ジャンヌ
オレの名はジャンヌ・ギルシュテイン。Sランクの冒険者だ。
帝国の貴族の家に三女として生まれたオレは、習い事や付き合いよりも、護衛の剣士や、帝国守備隊の兵士達と、剣を交えるのが好きだった。
7歳の頃、父の書斎に飾られていた、薔薇の装飾の付いた美しい柄を持つ、白銀のレイピアに出会う。
汎用性に乏しく、攻撃手段も限られたそれを、飾りだ、実用性が無い等、周りの大人達は笑ったが、オレはその剣に一目惚れし、その剣に合わせた剣技を磨く事にした。
元々、左利きだったオレは父の指示で右利きへの矯正を受けていた。師事してくれた剣士も、レイピアは右手で使う様にと教え、左手には短剣やソードブレイカー等を持つ様にと勧める。
だが、当然利き腕の方が扱い易い。オレは、隠れて左手での剣技も練習し、僅か2年程で、左右両手でレイピアを全く同じ様に使えるまでになっていた。
とは言え、レイピアは細身の刺突特化型武器。
柄に施された装飾には、敵の剣を絡め取ったり、そのまま折ったりする意味が有るのだが、刀身で受ければ細身な分、こちらが分が悪い。最悪、折れてしまう事もあるだろう。
しかも、いくら剣技を磨いたとてこちらは女。受けに回れば自力で男に勝るのは難しい。
悩んだ末に、オレが出した答えは、最もシンプルで、だが最も難しいものだった。
敵の剣が届くより先に、相手を突いて倒す。
剣が迫るなら、その間合いの外から。
一撃が軽いと言うのなら、何撃でもとにかく倒せるまで突く。
その荒唐無稽とも思える答えを、オレは徐々に実現させた。
誰もついて来られない速さを。
女性特有のしなやかな身体と柔らかな関節を使い、間合いの外からでも伸びる刺突を。
両手の2本のレイピアによる高速の連撃を。
そうして、12歳になる頃には、周囲の大人でオレの相手を出来る者は、誰も居なくなっていた。
父の書斎にあった物語の挿絵を真似て、青色の軽鎧を作り、部下数名を連れて冒険者として活動し出したオレは、魔物と言う新たな敵を見つけた。
様々な魔物との戦いで、自分がみるみる強くなっていく感覚に溺れ、日々尋常じゃ無い量の魔物を屠っていると、オレの名は瞬く間に帝都で知らぬ者が居ない程轟いた。
S級冒険者は特別な存在だ。
たった一段階だが、Aランクとは天と地程の差がある。
Aランクがギルド選定の最高位なら、Sランク以上は国家認定の最高位冒険者だ。
有事の際、正に最高の軍事兵器であるS級冒険者は如何なる私情があれど戦争には一切介入出来ない。その代わりあらゆる面で優遇、便宜を図られ、同盟国内に於いて破格の特権が与えられる。
だがその為には各国にて御前での試験を受け、それぞれの国主に認められる必要があった。
帝都での御前試合で帝国の誇る将軍の一人を倒し、意気揚々と乗り込んだ王都で、元SS級冒険者であるダレウスと戦った。
だが、現役を退いて長いと聞き、負けるハズが無いと挑んだ御前試合は、オレの自信を何もかも打ち砕く。
オレの、必殺の刺突が何発、いや何十発も当ってる筈なのに、『金剛』を纏うダレウスには、傷一つ付かない。
結局、体力が尽きるまで突き続けたが、擦り傷一つ付けれず、オレは膝をついた。
『審査対象は、勝敗では無く内容』
何度も聞かされた言葉だが、オレは今でも納得いかない。
ともあれオレは認められ、ついにS級冒険者になった。
S級冒険者になったにも拘らず、ダレウスとの敗北から立ち直れずにいたオレに、指名の依頼が入る。
それは、自分と同い年の女性の護衛。
最近、新しく能力に目覚めた、世界で3人目の『真偽眼』を持つ、ユーステティアの護衛だった。
能力の開花によって、突然日々目隠しを付ける事を義務付られ、不自由な思いをしているかと思ったが、彼女は実に明るく前向きだった。
奔放な彼女に振り回される毎日だったが、これまで接する事の少なかった同世代の同性は、オレにはとても新鮮で眩しく見えた。
そんな彼女と訪れた王都。
オレは、正直嫌な思いが蘇るのでこの街は苦手なのだが、冒険者間のトラブル、それも被害者がSランクという事で、真偽官にお呼びがかかった。
旧知のシルヴィア王女との会談、貴族達の要請に応じての簡易真偽会(と言う名のお茶会…)等で数日を費やし、遂に今日、本題であるA級冒険者『シンリ』に対する真偽会が開かれる。
案内された部屋の向こうに連れて来られたのは、拘束衣と目隠しをされた男。
その珍しい漆黒の髪には、一瞬オレもユーステティアも見惚れてしまった。
「初めまして。私は真偽官のユーステティア。隣には護衛が同席します」
そうユーステティアが、挨拶をすると事もあろうに罪人であるこの男は、逆に質問を投げかけて来た!
イラついたオレが、怒鳴りつけようとしたがユーステティアに手で制される。
罪の確定の先延ばしでもしたいのだろうか?『ステータス』がどうのと会話が続く。
「貴様!『悪』の分際でダラダラと!この罪人風情が!」
「ジャンヌちゃん、落ち着いて。私も『ステータス』の話出来る人なんて久し振りなんだから、もう少し待っててね」
我慢出来ずに発した言葉も即座に彼女にそう諭されて、オレは仕方なく椅子に座った。
「じゃあ、そろそろいいかな?」
ダラダラと会話していた二人だったが一区切り付いた所で、彼女はそう言い、目隠しの布を取った。
その美しい銀色の瞳は、世界のどんな宝石より美しいとオレは思っている。
目を慣らす様に、ゆっくりと開かれた彼女の瞳に見惚れていると、罪人シンリを見た途端、その瞳がかつて見た事の無い程に大きく見開かれた。
そして彼女の美しい白い肌が病的なまでに青白く血の気を失い、それでいて大量の汗を額に滲ませている!
彼女は、罪人シンリから目を逸らし、下を向くとそのまま固まってしまった。
いや、固まってるのでは無い動けないのだろう。
俯き、両手で自らを抱きしめる彼女をよく見ると、身体は小刻みに震え、カチカチと歯が噛みあう音が漏れている。
そしてか細い声でひたすら「ゴメンナサイ」と呟いているのだ。
(これはまさか噂に聞く、洗脳や幻術の類か?このゴミ虫の罪人風情が、大切なユーステティアに何て事しやがる!)
ガシャァァーーーン!!
「てめえ!ゴミ虫の分際で、ユーステティアに何しやがったぁ!!」
オレは鉄格子を殴りつけ、罪人シンリを睨みつけた。




