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真偽眼

  シンリが収監されて3日が過ぎた。


  収監所の前に、1台の馬車が到着する。


  最初に降りて来たのは、S級冒険者『青薔薇』のジャンヌ。

 この世界に、青い薔薇というのは存在しない。彼女が好んで纏う青い軽鎧と、青い薔薇同様に、女性にしてあり得ない(・・・・・)程の強さから、付けられた二つ名だ。今日は、もう一つの彼女の代名詞たる、2本のレイピアも腰に差している。


「腰が痛ーい、眠ーい、もう貴族の顔、見たくなーい!」


  彼女に手を引かれて、愚痴をこぼしながら降りて来たのは、真偽官のユーステティア。


 この世界で、現在3人しか確認されていない『真偽眼』所持者。


 彼女自身も実は魔法が使え、護身も兼ねてのパワーレベリングに、ジャンヌと共に強めの魔物と戦い続けた結果、そのLVは101まで上がっていた。魔法行使兼、殴打武器にもなる神木の杖を手に持っている。


 相手は、犯罪者。それもA級冒険者となれば、彼女等も当然、魔物に挑む時同様の、完全武装だ。


「まあ、そう言うなユーステティア。浮気調査やスキル確認などのつまらん仕事が続いたが、奴等からオレの護衛費や、真偽院の運営費が出るんだ、我慢しろ」


「ぶーーっ、分かってるよぉ。さて、今日はいよいよシルビアちゃんのお気に入り君だね」


「ああ、しかし残念だが、戦士の魂を盗んだ様な奴が『正義』なハズが無い。そいつは『悪』だな!」


 二人が馬車を降りたのと同時に開いた門から、所長のビルゲールと看守2名が出迎え、二人を奥へと案内した。


 罪人、それも冒険者や野盗等の、暴力を有する者の真偽会は、当然真偽官の身の安全を最優先した形で行われる。


  二人が案内された部屋は、強固な壁で覆われた10畳程の石造りの部屋。中心にある鉄格子により、部屋は二つに分断されている。

 二人が入ったこちら側には、二つの椅子とテーブルがあり、テーブルの上にはお茶の入ったポットとカップも用意されていた。


  対する鉄格子の向こう側は、粗末な椅子が一つあるのみ。


  彼女達が席に着くと、入室時に別れた看守達が、対面の部屋にシンリを連れて入って来た。

 連れてと言うより、運んでと言った方が正確だろうか。慣例に基づき、シンリには、目隠しと全身を束縛する拘束衣が着せられ、歩く事も困難だ。看守達は、シンリを椅子に座らせると、ボソっと耳元で「シンリさん、窮屈でしょうが規則なので、しばらく我慢して下さい」と言って退室する。

 そして室内には、対面する三人だけが残され、出入口が施錠された。



「初めまして。私は真偽官のユーステティア。隣には護衛が同席します」


 静かで落ち着いたユーステティアの声が響く。そのまま、彼女の話が続くかと思われたが、意外にも次の言葉はシンリから発せられた。


「初めまして。ちょっと聞いてみたいんだが、いいだろうか?」


 罪人からの質問と言う予想外の事態に、固まる二人。だが、当然の様に言い返そうとしたジャンヌを制し、ユーステティアが冷静に答える。


「落ち着いてるのね。構わないわ、何かしら?」

「ひょっとしてキミは、『ステータス』を見る事が出来るのか?」


「あら、その名まで知ってるとは、随分博識なのね。うふふ」

「まあね。では『ステータス』で、相手が嘘を言ってるのかどうかが、解るものだろうか?」


「貴様!『悪』の分際でダラダラと!この罪人風情が!」


 淡々と進む会話に、苛立ちを顕わにするジャンヌが、立ち上がり割り込む。


「ジャンヌちゃん、落ち着いて。私も『ステータス』の話出来る人なんて久し振りなんだから、もう少し待っててね」


 そう、ユーステティアに諭されると、不機嫌そうに椅子に座り直した。


「えっと…そう『ステータス』で嘘が見抜けるかだったね。答えはイエスだよ!」

「本当に?それはどうやって?」


 俺の懸念が、まずい方向に的中した。俺は悟られぬ様に話を続ける。


「『ステータス』ってのは、その人自身の情報の全て。そうだなー『魂』を情報化した物って考えた方がいいかな。だから、そこには『魂』の有り方も示される」

「魂…」


「そうだよ。いくら外面や言葉を飾っても『魂』は偽れないからね。私の『真偽眼』は、『ステータス』の色の変化で、嘘を見抜くんだよ」


 ここまでの話振りから、真偽官、ユーステティアは、まだ『真偽眼』を発動して無いと思われる。『ステータス』に関する知識は、師匠に聞いてだいたい知っていたが、それで真偽を見抜く事が出来るとは…。


 俺の懸念は、魔剣の所在。魔獣討伐により破損した事にしたかったのだが、実際はニャッシュビルにある。

 ニャッシュビルの存在を仄めかす発言は、避けたいが、それでは何もかもが嘘になるだろう…。


「じゃあ、そろそろいいかな?」


 俺の思考は、その声により強制的に止められた。


 眼前に、魔力の高まりを感じる…恐らく『真偽眼』が発動されたのだ。見透かされている様な感覚を、全身に感じて、来るであろう質問を待つ。


 中々、最初の質問が来ない…少し余裕を取り戻した俺は、必死でニャッシュビルに触れずに、魔剣の所在を誤魔化せないかを考えていた。


 思案中だったから、どれ程時間が経過したのか定かでは無いが、それにしても静かすぎる。昨夜、ビルゲールに聞いた話では、最初に名前、職業等、嘘をつく必要の無い質問が続くらしい。恐らく、ユーステティアが言う所の『色』を見るのだろう。それから徐々に核心に迫り、『色』の変化で罪を暴くと。にしても、様子が変だ…。


 発動がどの様に影響するのか未知数の為、【魔眼】も発動させていないので、俺の視界は真っ暗だ。

 場に集中すると、視覚を閉じてる為、敏感になった耳が、僅かな音を拾った。


 …カチカチカチカチカチカチカチカチカチ……。


 そう言えば、最初の一瞬以降、見られてる感覚も無くなっている。

 更に耳を澄ますと、その音の中に小さな言葉が混ざっているのが聞こえた!


 …ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……。


 その声は、間違いなくユーステティアの声だ。だがそこには、先程までの威厳や余裕は、全く感じられない。


 ガシャァァーーーン!!

「てめえ!ゴミ虫の分際で、ユーステティアに何しやがったぁ!!」

 鉄格子の激しく叩かれる音と、ジャンヌと呼ばれていた護衛の冒険者の罵声…。


 ゴミ虫とは、俺なんだろうか?


 俺は、さっぱり状況が分からずにいた…。







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