語りの季節(前)
春夏秋冬の語り
春
目を覚ませば、見覚えのある天井だった。頭がボーとする。身体中が痛い。床の冷たさが傷に染みる。・・・そんなことはどうでもいい。辺りを見回せば両親はどこにも居なかった。時計の針はとっくに昼の時刻を通り過ぎていた。私は適当に着込んで鞄を持ち、家を出た。学校に行かなきゃ。
冬の冷たさが、生傷を冷やし痛みが徐々に引いていく。冬は、ある意味便利な季節だ。傷の痛みは寒さで鈍るから。夏に比べて苦痛には耐えられる。でも、冬は冬で傷が固まり過ぎて、動かそうとすれば傷口がすぐに開いてしまう。夏も冬も、春も秋もどうでもいい。春夏秋冬かわらないんだから。
周りからひそひそと悪口を言われてるのは知っている。きっとこの傷のせいだろう。癒えることのない生傷。春夏秋冬。一年中ある生傷。包帯を所々巻いてはいるが、一人で巻いたので隠しきれていない。そんな私に付けられたあだ名。
「傷物」
夏
傷が何よりも美しかったことをよく覚えてる。顔も手も足も、どこもかしこも傷だらけそんな彼女を好きになってしまったのは、俺の性癖なのかもしれない。
でも、俺は誰かを殴ったり、蹴ったり。とにかく、暴力が苦手だ。興奮も覚えない。でも、傷ついた彼女を美しいと思っていた。同時に彼女を傷つける者が許せなかった。
彼女はいつも外を見ている。授業を受けててもやる気を見せない。先生は既に諦めてる。生徒は腫れ物扱い。そんな奴等が、俺は嫌いだった。
彼女と話す機会はほとんどない。
彼女は孤独だ。もしかしたら、その孤独が美しいのかもしれない。
俺は女が苦手だ。影でこそこそと何かを話して居る。女は俺を外見だけで判断する。無口、クール、顔がいい、勉強が出来る。誰も中身を見てくれようとはしなかった。親ですら、友達ですら、俺を知らない。何が好きで何が嫌いか。普段、何をしてどうしているのか。将来の夢はなにか。好きな女の子はいるか。ごくごく普通のことでいい。知っていてほしかった、自分がそこにいると覚えててほしかった。
そういえば、彼女は俺のことをロミオとは呼ばない。彼女は必ず俺のことを「あんた」と呼んでいた。あんたなんて生まれてこの方初めて言われたことを何よりも覚えている。
秋
あの日は冬の寒さが目立ち始めたことだった。
あの時のウチは優等生そのものだった。遅刻なし。成績よし。態度よし。
悪いことなんてしたことがなかった。つまらない人生と言われれば確かにそうかもしれないけど、だけど。ウチには夢があった。
「早く家を出たい」
ウチの両親は本物の親ではなかった。最初の両親が離婚してウチは父に引き取られた。父は、幼い私は嫌いだったようで、よく「なんで産まれてきたんだ?」が口癖だった。八歳ぐらいのウチは嫌われないように、幼さを無くそうとしたけど、八歳という精神的に肉体的にそんなことが出来るわけがなく。父は再婚し、ウチを捨てた。養護施設に保護されたウチには新しい家族が出来た。
だが、その家族には愛がなかった。ウチが会話をしようとしても会話がなかった。誘っても一緒に出掛けることもなかった。家から音がなかった。
だから、早く家を出たかった。あんな息苦しい家にはもう居たくない。でも、世の中お金がいる。お金を集める為には仕事をしなければならない。いい仕事を見つける為には資格が必要だ。資格を手に入れる為には、学校で学ばなければならない。だから、ウチはこの学校を選んだ。
この学校には、有名な大学、短大、専門。数多くの所から募集がかけられる。だが、募集だけでは、ウチが行きたい学校には行けない。推薦が必要だった。
「後、二年の我慢か」
あと二年我慢すればいい子ちゃんで居なくていい。
化け猫の皮を被って、先生達に媚を売る。推薦はどれだけ先生達に媚を売ったかどうかで決まる。
冬
楽しいことが最近ありません。まったくありません。つまりません。退屈は人を殺すと誰かが言っていたと思います。確かにその通りです。今現在、私は死にそうです。意欲も何も湧かず、ただただ惰性の日々を送っています。生きている心地がしません。どうすれば、この怠惰から抜け出せるのでしょうか。私の手元には暇を潰せる物がありません。ないのなら、私はどうしていたのでしょう。
パンがなければ・・・
春
「おとーさん」
「」
「おかーさん」
「」
「ねぇッ!!見てみて。百点取ったよッ!!」
「」
「今日ねぇ、運動会かけっこ一位になったよッ!!」
「」
「雪。お料理が出来るようになったよッ!!」
「」
「雪。裁縫が出来るようになったよッ!!」
「」
「今日、雪の産まれた日だよ」
「」
「おとーさんお誕生おめでとう」
「」
「おかーさんお誕生おめでとう」
「」
「あのね、雪。おとーさんとおかーさんの事」
「」
学校は睡眠をする場所。私はそう認識している。ゆっくり休むための理想郷。そんな優しい場所に昔の事を持って来ることはナンセンスだと思う。周りを見渡せば、怒り狂っている先生、その先生と怒られている私を見て嘲笑うクラスメイト、それを除けばこんなにも眠りやすい所はない。先生のつまらない授業。生徒達の青春真っただ中の青臭い話。こんなにも眠れと言っている環境はない。だが、一人だけ。たった一人だけ私を嘲笑いもせず、無表情でノートを取っている奴がいた。確か、名前は・・・。
夏
高嶺の花に触れたいという気持ちは複雑だ。もしくは届かないからこそ、叶わないからこそ、人は求めてしまうのかもしれない。冬月雪子は俺にとってそんな人間だった。
「冬月さん、もうすぐ授業が始まるよ」
だからだと思う。自分でも驚いた。思わず、寝ている彼女に話しかけてしまったんだと思う。
「ん?・・・あ?あーーーありがとう?」
「次、移動教室だから、そろそろ準備しないと間に合わないよ」
周りを見れば、教室には誰もいない。この教室には、俺と彼女しかしない。そのことが、無性に嬉しかった。
「あんた、そういえば名前聞いてなかったよね。教えてよ」
名前なんて、出席簿や教卓にある名簿を見れば分かるようなものだが、俺は素直に答えた。俺を知ってもらいたかった。
「海色。夏川海色。よろしく、冬月さん」
秋
「はい、それでは失礼します」
職員室から出ると、どっと疲れが体に押よせて来る。化け猫の皮を被るのも楽ではない。
放課後の学校というのは憂鬱だ。カップル達がイチャイチャしながら帰っているのをどうしても見てしまう。ウチの放課後は味気ない。教室で分からない所を勉強し、先生に聴きに行って、帰る。華も何もない。恋をするというのは、どういう気持ちなのだろうか。部屋にはたくさんの少女漫画があり、それを何度も読み返してはいるものの、一向に分からない。読めば読むほど、難解になっていく。
「いっそ、攻略本でも出してくれないかぁ」
なんだったら、人生の攻略本でもいい。誰か作るか、書くか、出版するかしてくれないものだろうか。
カァーカァーカァー。
外で鴉が鳴いている。ウチは深いため息をついた。現時刻、夕方四時。
「勉強しよ」
冬
さて、暇を持て余す方法を思いついたのはよいのですが、問題は誰にするかだと思います。正直、これは誰でもいいわけではありません。そうですね、真面目な方がいいと思います。真面目で努力家で失敗のしたことがない方がいいかもしれません。そういう方の泣き顔は一体どんなものなのでしょうか。今まで人生の汚点を許さない方が、自分の人生に汚点を点けられるのは一体どんな気分なのでしょう。その後の人生はどうなるのでしょうか。考えただけで、少し興奮を覚えてしまいます。
「パンがなければ、作ればいいんですよ。マリーさん」




