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( 少女召喚 )

現在、文章の構成や漢字の修正により、頻繁な改稿を行なっておりますが、ストーリーに大幅な変更はありませんので、気長なお付き合いをよろしくお願いします。

 カタカタとキーボードを打つ音と、冷却ファンが回るPC特有の駆動音が、静かな部屋に響き渡る。

 先日父親に買ってもらった高ビットPCは、すでに兄の手によって初期設定も済ませてあり、少女は勉強机を占領するそれらの機材を前にして、瞳を輝かせて対面していた。


 宮本佳織(ミヤモト・カオリ)十五歳。


 今年の春から現役女子高生となる春休みの真っただ中のこと、カオリは興味本位から兄の部屋で見た。兄がサービス終了と共にやめてしまった。有名PCオンライゲームで、新たにキャラを創り、暇を潰そうと試みた時、思わぬ事態に遭遇することとなる。


「えぇ……、なにこれ……」


 ゲームを起動したと共に(オンラインサービスは終了しているので、サーバー接続は出来ないが、オフラインでゲーム自体は遊べる) カオリは今まで体験したことのない強い光に、思わず立ち上がって目を閉じたが、数瞬して何事もないことを音で判断し、恐る恐る目を開けると、そこはまったく見知らぬ森の中だったのだ。


 周囲を見回すも、木、木、木、薄暗い森の中、カオリは一人茫然と立ち尽くしていた。


「いやいや……、意味分かんない」


 かれこれ三十分は途方に暮れていたか、そこで初めて自身の格好にも気がつく。


「……制服じゃん」


 それは今年の春から通う高校の制服であった。初めて袖を通すブレザーにはしゃいで、着替えぬままにゲームを始めてしまったのだ。

 スタート画面が出るまでに部屋着に着替えればいいとの考えであったが、ここが外である以上、かえって都合がよかったと思うしかない、姿見で全身を確認していたので、おあつらえ向きにローファーまで履いている。


「まさかゲームの世界ってわけじゃないよね?」


 ありえない可能性を考え、カオリは空笑いする。

 だがもしそうなら、とカオリはあのゲームについて、可能な限り内容を思い出そうとした。

 彼の有名PCオンライゲームは、自由度に極限まで拘った仕様で一世を風靡したゲームだったため、キャラメイクと装備コーディネートのみならず、かなりの範囲を自作出来ることが出来た。  

 だが本職のクリエーターでもない限り、遊び尽くせない創り込みが返って、多くのライトユーザーを逃してしまう原因となり、後の衰退に繋がったと多くのものが語っている。


 しかしそれでも、街で家を購入したり、フィールドに拠点を建造出来る他、武器や防具や多様な道具類までグラフィックを創造出来るといった要素が、根強いファンを繋ぎ止めていたのも事実で、サービス終了後、未だに自身の生産物や建造物の画像を、SNSや動画サイトに投稿している人達も居る。

 そうやって時間をかけて現状を考察したおかげか、カオリはその他にも気付く。


「匂いもするし、肌寒いのも感じる。本当に現実みたい……」


 近くにあった木に触れ、その感触に改めて驚く、現実と変わらぬ木の温もりに、あらゆる感情がカオリに去来(きょらい)する。


「これはゲーム? それとも現実? いったい何がどうなって……」


 だがそんなカオリの下に、突如信じられないものが現れる。

 音もなくふわりと舞い降りたのは、黒と灰のまだら模様の強大な獅子だった。身の丈はカオリをゆうに超えている。


「……えっ」


 凶悪な牙、異様な爪、感情の読み取れない眼光、死を連想し後ずさるカオリに、おもむろに鼻を近づけ匂いをたしかめる。そして何かの声を聞くように首をかしげながら空を見る獅子は、しばらくそうしていると、次いでカオリの背後に回った。


(でかっ! 食べられるっ!)


 獅子を刺激しないように身体を強張らせ、内心で戦慄(せんりつ)しながらギュッと目を瞑るカオリ。

 しかし不意に背中を押され、たたらを踏むカオリは慌てて振り返るが、獅子はカオリをゆっくり通り過ぎて木々に分け入ると、カオリをその感情の読めない瞳でジッと見詰めた。


「……ついて来いってこと?」


 すぐには襲われないことに安堵しつつ、カオリは獅子に促されるまま、後についていくことにした。

 何も知らされず、こんなわけも分からぬ状況に放り出された以上、カオリに残された選択肢はないに等しい、森を彷徨い歩いた末の餓死か衰弱死、あるいは凶暴な野生動物の餌食か、今この瞬間がある意味で、最後の望みとカオリは考えた。

 しばらく無言のまま歩く獅子とカオリ。


「どう考えてもモンスターだよね? こんな虎みたいなライオンみたいな、黒い動物知らないし……」


 この後の展開に不安を抱きつつも、木の根やくぼみに気を配りながら、何とか歩き続けるカオリを余所に、獅子は足音もさせずに悠然と進んで行く、まったく理解の追いつかない状況だった。

 獅子が不意に止まり、カオリを振り返る。グルルと低く唸る獅子の止まった先に、カオリは視線を向ける。


 ――そこには明らかに人間の白骨死体が木の幹に横たわっていた。いったいどれほど放置されていたのか、骨の大部分が植物に浸食されていた。


「死体なんて初めて見た……、もうほとんど分かんなくなってるけど、これどう見ても現代人の格好じゃないよね?」


 遺体を覆う服は、革製の防具のようで、各所に金属板も見える。恐らく腰であろうところには、鞘に収まった剣も見える。

 中世の武具に身を包んだ人の遺体を前に、カオリは立ち尽くす。

 すると獅子が遺体に近付き、剣を鞘ごと遺体から咥えて強引に引き剝がし、それをカオリに投げてよこした。


「っおっと!」


 危なげに受けとったカオリは、獅子がそれを自分に持てと言っているのだと理解し、獅子におずおずと黙礼し、剣を左手に携える。

 先に進み始めた獅子の後に、カオリは慌てて従う。


「お兄ちゃんの模造刀を持ったことあるけど、本物の剣って結構、――こう、違った重さなんだなぁ」


 ずしりと手にかかる剣の重みをたしかめつつ、腰に提げるためのベルトが切れているため、仕方なく左手に持って歩く。


「お腹すいた……、喉も渇いた……、いったいいつまで歩くの?」


 さすがに体力に限界が見え始めたカオリ、獅子はそんなカオリを気にも留めず、道なき道を、木々や草を押し退けながら進む。


「――とって食べられないだけでもありがたいか」


 益体もないことを言いながら、足の痛みもなんとか気力で抑え、自らを叱咤しながら歩き続け、しだいに辺りが暗くなり始めたころ、少し開けた場所で獅子は歩みを止めた。

 ゆっくりと中央で腰を下ろした獅子から、近過ぎず離れ過ぎずな距離を取りつつ、カオリも三角座りで落ちつく。


「……私、どうなっちゃうんだろう」


 疲れからカオリはウトウトすると、そのままぱたりと横に倒れ、眠りにつくのだった。獅子はそんなカオリにゆっくり近付き、自身の身体ですっぽり覆うようにカオリに寄り添った。


 翌朝、獅子に顔を舐められ、仰天して起きたカオリは、再び獅子に誘われ昨日と同じように歩き出す。

 おそらく昼も過ぎたころ、カオリは不意に人と出くわした。


「あっ、あっ……」


 巨大な獅子を前に戦慄し、腰を抜かして座り込む人間、もとい少女に、カオリは感動とともに、焦燥からオタオタとした。


「やっと人に会えた! てか怖がらないで! 気持ちは分かるけど、私は普通の人間だからっ! ただの女子高生だから!」


 獅子と女子高生という奇妙な組み合わせが、目の前の少女の目にはどう映っているのか推し量りながらも、カオリは必死に弁明をした。


「森の獅子っ、出会えば生きて帰れないってっ」

「えっ! そうなのっ?」


 少女の言葉にカオリも驚く、だがカオリは急に背を押され、つんのめって少女に倒れ込む、カオリも少女も驚いて抱き合う形に倒れ込むと、慌てて後ろの獅子を振り返る。

 獅子はグルルと低く唸ると、踵を返し、森へと帰って行くのだった。


「……もう大丈夫ってことかな」


 呟くカオリに下から声がかかる。


「あなたは獅子様の……、お姫さまですか?」


(おうふ、私はもののけの姫だったのか……)


 荒唐無稽な問いかけに、カオリはなんと答えたものか悩みながら、膝立ちに少女から身を離す。


「えっと……、信じてもらえないかもしれないけど」


 中世の西洋風の衣装に、亜麻色の髪を持つ少女と向き合い、カオリは今日まであった一連の出来事を語る。

 気がついたら森の中にいたこと、獅子に導かれここまで連れられて来たこと、道中で見つけた遺体から、獅子が剣を回収し自分に持たせたこと。

 その最中に少女の目は時折、カオリの持つ剣に視線がいく。


「――あの、この剣が何か?」


 ビクンと肩が跳ねながら、少女は恐る恐るカオリに語る。


「私……、その剣に見覚えがあって、父の持ってた剣に似ているんです。……少し記憶もおぼろげですが」

「え……」


 ここに来るまでに剣を剥いだ白骨化した遺体、カオリは言葉に詰まる。泥棒の二文字が頭を(よぎ)る。

 少女も絶句するカオリを気遣って、言葉を続ける。


「いえっ、貴方を疑っているのではありません、父が帰らなくなってもう一年になります。――貴方が父の身体を見つけて、その剣を拾われたなら、むしろ感謝しています」

「ご、ごめんなさい……」


 沈黙する双方、口火を切るように、少女はそっと剣を持つカオリの左手を両手で包むと、カオリの手を引いた。


「私の名はアンリ、カルタノ村のアンリです」

「私はカオリ、……ただの、カオリかな」


 カオリの歯切れの悪い自己紹介も気にせず、アンリは微笑む。


「こんな森ではなんです。よければ私の村に来てください」


 二人はそこから移動を始め、森から出た後は、なだらかな傾斜の草原を下りながら歩くこと半里で、目的の村が見えた。

 丸太を縄で繋ぎ、地面に深く突き立て並べただけの塀に、丸太と角材で組んだ(やぐら)、周囲にも簡素な柵で囲った農地が広がり、村の体裁(ていさい)をとっていた。


「森と川が近くて、土もよく肥ていて、人が暮らすにはいい土地なんですが、ここは国境(くにざかい)だから戦争が多く、森も魔物が多くて、普段は人が寄り付かないんです」

「戦争?」


 現代日本で暮らすカオリには、戦争というのは縁遠い話題、カオリは首をかしげる。

何も戦争を知らないというのではなく、たんに実感が湧かないという程度のものではあったが、少女にとって近隣で行われる戦争の存在は常識であったため、それを知らないカオリの態度は懐疑的心情を抱くに十分であった。なので念のためにと門をくぐる時に、カオリは少女から、とにかく何も知らない(てい)を装うように言い含められる。


 初めに案内されたのはこの村の村長の家だった。少女が数度ノックし呼びかけると、出て来たのは女性で、少女と二三言やり取りをすると、二人を中に招き入れた。


「この村に来訪者とは久しいな、アンリも一緒に、どうぞお座りください」


 対応したのはこの村の村長と名乗る初老の男性だった。白髪によく日焼けした肌、農作業で鍛えられたであろう身体が、小奇麗な服の上からでもよく分かる。


「まずは、お名前を頂戴しても?」

「カオリです」


 「カオリ……」と呟きながら村長はカオリを推し量る。多少汚れてはいるが高級と分かる衣装に身を包み、荷物も持たずおよそ旅慣れたようには見えない出で立ちと、僅かな応答での礼儀正しい立ち振る舞いは、実に貴族という特権階級に席をおく人間特有の風体である。

 だが貴族ならば真っ先に自らの所領と、姓を名乗るものだがそれがない、商家の娘でも同様である。冒険者ならば所属組合の名を出し、村に来た理由なども言うだろうが、それもない。正直なところ、村長は目の前の少女の扱いに困り果ててしまった。


「素姓の知れない貴方をどう扱えばいいのか、正直分かりません」


所詮(しょせん)、辺境の村長に腹芸は酷なのか、村長は早々にお手上げの格好で、背もたれに体重を預けた。


「村長、実はこの方が、事情は分かりませんが、森の奥から私の父の剣を、見つけて来て下さったのです」


 カオリは黙って剣を机の上に置いた。


「なんと、そうか、やはりあいつはもう……、――アンリすまなかった。あの時もっと人手を出してやれればよかったのだが」

「いえ、村長は最善の判断と、その後も、十分な支援をいただいています。両親の居ない私達姉弟が生きていけるのも、村の温情のおかげです……」


 伏目がちに呟くアンリを横目で見るカオリ。


(お父さんが死んで、お母さんもいないの? ……辛いよね)


 暗い話題にカオリも気が落ちる。両親も健在で平均的な家庭で生まれ育ったカオリには、少女の悲しみが量れなかった。


「私はこの方が悪い人には見えません、もし私達の家でよければ、しばらく居てもらうことは出来ませんか?」


 思わぬ申し出に、カオリは面食らって少女を見た。


「食料も余裕があるし、仕事を手伝ってくださるのならば、村のもの達も反対はせぬだろう、カオリ様もそれでよろしいですか?」


 問われたカオリは少々慌てながら、大きくうなずく。


「それではよろしくお願いします。カオリ様」

「様だなんて、カオリでいいですよ、ただのカオリで、それにありがとうございます。すっごく助かります」




 案内されたのは一軒の木造家屋、少女には二つ下の弟がおり、今は二人で生活しているという、二人が近づくと家から小柄な男の子が駆け寄って来た。カオリを見て小さく首をかしげる。


「改めて自己紹介します。私がアンリでこの子が弟のテムリです」

「はじめましてテムリ君、私はカオリ、今日からしばらくお世話になります」

「はじめましてっ、テムリですっ」


 元気よく挨拶するテムリに、カオリも笑顔になる。元気な子供が好きなカオリだった。子どもは元気に限る。


「まずは休まれますか? 森を抜けて来られたのでしたらお疲れでしょう?」


 言われてカオリは、自分が昨日から飲まず食わずで歩き続けていたことを思い出す。


「助かります。実は昨日から何も口にしていなくて……」

「それは大変! いったいどうやって森を抜けて? ……それにあの獅子もそうです。貴方はいったい何者なのですか?」

「あぁ~、えっとぉ……」


 問われて言葉に詰まるカオリ、ゲームをしようとしたら見知らぬ世界に、などと言っても信じてもらえないだろうと思うも、うまく誤魔化す言葉を思いつかないカオリだった。


「不思議な人ですね。旅の荷物も持たず、獅子を連れ森の奥から現れる。しかも父の剣を携えて、まるで物語の英雄様みたい……」

「英雄だなんて……、私は何も知らないただの女の子だよ」


 思わぬ評価に、照れと焦りが混じった曖昧な返事しか出来ず、カオリはアンリに申し訳なく思う。

 話しながらも手際よく火を起こし、湯を沸かすと、アンリは暖かい茶を用意した。この世界での茶葉は基本的に高級品であるため、そのあたりの知識をまだ持っていないカオリは、単純にそれを茶葉だと判断したが、実際は洗って乾燥させただけの薬草や香草を、湯で濾したものでしかなかったため、その独特な風味に少々驚いてしまった。


 この時点でカオリはこの世界の文明レベルを理解する。釜戸は石組のものが一機、地面は総じて硬い土の土間になっている。窓に硝子はなく、明かりを取りたければ、木板の扉を開け放つしかない。そして今振る舞われた茶と、限られた情報ながらの考察を行う。

 元の世界の建築の歴史に詳しくはないが、おおよその年代は推察出来る。中世の前期ぐらいかと、カオリは思った。ちなみにこの辺りの知識の出所は、カオリの兄によるものだ。


「森葡萄とパンがあります。こんなものしかありませんが、どうぞ召し上がってください、残りの湯もあるので湯浴みもなさって下さいね。では私は夜までに寝床の用意を済ませてしまいます」

「……何から何まですいません、何か私に出来ることがあれば、何でも言ってください」


 家庭的なことはほとんど母親任せにして来たカオリ自身、手伝えることがあるとは思えなかった。自分よりも年下であろうにも関わらず、アンリはしっかり自立していた。

 いかにも硬そうなパンを掴み、無造作に(かじ)りつく。


(かった~い……、ライ麦? とかいうのかな、パサパサで甘味もないし、これだけで食べるのはキツイかも……、飲みものでふやかしながら食べよ、こっちの(もり)葡萄(ぶどう)? は普通に野性の果物かな? これとパンを一緒に食べればまだマシかな……)


 元の世界の食べものに慣れているカオリには、この食事は正直、空腹でなければ微妙なものだった。それでも止めることなく完食したのは、ひとえに飢餓寸前だったからに他ならない。

 食事を終え、食器をどうするのか迷い、結局端に寄せて放置したカオリは、次に制服の埃を払い、初の湯浴みを試みる。


家の陰で全裸になり、慣れない習慣に戸惑い、恥ずかしくもあるが、今はすっきりするのが先行していた。

 先に髪を水で流し、次いで湯で揉むように洗う、顔から始まり上から順に手を付ける。むろん下腹部は後に、柔軟剤のない世界の布切れは堅く、肌を傷付けないようにゆっくり拭う、タオルの柔らかさが早くも恋しかった。

 必要最低限の食事しかしていないため、まだ催してはいなかったが、風呂もないこの文明レベルで、トイレはどうすれば? とカオリは一人戦々恐々としていた。

 肌着も軽くゆすいで、今はシャツとスカートと下着と最低限の衣類だけを着込み、アンリに案内された寝室で、一刻ほど眠りにつき、アンリが夕食だと起こしてくれたころには、すっかり日も暮れていた。


「豆と山菜のスープとパン、後は狩人さんが捕って来てくれた鹿の干し肉です。お口に合えばいいのですが」

「いや~、ザ・洋風って感じでおいしそうっ!」


(食文化が違うのはしょうがない、というか日本の食事が贅沢過ぎるってお兄ちゃんも言ってたし、それにアンリちゃんが作ってくれたご飯に、文句を言うなんて失礼過ぎるしねっ!)


「姉ちゃんの飯はおいしいよっ!」


 三人で囲む食卓は暖かく、カオリの不安を和らげた。今日はぐっすり眠れるだろう、アンリが整えてくれた藁の寝床も、今のカオリには極上のベッドだった。どころか先ほど仮眠した時にも思ったが、某アルプスの少女のアニメに登場したものによく似た外観に、少しわくわくもした。

 二つ有る内の片方の寝床に横になり、カオリは眼を瞑ってすぐに眠ってしまった。


 翌朝早くに目が覚めたカオリは、先に起きていたアンリに挨拶しながら、働かざるもの食うべからずの精神に則り、自分に出来る仕事はないかと聞く。


「森に山菜や木の実を採取に行きます。その前に川へ水汲みへ、そのお手伝いならお願い出来ますが、同行して下さいますか?」


 材木を切り出すもの、森へ狩に行くもの、農地で穀物や豆類を耕作するもの、川で漁をするもの、(くわ)(やじり)などの鍛冶仕事をするもの、家や倉庫を建てる大工など、村や集落などの共同体では仕事は山ほどあり、それぞれが何らかの形で村に貢献している。

 両親を亡くし幼い姉弟で暮らす二人に与えられたのは、単純労働と、貴重な栄養源である山菜や木の実の採取のようだった。


 はっきり言ってこの仕事は、子供だけで行うには非常に危険だ。それでもアンリが採取に従事(じゅうじ)しているのは、野草の知識と危険を顧みない勇気さえあれば、特別な技能が必要とされない最低限の仕事だから以上に、村の事情が多分に孕んでいたからだろう。

 流石にそこまでの事情はカオリには分からなかったが、大変な仕事であることは漠然と感じた。


「朝にテムリが川へ水汲みに行ってくれています。私達も採取の道中で薪を拾いながら、生活の消耗品はある程度自給します」


 村の人口は四十人からなり、男女比は半々、子供は決して多くはないが、皆が比較的豊かではあった。豊富な森林資源と水源、小川が運ぶ肥沃な土地、これだけ条件が揃っていれば、人が寄りつかない方が不自然と取れる。


「戦争と魔物のせいで、人が余り寄りつかないって言ってたけど、実際暮らしは豊かな方なんじゃないの? もっと人が集まっても不思議じゃないけど……」


 カオリの疑問にアンリは思案顔で口元に手を添える。そして南の方角、遠方に見える大きな川の、さらに向こうを指す。


「アンスル川の向こうには、ハイゼル平原が広がっているのですが、二年前までそこで、毎年のように戦が行われていたんです。なので賊や敗走兵などが多くて、時には私達に危害を加える人達もいました。それと戦場で、ましてや毎年死者が出るので、アンデッド系の魔物の出現率が高いんです」

「……人間も嫌だけど、幽霊はもっと嫌だね」


 ファンタジー世界特有の事情に、若干引いてしまったカオリ。


「それと今から私達が向かうクロノス大森林も、一国を超えるくらいの広さがあって、一番奥は山脈に至ることもあってとても深く、魔物の楽園でもあるんです」

「……そりゃわざわざそんな危険な辺境に住みたいって人も居ないわけだ。てかそれって今から行く私達は大丈夫なの?」


 アンリはこともなげに大丈夫だと返事をする。


「その危険な森の奥から獅子を連れて現れたカオリさんが、何を言っているんだと、逆に私は思うんですけど……」

「……たしかに、私って自分で思っている以上に怪しいよね」


 カオリの腰にはアンリの父の剣が提がっていた。聞けば南から流れてきた標準的なハンガー(片刃剣)で、この地域では人気がないため、アンリの父が安く買い上げたらしい、曲刀の割に幅広で取り回しやすく、丈夫で狩猟にも向いていたため重宝していたそうだ。カオリが眠っている間にアンリがベルトを修理してくれたため、朝手渡されてカオリは驚きと罪悪感に(さいな)まれた。


「いいんですよ、私達に楽をさせたくて森で倒れた父の剣が、私達の下に帰って来てくれた。それだけで私はうれしいんです。私がカオリさんを家で預かろうって思ったのも、ささやかな恩返しのつもりですから、どうか気にしないで下さい……」


 森へ向かう道すがら、昔を思い出し涙を浮かべながら気丈に振る舞うアンリ、カオリは静かに衝撃を受ける。


(死と隣り合わせの世界で、両親を亡くして、……なんて強いんだろう)


 気付いた時にはカオリはアンリを抱きしめていた。後ろから両腕を回す。俗に云うアスナロ抱きである。同性同士だがドキドキする。もちろんカオリにそっちの気はない。


「カ、カオリさんっ!」


 突然のことに慌てるアンリ。

 カオリは極々平凡な少女だ。だがだからこそ、平穏では居られなかった人々の不幸に、人として強い義憤を感じていた。

 もし力があるのなら、そんな人々を救えるのではないか? 平凡であったからこそ、誰もが一度は夢想するそういった衝動に、カオリは突き動かされたのかもしれない。


「だったらさ、私が二人を守るよ、ここまで面倒見てくれたお礼だよ、この世……場所に来て何も分からない私に、よくしてくれたお礼、後は、これからどうすればいいか分からない、私のとりあえずの目標、いいでしょ?」

「いいでしょって……、はは、まるで姉が出来たみたいですね」


 笑うアンリに、カオリも笑顔になる。

 森の入口付近は狩人の働きもあり、危険な動物も、それを狙う凶暴な魔物も比較的少なく、アンリのような少女が出入りしても、大方安全が保たれていた。

 奥に入らない限りは、魔物に襲われる心配はないはずだった。つい昨日に獅子と遭遇したばかりだが、あれは例外とアンリが考えたのは無理もない、それほど獅子とカオリの登場は特殊過ぎたのだ。


 カオリもアンリに教わりながら、食べられる山菜や菌類や木の実を取りながら、昼過ぎには村に帰る。

 帰ってからは収穫物を倉庫に入れ、薪割りや共同釜でパンを焼くなどの仕事をこなし、夕刻には今日の仕事を終える。

 アルバイトもしたことがないカオリだが、家事の延長と考えれば左程苦にならない、生きること、暮らすことが、これほど分かり易く実感出来ることは、カオリには反って貴重な体験となった。


 そしてこの後に、カオリは生きることとは対極となる事態へと、巻き込まれることとなった。


 焼き立ての黒パンを大事に抱えながら帰路につく道中、カオリの背筋にゾワリと悪寒が走る。


「? どうしましたカオリさん?」


 嫌な予感がする。

 カオリは慌てて櫓に登る。

 日頃は見張りの狩人がいるのだが、今は交代なのか無人であった。遠く森の方角から、ザワザワと嫌なものが近づいて来るのが分かる。

 アンリも遅れてカオリの横に来ると、森の方角に視線を向ける。


 沈む夕日の木々の陰に紛れて、それらはたしかに村に向かって確実に距離を縮めていた。

 突然アンリが叫ぶ。


「【ゴブリン】よっ! 【ゴブリン】の群れが村に来てるっ!」


 アンリの声に村人達ははじかれたように走り出した。

 妻や子供を避難させるもの、農具や剣、弓などを携えるもの、騒然とする村をカオリは見回す。

 村の人口は四十人ほど、内、戦える大人の男は二十人もいない、対してゴブリンの群れは目視出来るだけでも四十は超え、後ろにはもっといるかもしれない。


「アンリ! テムリを連れて避難を! 私は武器もあるし、余所者だからここで皆を助ける。行って!」


 カオリの有無を言わさぬ剣幕に、アンリは黙って頷く、駆けだしたアンリを見送り、カオリは櫓に登って来た狩人と代わり、門の方へ行き、近くにいた男性に話しかける。


「ゴブリンの数はこっちの二倍はいます。アレらは武器を持っているんですか?」


 問われた男性は、少女が残っていることに驚くが、それが余所者のカオリであると気付くと、真剣な表情で答えた。


「だいたい粗末な棍棒とか石槍だが、たまに人間から奪った剣を持つ奴や、盾を使う奴もいるし、器用に弓を使える奴もいる」


 カオリは難しい顔で思案する。


「正直に聞きます。強いですか?」


 ゲームでは序盤で出現する雑魚キャラだが、それがこの世界でも同じとは限らない、問われた男性は何を今更と思ったが、この際なりふり構っていられない、正直に答える。


「力も強くないし背丈も小さい、単体ならそれほどでもないが、なにせ数が多い、それにこっちは弓を扱える奴が少ない、柵に取りつかれても数を減らせなきゃ、じきに門も破られて数で圧されたら危険だ。こんなこと今までなかったのにどうして……」


(ということは村人も守りの経験があるわけじゃない、武器の扱いも疎い人達が多くて、不安要素が多すぎる……)


 兄が雑食系のオタクということもあって、軍事における拠点防衛や、逆に攻める際の難しさを聞かされたことがあるカオリは、大いに不安が胸に広がった。

 第一、カオリ自身が剣など振ったことのない素人である。


「もう! こんなことならもっとお兄ちゃんに、色々教えてもらっとけばよかった!」


 益体もないことを叫ぶカオリ、握る剣が手汗で滑るのを、必死に袖で拭い、柄を強く握り直す。


「来たぞ! 放て放て!」


 叫んだ狩人が他の狩人に号を飛ばす。

 外からゴブリンの叫び声が聞こえる。だがそれが離れていく気配はなく、むしろ足音や石や木を鳴らす音が近づいて来る。

 そして門が強い力で叩かれる轟音が響き、狩人も必死に次々と矢を射るも、効果的な損害を与えているようには見えなかった。


「駄目だ! 破られる!」

「えっ、もう!」


 門の前で構えていた青年が叫ぶ、次の瞬間、門がメキメキと音を立て倒れると、それを踏み越えて、ついにゴブリンが雪崩込んで来た。


 荷車や家具を並べた障害物を挟んで村人達が応戦する。

 槍や鋤を突き出し、剣で攻撃を加える様は、どう見ても腰が引けており、明らかに押されている。数人が戦える様子であったが、それでも多勢に無勢なのか、うまく立ち回ることが出来ないで居た。

 カオリの前にも一頭が躍り出た。


 【ゴブリン】別名で小鬼と呼ばれるその魔物は、小学生低学年ほどの小さな体で、似つかわしくない棍棒を持ち、腰巻一枚の土で汚れた濃い肌の色をしていた。

 そして牙の突き出た顔は凶悪で、歪められた表情からは他生物への慈悲の心など持ち合わせているとは到底思えなかった。カオリをこれでもかと威嚇して来る様は、さながら鬼の名に相応しき様相である。

 五月蠅いほどに鳴る心臓とは裏腹に、冷や汗が止まらない背中の悪寒が、警鐘となってこれでもかと頭を叩く、――一歩間違えれば、死ぬ。


 カオリは身体が思うように動かないのを自覚しながらも、何とか反応出来るように間合いを保つ。

 ゴブリンが乱暴に棍棒を振り下ろす。

 それを大げさに躱し、右手に持った剣を前に突き出し牽制する。

 追撃を加えて来るのを焦って躱すが、時折服を掠めて、カオリはその度に悲鳴を上げそうになった。


 そんな攻防を繰りかえす内に、苛立つゴブリンが不用意に、両手に力を込めて振り抜いた棍棒を、飛んで避けながら、カオリが無意識に振った切っ先が、ゴブリンの尖った耳を斬り飛ばした。

 ギャッ、と悲鳴を上げたゴブリンに、カオリはすかさず追撃の突きを繰り出す。

 首の皮膚が柔らかいところに深く刺さった剣を慌てて引き抜き、カオリが後ろへ飛び退くと、ゴブリンは痛みと出血から倒れ込む、事切(ことき)れるゴブリンを震える身体で見下ろすカオリ、息が乱れて苦しいがそれどころではない。

 生まれて初めて生物を殺めたことに、カオリは思考力が奪われた。羽虫を手で叩くような気軽さには到底なれない、生き物を、自ら手にする刃物で、たしかに刺し殺したのだから。


 だが、ここで不思議なことが起こる。

 身体の奥から力が(みなぎ)るような、頭が()えるような感覚に、カオリは不意に冷静さを取り戻すと、視界が、開けた。

 周囲の状況がよく見える。


(なんか分かんないけど、何とかやれるっ)


 怪我をして下がる村人、押されながらも何とかバラけずに、ゴブリンの群れを抑え込んでいる様子を見て、カオリはまだ希望があることに安堵する。

 ゴブリン達の持つ武器の殺傷能力が低いのが幸いし、被害は思ったより少ないと感じた。急所を確実に突いていけば、何とか数は減らせる。


 後は村人の体力と気力、武器の耐久度が持てば、勝てるはずだと思えた。

 カオリも負けじと前線に加わり、とっ組み合う村人に加勢して、ゴブリンの首を撫で斬りにし、一体を屠ると、倒れた村人を助け起こした。

 冷静に対処すれば、勝てない戦いではないと奮い立ってもらうことが、戦で勝つ大きな要素であると、兄から聞いたことがる。


(ようは気合いだ! って言ってたけどこういうことかな? こういうことだよね? なんか自信ないな……、お兄ちゃんの言うことだし、あんまり深い意味はないかも……)


 だがここで櫓の狩人から怒号が飛ぶ。


「別のゴブリンの一団が、村の反対側に回りやがったっ!」

「えっ!」


 そっちは避難場所の倉庫がある方角、アンリ達を含む女子供達が危ない。彼女達に抵抗する術はないのだから。


「私が行きます!」


 カオリは慌てて駆け出す。

 あっという間に門を破り、雪崩込んだゴブリン達、しかも中の一体は、人の倍はあろうかという身の丈の巨人も居た。

 門を瞬く間に破ったのはこの巨人で間違いない、雪崩込んだゴブリン達は、匂いから倉庫に人が集まっているのに気付くと、扉を叩き壊しにかかる。


「やめろぉぉっ!」


 必死に駆けるカオリ、巨人がそれに気付くと、醜く吠え、大きな手でカオリを捕まえようと腕を振り下ろす。


「! しぃっ!」


 鋭く息を吐き出し、身を低くし、そのまま巨人の足元を潜る。

 通り過ぎざまに足首の皮を切る。

 巨人はくぐもった声を上げ、地面に手を付く、その先では扉を壊したゴブリンが、今まさにた武器を、一番前で、弟のテムリを庇って身を屈めたアンリに、振り降ろそうという瞬間だった。


 刹那、アンリと眼が合った。


 カオリの中で何かが爆発した。


「こんなのがっ! 許されるもんかぁぁっ!」


 なりふり構わず突貫し、武器を振り上げた一体の胴に、後ろから剣を突き刺す。

刃は水平に、胸骨の隙間に刺し込むように心臓を確実に貫く、すぐさま剣を引き抜き振り返るカオリに、槍が迫るも、それを左手でいなし、流れるように回転しゴブリンの側面から眼窩を的確に突き刺す。

 脳まで達したのか絶命するゴブリンから、槍を取り上げ、次のゴブリンの腹に槍を突き立てる。


 少女の身体でも、子供ほどのゴブリンが相手なら、体重差で壁に縫い付けるくらいは出来た。カオリは苦しむゴブリンの首の動脈を、(すく)い上げるように剣で切り裂く。あっという間の出来事に、周囲の人間もゴブリンも目を白黒させる。


 逃げ出そうとするゴブリンに、槍を投擲して一体を倒し、さらに拙い振り降ろし攻撃を、わずかに下がるだけで躱し、ゴブリンの腹部に蹴りを入れると、頭を掴み上から鎖骨と首筋の隙間に剣を突き刺す。肺が損傷し最後の一体も絶命する。

 残ったのは巨人の一体、【オーガ】である。大鬼の名に恥じぬ巨大な手には、柵に使われていた大きな角材が握られていた。

 ゴブリンと同様に濃い肌を持ち、最低限の衣類に身を包んだ巨体を、カオリは鋭い眼光で冷静に分析する。


 (さっき切った感触では、皮膚が硬すぎて刃が立たなかった。――狙うのは一ヶ所っ!)


 オーガが大きな角材を振り下ろす。

 その鈍重な動きに難なく合わせて(かわ)したカオリは、地面に深くめり込んだ角材に、瞬時に足をかけると、そのままオーガの手元を駆け登り、渾身の力でオーガの眼球に剣を深々と突き立てた。


 もがくオーガ、カオリはそれでもしがみ付き、剣を斜めに傾ぎ、脳を破壊する。

 ほどなくして、オーガは仰向けに倒れたのだった。

 狩人が駆け付けた時にはすでに、そこには壮絶な光景が広がっていた。

 少女がたった一人で、ゴブリン五体とオーガを屠り、佇んでいたのだ。


「信じられん、君が一人でやったのか? 君はいったい……」

「カオリさんっ!」

「カオリ姉ちゃんっ!」


 狩人の問いを塞ぎ、駆け出してカオリに抱きつく二人、カオリも二人をきつく抱き締めた。


「怖かったでしょ? もう大丈夫だから――」


 二人をなだめるカオリ、視線で狩人に門の様子を伺う、狩人もカオリの素姓など瑣末な問題だと頭から振り払い答える。


「正門も大丈夫だ。後は掃討すれば終わりだ。こっちに数と主力を割いたせいであっちも手薄になったからな……、君がいなければ女子共が殺されていた。感謝する」


 松明の火が移り、全焼した家屋もあった。少ないと感じた人的被害も、治療が間に合わずに死んでしまったものも出たと聞いた。

 炎の揺らめきに照らされ、姉弟の温もりを胸に感じ、カオリは生きていること、生き残ったことを実感する。

 生まれて初めて武器を持ち、相手が魔物であったと言っても、どうしていとも容易く命を奪えたのか、自分に疑問を抱く。

 一体目を危なげに屠った瞬間、自らに起こったことに、どこかうすら寒さを感じるカオリだった。


 ゴブリン達は撃退したが、それでも村としての被害は深刻だった。

 男が四人死亡、十人が負傷し、村の貴重な働き手の半数以上が失われ、共同体としての共生が実質不可能になってしまったのだ。


 家を焼け出され家財を失った家族もいる。

 夫を失い簡易な埋葬と弔いが行われ、崩れ落ちる妻と子の姿に、余所者のカオリですら、悲しみに胸が締め付けられた。

 それでも残されたもの達はこれからも生きねばならない、村長と村の有力者の話し合いで、村の放棄が決定したのだ。


「戦ってくれたもの達、残されたもの達にも思うところがあるだろうが、ここで共倒れすることだけは避けねばならん、分かってほしい……」


 沈痛な面持ちで宣言する村長に、苦言を呈すものなどいない、皆も理解しているのだ。

 皆から少し離れ、見守っていたカオリと姉弟の下に、暗い表情で村長が歩み寄り、声を低くして話しかけて来た。


「カオリ君、君はどうする? 君は村の人間じゃない、だが女子供を守ってくれた恩もある。だが同時に君の現れたと共にゴブリン達が攻めて来たのも事実、――村の人間の中には、君が魔物を連れて来たと邪推するものも居るのだ」

「そんなっ! それはあんまりですっ」


 村長の告白に声を荒げるアンリ、カオリは無言でアンリを手で制す。


「分かりました。感謝はいただいても、疑惑付きの私は皆さんと一緒にいるべきではないということですね?」


 カオリはまだ少女と言っていい年齢だが、現代日本でさまざまな創作物や歴史に触れ、またお節介な兄に取り留めなく多くの事象を教えられ、人間社会の不安定さをある程度知っていた。

余りにタイミングがよ過ぎた今回の襲撃、召喚された自分が無関係と断言する確証はない、これもゲームイベントの一つだと言われた方が、幾分かしっくりくるほどである。


「ここでカオリさんを一人で放り出すと? それが村の総意だとっ?」


 村長に掴みかからん勢いで迫ろうとするアンリの服の裾を、テムリが引っ張り、アンリは我に返る。


「……分かります。それが正しい判断だと私も思います」

「カオリさんっ」


 もうアンリには止める手立てはない、結論ありきの村長の通告をカオリも受け入れた。これ以上は子供の我儘にしかならない、それでは何も変わらないとアンリも理解している。


「じゃあ俺と姉ちゃんが、カオリ姉ちゃんについていけば?」

「「えっ?」」


 テムリの一言に、一同はしばし無言になる。そして意を決したようにアンリは両の手を組んで懇願の姿勢でカオリに迫った。


「あの、カオリさん、私もついていっていいですか?」


 アンリが恐る恐るカオリの反応を伺う。テムリも知ってか知らずか、上目遣いが何とも憎らしい。カオリはぐっと息を飲む。


「……いいんでない? 私は嬉しいな、一人は寂しいし」

「うんっ! 今日から家族だね! お姉ちゃん!」

「お姉ちゃん!」


 言うが早いか、二人はいそいそと旅の支度に取りかかる。

 すっかり置き去りにされた村長が、呆れ顔で三人を見守っていたが、小さく溜息を吐いた後、諦めた様子で肩を落とした。


「――お前の子供達が、お前の剣に守られて旅立つぞ、どうかその無事を神々の領域から見守ってやってくれ、若者達に女神エリュフィールの加護のあらんことを……」


 こうしてカオリに、新たな家族が出来たのだった。


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