迷宮初日Re
『気を引き締めろ』そう言っていた時が、俺達にもありました。
「なんですのコレ?」
シズカの呆れたような呟きが迷宮内に響く。
ナーサを連れて行きたいという冒険者達の話も、それなりに理解していたつもりだったのだが、まさかこれ程とは……。
迷宮の魔物というのは倒される度に再び迷宮から新しい個体が産み出される。つまり、ダスラがかつてティムした魔物とは全て違う個体なので、魔物が頭を垂れるなんてのは大袈裟な作り話かと思っていた。
しかし、迷宮に入ったダスラが鞭を一振りすると、魔物達が道を開け両端に並んで傅いていく。その列は、点々とボス部屋まで続いており、迷路さながらの迷宮内でも迷うどころか悩む必要さえ無いのだ。
「これは確かに、冒険者達が過信してしまうのも解る気がするな」
そんな俺達は今、五階層のボス部屋にある隠し部屋にて昼食中だ。
階下への階段は各層のボス部屋の奥だけにあり、上層のボス部屋へはひっきり無しに冒険者達が入って来る。それを俺達のように早いペースで進んでいけば、ボス部屋の扉の前で他のパーティと鉢合わせ、一緒に順番待ちをする羽目になる事も少なくない。
待ち時間に食事でも、と思っていたところにダスラがここのボス部屋には隠し部屋があると教えてくれたので、順番が来た俺達はダスラに従うボスを素通りして隠し部屋に入っていた。
ちなみに、隠し部屋の外のボス部屋では次のパーティがボス戦の真っ最中だ。
「でも本当に凄いな迷宮って。ああやって倒したボスが次の冒険者が入って来ると、何事もなかったように再び産み出されて立ってるんだから」
「あら、一人やられましたわね」
「皆、高そうな装備してるんですけどね」
…コク。
「おお、またやられおった。たいした魔物とも思えぬがのう」
「でも後衛の‥魔法の詠唱が‥終わった‥なの」
「こっから形成逆転するじゃんよ」
「……何とか倒せたみたいだが、ここで二人も失うなんて、あのパーティ大丈夫か?」
全く他人事のように弁当を食べながら、隠し部屋の扉の隙間から他のパーティの戦いをのんびりと見物する俺達。
「流石に、ここまで来るパーティは少なくなってるな」
「辿り着いたパーティも、満身創痍な感じが多くなりましたわね」
「皆、ボロボロです」
…コク。
「しかし、それほど強そうな魔物はどこにも居らなんだがのう」
「単に実力不足‥なの」
「ま、そういう事じゃんよ」
そんな会話を十階層のボス部屋にある隠し部屋で、お茶を飲みながらしている俺達。
ナーサのように余裕がなければそうそう発見も難しいのだが、五、十、十五……と五階層毎にやや強いボスがいて、その部屋にはエスケープに使える隠し部屋があるそうだ。
「オレのテイムが効くのは、ボスは十三階層、ボス以外なら十五階層まではいけるのが解ってるじゃんよ」
「要は、十三階層までは素通り出来るが、十四階層からはボス戦が始まると……。ん、それではこれまでのパーティは、たった二回のボス戦で全滅したと言う事か?」
「だからオレ達は必死で説得したじゃんよ。実力が足りてないって……もっと練度を上げてから挑戦し直せって……」
「それで無理して全滅……か」
「でも、死人は出してないじゃんよ!オレのテイムした魔物やナーサの召喚獣の力で、全員きちんと地上に送ったじゃんよ!でも……」
「パーティは解散。トラウマを抱えた者達は、引退ってところか」
「そうじゃんよ……」
辛い事を思い出させてしまった。暗く俯いてしまうダスラを、俺はガシガシと少し乱暴に撫でる。
「心配するな。もう大丈夫だ。それにこれまでの事だって、ダスラは何も悪くない。ダスラは出来る最善を尽くしていた。全滅した原因は彼等の方にある」
「シンリ……」
「ダスラ、十三階層からはテイム無しで進もう。そろそろ皆も迷宮攻略を経験しなきゃならない」
「ははは、無しで頼むなんて初めて言われたじゃんよ」
十二階層のボス部屋から降りて十三階層に来た俺達は、打ち合わせ通りのフォーメーションを取り慎重に進む。
「ツバキ、無理は禁物だ。先走って危ない目に遭わないように注意して」
…コク。
俺の指示に頷くと、すっと迷宮内の影の中に消えていくツバキ。
「よし、俺達も行こう」
この階層に出る魔物は[ニードルラット]。見た目は体長六十センチくらいのネズミだが、尻尾がサソリのようになっていて、先端からは毒針を発射してくる。
出だしこそ数体と戦ったが、しばらく行くとツバキが倒したであろう尻尾を切られて瀕死の個体が、点々とボス部屋へ続いていた。これはダスラのテイムした魔物の列を真似たものだろうな。それらを辿りボスの部屋の前に来ると、俺の影からツバキが顔を出す。
「お疲れツバキ、大丈夫だったか?」
…コク!
頷いたツバキの頭を少し撫でてあげてから、ボス部屋の扉を開け中に入った。
そこに居たのは[デスラット]。体長は二メートルほどで、やはりサソリの様な尻尾が二本生えており、室内には他にも数体の[ニードルラット]の気配がある。
「なるほど、基本的には階層の魔物の上位種がボスになっている訳だな」
そんな事を言っている間に、迫る[デスラット]の尻尾をシズカが受け止め後方からアイリが槍で突いてあっさりと仕留める。ちなみに周囲の[ニードルラット]は、すでにツバキに掃討されていた。
十四階層の魔物は[ハイイロリザード]。名前は灰色だが、実際は迷宮の壁にカメレオンのように保護色で同化する一メートルほどのトカゲの魔物で、近くを通るといきなり襲いかかってくる。
まあ、擬態出来るとはいえ、完全に影の中を移動するツバキの敵ではなく。俺達は最早目印となった瀕死の個体の列を見ながら、ボスの部屋へ向かった。
ボス部屋に入ると、中には何も居ないように見える。だが……。
「アイリ、左前方だ。いや、ちょい戻し……よし今だ!」
「伸!」
槍を構えたアイリに俺が指示を出し、アイリがその位置に槍を伸ばして突き刺すと、壊れた電光掲示板のように体表の色をくるくると変え、体長四メートル近い[オオハイイロリザード]が、のたうちながら絶命する。
「見えない敵だらけの階層か。確かに普通の冒険者達ならかなり苦戦しそうだな」
そう言って俺達は十五階層へと降りる。
「次の十五階層を目途に、今日は地上に戻ろう。初日から行方不明扱いは御免だからな」
十五階層の魔物は[兵隊キリギリス]。槍を持った一.五メートルほどの直立したバッタだ。武器を使ってくる上に、各自の連携は中々のものだったが、すでに累々と並ぶ目印と化している。
階層のボスは[軍曹キリギリス]。名前の通り[兵隊キリギリス]を多数従えた上官だ。部屋全体を使った指揮と連携は見事だったが、まあ俺達の敵ではなかった。
「キリギリスめっちゃ働いてるし!」
シズカ、気持ちは解るがキャラ崩れるからそんなツッコミは止めなさい。
そこまでで俺達は、初日の探索を切り上げ地上への帰路に着く事にする。
この迷宮はいったいどんな仕組みなのか。下の階から上っていくと、上階のボス部屋の扉の前に出る。では、そこから階下に行けるのでは、と思いがちだが降りようとすると床の感触しかない。上ってる途中の者が上半身を出している状態でも、降りる者はその中に入れないからなんとも不思議だ。
そんな事を試しながらのんびり地上に戻ると、外はもう日が傾いていた。
「おお、無事に帰ってきたみたいだな」
初日なので気にかけてくれていたのか、ギルドの職員が声を掛けてくる。
「ええ、無理せず十五階層までで引き返しましたから」
「あっはっは!そんな冗談を言う余裕があるなら大丈夫だな!明日も頑張んな!」
迷宮初日、しかもこんな短時間で十五階層まで行って帰るなんてのは通常では有り得ないらしい。まあ俺達にはナーサもいたしな。
何はともあれ、俺達の迷宮初日はこうやって終わった。




