喜劇
翌日、屋敷でのんびり過ごしている所へ、シャルロッテが訪ねて来たと、セイラが呼びに来た。
先日の様に、また変なのを連れて来られても困るので、屋敷には通さず、来たら外で待たせる様に指示してあるのだ。
「あ、シンリ様おかえりなさい!帰られたって聞いて、居ても立っても居られなくて…」
「ああ、久しぶりシャルロッテ」
「それで‥あの‥今から、ボクの屋敷に来てもらえませんか?」
「今すぐ?」
「はい。一刻も早く‥お母様を‥治していただきたくて…」
「…わかった。では、準備をして来るので、そこで待っててくれ」
「うん。ありがとうシンリ様!」
俺は、一旦屋敷に入り、準備を整えると、外で待つシャルロッテの馬車に乗り込んだ。
馬車の中には、シャルロッテとアンガスだけが居た。
「しかし、戻ったばかりだと言うのに、やけに早く呼びに来れたなシャルロッテ」
「そ、そりゃあ、セイラさんに言っといたんだよ。シンリ様が帰ったら、真っ先に連絡してって!」
「そうか、それなら納得だな」
「そうでしょ!それより今日は、なんでお姉様達は一緒じゃ無いの?ボクお姉様達にも会いたかったのにー」
そんな他愛も無い会話をしつつ、馬車は、内区の北の外れにある、大きな屋敷に到着した。
屋敷に着くと、門の所に目付きの鋭い初老の男性が立っていた。
「おかえりなさいませシャルロッテ様」
「ただいまジョセフ。こちらがシンリ様だよ、失礼の無い様にねー」
シャルロッテに続いて、中に入ろうとする俺の前を、ジョセフと呼ばれた男が遮る。
「いらっしゃいませシンリ様。当バーンハイド家の執事をしておりますジョセフと申します」
「ああ、シンリだ」
「大変失礼かとは存じますが、主人の身の安全を守るは執事の務め、武器、刃物等お持ちの物は、全て預からせて頂きたく」
「シンリ様に失礼だよージョセフ?」
「いやシャルロッテ、構わない。しかし見ての通り、知人の家に武装して行く程、無粋では無いので、今日は何も持って居ない」
そう言いながら俺は、コートの中を開いて見せた。事実、今の俺は、マジックバッグさえ持って来ては無いのだ。
やや雑に俺のボディチェックを行い、安心した様子のジョセフ。
「失礼致しましたシンリ様。ではどうぞ中へ」
屋敷に入ると、高い天井と広いホールに圧倒される。まあ、見栄っ張りの貴族らしい演出だ。
広い屋敷内を、シャルロッテ、アンガス、ジョセフに続いて歩く。長い廊下の先に石造りの細い通路が見えて来た。外から見えていた、屋敷の隣に立つ塔に続いている様だ。
その通路脇に、やや広い応接室があり、俺はそこへ通され、ジョセフが塔へと入って行った。
勢を尽くした立派なソファの、シャルロッテ達の対面に座ると、使用人らしき女性がお茶を淹れてくれた。
「今、ジョセフがお母様を呼びに行っているから、これでも飲んで待っててよー」
「そうだな…では、まずお前が飲んではどうだ?」
俺は、目の前のシャルロッテを見据えて、そう言った。
「え?ど、どうしたのさシンリ様?」
「もう、とぼけるのは止めないか?」
「な、何?何の事か、解らないよ?」
冗談だと思ってるのか、笑いながら応えるシャルロッテ。
「では、俺達が迷宮から帰ったのを誰から聞いた?」
「だから、それはセイラさんが」
「ウソだな。セイラにも、もちろん他の者にも、口止めしてある。話す事は有り得ない」
シャルロッテの返答は、無い。
「それに、お前は当たり前の様に、母を治せと俺を連れて来たが、俺に治す方法があると何故思う?」
「それは、きっとシンリ様なら迷宮から特別なアイテムを持ち帰っていて…」
「手ぶらで訪ねた、この俺が!?」
「じゃ、じゃあ魔法かな?魔法とか特殊な呪法で…」
シャルロッテの顔に、既にさっきまでの笑みは消えている。
「語るに落ちたなシャルロッテ。いや違うか…」
「!?」
「解らないか?もうバレてると言っているんだ[レイヴン アルハラニ]!!」
「…な、何故だ‥何故貴様如きが…その名前を知っている?」
あまりの驚愕に、口調まで変わってしまうシャルロッテ。
「何だ?もうシンリ様‥とは呼んでくれないのか?」
「ふ、ふざけるな!!」
そう、シャルロッテという姿をした者が、大声を張り上げた時、ジョセフが一人の女性を伴って、入って来た。
「大きな声を出して!何事ですシャルロッテ?」
状況の分からない女性は、あくまで冷静にそう告げる。
「だから、そんな茶番は、終わりだって言ってるんだ[ジュリア アルハラニ]!!」
「お、お母様!何で?…何でバレ‥いや、それ以前に、何でボク達の本当の名前を、コイツは知ってるの?」
そう言いながら、術を解いたのか‥シャルロッテと名乗った少女は、緑の豪奢なローブを着た、魔法使い風の少年の姿になった。
その術の解けた姿を見て、女性の顔色が変わる。
「な、バカが!簡単に本体見せるんじゃないよアンタは!」
「おいおい、素が出てるんじゃないのか『貴族夫人』さん?」
「ちっ、カライカ達は捕まるし、高い金払った『血影』もしくじりやがる。それにどうやって調べたんだか、アタシ等の事まで…アンタは中々、優秀な冒険者だったって訳かい」
「優秀な冒険者?…さっきからお前は、何を言っている?」
「はあっ何って?」
俺は、コートのフードを完全に下ろし、黒髪と黒い右目を奴等に見せた!
「お前は、自分の子供の顔をすっかり忘れた様だな!!」
驚愕に、慄き固まるジュリア。だがレイヴンの反応は違っていた。
「何だ、この変な髪と目をした奴は?」
「そうか、お前はキチンと見た事が無いのか。まあ暗い地下牢、格子越しじゃあ、見えてなくても当然か…」
「地下牢?」
「そうだ!お前が魔法の実験台にしてた‥地下牢に居た貴様の兄だ!!」
それを聞いたレイヴンの顔が、更に青白くなっていく。
「なんで生きてんのよおおお!!アンタは、『冥府の森』に投げ込んだはず!?」
「その『冥府の森』が、俺を助けたのさ」
驚愕と憤怒で、真っ赤になった顔を醜く歪ませるジュリア。
「はっはっは、しばらく見ない内に、随分綺麗になったじゃないか!!」
俺は、そんな二人の様子を見て、心の底から笑った!
その場の中で、ただ一人…俺だけが、歓喜の表情で、大声で笑っていた!




