波乱の王都入りRe
「な!あ、あり得ない…シンリ様?シズカお姉様?何故?」
…うん、やっぱりこうなったか。
翌日、俺達の馬車は数日前に出発したシャルロッテ達が護衛する商隊の馬車を、今追い抜いている。先頭の馬車の御者台でシャルロッテが唖然としているのが一瞬見えた。
抜きがけに、ワザと見せつけるよう身体ごとシャルロッテの方を向いて、涼しげに手を振るシズカ。
少々予定が変わったが、抜いたものはしょうがない。俺達はその日の内に王都の城壁を視界に捉えると、そこで野営した。
「一週間の道程が二日程で着いてしまいましたわね」
「スーさん、すごい!」
…コクコク!
「おほほ、本気を出せば空を「それは、ダメだ」…そうかや」
翌日、王都の正門前で馬車の列に並ぶと何だか皆、スーさんから距離を取り、遠巻きに馬車をじろじろ見ている気がする。
そんな微妙な空気の中でしばらく待っていると、やっと俺の順番になる。ちなみに仲間達は降りて人用の通用口に行った為、馬車に乗っているのは俺だけだ。
「はい次の…なっ?」
「こんにちは。珍しいでしょ、異国の馬なんですよ」
驚く守衛に出来るだけ大した事じゃないように告げ、さっさとギルドカードを提示する。
「Cランクか、成程な。通っていいぞ!」
あれ、意外に拍子抜けだ。もっと何かしら聞かれるかと思った…。
しかし、門をくぐって中に入るとそれが杞憂だったとすぐわかる。門の中には、鳥型、獣型、竜型など様々な魔物が馬車や荷車を引いたり、人を乗せたりしていたからだ。確かに、これなら特に目立ちもしないだろう。
俺がそう安心したのも束の間、何か通用口の方が騒がしい。見ると数人の兵士とシズカ達が揉めてるようだ。
「スーさん、ちょっと行って来る。馬車を頼む」
スーさんはそこそこの人語を理解し、戦闘力も並外れている。並みの泥棒など近寄りもさせないだろう。
通用口に急ぎ、そこでシズカ達に事情を聞く。
「どうしたシズカ?」
「あ、お兄様!この者達がエレノアに触れようとしたんですわ!」
「妾に、我が君以外の者が触れるなど、考えただけでも悍ましい!」
彼女達の話によれば、シズカやツバキはそのままカードのチェックだけで入れたらしいのだが、エレノアの番になるといきなり身体検査をすると言い出して触ろうと迫ったらしい。それを拒否した為、こんな騒ぎになったのだと。
…ふざけるな。
「俺の大切な奴隷に、触れようとしたのは貴様か?」
出来るだけ穏便に目立たぬようにしたいのだが仕方ない。エレノアが他の男に触れられる。それを聞いて俺はすっかり冷静ではいられなくなっていた。
それでも、並の人間を殺さない程度に抑えた威圧をその男に向けると、彼の顔から血の気がみるみる引いていく。
「聞いたんだが、他の俺の連れには身体検査なんて無かったらしいな?おいっ!」
俺の怒声に驚いて、周囲で様子を伺っていた他の衛兵達の刃が俺を向く。
「アンタ達もこの下種野郎の為に、俺と命のやり取りをする覚悟があって武器を向けると考えていいんだな?」
そう言うと誰もが俯き目を逸らす。脅し過ぎたか。詫びてくる者も抵抗する者もいないんじゃあ、埒が明かない。
「お前達何やってんだ!列が全く進まなくなってるぞ!」
すっかり流れなくなった門の異常に気付き、幹部らしき少し大げさな装備を身に着けた男が駐屯所から駆けてきた。話の分かる人物だといいのだが。
「俺は王都守備隊小隊長のリックだ。いったいキミ達は何故通行を妨げている?」
「小隊長か。聞きたいのだが、守備隊ではいちいち女性の身体を触るような指示を出しているのか?」
「何をばかな?そんな筈はないだろう!」
状況が飲み込めず、俺達と武器を構えた衛兵達を交互に見るリック。
「それはおかしいな?現に今触られるのを拒否した為に、俺達は武器を手に脅されてるんだが?」
「なんだって?」
驚きを隠せない様子のリックだったが、衛兵達が皆彼と目線を一切合わせない事で、事の真偽を理解したようだ。彼は衛兵達を睨みつけると大声で怒鳴りつけた。
「この馬鹿野郎共がっ!おい、こいつら全員連行しろ!」
そう言って彼が合図をすると、駐屯所から更に数人の兵士が出て来て、その門番と加担した衛兵を捕縛し連れて行った。
その後代わりの守衛がすぐ呼ばれ、エレノアとアイリのカードを手早く確認し俺達は全員王都内に入る。
「部下が迷惑をかけた…と」
「ああ俺はシンリ。冒険者だ」
気まずそうに俺に近寄るリックに、そう言ってギルドカードを見せた。
「シンリさんか、その歳でCランクとは大したものだ。いやシンリさん本当にすまなかった!」
「まあ実際触られていたら、あんな命程度では償えないところだったが」
苛立ち混じりに皮肉を言ったが、彼はエレノアをちらりと見て、何やら納得したような表情をみせる。
「おお、彼女はエルフか。エルフは接触を嫌うのだったな。いや本当にすまない!今後はきちんと指導しておく!」
多少誤解している様だがまあいい。面倒になってきた俺達は、取り合えずその場を離れる事にした。
馬車の近くまで歩いて来ると、シズカが悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねてきた。
「さっきのお兄様はなんだか、らしくなかったのではなくて?」
「そうかも知れない。今はっきり気づいたんだが、俺の中にはみんなを大切に思う気持ちと共に、ある種強い独占欲みたいなものがあるみたいだ。多分エレノア以外でも…そう、この中の誰であっても俺は同じように怒っただろう。大切な皆を俺以外の誰にも触れさせたくないなんて、こんな考えはやっぱりおかしいかな?」
おかしな事を宣言してしまった自覚はある。だがそんな俺を、何故か全員熱い眼差しで見つめ返している。
「妾は我が君だけの物。誰であろうと触れさせる事など決してないぞ!」
「主様だけ絶対!」
「私もシンリ様以外絶対イヤです!」
「そしてもちろんワタクシも…。お兄様、心配なさらずとも気持ちは皆同じのようですわね。うふふ」
「そうか。ありがとう、みんな」
再び馬車に乗った俺達はアンナに聞いた[金の小麦亭]を目指した。
[金の小麦亭]に着くと、右が販売と食事。左が宿泊施設になった二軒続きの建物がある。
早速宿泊施設の受付に行くと、コロネという猫人種の女性がいた。
コロネに空室があるかを尋ねると、二人部屋と一人部屋が一つずつ空いていると言う。女性陣がパンの香りを堪能してる間に俺はこっそり両方借りた。聞けば裏に空き地と納屋もあるらしいので、そこに馬車とスーさんを置かせてもらう事にする。
隣から漂う魅惑の香りに全員我慢の限界だったので、部屋に荷物を置くと早速ピエトロの師匠のパンを食べに、隣に向かった。
隣の建物は一階がパン屋、二階が食堂になっていて、食堂利用者は一階で食べたいパンをトレーに乗せ、二階で料理を頼み、それを一緒に食べるシステムだ。
俺達は二枚のトレーに山ほどパンを乗せ、二階で軽食と共に食べる事にする。
うん、流石ピエトロの師匠。そのパンは全てに於いて一段上の美味しさだ。
軽食の方はまあ普通に美味しかったが、パンの印象があまりに強すぎてよく覚えていない。まあ、こっちはアンナの勝ちだろうな。




