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高校生を始めるにあたって守らなくてはならないことが増えた。 それは私たち寮生が必ず守らないといけないもの。 いろいろ不便なところや縛られることが多いけど、それなりに充実した日々を暮している。
あの人がいたから————
私の都合で高校は実家から離れたところに入学した。 そのため私は学校が管理する学生寮に住まわせてもらっている。 ただ今年は寮生になる生徒が多く、ルームシェアをしなければならなくなった。
個人的な意見もあったが、私を含めほとんどの学生はくじ引きでルームメイトを決めることになった。 その頃はまだ学校がはじまってもなかったから、特別仲が良い人なんていなく文句は少なかった。
そして、私は大阪から来た娘とルームメイトになった。 ショートヘヤーでいつも笑顔で明るくて、男っぽいところがある。
私の苦手な性格をしていた。
名前はなんだっけか……。 何かの和楽器の名前と一緒だった気がする。 名前と性格が合ってない、と思ったけど忘れた。 便宜上『和楽器』とでも呼ぼう。
そもそも部屋が一緒になったからといって、仲良くしようなんて思ってなかった。 しっかりとプライベートスペースを設けるつもりでいた。
それなのに和楽器は反対していた。
「えぇー、なんで? せっかくルームメイトになったんだから仲良くしようよぉ?」なんて言ってきた。
和楽器は私と違って誰かと話したくてしょうがない人だった。 一人より二人、二人より三人、人数が多ければ多いほど楽しいと思う人だった。
私とは正反対。 私は一人でいたい。 誰とも関わりたくない。
だけど、それは声に出して言えない。 言ってしまえばワケを聞かれるから……。
プライベートスペースは諦めるしかなかった。 だけど、線引きだけはさせてもらった。
部屋のちょうど真ん中に紐を引いて、私のスペースと和楽器のスペースを区別した。 それには和楽器も二つ返事で賛成してくれた。
これで少しはゆっくりできるとベットに腰かけた矢先に放送がかかった。
「夕飯の時間や!!」
和楽器はせっかく区別した線引きを無視して、私の腕を掴んだ。 部屋のドアを足で荒々しく開けて、私を学食へ連れ出す。
私よりずっと足が速くて、ほとんど引きずられるように連れていかれた。
……こういう他人を気にしない行動が嫌い。
私の気持ちなんて知らずに、和楽器の顔はイキイキしていた。 まわりからの視線を気にせずに走る。
本当に私はこの人が苦手で嫌いだ。
学食には、いの一番で着いた。 私は安い『A定食』を頼むと、和楽器も「便乗」と言って同じものを頼んだ。 席は選び放題だけど、端っこの目立たないところに座った。 すると、さも当然のように目の前に和楽器が座った。
「……なんでですか?」
「一緒に食った方がうまいから。 ほら、しゃべりながら食お?」
「食事中にしゃべらないのが家の決まりだったので」
「ほんなら、私の話は聞くだけでえぇよ」
遠回しに「どっか行け」と言ったつもりが伝わらなかった。 一人でいたいのにそうさせてくれない。 イライラする。
しゃべりっぱなしなのに私とほぼ同時に食べ終わった。 早く食べてどっかに行こうと思っていたのにできなくなってしまった。
食器を片づけるときも、私の隣でしゃべる。 寮に戻る時も隣でしゃべる。 読書に勤しんでいる時も、境界ギリギリでしゃべる。
そろそろ文句の一つでも言ってやろうかと思った矢先にまたチャイムが鳴る。
「フロの時間や!!」
ベットの下にあらかじめ用意してあった入浴セットを取り出して、また境界を踏み越えて私の手を掴もうとする。
だが、スっと手をあげて躱す。 予想はしていた。
「私、最後の方に入るから」
「フロ、時間制やのに!? ゆっくりできぃへんやん!」
「いいの。 人がいない方がゆっくりできるから」
「それもそうか! ほな、私もそのときに」
そう言って、境界まで戻ってまたしゃべり出した。
納得しないで、先に入ってきてほしい。 私はあなたといたくないだけ。 お風呂だって時間に余裕を持って入りたい。 どうやっても一人になることができない。 こんなことになるのなら別の高校行けば良かった。
心の中でため息をついて入浴の準備をした。 ジャージにタオル、石鹸、ヒノキの桶と用意してからまた読書に戻った。
「へぇ、木桶なんて持ってきてんの?」
無視。
「でも良さそうやねぇ。 私も今度買ってこようかな」
無視無視。
なんで私にかまおうとする。 ずっと無視しているのに……、鬱陶しい。
入浴時間が残り数十分となったところで、ようやく私はお風呂に入った。 残っている人には驚かれた顔をされたけど、人が少なくてのびのびできそう。
「さすがにおっきいな!! 泳げるんちゃうか!!」
……和楽器がいなければなおさら。




