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ツバキの決意

「小さな手……」


 眠ったツバキをシズカ達が待つ宿へと届け、俺は再び夜の町へ出かけていた。

 宿に残ったシズカとアイリは、とりあえずツバキの髪を洗って体を拭き、あまりにも汚れていた衣服を着替えさせている。


「こんな小さな手にあんなものを持たされて、無理やり命令されてたくさんの……」


 そう言ってアイリは壁に立てかけられた長刀を見る。


「もっと違った生き方が出来ていたなら……そうね、美味しいものや花なんかをこの手で持って暮らせていれば……」


 持ち上げたツバキの手を頬に当てながらシズカも呟く。


「私達の旅は過酷になるかも知れないんだってシンリ様は言ってました。だから私は頑張って修行した。そんな私達と共に行くことをこの子は望むでしょうか?これからもこの剣を握って……」

「そうね……。強過ぎる力は、時として災いを呼ぶもの。それもまたテンプレよね……。でも、この先に何が待っていたとしてもお兄様と一緒なら乗り越えられる。この子もそう思ってくれればいいのだけど……」


(でも一つだけわかっている事があるわ。それはお兄様が決してこの子をお見捨てにはならないって事……)


「お兄様……」


 そう言って二人は、まだ暗い窓の外をただ見つめていた……。



{見つけたわシンリ}

「さすがだなミスティ。それで、奴は今どこに?」


{例の黒い馬車はこの町の北門を出てすぐの雑木林に隠れているわ}

「ありがとう」


 宿を出た俺は、昼間蜂蜜を採りに行った時見かけた黒い馬車を探してセイナン市内を走っていた。町の中にそれらしい馬車はいなかったのでミスティに頼んで町の周囲を探してもらうと、目的の馬車はあっさりと見つける事が出来た。



「ふーん、ふふふーん……」


 シンリが探している馬車の中では一人の中年の男が、鼻歌交じりに手に持ったグラスの酒を飲んでいる。


「まったく、笑いが止まらんとはこの事だ。ふふふーん」


 あれは三年ほど前の事だ。奴隷商から縁起でも無い髪と目の色をした痩せこけた子供を、借金の利息代わりだと言って無理矢理押し付けられた。愛想の一つも無い、よく喋りもしない役立たずのガキだ。それでも性別だけは女だったのでいつか売れるだろうと思って渋々育ててみる事にする。

 それから半年ほどしたある日、このガキが家の影に沈み込んで(・・・・・)行くのを見た。

 びっくりしたが何よりこの力からは金の匂いがプンプンしやがる。まずは試しに盗みをさせてみた。だが、鍵があれば開けられないし、運べる量は所詮ガキの腕力程度、たかが知れてる。

 そこで、いつも気に喰わない奴をこいつに襲わせてみると、誰にも見られず全く気付かれずに殺す事が出来た。

 これだ!と思った俺は暗殺を仕事として請け負う事にする。これが見事に成功し評判はみるみる王都、いや王国じゅうに広まっていった。俺がやってるわけじゃねえから仕事を選ぶ必要なんかねえ。金のいい仕事なら何だってやらせた。

 その全てをこのガキはいとも簡単にこなし、俺に莫大な利益を次々ともたらしていく。

 ある貴族を暗殺後、屋敷を物色していた時に遠い東の島国の武器だという『刀』を手に入れる。これは切る(・・)事に特化していて、ガキの暗殺方法とも相性が良く、仕事の効率がさらに上がった。


 それからも数えきれないほどの暗殺をガキにやらせ、俺は大きな屋敷とたくさんの女達。そして一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れた。


「しかし、最近俺を『血影』自身だと疑っている奴らがいる。そろそろ切り上げ時だ、あのガキを殺して責任を取らせ、その首にかかった賞金もいただいて……くっくっくっ……あーはっはっはっは!こりゃ腹が痛いわ!」


 ひとしきり笑うと、男はグラスの酒をクイッと飲み干した。


「まったく、たいした拾い物だったよあのガキは……毎日笑いが止まらんな!早いとこ、このチンケな依頼を済まして、ガキの死体(・・)と一緒に女達の待つ屋敷に帰りたいもんだぜ……」


コンコンコン。


 新たな酒瓶を取り出そうと男が椅子から立ち上がると、突然馬車の扉が外から叩かれる。


「チッ、思ったより早かったじゃねえかクソガキが!」


 そう言って男が扉を開けると、そこには黒いフードで顔を隠した見知らぬ男が立っていた……。





 ミスティに教えられた場所には例の黒い馬車が停まっていた。中の様子を伺うと随分と下品な話し声が聞こえてくる。あまりのゲスさにこのまま焼き尽くしてやろうかとも思ったが、ふと奴が話していた内容の一つが使えると感じた俺は、それを実行すべく馬車の扉を叩いた。


 面倒臭そうにその男が扉を開けた瞬間、俺はツバキから外した隷属の首輪を男の首にはめる。


 この隷属の首輪は、俺が主人となるように書き換えられておいた。俺の魔力で加工しておいたので、死ぬまで俺の命令以外の行動が出来ず、どんな高位の術師でも外すのは不可能だろう。

 俺は隷属化させた男に、王都に戻って自らが『血影』として動き、適当なヘマをして捕まるように命令した。そして、これまでの事も全て自分一人がやった事だと自白し、罪を償う事。ツバキに関する全ての記憶を忘れる事等を細かく命令する。


 取りあえず、手は打った。これでツバキが社会で普通に暮らしていくのに、障害になるものはじきになくなるだろう。


 用件が済み馬車から離れようとして、俺は大事な事を聞き忘れていたのに気が付いた。


「おい、俺を暗殺するよう依頼したのは誰だ?」

「それは……」


 その名前を聞いて、一瞬威圧と魔力が解放(・・)されかけた。あまりの気配に、馬達がけたたましく戦慄いている。気を落ち着かせ、依頼者には俺の暗殺は成功したと報告するよう命令する。

 そして、今後生き地獄を味わうであろう男を送り出し宿へと帰った。


「もう心配いらないからね……」


 部屋に戻るとツバキを中心にして二人がそれを包み込むように抱きしめて眠っていた。

 洗ってとかしてあげたのだろう。ツバキの黒髪は以前のボサボサとは比べられないほどしっとりしていて艶々と輝いている。そんな髪を優しく撫でていると、眠ったままの彼女の瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。



 翌朝、四人で朝食を済ませた後、俺達はツバキと今後の事について話し合った。


「…………とまあ、こんな感じで俺達は冒険者になった。そしてこれからも冒険者として旅をしていく事になるだろう。ついて来ればこれからもずっと多くの戦いを経験する事になる。もし、ツバキが平穏である事を望むのであれば住むところもちゃんと暮らしていけるだけの金も与えよう。もちろん身の安全だって絶対に保障する」

「私には……平穏など許されるはずがない」


 そう言ってツバキは顔を伏せる。まあ、無理もないか。


「ツバキ、過去を完全に忘れろとは言わない。それでも過去に囚われていては前には進めないだろう」

「……それはそうですが」


 無口な彼女が自分の言葉でしっかりと話してくれているのは、彼女なりに真剣に俺達との今後を考えてくれている意思表示なのだろう。


「じゃあツバキ。これからは後ろを振り返りそうになったら俺を見てくれないか。いや、俺だけじゃない。シズカを、アイリを。俺達仲間達……。ううん、違うな。俺達は血は繋がっていないが家族同然。だからツバキ、そんな時は俺達家族の事だけを考えて、俺達の事だけを見るんだ。ツバキが辛い思いに耐えきれないと感じる時、そこには必ず俺達家族がいてキミを支えるから!」

「私に……家族が?」


 俺はツバキの両手を俺の両手でしっかりと握りしめながら、彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「そうだ。俺と家族になろうツバキ!」

「あぅあぅあぅぅぅ……」


 途端にツバキは真っ赤になって俯き、へなへなと力が抜けていく。


「あのーお兄様。今のじゃまるでプロポーズみたいじゃありませんこと?」


 た、確かに。よくよく思い出せばそうとしか思えない言い回しをしている。ツバキが赤くなったのはそういう事か……。


「えっと、ツバキ」

「主様……」


「え?」

「主様です。私の主様になって下さい」


 ツバキ曰く、彼女達『影人種』は一族を率いる最も強き者を『主』と呼び、全ての者が付き従うのだという。

 よかった……旦那さまとかの意味かと思った。


「わかった。俺がツバキの主になろう」

「感謝します主様……」


 ふいに、俺に飛びついてしっかりと抱きついてくるツバキ。


「どこまでもお供します。主様、幾久しくお仕えさせて下さいませ!」


 そう言ってツバキは初めて俺達に笑顔を見せた。

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