シズカ
本来、あっちの世界で死んで魂になるとすぐに地球を取り巻く輪廻の流れに取り込まれ、再び地球で何らかの生命として生まれ変わる。あの時点では、まだ完全に死んでいなかった僕の魂はその流れに取り込まれる前に、例の儀式でこちらの世界へと無理矢理引き寄せられてしまったのだ。
そんな儀式には十数人の生贄と様々な曰く付きの品々がその媒介として使われた。その中の一つに真紅に輝く水晶の玉がある。これは古のある高名な僧侶が遠い昔に『真祖』と呼ばれる吸血鬼の王を封じ込めたとされる物で、内包する膨大な魔力は儀式の為の最高の供物となった。
儀式の後、内包していた魔力を全て絞り尽くされたそれは粉々に砕けてしまい、欠片はあの地下室に捨て置かれる事となる。
そんな欠片の一つが僕の誕生に呼応するかのように紅く光り、そこから伸びた目に見えぬ魔力の糸が赤子の僕と繋がって少しずつ魔力を吸収し始めた。魔力を吸うごとに欠片は近くの欠片を引き寄せ、五年経った頃には元の水晶の状態まで復元する。
だが、一度全てを絞り取られ砕けてしまったそこにかつての『真祖』の意思が再び宿る事はなく、ただ『不死種』の本能のままに再生を模索し果たしたに過ぎなかった。その身に何の意思も持たぬまま、その『紅玉』はひたすら僕の魔力をその身に集め続けていく。
ある日そんな『紅玉』に劇的な変化を起こす事件が発生する。その玉がある地下室と煉瓦の壁一枚隔てたすぐ横に僕が連れて来られて監禁されたのだ。すぐ傍で毎日大量に供給される僕の魔力。それらを吸収すると共に、何本もの見えない糸で繋がり僕との間で完全に接続した状態となった『紅玉』は、僕の思考や記憶までもを共有する言わばもう一人の僕になっていった。
魔眼を含めた僕の全てを知り意思を持つに至ったそれは考え始めた……。
……『僕』は何を求める。
それは少なくとも『僕』自身ではない。
……『僕』は何を望む。
そうだな……叶うならあの日約束を果たせなかった『妹』に一言詫びたい。
……『僕』は『妹』を求めるのか?
わからない。だがそれを大切だと思っている。
……『妹』とは何だ?
世話焼きで口うるさい所もあるけど、『僕』を心から慕いいつも傍らにいる存在。
なるほど……『僕』は『妹』を好いておるのだな?
……うるさい。
会いたいか?
会いたいな……だが世界を違えた今、それは叶わぬ望み。
……だとしたら。
それならば……。
『妹』になろう!
それも『僕』が望む最高の『妹』に……それこそが『僕』の求める『私』の在り方だ!
その日から『紅玉』は記憶の中の『静』をベースに理想の『妹』となるべく、肉体を一から創り上げ始めた。無から肉体を創造する作業は困難を極めたが至近から供給される僕の膨大な魔力により特殊な固有スキルを発現するに至ったそれは着実にその神の所業にも等しい作業を進めていく。
途中、僕が『冥府の森』に送られ師匠の結界内に入った事でその魔力の糸が全て断ち切られ魔力の供給がストップする。それ以降は自らの魔力と村に住む普通の人間からその微々たる魔力を吸収しながらの作業を余儀なくされた為、完成までに実に五年もの歳月を要したのだ。
「……説明は大体わかった。それよりもそろそろ、スカートを下ろしてくれないか」
「あら残念、もっと近くで舐めるように見ていただいてもよろしかったのに。いえ、むしろ舐めてくださっても……」
「下ろしてくれ!」
(これを僕が望んだというのか、このやや……いや、かなり変態な妹を……。確かに外見は理想的なのだが……)
「改めましてお兄様、末永くよろしくお願いいたします」
シズカはそう言って僕に、スカートを摘みながら上品にお辞儀した。
かなりの不安要素があるもののステータスに刻まれている以上、彼女が僕に害を及ぼす可能性は低い。何より、向こうの世界の知識を共有するこっちの世界で唯一の存在だ。
「他でもない僕自身が君を求めたのなら、それを拒む理由もない。こちらこそ、よろしくシズカ」
差し出した僕の手を握り、その頬を真っ赤に染めながら嬉しそうに微笑むシズカ。その笑顔が一瞬、向こうの世界の『静』と重なって見え、僕は何だか胸につかえていたもやもやが少し晴れたような気がした。
この世界で出来た新しい妹のシズカ。彼女自身の組成にも貢献したスキルの名は『残念な一張羅』その能力は無から物質を精製するという等価交換の原則を完全に無視したものだが、そのリスクがとんでもない。
例えば今着ているメイド服は『怨者の冥途服』。
周囲で死んだ者の魂を取り込み着用者に死に至るほどのダメージが加えられた時、その魂を代償にダメージを無効化する。
だがリスクとして、着用すると即死する。
「…………」
「んもぅっ!ワタクシは『不死者』ですので大丈夫なんですのよ!」
あまりに馬鹿げたリスクを聞かされ僕が言葉に詰まっていると、可愛らしく口を尖らせながらそう言われた。アイリには絶対着ないように言っておかねばなるまい。しかし、僕のあの規模の魔法を無効化するなんて確かにとんでもない能力だ。大量に見えたステータスは、取り込まれた囚われの魂って事なのだろうか。そう思うとちょっと背筋が冷えるのを感じる。
ちなみに、魔眼によるステータスの読み取りを妨害したのは『詐欺師の前掛け』というエプロンで、隠蔽能力や認識阻害効果がある。これにより、僕はシズカがまだ遠くにいると騙された訳だが、このエプロンは着用時間一分毎に一年寿命を縮めるという。まあ、どれも『不死者』専用アイテムだな……。
「待てよ……スカートを上げたのはその効果を除けるため……。ならシズカ、エプロンを外せばよかったんじゃないか?」
「あら、そう言えばそうでしたわね」
うん、これはワザとだな。しかしまあこんな事をいちいち気にしていたんじゃ、この妹とはやっていけないのかも知れない。気にしたら負けだ。
「その服に憑いている魂は?どうやら盗賊のようだが……」
「ええ、村に集まっておりましたのをちょっと……」
そう言いながら妖艶な笑みを浮かべるシズカ。一瞬ドキッとさせられたが、こういう事をうやむやにしておくのは今後が不安だ。きちんと言っておくべきだろう。
「盗賊か、まあそいつらは因果応報なので仕方無い。でも、シズカ。今後僕の許しなく殺生してはいけない。いいね?」
「もちろんですわ、お兄様っ!」
どうやら、僕に命令や指示をされる事はシズカにとってご褒美になるらしい。戒めたつもりだったのだが、シズカは嬉しそうに目をキラキラさせている。
『怨者の冥途服』は着用者の魔力により防御力が向上する。通常はその防御力を上回り着用者が死に至るダメージを受けた時、魂が一個だけ消費されるらしい。ちなみに先ほどの僕の魔法では、それを五個も消費したらしいのだが……うん、合掌。
「そういえば、シズカの目も何かの魔眼なのか?」
「残念ですがまだ何にも。ですがお兄様との再接続が叶い、魔力が身体に満ち逝くのを感じます。いずれ何らかの魔眼として開眼するかと……」
ちなみに再接続してはいるが、以前のように思考まで共有している訳ではない。シズカが己を僕と違う別の個体として認識した際に魔力供給以外の接続はなくなり、そうなったのだ。
そんな会話をしているうちに、僕達は洞窟にたどり着いた。