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熊達の罠と暴れ牛

「お、お兄ちゃん。これ……」


 クエストに出発しようと門の前まで来たシンリのところへ、見知らぬ少年が駆け寄ってきた。その子が言うには、顔を隠した男に俺達の特徴を聞かされ、ここで待って手紙を渡せと銀貨を一枚貰ったらしい。


「これは……!」


 手紙の内容は、ただ一言『麦の香亭の娘をさらった』だけである。

 だからどうしろとか、何をよこせとか、そんな要求が全く書かれてない手紙だが、俺達のせいでアンナ達に迷惑がかかるのなら放っては置けない。

 とりあえず状況を確認するために、俺達は宿へと急いだ。


「はあ?何言ってんだい!テスラならほら、そこで洗濯物干してるよ」


 俺達の話を聞き、呆れ顔のアンナ。確かにテスラは中庭で元気に洗濯物を干している。


「それにアタシと旦那がついてるんだ。そうそう娘に手を出させるもんかね!はっはっは」


 確かに、この町で俺達以外でこの夫婦とまともにやり合えるのは、ギルド支店長のエレナぐらいだ。彼女と秘書のミリアはかつて同じパーティに所属していたらしいので、この二人の連携も恐らくはかなりのものだろう。

 一応手紙をアンナに預け用心するようにとだけ言い残して、俺達は再びクエストに出かけることにした。


 門を出てしばらく進み、道中の草原で早めの食事を摂る事にする。というのも、さっき宿に行った時に知らせてくれた礼だと言ってアンナ達から焼きたてのパンを貰っているのだ。まだほんのりと温かいパンから香ばしい香りが広がっていて、全員我慢出来なくなったのである。

 それにしても、魔物討伐に向かっているとは思えないほど緊張感も装備も無いパーティだな。


「そういえば馬車を忘れていたな……」


 俺達の脚力は並外れている。それは一番遅いアイリであっても馬の全力疾走など比べものにならないくらいだ。

 新しく加わったツバキも、意外なほど脚力が強い。もちろん俺達三人には及ばないが、体が軽いのもあってその速さはなかなかのものだ。


「だからと言って常に移動が徒歩というのも、どうかと思いますわね」

「うん。明日あたり職人区を訪ねてみよう。アイリの武器も頼まなきゃね」


 そう言って俺達は休憩を止め、洞窟へと出発した。



「おい!この辺にいるミノ野郎はこんだけだろうな?」

「ああ、この人数で探したんだ。もし生き残りがいても洞窟の奥に逃げちまってるさ」

「違いねえ。ひゃっはっは」


 ミノタウラウノスの住処とされる洞窟はかなりの広さがあって、まだ誰もその最奥に到達した者はいない。というのも、一つしかない入り口から入ってすぐの序盤部分は敵も弱く構造も大して複雑ではないのだが、奥に進むにしたがって、その構造はまるで迷路のように複雑になり出現する敵もより強大になるらしい。らしいというのは、奥に向かってまともに生きて戻った者がいないからなのだが、どうやらこの序盤部分には生存競争で勝てない下位の個体が押し出されてくるようで、それならC級冒険者を数人揃えれば討伐は難しくないのだ。肉は美味とされ尚且つ角は高く売れる。比較的美味しいクエストである。

 序盤部分をくまなく探し、見つけた個体は七体。それらを倒して死体を洞窟内に埋めることで、ミノタウラウノスを探してここに来るシンリ達を危険な洞窟の奥へと誘い込もうというのだろう。


「奴らが奥で殺されればよし。運良く出てきた時は俺達全員で……」


 にやけるアランの目の前には合計二十七人の完全武装の冒険者達。その中には先ほどのアンヘイルの姿もある。


「あのガキぃ、絶対この俺様が真っ二つにしてやるぜ!」

「おい、こっちにまだ一匹いやがったぞ!」


 その声にニヤリと笑ったアンヘイルは、声のした方へと急いだ。そこにいたのは四本の足と尻尾のある牛の体から人間のような上半身と両腕を生やし、左右に伸びた長い角を持った牛頭の魔物。立った高さは二メートルを超えている。これが標準的なミノタウラウノスだ。


「ほう、なかなか大きな個体じゃねえか。殺して捨てるのがもったいねえなぁ!」


 そう言ってアンヘイルは、冒険者達がその両腕と頭を封じているうちに戦斧を振り下ろしてトドメを刺した。戦斧から滴る血を舐めながら彼は呟く。


「次はお前だ……シンリィ」



「……と言っていました主様」

「ご苦労さまツバキ」


 彼らのステラの名を使った時間稼ぎや、俺達が早めの昼食を済ませてきたところで、馬を使う彼等との移動時間の差は如何ともし難いものだ。もちろん、こっちが圧倒的に早いって意味でね。


 到着した洞窟が随分騒がしかったので、影を移動出来るツバキに中の様子を見て来てもらったのだが……。


「罠に待ち伏せですか。シンリ様にそんな事する人達には、お仕置きが必要かも知れません」

「甘いわアイリ。お兄様、この洞窟ごと潰してしまいましょう!」


 物騒な発言が続く二人をよそにおれはミスティと協力して、洞窟全域の探索をしていた。

 あんな連中に関わるより、洞窟の最奥に潜む強敵とやらが俺の興味を引いたのだ。


「意外と広いな……」

{見つけたわ!このコが一番魔力が高いから、たぶんボスね}

「流石だな、ありがとうミスティ」


 ミスティからそのボスの位置と、それまでの最短ルートが頭に流れ込んでくる。


「どうしたんですのお兄様?」

「まあ、ツバキのレベルアップにでも使えたらいいんだけどね」


 そう言って、俺が先頭になり洞窟へと入る。


「ここがミノタウラウノスがいる洞窟かぁ!」


 ワザと中の冒険者達に聞こえるよう大きな声でそう言うと、コソコソと闇の中で人の動き回る気配がして、それらが奥へと入っていった。気配どころか足音も消せないなんて、とんだ三流ばかりだ。


 ある程度進むと少し開けた場所に出た。隠れる場所も多く、集団での戦闘にもちょうどいい。


「隠れるなら、その殺気も消したらどうなんだい?」


 隠れる敵にはおあつらえ向きな中心付近に立って呼びかけると、あっさりと全員姿を見せた。二十七人、ツバキの報告通りだ。


「ふん。少々予定が狂ったが、まあいい。貴様はこの俺が殺してやる!」


 まったく……ギルドカードを互いに持っている事を忘れているのか。馬鹿を相手にするのは疲れるな。

 ともあれ、迂闊な鍔迫り合いをすればこちらのカードにも記載が残る。この馬鹿の相手は洞窟の奥の連中に任せるとしよう。


「意のままに動く人形と化せ、支配せよ【傲慢眼ルシファー】!」


 魔眼によりこの場にいる二十七人全ての意思を支配した俺は、さっきミスティに教えてもらったボスへの最短ルートを全員で進むように指示を出した。途中にはこの序盤部分とは比べ物にならない強力な個体が待ち構えている。


「さて、どのくらい持ち堪えるかな。とりあえず、しばらく待つか」


 意思を支配したとはいえ、その自我を全て奪ったわけではない。引き返したり逃げたり出来ない以外は、普通に自分達で考え戦闘する事が可能だ。そこそこ人数がいるので一体でも多く、露払いをしてくれるといいんだが。


  真っ暗な洞窟の奥から絶え間なく響く叫び声。それが聞こえなくなったのは、それから三十分ほど経ってからであった……。

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