円舞曲
「しかし‥解らない。何故、どこで気が付いたんだ!ボクは完璧に…」
「ははは、しいて言うならそう、最初からだ!」
「最初って、シイバ村で会った時って事?そんな筈無いだろ?」
「やっぱ、馬鹿だろお前!自分の依頼者が、賊に剣突きつけられてるのに、傍観してる護衛が何処にいる?そんなの賊の仲間と疑われて当然じゃないか!」
「!!!」
「だからセイナン市への道程で、夜間の護衛を変わったのは、好意じゃ無い!お前等が、闇に紛れて厄介事を起こさない様にしてただけだ!」
「そんな…嘘だ!嘘だ嘘だウソだうそだ…嘘だああああ!!」
血の気を失い、頭を抱えて取り乱すレイヴン。
「傑作だなレイヴン!今でもギルドでの、お前の下手な嘘泣きを思い出すだけで、笑いが止まらねえよ!!」
「くうぅぅーーー…許さない許さない許さないゆるさなああああああーーーーーーーい!!」
そう叫んだレイヴンの右手の指輪が炎を吐き、更にその後方で、詠唱を終わらせていたアンガスが、突風を生み出した!二つの魔法の同時発動によって、巨大な炎の旋風が巻き起こり、高温の燃焼の嵐が室内を焼き尽くしていく!
「ハア、ハアハア…殺った、殺ってやったぞ!ハアハア…ボクを、このボクを馬鹿にするからだ!!」
炎の指輪を使った後、ホールまで全力で逃げて来たレイヴンが、肩で息をしつつ言い捨てる。
「ふふ、あはは、生涯で二度も殺されてくれるなんて、なんて親孝行な息子なの!あっはっは!」
先んじてホールに移動ていたジュリアは、それを聞き、引き攣った顔で、無理に笑ってみせた。
だが、その背後から声がする…。
「本当は、解ってるんだろうジュリア?これ位で、俺が殺せないって事が‥」
そう言いながら、ジュリア達の背後の床の中から、浮かび上がる。
ギョッとして振り返るジュリア達。するとジュリアに目配せをされたジョセフが、指笛を鳴らす!
「…そうね、アンタは化け物だったわね!だったら私達も全力で、殺してあげるわ!!」
そう言うが早いか、ホールを囲む全ての入口と言う入口から、武装した百名を超える男女が次々と姿を現す。
それらはホールのみに留まらず、2階、天井も含め、あらゆる方向からも、シンリを様々な武器で狙っており、正に完全包囲と言っていい規模だった。
「これが、ジュリアの力の全てなのか?」
そんな状況に追い込まれながらも、落ち着き払った俺の態度に、苛立ちを覚えたジュリアが、底意地の悪そうに、俺の問いに答えた。
「全部…と、言いたい所だけど、ざーんねん!アンタって男に群がる女共がいるらしいじゃ無い?だーかーらー!掃除に行かせちゃったのよ!今頃は、あの兎小屋諸共、灰になってるんじゃない!?」
「では、残りはこれで全部なんだな?」
「そうだけど!強がっちゃって、いくらアンタが化け物でも、素手でこの人数、どうにか出来るとか思っている訳え?」
形勢逆転と見たのか、レイヴンも顔を真っ赤にしながら、ジュリアに乗る。
「そうだよ!大体、最初から解ってた、なんて嘘言っても、ボクを信じて丸腰で来た時点で、そんな嘘バレバレだよ!」
「お前は、やっぱり馬鹿だな。救いようの無い大馬鹿だ。いや、死ななきゃ解らない位の…」
「何言ってんだ!馬鹿は、丸腰で来たそっちじゃないか!」
「だから、何故俺が丸腰だと、思うんだ?」
「そんなの、ジョセフも確認済みだよ!」
短く溜息をついた俺は、辺りを見回す。皆一様に下卑た笑みを浮かべ、自分達の絶対的優位を全く疑って居ない。
視線を一瞬だけ、ジュリアに合わせてから、俺は静かに目を閉じ、呟いた。
「ミスティ!」
その声に応えて、俺の左後方に、ミスティが顕現する!
その姿は、いつものワンピースの少女のモノでは無く。氷の全身鎧を纏い、煌く水面の様な肌をした美しい成人女性のそれで、手には剣と盾を持ち、背には6枚の氷の翼が生えている。
まさに、勇ましくも荘厳な、水と氷の美の戦女神。
『我は汝、汝は我、全てを凍えさせる者にして、シンリの盾。我求めるは、絶氷の回廊!』
ミスティの詠唱が終わると、この屋敷の全てが一瞬にして氷に閉ざされる。この[絶氷の回廊]は、高位の範囲結界の一つだ。この屋敷も、外からはいつも通りにしか見えないのに、内部は、氷に閉ざされ、誰一人入って来る事も、出る事も出来ず、また内部の音や、状況も外からは、全く解らない様になっている。
「何だこれ?剣でも傷一つ付きやしねえ!」
「完全に閉じ込められちまったぞ!」
寒さと、その圧倒的な魔法の力に、皆が動揺し騒ぎがホール全体へと徐々に広がる。
しかし、そこにジュリアの檄が飛ぶ。
「慌てるんじゃないよ!こんなもん、コイツを殺せば解けるんだ。全員で殺っちまうんだよ!」
その声に、我に返った雑兵共が、俺目掛けて襲いかかる!
しかし、その剣撃の全ては、俺の前に何枚も現れた氷の盾に弾かれるのみ。
『貴様ら如きが、我が盾を貫き、シンリを傷付ける事等、決して無い物と知れ!』
そう言いながら、ミスティは、上方から迫る無数の矢をも、全て薙ぎ払った。
「ガブリエラ!」
次に俺がそう呟くと、今度は俺の右後方に、[透明化]で隠れていたガブリエラが、誇らしげに姿を現した!
「我が主君に害成す虫けら共、我が聖剣にて裁きを受けるがよい!」
そう言って、眩しく輝く剣を抜いたガブリエラは、その愛剣を自らの頭上に放り上げた!
「我が忠義、そして感謝の心をこの秘技にて示さん。主君、御照覧あれ!
聖剣[クラウ ソラス]よ!輝き、歌い、舞い、踊れ!【千剣円舞曲】!!」
ガブリエラの声に、上空の[クラウ ソラス]が輝きを増すと、その光の帯の一つ一つが、輝く剣となっていく!
その数は、1000、いやそれ以上にも増えていき、それらは、一瞬の静寂の後、光の如き速さで、その場の全ての敵を刺し貫いていった。
柱や、物陰に隠れようとする者も居たが、光る剣は、正に踊る様に、軌道を変えながら追い詰めていき敵を殲滅する。
ホールに響き渡る殺戮と悲鳴の交響曲が止み、光る剣がガブリエラの手に戻ると、ホールには、累々と転がる屍の山と、故意に剣を外された、ジュリアとレイヴンのみが残った。
「納得したかレイヴン。これが俺の『剣』と『盾』だ!丸腰じゃ無かっただろ?」
俺は、ワザと茶化す様に、呆然として立ち尽くすレイヴンに言った。
「私の、私の手下共を、よくも殺ってくれたな、この化け物が!」
この状況下にあって、未だ毒吐くジュリア。この根性は、たいした物だな、と妙に俺が感心していると、背後にザワザワとした嫌な気配を感じた!
「おやおや、シンリ様。私の教育が至りませんで、これは申し訳無いですねえ」
振り返った視線の先には、女性の彫像に寄りかかる様にして座るヨハンが居た。




