猫との遭遇
「さ、寒いのにゃ…」
俺達に囲まれ、中心で縮こまる『ケットシー』。
口元と手足、尻尾の先だけが白く、他はグレー‥いやこんな毛の色をロシアンブルーとか言うんだったか?
あまりに寒そうだったので、マジックバッグから毛布を一枚出して、かけてあげる。
ちなみに今は、手足のみを縛ってある状態だ。
「あったかい…優しいのにゃ」
本当に暖かいのか、気持ち良さそうだ。
「まずは、名前を聞きたいんだが?」
「お断りにゃ!『チロル』は口が堅い子なのにゃ!絶対言わないにゃ!」
「はじめましてチロル。俺はシンリだ」
「にゃああああああああああ!!にゃ、にゃんで名前がわかったのにゃ?にゃにか術をつかったのかにゃ」
毛を逆立て、警戒を示すチロル。うん、天然だこの子。
「大丈夫だよチロル。俺達は君に何もするつもりは無いから」
「絶対ウソにゃ!もう騙されないのにゃ!」
そう言いながらも、毛布にくるまり、暖かさにうっとりと半眼になる姿は、可愛い事この上ない。
くきゅる~~~
そんな時、チロルのお腹の辺りから、奇妙な音が鳴り響いた。
「……」
「ち、違うのにゃ…お腹が減ってなんかないのにゃ!」
くきゅくきゅう~~~~
必死に否定するチロルだったが、本人以上にお腹が、それを主張する。
俺達も、昼食を摂り損ねたのを思い出し、そこで食事をする事にした。
縛ったままなので、代わる代わる女性陣がチロルに食べさせてあげている。
「お兄様、飼いましょう屋敷で!」
「可愛いよね~」
「黒色‥希望」
「はい、ア~ン‥なの」
愛らしいその仕草に、皆メロメロな様子。
すると、その輪を離れてエレノアが俺の隣に座った。
「我が君よ。『ケットシー』は、あの愛らしさが災いして、滅んだと言われておるのじゃ」
「そうなのか?」
「ふむ、彼奴等は警戒心が薄く、人懐っこい種族だったからのう。それにあの外見じゃ、貴族ばかりか庶民までも、愛玩用に求めたそうじゃよ」
「それで、乱獲で滅びたと?でも飼われていた者もいたのだろう?」
エレノアは、じっとチロルを見る。
「確かに迫害され、大きく数を減らしたのも事実。じゃが、滅んだ…いや消えた、と言った方が正しいかのう」
「消えた?」
「そう、あの種族はある日突然、人に飼われていた者も含めて、全て消えて無くなったのじゃ」
そう言ったエレノアの視線の先では、チロルがもう食べきれないとばかりに、お腹を抱えていた。
シズカ達が、食事の後片付けを始めている。
すると…
「!!!」
突然、強力な魔力の波動を感じて、ボス部屋の最奥の壁を見ると、そこに高さ1m程の上部が丸くなった小さな扉が出現した!
その扉がゆっくり開くと、中からチロルと同じくらいの大きさの、白毛で、やや落ち着いた雰囲気の『ケットシー』が現れた。頭には、帽子を被り、鼻には小さな眼鏡がかかっている。
その人物?は、チラリと満腹で眠そうなチロルを見ると、一瞬呆れた様な顔をみせたが、俺に向き直ると穏やかそうな表情で、話しかけて来た。
「はじめまして。村長の『チャムロック』と申します」
「はじめましてチャムロックさん、俺はシンリです」
チャムロックは、そう言いながら帽子を脱ぎ、言葉を続ける。
「シンリ様ですか。この度は、チロルがとんだご迷惑をおかけしまして」
「いえ、手荒な事をして、申し訳無い」
「ほっほっほ。警戒するのは迷宮に挑む者としては、当然の事。むしろ余計な気を発した、チロルこそが責められるべきでしょう」
「他にも、多くの方の気配を感じていました。あれは全て皆さんが?」
多少の驚きを見せたチャムロックは、軽く眼鏡を指で上げる。
「何と!他の者も気づかれていたとは、シンリ様達は随分優秀な方々の様だ」
感心するチャムロックをよそに、俺の後ろでシズカが、『にゃ』って言いませんわ…とブツブツ言っている。わかるが、黙っていろよ。
「さて、シンリ様。優秀な皆様にご提案…いやお願いが御座います」
チャムロックの雰囲気が、変わる。
「お願い?」
「はい。簡単な事で御座います。今回の迷宮攻略、この辺りでお止め頂けないかと」
そう言った彼の目は、真剣と言うより、ある種の必死さを感じさせる。
「いくつか質問しても?」
「お答え出来る事であれば…」
「この迷宮の最下層、そこに在るのは?そして居るのは?」
「ふむ、本当の最下層についてはお答えしかねますが、シンリ様が知りたいのは、この下に我々の村があり、そこに『ケットシー』が住んでるか?でしょうな。だとすれば答えは『はい』です」
うん、何だかポロっと聞いて無い事を言って来たな、種族自体が天然なのか…。
「この迷宮自体を、チャムロックさん達が管理しているんですか?」
「はい。この迷宮は、私共が運営しております」
「下層に進んで欲しく無い。だが迷宮運営は自分達がしている。何か矛盾している様な気がするのですが?」
俺の問いに、チャムロックは腕を組んで考え込んでしまった。
そもそも、隠れるだけなら迷宮等作らず、隠された出入り口だけを作り、細々と暮らせばいい。
なのに態々、人が集まる迷宮を作り、村人の手を煩わせてまで、それを運営する。
入場に金品を求めている訳でも無いので、そこまでする意味が見付らないのだ。
「ちなみに、俺のギルドカードに、恐らくチロルとの接触の記録が残りました。これで『ケットシー』の存在は、世に知れ渡るでしょう」
あの程度が、戦闘として記録されたかは、怪しい物だ。だが、手札としては使えないだろうか…。
チャムロックは、小さくため息をつくと、諦めた様に言い始めた。
「わかりました。ここでお止めする事は出来ないし、以降の迷宮でもシンリ様を止める事は不可能でしょう」
俺は、チャムロックがそこで小さく笑ったのを見逃さ無かった。
「おいでください、猫達の村『ニャッシュビル』へ!」




