1
私、小野 聡美は自由になりたい女の子である。
自分の身は自分で守る――という家訓の下、小学校から柔道を習わされていた。 女の子なのに男の子並に背があることや、柔道の才能があったことで高校に入った今も辞められずにいた。
練習の邪魔だからと髪を短くし、空いた時間も練習にあてられ、友達と遊ぶなんてことはほとんどない。
本当は髪を伸ばしたい。 ショッピングしたい。 オシャレをしたい。
私は自由になりたい女の子である。
夏服から冬服に衣替えする季節、大きめの制服に袖を通し走って学校に行く。 別に遅刻しそうなわけではなく、柔道の先生に言われたから。
先生が見てるわけでもないし、真面目にやらなくてもいいと思いつつも毎日言われた通りにこなす。
先生曰く『柔道も勉強も体力があるやつが生き残る』らしい。
テスト前の詰め込みなんかは体力があったほうがいいってのはいろんな人から聞くから、あながち間違ってはない気がしてサボるにサボれない。
物珍しそうな目で見られながら、ゆっくり歩く生徒を抜いていく。 もうそんな目で見られることには慣れた。
軽く息が乱れ始めたころに学校に着いた。 校門をくぐってしまえば、朝のランニングは終わり。
服をパタパタさせ身体の熱を冷ましながら下駄箱に行くと、ふわっと金木犀の甘いにおいがした。 においの許をたどると、つま先立ちで一番上の下駄箱に手を伸ばしている女子生徒がいた。
自分の上履きを出すついでに、その子の上履きも出してやった。
「いつも大変だね、太秦さん。 誰かと代わってもらったら?」
「こうやってたら、背も伸びそうじゃない?」
またつま先立ちになって、靴を靴箱に入れながら言う。 ほとんど投げ入れるようにして入れるものだから、取り出す時にまた苦労しそう。
「そう……だね」
苦笑い交じりに答える。
そんなことはない、と言いたいけど太秦さんには言えない。
太秦さんはこの高校のアイドル的な存在で、男子女子共々に人気がある。 下手なこと言って、そいつらを敵にまわすのはさすがに骨が折れそう。
それになにより私が憧れる『女の子』そのものだから、嫌われたくない気持ちもある。
線が細くて、背も小さくてどこか守ってあげたくなるようなそんな太秦さんは、私の憧れそのものだった。
クラスも一緒だし友達になりたいけど、今の私にはそばに立っているだけで、悪いことをしているかのような罪悪感が降ってくる。 せいぜい遠目に見るのが精いっぱいだった。
「それじゃあ、行こっか!」
上履きに履き替えた太秦さんが私の手を取って、歩き出した。
「ふぅん!? どこに!?」
あまりにも唐突なことで変な声が出た。 自分でもあんな声が出るなんて思いもよらなかったから、すごい恥ずかしい。
「どこって、教室だけど……。 クラス一緒でしょ?」
「あぁ、そっか教室……」
あんな声を出しても気味の悪い顔もせずに接してくれるのは、さすがの一言。 でもそれは私が耐え切れない。
「トイレ行くから先行ってて」と適当なことを言って、太秦さんの手を振り払いその場を去った。
朝のHRを知らせる鐘が鳴る頃に教室に入った。 太秦さんのまわりには女子たちが集まって、ファッション誌を見ながら盛り上がっていた。
それを遠巻きに見て、自分の席に着いた。 そのあとすぐ先生が入って来た。
「おーい、席つけーい。 朝のHR始めるぞー」
いろんな手順をすっ飛ばして、太秦さんと手を握ってしまった。 残り人生の運をすべて使ってしまったぐらいのラッキーだった。
もうあんな出来事は起こらないだろう。 そう思うと自然に手をニギニギして、さっきの感覚を思い出そうとする。
柔らかくて暖かくて、同じ人間の手とは思えないほど小さく可愛らしい手だった。
もっと触っててもよかったかも、と後悔しながら朝のHRは終わった。




