魔獣
俺を見据えた姿勢で立つガイウス。だが、その目に光は無く、すでに『魔剣』の操り人形だ。
立っている姿は、緩慢そのもの。しかし、ひと度動けば並外れた速度を発揮する。
ただ倒す=殺すとだけ考えられれば、全く敵では無いのだが、使用者本人を人質にされてるかの様で、やり難い。気絶してまで面倒臭い男だ。
いっそ切り殺してしまうか‥などと考えていると、奴が再び斬りかかって来た。
動きは速い。速いがそれだけだ。剣技迄が達人の域に達した訳では無いのだから、回避は雑作も無い。
しかし、反撃のそぶりを見せると、ガイウス本体を盾代わりにしようとするので性質が悪い。
一通りの攻めを凌いだ俺は、とっさに離れ距離を取った。
その直後、俺は周囲に霧を発生させる。あっと言う間に、迷宮内は霧で真っ白になり、全員の視界を奪った。
その霧に乗じて、迷宮の壁に潜った俺は、音も無くガイウスに近づき、素手で『魔剣』をガイウスの手から叩き落した!
『魔剣』を手放した事により、糸の切れた操り人形の様に倒れこんだガイウスを、彼のパーティメンバーの足元に放り投げ、霧を解く。
「そいつを連れて上層に戻れ!」
「いけ!早く!死にたいのか!」
呆気に取られて動かない彼等を怒鳴りつけると、よろよろと起き上がりガイウスを引きずる様に、その場を去った。
「問題はこいつか…」
今、俺の目の前には『魔剣ダーインスレイヴ』だった‥としか形容出来ない姿になった物が、蠢いてる。
刀身は、柔らかな生き物の様に膨張、収縮を繰り返し、血管の様に見えた筋は、肥大し触手の様にうねっている。ガイウス達を出て行かせるまでの短い時間で、それは既に3m近い大きさに達していた。
「シズカ!どんな攻撃をして来るか解らない。気を抜くなよ!」
「皆は、護ってみせますわ!」
背後のシズカに檄を飛ばすと、眼前の物体が、ほぼ形態を構成し終えた様だ。
身体はそう、足の7本生えたサイと言えばいいだろうか。大きさは4m程、血管が浮き出た様なごつごつした体表、そして何より不気味なのは、巨大なイソギンチャクみたいな頭部。赤黒い夥しい数の触手がウネウネと蠢いている。
「何だコレは…」
「き、気持ち悪いですわね」
迷宮内に、突如現れた【異物】に、四方の壁から[ウォールフィッシュ]が飛び出し攻撃を仕掛ける!
しかし、その全ては壁から体を出すと同時に、次々と触手に捕らえられる。
よく見ると、捕らえた魔物達がみるみるしぼんで干からびていく。
「主君、あの魔獣は、捕らえた魔物の体液と魔力を根こそぎ吸っている様です!」
「魔力を補充してるのか?ダスラ、魔物達を止められないか?」
このまま、奴の食事を続けさせる訳にはいかない。
「それが…オレがテイムした魔物は、別にいるじゃんよ。たぶんコレは迷宮から産まれた個体がすぐに攻撃してるんじゃんよ!」
「迷宮自体の防衛本能みたいな物か?くそ…」
魔物を吸収して、徐々に奴の身体が大きくなっている気がする。時間をかければどんな化け物になるかも知れない。
「さっさと終わらせる!シズカ、撃ち漏らしがあれば頼むぞ!」
「お兄様が?うふふ御冗談でしょう」
俺は、そう言って微笑むシズカを一瞥すると、無造作に奴に向かって歩き出した。
奴の射程に入ったのか、次々と伸びて来る触手!
それらを全て細切れにしながら構わず進む。
強敵と認識したのか、魔物を迎撃していた他の触手も、全てが俺目掛けて殺到した!
しかし、体を覆う程の量の触手ですら、俺を止める事は出来無い。次々と斬られ飛び散っていく。
やがて動く触手が殆ど無くなった頃、俺の姿は奴の目の前にあった。
回避の為に奴が身構え、姿勢を低くする。
だが、眼前に迫った時点で、もう全ては終わっていた!
俺が刀を納刀すると、奴の巨体に次々切れ目が現れ、肉片に分かれて崩れていく。
崩れ落ちた肉片が、ブクブクと泡立つような動きを見せたかと思えば、それらはみるみる縮んで一つに固まり、やがて鞘に収まった剣になった。
それを確認すると、俺は『聖霊装身』を解いた。
「流石お兄様ですわ!」
「シンリ様にかかれば魔獣もそこらの獣も同じですね」
…コクコク!
「妾達の出る幕が無いのう。ほほほ」
「ダンナ様‥最強‥なの」
「お、魔物が引っ込んでいくじゃんよ」
「主君、私も精進致します!」
魔獣が現れた等、本来であれば国軍が出て来る程の非常事態なのだが、皆、終始余裕の表情で見物とはな。なんともウチの仲間達は、ある意味頼もしい限りだ。
「後は、これをどう処分するかだな…」
そう言って俺は、『魔剣ダーインスレイヴ』を拾い上げマジックバッグに収納した。
シンリ達が魔剣を回収した時から、二日程経った迷宮近くの救護所。
「…ここは?」
意識を取り戻したガイウスは、状況が掴めずに居た。
「あ、ガイウスの旦那、気がついたんですね」
「貴様か‥。いったい何が起こった?奴は?迷宮は?」
側に居たのは、ガイウスと共に迷宮を脱出して来た冒険者達だった。彼等の口から事の次第を聞いたガイウスは、暫し目を閉じ何かしら考えている様子。
「おい!魔剣は置いて来たんだな?」
「へい。だけど何か気味悪く動いてやしたぜ」
(魔獣化したのか?あの野郎、何て物を売り付けやがったんだ!‥だが、それですら奴を殺せたとは考え難い。だとすれば、魔剣は奴が…)
「クックック。何も剣技やスキルだけが強さでは無い。奴を葬るのに、武器は不要…か」
「旦那?」
「ふん、気にするな。それより大至急馬車の準備を!いや、馬でいい。脚の早い馬を連れて来い!急いで王都に帰るぞ!」
ガイウスに言われて、冒険者達は慌ただしく救護所を出て行った。
「ふははは!王都に帰って来た時が、貴様の最期だ!ひゃっはっはっは」
誰も居なくなった救護所の一室に、ガイウスの陰湿な笑い声が、ただ響いていた。




