迷宮への挑戦 5
翌日、昨夜の宴で騒ぎ過ぎた俺達は、かなり遅めに出発した。前人未到の階層という事もあり、寝不足ながら皆気合十分だ。
33階層に転移すると、やや薄暗くひんやりとした感じがする。
「お兄様、この感じは…?」
「ああ、シズカの予想通りだと思うぞ。懐かしいって言うとおかしいだろうが…」
俺達は『冥府の森』での修行中、短期での集中的なLV向上の為、倒しても復活するアンテッドの多い『不帰の森』エリアに、よく足を運んだ。
この階層から感じる雰囲気は、濃密さでは『不帰の森』にかなり劣るものの、アンテッドの領域のそれだ。
「…来たぞ」
俺の言葉に、皆が一斉に顔を向けると、地面から無数の手が飛び出した!
続いて、のそのそと全身が現れ、それらは緩慢な動きで、こちらに迫って来る。
このアンテッドは[ゾンビ]。人の死体の殆ど無い迷宮だけに、それらの多くはゴブリンを主体としているが、様々な種類が混ざっている様だ。
見渡す限り、蠢く[ゾンビ]の群れ。これらは、頭を確実に破壊しなければ、何度でも立ち上がって来る。
「バイ〇ハザードですわお兄様!」
シズカは、何だか嬉しそうだが、一々倒すのは、面倒だ。
「ガブリエラ、掃討してくれるか?」
「はい!主君の命とあらば喜んで!」
炎系の魔法で、焼き払って進んでもいいのだが、光属性に特化したガブリエラの攻撃なら、文字通り消滅させながら倒す事が出来るので、歩きやすくていい。
「シズカ、あれだけ通路いっぱいに出て来てくれれば、転移魔法陣の心配もいらないだろうが、決して油断するなよ!」
そう言って、俺とツバキは迷宮の奥へと先行した。
先頭の[ゾンビ]が出現すると、連鎖的に出現する様になっているのだろう、迷宮の通路上は、どこも[ゾンビ]だらけだ。
単純な個体数でいくと、迷宮内随一では無いだろうか?それほど[ゾンビ]で犇めき合っている。
代わりに、ここには全くトラップの類は無い様だ。
程無く、ボス部屋の扉を見付けた俺達は、減らせるだけ[ゾンビ]を斬りまくりながら、シズカ達と合流した。
「大丈夫か?」
「お兄様ご苦労様です!見ての通りですわ」
そう言って、シズカが指差した後方は、所々煙の様な物だけを燻らせて、キレイさっぱり何も無くなっていた。
「主君!」
俺が戻ったのを見て、これ見よがしに光剣を舞わせるガブリエラ。
夥しい数の敵を、無数の光弾が次々撃ち抜いていくその様子は、昔のシューティングゲームさながらだ。
とは言え敵の数が多い為、ボス部屋に着いたのは、更に時間が経ってからだった。
扉を開けて中に入ると、あまりの異臭に鼻を塞ぐ。
33階層のボス[ドラウグル]。5m程の巨体で、皮膚は黒く、あちこち歪に腫れ上がっている、まるで黒い水死体の様だ。目の前の岩を、楽々砕いた様子からかなりの怪力である事が解る。
だが、警戒すべきはこの臭いの元。よく見ると、[ドラウグル]の吐く息で、付近の岩が腐食していく。
臭過ぎて誰も口を開けないが、皆必死でガブリエラを見る。思いは一つ…。
ガブリエラお願い!早く何とかして!…みたいだ。
それを感じ取ったガブリエラが【千剣円舞曲】で跡形も無く消し去った。
討伐後出現した34階層への通路に、全員息を止めてダッシュしたのは、言うまでも無い。
30階層に戻った俺達は、ミスティとガブリエラの共同での『洗浄』を受け、何とか染みついた臭いを消した。
「はぬひみ、ひょうねきねひたはね、ほにひはま」
「いやシズカ、空間自体も『洗浄』かけて貰ったから、もう鼻つまま無くて大丈夫だぞ」
迷宮内だというのに『洗浄』した室内は、空気が美味い。
これは、二人の高位の魔法のお陰だろう、久しぶりに、やや湿気た様な迷宮内特有の空気から、解放された。
部屋の空気も良かったが、昨日の寝不足もあり、その日は皆早くに就寝した。
翌日、34階層を進む俺達。
既にボス部屋を見付け、俺とツバキも皆に合流済だ。
「シズカ、気づいているか?」
「…ええ、26階層からずっとですわよね?」
俺とシズカ、いや全員が感じているのは『視線』。
26階層では、勘違いと思える程、僅かな物だったが、階層を下るごとに、それは濃密な物へと変わり、その数も増えてきている。
「やはり、例の存在でしょうか?」
アイリが言う、例の存在とは、以前話した、迷宮を管理しているかもしれない者の事だ。
「分からない。だが…面白く無いのも確かだな!」
そう言って俺は、[転移(短)]を瞬時に発動し、シズカ達の頭上、正確には天井裏だろうか?
そこにある小さな空間に、転移した!
そこに居た1m程の小さな影は、一瞬状況が理解出来ない様子だったが、下と、今自分の前に立っている俺とを、何度も繰り返し見て、状況を理解すると、ガクガク震えだして声を出した。
「見つかったにゃああああああああああああああああ!!!」
「え…にゃあ?」
叫び声と同時に、咄嗟に逃げようとしたソレを、俺はがっしり掴むと、再びソレごと、シズカ達の元に転移した。
「あら、お兄様いつの間に転移を…って何ですの、ソレ?」
「シンリ様、何ですこの可愛い生き物?」
…コクコク。
「おお~これは珍しいのう、もう滅んだと聞き及んでおったのじゃが」
「…可愛い‥なの」
「こりゃ確かに可愛いじゃんよ」
「主君、曲者ですか?」
ソレを知っているらしいエレノアが続ける。
「これは『ケットシー』という種族じゃ。随分前に滅んだと報告を受けておったのじゃが、まだ生き残りがおったのじゃなあ」
エレノアが『ケットシー』と呼んだソレは、身長1m程の、頭と手足がやや大きな、服を着た『猫』だ!
「く、苦しいにゃ…」
強く押さえ過ぎていたのか、『ケットシー』がもがいている。
「ああ、すまない」
そう言って、手を緩めると…
「チャンスだにゃ!」
と、ばかりに逃げ出…
「どこへ行く!」
「ふぎゃっ!」
せずに、再び押さえつけられた。
その『ケットシー』を簀巻きにして、抱えたまま俺達は、34階層を進む。
ボスの[アイスギガント]を倒した俺達は、その冷気でやや冷え切ったボス部屋の隅で、話を聞くべく『ケットシー』を囲んで、座り込んだ。




