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悲運な魔物達

「さあ、次はスライムの核集めですわよ!」


 場所を移し、セイナン市の西にある湿地帯に来た俺達は定番中の定番、スライムの核を回収するクエストに挑もうとしている。

 ちなみにだが、道中普通に歩いていると、かなり距離が離れているにもかかわらず俺達の接近を感じ取った魔物達は全て全力で逃げてしまった。魔力や威圧の波動は全く出さないようにしているので、まさに野生の勘というやつなんだろう。

 そこで、狩りをする時の要領で俺とシズカ、アイリは、自分達の気配をワザとネズミや野兎程度に偽っている。こうしないとこの湿地帯の全てのスライムが逃げてしまうからな……。

 ともあれ、そんな脆弱な存在と認識されるように仕向けた俺達の周囲はあっという間にスライム達に取り囲まれた。


「おお、かなりいるなあ」


 そんな呑気な事を言っていると、一体のスライムがぴょんと跳ねて俺めがけて飛びかかってくる。


「主様!ひゃうっ!」


 すかさず俺の前にツバキが体を滑り込ませ長刀を一閃。しかしスライムの組成を司る核まで真っ二つに切ってしまい、体組織を維持出来なくなったスライムはただのドロドロした液体になってツバキの全身を濡らした。


「あらあら、刃物を使ってはいけませんわ。殴打武器などで叩き弱らせてから組織を剥がして核を取るんですのよ」

「まあ、言ってる事は正論だシズカ。だが、お前の後ろの残骸はなんだ?」


 偉そうに講釈を述べるシズカの背後にはハンマーで作ったと思われる地面に空いた無数の凹みがあり、そこには先ほどのツバキ同様ただの液体となったスライムの残骸が溜まっている。


「これは……ほんのちょっと加減を間違いまして……」

「ちょっとねえ……」


 しかし、恐らくは俺がやっても似た結果になるに違いない。そこでツバキとアイリには木の棒を、俺達二人は小さな木の枝を、それぞれ拾って手に持ちそれでスライムを叩く事にした。

 早くにコツを掴んで順調に核を回収していくツバキとアイリ。だが、俺達はというと……。


「お兄様……小枝って、こんなに恐ろしい武器だったんですね」


 相変わらず、スライムの水溜まりを作り続け……ついには近寄るスライムがいなくなった。



「いよいよゴブリン!ゴブリン討伐ですわ!」


 さて、銀一の基本三クエストのラストは小説でもお馴染みのゴブリン討伐だ。これはカードに討伐数がカウントされていくので、面倒な素材回収などがない。

 一体一体は比較的簡単に倒せるゴブリンだが繁殖力が強く、集団が大きくなると人間を襲撃するようになるので、こうして抑制する必要があるのだ。厳しい生存競争に勝ち残ると、より上位のゴブリン亜種に進化する場合もあるので注意が必要だ。


 最近目撃情報が増えているという森に移動すると、確かに中には数匹のゴブリンがうろついているのが見えた。

 ちょっと魔眼で確認したが、近くにいるゴブリンはレベル十前後の弱い個体ばかりだ。これではスライムの二の舞になるだろうな。


「アイリ、ツバキ。二人は適当に狩っておいで。シズカは、俺と留守番な!」

「お兄様そんなっ!せ、せっかくのゴブイベがぁ……」


 落ち込むシズカを見て、ちょっと可哀想になったが仕方ない。スライムと違ってゴブリンは生々しい死体が残るんだ。この森に地獄絵図を描かせるわけにもいくまい。


 森に入った二人を見ていると、アイリは出来るだけツバキに戦わせているようだ。これは魔物との戦闘経験が無いツバキに経験を積ませようという配慮からだろう。人とは違って、魔物は時折予想だに出来ない行動を取る。それらに今後対応出来るようにする為にも、多くの経験が必要なのだ。

 しばらくすると、逃げ腰になったゴブリンを深追いしているのか二人の姿が森の奥に消え、全く見えなくなってしまった。


「お兄様……これはまさか」


 下ろしていたハンマーを担ぎ上げ、シズカがキラリと目を輝かせながら俺を見る。テンプレなら、森の奥には強力な魔物が待ち構えており、深追いし過ぎた仲間がピンチに陥るところなんだろうけど……。


 ギュワオォォーン……。

「チッ……」


 森の奥から突然響いた魔物の声。しかし、明らかに断末魔の声である。ちなみに続いたのはシズカの舌打ちだ……。

 ツバキのみなら多少の不安もあるが、今彼女の側にはアイリが一緒にいる。そんじょそこらの魔物がどうこう出来るほど、もう彼女は弱くはない。俺と過ごした二年間は伊達ではないのだ。


 木が邪魔で獲物が持ち出せないという二人に案内されて森に入ると、白い大きな虎に似た魔物が死んでいた。傷跡は背後からのひと突き。アイリが正面で敵の気を引いて、木陰を使ったツバキが背後に回ったのか……なかなかいい連携だ。ツバキのレベルが上がっていたので、まあそこそこの相手だったのだろう。五メートルを超すその大きな死体は俺のマジックバッグに入れておく。


 全てのクエストをこなし、意気揚々とギルドに戻った俺達だったのだが……。


「なんて事をしてくれたんですか、あなた達はぁっ!」


 ……怒られた。


 集計の手を休めずに俺達にお説教を続けているのは、出発前の受付も担当してくれた受付嬢のカタリナさんだ。


「だいたい、あの時間から出かけてなんで三クエストもこなせるんですか?どんなに早い馬で行っても二カ所行けば帰りは深夜になるはずですよ!」

「カタリナ、こっちは集計出たわよ。でも、ちょっと…………なのよ」

「…………イッ!」


 持ち込んだ薬草を数えていた係りの女性から耳打ちをされたカタリナが、つかつかと俺に詰め寄って来た。何かまずい事でもあったのか……。


「シンリさん、この薬草はどこで?」

「ああ、町を出て少し行ったところの草原で……」

「嘘言わないでください!これは『ハートカモミール』上級薬に使う超貴重なこのレア素材が、そんなにポンポン草原に生えてるわけがないでしょう!」

「えええっ!」

「これは通常一本で銀貨五枚の報酬です。集計では十本を一束にしたものが全部で百九十二束。つまり千九百二十本あるわけだから……銀貨九千六百……金貨にして九百六十枚分です!」


 薬草採り行って小一時間で九百六十万円って……どんだけの高額バイトだ。まあ、薬草の種類を聞いて出かけなかった俺達も悪い。ツバキはともかく、特殊な嗅覚で探すアイリと、そのものの存在を独自の方法で感知するシズカが、どんだけ広範囲で探し出したのかは不明だが、いくらなんでもやり過ぎた。


 次にスライムの核だが、これはアイリとツバキだけしかまともに回収出来なかったにもかかわらず……。


「核の総数は、九十三個。金貨九枚と銀貨三枚ですが……皆さんは今後、あの湿地帯へは出入り禁止です!」


 まさかの出禁処分が言い渡された。確かにその倍くらいのスライムを俺とシズカで無駄にしているし、仕方あるまい。


「ふう、最後はゴブリン討伐ですね。アイリさんが七体。ツバキさんは……これ、間違いないですか?」

 コク。


「ツバキさんお一人で四十三体も……ですか。しかもゴブリン弓兵(アーチャー)とゴブリン槍兵(ランサー)が混じってますね。こちらはいずれも銀貨五枚ですので、お二人で合計金貨八枚と銀貨二枚です」


 なんだか進化種が混じっていたようだな。しかし、本来なら一番しょぼいはずの薬草採集の報酬が意外すぎて、他の二つが大した成果に見えない。正直感覚が麻痺してしまっているみたいだ。


「はっはっは。さすがは私のご主人様だ!シンリ殿はギルドの金庫を空にでもするおつもりなのかな」


 今は忙しそうに金貨を準備しているカタリナにさっきまでこってり絞られ、なんだかひどく疲れているところに追い打ちをかけるようにエレナが上機嫌で姿を見せた。いつからお前のご主人様になったんだ。


「あ、支店長実は…………」


 エレナの姿を見つけたカタリナは彼女に駆け寄って誰かのギルドカードを見せ、何やら二人で相談を始めた。


「うん。大丈夫だろう許可するよ」

「かしこまりました。では、そのように手続きいたします」


 これ以上何があるというんだろうか……。

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