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( 迷宮騒動 )

 翌日、カオリ達は早速エイマン城砦都市へと赴いた。狼車を利用し、途中に優雅な休息も入れて、それでも一泊での移動に、カオリは狼車の導入に、確信を持って手応え感じる。


「それは魔物じゃないのかっ?」

「元魔物ですけど、浄化魔法で邪気を払った無害な生物ですから、人を襲うことはないですよ~」

「怖いってんなら、壁外の厩を貸しとくれよ、それなら安心出来るだろ?」

「まあ、それなら……、いいだろう」


 ただし都市の門衛にかなり不信がられることになったが、そこはこれまで築き上げて来た信頼と実績、またシキオオカミ達の従順さを実演してみせ、なかば強引に許可をもぎ取っての末、壁外の厩を一ヶ所確保することに成功した。

 かくして冒険者組合の広間に到着した一行は、掲示板と睨めっこと相成り、各々に目ぼしい依頼を探す。


「カオリ、この【グレイトオーガ】の討伐依頼はどう? 報酬は金貨五枚でわりと高めよ?」

「うーん、北部の森ってここから遠いし、森の中じゃあ探すのに手間じゃない? もっと近場の依頼はないかな? 一旦保留で」

「カオリ、この【オーク】の群れの討伐はどうだい、目撃情報じゃ三十頭で、金貨十枚は妥当な値段だと思うけどね」

「私達四人でですか? それって普通騎士団とかの仕事じゃ……、あ、それ合同依頼ですね。領主の従士の下で、他の冒険者達も参加するから頭割りで分配は少ないですね。まあ一旦保留で」

「そうなのかい、つまらないねぇ」


 これがあれでそれがそうでと、議論百出で確認作業が進む。

 アイリーンという戦力が増えたことで、今更採取系の依頼に時間を費やす気になれず、費用対効果の高い討伐依頼を集中的に探しているのだが、なにぶん条件を絞って選別してしまうと数が限られてしまう。

 カオリ達は現状、色々な思惑が重なった結果、カオリの階級である銀級であれば、その仲間も討伐依頼を請けることが出来るため、積極的に格上の魔物を倒し、高額報酬や高い経験値を得ていきたいと考えている。


 採取系の依頼は確かに、都市部で消費される薬の素材の安定供給を図るため、薬師組合や医療機関からの依頼が常に貼り出されている。安定した収入と安全をとるなら断然採取系依頼を選ぶだろう。

 討伐系の依頼は魔物の出没次第なので安定はないうえに危険が伴うため、一攫千金を狙う実力者以外は、積極的に請け負う冒険者はそこまで多くはない。


 カオリ達が狙うのは当然討伐依頼である。依頼報酬に対して討伐報酬に素材換金が加算されて、その分実入りは多いのだから。

 そうして最後にようやく、アキが提示した依頼書を皆で覗き込む。


「坑道内に出現した【ケイブスパイダー】の群れの討伐ですが、初回掲載から二ヶ月は経過しており、徐々に報酬額が上がっております。群れを率いる主が発生している可能性も示唆され、坑道も再開発のおりに魔物の存在が発覚したため、数も増えている恐れがあるとのこと、報酬金は金貨六枚ですね」

「うげぇ、蜘蛛かぁ……」

「王領から見て、東のオーダー領から更に東の山岳地帯ね。あんな場所で鉱山開発していたなんて知らなかったわ、ここよりいっそ村からの方が近いわよ?」

「商人が鉱山開発に着手したはいいが、魔物がウヨウヨ居て手に余ったってかい? 情けないねぇ」

「ロゼは虫は大丈夫なの?」

「得意ではないけれど、火が効くから戦うのには問題ないわ、魔力が切れたら……、想像もしたくないわね」


 カオリ的には虫系の魔物は苦手な部類だが、他の面子の印象では問題がなさそうなこともあり、結局カオリ達はこの依頼を請けることにした。受付で契約金を払い、地図で目的地を確認し、資料室で当該対象の魔物の情報を軽くさらってから、一行は準備を整えて出発した。




 街道をひた走り、まずは王領からオーダー領を経由し、さらに東に進路を取る。

 領地を跨ぐさいに関所で通行税を徴収され、いっそ迂回した方がよかったかと後悔したが、微々たる出費だと諦めて、一行は目的地に到着した。


「領境で通行税をとるなんて不便だね。帝国ならそんなまどろっこしいことはしないのに、これだから旧体制の王国は後進国止まりさね」

「うっるさいわねっ、貴族が自領を一括管理して経済と税制における権限を持つからこそ、各領の独自性を育てられるのよ」


 帝国と王国での統治法の違いに、面倒を感じるアイリーンに対して、それが当たり前として育ったロゼッタは反発心を抱く。

 目的地の鉱山まではおよそ二日の道程である。以前と違って狼車での移動のため、雑談にも花が咲くというもの。


「ねえロゼ、オーダー領ってどんな感じ?」


 カオリの脈絡のない質問に、ロゼッタは不思議そうな表情で反応する。


「カオリが王国の各領地に興味を抱くなんて珍しいわね。そうねぇ、治める貴族の家名はイェーガーで爵位は男爵だわ、私も社交界の噂程度しか知らないけれど、一言で言えば武家かしらね」

「お武家様?」

「イェーガー男爵なら知ってるさね。当主は二代目で比較的新興だろ? 戦場で一度現当主と嫡男を見たことがあるさね。武張った武人で前当主は元騎士って話だろ?」


 幾度も帝国と王国との戦争で、帝国貴族として戦ったアイリーンである。王国の東南側に領地を持つ貴族の情報であれば、多少の知識を持っていた。


「でもなんでそんなことを知りたいの? 今回はただ通り抜けるだけで、影響は特に考えなくていいはずよね?」


 ロゼの疑問にカオリは過ぎゆく景色を眺めながら曖昧に答える。


「なんだか関所を通ってから、道が少し悪いし、周囲の林とかも人の手が入っていないような気がして、普通の領地がどんなものか知らないけど、王領から出て、こんなに領地管理に差が出るのかなって思って」

「たかだか男爵程度じゃあこんなもんじゃないのかい? 流石に王領と比べちゃあ差が出るのも当然だろ?」


 カオリの疑問にアイリーンが応えるが、カオリは納得出来ない様子である。


「うーんそうかぁ、中心街とかに寄れれば、また違った情報もあるかなぁ、まあ今回は見送りだけど」

「カオリが何を気にしているかは分からないけれど、気になるなら帰ってから周辺貴族の情報を、ステラと一緒になるべく集めるようにするわ、今じゃ碌な情報もないから」

「お願いロゼ」


 これに関しての話はここで区切り、四人はまた雑談に興じる。

 事前の下調べで男爵領の大まかな広さは調べていたので、狼車ならば一日も経たずに通り抜けるだろう、幾度かの休息を挟み、雑談に興じること半日で、カオリ達は男爵領を抜けた目的地付近を走っていた。

 そこは山岳地帯の麓に位置し、林を縫うような畦道を抜けた先にあったため、途中に集落もない寂れた場所であった。


「何だかもうほんと、寂れてるって感じだね。これが王国の独自性ってやつ?」

「皮肉なんて言うわねカオリ……、でも、鉱山街かと思ったけど、これは本当にただの鉱山詰所ね……」


 到着して辺りを見回したカオリ達は、家屋のほぼ建っていない広場に、所在なげに立ち尽くし、唯一ある小屋に近付き、扉を叩いた。


「すいませ~ん、何方かいらっしゃいますか~」


 声をかけるなり、扉が勢いよく開かれ、驚いたカオリは思わず一歩下がるが、それが功を奏したのか、中から飛び出した人物とあわや衝突というところで、それは回避された。


「ああ神は僕を見捨ててはいなかった! まさか君が来てくれるとは! これも天のお導きに違いないっ!」

「んん? あ、貴方はたしか……」


 転がり出た青年には見覚えがあった。いつだったかカオリに専属冒険者にならないかと声をかけて来た。自称貴族子息の青年である。


「申し遅れた。僕の名はクリストファー・イェーガー、イェーガー男爵家の次男で、この鉱山の持主だ」


 先月に会った時よりも幾分か痩せたように見える青年に、カオリはどうしたのかと疑問に思いつつ、自己紹介をする。


「冒険者組合エイマン支部より来ました。【ブレイド・ワン】リーダーのカオリです」

「カオリ様の従者の、アキと申します」

「……冒険者の、ロゼッタ……です」

「アイリーンというさね」


 何故か言い淀んで名乗るロゼッタを、とりあえず気にせずにカオリは話しかける。


「依頼書を見て来ました。坑道内の【ケイブスパイダー】の討伐を依頼されたとのことで、詳しいお話を聞かせてもらえますか?」


 貴族の礼儀作法など知らないとばかりに本題に入るカオリを、クリストファーは特に気にせず。まずは座って話をと小屋の中へ案内した。

 殺風景な部屋の中、寝台と机と椅子が二脚だけがおかれ、カオリは仕方なく自分が座り、青年と対面した。ロゼッタが気を遣って紅茶の用意を始め、青年は申し訳なさそうに礼をする。


「すまないね。なにぶん自分で茶の一つも淹れたことがないので、碌にもてなしも出来ないのだよ」

「いえ、お気になさらず」


 なるべく目立ちたくないのか、ロゼッタは青年の視界から外れた位置に移動し、アキに小声で何か囁くと、静かに控えた。

 ロゼッタが持参した香り高い紅茶に口をつけ、「美味い」と呟き、クリストファーはポツポツと語り出した。


 ミカルド王国とナバンアルド帝国との戦争が事実上停戦し、近年では国内の軍事費が縮小され、武家で鳴らした男爵家は、ここのところ資金繰りに困窮し始めたという、そのため男爵は息子達に領地の開拓を命じ、遅まきながら自領の生産力を上げようと計画した。


 しかし武家ゆえか、男爵はもちろん息子達も領地開拓の経験が乏しく、状況は一向に向上しなかった。

 そこでクリストファーは起死回生の手として、未開の地の鉱山開発に乗り出したという、それがこの鉱道であった。


「だが、いざ人を入れてみれば、中は魔物の巣窟で、とてもじゃないが採掘なんて不可能、兵を入れようにも軍縮で予算も下りず、従士も当家から離れてしまった。せめて魔物を追い払えればまだ取り戻せると踏んだのに、報酬金をケチったせいか、冒険者も現れずに途方に暮れていたんだよ、街で君に声をかけたのも、実は長期雇用で費用を抑えて、ここも含めた領内の諸問題に手をかしてもらいたかったからなんだ……」

「そうですか~」


 カオリにとっては貴族の台所事情は興味の対象外であったが、領地開拓の迷走は他人事とは思えず、少し同情を禁じえなかった。

 あの時、もしそのあたりを切に訴える心意気が、この青年にあれば、専属とはいかないまでも、多少は手を貸すのもやぶさかではなかったかも、と一瞬考えるほどには、カオリはクリストファーの事情を心に留めおいた。


 領地貴族の特権、それは領地から上る税の徴収が主であり、その代わりに治安の維持や富の采配が求められる。領内の需要と供給の調整を行い、民が飢えないように気を配りつつ、徴収した税で一つの村落や集落ではとても手をつけられない、大規模な敷設やさらなる開発を行い、生産力を底上げするのだ。


 だが男爵は帝国からの防衛に傾倒するあまり、今まで領地開発を疎かにしていたため、肥大した私兵にかかる経費と、増えた社交界への準備金が膨れ上がり、軍縮により王家からの支度金が減らされたことで、瞬く間に借金まみれに陥ったのだ。


「魔物さえ駆逐出来ればしばらくは採掘で元は取れるはずなんだ。提示した報酬も、僕が出せる限界の金額だ。お願い出来るだろうか?」

「まあ、私達には損な話ではありませんし、そもそも請けるつもりで来たので、今更断る理由はありませんから」


 カオリは即決し、早速取りかかることにした。




「はあ、そうよね。冒険者をしている以上、貴族と会うこともあるのよね。うっかりしていたわ、まさかご子息が直接来るなんて、依頼書には名前なんて記載されてなかったのに」


 坑道内に入ってしばらくして、ロゼッタは息を吐いた。


「ほらあれだろ? 領外での無断開発で、余所に目をつけられることを懸念して、わざと依頼主を伏せたってやつだろ? おおかた依頼主の名前には適当な使用人でも使ったんだろうさ」

「国外? での無断開発って駄目なんですか?」


 カオリの疑問に答えるのはロゼッタだ。


「何も全てが駄目ってわけじゃないわ、むしろ国土の拡大は領地貴族の誰もが画策しているのが普通よ、王家も暗に推奨しているわ、けどここは帝国領との緩衝地帯の一部になるわけだし、今の情勢では他の貴族につけ入る隙を与えかねないもの、私が侯爵家の人間だってバレたら、向こうもどう対応したかしらね」


 借金で首が回らない状態だったために、国内外への情報収集にまで手が回らないのか、カオリのパーティーに二人も大貴族家の令嬢が加入していることを知らない様子だったため、ロゼッタはこれ幸いと素姓を隠したという。


「別にバレても問題ないんじゃない?」

「まあそうなんだけど、社交界で顔を知ってる分、違った立場で会うのがなんだか気まずくって……」


 人間誰しも取り繕った面でしか接したことのない相手と、外で会うのを躊躇うことは往々にしてあるものだ。

 学生であれば学校の友人とバイト先ではち合わせるのを嫌がるのに近いかもしれない、それでも気にしない人間は居るし、逆に断固避けるものもいるのだから、人それぞれである。


 放棄された坑道のため、すでにある程度整備された坑道内を、四人は最近定着しつつある陣形で進んでゆく。

 先頭をアイリーンが壁役を引き受け、その次にカオリ、アキと続いて最後尾をロゼッタが務める。


「放棄された坑道ってことはもう鉱石類は粗方取り尽くしたってことだよね? 息子さんはどうしてここに手をつけたの?」


 カオリの素朴な疑問に一同は首をかしげる。


「そういえば不自然よね。坑道なんて放置すればどこも魔物の住処になっているなんて普通だし、そこまでして手に入れる価値があるのかしら?」


 ロゼッタも分からずに疑問で反す。


「鑑定して見ましたが、確かに鉱石類は見当たりませんので、枯渇したのは間違いないかと、あの子息が愚かなだけだったのでは?」


 貴族に対する敬意の欠片もないアキは、特に深く考えずに答えたが、思い当たる節があるのか、アイリーンが笑って推測を述べる。


「大方迷宮化して魔鉱石が発生しているのでも期待したんじゃないかね。帝国でもたまにそういう輩がいるさね。ご自慢の私兵団を送り込んで魔物の素材と魔鉱石で、臨時収入を得ようって腹積もりのね。あの坊やもそれを当て込んだんだろうけど、その自慢の私兵を養い切れなかったから、仕方なく冒険者に依頼を出したんだろう、おっと早速お出ましだよ」


 前方に蠢く影を確認し、アイリーンは足を止める。

 まだ距離があるために全容は掴めないが、アキにはそれで十分らしく、数瞬遠目から確認した後、矢を放つ。

 空気を割く鋭い矢が飛び、影を見事に撃ち抜くと、不快な奇声を上げて対象が動かなくなる。

 近寄ってその姿を確認して、カオリは溜息を吐く。


「キモ過ぎるよねぇ、小型犬くらいの大きさの蜘蛛とか……」


 完全に沈黙した【ケイブスパイダー】を眺めながら、カオリは素直な感想をこぼす。

 体表はゴツゴツとした土色で、細い体毛に覆われている。いくつもの目が前面にならび、頑強な鋏のような顎を持つそれを、一同は見下ろす。


「【ケイブスパイダー】で間違いありません、鉱石を好んで食し、生物も捕食対象とする悪喰です。毒はありませんが糸を吐いて動きを止めたり、飛びかかって顎でそのまま捕食するので注意が必要です」

「アキのそれがあるから、正直組合で資料を探すのがあまり役に立たないのよねぇ、アキの方が詳しく分かるのもなんとも……」

「まあ事前準備には必要だから、役には立ってるんだよ? ただアキが規格外に役に立つスキルを持ってるってだけでさ」


 徒労感に肩を落とすロゼッタを、カオリは嗜める。

 その間、アイリーンが手早く解体し、中の魔石と糸腺と呼ばれる蜘蛛の糸の元となる成分を溜めておく器官を回収する。


 この成分は糸になる前は液状であるため、取り出したところで糸としての利用は出来ないが、魔術による特殊な技法で紡績することで、強靭かつ美しく、肌触りのよい極上の糸となる。

 地域によっては家畜化され、この世界の服飾を支える一大産業であるのだが、冒険者が狩る素材も、ある一定での価格で買い取りもされるため、換金素材としてはわりかし美味しい素材である。


 ただし魔術による紡績を行う関係上、買い取り手は限られるため、馴染の取り扱い商でも居ない限り、積極的に狩る冒険者は少ない。

 野生の魔物を相手取る以上、命の危険を伴うのだから、当然といえば当然である。


 ちなみに紡績技術も家畜化の方法も、国の経済を支える最重要機密であるため、一般には公開されておらず、無理に聞き出すなり、情報を探ろうとした場合、普通に罪として罰せられるため、下手に手を出す輩も、新規に参入する企業も居ない。


「ほっほうこれは金になるね。小遣い稼ぎにはもってこいだね」

「たしかに換金率は高い方だけど、組合を通すと買い叩かれるわね。私の実家関係で伝手はあるけど、貴女はどう?」

「あたしもあるにはあるけど、直接取引をしたことはないねぇ、面目上実家の力を借りれない事情があるし、これに関してはロゼに任せるさね」

「カオリの許可を得てからね」

「二人が問題ないって判断出来るなら、その方向で進めてもらっていいよ~、私じゃあ利権とかしがらみとか分かんないし」


 うなずく二人、ロゼッタは周囲を警戒しながらも思案顔で、今後同様の案件があった場合の対処法を精査する。

 嬉しそうに蜘蛛を解体するアイリーンを、なんとも言えない表情で見守るカオリ達は、素材の回収を終えて再び奥を目指す。


「魔素が濃く、ところによれば魔力溜まりも散見されます。これは確実に迷宮化していますね。ところどころ不自然に歪んだ箇所も御座いますので、迷宮が膨張していると予想されます。お二方もはぐれぬようにお気をつけください」


 道中で何体かのケイブスパイダーを倒し、素材も全て回収しながら進んだところで、アキが注意を促す。


「魔鉱石の反応は?」

「今のところは希薄です。もう少し奥に行けば、それなりに固まって生成されている場所もあるでしょう」


 アキの鑑定を信頼しているカオリは、そこで一先ず休息を宣言する。地面に直接腰を下ろし、アキが用意した茶器一式と軽食の準備を待つ間、カオリは軽く情報交換をする。


「二人のその、空間魔法かしら? すっごく便利よねぇ、今度私にも教えてちょうだいよ、化粧品も布も水も食料も、それがあれば持ち放題じゃない、冒険者には必須の魔法なのに、どうして失われてしまったのかしら」


 簡易釜戸に薪を組み、着火剤としての固形燃料にロゼッタが火魔法で着火する。

 誰に習わずとも、手慣れた手付きで茶を点てるアキ、【―時空の宝物庫(アイテムボックス)―】に収納された数多の物資の中でも、アキは特に、カオリの快適な旅に必要な物資を充実させている。


 これまで特筆してはこなかったが、それら物資の充実ぶりは今やものすごいことになっている。

 新鮮な野菜類に肉や穀物、水や燃料などは一ヶ月分まで貯蓄している。衣類や雨具に防寒具といった布類、日用雑貨に調理器具や食器類も、遠慮なく詰め込んでいる。


「魔力も左程使いませんし、熟練度も余っているのであれば、容易に使えますよ、アイリーン様もどうですか?」

「酒を旅に持ち込めるのはでかいね。それにあたしは武器も消耗が激しいから、魅力的だねぇ、戦士のあたしで覚えられるなら、今度頼むさね」


 他愛もない会話で和みつつ、その横でカオリは今回の依頼における違和感について思案する。


「魔物を自力で狩れる私達なら、この坑道も美味しい狩場だけど、息子さんがお金を払ってまで取り戻したい理由がわからない、二人はどう思う?」


 今回の依頼を、カオリはただの討伐依頼だとは思っていなかった。不自然な点が多過ぎたからだ。


「そもそもあの坊やは、ここが迷宮化していることを知ってるのかね? 依頼書には迷宮化の情報なんてなかったし、あの坊やも何も言わなかったさね」

「あ、分かったわ」


 ロゼッタが何かに気付き、声を上げる。


「これ、虚偽申請だわ」

「「虚偽申請?」」


 三人の声が唱和し、皆がロゼッタを注視する。


「――意図的な情報の秘匿による。虚偽の申請に対する罰則―― 冒険者組合の定めた規定の一つにある。依頼者側が尊守しなければならない規定の一つよ、今回の場合は迷宮化の秘匿ね……」

「そっかぁ、だから専属の冒険者を探してたのか、組合を通して依頼すれば、迷宮の存在が冒険者組合にバレて、情報の公開と王家への管理権限の許可申請をされて、実質横取りされちゃうから、隠したかったのかな? 専属なら抱き込んで情報統制出来るから、隠せると思ったんだ」


 自領で迷宮を管理したがる領主は多い、もちろん潤沢な私兵を抱える高位貴族に限られるが、それでも安定して魔物の素材と魔鉱石を独占出来るうまみは大きいからだ。

 一般に、迷宮から魔物を溢れさせず。かつ安全に狩りと採掘が出来る最低減の武力は限られる。迷宮は大きくても十数階層が限界とされ、それよりも深い迷宮は未だ発見されていない、そしてある一定の階層ごとに守護者が存在し、守護者を倒した次の階層では、魔物の強さが上がる傾向にあった。


 迷宮が周辺の地理や、魔物の分布に沿った変質をすることを考慮するならば、一階層から守護者が出現する階層までは、少なくとも銀級の冒険者であれば対処が可能とされている。冒険者でも熟練で、レベルで換算すれば十~十九以内の範囲である。


 だがそれよりも深く、それこそ迷宮を討伐出来るほどとなると、最低でも金級の実力が要求されるという、オンドールやカムといった古兵達である。

 古くから王家に仕える伝統貴族であれば、代々仕える従士家から、優秀な騎士を幼少から鍛え上げ、歴戦の戦士に育て上げる知識を持っているだろうが、従士を抱えるのにもかなりの資金が必要になってくる。

 武器や甲冑といった装備はもちろん、彼らに与える馬や屋敷、或いは荘園、それらの工面は領主の義務であり、いざと云う時のための備えである。


 だが迷宮を討伐、または安全に管理しようとすれば、【赤熱の鉄剣】に匹敵する武力を、常に維持し続けなければならないのだ。 

 怪我や老いによるものや、戦闘の日々に疲れた末にと、冒険者を引退し、農民や商人に転向するものは多い、いや、冒険者にとっての将来の夢といっても過言ではない。


 そんな、冒険者でもいつかは投げ出す危険な仕事のために、最低でも四人の熟練の戦士を、控えも考慮すれば二組、後継のことを思えばさらに倍の数を、養い、かつ育成していかなければならないのだ。

 そう思えば、自分達の食い扶ちを自分達で稼ぎ、いくらでも代えの利く冒険者を、稼ぎを餌に抱え込み、従士達の代わりに探索を任せ、素材を領内で換金させ、寝食のために金を使わせたほうが、余程楽で、領内も潤うと誰もが考えるだろう。


 用がなければ領内で適当な依頼を斡旋し、必要な時だけ呼びつけて、それこそ迷宮に挑ませるなりをしておけば、希少な魔鉱石や魔物の素材を独占出来るのだから、世話がなくてよい、貴族が専属で冒険者を抱えるのには、そういった事情があるのだ。


 逆にそれが出来ないものが、迷宮を独占管理することは法で禁じられている上に、教会から禁忌指定され厳格に規制されている。

 理由は明快だ。迷宮から魔物が溢れれば領民の生存の危機であり、ともすれば国の存亡すら危ぶまれる恐れがあるからだ。


 そのために、十分な戦力を確保し、安全に管理出来ることを証明出来る場合を除いて、迷宮を秘匿した者は等しく罰せられるのだ。


「それが今回なんらかの理由で、専属を諦めてでも、討伐をしてほしい事情が出来て、その依頼を私達が偶然にも請けてしまった? そういう認識でいいのかしら?」

「たぶんそうさね。そのなんらかの理由までは分からないけどね」


 今回の問題は迷宮化の秘匿を目的としていたはずなのに、通常雇用での冒険者派遣依頼を出した理由である。


「迷宮化したことを仮に黙っていたとして、しらばっくれれば罪には問えないんじゃないの?」


 カオリの考えにロゼッタは首を振る。


「相手は貴族だから、本気でとぼけられればそうだけど、万が一冒険者が守護者と遭遇して、負傷、或いは死亡したら、流石に隠し通すのは無理よ」

「なら討伐対象だけ狩って、途中で引き返したらどうさね」


 それもロゼッタは否定した。


「私達の場合はそうだけど、普通の冒険者が、どうやってまだ浅い迷宮を、迷宮と見破るのよ、正直アキの鑑定魔法がなければ、私にはただの坑道にしか見えないわよ? 普通は最奥まで探索して、結局は守護者と遭遇するはずよ、あわよくば迷宮の秘宝の発見もありえるわ」

「ああ、そういえばそうか、アキの鑑定が規格外なだけで、すっかり忘れてたよ」


 最近になってその効果の範囲を調べた結果判明した。アキが保有する固有スキル、【―神前への選定(ライト・オブ・パッセージ)―】の能力をカオリは思い出す。


 対象のレベルやステータスを調べる【―観察(スキャン)―】

 非生物対象の持つ特性や効果を見る【―鑑定(プリシング)―】

 魔法の発動とその効果を全て見破る【―看破(ファーゾム)―】

 隠された物象や魔力溜まりも見通す【―発見(ディスカヴァリー)―】


 これらの情報系と分類すべき魔法群を、全て統合し、かつレベル差による情報の穏覆すらも跳ね除ける。まさに神の如きスキルであった。

 これには流石のカオリも頬を引き攣らせたが、アキの談では、「カオリ様に近付く不埒者のことごとくの悪意を曝け出し、神聖なる御身を穢れから守るために発現したスキルに御座います!」とのことらしい。


 まさか思い付きで、門番で、狛犬で、巫女風を想像して設定した結果、このような破格のスキルを発現するとは思わず、カオリは慄くしかなかった。

 だが今は、アキの能力を大いに利用することにした。


「アキ、ちょっといいかな?」


 少女の悪戯心が動き出す。




 クリストファーは慌てていた。土で汚れた衣服をはたき、最低限身嗜みを整えた格好で、麗しき少女達を迎えていたのだ。


「ず、ずいぶん早かったね。魔物は掃討出来たのかい?」


 それにカオリは笑顔で応える。


「いえ、思ったよりも数が多いので、万全を期すために、一旦戻って来ただけです。明日朝にまた潜って、昼前には最奥まで辿りつけると思います。ねえアキ?」

「……そうですね。まったく私がもっと早く、これに気付いていれば、事前に有用な対策と準備を講じたものを……、申し訳ありませんカオリ様」


 クリストファーに視線を向けつつ、アキはカオリに謝罪した。


「それにしても随分と数が多いですね。ただの魔物の塒にしては、少し不自然ではないですか?」


 ロゼッタの質問にクリストファーは曖昧に応える。


「どうかな、冒険者ではない僕には、魔物の生態に詳しくないからね。そういうのは君達の方が詳しいんじゃないのかな?」


 ロゼッタは笑みを絶やさずに、アイリーンに視線を向ける。


「まあどっちでもいいさね。全部叩き潰してやるから安心しな坊や、まったくここはシケてるね。鉱山と聞いて多少は採掘のおこぼれがあるかと思ったのに、見える範囲の鉱床はみんな掘り尽くされてスッカラカンさね」


 溜息交じりに落胆を見せるアイリーンに、クリストファーも残念そうな表情で同情の言葉をかける。


「まあもう少し深く掘ってみれば、多少は残っているかもしれないからね。そうでないと僕も、骨折り損のくたびれ儲けさ」


 鷹揚に手を広げて苦労人を気取るクリストファーと別れ、カオリ達は乗って来た狼車に簡単な幌を被せ、今夜は二台で雑魚寝をする予定である。


 夕食には【―時空の宝物庫(アイテムボックス)―】から取り出した。新鮮な食材をふんだんに使い、旅先にしては豪華な食事を用意した。そしてお裾分けと称して数品をクリストファーにも持っていき、近頃粗食ぎみだった彼は大いに喜んだ。

 就寝時の警戒には、シキオオカミ達が鼻を利かせていることもあり、最低一人が交代で見張りに立つだけでいいので、その点でも彼らの存在は大いに役立っていた。


 翌朝宣言通りに坑道に入ったカオリ達を見送り、一刻ほどが経過したころ、クリストファーは行動を開始する。実家から持ち出した短剣を腰から提げ、坑道内に静かに入って行く。


 カオリ達は優秀な冒険者である。それは彼女達か通った後を見てもすぐに分かる。


 倒した【ケイブスパイダー】は丁寧に解体され、魔石も素材も取り出されているが、散らかすことなく、通路の邪魔にならない場所に固め、腐敗臭を抑えるためか土までかけてあるのだ。これには迷宮に慣れていないクリストファーも感嘆した。

 一匹の撃ち洩らしもなく、横穴の魔物まで綺麗に掃除されている様子を確認して、彼は満足顔で歩を進める。


「少し惜しいな、仕事も出来て、能力も高い、何よりあの粒揃いだ。一人女と思えない筋肉女が居るが、まあ顔はいい部類だろう、こんな時じゃなければ、うちで召抱えられたら箔付けになったろうに、本当に惜しいことをした」


 心底残念そうに呟き、クリストファーはこれから己が手を下す少女達のあられもない姿を想像し、下半身に熱を感じた。それを振り払い、気を引き締め直すと、また早足で奥を目指す。


 迷宮化により拡張が進んだ坑道は、浅いといっても侮れない、距離にしておよそ四百メートルは伸びた坑道は、途中で幾重にも枝分かれし、小部屋が広がり、侵入者の進行を妨げる構造をしている。

 地図を作ったところで、またしばらくすれば構造は変化し、より複雑になっていくため、余程管理されていない限りは、道を覚えるなど不可能なのだ。


 クリストファーとて闇雲に歩いているわけではないが、それでも油断すれば道に迷いかねないため、慎重に、だがなるべく早足で歩を進めていた。

 その甲斐あってか、カオリ達が示唆した昼前より少し早く、最奥手前の小部屋まで到達した彼は、静かに移動しつつ、目的の付近まで歩み寄る。


 耳を澄ませば奥から聞こえる。カオリの檄と、何かを叩きつけるような轟音が聞こえて来る。どうやら予定通り、守護者との戦闘にかかり切りになっているようで、クリストファーはほくそ笑んだ。


「許しておくれよ、これも僕の出世のための尊い犠牲なんだ。たかが平民の癖に、あの時僕の誘いを断ったどころか、亜人なんかを庇って僕を侮辱した。君が悪いんだよ? 後の二人は新顔だが、どうせ平民の冒険者パーティーだ。君達が残したあの珍妙な荷馬車も中の物資も、僕が有効に使ってあげるからね」


 自分にいい訳をするかの如く流暢に言葉をもらしながら、クリストファーは小部屋の入口近くの壁を彫り、中から現れた樽の導火線を握りしめた。

 準備をしてかれこれ二ヶ月も経つが、問題なく火がつきそうなのを確認し、口を笑みの形に歪めた。


「さあ、さっさとこれで入口を――」

「そこまでよっ!」


 突然声をかけられ、仰天して振り返った先には、怒り心頭のロゼッタと、余裕の笑みで腕組みをし、仁王立ちするアイリーンの姿があった。




 カオリ達は議論を重ねてある予測を導き出した。


「最近すっかり当たり前になって、忘れていたけど、私達は普通の冒険者とは到底言えないわ」


 唐突に自画自賛し始めたロゼッタを、三人は怪訝な顔をして見詰めた。


「なんだい藪から棒に」

「普通の冒険者は、いえ、普通の鉄~銀級冒険者は、迷宮化した洞穴を迷宮と見破ることは難しいし、仮に守護者と遭遇したら逃げるのが普通よ、でも私達はアキの鑑定魔法で迷宮化を見破れるし、カオリとアイリーンの規格外の戦力がある。恐らく……」


 ロゼッタは一拍をおいて結論を述べる。


「クリストファー様は、私達を虚偽の依頼で安く迷宮の魔物と守護者にぶつけて、魔物が一定期間枯れている内に魔鉱石を採掘して、資金の当てにするつもりなのよ」


 ドヤ顔で胸を張るロゼッタに、カオリは内心で可愛いななどと思いつつ、問題点を質問する。


「私達が普通に討伐して帰ってきたら、結局迷宮化の秘匿がバレて、問題になるんじゃないの?」

「……もし私の予想が正しければ、守護者の潜む塒の近くに、発破用の火薬でも仕掛けているんじゃないかしら、生き埋めにしてしまえば、いずれ力尽きるのだから」


 その言葉にカオリは絶句する。


「はっはっは! 考えたねあの坊や、死んでしまえば迷宮化の有無はあやふやになるし、守護者を閉じ込められれば魔物が溢れる心配も、しばらくはしなくてよくなる。その間に資金を確保して、後に私兵を送り込んで迷宮を私物化するのも好きにすればいいさね」


 笑うアイリーンとは対照的に、カオリは引き攣った顔で言葉を絞り出す。


「そこまでする? 普通、赤の他人とはいえ、雇った人間を見殺しにするなんて……」


 あからさまな悪意の存在を、流石のカオリも受け入れ辛く感じる。


「お金に困った貴族なんてそんなものよ、平民の命をなんとも思っていないなんて、どこの国の貴族でも珍しくないわ、恥ずべきことだとは私は思っているけれど」


 頭を抱えるカオリを見て、ロゼッタとアイリーンは苦笑する。

 れっきとした貴族令嬢の二人からしてみれば、忌避すれども日常茶飯事な貴族の在り方である。カオリの失望にかける言葉を持たなかったのだ。


「言い忘れておりましたが、私の鑑定魔法には、対象の悪意の有無を見極める力も御座います。あの男を視認出来れば、本当に我々を貶める意図があるかどうかも、確認出来るやもしれません」


 アキの言葉に三人は目を剥く、それはあまりに破格に過ぎる能力である。


「申し訳ありませんカオリ様っ! カオリ様を如何なる悪意からもお守りするのが私の役目であるのに、己の務めを果たせずに、何が従者と云えるでしょう、どうか私に罰をお与え下さいっ!」

「いやいやしょうがないでしょ、合う人合う人全員を鑑定して悪いこと考えているか調べるなんて無理無理、それに鑑定魔法って表示情報がただでさえ多いんだから、見落とすこともあるって、それなのに罰なんてないないっ」


 カオリは慌ててアキを許すが、それが冗談かの判断が出来ない二人は、曖昧な表情で苦笑する。


「まあとりあえず今日は、ボス部屋を確認して一旦仕切り直し、ついでにあの人をアキの鑑定魔法で確認して、悪い事考えてるか確かめてから考えようか」


 そこからは通常通りに探索と討伐を再開し、その道中で土中に隠された火薬樽も発見し、戻ってからは予想通り、クリストファーのカオリ達への悪意をたしかめ、彼の計画を確信する。

 後は守護者の強さを確認し、役割を二手に分けて対応する方針と相成った。




「予想通りね。こんな杜撰な計画に、まんまと嵌められそうになったなんて、自分が腹立たしいわっ」

「落ち着きなってロゼ、あたしらが言うのもなんだが、貴族なんて大なり小なりこんなもんさね。あたしらだってお家が窮地に陥れば、どんな手段を使っても、似たようなことをするさね」

「離せっ! 無礼だぞっ、僕は男爵家の息子だぞ! こんなことをしてただで済むと思っているのかっ」


 アイリーンの硬い背中に簀巻き状態で括りつけられたクリストファーは、何とか逃れようともがくが、アイリーンはそれを意にも介さずに、そのまま歩き出す。


「黙ってないと舌を噛むよ坊や、それと言っておくけどね。こちらのお嬢さんはあんたらの国の、れっきとした貴族令嬢で、アルトバイエ侯爵家のお嬢様なんだよ、ちなみにあたしも帝国貴族の令嬢で、バンデルっていうんだが、武家なら名前を聞いたことぐらいあるだろう?」

「アルトバイエ侯爵だとっ! それにバンデルって、【鉄血のバンデル】のあのっ!」


 アイリーンの名乗りに絶句するクリストファーは、言葉も出ずに目を右往左往させる。

 自国の伝統貴族家の中でも、屈指の大貴族家で、アイリーンにしても、敵国とはいえ大陸最大の国土と国力をもつ帝国の公爵家である。知らぬわけがない。


「そんなわけで、今回の件、冒険者組合だけじゃない、あんたは貴族家を敵に回したってことさね。自領で大人しくシコシコ領地経営に精を出していればよかったものを、これで年貢の納め時ってやつさね」

「はあぁ、栄えある王国貴族が情けないわ、大方報酬金すらも出し渋った末に、場当たり的に思いついた計画だったのでしょうけど、カオリ達を侮った末の自業自得ね……」


 完全に意気消沈したクリストファーに、呆れた眼差しを向けるロゼッタは、そのまま最奥の間に足を踏み入れたが、そこでは絶賛壮絶な戦いが繰り広げられていた。


「ねえちょっとっ! 速く手伝ってよっ! キモイしデカイしハヤイしで、めちゃくちゃ強敵なんだけどっ!」


 カオリとアキが二人で相手取るのは、ケイブスパイダーの二段階上位の魔物【ケイブクイーン】である。

 子蜘蛛を大量に生み出し、洞窟を根城に繁殖を続ける危険な魔物で、別名【土蜘蛛皇女】と呼ばれる難易度金級の強敵である。


 体高およそ八メートルで、足を広げれば全長三十メートルはある巨体でありながら、体内に蓄積した鉱物成分で固めた強靭な外殻を有し、素早い動きで攻防共に高い戦闘能力を誇っている。

 そして何よりも厄介なのが、女王を守るが如く湧き出る子蜘蛛達が、討伐者を苦しめる難敵でもある。


 ただし決して洞窟から出ることがないため、不用意に接近しない限りは遭遇しない魔物でもあるため、平時は合同で徒党を組み、煙で燻し、遠距離から火属性魔法の集中砲火で倒せることもあり、討伐不可能というほど手をつけられない相手ではないことから、討伐報酬は【デスロード】には及ばない魔物でもある。


 だがだからといって、決して銀級冒険者がたった二人で相手取る敵ではないため、この光景は客観的に見て、異常と判じる他ない。


「難易度金級の怪物相手に、無傷で戦い続けているのに、どこからあんな余裕が出て来るの? やっぱりあの子おかしいわよ……、私達いらないんじゃないの?」

「やっぱり、こんな強敵見逃せないねぇ! あたしにも殴らせな!」


 クリストファーを背中に背負いながら、威勢よく駆け出すアイリーンを、ロゼッタは仕方なく追いかける。


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