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( 野盗騒動 )

 新たな騒動はいつも突然やって来る。


「そこで止まれ」


 【蟲報】のスピネルが村の門前にて、三人の男を呼び止めた。

 何者かが村に接近して来るという報を受け、門を閉めた後、広場で待機していたカオリ達は、相手が門前で足を止めたことを確認し、誰何しようと門櫓に上る。


「おうおう、嬢ちゃん久しぶりだなぁ」

「首領さんじゃないですか、何用ですか?」


 現れたのは野盗集団の首領とその取り巻きだ。取り巻きの一人は最初にカオリと接触した男の一人で間違いない。


「旦那はいねぇのか? ちょいと不味い状況になってよ、知らせに来たついでに、匿ってもらえねぇかと交渉に来たんだ」


 要領の得ない言葉に、カオリはオンドールを探す。この男との交渉事には自分よりオンドールが適任である。そして探せばすぐ後ろに彼はいた。


「門は開けられん、そこで話せ、何を知らせに来た」


 オンドールはカオリの隣に並び、単刀直入に聞く。


「悪りぃ旦那、謀反を仕かけられた。今この場にいる俺とこいつら以外が、全員この村を目標に決起して、周辺の野盗も声かけてここに向かってる。俺も危うく殺されかけた。だから警告と庇護をもらえねぇか?」


 首領の言葉に村の人間達は動揺の声を上げる。最初の食料の受け渡しからはや一週間、次の食料受け渡しの月変わりまで数日というこの期間で、いったい彼らに何があったのか?


「カオリ君どうする? 奴らの言葉を信じるか?」


 オンドールはカオリに尋ねる。カオリは数瞬考えるが、すぐさま答えを出す。


「自由に動けないように縛って、武器も取り上げたら一旦中に入れましょう、詳しい事情はそこで聞きます」

「うむ、罠の可能性もある。森に行っているアデルやカム殿達にも、戻ってもらう必要があろう、既に敵の手に落ちている可能性もあるが……」

「カムさんがいて安々と捕まるとは思えません、あの人は半分獣と同じです。知らせを送っても合流出来ると思えないので、今は信じて待ちましょう」

「なら一応、森に伏兵が居ないかだけ確認するために誰か送ろう」

「はい、指示をお願いします。私はササキさんと連絡を取ってみます。後アキに言って作業の手を止めて避難指示をさせます」


 カオリとオンドールの迅速な対応により、村一同は慌ただしく動き出す。

 大工達に指示を出し、道具類と食料を荷車に纏め、馬と繋ぎいつでも出発出来るように準備する。その間オンドールはゴーシュ達に指示し、首領達三人を手早く縛り上げ、武器も取り上げて村の広場まで連れて来る。

 すぐに避難をしないのは、これが罠で、カオリ達を村の外へおびき出し、森の手前で戦闘になることを懸念したため、ならば村に立て篭もり迎え撃った方が被害が少なくて済むからだ。


「では話せ、何があった」


 オンドールが首領に再び問う。


「四日前にローブを着た男が俺達に接触して来た。一ヶ月の食料の代わりにこの村を襲えってな、当然俺は断った。あんたらを敵に回すなんて馬鹿のすることだ」


 だがその馬鹿が身内に居た。と首領は語り出す。

 最初は交渉の余地なく断ったのだが、その後に数人の仲間とも接触し、さらに武器や追加の食料を餌に仲間の一人を懐柔し、その仲間がさらに周りと協合し、一昨日の夜に謀反が起きた。

 命からがら逃げ出した首領は、その後カオリ達への罪悪感が働き、急いで知らせるためにこの村まで駆けて来たという。


「不甲斐ねぇ、あそこまで啖呵切っておきながら、手下共を抑えられなかった。あいつらが言うにゃあ、女にやり込められた俺はボスに相応しくないんだとよ」

「他の協合した野盗共を含めて、敵の数は分かるか?」

「俺が声かけた連中を全部連れてるなら、今頃四~五十人くらいになってるだろうよ、ついでにあのローブの野郎も気になる。単身で俺らと取引に来たぐれぇだ。腕の立つ魔導士かなんかだろ」


 そこまで聞いてオンドールは戦力を分析する。


「平均六~八レベルの野盗が四~五十人、最低二十レベルの魔導士が一人、一方我々は平均二十レベルの銀級冒険者が九人に、カオリ君達、そして戦えない開拓民か、今はアデルとレオルドとエイロウ、ハリス殿にカム殿も森に入っている。上手く連帯が取れれば挟撃も出来るが……」


 元騎士としての経験から、もっとも確実な布陣と用兵を考えるオンドールに、カオリは質問をする。


「そのローブの人が最低でも二十レベルの魔導士だと、どうして分かったんですか?」


 首領のもたらした情報は少ない、しかしオンドールは相手の戦力を確信を持って分析した。何かカオリが見落とした情報があったのかと首を傾げる。


「単身で二十人以上いる低レベルの野盗と相対しようと思えば、単純にレベルが相手平均値より十倍以上であること、そして多人数に攻撃出来る手段を持ち、さらには緊急回避の魔法かあるいは魔道具を有していると考えるべきだ。その条件に当てはまるのが、高レベルの魔導士と云うだけだ」

「そうなんですか」


 レベルは偉大かな、と思うカオリだが、レベルの違いによる強さの基準というのがいまいちピンとこない、最強と謳われるササキが強いのは何となく想像出来ても、人間同士の戦いはそれ程単純ではないだろうというのがカオリの認識である。

 筋力や俊敏といったステータスでは測れない、熟練の経験や発想からくる洗礼された動きに、刻一刻と変わる状況への対応力と勝敗を決する要素は多い、またこの世界には魔法があるのだ。

 どれ程高威力の魔法を操ろうとも、死角からの一撃は防げず、人間である以上致命傷を受けて無事などありえない、それに死なずとも大怪我を負えば、その人生で不自由を強いられる上に、最悪冒険者稼業を続けられなければ生きることはままならない。

 今回の野盗についても、ただ勝つだけでは駄目なのだ。全員が五体満足で無事に乗り切らなければ、結局は今後の開拓に支障をきたすのは、何が何でも避けなければならない。


「相手の正確な戦力が読めないのに、作戦も何もないか……」

「カオリ様! 大工や人夫の避難準備が完了しました」

「カオリっ、レジアさんと私達の準備も完了よ、次はどうするの?」


 そこへアキとロゼッタが駆け寄る。アキの顔を見てカオリは思い出す。


「ああそういば、アキ、あの時ササキさんからもらった遠見の魔道具は持ってる?」

「はいここに」


 問われたアキは【―時空の宝物庫(アイテム・ボックス)―】から一枚の鏡を取り出す。

 黒い金属の縁と背面に鷹の記章をあしらった重厚な鏡、名もないその魔道具をアキは掲げた。

 後からササキに説明を受けた。北の塔の国産の低級魔道具であるが、この世界では家宝級の一品であるのは間違いないそれを、カオリはこういう事態にこそ活用すべきだと思い出したのだ。


「それがササキ様からいただいた魔道具なのね。さすがササキ様だわ、貴族でもおいそれと手に出来ない逸品を、簡単にお嬢り下さるなんて」


 ロゼッタが感嘆の声を漏らす。


「まああの人は色々規格外だからねぇ~」


 カオリは呑気に答える。ササキ自身は遠見の魔法が使えるために、本人にとっては無用の品でしかない上に、本人曰く試験的に作成した量産品だというのだから、事情を知るカオリは苦笑いしか出来ない。

 ロゼッタには北塔王とササキが同一人物であることは知らせていないので、まだまだ迂闊なことは言えないのだから、こういう品もおいそれと外で使うことも難しい。

 そしてカオリは早速、遠見の魔道具をオンドールに提案する。


「はははっ、そういばそれがあったか、余りに常識外れ過ぎてすっかり忘れていた。だがそれがあれば、敵の戦力も容易に探れようし、伏兵の有無が確認出来れば、森に行った連中とも連絡が取れるだろう」


 豪快に破顔して声を上げるオンドール、戦場を経験する男からすれば、この魔道具の価値は計り知れないものに映る。

 かくして魔道具による索敵と、アキの【―神前への選定(ライト・オブ・パッセージ)―】を使った戦力の分析が行われた。

 アキとロゼッタはまず近隣の森の索敵を行い、伏兵の有無を確認し、ある程度の安全を確保すると、オンドールに指示を仰ぎ、迎えの人間を向かわせた。この時点で首領による罠の可能性はほぼないと言える。

 その間カオリはササキへ連絡を試みる。


『面白い状況になったな』

『笑いごとじゃないですよササキさん、オンドールさんは笑ってたけど』


 事情を説明するなり放ったササキの言葉に、カオリはむっとする。


『銀級冒険者が揃い踏みの村に、加えてオンドール殿は私の戦力も当てにしているのだろう? 間違っても負ける戦じゃない』

『それでも危ないのには変わりないんですから、言いましたよね? 私、人を斬ったことなんてないんですよ?』

『すまないすまない、忘れていた訳じゃないんだ。ただこっちでも怪しい動きがあってね。その調査を進めていたところなんで』


 カオリは首を傾げる。村への襲撃と都市の動きに、何か関連することがあるのだろうかと、カオリは疑問に思う。


『まあ何にせよ、危なくなったらすぐに駆け付ける。安心してほしい、後オンドール殿には、都市で行方を眩ませた人物がいること、その人物の周辺を調べているとだけ伝えてほしい』

『? 分かりました』


 ササキはそれだけ言うと通信を切ってしまう、腑に落ちない会話の後、カオリは言われたことをそのままオンドールに伝える。

 聞かされたオンドールは盛大に笑い声を上げる。


「はっはっはっ! ということは私の予想が正しければ、謎の男の正体も自ずと絞られるな」

「見付けました! 北東の方角、距離は二里半、馬は居らず全員徒歩ですが、一人だけ騎乗するものがいます」

「どれ、犯人の正体を拝ませてもらおう――」


 全員が見詰める中、アキは指示された通り、一人騎乗する男へ【―神前への選定(ライト・オブ・パッセージ)―】を発動する。


「イグマンド・ルーフェン 【人間種】二六 【導士】」

「エイマン城砦都市魔導士組合の組合長で間違いないな」


 名前とレベルを読み上げたアキと、人物に得心いったオンドールにカオリとロゼッタは困惑の表情をする。だが同じ表情でも理由は少し違った。


「誰?」

「え? 何故あの方が?」


 カオリは聞いたこともない人物名に対するもので、ロゼッタはあの会議で、自分達を責め立てた苦手な相手である。


「動機はまあ……幾つか当てはまるだろうが、杜撰過ぎる行動から見るに、相当追い詰められての苦肉の策であったのだろう、同情は出来んが哀れには違いない」


 オンドールの感想を尻目に、アキは野盗全員のステータスを確認して行く、その目は獲物を物色するそれに近いため、カオリは意識してアキから視線を逸らす。


「おおかたこの前の会議で、魔導士組合の立場を悪くした責任を追及され、組合長の座を追われる前に、カオリ君とこの村をどうにかして、ササキ殿の信用を落とそうと考えたのだろう、そしてあわよくば強引にでも異端魔術の証拠を捏造して、教会に異議を申し立てて、【白の夢】の調査権限を握ろうと画策しているに違いない」

「なんと身勝手な……」

「いや、意味が分かんないだけど?」


 絶句するロゼッタの隣で、カオリは益々首をかしげた。


「――開拓を支援する影で、同郷の娘に異端魔術を研究させ、教会の権威を利用して巨人達の国に眠る【不死の秘宝】も我が物にせんと暗躍していた。それを自らが戦線に立ち華麗に暴き、信用を回復する―― それが組合長の考えたシナリオなのだろう、余りに杜撰過ぎて呆れるばかりだが、我々が敗北すれば在り得ない未来とも言えんな」


 オンドールは苦笑いを浮かべながら推論を述べた。その言葉を聞いてカオリは開いた口が塞がらなくなるが、隣の二人はふつふつと怒りを漲らせた。

 警察組織などなく、科学調査もないこの世界では、個人のもつ立場や信用がそのまま正邪曲直を決する。ササキのような圧倒的武力と実績をもつものならまだしも、国家に帰属しない冒険者のカオリであれば、証拠を捏造してでもって罪人に仕立て上げ、間接的にササキの信用を貶めることも不可能ではない。


「なんて、なんてっ自分本位な! 仮にも組合を預かる長でありながら、自身の権威のために人の命や努力を貶めようとするなんて、許されざる暴挙そのものよ!」

「殺す。この雑魚がっ、絶対に殺す!」


 憤るロゼッタと、呪詛を吐くアキに、カオリは顔が引き攣る。


「で、でも組合長?って人をどうにかして、大丈夫なんでしょうか?」


 二人になるべく視線を向けないようにしながら、カオリはオンドールに聞く、仮にも国に属する民であり、都市の組合の長である。自衛のためとは言え、その身を害すれば国の問題として取り上げられ、非国民のカオリに影響が及ばないのか気になったのだ。


「国民でなくとも、カオリ君達は冒険者組合に所属する冒険者だ。その命の権利はある程度保証されている」


 ついでとばかりにオンドールは冒険者の立場について説明する。

 国民の生命は国が保障する。だが国に属さない人間は庇護を受けられないのが当たり前である。

 しかし国を跨いで活動することが多い冒険者が、野盗の類と同列に扱われたのでは成り手が確保出来ない、冒険者とは脛に傷のあるものが多いのだから、なのでそういった事態を防ぐため、各国の冒険者組合は結託して国にある許可を求めたのだ。

 それは国境を越えて魔物の被害に対し、軍の代わりに率先して当たること、その代わりに、冒険者を害した場合は、同国民を害したのと同じように、罪に問うことが出来るというものだった。

 しかしこれは害されたという証拠が、厳密には殺されたという事実があって初めて行使されるもので、訴えるものが居なければ文字通り死人に口無しとなる。

 さらに云えば、訴えを届け出るには市民権のある国民に限られるので、完璧に保証された権利とも云い難いのが難しいところである。これ以上はより複雑な事情が絡むために割愛する。


「これにより他国から渡って来た異邦の冒険者は、国への自由な出入りが許され、国民と等しく法の庇護を得られるようになったのだ。実力さえあれば生活出来るし、国へ申請すれば国民になることも出来る。傭兵が貴族に召し上げられるのと同様で、ようは必要な戦力を国が確保するための、まあ一種の救済措置のようなものだ」


 現代日本に生まれ育ったカオリには、何とも適当な管理と法律だと思うが、それほどこの世界では魔物の脅威が、身近であり大きいのだろうと予想する。

 地球の尺度に当て嵌めれば、猛獣を狩る猟師や戦争に行く傭兵ならば、国に税金を払う義務もなく、戸籍もパスポートも要らず、組織の身分証明書があれば、好きに世界中を移動出来ると言っているも同然なのだから、不用心極まりない制度である。


「話が逸れたが、ようはこの組合長は我々を害するために行動した時点で、何らかの罪に問うことが出来るし、反撃の末殺してしまっても、我々が罪に問われることはない、状況証拠が揃っている上に、あのササキ殿が都市に残って、その証拠固めに奔走して下さっているのだろう? なら我々は気兼ねなく備えられるというわけだ」


 オンドールが柔和な表情でカオリに言うその言葉で、カオリは胸を撫で下ろす。殺しの許可が下りたことで安堵することに、何も思わないわけではないが、それでも正当性を主張出来るのであれば、アンリ達とこの開拓事業に悪い影響が出ないことで、素直に安心出来るのだ。

 それから数刻を経て、アデル達も帰還したことで、村の防衛のための本格的な準備が進められ、トンヤ達大工と人夫達は、カムとハリスの先導で森に避難し、村には冒険者達のみが残った。

 アキの遠見の魔道具による監視が継続され、夜には野盗達が村へ到着することが予想されたため、それまでの時間で一同は十分に備えを終えることが出来た。

 村に僅かに緊張の雰囲気が張り詰める。

 ゴブリン襲撃にアンデット騒動と、無防備な襲撃を経験した村における。初の完全防備の迎撃態勢である。

 しかも今回は相手が人間である。カオリはいやがおうにも緊張が高まるのを感じる。隣ではカオリ同様、人間を斬ったことがないロゼッタも、口を堅く結んで、険しい表情で黙しているのが見える。

 アキだけは憤怒の表情で、苛立たしげに虚空を睨みつけていたのが、何だかカオリには可笑しく映ったが、実際に笑う訳にもいかず、カオリは緊張を解す意味合いもあって、深く息を吐いた。

 木と縄の脆くも堅く閉ざされた門の向こう側から、少し湿った風に乗って、複数の足音が聞こえて来た。

 櫓にはあえて見張りを立てず、塀の隙間から男達が外の様子を伺っているが、敵の接近を告げる声を上げるものはいない。

 日が沈み始め、西日がきつく辺りを照らすことに、カオリはこの世界の日の出と日の入りの方角が同じだということを、今更ながら認識した。

 村の随所に設けられた松明の火が、静寂に反して大きな爆ぜる音を響かせる。

 近くまで迫って来た足音が、不意に止む。


「おうおーうっ! 冒険者共! 大人しく出てくれば命まではっ、――ぐがぁっ!」


 野盗特有の台詞を言い終える前に、アキが山形に放った矢が、野盗の一人の鎖骨の隙間から肩甲骨までを貫き、男はくぐもった声と共に蹲る。これで一人脱落である。


「おう? ナイスだぜアキちゃん、見事命中」

「ふん、声で位置が丸分かりです」


 呑気なやり取りに呆気に取られるカオリ達、オンドールはそんな様子に苦笑しながら、櫓へ登り、野盗達に声をかける。


「一応言っておくが、今逃げ出せば命までは取らん、それでも雄々しく声を上げるなら、容赦はせんぞ?」


 オンドールの慈悲深い宣言を、倒れた仲間の姿に驚きつつ、野盗達は狂ったように、一斉に雄叫びを上げた。


「「野郎ぉ! ぶっ殺してやるぅっ!」」


 戦いの火蓋が切って落とされた。

 激昂した数人の野盗が駆け出し、門に張り付こうとするのを、オンドールとゴーシュとエイロウが櫓から弓で迎撃、アキが謎の索敵能力で正確に射抜いていく、アデルとレオルドとスピネルが門を抑え、敵の突破を直ぐに抑えられるよう備える。

 そしてカオリが遠見の魔道具で敵の位置を確認しつつ、ロゼッタとイスタルに魔法での爆撃を指示することで、脆弱な防衛力を補う。

 敵は数で押せば簡単に門を破れると踏んでいたのか、戦力を分散する様子がないことから、その慢心が見て取れる。

 だが敵も馬鹿ではない、即席なのか木の大盾を構え、矢や魔法の直撃を防ぐ準備をしていることから、こちらの戦力を把握していることが予想された。

 大して数を減らせないまま、敵の門への攻撃を許してしまう、丸太を四人がかりで担ぎ、振り子の要領で門へ打ち付ける音が、カオリの下まで響いて来た。


「ロゼの炎もイスタルさんの炎も、足止めにはなっても、あんまり敵を減らせませんでしたね」


 カオリが心残りを隠さず呟く。


「私はあんまり、火球系の魔法が得意じゃないの、やっぱり火線じゃないと効率良く狙えないわ」

「私も日頃、氷か風がメインですからね。敵が密集していないのではどうしても……、単純火力でもロゼッタさんに劣りますし、いっそ櫓に陣取りますか?」


 二人の言い分に嘆息しつつ、カオリはオンドールのいる櫓へ視線を向ける。


「敵の矢が降り注ぐ、あの場所?」


 カオリの視線の先、櫓に陣取るオンドールは、今こうしている瞬間にも、次々飛来する敵の矢を巧みに躱しながら、同じ調子で撃ち返している。なんだかんだと言いながら、流石は金級冒険者の実力を持つオンドールだ。

 櫓にもっと高さがあればと悔やまれる。


「無理ですね。魔法は発動までに隙が大きい、あっと言う間に狙い撃ちされますね」


 イスタルの言葉に、ロゼッタも同意する。


「このままじゃあ門が破られる。流石にあの人数を無事に抑えきれないかもしれないし、どうすれば良いかなぁ……」


 ほんの数カ月前に、ゴブリンの侵入を許してしまった村の脆弱な防御力、今回の開拓で多少の補強をしたといっても、扱う材料が同じである以上、大した強化は望めない、幸いオーガのような膂力を持たない人間の攻撃である。すぐに破壊されることはないだろうが、今の内に敵の数を減らせないのならば、ただの時間稼ぎで終わってしまう。

 だがカオリが考えている間に、ついに門が耐え切れず、縄が切れ崩壊が始まった。一定間隔で打ち付けられる丸太の音が止み、代わりに男達の歓声と怒声が湧き上がり、次は力任せな押し込みが始まる。


「おっともう駄目か、しょうがないなぁ、私達も行こうか」


 カオリは当初の予定通り動き出す。




「やっと開いたか、手こずらせおって」


 数日前に野盗集団と接触し、一ヶ月分の食料と少なくない金銭で取引し、今回の襲撃を計画した。エイマン城砦都市魔導士組合の組合長イグマンド・ルーフェンは、冒険者組合に赴き調べた出入り表の下、この村の開拓に常駐する冒険者の能力を下に準備を整えた。

 初撃の矢には驚いたが、冷静になれば対処するのは難しくないため、戦闘不能になった野盗は八人程、カオリ達の方へ被害がないのが気がかりだが、それでもまだ数では野盗達が圧倒している。


「門さえ破壊してしまえば、混戦に紛れて魔法で支援すれば、私が勝つことは容易だ。今ならあの憎き英雄も都市にいて、ここへの救援には間に合わんはず、フフ、勝つのは私だっ!」


 イグマンドが勝利を確信し、ほくそ笑む間に、野盗達はついに門を破壊し、数に任せて雪崩れ込んで行く、幾ら銀級冒険者集団といえど、数で押せば勝てるはず、またそこへさらに自分が魔法で加勢すれば、勝利は間違いない、イグマンドはそう信じて疑わなかった。

 実際にその予想はあながち間違ってはいない、金級が一人、銀級が八人、銅級が二人、それに対して野盗は五十人、幾ら冒険者が強いと言っても、魔物を専門に戦う彼らが、殺意を持った人間を相手に、実力を十分に発揮出来るとは思えない。


「さて私も加勢に行くか、私の魔法の威力は、並みの冒険者になぞ劣りはしない、実力の差を見せ付けてくれる!」


 イグマンドのレベルは二十八、冒険者の階級で言えば金級にも匹敵する実力があると自負している。伊達に一都市の魔導士組合を預かる地位にいるわけではない。

 イグマンドは意気揚々と馬の腹を蹴り、駆け出そうとする。


「すいませ~ん、ちょっと待ってもらえますか?」


 だがそこへ気の抜けた声がかかり、イグマンドは慌てて手綱を引いてしまい、馬が堪らずに停止する。


「誰だ!」


 この重要なタイミングで自らを止める不届きものに、憤りの感情を剥き出しにして睨み付ける。

 だがイグマンドの目の前には予想外の人物達が立っていた。


「ロゼ、この人が組合長で間違いないの?」

「……ええ、あの会議で見た人に間違いないわ」

「殺す。殺す。殺す。殺す」


 場にそぐわずに呑気な態度のカオリと対象的に、ロゼッタとアキは警戒心を露わにしている。アキの場合は警戒どころか明確な殺意を抱いているようだが、カオリの態度に比べれば、まだ状況に則していると言える。


「貴様はっ、貴様らか! 小娘の分際で戯言をほざき、ワシの立場を危うくした無礼者達は! ええい野盗共! この娘達を捕えろ!」


 イグマンドは冷静さを失っていた。門が破られて興奮した野盗達は、獲物を前に全員で村へ雪崩れ込んだのだ。今彼の傍には一人も居ない上に、距離も離れていて声も届かない。

 そのことに今更気付いたイグマンドは、渾身の悪態を吐いた。


「オンドールさんの言った通りだね」


 苛立つイグマンドの耳に、カオリの呑気な声が続く。


「所詮野盗は野盗、魔導士は魔導士、戦えはしても戦争は知らない、攻撃にかまけて防御を疎かにするって」


 そこへロゼッタも続く。


「薄汚い野盗と極力共闘は避けて、自分だけ後方で様子を見ているだけ、野盗も優位に思えば守りなんて忘れて一気に襲って来るから、雇い主は孤立するだろう、――正にオンドール様のおっしゃる通りな状況ね」


 自身の詰めの甘さを少女二人に指摘され、イグマンドは完全に頭に血が上った。


「黙れ小娘! 貴様ら如きが三人寄っても何ができる! 私は魔導士達を束ねる長! 彼我の実力差を見誤ってノコノコと出て来たのは貴様らの方だ!」


 イグマンドは声を荒げて愛用の杖を懐から取り出す。

 馬上から強力な火炎魔法をお見舞いすれば、所詮は小娘、慄いて戦意を喪失するだろうと詠唱に入る。


「いやいや、そんなん許す訳ないし――」


 だがカオリの呟きと共に、アキが素早く反応し、射かけた矢がイグマンドの杖を持つ腕に深々と突き立った。

 突然の激痛に杖を落とすイグマンドに、次にロゼッタの【―火線(ファイヤーライン)―】が浴びせられ、イグマンドは一瞬にして火達磨になった。

 だが流石は高レベル魔導士と言うべきか、肉体の魔法耐性に加えローブに施された魔法防護に、さらには防御魔法を発動して、イグマンドは纏わり付くロゼッタの炎を払い除ける。

 皮膚を少々火傷した程度で、余りダメージを与えられた様子はない、それでも炎に驚いた馬が暴れ、振り落とされた際に背中を強かに打ち付け、上手く呼吸が出来ず、イグマンドは悪態を吐きながら慌てて立ち上がる。

 一度燃え上がった人間が、炎から復活する様子に、一瞬格好いいと思って見入ってしまったカオリは、それでイグマンドが体制を整える猶予を与えてしまう。


「小癪な!【―火飛沫(ファイヤースプラッシュ)―】」

「あっぶなっ!」


 杖を持たずに発動された。小さな火球の連発がカオリ達を襲う、カオリは大きく避け、ロゼッタは炎の膜で相殺、アキは防御魔法で防いでいた。間断なく打ち出される小さな火球が、近くの草に燃え移り、四人の戦闘を浮かび上がらせる。


「ちょっとアキ! 今の何? ずるくない!」


 場の緊張を気にも留めずにカオリはアキの張った防御魔法に抗議の言葉を投げかける。


「魔力を使って簡易的に圧縮し展開した物理結界ですっ! 魔導士でなくとも、魔力を保有しているものなら誰でも使えます!」

「理屈は分かるけど、使い方が分からないよっ!」

「まずは体内の魔力を一か所に集め、圧縮するようイメージすることが出来れば、後はそれを応用するのみです!」

「戦闘中に講義なんて! ちょっとは集中しなさいよ!」


 未だ止まぬ火飛沫を躱したり防いだりしながら、三人はぎゃぁぎゃぁと声を上げる。


「舐めくさりおってぇぇっ!」


 イグマンド激昂し、カオリ達から距離を取りつつ、次の魔法を発動する。


「【―大火球(グレートファイヤーボール)―】」


 下位の【―火球(ファイヤーボール)―】の上位魔法が放たれ、カオリ達の目前に着弾した。


「これは防げません!」


 着弾した瞬間、炎は小規模の爆風を伴って大きく燃え上がった。

 今まで見たこともない大きな魔法の威力に、流石のカオリも余裕を失って大きく飛び退く、ロゼッタの炎とは比べ物にならないその火力に、カオリは慄いた。


(ひぇ~、魔法って本当はこんなに怖いのっ?)


 そして大きな炎で視界が開けたのか、イグマンドはそこで取り落とした自らの杖を確認し、二発めの大火球を放ちつつ、ついに得意の武器を取り戻す。


「これでもう容赦はせんぞ小娘共! 【―火鞭(ファイヤーウィップ)―】」


 イグマンドの真骨頂であるその魔法は、炎を完全に制御出来る魔導士だけが操れる高位魔法で、炎を鞭のように操り振う、恐ろしい魔法だ。


「杖の制御を借りねば使えんが、これで攻守に隙はない! 燃やし尽くしてくれるぞ!」


 燃え盛る鞭が三人を襲う。


「わっと!」


 縦横に振われる炎の鞭に重さはない、非力な魔導士でも容易く振り回せるそれは、数ある魔術の中でも、高い迎撃能力を誇っていた。

 だが幾ら高位魔導士であっても、炎の発現と鞭状への固定を同時に行うこの魔術は、常に多くの魔力を消費し続けなければならない。

 そこでイグマンドは、形の固定と魔力の消費を杖に依存することで、それらの欠点を補った。これにより彼は最初の発動のための魔力と、炎の出力調整にのみ注意すれば、容易く扱うことに成功したのだ。

 イグマンドはそこでさらに空いた方の手で別の魔術を操り、敵を翻弄する。また杖に蓄えられた魔力が失われれば、魔導士組合の備蓄から横領した潤沢な魔石を使用することで、杖への補充をも容易にした。己の魔力も枯渇させずに、敵を一方的に蹂躙する。傲慢な彼らしい戦闘法を確立したのだ。

 しかし、ただ黙って翻弄されるカオリではない。


(魔力を一か所に集中、集中、イメージするのは……、――あの時ササキさんが放ってた。魔力の斬撃!)


 鞘に収めた刀に、ここ最近で僅かに感じ取れるようになった自身の魔力を、惜しみなく注ぎ込む。


(ア○ンスト○ッシュ! ギ○ブレ○ク! 空○斬!)


 兄の部屋にある膨大な漫画から、竜の騎士が放つ有名な技名を念じつつ、カオリは未だ納刀したままの刀に意識を集中する。


「本当にちょこまかと鬱陶しいいっ!」


 防御魔法が使えるロゼッタとアキから、イグマンドは標的をカオリに向け、炎の鞭を振う。

 変幻自在に振われる鞭、しかしその実、力の起点となる手元を見れば、ある程度軌道は読めるもの、また暗い夜でも鞭自体が炎で発光しているため、高い観察能力を持つカオリなら、容易に見切ることが出来た。


(ここだ!)


 僅かに身体を傾け、腰を引き、刀から鞘を抜くまま、カオリは振われる鞭の中程へ、魔力の帯びた斬撃を放つ。

 その鋭い斬撃が白い軌道を残し、イグマンド自慢の炎の鞭を、何の抵抗もなく切断し、切り離された鞭の先は、火の粉を舞い上がらせながら消失した。


「何だとっ!」


 イグマンドは驚愕する。自身に立ちはだかる敵を幾度となく仕留めて来た自慢の魔術が、こんな少女に容易く斬り裂かれたことが、到底信じられなかったのだ。

 そしてその驚きはロゼッタへも波及したが、機を伺っていたアキは、その隙を逃さず瞬時に反応すると、イグマンドに向けて矢を放った。


「ぐあ!」


 放たれた矢は、イグマンドの左肩に突き刺さり、イグマンドは痛みの余りに身を捩る。

 イグマンドが苦し紛れに大火球をアキとロゼッタに放つが、正気に戻ったロゼッタによって防がれる。

 火球系の魔術は広範囲への殲滅力と連発に優れている半面、物体に触れるとその場で炸裂するため、威力の低い魔法でも、軌道を読みさえすれば、迎撃することは比較的容易である。

 これが火矢系の【―火槍(ファイヤーランス)―】や火線系の【―火壁(ファイヤーウォール)―】であったならば、同威力の魔法をぶつけるか、高い防護魔法を使わなければならなかったので、ロゼッタは内心で拳を握る。

 右手と左肩を矢で貫かれ、痛みと不快感で膝を着つくイグマンドに、カオリは緩やかに近付く。


「何故だ。こんな小娘共に、何故この私が追い詰められる!」


 憎々しげに呟き、その気持ちをそのまま視線に込めて、イグマンドはカオリを見上げた。


「ワシが二十年も費やして手に入れた。力も、地位も、どうしてたかが小娘に貶められねばならんのだっ!」


 カオリは無表情でイグマンドの怨み言を聞いていた。

 この時カオリは、何もイグマンドに対して、何か感情を揺らめかせる内を隠すために、表情を消していたわけではなかった。


(右手はまだ使える。魔力の余剰もあるから、反撃することは簡単なはずだし、もしかしたら武器を隠し持っているかもしれないし、すぐに腕を斬り飛ばせる間合いに気を配らなきゃ――)


 と、ただただ警戒していたのだった。


「カオリ? もう抵抗の意思は無さそうだし、捕縛しちゃう?」


 遅れて近付いたロゼッタが、カオリにどうするのか問うも、カオリは瞬きもせずにじっとイグマンドを見ていた。


「ロゼ、こ奴はまだ力を残しています。油断してはなりません」

「え? あ、うん……」


 返事をしないカオリに代わり、アキがロゼッタに注意する。

 次の瞬間、イグマンドの右腕の肘から先が宙を舞った。


「があぁぁ! 腕があぁぁぁっ!」

「カ、カオリ、何をっ」


 落ちた腕の先の手に握られた物を、アキが拾い上げる。


「短距離転移魔法を刻んだ魔道具だ。緊急避難用に用意していたのだろう」

「ササキ様!」


 四人の前に現れたのはササキだった。

 その後ろにはオンドールの姿も見える。どうやら村へ大挙して雪崩れ込んだ野盗達も、無事追い払うことが出来たのだろう、カオリは未だ警戒しつつ安堵した。


「何故だ! 何故貴様がここにいる! 貴様は都市に――」

「その疑問に答える義理はないな、ルーフェン組合長、いや元組合長か? ――お前の今回の行動とそれを裏付ける証拠、ならびに魔導士組合に対する数々の横領の証拠は押さえてある」


 ササキは淡々と告げ、イグマンドは驚愕の表情で固まる。


「不自然な多額の預金の引き出しと、大量の食糧の調達、以前より調査していたであろう野盗の塒の位置情報、さらには教会関係者への口裏合わせも、日常的に根回ししていたのだろう? 横領に関しては善意の内部告発が過去にも上っていたため、お前が不在なことで再調査は容易に進められた。そして今回の襲撃の現行犯での捕縛で、お前の全ての悪事は明るみに出た。――詰みだ」

「魔導士組合での立場に固執する余り、馬鹿な真似をしたなルーフェン、大人しく組合長解任を受け入れておけば、まだ余生を研究に捧げる道も残っていたかもしれんのに、こんな浅はかな行動に出るとは、見下げ果てた男だ。王領の都市の組合なのもあり、王家からも調査の手が入るだろう、魔導士組合が所有する幾つかの特許も、見直される可能性が高い、これで魔導士組合そのものの信用も地に落ちた」


 ササキに続き言葉を発したのはオンドールだ。会議の席でいいように言われたことへの怨みもあるだろうが、組合に所属する魔導士達の研究にも何らかの影響が出ることは、その恩恵を受ける一国民としても残念に思うところがあるだろう、ただ一人の男の暴走で、組織そのものの力が低下すれば、善良な他の者達も、不自由な思いをするだろうとオンドールは語る。

 実力で少女達に敗北し、逃走の手段も封じられ、上位と最上位の冒険者に包囲され、己の犯した過去の罪も暴かれ、待っているのは恐らくだが極刑、良くて一生を牢の中、カオリに斬られた腕からの出血も合わさって、すっかり顔を白くしながら、イグマンド・ルーフェンは完全に意気消沈した。


「村の方はどうなりました?」


 イグマンドを完全に無力化したことでようやく警戒を解いたカオリは、オンドールに問う。


「野盗共を塀内部に誘い込んでの殲滅は上手くいった。一人も逃さずに無力化出来たな、途中にササキ殿が加勢して下さったころには、こちらも包囲を済ませていたので、左程難しい作業ではなかった」


 ゴブリン達の襲撃から後、門の脆弱性が露呈した時点で、防衛時はむしろ侵入されてからの布陣にこそ力を注いだのだ。具体的には馬防柵を幾重にも重ね。進路を誘導するなどして迎撃態勢を強化したのだ。それだけの準備を整え、また戦力が中堅の冒険者達なのだ。勝って当然なオンドールの答えにカオリは安堵する。この様子ならば負傷者も出なかったのだろうと予想した。


「では生き残りはいますか?」

「うむ? 生かす必要があったかね? そこのルーフェンが居れば襲撃の証拠としては十分と判断して、今頃一人残らず斬首してしまっているはずだが?」

「おうふ……」


 こともなげに言ってのけるオンドールにカオリは絶句する。戦場での首級とは違う、ただの処刑である。聞かされただけとは言え、カオリにとっては予想以上にダメージが大きかった。

 それでも動揺しなかったのは、彼らの背後関係や今回の襲撃前の経緯を知っていたからだ。


「あの首領さんはどうするんですか? 流石にもう殺してしまったわけじゃないんですよね?」


 謀反から追われながら、わざわざ捕まる可能性を知りつつも、今回の襲撃を事前に知らせてくれた人物だ。元野盗集団の首領といえど、用済み、連帯責任で殺してしまうのは気が咎める。


「ああ、大丈夫だ。あ奴なら広場で簀巻きにされながら、殺されて行く元仲間の命乞いに、笑いながら暴言を吐く程度には元気なようだぞ? 指名手配をされているわけでも無し、わざわざ首を引き渡しても、他の野盗と同額の報奨金にしかならんし、生かしておけば何かに使えるかもせんしな」


 オンドールは顎に手をやり答えた。


「ほう、あのむさ苦しい三人は捕まった斥候の類ではなかったのか、カオリ君はもしかしたら、いい拾い物をしたかもしれんな」


 ササキはそう言いながら、懐から出した瓶を開け、イグマンドの切断された右腕に、中身の薬品を少量かけ、様子を伺っていた。

 敵だからと放置していたが、切断された腕をそのままにしていては、出血多量で死んでしまうのだから、延命のために必要な処置である。

 ササキの使用したポーションの高い効果にオンドールが陰で驚くのを横目に、カオリはまだ使用したことのないポーションに注視する。


(怪我したことないから使ったことないけど、かけるだけでも効果あるんだ。そういえば出血とか欠損とかって、ステータスに状態異常表記ってされるのかな?)


 現実の光景とゲームシステム上での差異について考えるカオリ、そんなやりとりの最中で、ササキはオンドールの手も借りながら、イグマンドを縛り上げてしまう、そして次いでとばかりに、鉄製の首輪を取り付けると、片手で軽々と持ち上げた。

 イグマンドの首に取りつけられた首輪に、カオリは疑問を抱く。


「ほう、【封魔の枷】ですか、このために用立てを?」

「いや、立場上重犯罪者の捕縛に手を貸すこともあるので、常に持ち歩いている私の私物です。カオリ君は見るのは初めてだね?」

「はい、何ですかそれ?」


 カオリの表情を読み取り、親切に教えるササキ、曰く、力ある対象を無力化するための魔導拘束具の類は、太古から研究と開発が盛んであり、遺物の中にはドラゴンですら拘束してしまえる強力なものが存在しているという、単純に力を抑制するもの、魔力を封印するもの、意思を制御してしまえるものと効果は様々だが、近代においては主に犯罪者、とくに魔導士や魔物を捕縛するためや、力を持っている奴隷を従わせるために用いられている。

 所持には偏に国の認可を必要とすることが多いが、当然といわんばかりに闇市で犯罪者の手に渡ることもある。認可を持たないものが所持することはそれだけで犯罪と見なされ、罰金か禁固刑に処されることになるのだが、それを平然と私物と言い放つササキが、一体どれほどの社会的信用を築きあげているのか、背景を知らないカオリは仕方ないが、オンドールやロゼッタには驚きの発言であった。


「ササキ殿を敵に回すことは、すなわち国を敵に回すということですな……、おみそれした」

「すごいですササキ様」


 一方は感嘆を、一方は敬慕を態度で示す様子を交互に見て、カオリはササキの凄さを察する。


「いえいえ冒険者としての階級が信用されたに過ぎません―― まあそんなわけで、今使っているこの【封魔の枷】には、魔術を阻害する効果が付与されていてね。装着中は魔術が行使出来ないようになっているんだよカオリ君、使うこともあれば使われることもあるだろうから、カオリ君は良く覚えておくといい」


 少し不穏なことを言いながら、ササキはカオリに注意する。


「はい、村に犯罪者を閉じ込めておくこともあるかもしれませんし、機会があれば良く調べておきます」


 可能性を考慮して、カオリも納得した。

 イグマンドをササキが担いだまま、一行は村へ戻る。

 壊された門をくぐり、血を吸った地面を踏みながら、カオリ達は村の広場へ向かう、そこにはいまだに簀巻き状態の首領他二人が無造作に転がされ、姿とは裏腹に愉快そうに笑っていた。


「やいやいおっさん、ざまぁねぇなそんな姿になってよ、あんたもこれで俺等の仲間入りよ、犯罪者になった気分はどうでい?」


 下品に笑いながら首領はイグマンドに声をかける。


「……」


 イグマンドはそれには答えず黙していた。襲撃が失敗に終わり、罪も暴かれた現状であっても、野盗相手に反論するのは余計にみじめな姿を晒すと理解している辺り、流石に彼も冷静に観念しているということなのだろう。


「けっ、犯罪者でも俺等と同列扱いは不服ってか? お高くとまりやがって糞爺が」

「うるせぇぞ、殺すつもりは無ぇが、生かすかどうかはこっちの匙加減一つなんだ。愁傷に大人しくしておけ」


 ゴーシュが首領を脅し、首領まったく悪びれることなく首を竦める。


「だがよぉ旦那、人が悪ぃぜ? 銀級冒険者の集団なんて言っておきながら、まさかこんな化け物を隠してるなんてよぉ、知ってたら誰もここを襲わなかったろうぜ、まあ俺ぁ元から襲うつもりなんざなかったがな」


 首領は顎でササキを指しながら、おどけた様子でオンドールを非難する。


「馬鹿者が、我々が取引を持ちかけねば、この村を襲うために準備していた貴様が、今更何を言ったところで信用出来るわけがなかろう」

「それはそれよ、襲って抵抗がねぇなら、双方安全に、かつこっちが有利に取引が出来るだろう? 何も弱ぇ奴らをいたぶって奪うつもりなんてねぇんだから、周辺の魔物退治ぐらいなら出来んだ。この御時世、同じこと考える奴ぁごまんといるぜ? 俺ら側はもちろん、村や集落側も、場合によっちゃあ貴族連中だってな」


 ガハハと豪快に笑う首領は、ごろんと寝返りを打ち仰向けになる。自分が簀巻きにされているのもまったく気にせず、むしろリラックスした様子に、周囲は呆れかえってしまう。

 だが一人だけ先の首領の言葉に興味を示す人間が居た。


「その話、詳しく教えて下さい!」


 カオリは仰向けになった首領の頭の上でしゃがみ込み、嬉々とした表情で首領に迫る。その姿に周囲は再びギョッとする。


「おお? おん? なんだ嬢ちゃん、今の話のどこが気になるんでぇ、今の俺はめちゃくちゃ機嫌がいいから、嬢ちゃんのためなら何だって教えちゃうぜぇ」


 首領は言葉こそ協力的だが、その視線は完全にカオリのスカートの中へ向かっている。首領の位置からなら、さぞ絶景が広がっているのだろう、カオリは興奮した様子で気付いていないようだ。わざとではない、けっして、そんな娘に育てた覚えはない。


「きゃあぁぁっ! 何やってるのよカオリ! そんな姿勢じゃあ見えちゃうでしょ! はしたないからこっちに来なさい!」

「貴様! この下郎めっ、そんな羨ましいことをして、生きて帰れると思うなよっ、そのまま川に沈めてくれる!」


 ロゼッタとアキが同時に絶叫し、驚いたカオリはおずおずと地面に正座して足を閉じる。


「オンドール殿、あの首領共はカオリ君に任せ、我々はルーフェンの引き渡しと、壊された村の修繕のための段取りを進めましょう」

「そうですな、避難者も呼びに行かせんとなりませんし、奴らの処遇は彼女に任せましょう、ゴーシュは残って監督するように」

「おおい、マジかよ……」


 ササキとオンドールが何かを察してその場を去ると、残されたゴーシュが不安そうにカオリと首領を見やり、溜息を吐く。


「いやぁ眼福眼福、で、何が聞きたいんだ?」


 首領が悪びれずにカオリへ再度問う。


「野盗と取引する人達のメリットと、野盗に身をやつしてまで罪を犯し続ける原因、ですか?」


 カオリは要点を纏めて伝える。

 ゴーシュはそれを聞いて息を飲む、自分にしたのとはまた違った観点からの疑問、カオリが知りたいであろうことが何なのか、ゴーシュには量り兼ねるが、社会の闇に深く関わるそれらの事実を、まだ若い彼女が知るべきなのか、ゴーシュは緊張と共に見守った。


「お嬢ちゃんはいいとこの娘なんだろう? どうしてそんなことが知りたいんだ? はっきり言って胸糞の悪ぃ話になるぜ?」


 まだカオリという人物を把握し切れていない彼にしてみれば、うら若き乙女が興味を抱く内容ではないと、流石に表情を渋くする。今更自分達のこれまでの所業の数々を告白することへの引け目など、とうの昔に捨ててしまっているので、教えることに躊躇するわけではないが、純水に好奇心から質問をしてみる。


「だって、根本的な原因が分からないと解決出来ないし、交渉するにしても判断材料がないんじゃ足元を掬われません? それに首領さんはさっき貴族がどうこうって言ってたじゃないですか、この村は国に属さない開拓村になるわけですから、何を間違って貴族の反感を買って、いつ狙われるか分からないじゃないですか、せめて、襲われるから対処する。だけじゃなくて、襲われないように対策を練っておくのは必要かと思って」


 彼女が知りたいのは原因と結果、野盗という暴力犯罪に手を染めるに至った原因と、それを時に容認し、時に利用する。本来襲われる側の立場の人間のメリットを、カオリは把握しておきたかったのだ。


「はっは~ん、なるほどね。好奇心猫をも殺すとは言うが、嬢ちゃんの場合はあくまでも村のため、自分達の安全のためってか、冒険者にしとくにゃ勿体ない考えだなぁ」

「ありがとうございます?」


 褒められているわけではないが、カオリは反射的に礼をする。後ろではそんな二人の会話を、ハラハラしながら見守る三人、アキに限っては、カオリに対して尊大に振る舞う首領への苛立ちが大きいが、主が興味を示している以上、横槍を入れることを必死に耐えるつもりのようで、終始仏頂面で直立していた。


「嬢ちゃんは村一つを魔物から守るのに、冒険者が何人必要で、そいつらを雇うのに、幾ら金がかかるか知ってるか?」

「えぇと、はい、一応冒険者をやってますし、この村も私が責任者で皆さんに手伝ってもらっているので、大体の金額は予想出来ます」


 問題形式で話を進める首領に、カオリは素直に応じる。


「なら傭兵はどうだ? 村に衛兵を派遣してもらったら?」


 そこまでは知らないと、カオリは首を振る。


「国の庇護にねぇ村の生活は厳しいぜぇ? 危険な魔物と隣り合わせん中、小せぇ畑を必死に耕してやっとこさ収穫した食料で食い繋ぐ、特産品とか手工芸がねぇと、そもそも現金が手にはいらねぇ、冒険者を雇うにゃ、冒険者組合に金を収めなきゃならねぇ、――ほら詰んだ。嬢ちゃんならどうする?」


 問われてカオリはハッとする。言われて見れば、アンリ達も、暮らしは安定していても、現金を沢山持っていたわけではなかった。

 ほぼ自給自足に近い村社会では、そもそも生産物を現金化することが難しく、現金化したところで使う場所も機会も少ないのだ。

 冒険者組合の依頼の殆どは、現金によって支払われる。ならば村規模で現金を得ようとするならば、換金用に農産物か、手工芸品を行商か街に行って売らなければならない。

 アンリも森で採取した薬草を、年に数回ほど、エイマン城砦都市に売りに行き、現金化していたはずである。それも現金化した後は、直ぐに村で生産出来ない物資を購入してしまうので、手元にはほとんど残らないのである。


「しかも、冒険者共は、獲物が居ない場所での依頼は請けたがらねぇ、換金する素材もないへんぴな村に、ひがな一日ぼーっとしながら、生活費にしかならん報酬を当てにして、呑気に仕事してるふりをするくれぇなら、バンバン魔物を狩れる高報酬の依頼に流れらぁな」


 首領はそこまで言って、自分を見下ろすゴーシュをチラリと確認しつつ、言葉を続ける。


「冒険者なんてのは、俺らからしたら金になびく守銭奴よ、ちょいと腕が立つ分、場合によっちゃあ汚れ仕事もやる便利屋さ、その点俺らは良心的よ! 衣食住がありゃ暇を楽しむ呑気者、魔物を狩ってもどうせ街に売りに行けねぇんだから、進んではやらねぇが、村が代わりに売りに行ってくれるなら、買い取り額の幾らかは村に還元してやるし、そのために村の一つや二つ、魔物から守ってやるくれぇはお安い御用だ。悪くねぇだろ?」

「こいつ! 聞いてりゃ好き放題いいやがって! それで村の備蓄を食い潰す極潰しのくせに、俺達だって目の前で悲しむ人間がいれば、無償で魔物退治を引き受けることだってあるんだぞ! カオリちゃん、こんな奴の言うことを信じちゃならねぇ! こいつらは腐っても、いや腐った野盗だ!」

「魔物の素材が目当てのくせで何を偉そうに! 第一悲しむ前に守ってやれてねぇ時点で、てめぇらは手遅れなんだよ! それに村を潰すまで吸い尽くす奴らはただの馬鹿だ! 俺と一緒にすんじゃねぇよ!」


 お互いを口汚く罵り合う二人の大人を前に、カオリは真剣にも取れる表情で黙っていた。


(何だか黙ってても色々な情報を教えてくれそう)


 カオリはそんなことを考えていたのだが、流石にただの悪口になり始めた辺りで、次の質問をする。


「じゃあ貴族達のお話はどうなんですか?」

「おお! すまねえこの偽善野郎相手に熱くなっちまった。やっぱり話相手は可愛い女子に限るな」

「まだ言うかこの野郎!」


 ゴーシュを何とか宥める中、首領はすぐに話始めることはせず、次はロゼッタへ視線を向ける。


「嬢ちゃんはかまわねぇかもしれねぇが、そっちの嬢ちゃんはどう見ても貴族の娘だろう? こっから先の話はマジで吐き気がするぜ? いいのか言っちまって?」


 粗野な半面気遣いが出来ることに、カオリは感心しつつ、ロゼッタを振り返る。見られたロゼッタは何とも形容しがたい表情で佇んでいたが、意を決したように頷く。


「構わないわ、そういうことに手を染める貴族がいることは知ってるし、私は違うと断言出来るもの、何を言われても私とは関係ないわ」


 毅然と立つその姿は、立派な貴族然としたもので、カオリは彼女の芯の強さを垣間見たような気がした。


「なら言うが、まぁ、有体に言ゃあゴミ掃除だな」


 首領はそこで一旦区切り、カオリ達の様子を伺いながら続ける。


「税金を収めねぇ領民は私兵で黙らせられるが、規則を守りつつも、自分に従わねぇ奴を脅したりすんには、俺達みたいなのが打ってつけなのよ、――例えば貴族相手の高利貸しとか、技術を独占する商会とか、都合の悪い奴らは陰で脅して、それでも言うことを聞かねぇなら、外出先での不幸を装って殺すに限る」

「へぇ~、あくどいですねぇ~」

「まだまだ。他にも、街一番の美人を連れ去るとか、自領を通り抜けるだけの貴金属を扱う行商人とか、隣の貴族領の特産品をぶっ潰したり、相続問題で駆り出されることもあるぜ? まあ俺は貴族が嫌ぇだから請けたことはねぇが、業界にいりゃあ色々情報が入ってくんのよ、共通して言えんのは、余所もんで仕事を選らばねぇのが都合いい状況ってところか?」


 カオリは納得顔でうなずいた。後ろでロゼッタが口を開く。


「賊との取引は忌避される行為だわ、だけど領地の行政の全権を王家から預かった貴族が、自領内で隠れて何をしていても、その証拠を掴むことは容易ではないわ、結局社交界での噂以上に、ことが大きくなることは稀だもの、一部の貴族が犯罪に手を染めても、そのほとんどは捕まえることが出来ないのが現実よ……」


 苦虫を百匹は噛み潰したような渋面で、ロゼッタは語った。


「じゃあ雇い主の違いや、守ると決めた村々によって、野盗同士で争うことはあるんですか?」

「お? いいとこに気付くじゃねぇか嬢ちゃん、あるぜ、てか野盗集団ってのはそうやって衝突しながら、最終的に手を組み合ってでかくなっていくもんだ。抗争? どんと来いだぜ、弱ぇ奴は死んで、強ぇ奴が生き残って集まるんだ。数は力とはよく言ったもんだぜ、まぁ今回は嬢ちゃん達には通用しなかったがな、がはははっ!」


 豪快に笑う首領に、カオリは大体のことは聞き終えたと満足した。ここでそもそも野盗になり下がった理由を聞く意味を、カオリは見出せなかった。

 冒険者でさえ、後ろ暗い過去を持つものは多い、先の話で野盗にも色々な人間がいることが分かった以上、そこから先の内情は恐らく、本当に些細な違いと時の運による。複雑でありながらも単純な理由からだろうと、カオリは予想出来たからである。

 そしてカオリにとっては、ここからが本題だったからだ。


「じゃあ最後に……、首領さんはこれから、どうしたいですか?」


 カオリの質問に、首領は一転して真顔になり、じっと押し黙った。

 そしてやおら起き上がり、カオリと同じように正座の姿勢を取ると、頭を地につけんばかりに下げたのだった。

 驚くゴーシュとロゼッタを余所に、カオリは微笑を浮かべて首領の行動を見届けた。


「俺の名は、セルゲイ、後ろの二人は右がシモンで、左がステファンだ。これでも元帝国の一兵卒で戦場で戦った仲間だ」

「おい、どういしたんだ急に――」


 突然始まった自己紹介に、ゴーシュは戸惑いの声を上げる。


「うるせぇ! こっちは生き死にがかかって必死なんだ! 俺達のキワは今ここなんだ! 外野は黙ってやがれっ!」


 セルゲイと名乗った首領は、今までの軽薄な態度から一変して、鬼気迫る表情でカオリと再度向き合う、その目にはそれほどの真剣みが伝わって来る。気付けば後ろの二人も、彼と同じ姿勢を取っていた。共に戦場を駆けた仲間というのは本当のようだ。


「ではセルゲイさん、もう一度聞きます。貴方はこれからどうしたいですか?」


 態度が急変しても、カオリは先と変わらずに、柔和な表情でセルゲイと向かい合っていた。


「俺達をここにおいてくれ、給金なんていらねぇ、俺達を切り捨てた帝国の貴族共と違って、嬢ちゃん、いやカオリ嬢の下につけば、もう一度人間らしい生き方が出来ると思ったんだ。使い潰されるだけの兵士でも野盗でもねぇ、誰かに必要とされる。ちゃんとした人間って奴に、なれる気がするんだ」


 「頼む」そういって今度は完全に額を地面に擦りつけて、セルゲイはカオリに懇願した。この時、ゴーシュはさっきまで罵りあっていた男に対して、自身でも驚くほどの共感を覚えていた。


(こいつは、昔の俺だ……、惨めな生活に、やりたくもねぇ盗人働きで、完全に腐りきっちまう一歩手前の、あの時の俺と……)


 路地裏で残飯をあさり、スリで得た金で、闇市の大人から半ばぼったくられたような値段で消耗品を買い、飢えと寒さに耐え忍んだ幼少期、たまたま拾った貴金属を売った金で、別の街で冒険者になることが出来た後も、信用がつくまでは脱法紛いの仕事しか請けられず、悪態を吐き続けた駆け出しの時期。

 それらの思い出すだけで唾を吐きたくなる。己の過去を、ゴーシュはセルゲイの背中を見下ろしながら、走馬灯のように思い出していた。

 いやもしかしたら、領兵に志願出来るくらいなのだから、セルゲイの方が、ゴーシュよりも身元がしっかりした。真っ当な子供時代を送って来たのかもしれない、それが運が悪くか、それとも進んでかは分からないが、野盗に成り下がってしまった。

 だがここで、彼らは人生をかけた大勝負に挑んでいる。そしてその決定権を持つのは、目の前の、カオリという若い少女なのだ。

 カオリと短いながらも、その人となりを見て来たゴーシュは知っている。

 この世間知らずだが勉強家で、赤の他人のはずの幼い姉弟の故郷を取り戻そうするほどお人好しで、優し過ぎるかと思えば容赦なく敵を切り捨てる現実主義的なこの少女が、こういう状況でどのような採決を下すのかを、ゴーシュは知っている。


「分かりました。許可します」


 まるで母のように、全てを知りつつも受け入れ、優しく包み込むような包容力を、まるで女神のような可憐な微笑を湛えて、全ての罪を許してくれるような大きな器量で、カオリはセルゲイを受け入れた。


「カオリ、貴女は例え相手が野盗でも、受け入れてしまうのね。貴族顔負けの器の大きさだわ……」

「ふん、何を今更、カオリ様の大器は、地上の如何なる偉人であってもひれ伏すほどに大きいのですっ! 流石ですカオリ様!」


 呆れと羨望の交じる表情でカオリを見詰めるロゼッタと、どこまでもカオリを称賛して止まないアキに、ゴーシュはもはや何も言えずに立ち竦んでいた。

 一方、今や元がつくことになった野盗三人は、顔を上げると、泣き出さんばかりに破顔して、仲間達と喜びを分かち合った。


「やりましたねボス! これで夜も安心して眠れますぜ!」

「馬っ鹿野郎! 今日から俺らのボスはカオリ嬢だぜ!」

「カオリ嬢万歳っ」


 万歳と来たか、とゴーシュは呆れて三人を見やる。


「今日からよろしくお願いします。セルゲイさん」

「「おうっす!」」


 だが、ここでただ優しく受け入れるだけで終わらないのが、どこまで行っても現実主義なカオリであることを、ゴーシュは忘れていた。


「拘束を解いたら早速、元お仲間の死体の処理をお願いしますね。後、騙し討ちとかの怪しい動きをしたら、即刻首をはねるので、覚悟して下さいね」


 一同はその発言に絶句した。感動からの絶望宣言に、セルゲイは元より、ゴーシュもロゼッタも言葉を失った。アキだけは満面の笑みを浮かべて、薙刀の刃を指でなぞっているが、これはいつも通りである。


「ああそうだったな、カオリ嬢は初めて会った時から、完全にアレだったっけか、はは、こりゃ大物になるぜきっと……」


 かくして、野盗襲撃騒動は無事解決することに成功し、人間相手に初めて戦った今回の襲撃は、カオリに大いな学びを与えることになった。

 村へ帰って来る非難民達の精神安定のため、村に新たに加わった三人組の初の大仕事は、夜を徹しての死体の処理と、血の清掃活動であったのは言うまでもない。

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