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( 開拓準備 )

 それから三日後、エイマン城砦都市にて、男爵子息の身柄引き渡しと、依頼達成による報酬、および【ケイブクイーン】の討伐報酬、重ねて素材や魔鉱石の買い取りとを済ませ、カオリはホクホク顔で金貨を数えていた。


「組合からの報酬と素材買い取り金、計金貨三十九枚に加えて、イェーガー男爵家から支払われた賠償金の金貨二十五枚を合わせて、合計金貨六十四枚となりました。過去最高額の儲けが入りましたので、雨季が明け次第、早速開拓事業に着手したいと思いますっ!」

「「おお」」


 パチパチと乾いた拍手が起こり、カオリは機嫌をよくするが、不満をあらわにロゼッタは、カオリに堪らず愚痴をこぼす。


「自家の従士を連れて坑道内を調査中に【ケイブクイーン】と遭遇して、従士を囮に命からがら脱出した後、討伐のために冒険者を雇おうとするも条件が合わずに断念、苦肉の末に、虚偽の討伐依頼で冒険者を誘い、道中の雑魚を片付けてもらいながら、最奥の間で交戦中の冒険者を【ケイブクイーン】ごと地下に埋めて、その隙に魔鉱石を採掘、――討伐依頼の失敗を理由に報酬金の支払いを拒否し、再調査を依頼、改めてゆっくり迷宮討伐依頼をかけて、私達の行方不明をうやむやにしようと企んだと――これが今回の真相だそうよ」


 ロゼッタは気だるげに話し切り、紅茶で口を湿らせる。


「あの坊やはどうなったんだい? 仮にも貴族令嬢を殺しかけたんだ。カオリもそうだが冒険者組合と貴族家を敵に回して、ただで済むとはおもえないねぇ」


 アイリーンは薄笑いの笑みで、一応と件の男爵子息の顛末を聞く。


「報告しないわけにもいかないから、冒険者組合にはロゼとアイリーンさんの名前も出して正直に話したよ、ベルナルド支部長さんは青い顔してたけど、たぶん一族からの追放と、帝国への身柄引き渡しになるだろうから、普通に考えたら処刑か犯罪奴隷になるんじゃないかって、ここの組合は帝国の冒険者組合とも提携してるから、帝国貴族の顔を立てる必要もあって、勝手に帝国人を貶めようとした犯罪者を、片方で裁けないからっていわれたよ?」


 カオリは思い出しながら、平静を装って失敗し、紅茶を盛大にこぼした支部長の顔を浮かべ、伝えられた内容を話した。


「ということはあの坊やは、一生鉱山労働行きかねぇ、鉱山経営者がただの鉱夫奴隷に堕とされるとは皮肉だね。どうりで示談金が少ないわけさね。大方両貴族家に冒険者組合への賠償金にも充てられて、残った金額があたしらに支払われたんだろうよ、今頃お父上は臨時収入で喜んでるだろうねぇ……」

「はあぁ、まさか実家に送る初めての仕送りが、命を狙われたことへの賠償金だなんて……、複雑な気分だわ」


 笑うアイリーンに、憂鬱なロゼッタの様子を、カオリは苦笑から眺めた。


「しかし、私がもっと早くから、相手の敵意を看破していれば、今までももっと余裕をもってことに当たれたものを……、自分の能力を使いこなせず、カオリ様にはご不便をおかけしたこと、誠に申し訳ありませんでしたっ! げふっ」


 立ち上がって大げさに頭を下げるアキを、カオリは手刀で黙らせ、大人しく椅子に座らせた。


「まさか敵意とか悪意まで看破出来るなんて、誰も気付かないって、常日頃出会う人全員をスキルで調べるなんて、忙しくてしょうがないよ」


 アキの破格な能力の一部に、相手と自分達との相対関係まで見破る効果があることに気付いたのは、つい最近のことであった。

 それはシキオオカミが、本当に支配下にあるのか確認したおりに気付いたのだが、まさか人間相手にも有効だとは、カオリも思わなかったのだ。アキも膨大な情報の中から、意識せずにそこを確認してこなかったため、今まで気がつかなかったのだ。


 カオリに近付くものは、また本心を隠して、明確な悪意を秘めた相手と相対したのも、実を云えば今回が初めてである。野盗にせよ魔導士組合の元組合長にせよ、すでに敵対関係にあり、明確な殺意をもって襲ってきたため、調べるまでもなかったのも理由にある。


「確かに破格なスキルだとは思うけどね。頼り過ぎると勘が鈍るだろうから、基本は自分の経験則から、敵味方の判断に慣れておいた方がいいさね。戦場で敵か味方なんて、一々気にしてられないからね。磨いておくに越したことはないよ」


 これはアイリーンの談である。至極もっともな理由だけに、カオリもアキも素直に従うことにした。


「まあ今回みたいな、背に刃物を隠した貴族とかと接する機会があるなら、備えるために事前に調べるのも有効だと思うわ、向こうとこっちとでは情報量とか、顔の広さとか、交渉力に差があるんだから、これぐらいハンデがないとやってられないわよ?」

「へぇ~、怖い世界だね」


 呑気なカオリにロゼッタはまた溜息を吐く。


「イェーガー男爵家は普通に考えれば、立て直しも出来ずに没落ね。元々領地経営も上手くいっていない上に、帝国との開戦論派の一翼ですもの、このまま和平を模索している王家からしてみれば、渡りに船のはずよ、放っておくわけがないわ」

「なんだい、そうするとますます王国と戦争をする理由がなくなるのかい? つまらないねぇ、うちも皇家が亜人との紛争と【北の塔の魔王】への備えに躍起だから、当分は開戦する気配がないからね。世も平和になったもんだよ」

「万年戦争中毒の帝国人が言っても説得力がないわよ、貴女ここは一応敵国の都市の、しかも王家の領土なのよ、ちょっとは発言に気をつけなさいよ……、誰かに聞かれたらどうするのよ」

「何だい心配してくれるのかい? お優しいこって」

「カオリに迷惑がかかるって言ってるのよ! 誰が貴女みたいな野蛮人の心配なんてするもんですか!」


 いい感じに暖まった組合広間の円卓で、カオリは流れを無視して今後の予定を切り出した。


「ロゼもいることだし、このまま労働者組合に行って、また開拓事業依頼をお願いしに行く? どうせ追加の食料の買い付けもしに、商人組合に行かなきゃだし、ついでに資材の注文も出来たら楽じゃないかな?」


 カオリの提案にロゼッタは慎重な意見を反す。


「でも待って、そもそもどこから手をつけるべきかの見通しが立ってないわ、そろそろ元村長さんが、元村人達を連れて帰って来るはずでしょ? もしかしたら先に住居を建てないといけなくなるわよ」

「あん? 住居の前に水路の敷設をしないと、後々面倒になるって話じゃなかったかい? 後少しすれば、外堀も掘り終わるんだから、ここは一気に上水も下水も整備した方が、生活が楽になると思うんだがねぇ」

「そう、ねえ……、それなら上流の水門に大工と石工を手配すれば、終わり次第住居建設に移ればいいのかしら?」

「私的には森小屋を建ててあげたいかなぁ、カムさんも採取組も、休憩と一時保管場所が出来れば、収穫量が増やせるし、増えた人口を養うにも、やっぱり早めに自給率は上げとかなきゃってさ、それに森小屋と並行して、ちょっと考えてることもあるし」


 カオリが意味深に言うと、アイリーンが喰いつく。


「へえ、カオリの考えってのは面白そうだね。どんなのだい?」

「いや、ここではちょっと言い辛いかな、人の耳があるし……」


 言い淀むカオリに、アイリーンは益々興味津々な喜色を浮かべる。だがカオリの気を察して追及は控えた。そこから銘々に計画案を出し、意見のすり合わせを行い、会話が進む。


「今回のことといい、折角手に入れた大金の使い道が、村の開拓なのといい、女性冒険者パーティーとは思えない会話ね……、普通新しい洋服とか装飾品とか、豪華な食事と、もっと女の子らしい話題があるでしょうに」


 カオリ達の会話を聞いて、思わず声をかけて来たのは、冒険者組合の女性職員のイソルダだ。受付でのもろもろの事務処理を終わらせた後、馴染のカオリ達に声をかけるべく近付いたのだが、聞こえてくるのは色気のない仕事の話ばかりである。彼女でなくとも指摘したくなるのも仕方がない。


「貴女達じゃないけど、最近北から冒険者とか商人が流れて来ているのは知ってる? なんでもオーエン公国で軍拡が進んでる影響で、冒険者の仕事が軍に取って代わられる流れになっているそうよ、それとその軍を養うための食料の買い付けに、商人が王国まで足を運んでいる影響で、エイマン城砦都市でも売りが増えているらしいわ」


 イソルダの語った内容に虚偽はない、実際にオーエン公国では突如現れた【北の塔の魔王】の脅威に備えるべく、ブレイド山脈沿いの領主達が兵を募っており、その影響が出始めたのは確かである。市場に赴けば他国の商人や行商人が多く訪れているのを、カオリも目にしていたからである。


「それと私達とどう関係が? あ、でも食料の買い付けが増えたら、値段が上がっちゃうから、今までよりお金がかかっちゃうのかぁ、嫌だなぁ……」


 カオリが心配したのは物価の高騰である。これからまさに大量の買い付けを計画していたところへの、物価高騰の情報に思わず顔をしかめた。


「まあそれもそうだけど、逆にここの冒険者組合では、軍の行き来が減ったから、冒険者の仕事が増えて、いっそ前より賑やかになって来たのよ、実際に拠点をこっちに移したパーティーもいて、その対応に追われているわ、でもあんまり増えても張り出される依頼には限りがあるし、信用がない冒険者に重要な依頼を任せられないのもあって、正直悪循環になっているのよね」


 イソルダはそう言って、溜息を吐いた後、本題に入った。


「カオリちゃん達が、新しい迷宮を発見して、討伐せずに管理を組合に任せてくれたでしょ? あれのおかげで調査とか、道中の安全確保とかで、仕事を捻出出来て本来はありがたいんだけど、如何せん信頼出来る冒険者の手が足りないのよ……」


 先のカオリ達が発見し情報を公開した坑道跡地の迷宮は、カオリ達が【迷宮武器】を放置したことで残り、カオリ達の進言もあって管理を冒険者組合に委任されることになった。

 組合にとっては貴重な蜘蛛糸の素材が確保出来るとあって、本格的に周辺の整備が計画されることとなり、濡れ手で粟とばかりに喜んだのである。


「短い期間で二つの迷宮に挑んで、問題なく対処したカオリちゃん達を組合も高く評価しててね。今回のお礼とお詫び、それと迷宮の調査に行っちゃった冒険者の代わりに、カオリちゃん達に組合が仕事の斡旋が出来ないかって、話が挙がっているのよ」

「はあ、仕事の斡旋ですか」


 冒険者に二つの種類があるという話は以前にした通り、今回のイソルダが示唆した仕事は、組合側が冒険者に対して斡旋する斥候依頼の類である。

 安定と出世を目指す冒険者であれば率先して引き受ける立場を、組合はカオリ達に任せようというのだ。通常であれば喜んで引き受ける話である。通常であれば。


「だからカオリちゃん、今ある調査依頼のいくつかを、引き受ける気はないかなぁ、安定した収入が見込めるし、近い将来重要な依頼があれば、組合も信頼出来るパーティーがいれば心強いから」

「あ、はい、お断りします」


 イソルダは口を開けたまま固まる。


「……何も即答しなくても、もうちょっと悩んでくれても」


 異常な速度で強くなるカオリに、高いレベルを保持する万能型のアキ、知識豊富で優秀な魔導士のロゼッタ、そして今や組合でも屈指の実力を持つであろう重戦士のアイリーン。

 請けた依頼は堅実にこなし、いざ迷宮に入れば斥候型の冒険者顔負けの探索力と調査能力を示し、どころか魔物も素材も根こそぎ取り尽くす殲滅力、冒険者組合にとってこれほどの有望株は滅多にお目にかかれない貴重な戦力である。


 なにより若く美しい四人娘とくれば、貴族達が噂に踊らされて真相を確かめようと、組合にそれとなく問い合わせるのも必然と云えた。


「元はと云えばさ、カオリちゃんの村に【赤熱の鉄剣】や【蟲報】がかかり切りになっているのもあるのよ? それに資金はあるに越したことないじゃない? 級規制緩和のおかげで銀級討伐依頼をパーティーで請けられるわけだし? ちょっとくらい協力してくれても……」


 組合はあわよくば、貴族との渡りもかねて、カオリ達を懐に取り込んで、ゆくゆくは貴族家御用達の上級冒険者として、カオリ達を送り込めないかと考えたのだ。


 ベルナルド支部長としては、ロゼッタの意思に触れ、異端騒動を経て以降、カオリ達には極力接触をしないように気を配っていたのだが、ことが貴族家の意向に従う王都本部からの照会とあれば逆らうわけにもいかず、仕方なく最低限の体裁と自然な流れを模索した結果、今回の誘致に至ったのであるが、比較的親しい関係を保っていたはずのイソルダの交渉をもってしても、計画は始めから頓挫してしまったのである。


「あ、はい、お断りします」


 それでもカオリはにべもなく断る。


「……理由を聞いても、いいかしら?」


 問われたカオリは椅子の背もたれに体重を預けたまま、淡々とした調子で答えてゆく。


「まず、調査依頼は私達にとって、うま味が少ない仕事であることです。魔物の規模や強さの調査のために、数日もかけて挑むくらいなら、さっさと討伐して次に行きたいので、次に開拓事業がある関係上、いざ着手すれば定期的な依頼は請けられないことかな? それと重要な仕事って貴族様に関係する依頼が多いそうじゃないですか、正直可能な限り関わりたくないからです。――ちなみにゴーシュさん達についても、送り込んで来たそちらの思惑はササキさんから聞いていて、こっちは知った上で受け入れてますので、関係は対等ですよね? 最後に級規制緩和ですが、ロゼのお父さんの指示で動いた支部長さんの後ろ暗い思惑が緩和の理由ですよね? 私達とロゼを引き離そうとしたこと、私はまだ許したつもりはありませんよ? つまり今回のお申し出については、正直デメリットしかありません、ので、謹んで、お断りさせていただきま~す」

「……ごめんなさい」

「完敗じゃないか、もうちょっと粘らないのかい?」


 カオリに言い募られて潔く負けを認めたイソルダは、俯いてアイリーンに視線を向けたが、肩を落として視線も伏せた。


「お気に入りのカオリちゃんに、これ以上嫌われたくありません、支部長も今回の件は上から言われて仕方なくだったんです。……お願いカオリちゃん、うちを嫌いにならないで!」


 カオリは優しげな笑みを、ともすれば我が子を慈しむ母を思わせる。柔和な仕草でイソルダと向き合った。


「ヤですね、嫌いになんてなりませんよ~、……好きで居続けられるかは、別として」

「うわぁああああん!」


 少女の棘と毒と氷を過剰搭載した言葉の零距離射撃によって、一人の大人の女性が泣かされたのは、しばらく組合の職員達の間で、まことしやかに噂されたことを、カオリは知らない。




 困った時のオンドール頼りとばかりに、村に帰って早々に報告と相談をかねて、カオリは達は掘削作業中のオンドールの下を訪ねた。


「名付けて、迷宮騒動といったところか? 今回も騒動に絶えない様子で安心したよ、カオリ君が騒動を解決したら、大金が舞い込むと、近頃通説になりつつあるからね。それにしても金貨六十四枚とは稼いで来たなぁ、ついに開拓事業が本格化するのかと思うと、一層気を引き締めねばな」


 土掻きの手を止め、腰よりも深い空掘りの中から、オンドールは感慨深げに腕を組む。

 アイリーン不在の間の、セルゲイ達の監督、もとい監視業務を引き継いだオンドールは、自身も道具を持って掘削作業を手伝いながら、セルゲイ達に檄を飛ばしていた。自分達よりも倍の年齢でありながら、自分達以上に作業をこなすオンドールに恐怖しつつ、真面目に作業をこなすのだった。


 といっても、掘り出した石や木の根の運搬には、シキオオカミが加わったことで、作業自体も効率的になり、ここ最近は根を上げることもなくなって来てはいた。しかしアイリーンの指導方針を踏襲したオンドールも、朝夕の軍事教練を欠かさなかったため、毎日疲労困憊になるのは変わりがないのは、鬼の所業と言わざるをえない。


「畑の再整備も終わり、早速種を植えたのでね。労働力も集中出来るだろう、ゴーシュから先触れもあり、元村長以下の帰郷も、雨季が明けてすぐとのことだ。それに合わせて物資の調達が出来れば、ここはもう立派な村になるだろう」


 オンドールが小雨に濡れた額を拭い、目を細めてカオリを見る。実際の開拓作業にカオリは結局一度も参加したことがないため、泥で汚れて汗水流す男達の様子を、どこか羨ましそうに眺めた。


 男女雇用均等法の進む現代日本ですら、土木業や建設業での女性作業員は少ないのだ。こんな中世的時代の世界で、女性が率先して開拓作業に従事することは珍しい、それこそアイリーンのような規格外の人間重機でもない限りは、男性側に変に気を遣わせると、カオリはオンドール以下略達から、実作業をやんわり止められていたのだ。


 だが実際には、監督業や帳簿の記録に各作業場の意見調整で、それなりに忙しく走り回っているので、頭を使わない肉体労働に集中出来ることを、男衆は歓迎していたため、そのことでカオリが気に病む必要はないのだとも教わった。


 何より村の開拓資金は、カオリの冒険者稼業での稼ぎにかかっているので、負担でいえば間違いなくカオリがもっとも重い重責を負っているのだから、文句のあろうはずもないのである。

 カオリが羨んだのはたんに、自らの労働によって村の姿をよりよきものに作り変える実作業を、単純におもしろそうだと感じたからに過ぎない、まるで砂場を前にした子供のような眼差しで、堀を見詰めるカオリを、オンドールは微笑ましい気持ちで見守っていた。


「よしお前達、今日はこれで終わりにしよう、私はカオリ君達と今後の打ち合わせがあるのでな、夕方の訓練も休みにして構わん、ゆっくり身体を休ませろ、後で酒も届けるからな」

「よっしゃ旦那っ! 流石、分かってるぜっ」

「マジかよ、今日は天国か?」

「最近土を掘るのが好きになって来たぜ、仕事の後の一杯は格別だからなぁ、これで冷えた身体も暖まらぁ」


 もちろんアイリーンが帰って来た以上、明日からは地獄の日々が始まるのだが、今は知らぬが仏である。


 カオリ達の自宅に集まった面子は、カオリ達パーティー四人と、姉弟を含めたオンドールの計七人である。カオリ達も旅の汚れを落とし、オンドールも着替えてから集合したため、時刻は昼過ぎである。アンリが用意した軽い食事を摘まみながら、一同はことの顛末の詳細を挟みつつ、先に四人で話し合った提案から、オンドールに意見を求めた。


「ふむ、森小屋か、たしかに有用だな、森に道を敷けば、往復も楽になり、木材も手に入ろう、提案すればレオルドが張り切りそうだしな、ただ森の木は根を掘り返さんとならんから、出来ればアイリーン嬢にはそっちの作業を手伝ってもらえると助かる。堀りの掘削作業も、余った開拓民を当てれば十分に終えられる」

「了解さね旦那、なぁに、木の一本や百本、根こそぎ引っこ抜いてやるさね」


 アイリーンは腕まくりでやる気を主張する。


「あ~あと、石材の自給のために、地下に採石場を作りたいと思っているんですが」


 カオリの提案に、オンドールは難しい顔をする。


「ぬ、それは……地質を調査しないことにはどんな石材が、どれほどの深さから、どれくらい採れるか分からんことには、本格始動は難しかろう、それに石切り技術もない我々では、安全かつ満足な採石は望めんだろうな、……何か考えがあるのかね?」

「考えってほどではないんですけど」


 カオリが考えたのは、某クラフティングゲームでよく見た。広大な地下道である。

 石材の確保のために、地下道を掘る方法は実際に存在する。集中型の大都市ともなれば、使用される石材は膨大であるため、一考の余地はあると、オンドールも検討してくれるとカオリは考えたのだ。またもう一つの考えもあったのだ。


「森小屋と地下道を結んで、緊急時の避難路に出来ないかと思ったんです。流石に軍隊に囲まれたりしたら、防衛も絶対とは言い切れないでしょうし、森なら冒険者が多い私達なら、住民を守りながら避難出来ると思って」


 カオリが常に懸念するのは村の防衛面である。雨季を超えれば元村人達が帰って来るのだ。戦えない住人が増えれば、その分護ることに人手が割かれる。しかし頑丈な壁と、もしもの時の避難を確立出来れば、村の安全はかなり軽減出来る。


「カオリの言ってた考えってのはそのことかい? そいつぁいい考えだとあたしも思うね。組合で発言を避けたのも納得さね。秘密の避難路ってことだろ?」


 アイリーンの言葉に、カオリは頷いて肯定する。


「なるほどな、そういうことなら真剣に検討すべきだろうな、実利のある話でもあることだし、これは一度ササキ殿にも聞いてみるべきか、あの方ならいい智恵を持っているやもしれんしな」


 オンドールは真剣な表情で顎をさする。




「カオリ様、オンドール殿への提案の、真の意図は何でしょう?」


 アキが前置きなくカオリに質問をする。


「んん? あ、そっか、まだ言ってなかったね」

「カオリどういうこと? 避難路の他に、まだ隠していたことがあったの?」

「あたしは何となく気付いてたけどね。やっぱりお嬢様には、こういう裏読みは品位に欠けるってかい?」

「……馬鹿にして、だから貴女もお嬢様でしょうに」


 場所は変わって現在、四人はギルドホーム広間にて顔を突き合わせていた。帝国の冒険者組合に続き、アイリーンの冒険者登録とパーティー加入の申請も終え、カオリはアイリーンを正式にギルドメンバーにするべく、ホームへ招いたのである。


「私が呼ばれた理由に関係があるようだな」


 四人の麗しき乙女に囲まれて、身動ぎ一つせず悠然と丸太に座るのはササキである。丸太であれば彼の重量でも壊れないので安心である。


「えっと、採石場の地下道を掘るのを隠れ蓑に、迷宮を人為的に作り出せないかと……、確か教会では禁忌指定されているとは聞きましたけど」


 カオリの思惑を初めて知ったロゼッタは絶句して固まるが、ササキは構わずに応える。


「技術的には可能だ。だが教会の教えを大事に思うものも居よう、ロゼッタ譲はどう考える?」


 振られたロゼッタは黙考の末にカオリを見る。


「……カオリの考えを聞かせて、カオリが無意味に教えに反する行為をするとは思えない、いつも筋の通った理由を考えてると思うから」


 まだ短いつき合いといえど、カオリの特徴を理解し始めたロゼッタは、カオリが物事に対して独自の観点から、意外にもしっかりした見識を持っていることを知っていた。なので今回も、自身の信仰よりもカオリの意見を先に聞いておきたいと考えた。


「いえ正直、冒険者組合も貴族も、教会の教えを守ってませんよね? それに禁忌指定であっても、迷宮から取れる資源や恩恵って人間社会に必要不可欠ですよね? だから思ったんですけど―― もっと迷宮の知識を深めて、迷宮に挑める冒険者を増やすべきかと」

「なるほどね。カオリの言うことはもっともだよ、この前の坑道跡の迷宮も、浅いはずなのに金級の【ケイブクイーン】が出現したしね。あれは並みの兵士や従士じゃ相手に出来ないだろうね」

「たしかにそれは、冒険者組合でも兼ねてからの懸念ではあったな、迷宮の深さと守護者や魔物の強さは必ずしも比例しない、運悪く潜った熟練冒険者が命を落とす例は少なくない、カオリ君達は例外として、本来はもっと訓練を積む必要があろう」


 黙って聞く様子のロゼッタを伺いつつ、カオリは続ける。


「闇雲に迷宮を忌避しても、迷宮が自然発生するのを止められないなら、いっそ発生から経過まで観測しつつ、冒険者の訓練場兼研究対象に、……ついでに、あわよくば、資源を採取出来ないかなぁって……」

「……」


 まだ言葉を発しないロゼッタに、広間は静寂に包まれるが、ロゼッタは意を決したように息を吸う。


「ああもう! 実利もありながら筋の通った見解にっ! 教会の教えを疑いもせずに守る私が、ただの融通の効かない頑固者に思えるじゃない、私に異論は、一応ないわ」


 ロゼッタの同意を得られたことで、カオリは破顔して話を進める。まずは人力による掘削と採石を進め、迷宮の試作は避難先の目標である。森小屋建設予定地まで掘り抜いてからということで決着する。掘削中に半端に着手すれば、要らぬ手間と混乱を招くだろうとの慎重な意見からである。

 そしてここまで話して後、アキが威勢良く挙手した。


「カオリ様、もし良ければ、ゴーレムの作成と運用を提案させていただきたく、つきましてはササキ殿に、ご意見と御教授をお願い出来ませぬか?」


 アキの唐突な申し出に、疑問符を浮かべた一同であったが、前後の会話から推察するに、アキがゴーレムを労働力に充てるつもりなのだと思い至り、納得して黙って傾聴する。

 だがここで、予想外な反応が示された。


「ほう……、ゴーレムか、ふむ、なるほどなるほど……」


 ササキの目がキラリと光るの幻視するが如し、その反応から並々ならぬ思いが込められている様子を見て、一同は意識せずして身動ぎする。


「先の迷宮探索で【ストーンゴーレム】と相対したと言っていたな? 大方魔導核を見てゴーレム作成とその利用法に興味を示したのだろうが……、アキ君の申し出について、皆がどう思うかの意見を先に聞こう」


 問う視線をカオリ達に送るササキに、カオリは先んじて発言する。


「たしかに【ストーンゴーレム】を見た時に、アキに労働力の確保に使えないかと聞きました。その時は技術的に難しいとだけ聞いて、ひとまず保留にしましたが……」


 次いでアキが応える。


「カオリ様よりご提案され、私めで実用化を検討しましたが、スキルによる式神化で代用する方法でまず考えました。しかし魔物と違って思考能力を持たない傀儡の類は、魔力による直接操作が必要のため、私めの魔力量と現在の力量から、効率的な運用は難しいと判断しました」


 ちなみにこの世界では式神という言葉は認知されていない、今こうしてアキが当たり前のように連呼しているが、ロゼッタもアイリーンも、それが根本的に何であるかを理解していないのである。

 ただカオリやアキの行動や知識、または行使する魔術が系統的に自国のものと違うものであるという認識の下、そういうものがあるのだろうと漠然と受け止めているに過ぎないのである。


 式神と傀儡。似て非なる二つの魔術の違いを挙げるなら、今ここでは、その運用方法に着目すべきだろう。

 通常、傀儡いわばゴーレムと呼ばれるものは、意思を持たない物質または人形に、一定の行動基準を何らかの方法で組み込み、魔力を注ぐことで動かす方法と、魔力を糸のように繋げ、操り人形のように動かすという二つ方法が存在する。

 どちらのゴーレムを運用するにせよ、その操縦者を【傀儡士】などと呼称するが、アキが述べた方法は、後者の直接操作の方だ。


 生物だろうが非生物だろうが、自身の魔力を同調させ、式神という絶対服従の手駒に出来る式神化は破格の能力と言えるだろう、さらに対象が生物であれば、魔導核や思考回路も不要なのだから、非常に便利な魔法である。


 だがその一方で、同調した対象物は常に一定の魔力の供給が不可欠で、さらに供給する魔力は術者本人のもの以外は適用されないため、対象物の個体と規模は限定せざるをえない。

 ゴーレムであれば必要のない時は活動を停止させておけばすむので、ただの道具として運用するのであれば、維持費という観点でみれば、ゴーレムの方が長期的には安上がりである。


 だがゴーレムを式神化したところで、思考回路を持たない傀儡では命じるだけでの運用は出来ず、また傀儡士としての技量あるいはスキルを有さないアキでは、直接操作も覚束ないのだ。アキが安易に式神化によるゴーレムの運用を否定したのはそういった理由からだ。


 さらに云えば、現状十一匹のシキオオカミを式神として行使しているため、アキの運用出来る式神の絶対数はすでに限界数に近い、そこへ重機として利用出来るような大型のゴーレムまで加えれば、アキは常に魔力が枯渇してしまう状況になってしまうからだ。


 代案を考えるならば、魔力を貯蔵出来かつ直接操作を必要としない魔導核の利用によるゴーレムの運用だが、その方法の難しさを語るのはロゼッタである。


「ゴーレムに使用される魔導核は、国家の機密にも関わる魔導工学の技術の結晶とも云われています。ただでさえ複雑な陣術をさらに精密かつ膨大に組み上げ、あまつさえ小型化させて、ゴーレムに組み込むのですから、仮に知識と方法を知っていても、それを加工して組み上げる設備がありません、それこそ王都の魔導士組合か王立魔導研究所でもないと、触れることは叶わないかと」


 その見解を補足するように、アイリーンも続く。


「軍事転用を研究している連中が、一般工業向けに提供しているゴーレムも、かなり高額だって聞くさね。傀儡士ならその身一つでゴーレムを操縦出来るんだろうけど、結局雇うのに結構な経費がかかるからね。公爵家のうちでも、ゴーレムを数体だけ購入して、使う時は傀儡士を臨時で雇うのが精一杯さね」


 主に資金面での難しさを語られれば、カオリも納得せざるをえない、経費と労力を軽減するためのゴーレム運用が、かえって資金を圧迫するのでは本末転倒である。

 だがここでガラにもなく声を弾ませるのはササキであった。


「つまり、魔力量と魔導核の加工の問題を解決出来れば、君達はゴーレムの運用を前向きに検討するということでいいのだな?」


 少し興奮した様子のササキを不思議に思いつつ、うなずいた一同を見回して満足そうにササキもうなずく。


「何を隠そう、私はゴーレムに関しては一家言持ちでな、アキ君が私を頼ったのは正解と云えるだろう」

「「おおぉ」」


 感嘆する一同は尊敬の眼差しをササキへ向ける。


「まずは魔導核の加工についてだが、これには【付術台】が必要だ。これはこの祠の神域を利用して、物体に魔術の付加を助ける力がある」

「へえ、そいつがカオリ達が言ってた。この祠の有用性ってやつかい? あの隅の錬金釜ってのも興味深いけど、付術って云えば武器とか魔石に陣を刻み込んで、魔力を通して魔術を発現する魔術だろ? 助けるってのは具体的にどういうものだい?」


 魔術に感心の薄いアイリーンであるが、強力な魔法武器の存在には心惹かれるのは戦人の性なのか、予想に反してよい反応を返す。

 ササキを相手取っても物怖じしないアイリーンに非難の目を向けるのはロゼッタであるが、付術台なるものに興味があるのも間違いなく、とりあえずは聞き流す。


「簡易的な加工魔術と、既知の陣を転写する工程を代わりに行ってくれると言えば分かりやすいだろう、つまり専門の加工職人と機材が不要、かつ各種陣の構成も自動で行ってくれる優れ物だ。今後あらゆる武具や道具への付術においても、大いに君達の助けになってくれるだろう」


 この世界にも似たものは存在する。付加装置や付呪祭壇などと呼ばれるものが、各国の重要施設に設置されているのだ。一般的に出回っているもっとも簡易的なものでは、使い捨ての絵図式のもの存在するが、これは特定の魔術にしか対応していないうえに、非常に高価な代物で、当然の如く到底平民では手が出せない。


 次に専門の加工職人だが、これもその技術は権力者によって厳重に管理、ないし軟禁状態で働かされている。例外として冒険者組合に所属する加工職人が存在する。権力者からの囲いを嫌っての後ろ盾を得る手段と思えば、冒険者組合はうってつけと云えるだろう、そして、当然としてこれも加工を依頼しようと思えば、非常に高額となる。


 ササキの話を聞いたロゼッタは、その性能に瞠目した。聞いた限りでも、王立魔導研究所の設備に加え、王家御用達の加工工房の技術力にも匹敵するからだ。


「聞くだに恐ろしいと感じます……。下手をすれば王家にも匹敵する魔導技術の運用となりますと、それだけで外部から狙われる危険を孕んでいますもの、カオリ達やササキ様がこの祠を秘匿したがるのも納得ですわ」


 ロゼッタの懸念するのは、技術力の情報の流出による収奪を狙う勢力の出現である。

 国家であれ教会であれ、飽くことなく武力と権力を求める勢力や権力者は必ず存在する。そう云った者達に目をつけられ、直接的手段に出て来られた場合をロゼッタは危惧したのである。


 カオリ達や冒険者である仲間達、そしてアンリ達村人達の生命は言わずもがな、村の存亡にも関わる大事になるのではと。


 しかし、一人の魔導士として、大いに興味が惹かれるのも本音である。

 貴族令嬢としての義務から教養と鍛錬を続け、冒険者への憧れを抱いて、魔術の道に邁進して来た身であれど、魔力という未だ解明されていない未知の力を用いて世界に干渉する技術と知識には、文字通り魔性の魅力があるとロゼッタは感じている。


 己が身一つでそれこそ奇跡を起こし、多くの人を救えるのであれば、憧憬の体現となれるのではないだろうかと、漠然としながらも、その熱を胸に感じ入るのは、一魔導士として間違った感覚ではないはずだ。


「はっ、魔術に詳しくないあたしでも、その施設が破格なのは分かるさね。いいねいいね。権力者が欲して止まない力の独占、戦いの予感をビンビンと感じるさね。カオリ達について来て正解だよ、もっぱらあたしの仕事はいざというときの対抗武力だね」


 ガンッ、と拳甲を打ち鳴らすアイリーンに、ロゼッタは呆れた顔で見る。カオリとアキに変化はない様子から、アイリーンの言動に慣れ始めた証拠だろう。


「でも新しい施設の増設に必要な魔金貨は、前回の錬金釜で粗方使い果たしましたけどどうしましょう?」


 カオリはギルドメニューを発動し閲覧しながら、表示されている魔金貨の残高を確認してそう言った。


「言っただろう? 帝国での奴隷騒動の解決を決定付けた働きに対する謝礼金を払うと、何も現行通貨での支払いだけが君達のへの資金援助ではない、どちらかといえばこちらが本命なのだからね」


 以前同様に祠の広間中央の魔法陣に革袋を供える。錬金釜同様にいくつかある種類から、もっとも低級のものを選択し、設置場所は錬金釜の隣へ。


「ほう……」

「相変わらずすごいわ」


 精緻な意匠の施された木材の台に設えられた大理石の天板には、これまた複雑だが洗練された魔法陣が描かれ、付加時に消費される魔力を供給するための魔石の装着装置は、魔力電動率の高い純金が用いられている。

 無から有を生み出すが如し現象に、感嘆するアイリーンにロゼッタの二人、そして満足そうに付術台を検分するアキ。


「そちらがよければ、このまま魔導核に関する自律思考型演算陣の基礎作成からの魔導核作成の手順を教えようと思うが……」


 ササキの提案にカオリ達は目を輝かせるが、アイリーンは一人だけ露骨に嫌そうな表情をする。


「あ~あたしはパスするさね。小難しい魔術の話は実家の授業でもサボった質でね。その間は開拓の打ち合わせでも進めておくよ」

「分かった~、よろしくねぇ~」


 早々に離脱するアイリーンに声をかけるカオリと、もはや何も言うまいと押し黙るロゼッタと、そもそもカオリ以外のことに感心が薄いアキの三人だけが残り、ササキの授業が始まった。




 祠、もといギルドホームから外へ出たアイリーンはその足で集合住宅へ向かう、現状で冒険者が集まる関係上、もはや酒場のような様相になりつつある一階広間だが、彼女にとっては居心地のよい雰囲気が気に入っている。

 アイリーンは豪快に観音扉を開けて中に入る。


「おう、あねさん、先にやってるぜ」

「良いご身分さね。まあ今日は旦那から休みを貰ってるそうだから、精々英気を養うことだね」


 三人顔を突き合わせて杯を煽るセルゲイと他愛ないやり取りをしつつ、アイリーンは暖炉前の席に武器を下ろして席を確保する。


「アイリーン様、お食事ですか? お酒は何になさいます?」

「なんだいカーラかい、まるで酒場の従業員じゃないかい、だけど様は要らないよ、今のあたしはただの冒険者だからね」


 給仕よろしくアイリーンに話しかけるのは、元農民の娘のカーラだ。日頃はもっぱら冒険者達に代わって家事をこなしつつ、時間が空けば他の雑務を買って出ている。今の行動もその一環である。毎日あくせく労働に勤しむ冒険者や他の移住者達を、少しでも労おうと。


「干し肉でもいいから肉を頂戴な、酒は蜂蜜酒と香草を一つまみ」

「分かりました」


 調理場から注文の品を木の盆に載せて運ぶカーラの姿は、完全に酒場の看板娘といった風情である。

 焼き直して暖めた干し肉にかじりつき、強靭な顎で租借しながら、肉片の残る口内に香草を効かせた蜂蜜酒を流し込む。貴族の令嬢とは思えない、野性味溢れるアイリーンの食事に、見ているカーラは苦笑を禁じえなかった。


「仕事もある。飯も酒も美味い、悪さをする奴も嫌味な奴もいない、おまけにカオリの近くに居りゃあ退屈もしない、ここはあたしにとっては文句なしの住処さね。あんたはどうなんだいカーラ、帝国じゃ酷い目にあったあんたの、今の気持はどうだい?」


 唐突な質問に、カーラは一瞬だけ考えて答える。


「いいところですよ、皆さん優しくて、家族と住んでいた村よりも豊かで飢えもなく、冒険者さんも頼もしくて、魔物にも野盗にも怯えずに暮らせるんですから」

「至言だね。平民の慎ましい望みすら、叶うのが難しい今の御時世で、ここはたしかに理想の環境ってわけかい」


 領地を治め、民を守る立場にある貴族の人間として、アイリーンはしみじみと感じた。といっても幼少より御転婆が過ぎ、挙句の果てに戦場へ家出同然のように飛び出した彼女にとっては、貴族の義務は他人事に等しいもののため、それ以上の感慨は薄い。


「それにカオリちゃんはこの村をもっと豊かにしようと頑張ってくれてますから、この先、村が発展していく姿が楽しみでもあります。私ももっとお手伝いしなきゃって」


 屈託のない笑顔で胸の前で可愛らしく拳を握るカーラに、アイリーンは豪快に笑い声を上げる。


「はっはっはっ、これでいい男が見付かれば万々歳だね! さっさと旦那を迎えてガキをこさえることさね! 若い今が華だからね!」


 下世話なアイリーンの発破に、カーラはまたも苦笑する。


(アイリーンさん……、私より年下だよね?)


 浮かべた言葉を、そっと胸にしまうカーラである。




 一方ギルドホームに残ったカオリ達とササキの四人は、双方真剣な表情で臨時の講習に挑んでいた。

「認識と分析を行うのが一の陣で、それを適切に演算処理を行うのがこの二の陣だ。その情報をもとに適切な行動命令を各部位に発信するのは三の陣が行う、これら三種の陣の効率的な情報伝達を可能にする形が、現在主流になっている六面体の魔導核となるわけだが、私はさらに陣を縮小して面を増設した十二面体の魔導核を勧める。多重演算式魔導核と云われるものだ」

「可能……、なのですね」


 ゴクリと喉を鳴らすロゼッタに、ササキは兜の下で口の端を歪ませる。


「まあ、私が過去に作ったゴーレムは、円環型多層演算式魔導核を搭載した高知能の、……つまり四重、いや理論上は八倍の知能を有したゴーレムの作成に成功しているがな」

「は、八倍! そんな話は聞いたことがありませんっ! 王立魔導研究所で正式採用されている新型でも、単層演算式魔導核を三つ搭載したものが発表されているだけで、その性能も精々が二倍程度だと聞いたことがあるだけで……」


(ついていけない……、二人はなにを言ってるの?)


 基礎的な知識から始った講習に、カオリは始めこそ興味深く耳をかたむけていたのだが、それはしだいに専門的な分野へと白熱してゆき、ついにはカオリの理解の範疇を超えてしまった。

 それでも終わる様子のないササキの講習を、ただ一人聞き入るロゼッタは、どうやらカオリの思っていた以上に魔術への造詣が深く、また本人も知識欲を有していたのだと初めて理解した。


 要約すれば、この世界で技術的資金的観点から実現が叶っていない魔導核も、ササキの知識と新たに設置した付術台を使用すれば、実現はそう難しくもなく、今ある材料でも、魔導核だけならば製造が出来るということだった。


「長々と話してしまったが、まあ実際に作ってみれば分かりやすかろう、少し錬金釜と付術台を借りるがいいかな? カオリ君」

「あ、はいどうぞ、って錬金釜も必要なんですか?」


 付術台の使用は理解していたが、ここで錬金釜も必要なのかと、カオリは不思議に思った。

「まあ魔石の成型加工のための設備があればよかったのだが、生憎ここにはないのでね。代わりに錬金釜の液化変換を流用しようと思ってね。都合よくスライム系の魔石があることだし、型枠は私の私物を貸し出すので、さっさと作ってしまおう」


 云うが早いか、ササキは錬金釜の前に立ち、慣れた手付きでアキが差し出した【カリオンゼリー】の魔石を釜へ放り込み、錬金釜を起動する。

 ちなみにカオリはこれまで討伐した魔物の魔石を、一応と各種数個ずつ換金せずに保管することにしていた。魔石が文明技術に流用されている重要な動力源であると聞かされた時より、こつこつと集めた結果、今ではそれなりの種類と数を確保出来ているが、カリオンゼリーの魔石もその中の一つである。


 ほどなくして手前の硝子容器に、やや透明な黒い液体が注がれ、ササキはそれを取り出した十二面体の型枠に収めると、再び錬金釜に投入し、操作を続ければ、釜から取り出した型枠を持って、次は付術台へと移動した。


「液化変換の次に固化変換すれば、任意の形に成形することが出来るので、スライム系の魔石は汎用性が高い、今後討伐する機会があれば、積極的に集めることを勧める。――では簡単に付術台の使い方を説明しよう」


 主な手順や操作感は錬金釜と左程変わらず、カオリ達が一通り理解したのを見て、ササキは型枠を解体して中の魔石を取り出した。

 見事に十二面体になった微透明な黒い魔石を付術台に設置し、ササキは先の講習に出た陣を再度確認しながら、付加をおこなっていく。


 出来あがったものはササキいわく、多重演算式魔導核と呼ばれるもので、この世界では希少かつ高性能な代物らしく、隣で一連の手順を瞳を輝かせながら見ていたロゼッタが、歓声を上げるほどによい出来のものであるようだ。


「材料数と操縦者の関係から、今回は二つだけ作ることにするが、ゴーレムの身体の作成はまた明日にするとしよう」


 そういって差し出した魔導核は、アキの手に渡され、アキはそれを大事に運び、ギルドホーム内の木箱に収めた。




 ササキが帰った後、一日の仕事を終えたアンリが、錬金釜を利用した薬製作の日課をするために、ギルドホームを訪れた。

 今は無人の広間を移動し、両手に抱えた薬草類を、引き寄せた椅子替わりの丸太の上に降ろし、腕まくりをして錬金釜と向かい合う。しかしそこで台の上に放置されたものがあることに気付く。


「アキお姉ちゃんならちゃんと直すし、ロゼお姉ちゃんもしっかりしてるから、カオリお姉ちゃんかな?」


 ズバリ言い当てたアンリは、それを手に取ってしげしげと眺めた。水色の半透明な結晶に見えるそれは、【ウォータースライム】の魔石である。


 ふと、アンリの脳裏に一つの閃きが灯る。


「魔石ってお守りとか、粉末の燃料とかにも使えたよね?」


 魔石をあしらった装飾品には、装着者を攻撃や魔法から防護する祝福が施されていたりするという話を、エイマンで過していた時に聞いたことがあったのをアンリは思い出す。

 また日常生活の中でも、多く市場に出回る魔石は製造関連の設備を作動させる動力源に消費される。などということも学ぶ機会があった。


「薬の製作でも役立てられないかな?」


 それは本当に思い付きからの行動であった。


「液化変換っていう項目があったから、もしかしたら液体にすれば、飲むのは怖いけど、振りかけたり塗ったりするのには使えるかも……」


 薬学あるいは魔法薬学などと呼称される学術の分野で、この世界では薬草の持つ薬効を高める成分として、その保有魔素の利用が積極的に検証されている。

 しかし魔素は魔力に変換された段階で結晶化が促進され、例え植物であっても内部に硬い粒子として蓄積されるものが多く、また植物の成長や環境適応能力という方向での魔力への変換により、人間が体内に摂取した場合、その多くは拒絶反応、つまりはアレルギー反応等の症状を引き起こすとして、忌避されている。


 だが魔素であれば、摂取した人間の魔力へ吸収されるために、そういった症状を起こさないのである。


「司祭様とかが使う、治療魔法が魔力を治療の魔法にして、身体を直す効果があるってことは、魔力自体が悪いものなんじゃなくて、植物の持つ魔力の質? みたいなのが人に合わないってだけだから、もし魔力に強い治療の薬効を混ぜることが出来れば、もしかしたら治療の効果をもった魔力の薬が作れるんじゃないかな?」


 思い立ったが吉日とばかりに、アンリは早速魔石を釜に投入し、液化変換を選択し、魔石を液化させる。

 次に通常の手順での治療薬を慣れた手付きで作成、最後の仕上げに治療薬と魔石の液体、訳して魔液とを混ぜ合わせた。


「うへぇ、青緑色ですっごく不味そう……」


 出来あがったものが明らかなゲテモノであることに、アンリは表情を歪ませる。

 鑑定系の魔法を使えないアンリには、これにどんな効能があるのかを知る術がないので、知りたければ使ってみるしかないのだが、目の前のそれを実際に飲んでみようとはとても思えず、貴重な魔石を一つ無駄にしたことに、溜息を吐いて項垂れた。


 錬金釜に再度投入すれば、それぞれの素材を分離抽出することも出来るが、元の状態を知らないので、魔液と治療薬を綺麗に分離するのは難しいことにも思い至り、アンリはさらに自らの短慮に頭を悩ませる。

 しばらくの間、出来あがった謎の液体をじっと見つめるアンリの下に声がかかる。


「アンリ様、今日もこちらにいらっしゃいましたか、……その液体は何でしょう? 僅かに治療薬の効果があるようですが、異様に魔力を保有しております。かといって治療効果を持たないただの魔力の液体のようですね」

「ごめんなさい、そこにおいてあった魔石を、勝手に薬の材料に使っちゃったの……、大切なものかものしれないのに、考えなしだったかも……」


 アキに魔力を保有していることを見抜かれ、アンリは素直に謝罪した。


「なにをおっしゃいますか! アンリ様であれば、また重要な錬金術の実験の素材とされたのであれば、私めはもちろんカオリ様もお咎めになることなど御座いません、ここにあるものは全て、すべからくカオリ様とご姉弟様のものに御座いますれば」


 少々の悶着を経て、双方納得のところで一拍おいて、アンリは気になったことをアキに問いかけた。


「アキお姉ちゃん、この薬の効果が分かるの?」


 アキは自身の持つ鑑定系魔法の存在を話す。


「それって私も使えるの?」

「初級魔法であれば、いくつかの条件を満たせば可能です」


 この世界で魔法や魔術を修得するには、まず自身の魔力を感知し操作することが前提条件となる。

 貴族の子息であれば、魔導士を家庭教師として招き、幼少よりこの訓練を積ませることが通例であるが、親から子へその方法を伝えることは地方の村落でも稀に見かける風習である。


 しかしゲームシステムの知識をもつアキから見れば、感覚的認識に頼るこの訓練方法は、不完全な方法にしか感じられない。

 自身のステータスを閲覧し調整出来る【―自己の認識(セルフレコグニション)―】があるのだから、自身の魔力量や肉体強度、固有スキルや習得可能なスキルなど一目瞭然なのだから。


 初級魔法の習得条件は魔力を保有していることと、魔法の呪文を知っていることのみが条件となる。だがこれはシステム上の話であり、この世界の住民達は未知の魔法を自身の魔力の流れと真相心理から読み解き、先人が残した魔法の概念を理解して初めて習得が可能だと思い込んでいる。


 アキがこの世界の人間達へ見下した態度を見せるのは、そういった知識量の差異から、侮っていることが理由であるのだが、単純にカオリに関わりのない人間には等しく冷遇した態度を取るため、たんに気分の問題であるのかもしれない。


 それはともかく、アキは自身が敬愛するアンリに対しては無条件で協力的なので、当然のようにいくつかの魔法を教えることにした。

 教えたのは、【―自己の認識(セルフレコグニション)―】【―時空の宝物庫(アイテムボックス)―】【―観察(スキャン)―】の三つである。他にも有用な魔法も教えようと試みたのだが、熟練度が足りなかったために習得は不可能であった。


 今更ながらここで【熟練度】なるものの簡単な説明を行う、熟練度とは単純に、専門的な技能の習熟の度合いを意味し、剣士系であれば剣術を駆使した反復訓練、導士系であれば魔力にまつわる術の行使と理解度、技士系なら単純に技術の向上を目指した訓練を経れば、熟練度はおのずと増えてゆく。

 パワーレべリングによる強引なレベル上げだけでは本来の強さや技能を得られない最大の要因は、この熟練度を消費して得られるスキルの恩恵を得られないのが理由である。


 当然、普通の平民として日常生活に身をおくアンリが、専門技能の訓練を行っていないのは必然であり、今回に消費した熟練度も、アンリの十二年という人生で慎ましく溜めたものでしかないので、例え習得の簡単な無属性の初級魔法であっても、仕方のないものなのである。

 だがそれでも有用な魔法であるのは違いなく、アンリは自身が初めて魔法を行使したことに驚きを禁じえなかった。


「すごい……、使った材料も効果も分かる。でも保有魔力?は全然分かんないや、アキお姉ちゃんみたいに全部は分かんないんだね」

「それはアンリ様のレベルが、恐れながら低くいためと思われます。熟練度を高め、より上位の鑑定系の魔法を得られれば、鑑定精度を高めることも出来ましょう、こればかりは精進あるのみですので、悲観されることはありませんのでご安心を」


 魔力と単純に云えども、元は鉄級から銀級に指定されている魔物からとれた魔石に保有されていた魔力である。まだ一レベルのアンリには感知し切れない質と量であるのは間違いないのである。


「では私めは戻りますので、アンリ様も暗くなる前にお戻りください」


 アキはそういってホームを後にする。

 アンリは改めて自身の作った謎の、今は判明した唯の色の悪い治療薬を注視する。


「つまり、薬効と魔力がうまく混ざってないのが、失敗の原因で……、魔石って魔力が凝縮して結晶化したものだから、まずは混ぜ合わせた薬効と魔力を馴染ませる必要があるのかな?」


 まだまだ拙い鑑定魔法であるが、ある程度結果を確認出来るのであれば、あとは試行錯誤を繰り返すだけだ。

 エイマン城砦都市の薬師屋で、短期であるが勤勉さを気に入られ、基礎知識を教わったアンリは、ここ最近に趣味として始めた薬の調合を、もはや研究レベルにまで昇華していた。

 これもひとえに、カオリと村に貢献したいという、真心からの願い故である。


「きっと順番が違うんだ。魔石はあくまで魔力を保有する入れ物で、中の魔力はそれに適した系統の魔力が保有されている。なら後から治療薬を混ぜても、うまく混ざらなくて当たり前かぁ」


 錬金釜の前で難しい表情で唸るアンリは、発想を変えて再度挑戦して見ることにする。


「ならまずは、魔石と治療薬を混ぜて、『治療の魔液』にしてしまえば、後から入れた魔力は治療の効果を持った魔力に変換出来るんじゃないかな」


 アンリはこの時点で、自身が生み出そうとしているものが、この世界では失われた技術の片鱗であることに、まだ気付いていない。


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