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末路

「ヨハン、お前はいったい‥?」


今、この建物は全て、ミスティの絶氷の回廊によって、中からはもちろん、外からも誰も侵入出来ない筈だった!

だが、この男ヨハンは、実にあっさりと、屋敷内に入って来たのだ。

『シンリ、回廊にはどこにもダメージが無いわ。この男は、物理的に侵入して来た訳じゃないみたい‥』

俺もミスティ達も、警戒しながらヨハンを見る。


そんなヨハンの姿に気付き、襲撃が成功したと思ったのか、皮肉な笑みを浮かべるジュリア。

「ヨハンじゃないか!ゴミ掃除は済んだんだろうね?仲間は?他の仲間は一緒なのかい?」


「おっと‥シンリ様、誤解しないで頂きたい。貴方様に敵対するつもりは、今は(・・)ありませんから。それとジュリア様、結果だけ申しますと、その質問の答えはどちらもNOです」

「ヨハン、NOとはどういう意味なんだい?」

「はあ、分かりませんかジュリア様?襲撃は失敗しましたし、仲間は全員倒されました。」

呆れ顔で、そうジュリアに説明するヨハンだが、彼から漂う濃厚な血の匂いが、事の顛末を如実に物語る。


「ヨハン…自分の仲間を、殺してきたのか?」

ミスティが『見て』いるので、俺の屋敷に襲撃者が来てないのは分かっている。


「おや、シンリ様には、バレてしまいましたか?クックック」

そう言って、さも楽しそうに笑うヨハン。


「そんな!ヨハン、何で?ボクを、ボクを裏切ったの?」

笑うヨハンを見て、信じられないと詰め寄るレイヴン。


「もう、喋るなこの能無しが!」


近寄るレイヴンを、不快そうに見たヨハンは、まるでゴミでも遠ざける様に、蹴り飛ばした!

2m程飛ばされたレイヴンが、うつ伏せに倒れ苦しんでいる。

「ガ、ガハッ!な、なぜ…」

何故だと聞こうとしたレイヴンの言葉は、グチャリという音と共に消えた。

「私は、喋るなと言ったはずですよ!」

レイヴンの頭であった(・・・・・)場所に立つヨハンが、不機嫌そうに溜息をつく。


「いやはやシンリ様、ここまで酷いとは…私の教育が本当に至らなかった様です」


レイヴンが殺された事自体には、特に何の感情も湧かなかった。だが、平然と仲間を虐殺し、今また、これまで供をした者を簡単に殺した事に、俺は多少の不快感を感じていた。


「おや、憤怒とまではいかない迄も、その様な表情をシンリ様がなさるなんて、このゴミに私、些か嫉妬してしまいますね」

苛立ちを隠せずに居たのだろう。俺の表情を見て、ヨハンは何やら誤解した様だ。


「しかし、これ程の殺戮、如何に罪人達であったとて傲慢が過ぎるのでは?まあ、ゴミ共を蹂躙し、踏み潰す事は、どんな色欲にも勝る甘美なるひと時…それを求める強欲なお気持ちは、理解出来ますが。にしてもやはり些か暴食が過ぎたかもですね。クックック」

足元に転がる屍を、わざわざ飛び石の様に、次々踏みながら歩き廻り、ヨハンは喋り続ける。


「何が言いたいんだヨハン?」


「いえいえ、私如きがシンリ様に御意見する等、滅相も無い‥ただ」

「ただ…何だ?」


「今のままでは、七眼に至る事は無い‥とだけ」


「!!」

その言葉に、一瞬言葉を失った俺を、満足そうに眺めるヨハンの背中から、まるで蝙蝠の様な大きな羽根が生えた!よく見れば、大きく見開いたヨハンの目は、白目の部分まで黒く染まり、まるで昆虫のそれを連想させる。


「魔族!?」

そう呟いたのは、ガブリエラだ。


「さあ、どうでしょう?さて、私はそろそろ失礼すると致しましょうか」

そう言ったヨハンの足元に、血の様に赤い陣が浮かび上がり、次いでヨハン自身をも、真っ赤な光が包み込む。

「待て!まだお前には聞く事が…」

言いかけた俺に向かい、人差し指を自らの口に当てて『静かに』とでも言いたげな仕草をするヨハン。


「シンリ様が七眼を求めるのならば、いずれ又会う事になるでしょう。それと‥食べカスは、私が頂いて参りますね」

その台詞が終わらぬ内に、ホールに散乱した全ての屍が、ヨハン同様赤い光を放つ。


「では、御機嫌よう」


ヨハンが胸に手を当てながら、深々とお辞儀をすると、その場の、赤い光に包まれた全てが、ヨハン共々一瞬で消え失せた!


「ミスティ、奴は?」

『転移‥みたいな物かしら。ごめんなさい逃げられたわ』

「主君、私も対応が遅れました。申し訳無い」


「大丈夫だ。俺自身、判断に迷い後手に回った。二人共、気にしないでいい。奴の言う通りなら、また会う事になるんだろう」


既に遺体だったとは言え、仲間も息子も、その全てが消え去ってしまった広いホールを、力無くへたり込んで、呆然と見つめるジュリア。

ヨハンの件を一旦忘れ、頭を切り替えた俺は、ミスティに実体を解かせ、ガブリエラも透明化させた。

二人きりには、あまりに広すぎるホールで対峙する、母と子。だが、その様相は、感動の対面とは、完全に真逆の艇をなしている。


コツンコツンと、ジュリアに歩み寄る俺の靴音だけが、ホールの静寂の中に響く。

「ひいっ!く、来るな!来るなー!!」

最早、立ち上がる力も無いジュリアが、その身体を引き摺る様にして後ずさる。

その様に、やや毒気を抜かれた俺は、作り笑いを浮かべて言った。


「そんなに、怯えないでよ…母さん」


その言葉に、僅な光明を見つけたのか、ジュリアの瞳に光が宿る。

「そう、そうだよ。アンタの‥私はアンタの母親。自分を産んでくれた恩を、忘れる筈は無いよねぇ?」

(なんて気持ち悪い歪み切った笑顔なんだ‥俺の中に、こいつへの親子の情なんて、やはり一切湧かないな…)


「正直、俺にアンタが昔した事も、刺客を送り込んで来た事も、そんなのは、もうどうでも良かった…」

「あ、アレは部下が勝手に‥でもほら、失敗したじゃないか」


「何処で何を企んでようが、盗賊をしてどこの村を襲おうが、全く気にするつもりも無かった…」

「ああ、ああ‥そうだろう…」


「だが残念だよ…お前は、俺の女達(だいじなもの)を手に掛けようとしたな」

「‥ひっ!」

俺の表情が変わった事で、再び絶望し血の気を失っていくジュリア。


「畜生が!お前さえ‥お前さえ『破滅の卵』として産まれれば、私が『黒の使徒』に捨てられる事も無かったってのにいいぃぃ!ちくしょおおおお!」

噛んだ唇から血を流し、掻き毟った髪をぐしゃぐしゃにして、手から血が出る程床を叩き付けるジュリアは、もうまともな精神の人間には、到底見えない…。

「殺しなよ!この化け物が!私を殺してアンタも、犯罪者になればいいのさ!ひゃっはっあひゃひゃひゃ…」


「ジュリア、お前には殺す価値さえ無い。死を迎えるまで、この絶氷の回廊を一人で彷徨い続けるがいい」

俺は、そう言ってホールを玄関の扉に向かって歩いて行く。俺が扉を出た後は、例え100年経とうとも、この屋敷の氷が溶ける事は、無い。


「あひゃ‥待てよ化け物!殺せ!殺せって言ってんだよ!!」


「…嫌よ!‥殺して!…殺してよおおおおぉぉぉぉぉぉーーーー……」


広大なホールじゅうに響く、ジュリアの声を無視して、俺は一度も振り返る事無く…その扉を閉じた。



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