収監所
シンリを乗せた馬車が王都に発ってから、約1時間後。迷宮入口に、シズカ達が姿を見せた。
皆、一様に下を向き、何か納得のいかないといった、思いつめた顔をしている。
「姐さん!」
彼女達の静寂を破ったのは、出迎えたガゾムと親衛隊だった。
「シズカの姐さん、兄貴が‥シンリの兄貴が…」
その一部始終を、見たであろう彼等は、皆取り乱している。
シズカは、静かに深く深呼吸すると、今出来る精一杯の笑顔で彼等に言った。
「私達『黒装六華』は今回34階層まで行って来たわ!この迷宮の最高到達パーティなの!」
到達記録更新の声に、親衛隊のみならず、周りの観衆や冒険者からも、感嘆の声があがる。
「貴方がたも『黒装六華』の親衛隊を自負するのであれば、顔を上げ胸を張りなさい!我々の名がこの地に刻まれたのよ!」
(ふふ、まるで自分に言って聞かせている様だわ…)
「いいこと、その『黒装六華』のリーダーが、あんな雑魚冒険者なんぞの小細工に屈する訳が無いでしょう?何の心配もいらないわ!」
そう言うと、仲間達、そして親衛隊の面々も顔を上げ、背筋を伸ばした。
「そうだ!ガイウスみたいな小物に、どうこう出来るハズが無え」
「シンリの兄貴なら、グダグダ言う奴をまとめてぶっ飛ばして来るに違え無え」
「うん。シンリ様なら絶対大丈夫よ」
親衛隊の者が口々に、話し出す。
「お兄様が帰ったら、改めてお祝いを致しましょう。その時は是非、皆さんもいらしてね」
親衛隊にそう告げると、シズカはやや足早に馬車に向けて歩き出した。
「私達で、お兄様の留守を護らねばなりません。屋敷に急ぎますわよ!」
そうシズカが言うと、他の仲間達も彼女に続いて力強く歩き出した。
「お兄様…」
先頭を行くシズカの頬に、一筋の涙が伝う。
それを誰にも見せまいと、彼女は更に歩みを早めた…。
王都の街区、北の外れの城壁際に、城壁内でありながら、何故か外壁並みに高い壁に覆われた一角がある。
ここは、王都の国営収監所、通称『慟哭の内壁』。
その堅牢な作りの門の前に、1台の馬車と、馬に乗った緑の一団が到着した。
馬車から降りて来たのは、元SS級冒険者であり、冒険者ギルド王都本部長のダレウス。
そんな破格な立場にある彼が、わざわざ馬車の扉を押さえて出迎える様は、護送されて来た罪人には、とても見えない。
「…すまねぇな、黒衣の」
「ああ、牢屋に入るのは慣れてるよ」
「けっ…物騒な冗談だ…」
そう言いながら、縄もかけられて無いシンリが、馬車を降りる様を、唖然と見ていた門番だったが、エヴィに促されて慌てて開門した。
中から出て来た、担当の衛兵がシンリを連れて行こうとしたが、ダレウスが手で制する。
「こいつは、真偽官との面談までの、一時的な拘留だ。罪人扱いは、止めてもらおう!」
ダレウスの迫力に、誰も近付く事が出来ずにいると、収監所の中から数人の看守を連れた、恰幅のかなりいい男が現れた。
「げひひ、久しぶりだなあダレウス。貴様が無抵抗で7人に怪我をさせた件以来か…げひひひ」
「出やがったなヒキガエル!古い話をいつまでも覚えてやがる」
「げひっ!わしゃヒキガエルでは無い!ビルゲールだと言うとろうがっ!」
「そうだったか?がははは」
どうやら旧知の仲らしい、二人は周りの事等お構いなしで、しばらく言い合っている。
話がひと段落すると、ビルゲールが俺の方に近付いて来た。護衛の為、看守が間に入ろうとしたが、彼はそれを手で制する。
「お前さんがシンリか…。話はあのハゲから聞いとるよ」
「誰がハゲだ!俺は『天剣』に負けて以来、戒めに剃ってるだけだ!だいたい……」
ダレウスが言い返していたが、それを気にも留めずビルゲールは、俺をじっと見ている。
その真剣な雰囲気を感じて、その場の誰もが黙り込む…。
すると突然、ビルゲールが俺の肩を叩いた!
「よし!シンリ、俺はお前を信じるぞ!」
「え?」
「いや突然このハゲが、何も聞かずに俺を信じてくれ!なんて言って来た時には、とうとうボケたかと心配したが、いやお前さんの目は、信じるに値する!」
「目って…」
驚く俺の前で、偉そうに胸を張ると、ビルゲールは自慢気に続けた。
「俺が何十年この『慟哭の内壁』で所長をしとると思っとるんだ!その者の本質等、目を見れば全て分かる!そうで無ければ、このごみ溜めの主は務まらんからな!げひひひひ」
状況の飲み込めない俺の背中をダレウスが叩き、所内に向けて歩き出したビルゲール達に続く。
「ああ見えて、根は良いおっさんだ、何も心配要らねえよ」
ダレウスが、小声でそう告げる。
「げひひ、今日は気分がいい。どれワシの部屋で、『犯罪者遺品コレクション』でも見て一杯やろう!げひひひ」
馬車と『緑機衆』は、お役御免で返され、残った俺達は、それから5時間余り、『犯罪者遺品コレクション』とやらを見せられ、その講釈に付き合わされる事となった。
その後、ダレウスは帰り、俺は、上級看守用の宿直室に通され、そこに泊まった。
「真偽官は、既に王都に入っていると聞く。日程が決まるまでは、しばらくここで我慢してくれ」
部屋に案内してくれたビルゲールが、そう言っていた。
「また一人か…」
薄汚れた天井を見ながら、思わず呟いた。
…{残念!一人じゃないでしょ。うふふ}
(そうだったな、ミスティ)
…{そうそう、彼女達さっき屋敷に着いたわよ}
(そうか…)
…{打ち合わせ通り、いつもの警護に加え、天使ちゃんも透明化して警備に当たってるわ}
(そう言えば、真偽官とやらだが、どこまで見えるのか未知数だ。面会時には、その者の視線からは、逃げておいてくれよ)
…{大丈夫。そんなドジ踏まないわよ}
(また二人きり…だな)
…{心配しなくても、また会えるわよ。もしシンリに何かする様なら、この都市、沈めちゃうから!}
(物騒だな…だが俺は平気だ。それよりも皆の事、頼んだよ)
…{あら、素直じゃない。気持ち悪い!うふふふ}
しばらくミスティと念話した後、俺は薄暗い部屋の雰囲気に、ふと『冥府の森』の洞窟を思い出しながら、眠りについた。




