友人達との別れ
翌日、準備を整えた俺達はニャッシュビルの村の外れにある広場で、村民総出の見送りを受けていた。
当たり前のように俺達と共に居たチロルだったが、先程母親らしき村人にズルズルと引き摺られていき、今は村人の輪の中で泣きじゃくっている。
それが連鎖したのか、村人の一部からも嗚咽が漏れた。
「シンリ様、お待たせしました」
約束だった、ギルドカードの改ざんを済ませたチャムロックが広場に顔を見せると、別れが近付くのを感じて嗚咽がより高まっていく。
よく見ると、チャムロックの目の端にも光るものが見える。そんなチャムロックが何かを言おうとすると、それを遮るように一つの影が俺に飛びついた。
「いやにゃ!シンリと離れたくないのにゃ!わにゃーん…」
それは、母親の手を無理矢理振りほどいたチロルだった。いつもマイペースでニコニコと笑っていた愛らしい顔が、今は涙でぐしゃぐしゃになり見る影もない。
「ほらチロル、あまりシンリ様達を困らせるんじゃないよ!」
母親が引き剥がそうとするが、それに抵抗して一層強く抱き付いてくる。
「いやにゃ!シンリはパパの匂いがするにゃ!もう離れるのは絶対いやにゃー!」
チロルは二年前、父親を亡くしている。
二十四階層に出現した『異物』を排除する為、迷宮運営をするニャッシュビルからも当然討伐隊が送られ、彼女の父親もそのメンバーに選ばれた。しかし精鋭十二人とニャッシュビルの技術を以ってしても、天使であるガブリエラを核にした強力な魔獣を倒すに至らず、村に生還したのは僅か三名のみであった。
階層が滅多に冒険者が降りて来ない場所であった事と、魔獣がボス部屋から移動する素振りが見られない事から、これ以上の被害を防ぎたいニャッシュビルとしては監視を続けるのみにして、『異物』の放置を決定するしかなかった。
飄々としてるように見えても、チロルも女の子。寂しさに耐える毎日を過ごして来たのだろう。俺はいつの間にか、そんな彼女の心の拠り所になっていたらしい。
「シズカ達もなんか言ってにゃ!みんな一緒にここに住めばいいにゃ!じゃなきゃ絶対ついて行くのにゃー!」
必死に俺にしがみ付きながらシズカ達にも同意を求めるチロルだったが、シズカ達も安易に味方する訳にはいかず泣きながら下を向くだけだ。
「チロル…」
俺は、シズカ達の反応に更に取り乱すチロルを強く抱き締める。
「シンリぃー…」
呼びかけた俺を見上げる顔は、涙や鼻水でさっきより一層ぐしゃぐしゃになってしまっていた。
「そんなに泣いたら美人さんが台無しじゃないか」
そう言ってチロルの顔を優しく拭く。
「チロルは、俺達の仲間の誰かと戦って勝てると思う?」
「え?にゃ、にゃんの話にゃ?」
俺の突然の質問に、チロルは驚き今だけは泣き止んだ。
「どうかな?誰か勝てそうな者がいるかい?」
質問の意味を何とか理解したチロルが、シズカ達を見回す。
「勝てるわけないにゃ!みんな強そうだにゃ!」
「俺達は地上で暮らす者で更には冒険者だ。俺達とチロルが共に居るって事は、冒険にも一緒に行くって事なんだ。分かってるのか?」
論理的に考える余裕のなかったチロルが、俺の投げかけた正論に反論出来ずただ俯いてしまう。
「それに大人達にも聞いただろうが、外の世界はチロル達ケットシーにとって、必ずしも優しい場所では無いんだ」
その言葉を聞いて、チロルのみならず周りの大人達も全員俯いた。
俺は、下を向いてすっかり元気を失ってしまったチロルの頭を、両手で優しく掴み顔を上げさせる。
「チロルは強くなれ。俺達の誰かを倒せるくらいに強くなるんだ」
「……強くにゃ?」
「そう。俺達と並び立てるように、そしてケットシーに降りかかる理不尽さえ全て跳ね除けるだけの強さを手に入れてみせろ!」
そう俺が強く言い放った瞬間、全てのケットシー達が顔を上げる。その瞳には先程より明らかに強く確かな光を宿して。
「俺は待ってる。チロルがそんな強さを身に付け俺達と共に歩く日を、いつまでだって信じて待ってる」
少々話が強引過ぎただろうか……。だが泣きつくチロルを見ていて俺自身気付いてしまったんだ。チロルが側に居てくれる事を本当は誰よりも望んでいる自分自身が居る事に。陽気で楽しげなチロルが側にいた日々は、それくらい俺にとって心地よいものであった事に。
暫く、俺をじっと見ながら何事か考えている様子のチロルだったが、シズカ達に視線を移し再び俺に向き直ると、しっかりとした口調で言った。
「わかったにゃ!必ず、必ず強くなってみせるにゃ!強くなってシンリの仲間になるのにゃー!」
そう力強く宣言したチロルの姿は、この場の誰よりも頼もしく輝いて見えた。
「約束だ。待ってるから必ず来るんだぞ」
「チロル、強くなったら貴女専用のメイド服を作りますわ!」
「チロルちゃんなら、きっと強くなれるよ」
「チロル、同志!」
「チロルも、我が君の妻になれば良かろう。ほほほ」
「チロル‥友達‥なの」
「いつまでだって待ってるじゃんよ」
「主君の許しがあれば、いつでも稽古をつけてやろう」
そんな俺達の様子を傍観していたチャムロックが、零れる涙を拭いながら俺の前に歩み出た。
「ありがとうございます。シンリ様の言葉は、チロルのみならずこの場の全ての者の心に確かな『火』を灯した事でしょう!やはり、やはり私の目に狂いは無かった」
そう言って感慨深い表情を見せたチャムロックは、俺からそっとチロルを引き離すと、ワザと皆に聞こえるような大きな声で俺に言った。
「シンリ様の転移のスキルがあれば、ここへの転移は雑作も無いでしょう。結界に掛からぬようにこちらで調整しておきますので、いつでも気軽にお越し下さい。ご自分の仲間になる者です。責任を持ってご自分で鍛えてもらわねば……ですよねチロル?」
彼の言葉を聞いたチロルの顔に、あのお日様のような笑顔が戻る。
「そうにゃ!シンリが鍛えなきゃダメなのにゃ!」
「そうだな。それじゃあ俺が居ない間サボらないように、村の人全員に見張ってもらわなきゃな!」
「にゃっ、それは勘弁なのにゃー!」
慌てた様子で頭を抱えて走り回るチロルを見て、皆で笑った。
広場にいる誰もが、心の底から笑いあった。
俺達は、たとえこの世界が敵になろうと
ニャッシュビルの皆を、そしてこの笑顔を、必ず護ろうと心に誓い
心優しき『友人』達の村を後にした。
投稿開始から2か月が経ちました。
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