傷の春夏秋冬
傷の春
「私のモノに気安く触れないで」
「桜の花がひらひら踊るように踊りました」
その言葉は何よりも私の心を踊らせました。傷物は海色を……ロミオを自分の所有物と認識しています。自分の物だと。傷物は認識しているのです。ならば、奪わない手はありません。取らない手はありません。彼女の所有物だというのなら、それを奪われたとき、傷物はどんな顔をするのでしょう。歪む?泣く?それとも、ただ無心になる。怒りに任せる。例え、それがどんな顔だとしても。それは、それは素晴らしい顔でしょう。あぁ、ロミオ。私は貴方が欲しい。傷物から奪ってしまいたい。傷物を更なる傷物へと変えてしまいたい。傷物なんて優しい。ボロ雑巾にしてしまいたい。
私は立ち上がり、殴られた所を手の平で撫でます。この恨みを忘れない忘れないように。
「ごめんなさい。彼女が居るのに」
「謝るくらいなら最初からしないで」
「えぇ、すみません」
怒りを表に出してはいけません。怒りをあらわにしてはいけません。私は心を殺します。静かに、身を潜めるように。
「素敵な彼氏さんですね」
「ご機嫌取りなんていらないから」
「私は純粋に羨ましだけですよ。私、恋がしたことがないので」
「恋がしたいなら他の男にして。そこらへんにうじゃうじゃ居るから。人の男に手を出さないで」
残念ながら他の男には興味がないです。私はその言葉をぐっと堪えます。
「貴女。名前は?」
「春野桜といいます」
「春野……ね」
傷物に名前を呼ばれた瞬間、酷い吐き気に襲われました。思わず口に手を当て膝を付いてしまいます。傷物風情が私の名前を呼ばないで。そう、口にしようとするが吐き気が強すぎて言葉に出来ません。
「体調でも悪いの?」
傷物が手を差し伸べてきます。同情はやめて。傷物に名前を呼ばれなければこんな事にはなっていません。気持ち悪い。その手すらはじきたくありません。だから、私は顔を引きつりながらも。
「大丈夫ですから。どうかお気になさらず」
「……」
「後で保健室に行くので」
早く私の前から消えて下さい。
傷物は私の様子をじろじろ伺うと。
「そ、海色。行こ」
「分かった」
ロミオは心配そうに私を見つめ、傷物とどこかに行ってしまいました。恐らく、傷物の家でしょう。
私は立ち上がり、スカートに付いた汚れを叩きます。叩いている内に殴られたことが、ふと頭の中に思い浮かびました。
殴られた?私が?傷物ごときに?
スカートを強く握り絞めました。私の頭の中であの傷物を何度も殺します。何度も何度も殺します。ですが、どれもこれもしっくりきません。ナイフで殺しても、首を絞めても、毒を盛っても、どれも傷物には似合いません。傷物にはどんな死に方がお似合いでしょうか。
考えをまとめようと、顔を上げた時一人の生徒が呆然と立ち尽くす姿が目に写りました。
「使えそうですね」
絶望した生徒。何に絶望しているかはまだ分かりません。ですが、「絶望」そのものは使えます。絶望というのは、いわば地獄。そこに細い糸を垂らせば人間はどうするでしょうか。十中八九その糸に縋ります。その生徒にはまず糸が必要ですね。救いという希望を。希望という糸を。まぁ、いらなくなったらその糸を切ってまた絶望に落としてしまえばいいのです。その時の顔は少なからず私を快楽に浸らせてくれます。
傷の秋
「私のモノに気安く触れないで」
「空が雲で覆われるように黒いもやもやに覆われた」
私の者。そんな言葉、好きではなくて言えるだろうか。愛してなくて言えるだろうか。海色。
なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?
なんで?ウチが欲しいもの、あんたが持ってるの?
おかしいよね?好きな人にアピールしたり、一緒に話したり、帰ったり、買い物したり。色々、化粧やオシャレをたくさん。たっくさんッ!!してるのに、こんなにも努力してるのにッ!!
振り向いてもらず、気づいてもらえない。ウチの愛は本物のはずなのにッ!!本物のはずなのに……これじゃまるで「虚無」じゃないか。
ウチとあんたの間になんの差があるの?
ねぇ、雪ちゃん。教えて……教えてよ。
ウチは雪ちゃんの事を想ってる、本当の本当に想ってる。
愛してる。
あの時から雪ちゃんの事を好きになった。雪ちゃんがウチを助けてくれた時からウチの心は雪ちゃんだけのものになった。
ウチも女。男には興味があった。手だって握ったり、キスもしてみたかった。セックスだってしてみたかった。
男に告白される時もあった。全部断った。
雪ちゃん以外、興味が持てなくなった。寧ろ、嫌悪するようになった。
手なんて触れたくない。唇を合わせたくない。一つにだってなりたくない。
ねぇ、雪ちゃん。なんで、ウチじゃ駄目なの?
気づけば、手には刃物を握られていた。
前には、海色と雪ちゃんが居る。二人は見詰め合っていた。ウチの存在なんて気づいていないかのように。二人は徐々に顔を近づけて、そして、唇を重ねた。何度も、何度も、何度も唇を重ねる。舌を絡ませ、口の中に入れ、唾液をだらしなく垂らしている。海色は、雪ちゃんを押し倒す。
「や……」
海色は服の上から、身体中を撫でる。優しく、丁寧に、傷つけないように。大事なものを扱うかの様に。
「やめてよ……」
気付けば泣いていた。ウチが何をした?だから、お願いだから。これ以上、ウチに魅せないで。
「ねぇ、雪子」
「なに?」
もう、何も聞きたくない。お願い、止めて、やめて、ヤメテ、ヤメテヨ、ヤメロッ!!
「愛してるよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁあぁああああ」
ウチは駆け出した。手に持った刃物を握りしめて。
トンッ
人と刃物が交わった音はシンプルだった。でも、手に伝わる振動からは
ブチッブチブチ、ゴキッ。
最初は、肉だ。肉が刃物で裂かれる振動だ。次に刃物の先が骨に当たった振動。恐らく、刃物により骨が欠けたのだろう。
どうでも良いけれど。
海色はのたうち回っていた。苦しそうに刺された所を抑えている。ウチは力任せに刃物を引き抜いた。その時も、手にブチッブチッと肉が裂かれる振動が手に伝わる。
「死ね」
ウチは躊躇わず刺した。
「死ねッ!!」
また刺した。
「死ねッ!!しねッ!!」
何度も刺した。
「死ねッ!!しねッ!!シネッ!!」
幾度も刺した。
「なんで、あんたなんだッ!!なんで、ウチじゃないのッ!!どうしてッ!!どうしてッ!!どうしてッ!!どうしてッ!!ウチの愛は本物や。あんたみたいな虚無じゃないッ!!」
そう、問いただした時は、もう海色は動いてなかった。
「ねぇ、教えてよ。雪ちゃん」
雪ちゃん、そんなにブルブル震えて寒そうだね。
ウチが暖めてあげる。
「来ないで」
「……え?」
「来ないでッ!!この人殺しッ!!」
ウチの手から刃物がこぼれ落ちる。
「どうして……そんな事言うの?」
「来ないでッ!!この人殺しッ!!この××××ッ!!」
最初は可哀想な人だと思った。生きてるのが辛くて辛くて辛くて仕方がないのだろうと思った。
何故、不登校にならないのか理解できなかった。
何故、学校を辞めないのか理解できなかった。
何故、生きることから逃げないのか理解できなかった。
あの事件までは。
「ねぇ、ねぇ、あの子って「あれ」なんでしょ?」
噂が回るのが速かった。誰も知らないはずなのに、何故学校に噂が流れるのだろう。先生?生徒?もしくは、見ていた誰か?なら、何故誰も助けてはくれかったのだろう。
「うん、噂によると「本気」らしいよぉ~」
「やだー、キモーい」
生きている事が何より辛かった。
不登校になりたかった。
学校を辞めたかった。
「あたしぃ、襲われないかしんぱーぃ」
「学校やめてくんなぁいかな~」
「居るだけで迷惑なんだけどぉ~」
生きてることから心底逃げたかった。
あの子の気持ちなんて理解できない。どうして、こんなにも辛いのに、痛いのに「生きていられるの?」不登校になればいいじゃん。学校を辞めればいいじゃん。生きることから逃げればいいじゃんかッ!!なんで、ウチがこんな、こんな、こんな事にあって、コイツらが、のうのうヘラヘラと笑ってるの?!コイツらが同じ目にあってしまえばいい。
「なによ!その目ッ!!」
女子生徒が早歩きで此方に向かってくる。振り上げられた拳に、思わず目を瞑ってしまう。だが、いつまで経っても衝撃が来ることは無かった。
「誰よ、あんた!」
女子生徒の驚きの声と共に、目を開くと傷物が女子生との拳を止めていた。
「冬月雪子。あんた達が言ってる傷物ちゃん。」
彼女はそう名乗ると、拳を止めている方とは逆の手で女子生との顔面を殴った。女子生とは、無様に床に倒れた。え?え?と状況が理解できないらしい。たらーと鼻血が垂れ、それを指で拭う。指に付いた血でようやく自分が殴られたと認識した。
傷物は、女子生に股がると前髪を乱暴に引っ張り、また殴った。
「ちょっと!やめて!やめて!助けて!」
「あんた達が、やめてって言って助けてくれることも、ましてや助けてくれることも無かったよね?却下。それとも、一緒に話してた友達にでも助けてもらう?」
傷物はチラリと一緒に話してた女子生を見る。
一緒に話していた女子生徒は、ぶるぶると震えて助けようとはしない。
「もし、助けに入ったら貴女もこうなる。今逃げれば追わないし、こうならない。どうする?」
「やだ、助けてよぉ」
「ごめん、ごめん」
一緒に居た女子生徒は教室の外へと逃げていった。もうこれで彼女達の友情は無くなってしまった。いや、もともとあったのかすら怪しい。
その後、傷物は女子生徒に暴力を加えようとするが、教師の乱入によりそれは抑えられた。
女子生徒は指導。傷物には指導と一週間の謹慎処分が言い渡された。
傷物が指導室に連れていかれる前にウチの方を向く。声には出さず口パクで彼女は言った。ウチはそれを小声で復唱した。
「だ・い・じょ・う・ぶ?」
「誰?貴女?」
ウチは指導を終え、帰宅しようとする傷物を止めた。傷物は、首を傾げる。どうやら本当に忘れているようだった。
「えっと……ウチ、秋川紅葉っていう……名前で……それで……えーと」
「紅葉か。いい名前だね」
「あ……うん、ありがとう」
ウチは何をしてるんだろう。質問したことは何一つ聴けていない。でも、いざ言おうとすると声が出ない。言葉が出てこない。
「紅葉さん、怪我は大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう」
一瞬、貴女の傷よりはマシと冗談を言いそうになってしまった。
「あ、もしかして、今、傷物よりマシだよ。とか思った?」
「ううんッ!?思ってないおッ!!」
「最後の方、声が裏返ってるよ」
恥ずかしさで、思わず手のひらで顔を隠す。何をしてるだ、ウチは。平常心を保とうと大きく息を吐き出した。
「え~と、さっきは助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。助けたつもりはないけど、あいつらに、ただムカついただけだから」
傷物は満面の笑みで笑う。だが、その笑顔はどこか「偽物」のようだった。
「あの質問ですが、いいですか?」
「質問?」
「はい。とても失礼な質問です」
「いいよ」
汗が噴き出す。緊張で筋肉が強張る。心拍数が上昇する。それでも、さっきより頭が冴えている。どうしてなのかウチには分からない。傷物の笑みを見てしまったからかもしれない。「偽物」の笑顔を。
「貴女は現在いじめにあってますよね」
「まぁ……はたから見れば??」
「どうして貴女は不登校にならないですか。何故、学校を辞めないんですか?教えて下さい。何故、どうして生きていようと思えるんですか?」
ウチは知りたい。理由を。いじめられる理由は違うかもしれない。それでも、いじめられていることは同じだ。相手が憎くはないだろうか。殺したくはないだろうか。自分の前に跪かせたくはないだろうか。ウチは出来た人間ではないことはウチが何よりも自覚しているつもりだ。さっきの女子生徒にもウチ自身で仕返しがしたい。
「えーと、紅葉さんは私に学校に来てほしくないの?」
「そういう訳じゃ」
上手く伝わらなかったのだろうか。
「なら、理由はないよ」
「え?」
「だって、紅葉さんが言ってること。おかしいから」
「え?え?」
ウチがどこかおかしなところを言っただろうか。記憶を遡ってもこれと言ったおかしな発言をした覚えがない。
「どこかおかしかったかな?」
「えっと、どうしていじめごときでそこまでしないといけないの?」
思考が停止した。考えが追い付かない。時が止まったようにすら思える。耳には音は入って来ず、視界は歪んですら見える。
いじめ〈ごとき〉?
「紅葉さんは、なんでいじめが起きると思う?」
「分からない」
深く考えたことはなかった。いつの間にかいじめられていた。
「でも、相手を不愉快させたり何か悪いことしたりしたら……」
女子生徒も言っていた。不愉快だと。原因を考えるならこれぐらいしか思いつかない。
「紅葉さん。いじめに理由なんて本当はいらないんだよ?」
「え?」
意味が分からなかった。いじめに理由がいらない。なら、いじめは何故起きる?何事にも理由は存在するはずだ。しなければそれは単なる理不尽な行為だ。理不尽な行為にさらに理不尽が重なることになる。
「例え、紅葉さんが誰かに何かをしていなくても、誰かは紅葉さんをいじめるよ」
「どうして……」
「スクールカーストっていう言葉を知ってる?」
スクールカースト?初めて聞く言葉にウチは首を傾げた。
「簡単に言うなら、学校内の上下関係。学校内でのグループの上下関係の方が分かりやすいかな?」
傷物は自分の頭をトントンと何度か小突く。考えをまとめようとしている様だった。
「まず、グループ内に上下関係がある。いじめを始めるのは決まってグループの上の者で、下の者はそれに付いて行く。上の者は自分の力を下の者に見せなければいけないから、アクションを見せつけないといけなくなる。自分に才能があればそれを魅せつければいい。でも、誰もがそんな才能や特技を持ってる訳がない。そこで、上の者が始めるのが」
「いじめ」
「正解。でも、単なる学生が理由もなしにいじめは出来ない。良心や罪悪感から躊躇するから、まず正当化が始まる。容姿が悪い。頭が悪い。運動が出来ない。空気が読めない。面白い話が出来ない」
「でも、それは誰にだって欠点があるから別にウチ達じゃなくてもッ‼」
そうだ、誰にだって欠点がある。欠点のない人間は存在しないし、完璧な人間も存在しない。
「上の者だって考えるよ。自分より強い相手なんかしたら自分が仕返しをくらうのはあたりまえだから。かといって、他のグループに入ってる子にしても、争いが起きるだけだから。なら、自分より弱い人間。グループに入ってない子を狙うよね」
「……」
「いじめることで、自分の力を見せつけて。私に逆らったら次は貴女がこうなるという戒めにもつながる。いじめをすることで、プライドや地位を保つことが出来る」
「理不尽だよ」
余りにも理不尽過ぎる。
「そんな理由の為にウチ達は辛い目に合わないといけないの?理不尽で身勝手すぎるよッ‼」
「だから、そんな理由の為に死ぬおかしいんだよ。だから、私は不登校にもならないし辞めたりしない。ましてや死ぬ道なんて選ばない」
「強いんだね」
「紅葉さんが弱いだけだよ」
傷物はまっすぐな瞳でこちらを見つめる。これが傷物。傷付いて、傷付いて、築き上げた冬月雪子の信念。そんなまっすぐすさにウチの心は魅了されていることに気付くのに時間はいらなかった。
「ねぇ、冬月さん」
「なに?」
「友達になってくれませんか」
冬の寒さとはまた違った寒さが肌を撫でた。だが、その寒さが何故か今は心強い。
「んー、冬月さんは固いからもっと柔らかく出来ない?」
「えーと、雪ちゃん」
馴れ馴れしくはないだろうか。
「うん、よろしく。紅葉」
その時の笑顔は今でも忘れない。ウチはこの時から、冬月雪子に恋をした。彼女の為にならなんだってしよう。ウチを救ってくれた、ウチの初恋の為に。
季節が変わるように。黒いもやもやはどす黒い殺意へと変わった。
「あッ……がッ………」
「……」
最初は可哀想な人だと思った。生きてるのが辛くて辛くて辛くて仕方がないのだろうと思った。
でも、今は違う。強く美しく、まっすぐな人だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
一体どれほどの時間が流れただろうか。一体どれだけの時間。ウチは雪ちゃんの首を絞め続けていた?雪ちゃんはもう動かない。目は充血し、涙を流している。鼻からは鼻水が流れ、口からは唾液がだらしなく流れ続けていた。
「……じ」
「……」
「も……じ」
「……」
「紅葉ッ‼」
「え?」
我に返ると、雪ちゃんがウチの名前を呼んでいた。
「大丈夫?紅葉」
「あ……うん。大丈夫だよ」
「それならいいけど。ごめん。ちょっと今日海色と帰る。今度埋め合わせするね」
「うん……」
雪ちゃんは海色の手を引っ張り帰っていく。理不尽だ。どうしてその手をウチに差し伸べてはくれないのだろう。
気付けば、家に帰っていた。両親は仕事で居ない。家に居ると徐々に頭も冴えてくる。
ウチが雪ちゃんを殺した?雪ちゃんに殺意を持った?想像とはいえ、妄想とはいえ。
「あ……」
ウチの初恋は「本物」だ。なのに、なぜ?どうして?ウチは、雪ちゃんを憎み。殺したいと心の底から願っている。不幸になればいいとすら思っている。
愛情が憎しみに変わっていた。
夏の傷
「私のモノに気安く触れないで」
「夏の暑さで陽炎で歪むように……歪んだ」
雪子は俺を憎んでいる。許されることがない。俺は雪子に縛られて生きている。償わないといけないことは分かっている。分かっているが、俺の心は疲弊しきっていた。
雪子の家に連れて行かれると、ベットに押し倒された。
雪子は涙を流している。雪子を悲しませているのは……悲しませる原因を作ったのは俺だ。俺は彼女を慰める。だが、どれだけ慰めても彼女の傷が癒えることはない。その事を考えると心がズキッと傷んだ。
もし、叶うのであれば心も体も彼女に捧げてあげたい。だが、傷んだ心を雪子に捧げることは出来ない。 あの時、俺の考えたことは間違いで。雪子の心を傷つけ、自分の心すら歪ませた。
歪んだ感情と心は人を傷つける。それは誰よりも俺が知っている。
俺は雪子の傍にいていいのだろうか。また雪子を傷つけていまうのではないだろうか。それが怖くて怖くて、また歪な音を立て俺の心は歪んだ。
傷の冬
「私のモノに気安く触れないで」
「雪が全てを包むように……見えなくなった」
私のモノに気安く触れないで。その言葉を何故私は発してしまったのだろう。私は海色の何を知っている?私は海色のことを何も知らない。好きな食べ物も嫌いな食べ物も好きな動物も嫌いな動物も家族構成も趣味も特技も、何も、何も知らない。
海色は私の大事なものを奪った張本人だ。私は絶対に許さない。海色を許すことはないだろう。
それでも、海色を誰にも盗られたくない。失いたくはない。ずっと傍に居てほしいすら思う。
海色の体に無数のキスマークを付ける。海色は私のだと、私の者だという証を付けていく。
私は海色の総てが欲しい。心も体もなにもかも。それが例え「歪」だろうと「虚無」だろうと「偽物」だろうと。
この感情を人はなんというのか、私には分からなかった。




