前夜Re
「綺麗に片付いてるじゃないかー!」
おかっぱ襲来の危機が去った後の屋敷に響くシャルロッテの声。
「しかし、良かったじゃないか。あのおかっぱが命拾いしたんだから」
「おかっぱじゃなくて、ポッチーナ・カッパーノ殿だよ!幼馴染のボクが、無理に頼んで来てもらったってのに!」
「ふむ、先程の会話は聞こえておったでのう。屋敷に入った所で、妾が蛙にでもしてくれようと思っておったところじゃ」
「私も、あんな人になんか習いたくないです!」
「オニキスも、あのひとキライ!」
屋敷内で待っていたエレノア、アイリのみならず、幼いオニキスからも非難の声が飛ぶ。
「で、でもボクは、皆様の役に立ちたくて……」
「それが余計だと言っている。迷宮の知識なら、ダレウスやシルビアにも聞いているし、それにナーサも居るからな」
「ダレウスって……それって本部のギルマスの?いや待って……ナーサ?」
「シンリさんは‥大丈夫‥なの」
「ま、ま、まさかシンリ様の新しい仲間って……魔物女王!?」
「なんだナーサ、有名人なのか?」
「ダンナ様の妻は‥謎多き女‥なの」
自分で言いながら恥ずかしくなったのか、俯くナーサ……ホント可愛いな。
「シンリ様、まさか知らないで魔物女王とパーティ組んだんですか?」
「ああ、全く」
有り得ないと呟きながら、驚きに身体を震わすシャルロッテ。
「迷宮に挑もうとする冒険者で、魔物女王を誘いたくない人なんていないってくらいなんですよ?」
「そんなに……でも何故だ?」
「ボクが聞いた話では、魔物女王が迷宮に入ると魔物達が頭を垂れるとか、魔物がつき従って勝手に他の魔物を掃討してくれるとか、凄いのはボスがお座りして待っているなんて話も……」
「そ、そうか(うん、まあわかるけどね)」
「でも、魔物女王は、冒険者達の不甲斐無さを憂い、魔物の城にて永遠の眠りについたと……」
随分湾曲された作り話だ。誰だ、そこまで話を捻じ曲げた奴は……。
「ナーサ‥シンリさんの‥口づけで‥目覚めたの」
「ナーサも、話拗れるから微妙に乗っからなくていい」
「流石シンリ様。本当に何でもありなんですね!ボクが心配する事なんてなかった」
「う、うん。わかって貰えて俺も良かったよ」
(念の為、ヨハンには次にあんなの連れて来たら、シャルロッテの屋敷一帯を焼け野原にすると言っておくとしよう)
その後、ラティの作った昼食を食べたシャルロッテは、その美味しさに大満足して帰っていった。
「さて、余計な邪魔が入ったが、迷宮攻略のミーティングを続けよう」
「お兄様、迷宮内に居る間、馬車はどういたしますの?」
「それなら、警備の兵を数体置いて行こうと考えている」
「ただ、魔物が護ってるとバレるのも面白くないですわね。この件、ワタクシにお任せいただけます?」
「わかった、任せよう」
「では、セイラさんと一緒に買い物に行ってまいりますわ!」
そう言ってシズカは、セイラとオニキスを伴って出かけて行った。
「では迷宮内でのフォーメーションだが、斥候をツバキ、前衛シズカ、その後をアイリ、俺、ナーサ、エレノアで行こうと思う。意見は、無いかな?」
「ナーサも、索敵‥出来る‥なの」
「そうそう、オレが手頃な魔物に見張らせるから大丈夫じゃんよ」
「だが直接戦闘に於いて、ナーサ自身は無力に近い。それに……」
「ひいっ!‥なの」
俺の言葉を引き継ぐように、ツバキがナーサの影から顔を出す。
「ツバキはこういう事が出来る。ツバキ以上の斥候はいない」
…コクコク!
俺がそうはっきりと断言したので、ツバキが随分得意げだ。
「ほほほ、ナーサは妾が護ってやるでのう。背後の心配は要らぬぞえ」
「シンリさんの‥パーティ‥みんな強そう‥なの」
「これまでいくつものパーティ見たけど、シンリのパーティはホント別格じゃんよ!」
「主様のパーティ、全員生還は当然」
これまで所属した全パーティ全滅というトラウマを持つナーサを気遣い、ツバキが自信満々に言う。
「そうだ。俺は絶対皆を護ってみせる。ナーサ、俺達といる限り、仲間を失う心配はもう決して無い!」
「うん。ありがとう‥ダンナ様‥なの」
そう言いながら目の端に涙を浮かばせるナーサを、俺はそっと抱き寄せ彼女に口づけをした。
「んっ‥シンリ大好き‥なの」
それから、ツバキ、エレノア、アイリの順で他の皆とも口づけを交わした。
いつもの口調からは全く想像出来なかった、エレノアの少し緊張した顔は、とても艶っぽく、また可愛くもあった。
買い物からシズカが戻ると、女性陣は全員裁縫仕事に駆り出されていく。何やら大量の布地を買って来たようだが何をするつもりだろう。
素の日の夕食も、ラティが存分に腕を振るった御馳走だった。だが、ラティには【魔眼】に保存して持って行く、日々の弁当の調理も頼んでいるので、今夜彼女は徹夜になるだろう。
食後には屋敷の全員で、バスタオル(まあ、ただの布だが)装備で風呂に入った。
セイラやオニキス、ラティまで一緒に入らせたのは、決してやましい意味じゃなく、暴走しそうな誰かさん達対策だ。
風呂を上がると、パーティメンバー全員で俺の寝室で横になって眠った。
下の階では、ラティとそれを手伝うセイラ、オニキスが忙しそうに働いてる音がする。
(こっちにも、結界と監視を頼めるか?)
{もちろん。私がいる事で、近隣の妖精や精霊が集まっているわ。その子達にでもさせましょう}
(ありがとうミスティ)
{お安い御用よ。それにシンリと居ると毎日退屈しないわ。一緒に来られて本当に良かった}
(俺の方こそ、ミスティにはどんだけ助けられてるか……感謝してる!)
{だから、素直なシンリは気持ち悪いんだって!明日から迷宮でしょ?さっさと寝た寝た!}
(まったくもう、おやすみミスティ)
{おやすみシンリ}
そうやっていつものようにミスティと話していると、ふと感じる視線……隣で眠るエレノアだ。
「我が君は、本当に親しげに高位の精霊と話すのじゃなあ」
「エレノア、声には出してないはずだが、聞こえているのか?」
「聞こえてはおらぬ故心配無用じゃ。妾には、我が君の上の精霊が、さも楽しそうに問いかけ笑うておる姿が見えるに過ぎぬ。今は見えぬが、何らかの力の行使、又は意思疎通等している時に、妾には見えておるのじゃろうのう」
「そうなのか……」
「ここの誰より、常に我が君のお側に居れるとは、なんとも羨ましい限りじゃ」
そう言いながら、俺の頬に軽く口づけし、顔を赤くするエレノア。
{そうやって直に触れていられるのも、私からしたら十分羨ましいのよ、エルフのお嬢ちゃん?}
「ミスティ様!ゆ、許してたも」
{冗談よ。危なっかしい子もいるから、私達で皆を護りましょうね!}
「そうじゃのう、共に皆の盾となりましょうぞ」
「ありがとう二人共。でも、そろそろ寝ないと寝坊するよ?」
そんな会話をしつつ、迷宮挑戦前日の夜は更けていった……。




