ツバキの昇級と牛の角
「どうも、お待たせしました」
あれから、さらに待つこと二十分あまり。カタリナが報酬の入ったカートを押しながらホールの隅にあるベンチで待つ俺達の下にやってきた。
念のため受け取ったギルドカードを確認したのだが、もちろん今回大した事をしなかった俺のランクに変化はない。
「主様!見て!」
他の二人も同じだったのだが、ただ一人なりたてのFランクだったツバキは昇級していたみたいだ。
「どれどれ、E級にでもなっていたのか?……ぶっ!」
「どうなさったんですのお兄様……はあっ!」
「すごい!ツバキちゃんもう一緒です!」
おいおい、どんだけ評価が甘いんだ。登録からたった半日でC級になるとか有り得ないだろう。
「うふふ。驚かれたみたいですね。でも、シンリさんのパーティだから特別にってわけではないんですよ」
「どういうことでしょう?」
それからカタリナがツバキの昇級の理由について説明してくれた。それによればまずゴブリンの討伐数。これだけでもEもしくはD級になってもおかしくはない量の討伐数だったようだ。
問題は最後に倒した虎のような魔物。あれは『森大牙』といって森の奥にそいつが住み着くと、自分達が捕食されるのを避ける為付近の魔物が近隣で家畜を襲って攫うようになるという、とても迷惑な魔物らしい。
単体でもとても強いうえに近隣の魔物を多数従えている為、その目撃が報告されれば最低でもA級冒険者が在籍しているパーティを呼び寄せて討伐するレベルの魔物。それをほぼ単独で撃破したとなれば異例の昇級をするのも納得出来る話なんだとか……。
「今回、シンリさん達は森大牙の死体は回収されなかったんですね。その毛皮は貴族の方々に大変人気があって、以前には希少なアルビノ種である白い森大牙の毛皮に金貨千枚の値が付いたなんて話もあるぐらいで……」
あ、うん。それ持ってる……。
でも今、これ以上報酬をもらうのはごめんだ。とりあえずバッグから魔眼に収納し直せば、ずっと腐ることも鮮度が落ちる事もない。いつか誰かへの贈り物にでも使えるだろう。
仲間達にもそう言って、死体を持っている事は他言無用とする。
金貨の入った袋をマジックバッグに入れ、カタリナに礼と改めてやり過ぎた事を詫び、俺達はギルドを後にした。
「待ちな!見てたぜ新人、どうやったか知らねえが随分懐があったけえ……」
「今日は精神的に疲れた。そういうのいいから……」
ギルドの扉の前には、なにやら見慣れた一団が武器を構えて待ち構えていたのだが、正直相手をする気にならなかった俺は軽く威圧を放って全員を気絶させ、何事もなかったように宿へと帰った。
「主様ぁ、一生ついていきもふ、ハフハフ……」
そう言って、至福の表情で口いっぱいにパンを頬ばるツバキ。
俺は彼女に約束したパンの最高の食べ方、チーズフォンデュをアンナに頼んで用意してもらっていたのだ。冒険者登録の記念にと考えていたのに、まさか昇級のお祝いも兼ねるなんて出来過ぎた話だ。
テーブルには俺達と一緒にアンナの娘テスラも席に着き、ツバキと並んでチーズフォンデュを楽しんでいる。
二人が揃って、よいしょとパンをちぎり、んふふと笑いながら熱々のチーズをそれに絡めて、すぐ口に運んでアチチとリアクションを見せた後、一生懸命フーフーしてから食べてンフーッ!っと顔がほころぶ風景は、まさに破壊力抜群。
賑わう食堂の全ての客達が、うっとりと彼女達の様子に釘付けになっている。それも仕方がないだろう。この可愛さはまさに反則級だ。今夜の彼らの酒は最高に美味いに違いない。
翌日は久々に朝からギルドに出かけることにした。
朝のギルドの喧騒の理由がどうしても気になっていたからだ。相変わらず戦争さながらの喧騒に包まれたギルドに入りその原因を探そうと見回せば、依頼書がいつもの掲示板をさらにはみ出て大量に貼り出され、通常の二倍ほどの量になっていた。そのどれもが急ぎや個数限定、高価引き取りといった通常よりも条件のいい依頼のようだ。つまりこれらが夜の内にギルドで作成されて朝一番で貼り出される為に、彼らはそれを先を競って受けようとしていたのである。
「お兄様!これ、これを受けましょう!」
その中から早速シズカが一枚の依頼書を剥がして持ってきた。
「えっと、何々ミノタウ……ラウノス?何かどっかで聞いたような微妙な名前だな」
「きっと同じですわよ!この敵を倒す事によって、きっとお兄様はランクアップするんですわ!」
なんかあったな、ミノタウロスを倒してレベルが上がるラノベ。もう別にレベルは上がらなくていいんだが……。
「ミノ退治は、きっと重要なテンプレですわ!」
そう言ってシズカが譲る気がなさそうなので、俺達は依頼書を手にカタリナが受け付けている列に並ぶことにした。
二十分ほど待たされ前のパーティが終わったので受付に近寄ろうとすると……。
「おっと、バカが順番を取っていてくれてて助かったぜ!へへへ」
と、下品に笑いながらやたら重装備で体格のいい男が俺の前に割り込もうとした。
「無礼者が!」
「順番は守らなきゃですよ!」
動きをピタリと止め微動だに出来なくなっっている男。その男の首にはツバキの長刀の刃とアイリの槍の切っ先が押し当てられている。この男、以前見た覚えがあるな。初めてギルドに来た時に俺達を見ながら馬鹿にしたように笑っていた奴か。
「一つ聞きたいんだが、並んでいたのは俺達だよな?」
俺がそう聞くと、首があまり動かせないながらも男は懸命に頷いて同意を示した。
「だそうだよ。シズカ、そっちも放っておきなさい」
男の背後では、彼を助けに動こうとした仲間達の前にハンマーを担いだシズカが立ち塞がり、その動きを牽制していたのだ。
「ぷっ、あれ、『銀熊重装団』の連中だろ?」
「リーダーのアンヘイルの奴ビビってやがる!いつも偉そうに威張ってる癖にだらしねえ!ひゃっはっは、あれでもCランクかよ」
そんな声があちこちから聞こえてきた。普段からあんな態度なのだろう、彼等はかなり嫌われているようだ。
「ゴホン!シンリさん、受付はしないんですか?」
「ああ、すいません。では、これを……」
すっかり列の流れが悪くなってしまった事を気にしたカタリナに促され、シズカが持ってきた依頼書を彼女に手渡した。
「えっと……これは牛体牛頭の魔物、ミノタウラウノスの角の採取ですね?」
「……は、はい。それでお願いします」
牛の体に牛の頭じゃまるっきりただの牛じゃないのか……。冥府の森にはいなかったが、一体どんな魔物なんだろう。
「ちなみに、ミノタウラウノスの肉は高級食材ですので、一緒に持ち帰る事をお薦めしますよ!」
「わかりました」
食材って……やっぱりただの牛なんじゃないだろうな。
岩山の洞窟を住処にしているらしいので、その大体の場所の説明を聞き俺達はギルドを後にした。
「ア、アンへイル……大丈夫か?」
シンリ達が出かけた後のギルドの片隅では、先ほど彼らに絡んであしらわれた『銀熊重装団』の面々が集まって何やら話し込んでいた。中心でベンチに座るアンへイルのこめかみには血管が浮き出ていて、彼がシンリ達がここを出て行くまでの間、必死でその怒りの感情を押し殺していた事を何よりも物語っている。
「くそがあぁぁ!」
もう堪えきれないとばかりに、立ち上がったアンへイルは手にした戦斧を振り下ろしベンチを破壊した。
「ちょっと、ギルドの備品を壊すのはお止めください!」
ギルドじゅうに響いたその轟音に、何人かの職員が慌てて駆けつける。その中には休憩に入る為、窓口を離れようとしていたカタリナの姿もあった。
「きゃあ、ちょっと離してぇっ!」
カタリナに気づいたアンへイルは、彼女に近寄ってその胸ぐらを掴み自らの方へと力任せに引き寄せた。
「ちょうどいい。おい、あいつらは何のクエストを受けやがったんだ?ああーん」
「そんな事、ギルドの職員として他言するわけには……ヒィッ!」
毅然とした態度を取ろうとした彼女の頬に、戦斧の刃が押し当てられる。
アンへイルは彼女の綺麗なオレンジの髪を握り、もう一方の手で戦斧の刃をペタペタと頬に当てながら彼女が屈するのを待っていた。彼女はそんな恐怖の中でも、ギルドで働く職員としてのプライドから決して自ら口を割るつもりはもちろんなかった……だが。
「ああ、あいつらならミノタウラウノスの角取りだ。今頃洞窟目指して出発しているだろうさ」
そう言って近づいてきたのは『疾風旅団』を率いるアラン。彼等は昨日もシンリ達を待ち伏せたのだが、あっさりと意識を刈り取られてしまい、その復讐の機会を伺ってギルドでのシンリ達の様子を盗み見ていたのだ。
「何のつもりだアラン?」
「ふん。あいつらの存在を面白く思っていない奴は、あんたらだけじゃないって事さ」
そう言うアランの後ろには彼のパーティメンバーを含めた二十人ばかりの冒険者が集まっている。
「詳しい話を聞こうか」
アンへイルはカタリナを乱暴に投げ捨てると、そう言って彼らと共にギルドから出て行った。




