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Cランク

  翌日の朝、朝食を済ませた俺達は再びギルドに向かっていた。今朝早くにギルドからの使いが訪れて至急出頭するように言われたからだ。一体なんだというのだろう……。

  ギルドに到着するとやはりこの時間帯は大混雑のようだ。朝から依頼を受けたい気持ちはわかるがなんでこんなに混む時間帯に誰もが来るのだろう。前日の夕方とかに依頼を受けておけばいいのに……。うん、俺達ならきっとそうするな。


「おはようミリアさん」

「支店長がお待ちです。どうぞ中へ」


 そんな喧騒を横目に階段を上っていくと、支店長室の前にはミリアが待っていてドアを開けてくれた。だが挨拶もしてこないなんて何か怒らせるような事でもしたかな。


「さてシンリ殿、呼び出された件について何か言い訳をする気はあるかい?」


 部屋に入るとエレナが執務机に両肘をつき、恨めしそうにこちらをじっと睨んでいる。何なんだ、まったくわけがわからんのだが……。ただ言える事は、ここまでの二人の態度から決していい話ではないという事だけだ。


「と言われても……。何で呼ばれたのかもさっぱり」

「ふう……」


 そんな俺の返事を聞いて、エレナは大きな溜息と共に呆れ顔になる。


「いいかい?ギルドってのは通常、何かをどうかしたいとか、何かが欲しい、そんな風に困っている人が依頼を持ち込み、それが出来る者。つまり冒険者がそれらの対応にあたる。その両者の仲介と管理を一括して行う機関だ。わかるね?」

「はい……」


「もちろん。ギルドという大きな組織を運営していく為にもそれなりの資金が必要だ。それが依頼者からギルドに支払われる依頼料。これが基本的なギルドの運営費になる。もちろん、依頼が達成出来なかったり、キャンセルされればこれは返金する事になるがね」

「……はあ」


 今更、そんなわかりきった事を聞かされて一体何が言いたいのかと呆気に取らている俺達三人の前に、エレナがカツカツと詰め寄ると、テーブルの上にドサっと大量の依頼書を叩き付けた。


「な・の・に・だ!見たまえ、このキャンセルされた依頼の数々を!この大切なギルドの収入源たる依頼の品をだ、事もあろうに無償でばら撒いたバカがどっかにいるんだよ!」

「……あ!」


「おおお、わかってくれたか!そーかそーか、うんうん……で、話をよく聞けばギルドに寄って私に事情を話す時間くらいはあったんだろう?何故、真っ先にそうしない?しかもギルドに依頼済の案件だって事まで依頼者に聞いて知っていながらだ!」


 そう言って、触れそうなほど近くに顔を寄せて睨みつけてくるエレナ。


「ギルドを通して依頼として受ければ、報酬は出るしランクも上がる。そんな事がわからない君じゃないだろう?」

「すいません。あの時は全く考えていませんでした」


 その答えを聞いたエレナはさらに顔を近づけ、俺の耳元で囁くように言葉を続けた。


「まあ、この私が性奴隷になろうと言うのを拒むほどに無欲なシンリ殿だ。そんなこったろうとは思っていた。それに私はそんな君を気に入っている……。しかし今後、常に無欲でいるのが必ずしも美徳ではない事もある。それも覚えておくといい」

「はい」


 さすがに何の相談もなく動いたのは軽率だったかも知れない。顔を離したエレナの表情は心から俺達の事を心配してくれているように見える。恐らく、事が露見して大事になる前に彼女が色々と手を回してくれたのだろう。


「うむ、ミリア!」


 エレナが呼ぶと、ドアの前で待機していたのかミリアがカートを押して入って来た。皆にあのお茶が配られ、ミリアは俺達にギルドカードを出してほしいと言い、それを持って退室した。


「昨夜、職人区地区長のリッペ氏が訪ねて来てな。事の経緯を説明してくれたよ。少し聞いただけで、シンリ殿達だとすぐわかったがね。はっはっはっ」

「…………」


「彼が言うには職人区の総意として、この依頼をギルド経由で受け達成した事にしてほしいという事だった。依頼料は報酬額を基準に設定されるので一律ではない。中には、かなり報酬額の上がってしまってる依頼もあったのにもかかわらずだ……」


 すると、その時の様子を思い出したように、エレナがクスクスと小さく笑う。


「なんでも、近年稀に見るほどの上質な素材を惜しみなく無償で提供し、手柄を吹聴する事も、特に名を売る事もせずにひっそりと立ち去ったそうだな。まるでおとぎ話の主人公だよ!くっくっく……」


 そんな風に受け取られていたとは、今更ながら少し恥ずかしくなってきた……。


「まあ、今回は美談で済んだから良いようなものだが、もし他の冒険者が必死で依頼を達成して帰って来ていたらどうする?彼らは正式に依頼を受注しているのに、キミ達が勝手に無償で素材を分配する……その意味、わかるだろ?」

「……はい」


「シンリ殿も既にギルド所属の冒険者。今後は、その辺も考えて行動してくれる事を願う。それにな……私個人としては少しでもシンリ殿の力になりたいんだ。もっと……もっと私を頼ってくれ」


 そう言い終わると、何故かエレナは真っ赤になって俯いてしまった。

 シズカ、完全にフラグは立ちましたわねとか言うの止めろ。いきなりギルマスがパーティメンバーになるとか絶対無理。そんなの小説でもありえないから。


「失礼します」


 そこへミリアが戻ってきた。相変わらず絶妙なタイミングである。彼女は俺達にギルドカードを返し、更に重そうに報酬金の入った袋をテーブルの上に置いた。


「まずはカードが間違いないか確認してくれたまえ」


 受け取ったギルドカードをエレナに勧められるまま、詠唱して確認する。


「……これは」

「あらまあ」

「んん、Cって書いてあります。違うカードなのかな」


 見れば俺達三人のランクは揃ってCになっている。先日EになったばかりだというのにDを飛ばしていきなりCランクだなんて驚くなというのが無理な話だ。


「驚くのも無理はない。だが、さっきの依頼書の量を見ただろう。特に近年は良質な大鬼(オーガ)が見つからず、その素材系の依頼は溜まりに溜まってたんだ。それを一気に解消すれば、そうもなるさ」


 そこまで話して、エレナはチラリとミリアの方を見た。


「まあ、Cランクは上げ過ぎだと言う声もあった。だが、前回の盗賊征伐が決して嘘などではないと今回の大鬼(オーガ)を倒した事でシンリ殿達の実力がはっきりと証明されたんだ。双方を加味すれば今回の昇級は妥当だと思うよ」


 表情から察するに、上げ過ぎだと反対意見を言ったのはミリアだったのだろう。


「C級以上を指定してくる依頼も増えております。それに対応出来るパーティが増えるというのは、ギルドにとっても有益であると判断しました。これはギルドから今後の皆さんへの期待料込みでの判断であるとご理解ください」

「わかりました。ありがとうございます」


 今回の報酬の総額は金貨百四十八枚と銀貨七枚。盗られる心配はしていないがこれほどの金貨をジャラジャラと持ち歩くのも悪目立ちする。俺達はマジックバッグが出来るまでギルドで預かってもらう事にする。

 階下に降りるとすでに人混みは落ち着いて、一階ホールにはほとんど人がいなくなっていた。せっかくなので掲示板を見て、どんな依頼があるのかをチェックしていこう。


「お兄様、ほらここ!薬草取りがありますわ!くう……本来であればこの依頼の途中で強い魔物に遭遇、それを倒した件でギルマスに呼ばれて異例の昇級を……となるのが王道でしょうに。まだろくに市外に出てもいないのに、もうCランクなんておかしいですわ!」


 うん、気持ちはわかる。だがシズカよ、ここまでもかなりテンプレ通りの展開をしてきたと思うぞ。


「シンリ様『冥府の森』って書いてありますよ、それもたくさん!……全部、周辺の村からの長期の警備依頼ですね」


 わいわいと楽しそうに依頼書を見ている二人をよそに、俺は一枚の討伐依頼書の前で目を留める。


「これは……チカゲでいいのかな?」

「それに興味がありますか?」


 掃除をしながら近づいていた受付嬢の一人が、俺の呟きを聞いて話しかけてきた。


「ええまあ。変わった名前だし、報酬額がずいぶん高いので」

「それって二年程前に、突然現れた謎の暗殺者なんです…………」


 彼女曰く……その姿を今まで誰も見た事がなく、依頼達成率百パーセントの謎の暗殺者。


 その手に落ちた被害者が、全て何らかの『影』の傍で血塗れになって横たわっている事から、いつしか『血影』と呼ばれるようになる。目撃者が全くいない為、その手口は一切不明。何故だか屋敷の使用人や奴隷など対象外の者は全くの無傷で生き残っている。しかし暗殺時、目の前に居合わせた使用人達でさえも、その姿を見れなかったという。

 暗殺対象には一切の関連性がなく怨恨の線もなし。とにかく金さえ貰えば誰でも簡単に暗殺するようだ。


「……こちらはランク問わずの討伐依頼ですが、いくら報酬が高くても出来れば関わらない事をお勧めしますよ」

「そうですね。姿の見えない暗殺者なんて出来れば会いたくないですし……」


 掲示板前でそんな会話をし、一通り依頼書に目を通した俺達はそのまま宿に帰った。


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