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血影

 ここは王都とセイナン市を結ぶ街道を少し逸れた、とある森の奥深く。


「ふざけやがって!ふざけやがってぇーっ!」


 そこには深い森には似つかわしくない、かなり豪華で大きな屋敷が建てられている。

 その三階にある一際豪奢な部屋の中では、派手な衣装を着込みいくつもの宝石や貴金属を身に着けた男が怒り狂ってど大声を張り上げていた。


「全部俺の物だ!そうだよなあグルジ?」


 激高する男は傍らに立つ屈強な男に問いかける。


「もちろんです。ソビュート様は王都の裏の王。王都の闇は全てソビュート様の物に御座います!」

「じゃあ、何故だ!何故その俺様がこんな所に閉じ籠ってなきゃイカんのだ!ええ、おいっ?」


 そう言ってソビュートは、ワインの入ったグラスをグルジに叩き付けた。


「万が一の無いように万全を期したまでの事。どうか今しばらくの辛抱をお願い致します」


 グラスはグルジの胸に当たり、ワインが服を染めグラスの破片が飛散する。


「万が一だと?その為にお前ら夜伽も商売も出来んクズ共を飼ってやってるんだ!そんなもの、王都に残っても護れるようにするのが当たり前だろうが!」

「お気持ちはごもっとも。ですが我らとて飼われている御恩は十分に感じております故、全てはその忠誠から来るものとご理解いただきたく……」


 服が汚れた事等全く意に介さぬようにグルジは淡々と意見を述べる。その足元では二人のメイドが床を片付け、汚れた絨毯を拭き破片を残らず拾ったが、もちろんグルジの服はそのままだ。


「ああああぁぁぁっ!……もうよい!これ以上は聞きとうない!下がれ!」


 そのグルジの淡々とした態度にさらに気を悪くしたソビュートは、そう言ってグルジに背を向けた。


「しかしソビュート様……」

「五月蠅い!今夜の奴隷を連れてこさせろ!お前はここから出ていけ!もう部屋に入って来るな!」


「……かしこまりました」


 そう言ってグルジは退室した。扉が閉まると彼の下へ数人の男が歩み寄る。


「グルジさん、外の奴らが何か森の雰囲気が変わったって騒いでやがる!」

「まさか来たのか……こんな場所まで。各階の警備は予定通りだ!いいか、森の奴等からの定時連絡が切れたら、即刻捕えてる魔物達を一階に解き放つんだ!」


 それからも幾つかの指示を彼らに命じると、それぞれが慌ただしく持ち場に戻って行く。


「そこのお前、今夜の性奴隷を連れて来い!それ以外の奴隷も肉の壁にする。この廊下に並ばせて、見知らぬ奴が来たら抱き着くよう首輪に命令しておけ!」

「わ、わかりました!」


「俺達はここで奴隷ごと奴を始末する!悟られないように全員着替えておくんだ、いいな!」

「はい!」


 指示を受けた残りの者達も移動し、その廊下にはリーダーのグルジのみが残された。


「チッ、噂だけの存在じゃなかったのかよ……血影は」


 そんなグルジの呟きを聞く者はここには居ない。




……森の中で警戒にあたる一人の男。


「さっきから、どうなってやがる?」

(……おかしい、この辺だけでも二十人以上はいるはずなんだ!いくら夜の森の中と言ってもこれじゃあ……)


「……静かすぎる」


 その一言が、彼の生涯最期の言葉となった。




……屋敷前で森からの合図を待っている男。


(後少しで次の合図か……ん?なんで森の方をを見てた俺が屋敷を見てる?そんな事って……)


 男が下を向こうとすると……その頭は首からずれて彼の背中に当たって落ちた。




……屋敷一階で魔物の檻の解錠を任された男。


「くそがっ、やっぱり合図がねえ!魔物を放つしかねえのか?あれすっと後始末が面倒なんだよな……なっ!」


 男が、仕方なく魔物の檻を開けようと鍵束を持って伸ばしたはずの腕が……無い。そして叫び声を上げようとした喉には光る長い剣先が静かに背後から突き出した。




……屋敷二階で階下の様子を伺っていた男。


「何故だ?下で魔物が放たれた気配が無い……」


 弓矢を持った男は、背を壁に付けてジリジリと階下に降りる階段を覗き込もうとする。


 それは音も無く、背にする壁から生える細身の剣先……。それが男の首の高さを背後から滑るように近づくと……何の抵抗もなくスッと男の首を刎ねた。


 ゴッゴトッゴトンゴトトン……!


 斬られた男の首が階段を転げ落ちて行く音だけが、静まり返った屋敷内に響き渡る。




 その頃、三階の廊下は奴隷達で溢れていた。それは全てソビュートの性奴隷……。女だけでなく数人の若い男奴隷も混じっている。

 その中に紛れて人間の盾を作り、グルジ達精鋭はじっと辺りをうかがっていた。


「何だ、さっきの音は?下の階の奴らは何故誰も報告に上がって来ねえ?」


 そう呟いたグルジは元B級冒険者だ。とはいえ、あのまま冒険者として暮らしていれば今頃A級にも届いただろう。


 しかしある時、長い遠征から帰ると妻が重い病にかかっていた。まだ小さかった子供は伏せて家事が出来ない母を手助けしようと無理を続けたのだろう、隣室で倒れて死んでいた。

 恐らくはグルジが帰った音を聞いて安心し、張っていた気が抜けたのでは無いだろうか?まだ少し温かかった……。


 それからグルジは冒険者を辞め、妻を懸命に看病した。とうに有り金は使い果たし、借金を重ねながらでも効くという薬や魔法はほとんど試した。だがその甲斐なく、結局半年後に妻は他界した。


 看病で作った借金のかたに戦闘用奴隷に売られるところをソビュートに拾われ、警護と汚れ仕事を任される。その扱いは最低だったが、家族を守りきれなかった無念からソビュートを死んでも護ると決めていた。

 ソビュートは最低の下種だ。王族の縁者であり、その権威を笠にやりたい放題。拷問や性奴隷のあまりの扱いに何度も吐いた。尊敬できる所は何も無く、ただ己の欲求にのみ生きる最低の豚野郎。


 それでも、であっても……だ。


「なのに、何だこれは?」


……きっかけは敵勢力に潜り込ませた部下の死に際の一言「血影が来る……」


 猫の子一匹通れない程の警備を敷くため、わざわざこの別荘に移動した。手下を総動員し、考え得る打てる手はすべて打った。


 彼自身、もう何が何だか解らず、必死で奴隷達を掻き分けて吹き抜けから階下を見る。そこで発動させた『照光(ライト)』の魔法に照らされたそれは、おびただしい数の死体。もはや動いている部下は一人もおらず誰一人呻き声も出してはいない。全て即死だ。準備していた檻の中の魔物さえ動くモノはもういない。


 彼が立ちすくむ廊下では、奴隷達は皆無事だ。だが奴隷に扮した者、隠れていた部下は全員死んでいた。周囲の奴隷達が気付く事も無く……だ。



 何故?そう考えながら……グルジの視界も意識も闇に落ちて消えた……。



「だ、誰かおらんのか!この役立たず共が!グルジめ、貴様さては自分だけ逃げおったな?」


 外の気配の静かさにすっかり狼狽したソビュートの前に何の前触れも無なく、突然小さな人影が現れる。


「ま、待て待て何でもやるぞ!金か?地位か?何だ?なんだってくれてやる!ほら、こ、これ南方の珍しい果実だ!そうだ腹は減ってないか?最高の料理がある!それを食ってから落ち着いて話せば……」


 どうにかして死から逃れようとソビュートはなりふり構わずしゃべり続ける。そんな彼の言葉の中の何かに興味を惹かれたのか、一瞬人影が動きを止めた。しかし、自身の首輪のような物に触れ……。


「ゴクリ……でも無理、命令絶対!」


 そう言って彼女が身の丈より長い細い剣を一振りすると、ソビュートの首は自らが持ち上げていた果物の盛られた器にゴトリと落ちた。





 その森の出口には一台の黒塗りの馬車が待機している。

 しばらくすると馬車の『影』の中から一人の少女が、突然姿を現した。


「殺ったのか?」

……コク。


「よし、次の依頼だ。さっさと乗れ!」

「……ごはん」


「チッ、次の仕事が済んだら喰わしてやる!」

………コク。


「次は楽勝だ!セイナン市で、シンリって駆け出しの冒険者消すだけの簡単なお仕事だからな!いくぞ……」


 男が命じると御者台の男が馬に鞭を入れ馬車は再び走り出した。

 揺れる馬車の固い床板の上で、疲れ果てた少女はつかの間の眠りの中に落ちていった……。


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