強欲眼
洞窟入り口上部にある突き出した岩の上でクロが僕達を待っていた。アイリを気絶させた事を気にして、周囲を警戒し守ってくれていたのだろう。
「先ほど、身の程も弁えずワタクシを威嚇した犬っころですわね。お兄様、魔物なら殺してもよろしくて?」
僕からの魔力供給が再開したシズカは気分が高揚しているらしい。紅い瞳が爛々と輝き、高まる破壊衝動がその口元の笑みから伝わってくる。
「最初に言っておくが、この森の主は僕だ。つまりこの森にいる全ては僕の配下、まあ身内かな。そう思って接してくれないか?」
「スゴイ!流石はお兄様ですわ!かしこまりました。では今後はそのようにいたしましょう」
自らの破壊衝動が満たされぬ事より、僕の新たな一面を知り得た事で再びご褒美を貰ったかのようにうっとりとするシズカ。
「そういえば『不帰の森』に行くんだったな……」
僕達の話し声にもアイリが外に出てくる気配は全くない。恐らくはまだ気を失ったままなんだろう。そんな事を考えていると、シズカが訪れる前にアイリと話していた、今日の当初の目的を思い出した。
「お兄様、本日お出かけのご予定だったのですか?」
「ああ、実は…………」
そうして僕はアイリの事をシズカに全て説明する。アイリが女の子である事に若干の苛立ちを見せたシズカだったが、彼女がケモミミ、モフモフ尻尾装備の『狼人種』であると知ると、突然態度を豹変させて『流石お兄様はテンプレがわかってらっしゃる!』などと言いながら再び僕に羨望と尊敬を込めた眼差しを送ってきている。
確かにあっちの世界での僕はラノベやアニメが大好きで、そのての知識はかなり豊富だった。記憶の中でも特にそういった部分を色濃く反映して作られたであろうシズカだが、発言も思想もややそれらに毒され過ぎている気もする……。
「では、お兄様まいりましょう!」
「待て、あそこは……」
お買い物デートにでも行くような気軽さで自分も同行の意思を示すシズカ。『不帰の森』は瘴気が濃いので無理だと言おうとしたのだが、よくよく考えれば彼女は『不死種』どちらかと言えばあの地域の住人に近い存在だ。
そのベースとして『真祖』と呼ばれる最上位の吸血鬼の能力を持って生まれた彼女は、言うなれば完全なチートキャラである。現在、盗賊との戦闘で僅かに上がったとはいえそのLVはたったの9でアイリより低い。だが『真祖』のセーブデータを引き継いでキャラを作り直したとも言える状態の彼女には、LVの常識で測れないとんでもないポテンシャルが秘められているのだ。
まあ、これなら耐性や体力的にもあまり心配はいらないだろう。
「まあいい。少し飛ばすが着いて来られるか?」
「うふふ、愚問ですわ!」
そうして僕達は『不帰の森』目指して、未開の森を駆け出した。僕が全力の三割程度に抑えているとはいえ、初めての森にもかかわらずシズカはよく着いて来ている。
仮に道が平坦であっても歩いて数日はかかるであろう道のりを、僕達は僅か二時間あまりで目的の『不帰の森』に到着した。
道中、森に不慣れなシズカによって不幸にも跳ね飛ばされた魔物は確認出来ただけで二十三体。彼女のLVも一気に20に達し、急激にレベルアップし過ぎた為に今はやや車酔いのような状態でふらふらしている。
そんなシズカを休憩させていると、突然辺りの気温が下がり始め、どんどん濃くなる瘴気は環境に適応しているはずの周囲の草木をもしなだれさせていく。
「僕が来たのに気付いて、ここのボスが出迎えに来てくれたようだな」
「ボスですの……ゴクリ」
周囲に漂う雰囲気から侮り難い相手だと推測して、やや緊張した面持ちのシズカ。濃くなる瘴気と合いまっていっそう深くなる霧の奥に、警戒しつつ意識を集中させる彼女だが……。
(ふふ、気付いていないようだな……)
そんなシズカのスカートの裾が突然ちょんちょんと引かれ、何事かと彼女が振り返ると……。
「うっ!こ、これがまさか……」
そこにいたのは身長が一メートルにも満たない骸骨顔の小さな魔物。纏う衣装はまるで教皇であるかの如く豪奢で煌びやか、大きな魔石が付いた禍々しい杖を持っており、目玉の無いその眼窩の奥からは凄まじいまでの死の気配を感じさせる。
だが二頭身、いや贔屓目に見ても三頭身ほどしかなく、さらにはその骸骨の口の周りからはまるでサンタさんのようなふさふさとしたヒゲが生えているのだ。
纏う雰囲気と見た目のあまりのギャップに、シズカが黙り込んでしまうのも無理はない。
「やあ、久しぶりヒゲじい。今日は頼みがあって来たんだが……」
「ヒゲじいって……」
色々ツッコミたいのに微妙な反応しか取れずやや悔しそうなシズカをよそに、僕はこの『不帰の森』のボスである『ヒゲじい』に目的を説明した。
しばらく待つと霧に包まれた森の奥から一体のリッチーが姿を現した。骸骨の顔にボロボロの黒いローブを纏って、手には杖を持っており足元は僅かに宙に浮いているので、引き摺るローブの裾を入れれば二メートル以上はある。まあこれが世間一般のイメージにあるリッチーの姿だ。
僕はすかさず魔眼で彼のステータスを確認した。
「闇属性耐性(強)か……いいな!これならあの呪いも中和してくれるだろう」
そう呟いて僕が【強欲眼】を発動させると、右手には魔力が集中していく。
「じゃあ貰うぞ!」
そう言って彼に近づきそっと触れる。初めてそれを見るシズカは何をしているのかわからないようだ。シズカが僕と記憶を共有していた当時はまだ三つの魔眼しか開眼していなかったから、それ以降に開眼したこの【強欲眼】を彼女が知らないのは当然だろう。
【強欲眼】は文字通り奪う能力。僅かでも相手に触れる必要はあるものの、その対象は今回のようなスキルに限ったものではない。僕が望めば魔力、体力は言うに及ばず、所持しているアイテムだって奪う事が可能だ。前に開眼している【嫉妬眼】と併用する事によってステータスの中から確実に狙った能力のみを奪う事が出来る。
だがアイテムなどに関しては視認、もしくはその対象をしっかり把握出来ねばならず、それを狙ってそっと近づいていくなんて、まるでスリや泥棒みたいなのであまり使う気にはなれない。
今回のリッチーはスキル消失の影響で身体が瘴気に犯され一度は崩壊する事になるだろう。だが、不死である彼はゆっくりと時間をかけて再生し、その過程で再び同スキルを持った個体として復活する。永遠とも思える時間を過ごす彼等には、その程度はたいした問題ではないらしい。
「素敵ですわお兄様!スキルを盗めるなんて……まるで主人公最強系小説の主人公みたい!」
「…………」
レベルアップ酔いから復活し、シズカも調子が戻ったようだ。しかし、シズカが来た事によって急にあっちの世界の話題が会話の中でぽんぽん出てくるようになった。嬉しい反面、この世界に迂闊に持ち込まない方がいい情報もあるだろうから、これは今後よく話し合う必要があるだろう。
ともあれ目的のスキルを手に入れた僕達はヒゲじいとリッチーに礼を言うと、アイリの待つ洞窟への帰路に着く。帰り道なので少しは森にも慣れたようだが、洞窟に着いた時にはシズカのLVは24に達していた……。