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動き出す者達

 そこは、貴族の屋敷の一室。


 贅を尽くしたという表現がぴったりな程、絢爛豪華な家具、調度品、絵画、彫刻等で飾られた応接間。

大理石に見事な彫刻を施したテーブルを挟んで、これまた過度の装飾のついた大きなソファがあり、一人の男性と、女性二人が向かい合って腰掛けていた。


 男性の両手には、大きな宝石を使った指輪がいくつも付いており、着ている服の豪華さからも、彼がこの屋敷の主人である事が覗える。歳は50台後半位、その弛み切った皮膚のせいで、顔はオークの様だ。


 一方、女性の一人は純白で、まるで日本でよく見る巫女服の様な衣を纏い、片手には、余程の老木、神木の類から作られたであろう雰囲気を放つ杖を持っている。

連れの女性は、青を基調とした軽鎧を纏い、2本のレイピアを持っている事から、騎士もしくは冒険者と思われた。


「ガスパール卿、何故元老院の要請に応じないんだ?」

机を叩きつけてそう言ったのは、騎士風の女性。

だが、ガスパールと呼ばれた男は、動じる様子も無い。


「聞いているのか?帝国元老院の命により、真偽会への出頭を求められて既に2か月!何をしていたんだと聞いているんだガスパール卿!」

立ち上がって、今にも斬りかかりそうな勢いで、そう問いかけるとガスパールは、面倒臭そうに口を開いた。


「黙って聞いておれば冒険者風情が。S級とは言えただの護衛、口が過ぎるのでは無いかね『青薔薇』のジャンヌ嬢」

そう言って、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるガスパール。


「くっ!貴様…」

言い返そうとしたジャンヌの言葉を、巫女風の女性が手で制する。

「待ってジャンヌ!」


「…ユーステティア、私はこっちだ」

ジャンヌは、自分と反対側に手を突き出す彼女に、苦笑しながらそう呟いた。


「あら私ったら‥ふふ。でもジャンヌ落ち着いて、全部『見れば』済む事だよ」

言いながら顔を上げたユーステティアの目の部分は、白い布で全て覆われ全く見えない様になっていた。

その布には、漢字の『封』に似た模様が描いてある。


「えっと…誰でしたか?そう何とかガスさん『見せて』頂きましょう。貴方の全てを!」

ゴクリとガスパールが息を呑む。ユーステティアの雰囲気が変わった事で、皆緊張に包まれていた。


 徐に、ユーステティアが目を隠す白布を外す…

誰もがその美しさに一瞬目を奪われるだろう、だが彼女が目を開くと思わず注視してしまう…

彼女の、銀色(・・)に輝くその瞳を!


「眩しっ!」


さっきまでの神聖な空気はどこへやら、目を見開いた彼女は、室内の眩しさに目をこすり始めた。

「またかユーステティア。いつも言ってるだろう、ゆっくり慣らせと」

目をこする彼女を呆れ顔で見るジャンヌ。


「ごめんジャンヌちゃん、またやっちゃった」

舌を出して笑う彼女からは、先程の神聖さは抜けていた。

「じゃあ『見せて』もらいますよー」

だが、そう言うと再び周囲に緊張が広がる。


「んーと、ガスパールさんって言うんですね。これから聞く事に、はいとだけ答えてもらえます?」

じっとガスパールを見つめてそう言う彼女に、やや照れながら彼は頷いた。だが、彼女の視線は、ガスパール本人では無く、何か違う物を見ているかの様だ。


「ガスパールって言うんですか?」

「はい」

「お金いっぱい持ってますよねー?」

「そ…いや、はい」

「その多くは、本来帝国に納めるべきお金ですよね?」

「な、何を!?」

言い返そうとしたガスパールは、彼女の視線に気圧されて言葉を飲み込む。

「何も考えず、はいって言うだけでいいよ~?」

「…はい」


「んふふ~ギルティだねジャンヌちゃん。他にも沢山あるよー、殺人、強姦、誘拐、詐欺とか」

「典型的な『悪』だな、この下種が!」

ユーステティアの言葉を受け、ジャンヌの雰囲気も変わり、言葉使いも荒くなる。

「さっきは、よくも冒険者風情などと!貴様の様なゴミ虫に名前を呼ばれる等、思い出しても虫唾が走るわ!豚野郎!」


「『真偽官』として、ここに宣告します。ガスパールさんは有罪、ギルティです!連行されてたぶん死刑ですね」

そこまでユーステティアが言っても、彼は落ち着いていた。


「ジャンヌちゃん、人がいっぱい囲んでるね」

その言葉に一瞬驚きの表情を見せたガスパール。彼は、出頭すれば捕まるのは解っていた為、逃げる準備を進めていた。だが、巷で噂の美人真偽官とこれまた綺麗なS級冒険者の護衛が、屋敷に来ると聞いて、二人を自分の物にしようと、網を張って待ち構えていたのだ。


「ぐへ、ぐへへ。大人しくした方がいい。外の憲兵達の様に死にたくは無いだろう?」

既に、援軍たる憲兵を始末させていたのだろう、悪寒の走る様な下卑た笑いをするガスパール。


「LV32」

そんな中、飄々としたユーステティアの声が響く。

「はあ?貴様何言ってんだ真偽官の嬢ちゃん。ぐへへ」


「う~ん。『見えない』人達は知らずに生きてるけど、人にはLVってのがあるんだよ。これは文字通り、種としての自身の格みたいな物で、誰もが武術や技術、勉学なんかで高めていく事が出来るんだ」

「そ、それが何だって言うんだ?」


「だから、豚さんはLV32だって言ってるんだよ。ってか57歳でそのLVって、家事やってる主婦だってもう少し高いよ。よっぽど何もしてこなかったんだねえ」

「ぐ、そんな事はどうでもいい!」


「良くないんだな~。普通の人の最高到達点はLV99。届いた人は、達人とか名人とかって呼ばれる域の人達だね。ただし例外があるんだ。魔物と戦う冒険者‥彼等の中には、極稀にLV99以上になる人が現れるんだよ」

苛立ってきたのか、手元のハンドベルを鳴らそうと構えるガスパール。


「ふ~ん、高くてもLV72か、何だか全員微妙だね。お金ケチったのかな?」

まだ室内に入って来てもいない、彼の手の者達を『見た』であろう言葉にガスパールの手が止まる。


「最期になるんだから、ちゃんと聞かせてあげるね。S級冒険者になれる最低条件が、LV99を突破している事。ちなみにジャンヌちゃんは、LV122だよ。ちょっと前に新しくS級冒険者になった帝国出身の…んと、ガイウス?だっけ、あのコでLV103だったかな。とにかく外に待機させてる人達じゃ、100人揃えてもジャンヌちゃんは、倒せないよ」


「ひゃ、ひゃくにじゅ…だと。そんな化け物…」

流石に言葉を理解したのか、ダラダラと汗を流すガスパールが、畏怖の視線をジャンヌに向ける。


「何、見てんだこの豚が!オレが化け物だったら王都のダレウスは、どうなるんだよ!奴は、引退前でLV150超えてやがったんだぞ!」

化け物と言われた事に、腹を立てたのだろう。ジャンヌが2本のレイピアを抜いたと同時に、ガスパールの身体に12もの穴が穿たれ、彼は絶命した。


「処刑完了だ、ユーステティア」

「はい『真偽官』の名のもとに、貴女の『正義』を確認しました」


 そう言って、二人は連れ立って歩いて屋敷を出た。

後程、憲兵の増援が駆け付けた時、屋敷の中に動く(・・)人影は、一つも無かったと言う。


迎えの馬車の中で彼女たちが話している。ユーステティアの『目』が隠されているのは、言うまでも無い。


「次は、どこへ行くんだ?」

「報告が済んだら、次は王都よジャンヌちゃん。何でも冒険者同士のいざこざらしいわ、さっき言ってたガイウス?が、襲われて剣を盗まれたとか」

「ほほう、剣は戦士の魂だ。そいつは『悪』だな!」


二人を乗せた馬車は、夕暮れの街道を帝都に向けて走っていった。

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