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悪夢

 水浴びから戻ったアイリはまるで熱い風呂にでも入ってきたかのように真っ赤になっていて、なんだかもじもじと身をくねらせている。


「き、綺麗に洗いましゅたたからっ!」


 そして何やら盛大に噛みながらそう告げると恥ずかしそうに中へと走って行ってしまった。水浴びをして来るよう言っただけなのだが、何か妙な誤解でもしてるんだろうか。……まあいい、気にしたら負けだ。


 僕も開眼状態でずいぶんと汗をかいたので水浴びに向かい、さっぱりして戻るとやはり赤い顔のアイリがじっとベッドに座って待っていた。


「お腹が空いただろう。今作るから待ってて」


 僕はそれをなるべく気にしないようにして夕食を作り、二人でそれを食べた。食べながらも落ち着かない様子で僕をちらちら見ていたアイリだったが、満腹になった彼女はいつの間にか隣で可愛らしい寝息を立てている。お約束展開を待つどこかから、激しくツッコミを入れられた気もしたが、まあこれも気にしたら負けだな。


 寝てしまったアイリを抱きかかえベッドに運んだ。その場を離れようとすると寝ているはずの彼女の手がしっかりと僕の手を掴んでいる。起きたのかと思い、顔を覗き込むと閉じられたその目からは一筋の涙が零れていた。

 仕方がないので、その手が緩むまで横になって待つ事にしたのだが、開眼による疲労から強烈な眠気に襲われ、僕はそのまま彼女の隣で眠ってしまった……。






『また、これを見せられるのか……』


 それを声に出したわけではない。ましてや目を覚ましたのでも、もちろんない……。

 魔眼を開眼すると肉体と共に脳も激しく消耗する。これは寝ている間に精神に干渉する【傲慢眼(ルシファー)】と記憶などの知識を管理する【嫉妬眼(レヴィアタン)】が宿主である僕の脳内の開眼によるダメージを修復し、記憶や知識を整理しているのだ。

 思い出したくもない過去の記憶。それら全てを見るまで、この『悪夢』から目覚めることは許されない……。






 その(・・)世界での僕の名前は『高樹 森理』。日本という国で暮らす、ごく普通の高校二年生であった。

 ある日の放課後、妹との待ち合わせに向かっていると公園から子犬が飛び出し、それを追って飼い主らしい小さな女の子が走って道路を横切るのに出くわした。その少女に向かって一台の車がすぐそこまで迫っている。……なんというベタな展開。だが、考えるより先に僕の身体は走り出していた……。


 気が付いた時、僕は手術室に寝かされて懸命に治療を受ける自分を、その一メートルほど上からじっと見下ろしていた。いわゆる幽体離脱状態だ。恐らくは死ぬ一歩手前であるはずなのに不思議と心が落ち着いている事に気付き、さらには待ち合わせ場所で今も待っているだろう妹の心配などをしていたのだが……。


 突如、明りを消されたように暗くなった僕の視界。次には何百というテレビを同時に付けて好き勝手に番組を流しているような喧騒と映像の奔流が辺りを埋め尽くして怒涛のように一気に流れ、それが過ぎ去った先にあったのは、どこまでも深く暗い闇。静寂に包まれた闇の中、耳を澄ますと聞こえてくる小さな音。


(これは僕の……心臓の鼓動?……)


 それからずいぶんと長い時間をその暗闇で自らの鼓動のみを聞きながら過ごし、ある日の事……僕はこの(・・)世界の新しい命となった。

まあ、ここらで女神にでも会って不思議な力を貰って異世界へってのがお決まりというものだろうが、僕の場合はここからが最悪だったのだ……。






 誰もが恐れる『冥府の森』だが、実はこの森に隣接する村というのが一切ないというわけではない。森の周辺は意外なほど土地が豊かで農作物を作るのにとても適している。ごく稀に森から弾き出されてくる下位の魔物にさえ対処出来れば、かなり良い農場が作れるのだ。

 僕が産まれた『サハラ村』も森に隣接したそんな村の一つだった。


 父の名前は『カイン・アルフラニ』農民出身の彼は本来名字などないのだが、数代前のご先祖が村長になった時勝手にそう名乗り始めたらしい。村長である彼は村で『冥府の森』から最も遠い場所に防壁で囲まれた不格好な城のような建物を建てて住み、集めた農奴達には森に最も近い場所にある広大な農場で働かせている。


 母の名前は『ジュリア・アルフラニ』元々は短期契約で村の護衛に来た冒険者が連れていた性奴隷で、その男性が魔物との戦闘で亡くなるとそれを不憫に思った父が身受けした。この女は、前年に妻を病で亡くしていた父の心に上手くつけ込み身受けから半年ほどで後妻となる。


 没落しその身を奴隷にまで落としたが、元はどこぞの貴族だったというこのジュリアは強欲で自尊心が強く、結婚を機に贅沢が出来るようになると徐々にその本性を現していった。一部の貴族の間には崇拝にも近い魔法至上主義の思想がある。どうやらこの女もその崇拝者の一人であり、自分から産まれる子供は魔法適性が高いに違いないと常日頃から周囲に触れまわり、村の護衛戦力としてタダで使える魔法使いが欲しい父もそれに大いに期待を寄せ、それがさらに彼女を増長させていく。

 だが、一向に懐妊の気配はなく焦ったジュリアはある不吉な一団を村に呼び寄せた。


 全員が黒ずくめのその集団は、かつて貴族だった頃に彼女の家もそのパトロンとなっていた組織の者達。子が出来ぬ事で、ここでの居場所を失う前に組織幹部への返り咲きを目論んで、彼女は禁忌とされているある『儀式』を強行する事に決めたのだ。

 如何なる文献にもそれが成功したとの表記は無いが、もし成功したならば彼女から産まれ出てくるのは世界を破滅へと導く『魔王』。その誕生は組織全体の永遠の悲願でもあり、『魔王』の母ともなれば組織どころか世界をその掌中に納める事も夢ではない。


 かくしてその禁忌の『儀式』は屋敷の地下室で実行され、その十日間にも及ぶ『儀式』の末にジュリアはこの僕を身籠ったのだ……。


 約五か月(・・・)後に産まれてきた僕が、伝え聞く悪魔の外見には程遠い普通の人間の赤子であった事にジュリアはひどく落胆する。対照的に、念願の出産それも世継ぎとなる男児であった事に一時は歓喜した父カインであったが、両親達とも全く違う黒い髪と黒い瞳はこの狭い村ですぐに良からぬ噂の火種となり、それを恥じた父は以降一度も僕と顔を合わせる事はしなかった。


『レイヴン・アルハラニ』これがこの世界で僕に与えられた最初の名前だ……。






 三年の月日が流れた頃、僕の生活を一変させる事態が起こった。

 あのジュリアが普通に子を身籠ったのだ。僕の出産当初は突然の『魔王化』などが起こらないかとたまに様子を見に来ていたジュリアだったが、期待していた変化は何も起こらずさらには魔眼を宿す左目は瞳の色が薄く視力もほとんどない事がわかると、僕を『欠陥品』と呼んで毛嫌いし避けるようになっていた。


 ちなみに前の世界の事を含めて今僕がこれらを鮮明に『見る』事が出来ているのは【嫉妬眼(レヴィアタン)】が開眼したからに他ならない。この魔眼は何かを知ろうとする欲求に応えてその能力が発現するようで、幼い僕が理性の枷なく貪欲にそれらを欲した為に輪廻の過去まで教えてくれたのだ。ただ、どうして僕に魔眼が宿ったかという部分に関しては、全てが揃わなければ知る事が出来ないらしい……。


 ともあれ僕が四歳の時、ジュリアは再び男児を出産する。

 その子の名前は『レイヴン・アルハラニ』。そう、事もあろうにあのジュリアは僕の出産自体が無かったかのように平然と僕から名を奪い、それを産まれた弟に与えたのだ。こいつは実は最近村を隠れ家にするようになった野盗との間に出来た子なのだが、両親と同じ薄いブラウンの髪と青い瞳は、そんな事とは露ほども知らないカインを大いに喜ばせ、彼は村人総出でその誕生を祝わせた。


 賑う宴会のさなか、僕は乳母をしてくれていた農奴の女性の腕に抱かれ裏口からこっそりと、人目を避けるようにしてこの屋敷を後にする。要らなくなったので何処かに捨てて来るようジュリアに指示された彼女が必死に懇願して、二度と『アルフラニ』だと名乗らせないのを条件に僕を引き取ってくれたのだ。

 それからの暮らしはとても貧しく食べるのに困る事もしばしばあったが、彼女は僕に『オニキス』という新しい名前をくれ、自分の身を削りながらも懸命に僕を育ててくれた。

 僕に【嫉妬眼(レヴィアタン)】が開眼したのもちょうどこの時期だ。村を訪れた行商人の持つ珍しい品々に興味を持った事がきっかけだったが、そのおかげでひと月近く寝込む事になってしまった。だがこの開眼で、僕は生まれながらに【暴食眼(ベルゼブブ)】と【傲慢眼(ルシファー)】を所持している事がわかったのだが、それなりに使いこなすまでに何本の大木を【暴食眼(ベルゼブブ)】に飲み込ませたことやら……。


 だがそんな日々も長くは続かなかった。

 九歳になった僕を突然、『アルハラニ』に雇われた冒険者達が捕えに来たのだ。その理由は僕の事を周りの農奴達が『オニキス様』と様付けで呼んでいるのが気に喰わないというもの。

 抵抗すれば迷惑をかけるだけだ。僕は、前年に結婚し今新しい命をその身に宿している女性に、出来ればその子にオニキスの名を付けてあげてほしいとだけ言い残し、引き摺られるようにしてあの不格好な屋敷に連れ戻された。


 屋敷に戻るとあの『儀式』を行った地下室には、乱暴に煉瓦で壁を作った粗末な地下牢が用意されていて、屋敷内に立ち寄る事もなくそこに放り込まれた。

 ここで僕には餓死してもらうつもりだったのだろうが、残念ながら僕にはこの魔眼の力がある。見張りの男に精神を支配する【傲慢眼(ルシファー)】を使い、ばれないように僕の世話をさせ狭い地下牢ではあったがそれなりに快適に過ごす事が出来た。


 そうして迎えた十歳の誕生日。

 寝ているところを突然入って来た男達にいきなり袋に押し込まれ、そのまま外へと連れ出された。

 恐らく、なかなか僕が死なない事に業を煮やしたジュリアが強硬な手段を取ったのだろう。しかし油断した……この袋の中からでは男達に魔眼を使う事は出来ない。彼等は僕をどうやら馬の背にロープで縛りつけているようだ。

 そのまま移動させられ『冥府の森』のすぐそばまで来ると、突然馬の尻に刃物が突き立てられる。痛みで我を忘れたその馬は、僕を乗せたまま魔物達が待つ森の、奥へ奥へと狂ったように駆け込んでいった……。




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