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最奥に潜む者

 静かになったようなので、早速俺達は最奥のボスを目指して洞窟を進む事にした。

 確かにこの洞窟は、徐々に似たような横穴や分岐がどんどん増えて、より複雑さを増していく。ミスティから得た情報がなかったら、かなり苦労した事だろう。


「クス。意外と彼らも頑張ったみたいですわね」


 奥に進ませた二十七人の冒険者のうち、最初の犠牲者の遺体が転がっているまでに二体。人数が半数近くになるまでには六体のミノタウラウノス中位個体を討伐。半数になったにもかかわらず、そこから中位個体三体と上位個体一体を倒していたのには驚いた。

 最後の一人が瀕死の状態で倒れているすぐ近くに、手負いの上位個体がいたので、恐らくはこいつが最終的に全滅させたのだろう。ちなみに上位個体になると身長は三メートルあまりで、腕が四本生えているようだ。

 手負いで興奮状態にあったその上位個体は、背後からツバキがひと突きしてあっさりと倒した。

 夜の闇もそうだが、洞窟のような場所もツバキの独壇場だ。影に潜るという絶対的なアドバンテージがある限り、この条件下ではそうそう苦戦はしないだろう。


「お願い……だ。助けて……」


 今、まさに死の淵にいるアンヘイルは信じられない光景を目の当たりにしていた。

 さっきあのシンリとかいう新人冒険者にあった途端、突然体の自由が利かなくなり、体が勝手に戦いを求めて、進んではいけないはずの洞窟の奥目指して歩き続けてしまう。

 噂通り、奥にいる個体は別格だった。体は一回り大きく力も知恵もある。一人また一人と仲間が減った……。

 さらに進むと、もっととんでもない個体が姿を見せる。さらに大きな体躯と左右二本ずつの四本の腕。この個体にはまるで自慢の戦斧が鈍にでもなってしまったかのように、刃が通り難い。攻撃の全てを渾身で打ち込まねばならず、皆激しく消耗した。それをやっとの思いで倒した時にはあんだけいた仲間もすでに残り五人。それでも足は進むことを止めず、さっきと同じ四本腕の個体が姿を見せると……僅かな手傷を負わせただけで全滅した。

 こんなのがうようよいるなんて、確かにここは踏み込んではいけない場所だったんだろう。

 しかし、なんだあれは……。


 数体の四本腕に囲まれながら、剣も抜かずに涼しげに立っているシンリとその仲間達。

 よく見れば、壁や天井から黒髪の少女が長い剣を持って姿を見せ、あの四本腕を次々と倒していく。あの細い刀身で何て鋭い切れ味だ。固い四本腕の皮膚を簡単に刺し貫き、その首を大した抵抗も感じさせずに切り落としていく。

 四本腕数体を倒すのに五分とかかってはいないだろう。そんな彼らはのんびりと会話しながら、さらに洞窟の奥へと歩いていく。


『お兄様を馬鹿呼ばわりしたその罪、この程度で済んだことを感謝してお逝きなさい』


 彼らの姿は確かに洞窟のここよりさらに奥だ。なのにその少女の声はすぐ耳元から聞こえてきた。

 驚き、その理由を考えようとしたところで、彼の意識は洞窟の闇の中に永遠に消えた……。



「シズカ、手は出してないんだろうね?」

「もちろんですわ。このシズカが愛しいお兄様のお言いつけに背くわけがないじゃありませんか」

「なら、いいんだけどね……」


 一瞬、その場を離れたシズカを問い詰める。その事に気づけたのは恐らく俺だけだったろうな……。


「主様!この奥に玉座が」

「玉座?」

 コク!


 先行して最奥を覗いてきたツバキの話によれば、そこには並外れた大きなミノタウラウノスがいて。岩を削ったのか、元からそんな形の岩なのかわからないが、まるで椅子のように見えるその大岩に腰掛けているらしい。あまりに威風堂々としたその佇まいから彼女はそれを王の座る玉座と表現したのだ。


「王か……来た甲斐があったかもな」


 そう言って俺達は、次々湧き出る四本腕をツバキに倒させながら、そこを目指して洞窟を進んだ。

 さすがは王の側近とでもいうべきか……。最奥付近を守るようにしていた数体の個体の実力は、これまでとは桁違い。野生の勘とでもいうのだろうか、影から迫るツバキにも当然のように反応してみせるから驚きだ。

 ここでは、ツバキの機動性と何よりその刀の途轍もない切れ味で敵を倒した。この刀は妖刀の類らしいが、影に潜むことが通用しない相手との戦闘は彼女にとって何よりの経験となった事だろう。おかげで、レベルもすでに八十を超えている。


 最奥のこれまでで最も広い空間には、ツバキの報告にあった彼らの王が待っていた。


 これまでの個体とは明らかに雰囲気が違う。確かに、これは王と呼ぶに相応しい。

 俺達がその部屋に入ると、その王はゆっくりと立ち上がった。身長は優に五メートル以上あり、彼らの上位種の証たる腕は左右三本ずつの計六本。頭の両側に伸びたその角は一本が人間一人分ほどの大きさで根元には装飾の付いた金の環がまるで王冠のように付いていた。


 ブモオォォォォゥッ!


 天を仰ぎ、洞窟じゅうに響くような声で雄叫びを上げるミノタウラウノスの王。


「お兄様、いかがですの?」

「うん。今のツバキにはちょっと荷が重いね。こんなところで冥府の森の中堅クラスと同程度の魔物に逢えるなんて意外だったよ」


 俺達がそんな会話をしている間もその王たる魔物は部屋の中心に堂々と立ち、いきなり襲いかかるでも興奮して暴れるでもなく微動だにせずにこちらが動くのを待っている。その風格と威厳はまさに王者。そして誇り高き戦士でもある。


「シズカ、持っていてくれ。俺がいく」

「いいえシンリ様。ここは私にいかせてください!」


 そう言って剣をシズカに渡して前に出ようとした俺の前に、アイリが立ち塞がった。大人しく人見知りで、いつもおどおどしていたアイリ。しかし今でこそ農耕などをして暮らす者も多いが、彼女の種族の本質は誇り高き戦士たる狼。俺達との修行の日々で徐々に彼女の内に眠る本能が呼び覚まされており、今では彼女も立派な戦士だ。

 まだまだクロ達上位の魔物には太刀打ち出来ないが、中堅クラスなら遅れは取らない。

 王たる魔物の誇り高きその態度と雰囲気に、彼女の戦士としての血が否応なく刺激されたのだろう。


「わかった。この場はアイリに任せる」

「ありがとうございます、シンリ様!」


 俺に深々と頭を下げて、王たる魔物の前に歩み出たアイリ。王もまた彼女が一級の戦士である事を感じ取り、二人は部屋の中央で対峙した。


 先に動いたのはアイリ。彼女の持つ槍が突然伸びて王の眼前にいきなり迫った。


「ほう、あれに反応するのか……」


 伸縮樹で作った柄による独特の突き。それを慌てることなく王は躱してみせる。そして右の前足で二度ほど土を蹴ると、猛然とアイリ目がけて突進した。

 しかし、やはり速さでは身軽なアイリが一枚上。素早くその突進を避けて右に飛んだアイリは、そのまま王のこめかみ目がけて槍を突き込んだ。


 キンッ!


 甲高い音を立ててアイリの槍の穂先が割れる。王は、首を捻って自らのその巨大な角でアイリの槍を受けその穂先を砕いたのだ。


「シンリ様お手製の槍が……」


 愛用の槍を砕かれたショックがアイリに一瞬の隙を生む。

 その隙を見逃さず、王は再び着地して動けずにいるアイリ目がけて突進した。


「お前か……これを壊したのは……お前かぁぁぁっ!」


 そう、叫びにも似た声を上げながら、アイリは正面から王の突進を受け止め二メートルほど後ずさったところで、その巨体を止める。


「キレてるな……」

「ええ、キレましたわね……」

 ブルブルブル……。


 温厚で誰よりも優しいアイリが、キレる事などまあ滅多にないのだが、普段が大人しいだけにキレるとこの子はかなり怖い。そのほとんどは、俺に対して何らかの事態が発生した時なので、言ってしまえば俺にも責任の一端ががあるのかも知れない。優しいアイリは普段、相手の事まで考えながら戦っている。キレるとその考えが全くなくなり自身の体さえ顧みずに、ひたすら敵が倒れるまで攻撃を続けるのだ。

 初めてそれを目の当たりにしたツバキが、俺にしがみついてすっかり震え上がっている。


「ぬぁぁぁぁぁっ!」


 アイリの毛が逆立ち、全身を覆う魔力が増大する。そして彼女は、そのまま王の巨体を抱え上げ後方に倒れこむようにして地面に叩きつけた。

 洞窟が崩壊するのではないかと思うほどの振動と衝撃が辺りに響く。地面に叩きつけられてなお、すぐに立ち上がろうとした王の右の角にアイリが抱きつくようにしてしがみつく。

 それを振り下ろそうと首を激しく振りながらもがく王。


「壊したのは……この角かあぁぁぁっ!」

 バギンッ!


 裂帛の気合いとともに、アイリは槍の穂先を砕くほどの強度を持つその巨大な角を根元から力任せにへし折った!

 激痛による叫びを上げなかったのは、王としてのプライドからだろうか。堪えるような表情で天を仰いだ王たる魔物は、がっくりと二本の前足の膝をついた……。


「アイリ、もういい……君の勝ちだ」

「はっ、シンリ様。槍が……シンリ様の槍が……ごめんなさい私、私……」


 追撃を仕掛けようとしたアイリをそっと抱きしめ、勝負の終わりを告げる。正気に戻った彼女は、槍が壊れた事を心から悲しみ必死で俺に詫びた。


「ここまでよく持ったほうだよ。それに新しく作り直すところだったんだ、ちょうど良かったんだよ」


 そう言ってアイリの頭をしばらく撫で、彼女をシズカに任せて、俺は膝をつく王と対峙した。


「いい戦いだった。正直キミを殺すのは惜しい……」


 やはり野生の勘なのだろうか。対峙しただけで、彼には俺が遥か高みにある存在であることが感じ取れたようだ。

 四本の足を全て折り曲げて膝を地に着け、頭を垂れて恭順の意を示した。

 それを受けて、俺は彼に『ラウル』という名を与えて魔眼の契約を行い、いつでも彼を召喚することが出来るようになったのだ。





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