われるのだから、客観的に見れば濡れ手に粟である。


「じゃあ早速、両国の冒険者組合にかけ合ってみますっ!」


 自分達の提案が大人達に受け入れられたことで、カオリはすぐさま準備に取りかかった。シキオオカミでの狼車と、往復にかかる物資の準備が主である。ササキとオンドールはその間を、予想される両国への影響についての意見交換を行うことに充てる。


 それによって、それぞれの国への依頼には、それぞれの国の出身者が適任であるとの意見から、ミカルド王国の王領であるエイマン城砦都市にはロゼッタとオンドールが向かい、ナバンアルド帝国の領であるモーリン交易都市へはアイリーンとササキが向かうこととなった。カオリとアキやアデル達は、その間川を渡る方法を考え、必要とあれば簡易的な橋を渡すことも検討した。


 川幅は最大で六十メートルで水深は二メートル強、それが東西に分岐することで川の流れが比較的緩やかになる東側が、村からもっとも近く安全に渡ることの出来る地点となる。

 丸太を三メートルほどに裁断し、片側先端を削って尖らせれば、簡単な杭となる。これをレオルドの怪力を持って川底に突き立て柱とする。肩幅で二本を並べて打ち込み、それを等間隔に打ち込んでゆけば、後はその柱に歩板を渡して縄で縛ることで、簡素な橋梁が出来上がる。


「この季節の増水でも倒れないなら強度は十分だろう」

「いずれこれも石造りの丈夫なものにしたいですねぇ」


 男衆四人がかりでの突貫工事であったが、かかった日数は三日となる。ロゼッタとアイリーンからの定期連絡では、翌日には村へ冒険者を連れて戻ることが知らされていたので、何とか間に合ったことにカオリは安堵したのだが、本当に簡易的でしかない橋の出来には、満足のいくものではないことは現状諦める他ないと自分に言い聞かせるのだった。


 潤沢な石材の確保が叶った暁には、村の関連施設は是非頑強な石造りをと決意を新たにし、カオリは両名の帰還を首を長くして待っていた。

 と云うのも今回二人には、岩石層から石材を切り出すための道具類の買い付けもお願いしていたからである。


 ゴーレムによる採石場の掘削はアキの監督の下に進行させ、無事に岩石層まで掘ることが出来たのだ。今は崩落を防ぐための支保抗木の設造を行っている最中である。

 後は道具類を待って本格的な採石は、大人達との協議を重ねて万全を期してからとなる運びである。




 旅路の月、十四日の水曜日、現在カオリ達の開拓村の広場には、帝国王国両国にそれぞれ所属する冒険者達が集結していた。


「【エ・ガーデナー】の頭領を務める、ボルファーである。貴君らのお噂は予てから聞き及んでおります。以後お見知りおきを」

「【風切】のカシミールですっ。一応リーダーやってますっ!」


 それぞれの冒険者パーティーの代表者がカオリへ自己紹介をする。カオリもそれに応じて名乗る。


「依頼を受けて下さってありがとうございます。皆さんの来訪を心より歓迎します。私がこの開拓村の代表者で、【孤高の(ブレイド・ワン)】のリーダーをしています」


 双方がそれぞれの作法にて答礼し、残りのメンバーも紹介をしていく、それを見守るカオリにボルファーが歩み寄って話しかける。


「まだ年若き少女の身で、迷える民を救うべく立ち上がり、冒険者としても頭角を表し始めたとの噂を聞いて、仕事のついでの物見遊山と参ったが、想像以上に麗しきお姿に、言葉を失い申した」


 贈られた美辞麗句の言葉に、カオリは曖昧な笑みでかえす。


(濃い人が来たなぁ~)


 率直な内心を隠しつつ、カオリは居住まいを正して向き直る。


「ボルファー様も冒険者とは似つかわしくない出で立ちでいらっしゃいます。私はてっきりどこかの騎士様が駆け付けて下さったのかと思いました」


 カオリなりの精一杯の社交辞令だ。無礼者には礼を欠いて、礼節を重んじるものは敬意を持って応えるのが、カオリの自身に定めた対人関係における基準である。

 これに気を良くしたのか、ボルファーは饒舌に舌を転がし始める。濃い金髪に少し焼けた肌、瞳の色は灰茶色ではあるが全体的には、帝国市民の大多数を占めるハイド人の特徴を持っている。


 アイリーンの云うところによると、現代に純血のハイド人は残っておらず。ある意味で真のハイド人にもっとも近い血統を持つのは、自分のようなアラルド人だけなのだと云う。カオリ自身は人種の貴賎や分別を重要に感じてはいないが、多様な人種が入り混じる村の今後を思えば、多少留意する必要もあるだろうと注意している。


 目の前のボルファーにしても、態度は慇懃で、装いも騎士装備に見えることから、帝国市民であることを誇りに思う人種であることを察して、カオリも発言には気を付けることとする。

 次にカシミールと向き合って改めて自己紹介をする。カオリより少し高い身長と、引き締まった身体を革鎧で固めた装いは、冒険者によく見る軽戦士風だ。両腰には短剣と曲刀を佩いている。


 戦闘スタイルはカオリと同じ回避に重点をおいたものであると見積もる。声や背格好から恐らく男性であると予想するが、目深に被った革帽子が影を作り、顔立ちは判然としなかった。


「……実はちょっと、最初に言っておきたいことがあります」


 だがカシミールがおもむろに革帽子を脱いで見せたことで、予想外な展開となる。


「おおっ! 獣耳だっ」


 カシミールの栗色の頭髪から伸びるのは、犬科のような動物の耳であった。アキ以外で初めて見る亜人種に、カオリは若干興奮してその耳を凝視する。

 カシミールの後ろを見れば、他二人の仲間もそれぞれかぶりものを取り、頭上の獣耳を晒していた。亜人種が寄り集まったパーティーのようだが、こういったパーティーは王国には比較的存在し、日頃は特徴を隠しているために気付かれ難く、カオリも気付かずにすれ違ったことはわりとあったと、後にアキが教えてくれた。


「組合の人が、【孤高の剣】には亜人の仲間もいて、亜人に対する偏見もないから、是非仲良くしておけって……、よければこれからも、よろしくお願いしますっ!」


 帝国ほどではないが、王国でも亜人種に対する差別は確かにある。冒険者であればただ亜人というだけで、依頼を請けられないといった事態も往々にして在り得た。

 だがその点においてはカオリは今までの冒険者稼業で、アキを連れていたことによる不都合を感じたことはない、これはカオリが特に選民意識が強い支配階級と関わってこなかったのが理由にあるが、この場合にカシミールが望む関係とは、合同依頼においての連帯や物資の分配、または情報の共有の面での協力関係であろう。


「こちらこそお願いします。折角なので私の仲間も紹介しますね」


 にこやかに応じるカオリは、少し離れた位置でシキオオカミからの積荷の荷降ろしと品目の確認を行っていたアキに声をかける。


「どうされましたかカオリ様」

「こちらが今回の依頼を請けて下さった。【風切】のカシミールさんで、組合から仲介してもらったらしいんだって」


 カオリの簡単な紹介により、アキはカシミールに視線を向ける。


「ああそういことですか、……カオリ様の従者のアキと申します。主の要請に応じて下さったこと、主共々感謝を申し上げると共に、今後も有益な関係を築けますよう、どうぞよしなにお願いたします」


 大仰な言葉を並べ立て、毅然とした態度で対峙するアキの姿に首をかしげるカオリであるが、何がアキの琴線に触れたのか分からないため、この場で追及することは止めておく。

 組合側から紹介を受けて依頼を請けたというのであれば、考えられる可能性は一つ、冒険者組合がカオリを通して、ササキとの関係を強化する意図があることだろう。


 またカオリがアキという亜人種を連れていることから、【風切】達亜人パーティーを快く受け入れてくれるだろうという打算が透けて見える。

 それらを意識したあからさまな組合の意図を、アキは即座に見破ったわけだが、それをわざわざ言及する必要はないとアキは判断したのだった。


「はっ、はひぃ!」


 対するカシミールは驚愕から一転、顔を真っ赤にして尻すぼんだ。この反応にカオリはすぐさま合点がゆく。


(ほっほ~う、事情が変わったな)


 一応乙女を標榜するカオリが鋭敏に感じ取ったのは、青年カシミールのあからさまな態度に現れた。淡い想いの欠片である。

 この世界に召喚されてからはや数カ月、多忙にまかせてついぞそういった情事から遠ざかっていたために、カオリは不粋と承知しつつも、堪え切れずに野暮を差し挟んでしまう。


「カシミールさん、私はアキ以外の亜人種を知らないんですが、貴方から見てアキはどう見えますか? 私個人の印象としては、すごく美人で器量良しの女の子に思えるんですけど……」

「カオリ様! まさかそのように思って下さっているなんて、勿体なきお言葉っ、このアキ、一層の奉仕に努めることを誓いますっ!」


(ええい! お主に言ったのではなーい!)


 過剰に反応したアキをやや強引に無視して、カオリはカシミール青年に返答を笑顔でもって強いる。


「いや、えっと……、こんな綺麗な同族を初めて見て、えっと」


(初のう初のうっ!)


 下品な笑みを浮かべて、カオリは内心で興奮を覚えた。


「でも、亜人と伺ってましたが、ア、アキさんは純血の方なんですね」

「ん? 純血?」


 カシミールの言葉に、カオリは疑問符を浮かべる。隣でアキも怪訝な表情をしている。


「ア、アキさんは俺達と違って、全身に体毛を有してるし、顔立ちも特徴的だから、てっきり純血で、もしかして王族の血を引いていたりしますか?」


 カオリとアキは、二人揃って首をかしげる。この世界に来て初めての情報である。

 後に詳しい話を聞かせてもらう約束をして、この話題はここで一旦区切る。

 そしていつまでもじゃれ合っているわけにもいかず、カオリは依頼の詳細説明と、村での彼らの宿泊場所の案内を務める。


「開拓途上の村には不釣り合いな、立派な建物ですな」


 村での宿泊のために集合住宅の二部屋を貸し出し、与えられた部屋を一望したボルファーのこぼした言葉を、カオリは笑顔で受け止める。


「これからこの村はもっともっと大きくなるんです。冒険者だけじゃなくて、商人や旅人だって通るかもしれないし、まず移住希望者の一時的な仮住まいも必要ですからね」

「オンドールさんからも聞きましたが、……ここって王国と帝国の緩衝地帯ですよね? なんと言えばいいのか、大丈夫なんですか? 帝国人も王国人も居る上に、……亜人種のアキさんもいらっしゃいますし」


 カシミールが難しい表情で言う疑問に、カオリはこともなげに応える。


「私はこの大陸の出身じゃないですからね。国籍も種族もたいして重要に感じてません、それとパーティーには両国の貴族令嬢が参加してますから、もし問題があるようなら、彼女達からなにかしらの助言があるはずなので、まあ、なんとかなるでしょう」


 カシミールの呆気にとられた顔と、ボルファーの引き攣った表情も気にせずに、カオリは歩を進める。


「私は生粋の帝国人であり、敬虔な大六神教徒だ。同族であるロランドやレイドなどは、敵国なれど共存の道を模索するのは大義あることと考えている。だが亜人種の多くは六魔将を神と崇める。……邪教徒だ。決して相容れぬ」

「俺は邪教徒なんかじゃない! れっきとした王国人だっ。それに共存なんてどの口でっ。いつも戦争を仕掛けてきたのは帝国の方じゃないか!」

「多くはと言っただろ、全ての亜人種を否定しているわけじゃない、それにどちらが先に仕掛けたかについては、見解の相違だな、百年もの長きに渡り、原因と発端など曖昧になり、両国とも戦争に依存した繁栄を謳歌したのであれば同罪である」

「あーそういう討論はまたの機会にしてくだいさいね~」


 愛国心や民族意識に頓着のないカオリであるが、さすがにこれから共に仕事をお願いする立場上、目の前で繰り広げられる対立を見過ごすことも出来ず。やむなく仲裁を挟む。

 あえて両国から冒険者を雇った理由は前述の通りであるが、意義を見出しているのはあくまでカオリ達だけであり、とうの冒険者達から見れば、迷惑極まりない雇い主に映るだろうとは予想していた。

 問題を棚上げするカオリの接し方が吉と出るか凶と出るかは、後の経過を観察する他ないと諦める。




 翌日の朝、カオリ達【孤高の剣】とボルファーの【エ・ガーデナー】、カシミールの【風切】の三つのパーティーは、村を出て南下し、川を渡ったハイゼル平原南部に足をかけた。

 間もなく雨季も明ける暦であるが、最後の駄目押しと云わんばかりに、雨足が空と大地に冷たい雫を零している。


「身体を冷やさないように、仮の拠点を作ります。火も絶やさないように注意しますので、もしもの場合はここへ戻って来てください」


 拠点作成を担うのはカオリ達、資材や物資も狼車で一息で運搬することで準備は万端である。ちなみに【赤熱の鉄剣】は村の防衛と後詰のために、午前中は村に待機することとなった。


「低位のポーションをお渡しします。一人一つとなりますが、緊急時は追加でお渡ししますので、なによりも安全を優先してください、では【エ・ガーデナー】は東へ、【風切】は西に向かってください」


 双方が同意し、カオリ達は探索を開始する。


「あたし達は戦わないのかい? 折角来たのにつまんないねぇ」


 一度の掃討でアンデッドを狩り尽くすことが出来ない以上、季節毎に討伐隊を送り込む必要がある。

 今回の依頼はその先駆けとなる試験的な試みであるため、カオリ達が積極的に動く事は目的に反する。


 今回カオリ達が学ぶべきことは、関係者以外の他者の手を借りて、大規模な事態の解決に向けた人員の采配である。

 村の開拓と共に運営を担うカオリ達には、今後必須の経験であると云われた以上、カオリはその意見を尊守するつもりである。


「ん~ん、【遠見の鏡】でもっと広い探索をして、気になるところにアイリーンさんを派遣したいと思います。その時はロゼも同行してほしいな」

「むう、分かったわ、帝国と王国を代表する貴族の私達が、そもそも積極的に協力しないと、示しが付かないものね」


 カオリの満面の笑みに、意図を正しく理解したロゼッタは溜息を洩らす。ロゼッタとて意味もなくアイリーンを嫌っているわけではない、いやむしろその粗野だが人間味のある彼女の性分は、憎からず思い初めてもいた。ただ自分との実力差を感じるゆえに引け目を感じ、素直に振る舞えないのが本音である。


「そうかいそうかい、遊撃隊ってなら飛びきり獲物の多いところに頼むよ、調査はロゼに頼むさね」


 建築には使い辛い細い木材を紐で組み合わせ、幌を被せれば簡易の雨避けとなり、簡易の釜戸を用意すれば仮拠点の完成である。後は周囲に馬防柵を随時追加してゆき防御力を高めれば、仮に群れの追撃を受けて後退する場合でも、ある程度安全は確保出来るだろうと画策した結果である。


 こういった冒険者らしからぬ用意周到さは、オンドールが過去の合同依頼の経験から、あったらいいなと感じたがゆえの対策である。地道な対応と支援こそが、冒険者達からの信用を得るための最良の方法であると、カオリは教わったのである。


 拠点が完成すればさっそく【遠見の鏡】での偵察と観察を始める。まず見るのは各パーティーの様子である。連携と各員の実力を見極めるが目的だ。


「カシミール殿が短剣と曲刀の二刀流の軽戦士で、後は盾持ちの壁役、短槍の中距離戦士、槌を持った方は荷物が多いようなので、恐らく物資要員なのでしょう、なかなか均整の取れたパーティーですね」


 【風切】の様子を見たアキの感想である。一方ボルファー達【エ・ガーデナー】の方はアイリーンが言及する。


「冒険者にしては随分装備が整った連中さね。前衛二人が大盾、ボルファーが中盾と槌と鎚を使い分ける遊撃だけど、それでも重装備なのは変わらないね。一人だけ比較的軽装で、クロスボウが使えるからまあ無難な布陣だねぇ」


 ふむふむとうなずくカオリに、だがアイリーンはただねぇ、と補足説明を加える。


「あたしがバンデルの娘って気付いてからは、ちょいと小うるさい堅物って印象さね。神殿騎士に憧れがあるんだろうが、連携に柔軟さが足りないね。防御力に重点をおき過ぎた陣形で、そこらの魔物相手でも随分時間をかけるからまどろっこしくてしょうがないさね」


 そこへロゼッタも発言する。


「【風切】の皆さんも一見バランスが取れてるようだけど、正直守りが薄く感じたわ、盾役が一人な上に、敵を牽制する動きに慣れてないように見えて、一人一人が孤立しがちかしら、私が魔導士で後衛だから尚更そう見えたっていうのもあるけど……」


 ロゼッタ自身はまだ経験の浅い下級冒険者であるが、カオリ達と冒険者稼業を始め、さらに【赤熱の鉄剣】の教えを基本に学んでいるのだ。またここ最近はアイリーンの加入により、鉄壁の壁役に守られることで、安定した活躍の機会に恵まれている。そんな彼女なればこそ、比較的新人である【風切】の布陣の欠点にも気付く事が出来たのだろう。


 そんなことを言っている間に、双方共にアンデッドと接敵し、静かに戦闘が開始された。

 三人が言った通りの連携で、二つのパーティーは討伐数を稼いでゆく、おもしろいことに、防御に重点をおく【エ・ガーデナー】と攻撃に重点をおく【風切】の討伐数は横這いで差がなかった。


 ボルファーは手数に劣るが、堅固で安定した戦闘を繰り返し、一方のカシミールは時折突出して危険が迫ると大きく後退を余儀なくされ、そのたびに体制を整える必要に迫られていた。

 スケルトンソルジャーの朽ちた直剣の大げさな振り下ろしまで、馬鹿正直に盾で受けてから、反撃を試みるボルファー達の戦い方も、個々で一体を相手取り、後方からの増援に押し返されるカシミールの拙さにやきもきするカオリ達は、いつしかスポーツ観戦をする観客のごとく、熱を込めてその光景を観戦していた。


「ああっ、どうしてそこでとどめを刺さないの? それにどうせやり過ごすなら隣に加勢して確実に一体を仕留めなきゃ~」

「だあぁっ! まどろっこしいねっ、右手のハルバートは飾りかい、リーチがあるなら間合いに入ったところで叩き潰せばいいさねっ――があっ、また後退したよ、そこは自慢の盾で押し返せばいいんだよっ」

「未熟者っ、あれくらい躱せずしてどうするのです。短槍は手元で取り回しが効くのですから、足運びが囚われることなどありませんっ、上体を獲物と一体として――ああこらっ、死体相手に突いてどうするのですかっ!」

「淑やかさの欠片もないわね貴女達……」


 野球中継中に野次を飛ばすおっさんと化した三人娘を見て、ロゼッタは呆れてそう呟く。

 そしてこの時カオリは考えていた。


(まさか巷の鉄~銀級冒険者がこの程度のレベルだったなんて……、実力を数で補う方法で対策をしていたら、一人あたりの取り分なんて知れてるんだろうなぁ、これは冒険者の戦力をあてにするんじゃなくて、逆に私達の村の有用性を知ってもらって、力をつけてもらって信用を得る方向にした方がいいかな?)


 カオリが唐突に立ち上がり、三人を見下ろす。


「アキはカシミールさんのところに、アイリーンさんはボルファーさんのところに加勢、【孤高の剣】の実力を示してっ」

「はいっ、カオリ様っ!」

「よしきた! 任せな!」


 駆け出してあっという間に離れた二人を見送り、カオリは憤懣やるかたなしと腰を降ろす。そんなカオリを見詰めつつ、仕方なくあらかじめ用意していた湯で紅茶を淹れるロゼッタは、香りと味を確かめ、木杯に移してそれをカオリに手渡した。


「はいカオリ、落ち着くわよ」

「あ、ごめんロゼ――ん、おいしい」


 貴族令嬢の教養として身に付けたロゼッタの腕前はたしかなもので、淹れられた紅茶の風味は雨濡れる古戦場であっても、上等な質でもってカオリの鼻腔を慰めた。

 そこからの双方の戦闘は劇的であった。


 防御など無視したアイリーンの猛攻にボルファーは慌ててついてゆき、アキの叱責と共に繰る流麗な薙刀裁きにカシミール達は呆気にとられるばかりだ。

 脆く非力な死体達を、文字通り全身を振りまわして叩き斬り殴り潰すアイリーンはまさに動く要塞の如し。


 薙刀をまるで手足のように操り、斬撃と殴打でもって流れるように仕留めるアキは、むしろ彼女をこそ【風切】の名を体現する動きをカシミール達に見せ付けた。

 そうして二刻ほど戦った双方は早くも疲労を滲ませて拠点へ戻って来た。足元を泥だらけに汚し、返り血も浴びた皆は、むしろ汚れを落とそうと雨に打たれ、水気を拭って釜戸の火を移した焚き火で身体を乾かす。


 食事にはまだ早い時間帯のため、簡単な軽食とスープを拵えて一同に振る舞うカオリとロゼッタ、アイリーンとアキは見張りのために外へ出ているので、後に交代となる。

 そのひとときに彼らの口から語られる会話は、言わずもがな二人の娘の勇猛ぶりであった。本人が席を外しているため、彼らの口も滑らかである。


「あれがかの勇猛な【鉄血のバンデル】の力とは、帝国の精強なる騎士団や軍の気性の根源たるは、かのバンデル家にて受け継がれたアラルド人の血にこそあるな」

「なんの、我らとて帝国民の、ひいてはアラルド人の末裔なれば、かの御仁に劣らぬ実力を引き出せるはず、いやはやまさかここへきて己の可能性を見出せるとは思わなんだ」


 アイリーンの勇猛に振い立つボルファー一行。


「なんて綺麗で……、なんて強いんだ。まるで舞のような戦い方だった。ただ剣を振りまわしていただけの自分が恥ずかしくなる」

「亜人って身体能力にまかせて暴れ回るイメージだったけど、俺考えが変わったわ、洗礼された技術は能力を上回るんだなぁ」


 それらの会話に聞き耳を立てていたカオリは、自分の思惑通りにことが運んだことに満足した。火力を出し惜しむボルファーには攻撃力のなんたるかを示し、技術と連携に難があるカシミール達には戦場の主導権と決定力の重要性を示した。

 また双方の民族意識を上手く向上させることで、カオリ達への信頼の構築にも繋げ、いざという時の連帯感を強化することも出来る。


 雇った冒険者に依存するのではなく、自力での力を示しつつ、村にまつわる依頼を請けることへの利益を示すことも出来るのだ。

 カオリ達の依頼を請ければ、安全かつ十分な稼ぎになると理解されれば、村へ関わろうとする人民も増えるだろうと。


「こちらが危ないと判断したら、適時増援を送るので安心してください、昼を過ぎれば当方の銀級冒険者パーティーの【赤熱の鉄剣】も参戦しますので、それまでの辛抱です」


 各員から感嘆と安堵の声が漏れると同時に、了承の号令が挙がる。疲労はあっても気力は十分と意気込む冒険者達にカオリは満足げな笑顔を向けて送り出す。

 次は範囲を南東と南西にそれぞれ範囲を広げての探索である。湿原は南に下るほどに盆地型となっており、水捌けの悪い環境であるために水溜りが増え、非常に足場が悪くなる。今回はそれを避けるように探索を始めたため、冒険者達にとっての本番は午後からとなるが、カオリの【遠見の鏡】によって先行して偵察を行うことで突発的な危険に備える手筈である。


「【コールマン】が湧いてるわね。けっこう厄介よ、これは注意しておかないと冒険者達が大怪我することも在り得るわよ、スライム系の【ピートバグ】ていうのはこれね……」


 ロゼッタが組合の資料室で調べた情報から魔物の名称に当たりをつける。アキの鑑定スキルに頼り切るのではなく、あくまで情報は可能な限り自分の力で集めようとするのは、真面目な彼女らしい勤勉さである。

 かと云って、情報不足からわざわざ危険を招くのも愚かである。アキは【遠見の鏡】越しに鑑定スキルを発動する。


「【コールマン】湿地に没した死蝋が魔物化した魔物ですね。強力な魔物というわけではありませんが、破壊し損ねると身体を発火させて突貫する捨て身の攻撃に注意が必要です。【ピートバグ】はスライム系の例に漏れず打撃が効き辛く、さらには火系の魔法を加えると必要以上に炎上して、かえって危険なようですね」

「死蝋って何? 湿原なのになんでよく燃える魔物なの?」


 カオリの疑問にアキは即座に答える。


「湿原に見られる現象で、水中に没した植物当が無菌状態から炭化し、泥炭になることがあります。それと同様に動物や人の死体も、長期間没することで蝋化することを死蝋と呼びます。通常の火では引火することはありませんが、魔法の火は湿度や水気の影響を受け辛いので、恐らく魔物の内在魔力に反応して炎上するのでしょう」


 日本で生活していて触れる機会など皆無であるために、流石のカオリも知り得ない知識である。


「湿原の中央部は一年中水が溜まってるさね。開戦時はそこを避けて軍を展開するから確かさね。百年も戦争してるんだ。死蝋の百や二百ぐらい居るだろうよ、もちろんこんだけアンデッドが居るんだから、魔物化も素材に事欠かないだろうね」


 アイリーンの捕捉にカオリは苦笑いである。


「ちょっと威力偵察しようか、私とロゼとアイリーンさんの三人で、強さと対策の確立を、アキはここで他のパーティーの観察と受け入れのために残ってて」

「はいっ、カオリ様」

「腕が鳴るさねっ!」


 早速三人は立ち上がり出発する。




 そしてカオリは今回の件を持って、この世界の冒険者の重要性を、魔物の脅威がどれほどのものであるのかを、正しく理解することとなるのであった。


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