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よくある怖い話

作者: ふぁーむ

 時刻は午前二時を廻っただろうか。教室の窓から漏れる明かりが一つ。誰も居ないはずのその校舎から、微かに聞こえてくるのは女の子の声。


「……男の子はほっとしてドアを開けようとしたんだけど。……見ているのよ、ドアの上から……。真っ赤に充血した二つの目が」


 お互いの輪郭もはっきりしない暗い部屋の中、彼女は周りが静まり返っているのを確認し、満足そうに蝋燭を吹き消す。炎は僅かに揺らめいたあとふっと消え、部屋はいっそう暗さを増した。恐れを誤魔化すように、今までだんまりを決め込んでいた者が次々に口を開く。

「さすがミッキーの話は怖えな。その様子を想像しちまったから、今日はトイレいけないかもな」

「少し寒気がしました。でもこの話を聞いてしまうと、さっきのビーンの話は酷かったですね」

「比べるまでも無いさ。さっきの『お前だぁ』ってやつ、あれは相当に酷いよな」

「大声でビビらせるだけだしな。この暗闇じゃあ誰指してるか見えねえし」

 終わった話を寄ってたかって蒸し返され、ビーンこと遠藤沙耶は黙り込むしかなかった。

「それに『学校の怖い話』って言っているのに、コインロッカーの話をするビーンが悪い」

 今回の『学校の怪談~丑三つ時の調~』の会の企画者、ホリンキーが執拗に責める。彼は企画力、社交力に優れるが、配慮が足りない。

「やめなさいよ。沙耶さんが可哀想でしょ。それにあんただって大学付属病院の話なんだから人の事言えないわよ」

 今さっき、話を披露した美樹がホリンキーを小突く。一言で言えば姉御肌の女の子。男子からの人気も高く、この集会に参加するという表明は、全員に驚きと感動を与えた。

「そういえばそうだ。お前こそ常識がねえよ」

 呉武(くれたけ) (りん)。通称ゴブリン。体が大きく口調は乱暴だが面倒見はいい。幼稚園に上がったばかりの歳の離れた妹がいる。

「うるさいな。俺のは大学病院だからセーフなんだよ。もとはと言えば……」

「あぁもう、そうですよ。私が悪うございました」

 とビーンが呆れたように声を荒げる。名前もそうだが面長なのもこのニックネームに影響している。

「まぁまぁ、皆さん。とにかくこれでもう全員ですかね」

 落ち着いた様子でハカセが割って入る。丁寧な物腰、マニアックな知識から繰り出される中の下の成績。残念な眼鏡だ。


 いや、待てとホリンキーが神妙な顔つきで口を出す。

「話をしたのは俺、ゴブリン、ハカセ、ビーン、ミッキーの五人だ。」

 うんうんと頷く一同。

「じゃあこれは何だ」

 指先には蝋燭。炎が消えた五本と未だ明かりが灯る一本。

彼の言わんとすることにはっと息を呑む。不意に寒いほどの空気が纏わりつく。

「聞いたことがあります……」

 静かにハカセが語り出した。表情は見えないが、その口調から恐らく青ざめているのだろう。

「百物語を語り終わって全ての蝋燭が消えると……」

「消えると?」

 ホリンキー、ゴブリンがハモる。

「そこには人ならざる存在が現れるそうです」

 二人同時にぎゃあと叫ぶ。情けない男子三人を横目に見て、美樹は溜息を一つ。

「あんたたち馬鹿じゃないの。もしそれが本当だとしても、蝋燭が増えるわけ無いでしょ。それにこれは六物語だし」

 尤もな説明に男子三人は確かに、と顔を見合わせるしかなかった。

「さあ、幸子さん。オオトリをお願いね」

美樹のその言葉で彼らは、数十分ぶりに彼女の存在を思い出した。


幸子。最近この学校に転校してきた女の子。その表情は重ぼったい髪に隠れ、何を考えているのかわからない。その不気味さ、内向的な性格から、貞子とありがちな汚名を着せられる。未だクラスで会話らしい会話をしているのを誰も見たことが無い。現にこの会ではこれまで一言も発しておらず、その名に恥じぬ働きだ。

彼らにはわからなかった。なぜ彼女がここにいるのか。

呼んだのは美樹。私の勘が言っている、あの子は間違いなく怖い話を持っている、と美樹に強く推されて参加したが、周りの者はどうせ友達のいない貞子に対する美樹の優しさだろう、そんな程度に想っていた。



「これは私の親戚の知り合いに本当にあった話……」

 案の定ぼそぼそと始まったその口上は使い古された、手垢のついたもの。たまらずホリンキーが赤の他人じゃんと茶々を入れる。はははと盛り上がったものの、この時点で一同にはうっすらと、怖いのは顔だけだったかという空気が流れた。

 流れを変えたのは、貞子。

「ねえ堀田さん」

 急に名前を呼ばれ、ホリンキーはこの日一番ドキッとした。戸惑いつつもあ……ああと返事をした。

「あなた、一生の友達っているかしら」

 意図の読めないその質問。一生の友達って……。特に深く考えずまあとだけ答える。

「そうなんだ」

 貞子は彼を一瞥するだけで、それに対して特にコメントをするでもなかった。それが却って不気味だった。貞子は静かに語り始めた。


『これは私の親戚の知り合いに本当にあった話。三年くらい前かしら。当時その子はあなた達と同じ小学生。その子には一人の友達がいた。その友達は学校ではいじめられていた、というわけでは無かったけれど他に友達はいなかった。彼女はいつも同じ服を着ていた。小さな体だったけれど給食を申し訳なさそうにいっぱいお代わりしていた。

いつだったか彼女は、家には帰りたくない、とその子に漏らしたことがあった。家に帰れば新しいお父さんに乱暴されるから、と小さく笑った。だからその子は彼女に優しくした。他の友達に指を指されても彼女と一緒に遊んであげた。彼女は泣いて喜んだ。永遠に友達でいよう、と

 ある日の図工の時間。その日は好きな食べ物の絵を描くという授業。席が隣のその子は彼女の絵を何の気なしに見る。そこに描かれていたのは、小さな小さなヘタの無い茄子。茄子が好きなのと尋ねると、彼女は泣きそうな顔で、こう言う。黒しか持って無いの。良く見ると左手にあるのもパレットなんかではなく、牛乳パックを切ってそれらしくしたもの。気の毒に思ったその子は貸してあげるよと言った。どれがいい? とその子に問うと、彼女は恥ずかしそうにじゃあ赤を……。本当はリンゴが好きなの。

初めての黒以外の色に彼女は興奮したのか、描いたのは紙からはみ出んばかりの大きな大きなリンゴ。ただ、返ってきたのは空になった赤色のチューブ。

酷い。私だってまだそんなに使ってないのに。

その子は怒った。弁償してよ。じゃないともう友達じゃない。子供同士のよくある喧嘩。

家で一人になって、落ち着いて考えると友達じゃないだなんて酷い事を言っちゃったな。明日になったら謝ろう。

そう思いその子は眠りに着いた。


だけど彼女にとっては初めての、たったひとりの友達。喧嘩なんてしたことも無い彼女にとって、その言葉は神にも等しい絶対。

どうしたらいいの。謝っても許してくれない。買って返すお金は無い。決死の想いで親に相談すると、父親に何度も蹴られた。

泣きながら部屋に帰り、腫れた唇を拭う。鉄の臭いとともに、赤いラインが手の甲に広がる。それでその子は気が付いたの、ここにあるじゃないかと。

錯乱した彼女は、自分の小指をカッターナイフで切り刻み、溢れた血をチューブに詰めた。

 翌日、その子は彼女から真っ赤な絵の具のチューブを渡された。これ返すね、これで友達だねと。もちろんその子はそんなものを受け取れない。彼女が気味悪くて、怖くて、突き飛ばした。泣きながらもう近づかないでと罵倒した。

 

次の日から彼女は学校に来なくなった。数日でクラスは彼女の事を忘れ、その子も前のグループに戻って行った。

数日後、彼女は自殺した。手首を縦に切り、ベッドの上は血の海だったという。


震える手で彼女の母親が持ってきた、最期に彼女が残した手紙。

真っ赤な字で書きなぐったようにこう書かれていた。

 

ごめんなさい 私がいっぱい使ったから

 あれじゃあ足りなかったよね

 もっとたくさん返すから

 だからまた友達でいさせて



 それからすぐに、彼女の義父が死んだらしいの。自分で首に包丁を突き立てて……。その腕には小さな手跡が付いていたという。


それ以来、その子の周りでは急な不幸が多くなった。ある人は交通事故に遭ったり、ある人は不審な事件に巻き込まれたり。ただ、共通しているのはそのどれもが、大量の出血を伴って死んだという事。

不幸な偶然、で片づけられたんだけどその子にはわかっていたの。ああ、彼女はまだ赤い絵の具を集めているんだなって。……だって今でも、その子には常に見えているから……。まだ足りないの、と目を見開いて縋る彼女が。』


 炎がぼうっと揺らめいた。貞子の顔に深い影を落としこむ。

『おそらく彼女はこれからもずっと赤い絵の具を求め続ける。その子が死ぬまで永遠に。

だから、その子と関わりその子からこの話を聞いた全ての人の所に、彼女はやってきてこう聞くの。

……赤色を分けてくれますか……と。』



 そう貞子が締めくくり、部屋が完全に闇に包まれても、誰かの唾を呑む音がそこかしこで聞こえるだけだった。いつの間にか美樹とビーンはぴったり寄り添っているようだ。

彼女の作りだした恐怖の前に、誰一人言葉は出なかった。


 その状態が五分? 十分? それくらい続き、やっとハカセが口を開いた。

「うそうそ、こう言うのは『これは誰誰にあった本当の話』がすでに怖い話の一部というのが定石です。つまり、そんな親戚の知り合いなんて存在しないんですよ」

 大げさに言うハカセに、これまた大げさになるほどとゴブリンが頷き、心配して損しちゃったと明るい声色でビーンが続く。皆怖かったのだ。

「それにしてもこの話を聞いた人の所に……ってのは反則だよな。絶対怖いもん」

「何だホリンキー、びびってんのか」

「ちっ、違う。怖くなりがちだなって言っただけだし。そう言うお前こそ……」


「こらぁ、誰かいるのか?」

 怒鳴り声とともに、校舎の向こうから近付いてくる一筋の光。

「やべえ、見つかった」

 ゴブリンがいち早く気が付き慌てた様子で呼びかける。

「早く窓から出ましょう」

 ハカセがそう叫びイの一番に逃げようとするが、サッシに足を引っ掛けもたついている。

「駄目だ、バラけて逃げるぞ」

 このままでは捕まるのは時間の問題だ。

「どけハカセ。さあ、女の子達は窓から。ホリンキー、おっさんを引き付けるぞ」

「わかった、じゃあ皆。今日はありがとう。また明日な」

「こちらこそありがとう。二人とも気を付けてね。楽しかったわ」

「親にもばれないようにね」

「ああ、待ってくださいよ」

「……さよなら……」

 少年少女は次々に闇の中に消えていった。こらぁ待たんかと言う怒声だけが、闇の中で響いていた。


 数十分の逃走劇の末、何とか警備のおっさんを巻き、ホリンキーは意気揚々と薄暗い帰路に着いた。

だが待っていたのは鬼の形相の母親。今日聞いたどの話よりも怖かった。家を抜けるときに既にばれていたらしく、相当に怒られた。中学生が朝帰りなんかしたら当然だ。

こりゃあ暫く外出はさせてくれないだろうなと、赤くなった頬を撫でた。まあ悪いことしたのは確かだしな、それにしても貞子の話は怖かったな……。

いつの間にか彼の意識は、深い闇の中に落ちて行った。



 まどろみから引き戻したのは、携帯電話の着信音。流行りのアイドルグループの歌だ。寝惚けた瞳で見ればハカセの文字。何だ、あいつも怒られたのかと小さく鼻で笑いボタンを押す。

 電話の向こうのハカセはいつになく慌てているようだ。怒られたくらいで、餓鬼だなぁ。

 だが受話器の向こうから聞こえる乱雑な呼吸、止め処ない嗚咽から、それが尋常でないことに気が付いた。真剣な様子でどうしたと尋ねる。ハカセは振り絞るようにこう言った。

「死んだ。ゴブリンも、妹も」

 言葉に詰まる。意味がわからない。


「ニュースを。早く」

 怒鳴るようなその言葉で弾けた。震える手でリモコンを探す。でたらめにザッピングをすると、その殆どに『住宅地一家滅多刺し殺人事件』のテロップがでかでかと踊っている。何度も行った、あいつの家だ。

『……刃物のようなもので全身を複数回刺され、死亡しているのが見つかりました。死亡が確認されたのは会社員の呉武結城さん、妻の真由美さん、長男の凛くん、長女の蘭ちゃん……』


 なんでだよ。さっきまで一緒に怖い話して、また明日って約束したじゃないか。

 リモコンをその画面に力任せに投げつける。ガっと言う鈍い音がしたものの、相変わらず、神妙な顔をした元犯罪心理学なんたらの偉いお方が、凶器が見つかっていないのは……と講釈を垂れている。いつの間にか耳元の通話も切れていた。



 締め切った部屋。熱気のこもるこの空間で、彼はあの話を思い出していた。

 あんなの作り話だろ。赤の他人の話だろと自分も突っ込んだじゃないか……。



彼女は言っていた。

『これは私の親戚の知り合いに本当にあった話……』





 ……ああ、そういうことか。

貞子、友達いたんだな。





『その子からこの話を聞いた全ての人の所に、彼女はやってくる……』


 彼はふいに、背中に気配を感じた。部屋の温度がすっと下がった気がした。








『……赤色を分けてくれますか……』










 


                    この話を聞いた全ての人に……。



私は『この話を聞くと~』系に怖い話は、『聞いてないし、読んだだけだし』という謎理論で乗り切ります。

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