ナーサとダスラ 1Re
「『天剣』が選びし者が世界を統べる…か」
「本部長?」
何気無いダレウスの呟きに、今お茶を持って本部長室に入ってきたシルビアが尋ねる。
「ああ、気にするな。昔々の馬鹿げた作り話だ」
「はあ、それより彼等は大丈夫でしょうか?」
「『黒衣』シンリか?そっちこそ心配いらねぇよ!『金剛』相手に手加減して勝っちまう奴だ、気にするだけアホらしいぜ!」
「それほど…ですか?」
「正直、底が知れねえ、いや違うな。『天剣』の時もそうだったが、山の頂が高過ぎて、下から見てるオレにはどれだけ高い山か解らないって感じかな」
「あの若さでそれだと…末恐ろしい話ですね」
「ああ、かなり手加減されたみたいだから、実際は既に『天剣』をも凌駕してると見ていいだろう。そう考えりゃ、目立たないように配慮したシルビアの提案は、的を得ていたんだろうな」
「ふう。では連れの者達はどうでした?」
「狼の嬢ちゃんと忍者娘にゃ負ける気がしなかった。だが褐色のエルフはオレよりも老練な感じがしたな。かなり引き出しが多そうだから苦労しそうだ」
「と、あと一人銀髪ツインテールの子が居ましたよね?」
「ああ、あのメイドちゃんだろ…ありゃいったい、何なんだろうな?」
「は?」
「いや全く、本当に全くわからんのだ。だがオレの本能が、アレと死合っちゃいけねえって警告してやがる」
「『天剣』以上の実力者に、最強クラスの『謎』の仲間達ですか…」
「ただ一つ言える事は俺達『ギルド』は、彼等の『敵』になっちゃいけねえってこった!何があっても…。もう『天剣』と同じ轍は、踏ませねえ!」
そう言ってダレウスは窓の外…遙か彼方を見つめていた…。
俺は砦を配下の軍勢に完全に包囲させると、ゆっくりと砦に向かって歩いて行った。そして砦の魔物と俺の軍勢との中間辺りで、大声で呼びかけてみる。
「驚かせてすまない。俺の名はシンリ、冒険者だ!今日はキミと話がしたくてここに来た!」
…しかし砦からの反応は無い。
「無理強いしたり、ましてや捕えるつもりもキミの仲間達を傷つけるつもりも無い。お互い配下を退かせ、話が出来ないだろうか?」
俺の声は聞こえている筈だが、未だ反応無し。
「俺は、俺の言葉の証明として、今から全軍を退かせよう!もし信じてくれたなら、キミも仲間を下がらせてくれないか?」
そう言って、俺が右手を高々と上げ指を鳴らすと…俺の軍勢は霧の様に消えた。
再びここは砦内部。
「すげえ大軍じゃんか!やられちゃう前に攻め込むじゃんよ?」
「待って‥ダスラ。攻めて‥来ないの」
「ん?誰か歩いて来たじゃんか?」
「名前を?‥シンリ‥さん?」
「全軍退かせるとか言ってるじゃん!退いたらみんなで一気に攻めるじゃんよ?」
「…………」
「ほ、ホントに大軍消えたじゃんか!じゃ、みんな…」
「待って!ダスラだめなの!」
「なんで?今なら…」
「ダスラ、少し黙ってて!ワタシ‥話してみたいの!」
「どうせまた、ナーサが傷つくだけじゃんか!」
「お願い!今度が‥最後だから、話聞かせて。ね、ダスラ?」
「…わかったじゃんよ」
「ありがと‥ダスラ」
やはり反応無しか。そう諦めかけた時、砦に溢れる魔物に動きがあった。
魔物達がゆっくりと両端に寄り、その間を一人の少女がこちらに向かって歩いて来る。
オレンジのくせっ毛に、すっぽりと身体を覆う黒のローブ、右手には魔石の付いた木の杖を持っている。人見知りなのだろう、やや俯いているがかなりの美少女だ。
「はじめまして、俺はシンリ。話に応じてくれて感謝するよ」
「…ナーサ‥なの」
「俺達は、ダレウスの薦めでナーサに会いに来たんだ。ナーサは冒険者を辞めたいのかい?」
「…ダレウス。‥ううん、辞めるとか‥特にないの」
「俺達は今5人しかいない。ナーサが一緒に来てくれると助かるんだが」
「…………」
突然誘うのはまずかったのか彼女は黙ってしまった。話題を変えて様子を見るか。
「ところで、ナーサは[召喚師]なのかい?」
「…そう‥なの」
心配だったのだが、まだ話してはくれるみたいだ。
「凄いね!もし良かったら、何か召喚して見せて貰えないかな?」
「どんなコが‥いいの?」
「そうだねじゃあ、強そうなコでどうかな?」
「わかった‥なの」
そう言って、俺から少し距離を取るナーサ。
彼女が集中して杖の魔石を地面に向けると、地面が輝き魔法陣が浮かび上がった。
そして次の瞬間、彼女が振り上げた杖に引き上げられるように、大きな魔物が魔法陣から姿を現す。
現れた魔物は全長三十mほど。蛇の頭に胴には二本の足、背には蝙蝠の様な羽があり、尻尾の先にもまた蛇の頭がある。
「[アンフィスバエナ]…なの」
「凄いね。でもこの魔物は初めて召喚したの?」
「‥うん‥召喚は何が出て来るか‥解らない‥なの」
「じゃあ一度召喚した魔物は、また呼べる?」
「呼べる事も‥呼べない事も‥あるの」
彼女の話によれば召喚対象はイメージによるランダム。再召喚が難しいのは何故だろう。
そんな事を話していると、ふいにナーサがふらついた。俺は、倒れないように彼女を抱き支える。
「大丈夫?」
「……なの」
「どうしたナーサ?」
「お腹‥空いて動け‥ないの」
俺は【魔眼】内に焼きたての状態で保存してあったピエトロのパンを、ナーサにあげた。目を輝かせながら、次々とパンを食べるナーサ。なんでも召喚には、魔力と共にかなりの体力も使うらしい。
「ふう、お腹いっぱい‥ありがとう‥なの」
差し出したお茶を美味しそうに飲みながら、そう言うナーサ。かなり表情が和らいできたように感じる。
「ところでナーサ、あの砦の仲間達もナーサが召喚したのか?」
「みんなは‥違うの」
「じゃあ……」
続く俺の質問は、意外な声によって遮られる。
「だああぁぁぁ…うるさいじゃんよ、質問ばっか!こんな奴信用出来ないじゃんか!」
その声は、目の前のナーサから発せられたものだった。




