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( 冒険者達 )

漢字の閉じ開きのさい、誤って元データで一斉置換した事で、筆者自身が大混乱した次第でございます。

 北のブレイド山脈を中心に見た場合、この大陸は主に二つの勢力で二分されている。

 西のミカルド王国を筆頭に据えた王国連合、東のナバンアルド帝国、二つの大勢力を切り裂く絶界の山脈(ブレイド)の切っ先、アンリのいたカルタノ村はそんな場所に位置していた。

 村長と相談し、カオリ達は西のミカルド王国、その王領の最東に位置する都市、エイマン城砦都市に向かうことになった。


「村長さん達は近隣の村々を回りながら、家族の受け入れ先を探す。私達は都市で仕事と住居を探す。まあ無難かな……」


 カオリ達は幼い、ゆえに街でもすぐに順応出来る。

 長年村社会で生きていると、生き方や考え方が固まってしまう、まったく新しい暮らしには適応出来ないがゆえの消去法だった。

 帝国ではなく王国を選んだのは、国家制度が理由であったが、決定的なのが奴隷制度の有無だ。

奴隷が合法である帝国では、無知なカオリ達では、誤って奴隷に堕とされる可能性があったからだ。

奴隷堕ちである。絶対に御免こうむる。


「それに都市では冒険者組合もあって、新参者も仕事にあり付きやすいなら、私達には打って付けだし」


 これはカオリの談、アンリとテムリも特に異論はなかったが。


「でも冒険者は危険な仕事で、主に魔物退治が多いって聞くよ?」


 カオリの心配をするアンリ、一方テムリは興奮した様子でカオリに尊敬の眼差しを向ける。


「カオリ姉ちゃん冒険者になるのっ? すげーっ!」


 ふふんと胸を張るカオリ。


「これでも初戦闘で【オーガ】をやっつけたもん、すごいかどうかは分かんないけど、まぁ大丈夫、何とかなるでしょ」


 この時カオリはまだ知るよしもなかったが、実際カオリが成したことは、けっこうな偉業だったのだ。

 ある程度経験を積んだ冒険者でも、オーガはその膂力ゆえに油断出来ない魔物で、またゴブリンも、同時に五体相手ともなると、負傷は免れない敵だったのだ。


 今回は運よく、魔物の装備が貧弱で、統制もバラバラだったのが勝敗を決めたのだったが、場合によってはゴブリンも革鎧や盾に鋭い武器を手にし、ボスを筆頭に、ある程度統率の取れた襲撃をする場合もあるのだ。


「この世界の魔物がどれくらい強いのか知らないから、何とも言えないけど、街で少しずつ稼いで、装備を充実させればそうそう死ぬこともないでしょ、――たぶん」


 少々締まらないが、カオリの言うことももっともだ。

 組合があるということは、それが仕事、あるいは業種として確立された一種の社会であるということ、また人々に必要とされ、信用のある職業であることが伺えた。


「オーガの素材も冒険者組合に行けば買い取ってくれるみたいだし、とりあえずは死なない程度の余裕もあるし、……あるよね?」

「ここから都市まで歩いて三日、食料も節約すれば一週間はもつし、道中で盗賊や魔物に奪われない限りは、大丈夫だと思うよ」


 生まれてこの方、食料の不安など感じずに生きて来たカオリは、どうもそのあたりの勘定が苦手だった。

 欲しければ買えばいい、だがこの世界は買いたくても街がない、そんなあたり前のことを実感するのに、カオリは難儀していた。

 第一お金も持っていない、今あるのも、アンリが日々の採取のついでに採っていた薬草を乾燥させ、月に一度、街へ売りに行った儲けを、少しづつ蓄えた貯金である。

 たまに狩る魔物の素材、冬の間に作った木工品、そして森でしか採取出来ない薬草類、これらはどれも村で生産出来ない物資を、街で購入するための貴重な収入源である。

 一樽の薬草の買い取り価格が大銅貨一枚、それを薬効を高める他のいくつかの材料と(せん)じ、傷薬にしたものが、小さな瓶でおよそ大銅貨八枚で買える。

 大銅貨十枚で銀貨一枚の価値があり、地域によって多少の値幅はあるものの、このあたりであれば大きく物価の変動はない。


 気を付けなければならないのは、帝国と王国では共通の貨幣が存在せず、硬貨の種類によっては取引が出来ないことである。また王国が発行している貨幣と、王国連合で定めた交金貨でも、価値が変動するので注意が必要であるが、今のカオリ達には蛇足な情報だろう。


「お父さんが残してくれた貯えが銀貨十二枚と大銅貨二十枚、私の貯金が大銅貨二十枚で、家財を交換したので銀貨六枚、消耗品もあるし、街での不安は宿代に通行税と、カオリお姉ちゃんの冒険者登録手数料くらいかなぁ」


「げ……、手数料なんて取られるの? ていうか今の私ってただの金食い虫なんじゃ……」


 気落ちするカオリに、アンリは慌てて補足を入れる。


「で、でもこうして安全に都市に向かえるのも、オーガを倒せるお姉ちゃんの護衛あってのことだし、私達だけじゃ街での暮らしに不安があるし、きっと大丈夫だよ」


 安心させるつもりが、逆に気を遣われるカオリ、街に着いたら色々と学ばねばと、心を入れ替えるカオリだった。




 そこから比較的安全な街道に出て、そこから山もなく谷もなく、順調に進んだ。ちなみにこの街道は、戦場までの行軍路でもあるため、定期的に魔物が掃討されているために比較的安全に進むことが出来ていたのだが、現在両国は停戦状態なために、軍の往来はなく、同時にその安全も絶対ではなかった。


 それでも危機的状況に遭遇することなく、日中は休憩を挟みつつ歩き、日が陰れば木のそばや小さな丘に寝床を作り、カオリとアンリの交代で火の番と見張りを、薪もある程度は持っていたが、だいたいは移動中に拾ったものを使った。


 長距離を野営しながら歩いての移動に、カオリは正直不安があったが、ゴブリン達との戦いの後から、何故か身体がとても軽い、不思議に思いながらも、今は助かるため、悩むことでもないと思うことにした。

 ただし風呂やトイレのない生活に慣れないカオリは、汗ばむ服や埃で汚れる髪が少々気になったが、アンリもテムリも気にしていない風だったので、自分も文句は控えた。


 余談だが、この時、カオリは野排泄のレベルが、精神的に上がったことを実感した。

紙がないことがこれほどに影響を及ぼすと思わなかったが、川から汲んだ水で(ゆす)ぎ、濡らした専用の布で拭うだけでもかなり違う、これが水の手に入らない荒野だったなら、どれほど精神をすり減らしたことか。


 三人は三日目の夕刻前に、都市に到着した。


 カオリの目測で九メートルはあるだろう、堅牢な石造りの城壁が、村を破壊された記憶が生々しく残る三人には頼もしく見える。

 子共三人の一行に、衛兵は目を丸くしたが、村が魔物に襲撃されたこと、村を放棄して皆ちりじりになったこと、年長のカオリが冒険者になり、都市で安全に暮らしたいことを伝えると、同情してくれた。

 ただし規則として通行税は徴収、どうしても払わねばならないと、沈痛な面持ちで伝えられ、慌てて大銅貨三枚を治めると、三人は頭を下げながら都市に入った。


「別にまけて欲しくて言ったわけじゃないのに、良い人だったね」


 カオリの苦笑にアンリも同意する。

 村が放棄され、村人が路頭に迷うなど、この世界ではありふれたことだ。

 それでも子供三人で、というのは珍しいと云う、いても物乞いかスリか、あるいは野盗の小間使いが関の山、ここが帝国ならば奴隷もありえた。

 自分達だけで自立の目処があるだけ、自分達は恵まれていると考えるのは、なにも卑屈ではないはずだ。


「ほぇ~、なんだか今初めて、別世界に来たって実感するな~」

「別世界? ……私も都市に来たのは初めて、なんだかすごいね」

「すっげー、全部石だっ、かっけー」


 完全なおのぼりさんの三人に、気を止める人は少ない、時折すれ違う大人に、子供しかいないのを、不思議がる視線がある程度で、不信がられるというほどではなかった。


 まったくの余談だが、この世界で一五歳は立派な成年である。しかしそれでもカオリが子供に見られたのは、ひとえに日本人が特別幼く見えるからなのだが、カオリ自身が自分を子供と認識しているので、ここまで疑問を抱くことがなかったのである。

 同情してくれた衛兵に、冒険者組合や宿の場所を教えてもらっていた三人は、まずは冒険者組合に向かい、情報収集しようと決めていた。

 下手に別れると、はぐれたり、最悪悪漢に連れ去られる危険も、無きにしも非ずと判断したのだ。


「あの、やたら武装してる人達が出入りする建物がそうだね」


 カオリが指さす先に、目的の建物があった。

 石造りの大きな三階建ての建物で、これまた大きな門構えの上には、剣と盾を組み合わせた徽章が据え付けられていた。

 二人をこんな場所に残すのが忍ばれ、三人で中に入る。


 冒険者組合といっても内実は様々で、大陸中央や海運都市、または地方領地や自治都市でも、その役割は大きく変わる。

 ここ、エイマン城砦都市もそれらの中では、王の直轄領ということ、帝国との戦場が近いということもあり、仕事は主に危険度の低いものが多い、何故なら、定期的に軍が行き交うため、危険な魔物や野党の討伐、有力商人の護衛や傭兵業を、ミカルド王国の兵士が兼任してしまうからである。


 ただし国境付近であるため、未開の迷宮や森など、国家の領土問題の微妙な場所での仕事もあり、冒険者が仕事にあぶれるということもなく、よい均衡を保っていた。

 そうするとここのギルドの顔ぶれも、おのずと駆け出しから中堅クラスがほとんどで、高レベル冒険者は一握りになる。


 これが自治都市で、迷宮を管理する組合のある街だと、危険で、かつ高報酬の仕事が増えるため、最低でも中堅レベルが求められるものなのだ。

 ゆえにエイマン城塞都市の冒険者組合では、若くて血気盛んな冒険者が大多数を占めていた。

 門を潜った大広間では、その日の仕事を終えて報酬を得た若もの達が、大きな声で酒盛りをし、男性が女性の給仕に堂々とセクハラをする姿も見える。


 明らかに場違いな三人は、急いで広間の端の席を確保する。

 給仕の女性が笑顔で三人に近寄り、要件と注文を伺う。


「魔物の素材の買い取りと、冒険者登録がしたいんですが」


 カオリが笑顔の女性に答える。


「でしたら買い取りは入口左手の受付へ、冒険者登録はその奥になります」


 カオリは二人に待つように言い、素材の入った袋を持って買い取りの受付に並ぶ。

 ほどなくしてカオリの番となり、袋をカウンターに置くと、初老の男性が袋の中身を(あらた)める。


「【オーガ】ですか、これはどちら様かのお遣いで?」


 男性が袋詰めされた素材を、一目見ただけで判別する。日々大量に持ち込まれる素材を検品しているだけあり、目はたしかなようだ。

 素材の種類としては、先ず皮に牙が主で、大腿骨のような大きな骨も、加工品の素材として値が付く。

 男性の質問にカオリは素直に答える。


「いえ、私一人で倒しました。あ、でも解体は村の狩人さんにやってもらったから、どこがどれか私は分からないです」


 少し困り顔で言うカオリだが、男性の目は大きく見開かれた。


「貴女のようなお若い女性が、オーガをお一人で? それが本当ならそれは大変なことですよ? 素材を見れば日も経っていない、貴方も大きな負傷もなく、余程華麗に倒したことになる」


 よもやここで、そんなに評価されると思っていなかったカオリは、男性の声音に面食らった。


「貴方が冒険者であれば、将来有望なものとして、多方面から声がかかることでしょう、では鑑定しますので、しばらくお時間を頂戴します。こちらにお名前を記入し、施設内でお待ち下さい」


 思わぬ高評価に気を良くするカオリ、姉弟を振り返ると、二人とも喜んでくれていた。自分の名前をこの世界の文字で書けないカオリは口頭で伝え、男性に代筆をしてもらいその場を離れる。

 そのまま続けて冒険者受付に進み、中の女性に話しかける。


「冒険者登録ですね。では登録手数料に銀貨一枚を、後こちらの魔水晶に手を触れてください」


 登録手数料の値段は衛兵に聞いていたので、アンリから借りる形で用意していたカオリは、銀貨を取り出し渡す。

 そして銀貨を置いたカウンターの横を見ると、そこには明らかに怪しい水晶が置かれていた。


「これは?」

「危険なものではないのでご安心を、触れた人の魔力の流れから、その人の魔力量や肉体強度、知力や特異構造を読み取り、レベルという数値に可視化する装置ですので」


 言われたカオリは某超戦士漫画に登場するスカ○ターを想像し、納得した。高すぎて壊れるまで想像した。


「便利だな~、魔法って」


 などと呑気に呟き、受付嬢に笑われながら、手を触れる。

 水晶が淡い光を放ち、カオリの中に何かが廻る感覚があった。


「では冒険者となられる前に、講習を受けていただくことになりますが、少々お時間をいただくことになるので、今日は受付だけして、明日の朝、また受けていただくことも出来ますが、いかがなさいますか?」


 少々考え込むカオリ、たしかにもう夕刻であるし、宿の確保も出来ていない、時間がかかるなら明日に回して、今日は先に宿探しがしたかった。


「なら今日は遠慮します。また明日の朝に来ますから、よろしくお願いします」


 答えるカオリに、ハイと笑顔で頷き、受付嬢は書類を出す。


「では登録前に必要事項だけ、こちらに記入していただきます。代筆も出来ますがそれは別途料金がかかりますが、いかがなさいますか?」


 ここへ来て再び異世界の壁が立ちはだかり、カオリは目を伏せる。


「……この国の文字を知らないんです。代筆でお願いします」


 この時のカオリは知るよしもなかったのだが、この世界の識字率は五割にも満たないものであった。

 特に冒険者になろうかというようなもの達では、全体では三割を切るのである。さすがに中堅クラスになれば依頼の難易度から、参加人数も増え、それを管理する必要があるため、最低限の教養を求められるが、この都市では水準は低かった。

 そのため受付嬢が表情を変えずに、その後も応対したことを、カオリはとても出来た女性だと、勝手に感動したのだった。


「初めにお名前を頂戴します」

「カオリです」

「カオリ様ですね。ご年齢は?」

「今年で十六です」

「お若いですね~、お住まいはございますか?」

「いえ、初めて来た街で、宿もこれから探します」

「そうですか、でしたらこちらで組合の運営する合宿か、お勧めの宿をご紹介出来ますが、いかがなさいますか?」


(ファンタジーっぽさ皆無か、まあ、実際問題大切なことだもんね)


 カオリは思っていた以上に、地味な事務手続きに、早くもげんなりしてしまった。

 その後もいくつかの質疑応答を経て、ようやく最後に冒険者証を発行するという、先ほどの魔水晶で読み取った情報を、紙媒体に移し替えるのに時間がかかるため、事務手続きを後回しにしたのだと理解する。

 だが、カオリの冒険者証を奥の事務員から受け取った受付嬢は、カオリの冒険者証を見て、目の色を変えていた。


「えっ? レベルが既に五レベルで、しかもスキル持ち!」


 受付嬢の声を聞いた周囲の冒険者達が騒然とする。

 そこへさらに、買い取り受付の男性が声をかける。


「ほとんど傷もなく、ほぼ数撃で倒された最高の状態でしたので、このオーガの買い取りには、多少色を付けさせていただきました。まだお若いのによい腕をお持ちで」

「「おおぉ!」」


 渡された銀貨数枚を、数える暇もなく受け取るカオリ、周囲に感嘆の声が広がった。


(目立ってる! ちょー恥ずかしい!)


まずもって目立つことが苦手なカオリは、顔を真っ赤にして俯いた。

職務を思い出し我にかえった受付嬢が、手にしたカオリの冒険者証を渡すため、はからずも日頃より大きな声ととびきりの営業スマイルで、冒険者証を差し出したのも、まるで表彰式を連想させ、カオリをさらに羞恥で追い詰めた。

実のところこの時のカオリの反応が、後々もよい効果を与え、気取らない貴族の令嬢、または純朴な異邦の戦乙女、などと尾ひれを付けて、噂の種になったのだが、カオリは知らない。


「最後は拍手までされてたねお姉ちゃん」

「やめてっ、あんな風に目立つのははずかしいよぉ」

「カオリ姉ちゃんカッコよかった!」


 組合を拍手と冷やかしで見送られ、そそくさと退散した三人は、組合で紹介された宿に向かう。

 渡された地図で、この都市の様子を確認するカオリ。

 東、南、北西の三カ所に門があり、綺麗に放射状に区画整備された町並みが美しく、ミカルド王国がこの城砦都市を如何に重視しているかがうかがえる。


 冒険者組合の位置は北西の商業区画にあるため、宿もさほど遠くはなかった。

 二階建ての建物に目的の看板を見付ける。

一階は食堂と受付が一緒になり、風呂兼用の洗い場と(うまや)が奥の通路の先にあり、二階が宿泊部屋になっている。

 中世西洋風の文明レベルでカオリが最も気にしていたことが、排水設備、主に風呂とトイレ事情であった。

 ちょっと意地悪な兄により、古代の人々の生活風景の夢を、悪い意味で大きく汚されていたカオリは、どうしても不便かつ劣悪な環境を覚悟していたのだが、この世界でその覚悟はいい意味で裏切られる。

 魔法の発達が著しいため、土木工事や製鉄技術に至るまで、そのほとんどに何らかの形で魔法が関わっていた。


 大きな掘削作業や石の切り出しは魔法で労力を軽減し、鍛造や溶接も魔法により強度の高い鉄製品が造れ、さらには浄水技術に至るまで魔法の恩恵があるのだという。

 また魔法技術の研究が盛んになり、一般レベルでも学術研究やそれを普及する組織や施設も多く、農村や集落は除き、都市での生活水準は非常に高かったのだ。


「お兄ちゃんに教えてもらった無駄知識も、こうして見比べれば、色んなことに気付くヒントになるなぁ」


 宿で与えられた部屋に荷を降ろし、洗い場で服や靴の汚れを落としながら、カオリは独り言を呟く。


「カオリお姉ちゃんには、お兄ちゃんがいるの?」


 隣りで同じように洗い物をするアンリが、カオリにそう聞く、ついでにとテムリの衣服や使った食器も洗っているが、この少女は女子力がカンストしているな、とカオリは思う。


「うんいるよぉ、無駄に知識ばっかり集めるのが好きな、ちょっと変人が一人」


 笑うカオリを、アンリが羨ましそうに見上げる。


「頭のいいお兄ちゃんなんて、羨ましいなぁ、カオリお姉ちゃんもきっと、とっても頭がいいんだろうなぁ」


 村を出てからここのところ、アンリの口調はかなり軟化し、今では親戚の姉くらいには、砕けた自然なやり取りが出来ていた。


「どうだろうね~、私から見ればアンリもテムリも自分で自分のことが出来て、生活力もあってすごく優秀に見えるけどねぇ」


 双方共に当然と言えば当然のことに、二人して首をかしげる。


「カオリお姉ちゃんは貴族ではないの?」

「貴族ってアレでしょ? 召使いがいて豪華な食事をして、家庭教師とか付けて、歌ったり踊ったりドレスを着たり、私は別にそんなんじゃなかったから、貴族とは言えないなぁ」


 異世界の身分制度と現代日本の一般家庭では、もはや比べる基準がよくわからないが、魔物が跋扈し、隣国と戦争が絶えないこの世界と比べれば、自分がいかに恵まれていたかなど、考えるまでもない。


「でもカオリお姉ちゃんの上着に、紋章が付いてるけど、それはお家のものとは関係がないの?」


 言われて初めて、そういう見方があるのかと気付くカオリ。


「ああこれは、通うはずだった学校の制服でね。そういえば行けずじまいだけど、こうなったら諦めるしかないよねぇ」


 ハハハ、と空笑いをするカオリ、だがアンリはそうは思わなかったのか、立ちあがるとカオリの両手を掴み、顔を近付けた。


「それでいいのっ? 学校でしょ? すごいことだよ、学校なんて貴族様か商人様か、才能のある優秀な子弟の人しか通えない立派なところでしょ?」


 言い募るアンリに、カオリは慌てて説明する。


「学校っていっても、私達のせ……国じゃ普通で、普通の家の子供がみんな通うもので、たぶんこの国の学校とかと違うと思うよ? 義務教育ってやつだったから、特別お金がかかるってわけでもないし、ね?」


 どこか腑に落ちないアンリではあるが、現実問題当面、自分達で生活費を稼がないと行けない以上、学校など夢のまた夢、カオリに至っては、元の世界に帰れるかも微妙なのだ。


「いいなぁ、私も読み書きが出来て、算術が出来れば、お仕事にも困らないし、本も読めて魔法も覚えられるかも知れないのに」


 思わぬところから魔法の片鱗を聞いたカオリだが、それよりも学、イコール仕事と考えられるアンリに、尊敬の眼差しを向ける。


「読み書きは私には出来ないけど、この世界の文字とか言葉とか知らないし、でも数を数えたり計算するくらいは出来るかな?」


 次はアンリがカオリに尊敬を表情で示す。


「凄い! カオリお姉ちゃん出来るの? 強いだけじゃなくて勉強も出来て、やっぱりお姉ちゃんは凄いよ!」


 これはいよいよを持って、情けない姿が見せられないなと、内心で覚悟を決めるカオリだった。

 身体も適度に拭い、アンリは荷物の整理へ、カオリは部屋で留守番をしていたテムリを連れて、再び洗い場へ行き、一段落したころにはすっかり夜になっていた。

 いい具合にお腹も減り、客用の釜戸を借りて、簡単な夕食を部屋でとった三人は、明日に備えて早々に床についた。


 翌朝一番に、カオリは冒険者組合へ足を運んだ。

 組合では新人冒険者を対象に、まず初めに講習を受けることを義務付けていた。


 要約すればこうである。


 ――まず初めに生死について。

冒険者組合は原則として、いかなる負傷あるいは損失、最悪は死亡が確認されても、一切の責任は負わないこと、ただし事前依頼情報にない事態、例えば依頼の重複による同業者との衝突など、明らかに組合側に責任があった場合は、損害賠償にも応じる。


 ――次に報酬について。

張り出されている依頼の報酬金は、依頼者からの依頼料全額から既に三割を引いた金額が掲載されていること、理由はギルドの運営費と依頼への調査費がかかるからである。


 ――次いで昇級制度について。

冒険者には階級があり、それにより依頼出来る難易度が決められている。下から銅、鉄、銀、金、黒金、神鋼、の六つからなり、新人は始め、どれほどの能力を有していても、銅から一階級ずつ昇級していかなければならない、理由は、組合が強さや能力よりも、信用を重視しているからである。


 ――後重要なことが、依頼を遂行出来なかった場合について。

先ず依頼には契約金を支払うことで契約し、依頼が完了されれば返金されるが、失敗すれば契約金は徴収され、依頼によってはさらに報酬金と同額を、罰金として支払わねばならない場合があり、理由は依頼主への損失や、信用を損なったことへの保証に使われるからである。

 最後にこれらに同意し契約書に氏名と指印をすることで、晴れて冒険者になれるということだった。


「……疲れた」


 本来はこの内容をさらに倍ほどに細分化し、細かく規定された契約書に目を通さないといけなかったが、現地の文字を読めないカオリは、職員に読んでもらわなければならなかった。

最後の方ではもはや、お経にしか聞こえないほど難しい単語の連続に、カオリは辟易した。あまり智恵を持たない、悪く言えば頭の悪い冒険者の多くが、これらの説明を果たして理解しているのか甚だ疑問ではあったが、カオリは何とか要点だけは頭に叩き込んだ。


 カオリは渡された契約書の控えを持って、案内された二階の別室から一回のホールに降りた。

 講習担当者からまず仕事の初請け負いについて、指示を仰ぐように言われたので、まっすぐ受付に向かう。


「ああ、カオリ様、こちらへどうぞ」


 カウンターには三人ほどが、入れ替わり立ち替わりで受付をし、朝の込み合う冒険者への対応に追われていたが、一番端にひょっこりと女性が顔を出した。

 昨日と同じ受付嬢が、カオリを手招きする。


「講習お疲れさまです。改めて自己紹介をします。新人担当のイソルダです。カオリ様におかれましては、初仕事ということでいくつかご提案がございます」


 濃い目の茶髪を短く整え、標準的な体型を組合の制服でキッチリと着飾ったイソルダは続ける。


「冒険者は危険が付きものです。なので、新人の方々に提案しているのが、荷物持ちとして経験豊富な冒険者のお仕事について行ってもらい、初歩的な指導を受けていただくこと、または、少々高額な金額をお支払いいただき、専属の指導員を付けて頂くという、二点の提案です」


 カオリは即答する。


「荷物持ちでも何でもします。安い方でっ」


 イソルダは笑顔を絶やさず、では、と何枚かの依頼書を出して、その中から一枚を取り出す。


「カオリ様は期待の新人ということで、当組合でお勧めの冒険者の方々を紹介させていただきます。この依頼書を持って二階の三番談話室へ行っていただければ、依頼者である冒険者の方々がいらっしゃるので、そちらで詳しい依頼内容を聞いて、こちらの依頼書に署名いただければ、契約成立になりますので、どうぞ」


 渡された依頼書を片手に、カオリは小走りで階段を上り、三番談話室(文字を読めないので、階段を上って何番目の扉かを何度も聞いて)の扉をノックした。

 中から返答が返り、カオリは恐る恐る扉を開ける。


「失礼しまぁ~す」

「よっ、待ってました!」

 ビクリと驚くカオリ。

「馬鹿、驚かせてすいません、どうぞ中へ」


 促され中に入るカオリ、やや広い談話室には四人の男達が座っていた。


「期待の新人、しかも可愛い女の子と聞いて、今日はみんなで楽しみにしていたんだ。あ、どうぞ座って下さい」


 荷物持ちか指導員か選べたはずなのに、何故かカオリが来ることが決まっていたかのように話す男に、若干訝しげな気持ちを抱くが、つい最近、高校入試で面接を受けていたカオリは、ついつい条件反射で居住まいを正していた。

カオリの礼儀正しい振る舞いに気を良くした男は、すぐに椅子を勧めた。


「噂通り、実に気取らず礼儀正しい人柄、我々のような荒くれの冒険者には、不釣り合いな女性ですな、いや嫌味を言っているわけではないのですよ?」


 そう言ったのは、一番左に座る男、白髪交じりの暗茶色の長い髪を無造作に流し、柔和な表情を浮かべる中年男性だった。


「オンドールさん、それでは反って緊張させてしまいますよ」


 二番目に座るのは、眼鏡をかけた線の細い男で、茶髪を綺麗に切り揃え、魔導士風の小奇麗な格好をしている。


「いいねいいね。俺達が最初にお近づきなれたんだっ。他の奴らに自慢してやらねぇとなっ」


 声の大きいのが三番目に座る男、大柄で猛々しく、金髪を後ろに撫で付けた風貌は粗野だが、嘘のつけない性格なのが見て取れる。


「まったく、自己紹介もまだなのに好き勝手言って、すいません、俺がこのパーティー【赤熱の鉄剣】のリーダー、アデルです」


 最後に上座に座っていたのが、明るい茶色で癖の強い髪を適度に横分けに整えた。人の良さそうな雰囲気の男が、名を名乗った。


「レオルドだ」

「イスタルです」

「オンドールと申します」


 次々に名を名乗り、カオリは必死に心の中で整理しながら、居住まいを正す。


「カオリですっ。今日はよろしくお願いしますっ」

「さっそくで申し訳ないのですが、女性に荷物持ちというのも気が引けますが、依頼内容は把握されていますか?」

「一応は、魔物狩りだと聞かされました」

「正確には街道の安全のための哨戒を兼ねた。素材稼ぎですが、それはおいおい説明するとして、実は我々は新人育成が好きで、よくこうして新人の方を、荷物持ちに指定するんです」

「そうなんですか?」


 聞き返すカオリに、オンドールが頷く。


「この街は駆け出しが多いですからね。我々は安く人を雇え、ついでに新人も鍛えられて恩も売れる。一石二鳥なのです」

「とかいっちゃって、新人をほっておけないお人よしなんです」

「ぐむ」


 へぇ~、とカオリは感心する。


(なんだか海外ドラマのワンシーンみたい、からかいあっておどけて、演技じゃなくて自然と振舞ってるのがさまになってて、仲いいんだなぁ)


「皆さん仲がいいんですね」


 カオリが思ったことと同じ感想を口にし、「腐れ縁ですよ」と濁すアデル、よく言われるのかもしれない、いい大人の男達の仲がいい光景に、カオリは微笑ましい気持ちを抱く。


「では昼までに出発して、二泊三日で目標数を稼ぎます。新人ですので装備などの準備指導も、我々が指示しますので、これから僕と一緒に市場へ行きましょう」


 カオリを独り占めすることに、レオルドからからかわれるアデルだが、ヒラヒラと手を振って受け流す。それぞれも一時解散となり、一同は組合を後に、カオリとアデルは二人で市場へ向かった。


「やっぱり仲間を作ったほうがいいんですか?」


 市場への道中、カオリは思うところを聞いてみた。


「うーん、一人でいるよりは生存率も上がるし、いろいろ効率的で便利なことが多いから、ほとんどの冒険者はパーティーを組むものだけど、何も絶対って訳じゃないからなぁ、無理に人を集めるよりも、信頼出来る人をって思うし、縁のものが大きいかな」

「縁ですか?」


 言葉は理解出来ても、そもそもカオリはまだ十五歳、学校で出来た友人も知り合いも、なにも探して出来たものではない、部活にも打ち込んだこともないので、まだ人の縁というものに、実感を持てずにいた。


「カオリさんには友人や家族の他に、大切な人はいるかい?」

「……それは恋人、とかですか?」


 ちょっと自分でも違うかなと思いながらも、言ってみたカオリに、アデルは少し気恥ずかしそうにしながら、優しい笑みを浮かべる。


「というよりも、仲間、かな?」


 仲間、仲間、と反芻するカオリ。


「気が合う友人ではなくても、協力して目的を共にする。苦楽を分担し合い、お互いを高め合う、それが仲間だと僕は思っている。そこには時に、友人や家族をも超える絆があると思うんだ」


 カオリはアンリとテムリの二人の顔を思い浮かべた。ひょんなことで出会い、助け助けられながらここへ来た。

 あの二人との関係も、思い返せば縁と云えるのではと。


「ちょっと話がそれちゃったけど、そんな仲間との出会いも、本当に些細な出来事が切っ掛けで、今日まで続いてる。偶然の連続が人の〝縁″だと思う、まあ、これは僕の個人的な見解だけどね。カオリさんが望めば、いつか必ずいい仲間と出会えるよ」

「なんだか、分かった気がします。また自分なりに考えてみます」


 「それはよかった」と返すアデルは、きっと本当にいい人なのだろうと、カオリは思う。

 ミカルド王国の王領で取れた食材や民芸品、エイマン城砦都市内の工房で仕立てられた衣類や武具、総菜や加工食品類は大体が都市の中央市場に集められる。

 都市への通行税の他に積み荷別に関税がかかけられ、品質の割に割高の商品があるので、注意が必要である。


「装備といって何も武具だけじゃない、重要なのが靴に外套に日用品と様々さ、まず旅の支度を整えないと野営もままならない、カオリさんは剣は持っているし、今回は荷物持ちだから、基本は戦闘には加わらない、だったら動きやすくて長持ちする衣類を、先ず揃えよう」

「たしかにこの都市に来るまでの三日間、凄く足の裏が痛かったです。夜も寒くて火がないと寝付けなくて」


 アデルは頷く、そして少し難しい表情になる。


「ちなみにその立派な上着は、何かこだわりがあって着ているのかな?」

「? いえ、これしか持ってないので着てるだけです。すごく動き辛くてどうしようかと思って……」

「……不思議なことをいう人だね」


 微妙な空気が流れる。

動き辛いと思っている服しか持ってないなど、端から聞けば不審極まりない、ましてやこの世界の基準で言えば貴族の召し物と言っても差支えないデザインである。

 よく思われても、せいぜい貴族の家を飛び出したか、それでも普通ではないだろう、最悪盗品と思われても不思議ではない。


「まあ、こだわりがないなら都合がよかったよ、こっちで一式を揃えてしまおう、ただし予算は基本的にカオリさんが出してもらうけど、今回は報酬を見込んで貸すことも出来るけど?」

「あー、オーガの買い取りで結構貰ったので、ていうかこの世界……、この国の相場といか、お金の価値? を知らないので」

「……なるほど、僕が全部見つくろうよ、お金を預かっていい?後、女性の趣向は分からないから、センスは問わないでね?」

「……ごめんなさい」


 仕方ない。


「中古の革長靴、銀貨三枚、麻のシャツ二枚、大銅貨六枚、着古して袖を落とした革外套、銀貨二枚と大銅貨五枚、油照りのいいマント、銀貨三枚、水筒と各種小物、銀貨二枚、合計銀貨十一枚と大銅貨一枚、どうだ?」

「ギリギリセーフです」

「「はあぁ」」


 二人して同時に息を吐く、オーガの買い取りが銀貨十五枚、冒険者登などに銀貨大銅貨それぞれ一枚ずつ、今回の依頼契約金に銀貨一枚、今朝宿の洗い場使用に小銅貨五枚、現在残金が大銅貨三枚に小銅貨五枚、本当にギリギリだった。


「これで何とか冒険者としての最低限の旅装は揃った」

「本当にありがとうございます。食料とか消耗品と、本当はもっと自分で揃えないといけないのに、何から何まで……」


 アデルは頭を振る。


「カオリさんはいい方さ、自分の予算内に収まったんだから、たまに本当の無一文の人もいるしさ、それにカオリさんならすぐに稼げるようになるさ」


 事実、食い詰めて冒険者になるもの、生家を追い出されて仕方なくなるもの、もっとひどい事例も中にはある。

 市場を離れ、そのまま城門に向かう二人、アデルの旅装も他の仲間達が運んでくれているという、今日はそのまま出発のようで、太陽が真上になるまで、まだ一刻の余裕はある。


「これがカオリさんに持ってもらう荷物です」


 アデルに両手で渡された大きな荷物を、手伝ってもらいながら背負うカオリ。


「どう? あまり重すぎるようなら減らすけど」


 背負ってみて、軽く飛んでみて、頷くカオリ。


「いけそうです」

「「おお」」


 感心する一同。


「思ったよりやるじゃねーか」

「なかなかな健脚、見込みがある」


 レオルドとオンドールがカオリを褒めた。


(やっぱり褒められると、恥ずかしい)


 顔を赤くしながら、笑顔で誤魔化すカオリに、皆口元を緩めた。


「では出発しよう」


 いよいよ冒険者としての初仕事である。




 エイマン城砦都市の北西門から出発し、しばらく街道を進んだ一行は、次に街道を外れて北に進路を変える。

 この二年ほどでハイゼル平原周辺の情勢が変わり、街道周辺の魔物が増えていた。理由はさておき、冒険者にとっては食い扶ちが増えるのは歓迎である。


「この辺りは戦争で連れてこられ、野性化した後、魔物化した【ウォーウルフ】とか、死肉食いの【スカルレイブン】 死体から武器とかを拾いにゴブリンとかが出る。草むらや上空に気を配りながら進むんだ」


 アデルの指示に従い、気を引き締めるカオリは、荷物が満載の背嚢を担ぎ直し、足を進める。


(やっぱりゴブリンを倒してから、身体が軽い、組合でレベル五とか言ってたから、魔物を倒してレベルが上がって、体力とか力が上がったのかな? 本当にゲームみたい)


 顔には出さずに気分をよくするカオリ。


「本当に大丈夫みたいだね。たいしたものだ」


 眼鏡のイスタルが独り言のように声を出す。


「なんだ。疑ってたのか?」


 レオルドが片方の眉を吊り上げ、イスタルに食い付く。


「体幹もしっかりしているし、荷物を背負ってすぐわかるだろう」


 オンドールも追従する。


「そちらと違って僕は魔法職だから、見た目で優れているとか分かりませんよ、僕にとっては殺気とか気配とか、眉唾ものですけどね。魔力の流れや色から相手の行動を予測する方が、余程当てになる」

「馬っ鹿、そりゃ気合いだ気合い、こうピーンと来るもんがあんだよ」

「まぁ、経験則というやつかな」


 魔法職と戦士職では、鍛える身体や感覚が違うのか、三人はそんな他愛のないやり取りをする。

 カオリにはどっちも経験のないものである。

 実際のところは、魔法職と戦士職で、ステータス上昇値に違いがあり、イスタルのような魔法職はカオリよりもレベルが高くても、腕力にかかる補正や上昇値が低い、この世界でそのあたりの知識や常識がどのように扱われているかを、カオリは知らない。


「ほら、馬鹿言ってないで、お出でなすったぞ」


 前方一間ほどの距離、地上を駆ける獣の群れが見える。

 それぞれ抜刀し、イスタルがカオリと距離を詰め、残りの三人が適度な距離感で散開する。

先ほど話に出ていた【ウォーウルフ】という魔物だ。

 全身を黒い毛に覆われた。大型の犬でオオカミよりは小さい程度だが、よく見ると体毛が独特の光沢を放っている。


「ウォーウルフは主人だった騎士に従い、戦場で人間と戦った軍用犬が魔物化したものでね。さらに魔力を取込み成長すると、全身が鎧のように硬く、場合によっては一部が剣のように鋭く突起する。割と厄介な魔物なんだよ」


 解説を言いながら、仲間達に順次、防護魔法をかけて行くイスタル、慣れていて落ち着いた様子に、カオリも緊張を息と共に吐き出す。

 アデルは革鎧に小盾とブロードソード、レオルドは袖なしの鉄の胴鎧に大きな両手斧を、オンドールは帷子や皮や鉄板を組み合わせた軽装鎧に、ロングソードと背に短弓を背負っていた。


 一斉に攻撃してくるウォーウルフ達を盾で迎え撃ち、レオルドが各個撃破、オンドールが巧みに切り伏せつつ、アデルが押しかえす。

 一糸乱れぬ連携に息を飲むカオリ、村でゴブリン達を相手取った村人達とは違い、確実に危なげなく、敵の数を減らしていく様子は、まさに熟練のなせる技だった。


「見て御覧、今アデルの攻撃で仕留められなかった奴がいますよね? でも深追いはせず、ああして下がりながら次の敵を誘い込み、相手がアデルの前に殺到するように仕向けるんです。そこをレオルドが纏めて切り伏せ、離れた奴はオンドールが矢で仕留める」


 涼しい顔で冷静に分析するイスタルの解説を、カオリは集中して聞いていた。


「盾を持つ壁が攻撃に集中すると、追撃で体制を崩される恐れがあるから、ああして止めは他の仲間に任せてしまうのが、パーティーで生き残る鉄則です。倒すことに躍起になると大怪我する可能性が高い、それでは冒険者を続けられなくなりますからね」


 目の前の敵を斬るだけでは、生き残れないということを、見て学ぶカオリは、瞬きも忘れて食い入るように見詰めていた。


「敵が弱って来た! イスタル頼んだ!」

「【―焼き払う(バーンフレイム)―】」


 残る四頭を囲むように追い詰め、イスタルが最後に炎の範囲魔法で焼き尽くし、戦闘は終了した。


「ウォーウルフが計一八匹、まあまあかな、この調子で後二~三度繰り返せば、ノルマ達成だな」

「その前に飯にしようぜっ、飯に」


 レオルドが素材を剥ぎ取りながら不満を訴える。


「こらレオルド、カオリ君に剥ぎ取りの説明をしているんだ。静かにしないか」


 「おっとすまねぇ」とレオルド、オンドールによるウォーウルフの解体と素材剥ぎ取り、冒険者にとってなくてはならない必須技能の一つである。


「素材の回収で最も重要なのは、討伐数を示す証拠の回収だ。ゴブリンやオーガのような人型の魔物は、角や牙、耳などを見せれば討伐数が数えられる。だがここで覚えておいてほしいのが、魔物から取れる【魔石】だ」


 閲覧注意な状態のウォーウルフの死体の傍で、血と脂の匂いに顔を歪ませながら、カオリはオンドールが手の平に乗せる宝石と石の中間のような塊を見詰める。


「カオリ君は、実物を見たことは?」

「たぶんないです」


 宝石や鉱石ならともかく、魔石なんてものが地球にあるわけがない、カオリはたんに見覚えがない風を装う。


「魔石を持つ魔物と、持たない魔物の違いについては諸説あるが、冒険者組合にある装置で調べれば、どの魔物から回収したか分かるようになっていてね。素材を剥ぎ取る時間が惜しい時は、最低でもこの魔石だけでも回収出来れば、組合が買い取ってくれる。骨折り損になりたくなければ、覚えておきなさい」

「はいっ」


 オンドールの説明は、冒険者稼業を続けるための、最低限の知識に留まっていた。

 補足説明をするのであれば、回収し買い取られた後の、魔石の取扱についてだろう、なぜならその活用方法こそ、冒険者が独立した組織として、大陸に広く普及した要因でもあるためだ。

 しかしながら、この話にはかなりの権益が絡んでいる。オンドールは少女にしか見えないカオリに、この話を深く語ることを、意識的に避けたのだった。

 カオリがこうした。しがらみを知るのは、もう少し後になる。


そして一同は少し移動した先で、簡易の拠点を作り、腰を下ろした。ただし一人は見張りのため、少し離れて立つ、今はオンドールが立っていた。


「すごいですっ! 格好いいですっ!」


 カオリは大きく息を吸い、皆を称賛した。


「女の子にこうも褒められると、なんか、すごくむず痒いな」


 アデルが顔を赤くし頬を掻く。


「どうだっ、張切った甲斐があったぜ」

「張切ってどうする。冒険者としての基本を、普通に教えないと意味がないだろう、あの程度で怪我をしていたら目も当てられないぞ?」


 まあまあとアデルがイスタルをなだめる。


「前衛三人の連帯もすごいし、それを冷静に観察しながら、最後に魔法でやっつけたイスタルさんも格好よかったし、冒険者ってやっぱりすごいんですね!」


 言われたイスタルも、目を瞑り顔を赤くした。


(クールキャラと思ってたけど、なんだか可愛いなこの人、解説してくれた時もそうだけど、案外おしゃべり好きなのかも)


 脳内で勝手にキャラ付けしているカオリの内心を何も知らずに、三人は会話を広げ、昼食を済まし、交代でオンドールも食事を済ませ一行は再び歩き出す。

 昼からの行軍も問題なく討伐数を稼ぐ一行、カオリも魔物の動きに慣れ、【赤熱の鉄剣】の動きに順応して行く。


「カオリさん危ない!」


 空を舞うスカルレイブン達が投下した人間の頭骨が、鋭い放物線でカオリとイスタルの頭上に殺到する。

 カオリを後ろに下がらせ、綺麗に躱すイスタル、の後ろで、パシッ! と乾いた音が鳴る。

 振り返るイスタルが見たのは、頭蓋骨を両手で持ち、驚愕の表情で固まるカオリ、イスタルも固まる。躱すよりキャッチした方がいいと判断したのか、ただたんに躱す余裕がなかったのか。頭蓋骨を両手に持ったまま、カオリはイスタルに何とかしてもらおうとしてか、ジリジリと近寄る。


「いや、いやいや、何でこっちに?」


 フルフルと首を振るカオリ。そうとう嫌そうな表情だ。


「ちょっ! 近づけない下さいよ!」

「頭っ、人の頭がっ」

「遊んでる場合かっ お前達! あっ!」


 一頭のウォーウルフが、アデルの隙を突いてイスタルとカオリを強襲する。


「クソッ!」


 慌てて構え、魔法を放とうとするイスタルよりも速く、背嚢を降ろしたカオリが前に出る。

 飛びかかるウォーウルフに(おく)さず、倒れるほどに姿勢を低くし、剣を抜きざまに喉元から腹へ浅い傷を入れる。

 空中で痛みから体制を崩したウォーウルフは、もんどり打って草地に転がり落ちる。

 すかさず駆け寄り、鼻先に連続で剣を叩き込むカオリに、負けじとイスタルも氷の刃を横腹に打ち込む。

 ウォーウルフは沈黙する。


「君は……、凄いな、今の動きは少女のものとは思えませんでしたよ?」


 イスタルに驚嘆され、カオリは息を吐く。


「すいません……、皆さんの戦い振りを見て、ウォーウルフの動きも見たので、だいたいの反応には対応出来ると思って」


 アデル達も残りを掃討し、カオリに駆け寄る。

 オンドールは素材を剥ぎ、レオルドは見張り役をしている。


「大丈夫だったか? すまない俺が見逃したせいで、二人共怪我はないか?」


 アデルの問いにカオリもイスタルも無事だと答える。

 夜になり拠点を設営する一行、昼に比べて、鈴の鳴子と糸を四方に張るなど、厳重に準備し、二人体制で見張りを立て、しっかりと夕食をとることとなった。


「カオリさんはどこかで剣術を収めたことが?」


 聞いたのはイスタルだった。

 菜葉と根菜を煮込み、スパイスを効かせたスープに、小麦を水で溶かし塩と練り込んで焼いたフラットブレットが、今夜の夕食である。

 口いっぱいにフラットブレットを詰め込んだカオリは、ブンブンと首を横に振る。唾液量が少ない日本人にはなかなか租借しづらい食べ物である。スープで何とか嚥下する。


「そんなに凄かったのか?」

「凄いなんてもんか、アレは僕から見ても熟練の動きだった」


 饒舌に語るイスタルに、らしくないものを感じ、アデルも信じることにした。


「カオリさん、剣を見せてもらっても?」


 カオリはやっと口のものを飲み込み、食器をおいて、腰から外した剣を両手で丁寧に渡した。


「だいぶ痛んでいるな、歪みに刃も所々潰れている。簡易でも手入れすれば十分使えるか、戦闘に参加させないつもりで、注意を払ってなかったけど、今後を考えて直しておこうか……」

「本当ですかっ!」


 アデルは優しい笑みで返す。

 さっそく荷物から砥石や砥粉などの道具を出し、念入りに見ていく、カオリもそれを真剣に見守る。

 油を塗付しサリサリと刃を研磨する音と、小さなハンマーで刃や柄の歪みを叩いて直す音が、心地よく夜の草原に響く。

 イスタルとレオルドが交代し、しばらくして作業が終わったアデルは、剣をカオリに返した。

 渡されてから、軽く振って見たカオリは、感嘆の声を出す。


「全然違う……、空気を切る感じというのか、手に伝わる滑らかで安定感のあるのが分かります。ありがとうございます。」


 頭を直角まで下げるカオリに、アデルは手で制しながら立ち上がり、オンドールと交代して離れて行く。


「今日はもう休みなさい、私も食事が済んだら眠る」


 オンドールに促され、剣を鞘に戻し、火の横でマントに包まり、カオリは目を瞑る。

 交代時間となり、カオリも起こされるが、見張りではなく火番を言い渡され、オンドールの指示通り、火が消えない適度な薪を投入し、最低限の消費で火を維持する。これがなかなか難しい、焚き火など中学校の林間学校以来である。


 後、ここ数日で気付いたことだが、人間、六時間も眠ればけっこう大丈夫なようで、つまり、日が沈み、夕食を終えてから就寝し、目覚めても、夜が明けていないのは当然である。

カオリは寝入ってから深夜に目を覚ますことに、最初は慣れずにいたが、よくよく考えてみれば、夜の十九時ごろに寝て、朝の六時に起きていたら、十一時間も寝たことになるのだから、今がかえって正常であると気付いたのだ。

日本での生活も、よく言えば文化的と言えるが、田舎暮らしは一日が長く感じるというのも、こうして夜に時間を持て余して初めて、納得のいく感覚である。


 交代と睡眠を繰り返し、日が昇るころに、一行は出発した。


「今日はクロノス大森林のゴブリン達を狙う、話ではカオリさんはゴブリンの群れとは戦ったことがあるんだよね? 今日はカオリさんも戦闘に参加してもらう、普通なら早いが、カオリさんのレベルから見て、時期尚早ということもないはず」


 通常、新米冒険者を戦闘に参加させることはない、冒険者にとってパーティーでの連帯は命に直結する。

 その一翼を新米に任せるなど、忌避される行為である。

 森の外まで移動し、アデルが森の外周に沿って注意を凝らす。

 一刻程して、何かの気配を察知してか、アデルが皆を伏せさせる。


「一匹が外を警戒して顔を出している。俺がおびき出す」


 アデルが一人躍り出て、拾った石を遠投した。

 石がゴブリンの肩に当たる。

 何事かと周囲を見回すゴブリンが、アデルを見付けると怒ったように吠え、駆け出すと、森の中からぞろぞろと数体のゴブリンが出て来た。


「馬鹿な奴らだが、数に任せた突撃や、人間から奪った装備持ちは注意が必要だ。気を引き締めろ」


 オンドールが立ち上がり矢を放つ、先頭のすぐ後ろの一体が崩れ落ちる。

 続いてレオルドも駆け出し、アデルに加勢する。

 荷を降ろし抜刀していたカオリも駆け出し、アデル達に追い付くと、味方の剣の届かない絶妙な位置取りで、ゴブリンを牽制するが、カオリの足元に空気を割いて矢が刺さる。


「弓持ちが出て来たぞ、気を付けろ!」


 カオリの目に、次の矢をつがえるゴブリン達の姿が映る。

 目の前のゴブリンも矢の巻き添えになりたくないのか、距離をおいている。


「来るぞ! 警戒!」


 大きく放物線を描き、三本の矢が飛来する。

 二本はカオリのそばに、一本はアデルが盾で受ける。


「カオリちゃんを狙ってるぜ奴ら、なめやがって」

「次も来るぞ、こっちも仕掛ける!」


 矢を警戒しながら前衛のゴブリンを圧し込む、射手のゴブリンとの距離を縮めるつもりだ。

 そこに再び矢が飛来する。だが。

 バシンッ! とカオリは剣で矢を払った。


「「え?」」


 ゴブリンも驚いたのか、動きが止まる。

 カオリはその隙を逃さず、アデルに肉薄していたゴブリンを、一刀の元に切り捨てた。


「おお! アデルさんの御蔭で、凄く斬れる!」


 唖然とする一同だが、すぐに頭を切り替える。

 残ったゴブリンをレオルド、アデルが斬り倒し、ゴブリン達は総崩れで後退していく、その間も矢を僅かな移動で躱し、容易く斬り払い、カオリもついでとばかりにゴブリンを仕留めていく。

 最後に残ったゴブリンをオンドールが矢で倒し、ゴブリン達を全滅させた。

 一同に白々しい空気が流れる。


「たしかにレベルも新米にしては高いし、冒険者としての知識も乏しいのは分かる……。だが、なあ? ちょっと戦闘に秀で過ぎてやしないか?」


 アデルが疑問を口にする。


「……きっと発現した固有スキルに、関係があるんだろう」

「たしかにオーガを倒したってのも、嘘じゃねーかもな」

「え! 嘘だと思われてたんですか?」


 驚くカオリに一同は苦笑いをする。


「止めを刺した。程度に思っていたんだよ」

「でも昨日のウォーウルフの時も思いましたが、動きが明らかに素人ではありませんでした。戦闘技術か身体能力を補助する系統のスキルであれば、納得も出来ます」


 イスタルの言葉に、皆うなずいて同意を示す。


「どちらにせよ、我々の目的は冒険者としての基礎を教えること、強さが想定以上ならば、生存率を上げる要素にはなっても、足かせにはならんだろう、カオリ君も蛮勇を抑えることが出来れば、危険を冒すこともないだろう」


 オンドールが結論付ける。


「よし、切り替えていこう、ならカオリさんも適時戦闘に参加してもらいながら、連携に組み込んでいこう、イスタルの護衛と思えば大幅な戦力アップだ」

 多少の混乱はあったものの、そこは冒険者、冷静さを取り戻し、当初の予定通りの進路を取った。


 三日目の夕刻、一行はエイマン城砦都市の組合に到着した。


「カオリさん、貴方は実に有望な冒険者です」


 魔物の買い取りと組合への報告を済ませ、荷物持ちとして、冒険者初の報酬を受け取るさいに、アデルはカオリをそう評価した。


「教えたことは確実に覚え実行し、教えてないこともよく観察して補助してくれる」

「戦闘も魔物共の動きを見切ってさ、全然危なっかしくねーし」

「何より体力、胆力、精神的に実に成熟している」


 四人のそれぞれの評価に、カオリは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


「私なんてそんな、皆さんの教え方がとても親切で、その……」


((いい子だ))


 あたふたと謙遜するカオリを、四人のおっさん共は、微笑ましい気持ちで、見守っていた。

 けっして戦闘中動き回るカオリのスカートが気になって、危うく負傷しかけたのを誤魔化そうとしたのではない、冒険者の沽券にかけて、ない。


「ただいまぁ」

「おかえりなさい、お姉ちゃん!」

「おかえりっ、カオリ姉ちゃん!」


 ギルドから帰ったカオリを、二人は笑顔で出迎えた。


「これが報酬!」


 机の上に硬貨の入った革袋を出す。

 依頼の報酬が銀貨六枚、魔物の討伐が銀貨四十五枚、初の報酬としては高額なものだった。


「凄いっ! 凄いよお姉ちゃん!」


 生まれて初めて見る大金に、アンリは大興奮する。


「依頼主の人達が、私に魔物を沢山倒させてくれてさ、運がよかっただけだよ」


 安全が保障されていて、かつカオリの実力が予想を超えていたこと、またアンリ達姉弟の生活費も稼がないといけないカオリの事情に、かなり同情してくれた【赤熱の鉄剣】のパーティーは、カオリに魔物を倒す機会を、かなり考慮してくれたのだ。


「えぇと、宿代が銀貨一枚で、食事代で大体一日大銅貨六枚まで抑えられて、洗い場の使用料が朝夕で大銅貨二枚だから、細かい消費も入れて、二週間は暮らせる!」


 得意げに頷くアンリに、カオリは驚いた。


「計算速いね! どうしたの?」


 尋ねるカオリにアンリは、満面の笑みで返す。


「うん! 昨日からお手伝いしてる薬師(くすし)屋さんに、ちょっとだけ教えてもらったの」

「えっ! もう働き先を見付けたの!」

「お姉ちゃんが依頼を請けてる間、私も考えて、自分に出来ることはないかなぁって……、ダメかな?」

 上目遣いのアンリに、胸を熱くしながらカオリは歩み寄り、ギュッと抱き締めた。

「おっ、お姉ちゃん?」

「ダメじゃないよ、まだ十二歳なのに、働くなんて偉いよぉ、私がアンリくらいの時なんて、働くなんて考えもしなかった……」


 アンリの健気さに、目頭を熱くするカオリ。


「カオリ姉ちゃん! 僕もお手伝いしたよっ」

「ええぇ! ホントに!」

「うん、テムリも宿のご主人に言って、薪を運んだりするお手伝いをして、お小遣いを貰ったの」


 驚愕の事実にカオリはもう感極まって、二人共を抱き締める。


「もう二人共大好き! 私、もっといっぱい稼いで、二人に美味しいご飯とか、綺麗な服とか、いぃっぱい買ってあげるからねっ!」

「そんな、もう十分だよ、無理しないでいいよ」


 二人の稼ぎは、カオリの報酬に比べれば微々たるものである。

 だが二人からの想いが、頑張りが、カオリには何よりも嬉しかったのである。

 この日の夕食はカオリがお金を出して、少し豪華なものにした。

 いつものスープには豚の腸詰を入れ、パンもいつもの堅いライ麦のものではなく、白く柔らかいものを、それでも三人にはとても贅沢だったのだ。


「明日は休むけど、明後日にはまた同じような仕事を請けるの、だから明日は消耗品と装備を買おうと思う、アンリには半分だけ預けるね。でもすぐに取り戻すから安心して」

「お姉ちゃんの身体を護る装備だよ、反対なんてしないよ、もっと使っていいんだよ? お姉ちゃんのお金だもん」

「私を家族って言ってくれる。二人への恩返しだよ」


 家族になろうと、家族であろうと、懸命に努力する。三人の子供達の、暖かな一幕がそこにあった。




 一方そのころ、冒険者組合で、ある冒険者達が切り出す。


「あの娘はどうだ? 有望か?」

「剣技も高く、物覚えもいいと、アデル達が言っていた。世間知らずの箱入り娘かと思ったが、むしろ厳しく育てられ、後学のために冒険者になった風らしいぞ」

「素直で頑張り屋だそうだ。髪も瞳も黒で、ここらじゃ見ない顔立ちだが、大人になったらさぞかし別嬪になるだろうな~」


 受付の裏方では。


「あの新人の娘、初依頼で高評価だったわね。受付でも印象よくって可愛くて、ああいう子が増えてくれたらね~」

「冒険者ってみんな厳つい男達だからねぇ~、指導員のアデルさん達から聞いたんだけど、何でもゴブリン達に滅ぼされた村の幼い姉弟を引き取って、その二人の面倒を見るために冒険者になったんですって!」

「ええぇ! 何それ! 自分もまだ若いのに、立派すぎでしょ!」

「しかも、その姉弟も今日、行き付けの薬師屋で姉の方が、店を手伝ってるのを見たって冒険者が、さっき聞いたわよ」

「幼い三人が街で一生懸命働いて、健気過ぎぃ~、もう私カオリちゃんを全力で応援する!」

「悪い虫が付かないように注意しなきゃ!」


 あっという間にカオリ達の噂が広がっていたのだった。

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