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魔眼の開眼

「……しかし、ずいぶん時間がかかったが何が開眼条件だったんだろう」


 これまでにも僕は幾つかの魔眼の開眼を経験し、生まれ持った分を合わせるとすでに五つの魔眼の力を持っていた。

嫉妬眼(レヴィアタン)】から得た知識では、魔眼にはそれぞれ七つの大罪を冠した名前が付いていて、それらを全て統合し従えている左目は本来【七罪眼】という魔眼であるらしいのだ。つまりこの【七罪眼】には名前の如く未だ開眼に至らぬ能力があと二つあるという事。

 そして魔眼の開眼には名前となる大罪に関連した特殊な開眼条件があるようで、それらを満たした時にこの開眼のプロセスが実行される。


 この開眼のプロセスには膨大な魔力を必要とする。それは強過ぎた師匠を以てして人外と言わしめた僕の魔力全てを出し切っても足りないほどだ。その数を増すごとに必要な魔力量は増えてきており今回は六つ目。その消費量も五つ目の時とは桁違いに増えるに違いない。


 深く息を吸い込んで、普段極限まで抑え込んでいる魔力を全て一気に解放する。

 その強烈な波動は森じゅうの木々をびりびりと震わせ、抵抗力の低い下位の魔物や野生動物はその気に中てられただけで次々と気絶して倒れた。


 波紋は広大な『冥府の森』の隅々まで広がり各地の強大な魔物達も当然それを感じ取っている。森のちょうど中心付近の、とある豪奢な内装の一室に一人佇む彼女(・・)もそれを感じて微笑んだ……。


「うふふふ。ついに始まったのねシンリちゃん」






  やがて『冥府の森』の上空にはもうもうと暗雲が立ち込めその中で時折ゴロゴロと稲光が瞬いていて、まるで嵐の前触れのようだ。

 すると森の木々や地面から薄い紫の光を放つ黒煙のようなものがじわじわと湧き出し、それらは雨粒が集まって大河を作るが如く一か所にどんどん集まりながら巨大なうねりとなって僕の左目へと容赦なく流れ込んでいく。これは僕自身の魔力ではまだ足りないと魔眼が周囲の魔素さえも取り込み始めているのだ。


「グッ、グワアァァァァァッ!」


 荒れ狂う異物の侵入によって僕の身体は軋み激痛が全身を駆け巡っていく。無意識に発する叫び声、それはまるで魔獣の咆哮のようだ。


 そんな僕の状態などお構いなしに十分な魔力を集め終えた開眼のプロセスは次の段階へと進み、新しい魔眼と五つの魔眼を【七罪眼】に統合する為、全ての魔眼が一旦開眼状態になっていく。


嫉妬眼(レヴィアタン)】が開眼すると、脳が壊れんばかりの様々な情報が無遠慮に頭に流し込まれる。


憤怒眼(サタン)】開眼の反動で、肉体が強制的に強化されると急激に肥大化した筋肉がそして負担に耐えかねた骨が幾度も悲鳴を上げる。


傲慢眼(ルシファー)】は言わば精神を支配する能力。開眼プロセスが行われる度に僕自身の精神を支配しようと襲いかかってくるのだ。


強欲眼(マモン)】が開眼した直後、全身に強烈な虚脱感が襲う。文字通り強欲なこの魔眼には僕の体力や魔力、いやこの命さえも全て奪われそうだ。


暴食眼(ベルゼブブ)】。実はこれが最も厄介だ。一瞬でも気を抜けばこいつは僕ごと周囲の全てを喰らい尽くそうと暴れ回る。


 さらに、流れ込んできた情報によれば今回開眼に至ったのは【色欲眼(アスモデウス)】。その開眼による反動は……かなり恥ずかしいので聞かないでくれ……。


 それら全ての暴走を必死で抑えながら、僕はただひたすらに耐え魔眼の統合が終わるのを待ち続けた。やがて僕の身体全体が薄っすらと紫色の光に包まれ、それがより一層眩い光を放ちながら突然撃ち出されるようにして天に抜けると、上空の暗雲にはぽっかりと大きな穴が開き、その隙間から青白い月の光が優しく僕を照らし出す。それと同時に、先ほどまでの状況が夢か幻であったかのように森は沈黙し辺りは静寂に包まれた。


「ふう……」


 未だ左目は熱く頭痛と身体の痛みは残っているものの魔眼の開眼自体はなんとか無事に完了したようだ。僕は天を仰いで大きく息を吐いた。


「……し、シンリ様」


 洞窟への入り口付近からかけられた声に振り向くと、そこには岩肌から頭だけを恐る恐る突き出したアイリの姿があった。僕が振り向いたのを見ておずおずと近づいてくる彼女は耳はペタリと閉じ尻尾は股の間に挟み込んでいる。

 無理もない。今現在この森最弱といってもいい彼女が結界の中とはいえあの魔力の波動に耐えてみせ、さらにはその中を僕の身を案じて歩いてきたのだ。常人なら気を失いそうなほどの恐怖の中を、この僕の為に……。


「ありがとうアイリ。僕なら大丈夫だ。それよりも随分汗をかいてるみたいだね。この道をまっすぐ行ったところにきれいな水の湧く泉がある。そこで水浴びをしておいで」

「も、森の中に一人でですか?」


 僕はアイリに見られぬように、こっそり魔眼からタオルと着替えを取り出して彼女に手渡した。


「大丈夫。絶対に危険はないから心配しないでいいよ。それとも一緒に浴びようか?」

「い、行ってきますぅ!」


 ボンッという効果音が付きそうなほど顔を赤らめた彼女はそそくさと森に入って行き、その姿が見えなくなると僕はその場に力なく倒れ天を仰いで大の字に寝そべった。


「あ、危なかったぁぁぁっ……」


 魔眼の開眼に備え肉体と共に魔力操作と魔力を増幅する修業を毎日必死にやってきた。前回の開眼時は師匠が助力してくれたおかげでなんとか乗り切れた。その後は師匠が作った訓練メニューに加え、あの人(・・・)からも魔力について多くを学び、準備万端でこの日を迎えたはずだったのだが……。


「それでもこの様だ。あと一つ、こんなんで持つのかぁ?」


{ふふふ、ずいぶん弱気じゃないシンリったら}


 その『声』は突然、僕の頭の中に直接響いてきた。


「からかいに来たのかミスティ。今は相手する元気なんかないぞ」

{そんなんじゃないわよ……『我は汝、汝は我。水統べる者にしてシンリの盾。我求めるは水流の理』}


「おぉ、これは……」


 詠唱が終わると彼女、ミスティから膨大な魔力がゆっくりと水流の如く僕の中に流れ込んでくる。この『水流の理』は術者と対象者の互いの魔力を均等になるまで流動的に移動させる付与魔法だ。


{ちょっとぉ、私の魔力半分でまだまだ足りないなんて……ねえ、シンリって本当に人間?}


 そう呆れたように言うとミスティは僕の隣、頭上の高さに下向きの水面を作り出し、そこから落ちてきた大きな滴がみるみる人型になって立ち上がった。その姿は、白い肌に水色の長い髪を持ちエルフのように尖った耳の美少女の姿。まさに水そのもので出来たワンピースは表面が常にゆらゆらと揺らめいている。


「人を化け物みたいに……。本職(プロ)に言われるとちょっと傷付くなあ」

『だれが化け物よ!失礼しちゃう、水の最上位精霊に向かって!』


「あははは。でも本当に助かったよ、ありがとうミスティ」

『最初から素直にそう言えばいいのに……もうっ!』


 ミスティがぷいっとそっぽを向くとそのワンピースの水面に幾つもの波紋が広がって、そして消える。


『まあ、私はシンリの契約精霊。だから命令されれば無理矢理にでも協力させられてしまうんだけど?』

「悪かったよミスティ」


 そう言いながら彼女のワンピースの表面に消えゆく波紋をぼんやり眺めていると、僕のすぐ目の前に振り返ったミスティの顔が迫ってきた。


『ところでシンリは私に聞きたい事があるんじゃない?』

「察しがいいな。あの娘アイリって言うんだが……気付いたか?」


『そりゃあ私の加護の領域内であんな『呪気』を振り撒いてたんじゃ嫌でも気付くわよ!』

「ははは……」


『まあ、私の加護に干渉出来るほどのモノじゃないから問題ないわ。泉の水妖精達がさっき怯えまくってたけど。ふふふ』

「そこで相談なんだが……」


『無理!』

「えっ?」


『それくらいわかるわよ!解呪できないか、でしょ?』

「うん」


 ミスティは僕と契約している水の精霊だ。本来、人間では耐え切れないほどの瘴気が漂うこの『冥府の森』で僕が普通に暮らしてこられたのは常に彼女が僕に加護を与えて護ってくれているからに他ならない。アイリが水浴びに行った泉もこの『生贄の庭』全体も彼女が僕といる影響で瘴気にまったく侵されずに済んでいるのだ。そんな彼女の『浄化』の力でアイリの『呪い』が消せないかと、確かに考えてはいたんだが……。


『私の浄化はあくまで清浄化。あの『呪い』を解くには光属性の『聖浄化』の力が必要ね。でもこの森に光属性を使う奴なんているわけないし……』


 確かに……この森の性質上、人間界ではまず使い手のいない『闇属性』を使う者はたくさんいても、『冥府の森』で生きていく上ではデメリットの方が多い『光属性』使いなど会った事もないし、そもそもいるわけがない。


「そうか……でも何を探せばいいのかはわかった。ありがとうミスティ」

『なあに今日のシンリったら、素直に御礼ばかり言って気持ち悪ぅーい!ふふふ』


 その時、戻ってきたアイリの足音が近付いてくるのが聞こえるとミスティの姿はパチンと弾け、霧のように霧散して消えてしまった。


{うふふ、またねシンリ}

「助かったよミスティ」


 そう言ってミスティの気配がその場から完全に消えると、木々の向こうには水浴びをすませて戻ってくるアイリの姿が見えていた。






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