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はちみつ

「あらアンタ達、ギルドの用事はもういいのかい?」


 宿に帰ると、出かける支度をしながらアンナが話しかけてきた。


「ええ、もう済みましたから。アンナさんは今から出かけるんですか?」


「ああ、ちょいとギルドまでね。特製の蜂蜜が切れそうなんで、調達依頼を出しに行くんだよ」

「蜂蜜……それってお店じゃ買えないんですか?」


「ああ、うちの旦那のこだわりでね、『森大スズメバチ』の蜂蜜じゃないとダメなのさ。やつらは凶暴で、刺されると死ぬ事もある。一応C級以上の指定依頼で出すんだが、さて、今回は何日後に届くかね……」

「その森大スズメバチは、どこに生息しているか分かってるんですか?」


「ああ、この辺じゃ正門から出て半日行った所の小さな森が縄張りさ。何回巣を採って来ても、またすぐ同じ所に巣を作るようにしてるからすぐ分かるわよ」

「それなら、今から俺達で採ってきますよ」


「いや、気持ちは嬉しいんだけどねえ……」


 アンナは不安そうに俺達を見る。まあC級以上だって言ってるくらいだし、そこそこ強い魔物なのだろう。


「大丈夫です。俺達もC級冒険者ですから」

「バカ言っちゃいけないよ。こないだ正式にギルドカード貰ったばっかなのに……」


 疑うアンナにギルドカードの内容を浮かび上がらせて見せ、C級である事を証明した。


「はあ、何がどうなってんだろうねぇ?タダもんじゃ無いのは感じちゃいたけど、それにしたって早過ぎだよ!まあ、頼めるってんならこっちは有難いけどね。なら一緒に申請しにギルド行くかい?」

「いえ、この間のお祝いのお返しに差し上げますよ」


「そんな、タダってわけにはいかないよ!」

「では、今夜の夕食を御馳走になるって事でいかがです?」


「本当に危険な相手だってんのに、アンタ達なら簡単に何とかしちまいそうだから不思議だよ!」


 そう呆れるように言うと、アンナは蜂の巣を入れる大きめの袋と途中で食べられるようにと大量のパンを渡してくれた。


「いいかい?試してみて無理だと判断したら止めて帰ってきな。そんときゃギルドに頼むから」

「はい。では行ってきます」


 正門を出て聞いた通りの道を進むと、前方に小さな森が見えてきた。森の中には、大量の森大スズメバチが飛び回っているのがチラチラ見えている。体長は五十センチほどあり、アイスピックのような特大の針を持っている。あれで刺されれば唯では済みそうもない。

 そんな危険な蜂達の群れの中を、俺達は平然(・・)と歩いて進んだ。ミスティが水の膜のような結界を俺達の周囲に張っているので、蜂達は全く近寄れないのだ。


 森の中心には、幾重にも層になった巨大なラグビーボールのような巣があった。これまたたいした大きさだ。アンナに言われた通り、三分の一ほどだけ切り取って袋に詰める。こうしておけば蜂達がまたここに巣を再生させるので探す手間が省けるのだそうだ。


 巣の回収が済んだので来たとき同様に森を出ているのだが……。さて、ずっとついて来るこの大軍を町に近づけない為にどうするか?などと考えていると、森のすぐ近くに一台の馬車が停まっているのが見えた。


「まずい!」


 俺達について来た蜂達は、その黒い馬車も攻撃対象にしたようだ。群れの一部が馬車目掛けて向きを変える。


「シンリ様、お任せください!」


 そう言って瞬時に、馬車と蜂の間に入ったアイリが槍を構えた。そしてゆっくりと、そして徐々に早く槍を体の前で回転させていく……。


 ブゥン……フゥン……フィンフィンフィンフィィィィィィィィィィーー……!


 槍を回すアイリの周囲はまるで吹き荒れる台風のようで、その風に触れた蜂は容赦無く全て切り刻まれていく。一部の蜂が、その暴風圏内を避けようと距離を取ろうと回り込むが……。


「伸っ!」


 アイリの掛け声と共にその暴風圏がどんどん外側に広がって、離れようとした蜂までもその風の刃で切り刻む。


 彼女の持つ槍の柄に使った『伸縮樹』は、森の魔素を吸い込み伸び縮みする特殊な木だ。その特性を活かしアイリ自身の魔力操作で伸縮を調整出来るようにしたのだ。もともと魔力操作の苦手だったアイリが、死に物狂いで修業しモノにした技だった。


 森から出た個体をほぼアイリが殲滅した頃、新たな蜂の集団が森の中から向かって来ているのが見えた。


「ワタクシに、お任せになって!」


 今度はシズカが立ち塞がり、ハンマーを振りかぶって地面を叩くと、そこからは大きな岩の塊が隆起した。その岩塊目掛けてシズカがハンマー投げ競技のように三回程回転してハンマーを一気に叩き付けると、砕けた岩塊は散弾銃の弾のように、無数の礫になって森の蜂達に襲いかかった。その礫の散弾が通り過ぎた後には、まともに動く敵はもう一匹もいなくなっている。


 蜂を撃退してふと見ると、あの馬車はいつの間にか逃げ去っていたようだ。一仕事終えた二人が、俺の下に駆け寄って来た。


「おつかれアイリ。調子はどうだい?」


「はい!あの時シンリ様が魔眼のお力で付与してくださったリッチーの耐性スキルのおかげで『呪い』は相殺されてますし。シンリ様お手製のこの槍がついていますから!」


 そう言ってアイリは大事そうに槍を抱きしめる。まだ十五歳でありながら、LVアップの過程でみるみる立派に成長した大人びた身体。抱きしめた槍が双丘にふわりと挟まれている様は、直視するには刺激が強い……。


「お兄様!ワタクシだって頑張りましたのに、お言葉を……」


 ぐきゅるるるぅぅぅ……!


 続くシズカの言葉はどこからか響く異音によって遮られた。


「なんだ?」

「今のはどこから?」

「アイリじゃないですよ!」


 三者三様それぞれに各自の顔を見る。が、全員それを否定し首を振る。と、そこへ再び……。


 ぐぅぐきゅるるるううぅぅぅ……!


 また鳴った。音のした方角を皆で注意して見る。


 くきゅうぅぅぐうぅぅ……!!!


 長く続く異音にその発生源をたどってみれば、その音はどうやら俺の『影』の中から鳴っているようだ。


「お兄様って……」

「いや、なんとなく何て言われようとしたのか察しがついたが違うからな!」


 二人が可哀想な人を見るように俺を見るのを放置し早速発動させた【嫉妬眼(レヴィアタン)】で『影』を見る。

 するとそこに見えたステータスには名前が空欄になっている。年齢は十三歳ですでにレベルが六十五というのはかなり高い。影人種という人種があるのか。強制隷属状態ってなんだ。ジョブもよく見えんな。


「おい!」


 俺は自身の『影』に問いかける……もちろんそこからの返事はない。


 仕方なく俺は突然本気(・・)の速さでアイリとシズカを抱えて三メートルほど移動した。あまりの速さに、もし誰か見ていたら瞬間移動にしか見えないだろう。その影人種がついてこられるわけがない。


 俺の狙い通り、移動前の場所を見ると、真っ黒い小さな人影が驚いた様子でキョロキョロと辺りを見回していた。


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